第1 結論―一つの資料を五つの行為に分ける
訴状、準備書面、証拠説明書、鑑定書又は意見書に他人の論文、写真、図面、ウェブ画面等を使う場合、「裁判だから自由に使える」と一括してはいけない。少なくとも、①資料を取得する、②紙又はPDFへ複製する、③裁判所・相手方へ提出又は送信する、④法廷で表示する、⑤事件外で依頼者・関係者・研修参加者等へ共有する、という行為を分ける。
著作権法41条の2は裁判手続に必要な利用を認める重要な規定であるが、必要な限度と著作権者の利益を不当に害しないことが条件である。違法に入手した資料の取得を適法化したり、事件外の公表・二次利用を当然に許したりする規定ではない。
第2 著作物・権利者・入手経路を確認する
| 確認事項 | 具体例 |
|---|---|
| 著作物性 | 論文本文、写真、図表、設計図、地図、ソフト画面の創作的表現 |
| 保護されない部分 | 単なる事実、法令、裁判所の判決そのもの、ありふれた短文 |
| 権利者 | 著作者、勤務先、出版社、写真提供者、共同著作者 |
| 利用行為 | 複製、公衆送信、上映・口述、譲渡、翻案 |
| 入手経路 | 正規購入、契約DB、依頼者提供、公開ウェブ、第三者からの流出 |
| 契約条件 | データベース利用規約、ライセンス、秘密保持、個人情報 |
著作権法上利用できる場合でも、契約上の利用制限、営業秘密、個人情報、プライバシー、訴訟記録の閲覧等制限は別に検討する。
第3 裁判手続のための複製
著作権法41条の2第1項は、裁判手続のために必要と認められる場合、必要と認められる限度で著作物を複製できる旨を定める。ただし、著作物の種類・用途、複製部数・態様等に照らして著作権者の利益を不当に害する場合は除かれる。
なお、著作権法47条の6第1項2号は、41条の2の規定により著作物を利用することができる場合に、その例により行える利用の方法として「翻訳」だけを定めており、翻案を挙げていない。資料の内容を要約して書面に記載するときは、事実や論旨の要約にとどめ、原文の表現を用いる部分は引用(32条1項)として区別して示すのが無難である。
「必要」は、争点との関連性だけでなく、全文が必要か該当頁で足りるか、カラー高精細画像が必要か、提出部数が適切かという範囲にも及ぶ。証明対象、立証趣旨、必要部分を先に書き出すと、過剰な複製を避けやすい。
裁判手続のための複製は、資料を適法に取得する権利まで与えるものではない。ID・パスワードの不正使用、アクセス制御の回避、秘密情報の不正取得等は別問題である。
第4 mints提出と公衆送信等
2026年5月21日に施行された民事裁判手続のデジタル化に対応し、著作権法41条の2は、法令で定める裁判手続のために必要な範囲で、複製だけでなく公衆送信等を行える構造となった。mintsへ証拠PDFをアップロードし、裁判所・相手方が閲覧・ダウンロードできる状態にする行為は、紙提出とは別の著作権上の行為となり得るためである。
もっとも、mintsに提出できることと、著作物を無制限に送信できることは同じではない。提出対象の手続が規定の対象か、当該資料が必要か、送信先・閲覧範囲・ファイル態様が必要限度か、権利者の通常の市場を代替しないかを確認する。
裁判所が案内するファイル形式、容量、マスキング、閲覧等制限申立ての方法も別に守る。著作権上適法でも、個人番号、医療情報、営業秘密等を無加工で提出してよいとは限らない。
第5 引用として利用する場合
準備書面や意見書の論証中に他人の著作物を引用する場合は、著作権法32条1項を検討する。公表された著作物であること、公正な慣行に合致すること、報道・批評・研究その他の引用目的上正当な範囲であることが必要であり、引用部分と自分の記述の明瞭な区別、主従関係、出所明示が重要となる。
証拠として全文を提出する場合と、書面本文で論拠として引用する場合は、目的と法的根拠が異なり得る。引用の要件を満たさないから直ちに証拠提出も違法、又は裁判手続の複製が許されるから書面への転載も常に引用要件不要、と短絡しない。
第6 鑑定書・意見書と画像
美術品等の鑑定書に対象物の縮小画像を貼付する場合、画像を利用する目的、鑑定対象を特定する必要性、鑑定書本文との関係、画像の大きさ・画質、部数、配布先及び権利者への影響を具体的に確認する。
引用する側の鑑定書本文に独立した著作物性がないという理由だけで、著作権法32条1項の引用を否定しない。
知財高裁平成22年10月13日判決(平成22年〔ネ〕第10052号)は、利用する側が自己の著作物中で他人の著作物を利用することを、引用の必要条件とはしなかった。
同判決は、利用目的、方法・態様、利用される著作物の種類・性質及び権利者への影響等を総合考慮している。
当該事件では、鑑定対象の特定・偽造防止の必要性、裏面の画像と表面の証書を一体にした加工、各原作品について1部ずつ作られ原作品と所在を共にする想定等が判断材料となった。
判決PDF実頁13頁~15頁:https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-80755.pdf
この判決は、美術品の真贋を証する鑑定証書に関するものであり、裁判所に提出する鑑定書・意見書や、画像を別に配布・公開する場合に、その結論をそのまま当てはめることはできない。
画像を小さくしたことや出所を書いたことだけで適法とせず、各利用について32条1項の要件、48条の出所明示及び50条の著作者人格権との関係を確認する。
条文:https://laws.e-gov.go.jp/law/345AC0000000048
令和2年度司法試験知的財産法の公式資料は、適法な引用により作成された複製物の譲渡について、著作権法47条の7へつなぐ構造を示している。美術著作物等の譲渡申出に伴う複製を定める47条の2と、適法に作成された複製物の譲渡を扱う47条の7は役割が異なる。条文番号が近いというだけで置き換えない。
第7 事件外共有・広報・研修への転用
裁判所・相手方への必要な提出が許されても、依頼者社内の広い配布、保険会社・専門家への共有、セミナー資料への転用、ウェブ公開、SNS投稿は別行為である。裁判手続との必要性が薄い相手への送付は、許諾、引用、契約上の権限その他の根拠を改めて確認する。
事件終了後のファイル保存、ナレッジ化、AIへの入力も同様である。保管義務・証拠保全と、学習用データへの再利用を分け、利用目的、アクセス権、削除時期、第三者提供の有無を記録する。
第8 提出前チェックリスト
- 対象部分に著作物性があるか。単なる事実・法令・判決本文と区別したか。
- 入手経路は適法か。DB規約・秘密保持・個人情報の制約はないか。
- 複製、mints送信、法廷提示、紙の交付、事件外共有を分けたか。
- 裁判上の証明対象と資料の必要性を一文で説明できるか。
- 全文ではなく必要頁、原寸ではなく必要解像度、必要部数に限定したか。
- 引用なら公表、公正な慣行、正当な範囲、明瞭区別、主従、出所を確認したか。
- マスキングと閲覧等制限申立ての要否を確認したか。
- 事件外の再利用について別の権限・法的根拠を確認したか。
過去のウェブページを証拠に用いる場合には、利用の法的根拠に加え、何を立証できる記録なのかを確認する必要がある。
知財高裁令和元年10月24日判決(平成30年(行ケ)第10178号)は、Wayback Machineの保存日時、UTCと日本標準時の差、リンク先の別時点の表示及び改変を疑わせる具体的事情を検討し、当該ページが特許出願前に公衆に利用可能であったことを認定した。
これは証拠の信用性と過去の公表時点に関する判断であり、当該画面を自由に転載できると判断したものではない。
元URL、保存版URL、保存日時及び取得日時を区別して残し、訴訟資料への利用と事件外への公開を別々に確認することが有用である。
保存画面を証拠として残す際の確認事項は、Wayback Machineは裁判の証拠になるか―過去のウェブページの保存日時・信用性と提出時の確認事項で整理している。
出典:知財高裁令和元年10月24日判決(45頁~49頁)。
第9 関連記事
①複雑な法律問題の調べ方
②裁判所「民事裁判手続のデジタル化」
③他人の文章や講演を要約してブログ・SNSに載せると著作権侵害か
第10 出典と調査範囲
①著作権法
②文化庁「著作権テキスト―令和8年度版―」
③文化庁「令和5年通常国会 著作権法改正について」
④裁判所「民事裁判手続のデジタル化」
⑤裁判所「mintsについて」
⑥令和2年司法試験論文式試験出題の趣旨
⑦令和2年司法試験選択科目の採点実感
⑧知財高裁令和元年10月24日判決(平成30年(行ケ)第10178号)
2026年9月24日現在の法令・公式資料を確認した。個々の資料の著作物性、必要限度及び権利者利益への不当な害は事案ごとの評価を要する。判例秘書については、令和2年度選択科目の調査台帳にある検索結果を超える新規横断検索をしておらず、裁判例の網羅性を示すものではない。