首席書記官は,裁判所書記官等の一般執務を指導監督し,訟廷事務を組織的に管理する裁判部門の管理職である。本記事は,令和8年8月11日現在の裁判所法,最高裁判所規則及び最高裁判所通達に基づき,首席書記官の設置,職務,査察,人事・研修への関与及びデジタル化対応を整理する。
第1 首席書記官の法的位置付け
1 個々の裁判所書記官の職務との違い
裁判所法60条は,個々の裁判所書記官について,事件に関する記録その他の書類又は電磁的記録の作成及び保管,法令・判例の調査補助その他の法令上の事務を定める。また,裁判所書記官は職務上裁判官の命令に従う一方,書類又は電磁的記録の作成若しくは変更を命じられ,その作成又は変更を正当でないと認めるときは,自己の意見を書き添え,又は記録することができる。
これに対し,首席書記官の中心的な職務は,個別事件の裁判判断ではなく,裁判所書記官及び裁判所速記官の一般執務を指導監督し,訟廷事務をつかさどることである。担当書記官が個別事件で行う法定事務と,首席書記官が組織全体について行う管理・調整とは区別する必要がある。
2 首席書記官を置く裁判所と種類
大法廷首席書記官等に関する規則1条及び2条により,最高裁判所には大法廷首席書記官,小法廷首席書記官及び訟廷首席書記官が置かれる。大法廷首席書記官は最高裁判所の裁判所書記官の一般執務を指導監督して訟廷事務をつかさどり,訟廷首席書記官はその命を受けて訟廷事務をつかさどるほか,大法廷及び小法廷の庶務を整理する。
同規則3条及び3条の2により,高等裁判所及び指定地方裁判所には民事・刑事の首席書記官,指定家庭裁判所には家事・少年の首席書記官,その他の地方裁判所及び家庭裁判所には首席書記官が置かれる。指定簡易裁判所にも民事・刑事の首席書記官又は首席書記官が置かれ,知的財産高等裁判所には知的財産高等裁判所首席書記官が置かれる。
3 裁判官及び担当書記官の権限との関係
同規則8条は,首席書記官,次席書記官,裁判部企画官その他同規則上の役職者の権限が,裁判所法その他の法令に定める裁判官,裁判所書記官及び裁判所速記官の権限に影響を及ぼし,又はこれを制限するものではないと定める。したがって,首席書記官は,裁判官又は担当書記官に代わって個別事件の司法判断を行う役職ではない。
第2 一般執務の指導監督
1 査閲の対象と重点事項
大法廷首席書記官等に関する規則の運用について第1の1によれば,首席書記官は,裁判所書記官等の事務が法律,規則,規程及び通達等に従って適正かつ能率的に処理されているかを査閲する。
査閲の重点事項は,①事件記録その他の書類の作成・整理・保管,②法令・判例等の調査補助,③帳簿諸票の備付け等,④送達・通知,⑤保管金・押収物等,⑥予納郵便切手・収入印紙,⑦録音反訳の利用,⑧速記及びその関連事務である。これは,担当者の処理結果だけでなく,記録管理,金品管理,期限管理及び手続の統一を組織として点検する職務である。
2 部門間調整,企画及び人事・研修への関与
首席書記官は,査閲結果その他の事情から必要があると認めるときは,部相互間の事務を調整し,裁判所書記官等に指示を与え,又は指導する。また,事務を適正かつ能率的に処理するための施策を企画立案・実施し,勤怠,執務態度及び行状に留意して,必要な注意を与えることができる。
首席書記官は,指導監督に関して必要と認める事項について,当該職員が属する部の裁判官に意見を述べることができる。さらに,裁判所長等が職員の配置,昇格・昇給その他の身分上の処置又は研修・協議会の企画を処理するときは,当該職員を監督する首席書記官等の意見を聴くものとされている。もっとも,首席書記官が人事の最終決定権者になるわけではない。
3 首席書記官を補佐する役職
現行通達上,首席書記官は,総括主任書記官,主任書記官,主任速記官,訟廷管理官,訟廷副管理官,裁判員調整官,裁判部企画官又は速記管理官に指導監督を補佐させることができる。また,指導監督権限は,裁判所書記官の補助者として部に配置された裁判所事務官にも及ぶ。
令和6年最高裁判所規則第5号により設けられた裁判部企画官は,首席書記官の命を受けて,裁判所書記官等の一般執務に対する指導監督及び訟廷事務の企画・立案に参画する。現行制度は,首席書記官の職務を個別の事務点検だけでなく,組織運営及び業務設計として支える体制を置いている。
第3 首席書記官がつかさどる訟廷事務
1 現行通達の23項目
現行の運用通達第1の2は,首席書記官がつかさどる訟廷事務を次の23項目として定めている。事件システムの利用・障害対応及びデジタル化に係る研修・部の支援も,現在の訟廷事務に明記されている。
① 事件の受付及び分配に関する事項。
② 事件に関する記録の受領及び送付に関する事項。
③ 事件に関する帳簿諸票の整備に関する事項。
④ 国選弁護人に関する事項。
⑤ 押収物等の受入れ,仮出し及び処分に関する事項。
⑥ 事件報告の資料の収集等に関する事項。
⑦ 裁判事件票その他の裁判統計の資料の作成に関する事項。
⑧ 事件に関する記録その他の書類の保存,廃棄及び独立行政法人国立公文書館への送付並びに事件に関する帳簿諸票の保存及び廃棄に関する事項。
⑨ 当事者その他の関係人の事件に関する記録その他の書類及び証拠物の閲覧及び謄写に関する事項。
⑩ 当事者その他の関係人の請求による事件に関する記録その他の書類の正本,謄本,抄本等の交付に関する事項。
⑪ 裁判書,控訴趣意書,上告理由書等の浄書及び謄写に関する事項。
⑫ 裁判官及び裁判所書記官のてん補に関する事項。
⑬ 廷吏の配置及び指導監督に関する事項。
⑭ 法廷,準備手続室,審判廷,調停室等の事件のために使用する各室の管理に関する事項。
⑮ 裁判事務用器具の使用の調整に関する事項。
⑯ 過料の徴収に関する事項。
⑰ 法廷警備等の連絡及び協議に関する事項。
⑱ 録音反訳に係る庶務に関する事項。
⑲ 裁判員候補者名簿の調製,裁判員候補者への通知,裁判員候補者に対する調査その他の裁判員及び補充裁判員の選任に関する事項。
⑳ 裁判所速記官のてん補に関する事項。
㉑ 裁判所速記官の事務の連絡調整に関する事項。
㉒ 事件に関するシステム等の利用及びその障害対応等に関する事項。
㉓ 事件に関する事務のデジタル化に係る研修及び情報通信技術の利用についての部の支援に関する事項。
2 デジタル化対応の意味
訟廷事務のデジタル化は,紙の処理を電子化する作業だけを意味しない。現行通達は,事件システムを利用する通常時の運用,障害時の対応,職員研修及び裁判部による情報通信技術の利用支援を,首席書記官の職務として明示している。
また,令和8年5月21日施行の現行査察通達は,電磁的記録,記録事項証明書,事件システムの障害対応,デジタル化研修及び裁判部の情報通信技術利用支援を査察事項に含める。デジタル化対応は,現行制度上,訟廷事務の適正・迅速な運用及び過誤防止と結び付いた管理課題である。
3 事件記録の保存及び国立公文書館への送付
事件記録その他の書類の保存・廃棄・国立公文書館への送付及び帳簿諸票の保存・廃棄は,訟廷事務の一つである。もっとも,運用通達の上記23項目は「特別保存」という語を用いていないため,特別保存の要件及び手続は,事件記録等の保存に関する別の規程・通達に基づいて検討する必要がある。
第4 支部及び管内下級裁判所に対する権限
1 所属裁判所の支部
首席書記官は,所属裁判所の支部に配置された裁判所書記官等の一般執務及び訟廷事務について指導監督することができる。ただし,次席書記官が配置された支部では,次席書記官が首席書記官の補佐として,当該支部の一般執務を指導監督し,訟廷事務をつかさどる。
2 管轄区域内の下級裁判所
首席書記官は,所属裁判所の命により,管轄区域内の下級裁判所における裁判所書記官等の一般執務及び訟廷事務を指導監督することができる。この権限は「当該裁判所の命により」行使されるものであり,首席書記官が常に管内の全下級裁判所へ直接かつ無限定に指示できるという意味ではない。
第5 査閲,査察及び個別検査
1 査閲と査察の違い
査閲は,首席書記官が一般執務に対する日常的な指導監督の一環として,事務の適正性及び能率性を点検することである。これに対し,査察は,査察庁が被査察庁の事務処理の実情を把握し,事務の改善・統一,適正迅速な運用及び過誤防止を図る組織的な点検である。
2 書記官事務等の査察における役割
書記官事務等の査察についてによれば,高等裁判所,地方裁判所及び家庭裁判所の首席書記官は,書記官事務,速記官事務及び訟廷事務の査察について,企画・実施等を担当する。査察では,是正又は改善を要する事務とその原因を調査し,必要に応じて指導,指示又は注意を与え,結果を報告して,事務の統一及び研修等に活用する。
最高裁判所による書記官事務等の査察についてによれば,最高裁判所が高等裁判所に対して行う査察では,大法廷首席書記官,小法廷首席書記官及び訟廷首席書記官が担当し,大法廷首席書記官がこれを統括する。
3 保管金,押収物及び事件記録の個別検査
一般的な査察とは別に,個別通達は,首席書記官に具体的な検査及び報告を課している。事件に関する保管金等については毎年1回以上の定期検査又は随時検査及び事務引継時の検査が定められ,押収物等についても民事首席書記官及び家事首席書記官を除く首席書記官に同様の検査が定められている。
また,事件記録については,主任書記官等による帳簿諸票との対照調査の報告を受け,首席書記官が保管状況を随時検査し,その結果を裁判所長等に報告する。したがって,首席書記官の職務には,抽象的な監督だけでなく,金品,証拠物及び事件記録の管理に関する具体的な過誤防止が含まれる。
第6 裁判利用者から見た首席書記官の職務の射程
1 事務運用上の問題と個別事件の判断は異なる
受付,記録管理,送達,証明書交付,法廷設備又は事件システムなど,組織的な事務運用に関する問題は,首席書記官の指導監督又は訟廷事務と関係し得る。他方,裁判官の判断又は担当書記官に法令上付与された権限そのものを,首席書記官の管理権限によって変更することはできない。
そのため,裁判利用者が問題を整理するときは,事務運用の改善を求める事項であるのか,個別事件において不服申立てその他の法定手続により扱う事項であるのかを区別する必要がある。
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① 裁判所書記官,家裁調査官及び下級裁判所事務局に関する規則,規程及び通達
第7 出典・参考資料
1 法令・最高裁判所規則
① e-Gov法令検索「裁判所法」60条。現行条文はe-Gov法令APIのXML本文でも確認した。
② 最高裁判所「大法廷首席書記官等に関する規則」(昭和29年6月1日最高裁判所規則第9号,令和6年3月1日最終改正,全5頁・PDF1頁~5頁)。
2 最高裁判所通達
① 最高裁判所事務総長「大法廷首席書記官等に関する規則の運用について」(平成6年7月18日総一第183号,令和6年3月1日最終改正,全7頁・PDF1頁~7頁)。
② 最高裁判所事務総長「書記官事務等の査察について」(昭和61年6月30日総三第15号,令和8年2月27日最終改正,令和8年5月21日改正施行,全6頁・PDF1頁~6頁)。
③ 最高裁判所事務総長「最高裁判所による書記官事務等の査察について」(平成13年9月4日総一第248号,令和8年2月27日最終改正,令和8年5月21日改正施行,全3頁・PDF1頁~3頁)。
④ 最高裁判所事務総長「裁判所の事件に関する保管金等の取扱いに関する規程の運用について」(平成4年9月2日総三第31号,全28頁・PDF1頁~28頁)。
⑤ 最高裁判所事務総長「押収物等取扱規程の運用について」(平成7年4月28日総三第24号,全57頁・PDF1頁~57頁)。
⑥ 最高裁判所事務総局総務局長「事件記録の保管及び送付に関する事務の取扱いについて」(平成7年3月24日総三第14号,令和5年12月15日最終改正,全15頁・PDF1頁~15頁)。
3 裁判所の公開説明
① 裁判所「裁判所書記官」。裁判所書記官の法廷立会い,調書作成,記録管理その他の一般的職務を説明している。
② 裁判所「司法組織」。首席書記官関係の現行規則・通達の掲載ページである。