第1 結論
1 支部があることと事件をその支部で扱うことは別である
地方裁判所には50の本庁と203の支部がある。しかし,住所地がある支部の管轄区域に含まれていても,すべての事件をその支部で取り扱うわけではない。
令和8年9月22日現在の裁判所の公開一次資料を比較すると,行政事件は地裁本庁に,労働審判は50本庁と5支部に,裁判員裁判対象事件は50本庁と10支部に集約されている。合議事件を取り扱う支部も63支部に限られ,140支部では取り扱わない。
民事執行はさらに複雑である。不動産競売,債権執行,財産開示,第三者からの情報取得という手続ごとに提出先が異なり,本庁へ集約する地域もあれば,近隣の拠点支部へ集約する地域もある。
したがって,申立て前には,①法令上の土地管轄,②本庁・支部間の事務分配,③事件類型ごとの提出先及び④個別事件の担当部を順に確認する必要がある。
2 全国比較の要点
| 比較項目 | 本庁・支部の取扱い | 実務上の確認点 |
|---|---|---|
| 行政事件 | 確認した47都道府県分の公式提出先表では本庁のみ | 支部管内の住所であっても本庁へ提出する |
| 合議事件 | 203支部中63支部で取扱い | 単独事件を扱う支部でも合議事件を扱うとは限らない |
| 裁判員裁判 | 10支部で取扱い | 取扱支部が近隣支部管内の対象事件も扱う場合がある |
| 労働審判 | 5支部で取扱い | 通常訴訟の提出先と労働審判の提出先が異なり得る |
| 民事執行 | 地域・手続ごとに異なる | 「執行事件」と一括せず手続名ごとに確認する |
| 開廷日割 | 203支部中176支部に少なくとも一つの「毎週」表示 | 公表日割は実際の開廷件数又は処理期間ではない |
第2 調査対象と数え方
1 確認した一次資料
本記事は,裁判所データブック2026,裁判所ウェブサイトの都道府県別「申立書提出先一覧」47資料及び全国50地裁の担当裁判官・開廷日割ページを確認して作成した。
担当裁判官ページからは203支部について民事,刑事,執行その他の係別表示735行を抽出し,「毎週」,月数回,隔週,随時その他の表示を比較した。
この集計の単位は事件数ではなく,裁判所が公表した係別の日割表示である。同じ支部でも民事係は毎週,刑事係は月数回ということがあり得るため,支部名だけでなく係別行を確認した。
2 判例秘書等の検索範囲
本記事の全国比較は,裁判所の組織,事務分配,提出先及び公表日割を対象とし,裁判所の公開一次資料に基づく。
今回,判例秘書その他の有料判例データベースは検索していない。そのため,本庁・支部間の回付,管轄又は事務分配に関する裁判例の不存在や網羅性を主張するものではない。
本庁と支部の法的関係及び回付に関する裁判例は,地方裁判所支部及び家庭裁判所支部(AIリライト)で別に整理している。
第3 行政事件・合議事件・裁判員裁判・労働審判の集約
1 行政事件は地裁支部で取り扱わない
地方裁判所及び家庭裁判所支部設置規則1条2項は,地方裁判所の支部では上訴事件及び行政事件訴訟に係る事件に関する事務を除き,地方裁判所の権限に属する事務を取り扱うと定める。
裁判所の47都道府県分の申立書提出先一覧も,行政事件について本庁へ提出すると表示している。
これは,行政事件に法定管轄がないという意味ではない。法令により管轄する地方裁判所を定めた上で,その地方裁判所の本庁が事件を取り扱うという関係である。
2 合議事件を取り扱う支部は63支部である
裁判所データブック2026によれば,合議事件を取り扱う地方裁判所支部は203支部中63支部であり,残る140支部では合議事件を取り扱わない。
支部に裁判官が1人勤務していること又は単独事件の開廷日が毎週表示されていることから,合議事件もその支部で扱うと推測することはできない。
反対に,常駐裁判官だけでは合議体を構成できない支部でも,本庁等から裁判官が出張して合議事件を取り扱う場合がある。取扱いの有無は,裁判官数だけでなく各地裁の現在の事務分配を確認すべきである。
3 裁判員裁判対象事件を取り扱う支部は10支部である
裁判員裁判対象事件を取り扱う支部は,東京地裁立川支部,横浜地裁小田原支部,静岡地裁沼津支部,同浜松支部,長野地裁松本支部,大阪地裁堺支部,神戸地裁姫路支部,名古屋地裁岡崎支部,福島地裁郡山支部及び福岡地裁小倉支部の10支部である。
取扱支部は自らの通常の管轄区域だけを担当するとは限らない。例えば,別の支部管内の裁判員裁判対象事件が取扱支部へ集約されることがあるため,刑事事件でも通常事件の事務分配と裁判員裁判の事務分配を分けて確認する必要がある。
4 労働審判を取り扱う支部は5支部である
労働審判を取り扱う支部は,東京地裁立川支部,静岡地裁浜松支部,長野地裁松本支部,広島地裁福山支部及び福岡地裁小倉支部の5支部である。
通常の民事訴訟なら住所地の支部で取り扱われ得る事件でも,労働審判を選択すると本庁又は上記5支部への移動が必要になる場合がある。
労働審判と民事訴訟を選択するときは,解決方法や証拠量だけでなく,実際の申立先,期日への出席負担及び異議後の訴訟移行も含めて検討する必要がある。
第4 民事執行は手続ごとに提出先が異なる
1 四つの主要手続を分ける
民事執行の提出先を確認するときは,少なくとも,①不動産競売,②債権執行,③財産開示及び④第三者からの情報取得を分ける必要がある。
裁判所の公式提出先表には,不動産競売だけを本庁へ集約する地域,四手続を本庁へ集約する地域及び一部支部の事件を近隣の拠点支部へ集約する地域がある。
債務者の住所から民事執行法上の管轄裁判所を判断しただけでは,郵送先となる庁舎までは確定しない。現在の都道府県別提出先表で事件名と対象地域を照合し,必要に応じて担当部署へ確認すべきである。
2 本庁へ集約する例
札幌地裁管内では,複数の支部管内について,不動産競売,債権執行,財産開示及び第三者からの情報取得を本庁で取り扱う表示がある。
千葉地裁管内には,不動産競売を本庁へ集約し,他の執行事件は住所地支部で扱う地域がある一方,八日市場支部管内について主要な執行手続を本庁へ集約する表示がある。
このように,同じ地裁管内でも支部ごとに集約範囲が異なり得る。過去に同じ地域で申立てをした経験だけで提出先を決めず,申立時点の公式表を確認する必要がある。
3 近隣の拠点支部へ集約する例
集約先は常に本庁とは限らない。公式提出先表には,福島地裁白河支部管内の一定の執行事件を郡山支部へ,青森地裁十和田支部管内の一定の執行事件を八戸支部へ,広島地裁尾道支部管内の一定の執行事件を福山支部へ集約する例がある。
「本庁か住所地支部か」という二択では不十分であり,第三の提出先として近隣の拠点支部が指定されていないかを確認する必要がある。
第5 全国203支部の公表開廷日割
1 176支部に少なくとも一つの「毎週」表示がある
全国50地裁の担当裁判官・開廷日割ページを集計すると,203支部中176支部では,少なくとも一つの係について「毎週」と読める表示が確認できた。
残る27支部には,月数回,隔週,第1・第3曜日,随時又は曜日だけの表示などがあり,「毎週」という語がない。
これは,176支部で全事件が毎週開廷されるという意味ではない。ある係の毎週表示が一つでもある支部を数えたものであり,他の係は月数回又は随時の場合がある。
2 月1回等が明示される支部
公表日割上,旭川地裁名寄・紋別・留萌支部では月1回の連続3日間,稚内支部では月1回,奇数月は連続4日間,偶数月は連続3日間と表示されている。
釧路地裁根室支部では月2回,各回連続3日間,松江地裁西郷支部では3か月に2回と表示されている。
稚内支部の管轄,執行事件の本庁集約,保管金及び開廷日割は,地方裁判所支部の司法アクセス―稚内支部を例に,管轄・本庁集約・開廷頻度及び利用前の確認事項(AI作成)で詳しく整理している。
3 「随時」は低頻度の証明ではない
函館地裁江差支部,新潟地裁佐渡支部及び那覇地裁平良・石垣支部では,係別表示が「随時」,「都度指定」その他これに類する表現となっている。
しかし,「随時」は,必要に応じて期日を指定するという意味を含み得るため,月何回以下であるかを示す数字ではない。「随時」という文字だけから低頻度又は裁判官非常駐を推測することはできない。
第6 公表日割から分からないこと
1 担当裁判官一覧は実際の開廷表ではない
各裁判所は,担当裁判官一覧に記載された曜日等が原則的な取扱いであり,実際の開廷日とは異なる場合がある旨を表示している。
公表日割は,担当配置や一般的な曜日を知る手掛かりにはなるが,個別事件の期日を確認する資料ではない。
個別事件の期日は期日呼出状,期日指定書,事件記録又は担当部への照会で確認する。裁判所庁舎内の開廷表や期日簿は,当日の具体的な事件を示す資料であり,年間又は年度当初の担当日割とは性質が異なる。
2 事件数・処理速度・常駐状況は推測できない
「毎週」と表示されていても,毎週必ず事件が入るとは限らず,1日に何件開廷するかも分からない。反対に,月数回の集中開廷でも,1回当たり複数の事件が指定されることがある。
したがって,公表日割だけから事件数,平均審理期間,期日間隔,待ち時間,裁判官の常駐日数又は司法サービスの優劣を断定することはできない。
これらを比較するには,新受・既済・未済件数,事件種別,裁判官配置,期日指定履歴,交通時間その他の資料が必要である。
第7 弁護士が申立前に確認すべき事項
1 提出先確認の順序
①手続名と事件類型を特定する。
②法令上の管轄原因を確認する。
③都道府県別の公式提出先表で,本庁,住所地支部又は拠点支部のいずれかを確認する。
④申立書の宛名,郵送先,担当部署及び電話番号を確認する。
⑤予納金,保管金,郵便料その他の納付先を別に確認する。
⑥申立て直前にページの更新日と閲覧日を記録する。
特に民事執行では,「不動産競売」「債権執行」などの具体的手続名を示して問い合わせることが重要である。「執行事件の提出先」という質問だけでは,対象範囲が一致しないおそれがある。
2 期日・移動負担の確認
申立先が遠隔地になる場合は,公表日割だけで予定を立てず,申立て後の担当部及び個別の期日指定を確認する。
ウェブ会議等の利用可能性は,事件類型,期日の種類及び裁判所の判断により異なる。遠隔地であること又は支部の開廷日割が少ないことから,オンライン参加が当然に認められるとはいえない。
第8 確認済み事項・推論・未確認事項
1 確認済み事項
地方裁判所が50本庁・203支部であること,合議事件取扱支部が63支部,裁判員裁判取扱支部が10支部,労働審判取扱支部が5支部であることは,裁判所データブック又は裁判所の公式案内で確認した。
行政事件の提出先,民事執行の集約例及び各支部の公表日割は,裁判所の公式提出先表・担当裁判官ページで確認した。
2 集計者による整理
176支部に少なくとも一つの「毎週」表示があり,27支部には「毎週」表示がないという数字は,裁判所が公表した係別735行を本記事作成者が分類・集計した結果であり,裁判所が同じ名称で公表した公式統計ではない。
分類は令和8年9月22日に取得したページを基準としており,担当裁判官・日割の更新により変わり得る。
3 未確認事項
全国203支部について,実際の年間開廷日数,事件別新受・既済件数,平均審理期間,裁判官の実勤務日数及び利用者の移動時間を同一基準で比較するところまでは行っていない。
これらの比較には,司法統計,事務分配表,開廷表,情報公開資料その他の追加調査が必要である。
第9 出典・参考資料
1 法令・裁判所の全国資料
①e-Gov法令検索「裁判所法」
②裁判所「地方裁判所及び家庭裁判所支部設置規則」
③裁判所「裁判所データブック2026」
④裁判所「地方裁判所の申立書提出先一覧」
⑤裁判所「労働審判手続」
2 開廷日割・提出先の例
①旭川地方・家庭裁判所「地方裁判所担当裁判官一覧」
②釧路地方・家庭裁判所「地方裁判所担当裁判官一覧」
③松江地方・家庭裁判所「地方裁判所担当裁判官一覧」
④東京地方裁判所「担当裁判官一覧」
⑤千葉県内の地方裁判所の申立書提出先一覧
⑥北海道内の地方裁判所の申立書提出先一覧