第1 本記事の範囲
本記事は,一連の暴行その他の実行行為が完全責任能力の状態で始まり,途中から心神耗弱又は心神喪失の状態になった場合を扱う。
中心となる問題は,行為と責任の同時存在の原則,一連の挙動を一個の実行行為として評価できるか,及び原因において自由な行為の理論を適用できるかである。
第2 行為と責任の同時存在の原則
1 意義
犯罪行為について非難するためには,原則として,構成要件に該当する実行行為の時点に故意又は過失と責任能力が存在しなければならない。
これが「行為と責任の同時存在」の原則であり,責任能力のない時点の行為を,その時点とは無関係な過去の正常状態だけを理由に処罰しないことを意味する。
2 根拠
刑法39条は,心神喪失者の行為を罰せず,心神耗弱者の刑を減軽すると定める。
また,責任主義の下では,違法な行為を選択・制御できたことに対する非難可能性が処罰の前提となるため,実行行為と責任能力を時間的に対応させる必要がある。
第3 まず実行行為の範囲を確定する
複数の打撃が時間的・場所的に近接していても,当然に一個の行為になるわけではない。
攻撃の対象,方法,場所,時間的間隔,犯意の継続,途中の中断,新たな意思決定及び結果への寄与を検討し,一個の実行行為として評価できるかを先に確定する。
責任能力が変化した時点を境に全てを機械的に分断する方法も,反対に,結果が一つであることだけから全体を一体とする方法も適切でない。
第4 大阪地裁昭和58年3月18日判決
大阪地裁昭和58年3月18日判決は,完全責任能力の状態で暴行を開始した後,飲酒等の影響により責任能力が低下した事案について,暴行の態様や犯意の継続等を踏まえ,全体を一個の行為として評価した裁判例として紹介される。
同判決は判例時報1086号158頁に掲載されているが,令和8年9月28日に裁判所ウェブサイトで本文を確認できなかったため,本記事では裁判所ウェブサイト未掲載の下級審裁判例として扱う。
具体的事件への適用では,後半に凶器使用,新たな殺意,中断後の再開等があるときに,同判決の結論をそのまま当てはめてはならない。
第5 原因において自由な行為
1 基本的な考え方
自ら責任能力を低下させ,その状態で犯罪結果を実現した場合に,責任能力のある原因設定行為と結果行為を結び付けて責任を問うのが,原因において自由な行為の問題である。
適用には,責任能力のある時点での故意又は過失,原因設定行為と結果行為との連続性,及び予定した犯罪の実現過程が必要となる。
2 高松高裁昭和44年11月27日判決
高松高裁昭和44年11月27日判決は,行為と責任の同時存在が刑事責任の基本原則であることを前提に,責任能力が低下する前には運転の意思が形成されていなかった事案で,原因において自由な行為による処罰を否定した。
したがって,単に酒癖が悪いこと又は大量飲酒の危険を知っていたことだけでは足りず,正常時の認識・意思と後の犯罪実行との結び付きが必要である。
第6 共同正犯者ごとの責任能力
共同正犯の成立により実行行為や結果が共同者に帰属しても,責任能力は各人について個別に判断する。
一人が心神耗弱であっても,他の共同正犯者の完全責任能力が減軽されることはなく,反対に,他人の完全責任能力によって心神耗弱者の刑法39条2項の減軽が消えることもない。
ただし,責任能力の低下は,共謀形成又は共謀継続の事実認定,故意の内容及び行為支配の程度にも影響し得る。
第7 検討の順序
1 各攻撃と死亡結果との因果関係を確定する。
2 各挙動を一個の実行行為として評価できるかを検討する。
3 各時点の故意と責任能力を人ごとに認定する。
4 一個の行為と評価できる場合,完全責任能力時の部分が実行行為に含まれるかを確認する。
5 行為を分ける場合,原因において自由な行為の要件があるかを検討する。
6 共同正犯者について,共謀の射程と個別の責任能力を分けて結論を示す。
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第9 出典・確認範囲
1 e-Gov法令検索「刑法」38条,39条及び60条(令和8年9月28日確認)。
2 高松高裁昭和44年11月27日判決。
3 大阪地裁昭和58年3月18日判決(判例時報1086号158頁。裁判所ウェブサイト未掲載)。
4 駒澤大学学術機関リポジトリ掲載論文(前記大阪地裁判決及び行為と責任の同時存在に関する判例研究。令和8年9月28日確認)。
5 法務省「令和8年司法試験の試験問題」(刑事系科目。令和8年9月28日確認)。
6 法律雑誌17誌,NBL及び判例時報の目次を関連語で検索したが,目次情報のみで本文未確認の文献は,本記事の結論の根拠には用いていない。