第1 本記事の範囲
本記事は,殺害行為をした者が被害者は死亡したと誤信し,死体の隠匿又は証拠隠滅のつもりで行った後続行為によって実際には死亡させた場合を扱う。
検討すべき問題は,先行行為と死亡結果との因果関係,因果関係の錯誤,後続行為に対する故意又は過失,及び複数人が関与した場合の共同正犯の範囲である。
第2 二つの行為を分けて事実を確定する
最初に,診断書・検案書,解剖所見,現場資料等から,先行行為による傷害,後続行為による死亡機序及び両行為の間の生存状態を検討する。死亡時刻や死因に幅が残るときは,その幅を明示して複数の経過を比較する。
次に,後続行為が先行行為から通常想定される一連の過程であったか,それとも独立した新たな危険を作り出したかを検討する。
「最初から殺意があった」又は「最終的に死亡した」という事情だけで,因果関係及び故意の問題を一括してはならない。
第3 先行行為と死亡結果の因果関係
1 危険の現実化
現在の判例実務では,一般に,実行行為が有する危険が結果として現実化したかという観点から因果関係を検討する。
先行する殺害行為が被害者を意識喪失状態にし,行為者がその状態を死亡と誤認して隠匿行為に及んだ場合,後続行為が先行行為に内在する危険の実現過程と評価できるかが中心となる。
2 大審院大正12年4月30日判決
大審院大正12年4月30日判決は,殺人の目的で被害者の頸部を麻縄で絞扼し,被害者が動かなくなったのを見て既に死亡したものと思い,犯行の発覚を防ぐため,縄を解かないまま屋内から砂上に放置したところ,被害者が砂末を吸引して死亡した事案で,殺人の目的で行った頸部絞扼の行為と死亡との間に因果関係があるとし,その行為は殺人罪を構成するとした古典的裁判例である(判決要旨)。
もっとも,同判決から,死亡誤信後のあらゆる行為が当然に先行行為へ帰属するという結論を導くことはできない。
後続行為の目的,態様,場所,時間的間隔,被害者の状態及び新たに作り出された危険を具体的に検討する必要がある。
第4 因果関係の錯誤と概括的故意
行為者が想定した死亡原因と実際の死亡原因が異なっても,実際の因果経過が行為者の認識した因果経過と法的に重要な部分で重なり,故意を認める基礎となる危険の実現と評価できる場合,因果関係の錯誤は故意を阻却しない。
古い説明では「概括的故意」と呼ばれることがあるが,名称だけで結論を出さず,先行行為の殺人故意が実際の死亡結果まで及ぶ理由を示すべきである。
反対に,後続行為が先行行為と質的に異なる独立の危険を作り出し,実際の死亡がその危険だけから生じたときは,先行行為について殺人未遂,後続行為について過失致死その他の成否を別に検討する余地がある。
これに対し,最高裁平成16年3月22日決定(いわゆるクロロホルム事件)は,被害者をクロロホルムで失神させた上で自動車ごと海中に転落させて殺害しようとした事案で,第2行為の前の時点で第1行為により被害者が死亡していたとしても,一連の殺人行為に着手してその目的を遂げた以上,殺人の故意に欠けるところはなく殺人既遂となるとした。
同決定は,予定した行為より前の行為で結果が生じた場合(いわゆる早すぎた結果の発生)を扱うもので,死亡を誤信した後の行為で結果が生じた本記事の場面とは型が逆である。
第5 後続行為の主観面
死亡を確信していた者には,通常,後続行為時の殺人故意は認めにくい。
しかし,生存可能性を認識しながら密閉容器に入れる,水中に投棄する又は焼却するなど,死亡しても構わないと考えていた場合は,後続行為自体について未必の殺意が成立し得る。
生存を確認でき,死亡を回避できたのに確認せず,その過失によって死亡させたといえる場合には過失致死罪(刑法210条)を検討する。重大な過失又は業務上必要な注意義務の違反がある場合に限り,刑法211条の成否を別に検討する。
第6 共同正犯者がいる場合
複数人が後続行為を共同した場合,各人について,先行する殺害の共謀,後続する隠匿行為の共謀,生存可能性の認識及び具体的な寄与を区別する。
先行する殺害を共同した者が後続行為に加わらなかった場合,又は後から隠匿だけに加わった者が先行行為を知らなかった場合には,共同正犯の成立範囲が異なる。
例えば,先行する殺害行為者が死亡を誤信し,搬送中に生存を知った協力者だけがこれを秘して埋却を決意した場合,協力者の認識を殺害行為者へ当然に転嫁してはならない。殺害行為者が埋却を自ら行ったなら,その行為と死亡の因果関係,生存確認義務違反の有無を本人について検討する。両名が埋却を共同しても,殺害の意思連絡がないまま殺人の共同正犯が成立するわけではない。
また,共同正犯による結果帰属と,各人の故意・過失及び責任能力の判断は別問題である。
第7 検討の順序
1 死因と死亡時刻を確定する。
2 先行行為及び後続行為が作り出した危険をそれぞれ特定する。
3 死亡結果がどの危険の現実化かを検討する。
4 各時点における各人の死亡認識,殺意及び過失を認定する。
5 因果関係の錯誤が故意を阻却するかを検討する。
生存中の埋却であれば,死体遺棄罪(刑法190条)の客体は存在せず,同罪の未遂処罰規定もない。
6 複数人について,共謀の対象と結果帰属を人ごとに示す。
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第9 出典・確認範囲
1 e-Gov法令検索「刑法」38条,60条,190条,199条,210条及び211条(令和8年9月28日確認)。
2 大審院大正12年4月30日判決(大正12年(れ)第517号,刑集2巻378頁。裁判所ウェブサイト未掲載。判例秘書の大審院判例検索で判示事項及び判決要旨を確認)。
3 大阪地裁平成21年3月16日判決(死亡認識後に別の殺害行為へ進んだ事案を含むが,本記事の典型事例と同一ではない。)。
4 法務省「平成28年司法試験予備試験の試験問題」(刑法の関連問題。令和8年9月28日確認)。
5 法務省「令和8年司法試験の試験問題」(刑事系科目。令和8年9月28日確認)。
6 法律雑誌17誌,NBL及び判例時報の目次を関連語で検索したが,目次情報のみで本文未確認の文献は,本記事の結論の根拠には用いていない。
7 最高裁平成16年3月22日第一小法廷決定(平成15年(あ)第1625号,刑集58巻3号187頁)。
8 奈良地裁令和3年3月3日判決(先行暴行後,死亡誤信後の放火で死亡した事案。裁判所公表の判決全文を令和8年10月2日確認。同一人による行為であり,共犯事例の直接の根拠ではない)。