目次
- 第1 二つの調査
- 第2 ポリシー及び研修の整備率はほぼ同じである
- 第3 利用率は米国の方が高いが,単位が違う
- 第4 阻害要因の順序が日米で違う
- 第5 法律特化型を選ぶ理由
- 第6 裁判所提出書面へのAI由来の誤りの混入
- 第7 「日本は少ないから安全」とは言えない
- 第8 実務上の含意
- 第9 関連記事
- 出典・参考資料
第1 二つの調査
1 日本の調査
2026年9月5日に福岡市で開催された第24回弁護士業務改革シンポジウム第2分科会の配布資料のうち,資料2-1は,日本弁護士連合会弁護士業務改革委員会事務職員関連小委員会による「事務職員と生成AIに関するアンケート調査 報告書」である。
調査は2026年3月23日から同年4月27日までの間に行われ,有効回答は223件である。
対象は「主に事務職員を雇用する会員,または生成AIの利用に関心のある会員」であり,全弁護士の縮図ではない。
配布資料は日本弁護士連合会のウェブサイトで公開されている。
この報告書は,母数が設問ごとに異なる。
有効回答223件がそのまま母数になるのは一部の設問だけであるから,本記事では数値を挙げるときに母数を併記する。
2 米国の調査
同じ分科会の資料2-3は「アメリカの法律事務所における生成AIの利用状況」と題する7枚のスライドであり,米国の法律実務メディアの記事2本を出典として印字している。
この2本を実際に取得して照合した結果,資料2-3が掲げる数値の転記に誤りはなかった(2026年9月6日確認)。
ただし,2本は別のレポートを紹介した記事であり,資料2-3はこれを1枚の資料の中で混在させている。
第1のレポートは,リーガルテック企業グループが公表した2026年の業界レポートである。
1,300名を超える回答者を対象に,2025年9月19日から同年10月18日までの間に実施された調査に基づく。
第2のレポートは,別の法務システム企業が公表した2025年の業界レポートであり,2026年1月までに集計されたもので,中規模事務所を主な対象とする。
ここで注意を要するのは,資料に「2026年」と表示された数値の調査時点が2025年秋であることである。
記事の公表が2026年3月であるため,資料の年表示は公表年に基づいている。
実際の調査時点との間に半年程度のずれがある。
なお,資料2-3の最終スライドには出典行が印字されておらず,引用元の記事2本のいずれにも対応する記載を確認できなかった項目がある。
本記事では,その項目は取り上げない。同じ資料の中でも,裏付けの有無が項目ごとに異なることがある。
3 比較の前提-母集団も設問も違う
日米の数値を並べるときは,次の3点を踏まえる必要がある。
①日本の調査は「事務職員を雇用する会員又は生成AIに関心のある会員」223名を対象とし,米国の調査は法律専門職1,300名超を対象とする。母集団の性質が違う。
②日本の調査は事務所単位で導入状況を尋ね,米国の調査は個人の利用状況を尋ねている設問がある。単位が違う。
③調査時点は日本が2026年春,米国が2025年秋である。
したがって,以下の比較は,順序と構造の比較として読むべきものであり,小数点以下の差を論じるためのものではない。
第2 ポリシー及び研修の整備率はほぼ同じである
日米で最も直接に比較できるのは,AIに関するポリシー及び研修の整備率である。
米国の第1のレポートによれば,書面化され実際に運用されているAIポリシーがある事務所は9パーセント,策定中が24パーセント,非公式なものにとどまるものが10パーセント,正式なポリシーがなく策定する予定もないものが43パーセントである。
研修については,54パーセントが「なく,予定もない」と回答し,必須の研修があるものが11パーセント,任意の研修があるものが11パーセント,12か月以内に予定しているものが17パーセントである。
日本の資料2-1によれば,研修又はガイドラインの策定状況は,策定済みが10.1パーセント,検討中が33.1パーセント,予定なしが41.2パーセントである(回答148件)。
整備済みが米国9パーセント,日本10.1パーセント,予定なしが米国43パーセント,日本41.2パーセントである。
母集団も設問も違うにもかかわらず,水準はほぼ同じである。
この結果は,日本の議論において前提とされがちな「日本は米国に比べてAIの体制整備が遅れている」という見方が,少なくともポリシー及び研修の整備という点では成り立たないことを示している。
日本の報告書が「判断自体がなされていない状態にある」と評価した状況は,日本固有のものではない。
米国でも,利用が先に広がり,ルールと研修が追いついていない。
第3 利用率は米国の方が高いが,単位が違う
米国の第1のレポートによれば,生成AIを利用している法律専門職の割合は,2024年が27パーセント,2025年が31パーセント,今回の調査で69パーセントである。
利用頻度は,毎日が28パーセント,週に数回が31パーセント,全く使わないが19パーセントである。
移民法の分野では毎日使う者が40パーセントに達する。
これに対し,日本の資料2-1は,事務所における導入状況として,弁護士と事務職員がともに利用しているものが26.7パーセント,弁護士のみが利用しているものが43.4パーセント,利用していないものが29.4パーセント,禁止しているものが0.5パーセントであると報告する(回答221件)。
業務で利用している事務所は合計70.1パーセントである。
70.1パーセントと69パーセントは近い数値であるが,前者は事務所単位の導入率であり,後者は個人の利用率である。
単位が違うから,一致していることに意味を読み込むべきではない。
比較できるのは,反復的な書類作成や様式の処理が多い分野ほど利用が進むという傾向であり,これは日本の調査で用途として一般民事,リサーチ,相続,交通事故及び倒産が上位に挙がっていることと整合する。
第4 阻害要因の順序が日米で違う
米国の第1のレポートによれば,導入の障害として挙げられたのは,データセキュリティが46パーセント,倫理が42パーセント,秘匿特権が39パーセント,結果に対する不信が39パーセントである。
費用については,重大な障害とする回答が24パーセント,中程度とする回答が40パーセントである。
日本の資料2-1が挙げる懸念事項は,ハルシネーションが68.1パーセント,セキュリティが63.2パーセント,事務職員のリテラシー不足及び教育コストが43.8パーセント,著作権が23.6パーセント,月額費用が18.8パーセントである(母数は設問により異なる)。
日本は「間違えること」を,米国は「漏れること」を先に挙げる。
順序が逆である。
共通しているのは,費用がいずれの国でも上位に来ないことである。
費用を理由に導入しないという説明は,日米いずれの調査でも主たる要因として現れていない。
米国に秘匿特権(attorney-client privilege)が独立の項目として現れているのは,米国では秘匿特権の放棄が訴訟上直接に不利益をもたらす制度になっていることを反映している。
日本にはこれに対応する項目がなく,弁護士法23条及び弁護士職務基本規程23条の秘密保持義務として別に検討することになる。
第5 法律特化型を選ぶ理由
米国の第1のレポートによれば,汎用の生成AIではなく法律分野に特化したツールを選ぶ理由として,既に使用している信頼できる法務ソフトウェアにAI機能が組み込まれていることが52パーセント,提供者が法律実務のニーズとワークフローを理解していることが47パーセント,提供者が事務所の倫理的要求を理解していることが46パーセント,汎用のツールより出力を信頼できることが43パーセントである。
このうち第3位に「倫理的要求の理解」が来ている点は,日本の議論でも参照に値する。
同じ分科会の第1部でも,リーガルテック企業のAI搭載サービスの方が信頼できるという判断が,主観であるとの留保を付して述べられていた。
提供者が法曹の要求を理解しているかどうかを選択の基準に置く発想は,生成AIに限らず,判例データベースの選択にも共通する。
なお,米国の第2のレポートによれば,中規模事務所では63パーセントが生成AIを正式に採用しており,最も多く使われているのはMicrosoft Copilotである。
一方で,81パーセントの経営層が信頼性及びリスクに懸念を持ち,94パーセントが収益の増加を予測している。
課金モデルの変更を予想する者が3分の1近くいるのに対し,実際に課金モデルを変更した事務所はゼロであった。
弁護士報酬の在り方がAIによって変わるという議論について,米国でも認識はあるが実行はされていないということである。
第6 裁判所提出書面へのAI由来の誤りの混入
米国の第2のレポートによれば,2025年に裁判所へ提出された書面に混入したAI由来の誤りは487件であり,前年の10倍を超える。
この487件のうち,弁護士資格を有する者によるものは37.8パーセント(約184件)である。
資料2-3のスライドは487件という数字を掲げているが,この37.8パーセントという限定を落としている。
限定を付さずに引用すると,487件の全部が弁護士によるものと読まれ,弁護士に関する規模を約2.6倍に見せることになる。
残余は,本人訴訟の当事者や資格を有しない者による提出である。
なお,487件の出所は,AIによる架空引用等が問題となった事例を集めた公開データベースであり,レポート,メディアの記事,配布資料という3段階を経て日本の資料に至っている。
本記事の数値は,そのうち記事の段階まで一次確認したものである。
第7 「日本は少ないから安全」とは言えない
日本では,2026年9月6日に判例データベース及び裁判所ウェブサイトの裁判例検索で確認した限り,生成AIに関係しうる裁判例は実質7件であり,弁護士の責任又は懲戒に関する事案は含まれていなかった。
これを米国の487件と並べて「日本は米国の70分の1である」と読むことはできない。
母集団の性質が違う。
米国の487件は「裁判所に提出された書面に混入したAI由来の誤り」を集めたもので,判決になったかどうかを問わない。
これに対し,日本の判例データベースが収録するのは判例集及び判例雑誌に掲載された裁判例が中心であり,書面に誤りが混入しても,それが判決の争点にならなければ収録されない。
したがって,日本について言えるのは「AIの誤りが判決の争点として現れた事例は,公刊物に基づく限り,まだ蓄積していない」ということだけである。
提出書面にAI由来の誤りが混入した件数が少ないことの証明にはならない。
第8 実務上の含意
以上を踏まえると,次のことが言える。
①「米国では既に体制が整っている」という前提を置いて日本の遅れを論じることはできない。ポリシー及び研修の整備率は日米でほぼ同じであり,どちらも整備されていない。
②整備されていないことは,米国では2025年に487件という形で結果に現れている。日本で同種の集計が存在しないことは,同種の問題が起きていないことを意味しない。
③したがって,日本弁護士連合会その他の団体が指針を示すのを待つのではなく,各事務所が自ら線を引く必要がある。日本の報告書の自由記載欄にも,現行のガイドラインでは注意点の指摘にとどまり,どのような対応をすれば問題を生じずに利用できるかが示されていないという意見が寄せられている。
④事務職員に使わせる場合には,弁護士職務基本規程19条の指導監督義務の履行という形で,線引きが求められる。
第9 関連記事
①事務職員の生成AI利用と弁護士職務基本規程19条-ルールを定めず個人判断に委ねている事務所が最多という調査結果を踏まえて(AI作成)
②学習オフの生成AIに秘密情報を入力することは第三者開示に当たるか(AI作成)
③シャドーAIの問題点――営業秘密,個人情報保護法及び懲戒処分をめぐる法的枠組み(AI作成)
④第24回弁護士業務改革シンポジウム(2026年9月5日・福岡)の分科会一覧――生成AIをめぐる3企画を中心に(AI作成)
出典・参考資料
①第24回弁護士業務改革シンポジウム(日本弁護士連合会)及び第2分科会の配布資料(資料2-1「事務職員と生成AIに関するアンケート調査 報告書」,資料2-3「アメリカの法律事務所における生成AIの利用状況」)
②米国の法律実務メディアの2026年3月5日付記事(リーガルテック企業グループの2026年業界レポートの紹介)
③米国の法律実務メディアの2026年3月25日付記事(法務システム企業の2025年業界レポートの紹介)
④弁護士職務基本規程(日本弁護士連合会)19条・23条
⑤弁護士法(e-Gov法令検索)23条