第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象
本記事は,他人からだまし取り(騙取),又は預かって横領した金銭で,自分の借金を返済した者がいる場合に,被害者が,その返済を受けた債権者に対して金銭の返還を求めることができるかを扱う。
成年後見人が被後見人の預金を引き出して自分の借金を返した場合,親権者が子の財産を売った代金で自分の借金を返した場合,会社の経理担当者が会社の資金で自分の借金を返した場合などが典型である。
調査基準日は令和8年9月27日である。
条文はe-Gov法令検索の現行条文で,最高裁判例は裁判所ウェブサイトの裁判例検索に掲載された判決全文又は裁判要旨で確認した。
裁判所ウェブサイトに掲載されていない下級審裁判例は,判例秘書で判決全文を確認した。
2 結論
①横領者や詐欺をした者本人に対しては,不法行為に基づく損害賠償(民法709条)又は不当利得の返還(同法703条・704条)を請求できるが,本人に資力がなければ回収できない。
②最高裁昭和49年9月26日判決は,騙取又は横領された金銭で横領者等が自分の債権者に弁済した場合に,被害者がその債権者に不当利得の返還を請求できる場合を示した。
③因果関係は,金銭が混同され,両替され,預金口座を経由し,一部が費消された後に補填されたときでも,「社会通念上乙の金銭で丙の利益をはかつたと認められるだけの連結」があれば認められる。
④法律上の原因は,債権者がその金銭を受領するにつき悪意又は重大な過失がある場合には欠けるとされる。
同判決の事案でも,事情を知らなかった受領者に対する請求を否定した原審の判断が是認され,それより前の最高裁昭和42年3月31日判決も,善意で受領した債権者の取得は不当利得とならないとしている。
⑤弁済を詐害行為として取り消すこともできるが,既存の債務の弁済の取消しは,債務者が支払不能の時に,債務者と受益者とが通謀して他の債権者を害する意図をもって行った場合に限られる(民法424条の3第1項)。
⑥横領者等について破産手続が開始した後は,破産管財人による偏頗行為否認(破産法162条)との関係も問題になる。
⑦下級審には,受領者が弁済の原資を知っていたとも容易に知り得たとも認められないとして請求を棄却した例がある一方,騙取した者が配偶者の債務を弁済した事案で,弁済によって債務を免れた配偶者に,事情を知らず重大な過失がなくても返還を命じた例がある。
⑧振込みにより受取人の口座に入った金銭は受取人の預金になり,振込依頼人は受取人に対して不当利得の返還を請求し得るにとどまる(最高裁平成8年4月26日判決)。
第2 問題となる場面
1 お金の流れ
問題となるのは,次のようなお金の流れである。
①被害者(乙)の金銭を,横領者又は詐欺をした者(甲)が取得する。
②甲は,その金銭を,自分の債権者(丙)への借金の返済に充てる。
③甲には他に財産がなく,乙が甲に損害賠償等を請求しても回収できない。
甲に対する請求は法律上認められても,甲が無資力であれば実益がない。
そこで,乙の金銭で借金の返済を受けて利益を得た丙に対し,乙が直接返還を求めることができるかが問題になる。
2 典型的な場面
成年後見人は,自己のために被後見人の金銭を消費したときは,その消費の時から利息を付さなければならず,なお損害があるときは賠償の責任を負う(民法873条2項)。
後見人が被後見人の預金を引き出して自分の借金の返済に充てた場合は,後見人に対するこの請求のほか,返済を受けた債権者に対する請求が問題になる。
親権者は,子の財産を管理し,その財産に関する法律行為について子を代表する(民法824条本文)。
親権者が子の不動産を売却し,その代金を自分の借金の返済に充てた場合も,同じ構造になる。
このほか,会社の経理担当者が会社の資金を横領して自分の借金を返済した場合や,詐欺でだまし取った金銭で借金を返済した場合にも,同じことが問題になる。
3 金銭の特殊性
横領された物が動産や不動産であれば,被害者は所有権に基づいてその物の返還を求めることが考えられる。
しかし,金銭は,混同され,両替され,預金口座に入れられると,被害者の金銭と横領者の金銭を物として区別することができなくなる。
最高裁昭和49年9月26日判決は,金銭の所有権が被害者の手中にとどまっている場合に限らず,不当利得の要件である因果関係と法律上の原因の問題として,この場面を処理した。
第3 最高裁昭和49年9月26日判決
1 事案
農林省の事務官Dは,国庫金を詐取した結果,各地の農業共済団体に交付すべき国庫負担金に不足を生じさせた。
Dは,犯行の発覚を防ぐため,上告人である連合会の経理課長Eに金員の融通を申し込んだ。
Eは,上告人の会長の職印を無断で使って上告人名義の約束手形を作り,上告人名義で銀行から借入れをした。
原審は,銀行との関係では表見代理(民法110条)が成立し,上告人は各銀行に借受金を返還すべき債務を負うに至ったと判断している。
Eは,借入金をもとにした小切手を二つの経路で交付した。
一つは,1935万7833円の小切手を,Dの指示により,事情を知らないDの上司の係長Hに交付したものである(判決は「本件(1)の金員」と呼ぶ。)。
もう一つは,1280万6434円の小切手をDに交付したものである(同じく「本件(2)の金員」と呼ぶ。)。
Dは,本件(2)の金員を自分の当座預金口座に入れ,定期預金にし,これを担保に借入れをし,別の銀行の口座に移し,自分の事業資金に流用した上で,別途工面した金銭で補填し,農業共済団体に直接送金した。
その送金は正規の手続を経ていなかったため,農林省,D及び農業共済団体の間の覚書により,団体はいったんDに金員を返還し,Dはそれを国に対する損害の一部弁償として国に支払い,国が改めて団体に交付した。
上告人は,国(被上告人)に対し,本件(1)及び本件(2)の金員について不当利得の返還を求めた。
2 本件(1)の金員―事情を知らない受領者
原審は,本件(1)の金員は,Dの依頼によりDに代わって,Dの国に対する損害賠償債務の一部弁済としてされたものであり,その調達の経緯について係長Hは善意であったから,国の利得には法律上の原因があると判断した。
最高裁は,この認定判断は首肯し得ないものではないとして,この部分の上告を棄却した。
3 本件(2)の金員―一般論と破棄差戻し
原審は,Dの預金操作や流用・補填を経た後の金員と本件(2)の金員との間には同一性がなく,国の利得との間に因果関係がないとして,請求を棄却した第一審判決を是認していた。
最高裁は,これを破棄して,次のとおり判示した。
「騙取又は横領された金銭の所有権が丙に移転するまでの間そのまま乙の手中にとどまる場合にだけ、乙の損失と丙の利得との間に因果関係があるとなすべきではなく、甲が騙取又は横領した金銭をそのまま丙の利益に使用しようと、あるいはこれを自己の金銭と混同させ又は両替し、あるいは銀行に預入れ、あるいはその一部を他の目的のため費消した後その費消した分を別途工面した金銭によつて補填する等してから、丙のために使用しようと、社会通念上乙の金銭で丙の利益をはかつたと認められるだけの連結がある場合には、なお不当利得の成立に必要な因果関係があるものと解すべきであり、また、丙が甲から右の金銭を受領するにつき悪意又は重大な過失がある場合には、丙の右金銭の取得は、被騙取者又は被横領者たる乙に対する関係においては、法律上の原因がなく、不当利得となるものと解するのが相当である。」
その上で,最高裁は,預金口座への預入れ,払戻し,事業資金への流用,別途工面した金銭による補填等があったからといって,直ちに同一性を欠くとはいえず,国がDの損害賠償金として受領した金員は,社会観念上はなお本件(2)の金員に由来するというべきであるとした。
そして,国においてDから損害賠償金を受領するにつき悪意又は重大な過失があったと認められる場合には,国の利得には法律上の原因がなく,不当利得の成立する余地があるとして,審理を尽くさせるため原審に差し戻した。
4 先行する最高裁昭和42年3月31日判決
昭和49年判決より前に,最高裁昭和42年3月31日判決は,騙取した金銭による債務の弁済と弁済受領者の不当利得の成否について判断していた。
裁判所ウェブサイトに掲載された同判決の裁判要旨は,「金銭の騙取者がその金銭で自己の債務を弁済した場合において、債権者がこれを善意で受領したときは、債権者の右金銭の取得は、被騙取者に対する関係で、不当利得とならない。」である。
昭和49年判決の全文は同判決を引用していない。
本記事では,両判決の関係を,受領者に悪意又は重大な過失があるかどうかで結論が分かれるものと整理する。
第4 不当利得返還請求の要件
1 損失と利得
民法703条は,「法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者」は,「その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。」と定める。
被害者(乙)は金銭を失っており,債権者(丙)は債権の弁済を受けて利益を得ている。
問題は,丙の利益が乙の財産によるもので,そのために乙に損失を及ぼしたといえるか(因果関係),及び丙の利益に法律上の原因がないといえるかである。
2 因果関係―社会通念上の連結
昭和49年判決は,金銭が物として同一のまま丙に渡った場合に限らず,混同,両替,預金口座への預入れ,一部の費消と補填等を経た場合でも,社会通念上乙の金銭で丙の利益を図ったと認められるだけの連結があれば,因果関係を認めるとした。
同判決の事案では,Dが複数の口座を使って預金操作を繰り返し,途中で500万円を超える額を事業資金に流用し,別途工面した金銭で補填していた。
それでも,最高裁は,国が受領した金員は社会観念上なお本件(2)の金員に由来するとした。
実務では,横領・騙取の時期と金額,横領者の口座の入出金,返済の時期と金額を時系列で並べ,被害者の金銭が返済に使われたといえる流れを示すことになる。
3 法律上の原因―受領者の悪意又は重大な過失
債権者(丙)は,横領者(甲)に対する債権の弁済として金銭を受け取っている。
弁済の受領には,通常は法律上の原因がある。
昭和49年判決は,丙が甲から金銭を受領するにつき悪意又は重大な過失がある場合には,被騙取者又は被横領者(乙)に対する関係で法律上の原因がないとした。
反対に,受領者に悪意も重大な過失もない場合には,被害者は受領者に不当利得の返還を求めることができないと考えられる。
最高裁昭和42年3月31日判決も,騙取した金銭による弁済を債権者が善意で受領したときは,被騙取者に対する関係で不当利得とならないとしている。
昭和49年判決の本件(1)の金員について,受領した係長Hが善意であったことを理由に法律上の原因を認めた原審の判断を,最高裁が首肯し得ないものではないとしたのも,この区別と整合するものと考えられる。
判決は,何について悪意又は重大な過失があればよいかを,これ以上詳しく述べていない。
事案に即していえば,受領する金銭が騙取又は横領されたものであることを知り,又は重大な過失によって知らなかったかが問われることになると考えられる。
受領者が返済の原資を知っていたか,横領者との関係や返済の経緯から原資を容易に知り得たかを示す事情を集めることが重要になる。
4 下級審で悪意又は重大な過失が否定された例
東京地裁平成30年1月17日判決(平成28年(ワ)第21186号,判例秘書の判例番号 L07330269)は,原告から不正に取得された3億円のうち3000万円が,Cから被告に対し,被告の貸付金の弁済として支払われた事案である。
同判決は,被告が受領した3000万円について,社会通念上,原告の損失により被告が利益を受けたと認めた。
その上で,約定の弁済期限前に3000万円が弁済され,それ以外には何ら弁済がされていなかったことなどの事情を指摘しながらも,被告が債務者側の事業や行動の詳細を知っていたとは認められないとして,「本件3000万円が原告から不正に取得した3億円からCが被告に弁済したものであることを被告が知っていたとも,容易に知り得たとも認められないから,被告に本件3000万円の受領について悪意又は重過失があったとは認められない。」と判断し,請求を棄却した。
東京地裁令和7年11月11日判決(令和5年(ワ)第11814号,判例秘書の判例番号 L08033075)も,債務者が同じ債権者の口座に原告からの入金を原資としない金員を頻繁に振込送金していたことなどから,受領者がそのうちの1件の原資を認識するのは困難であり,認識しなかったことに重過失があるとはいえないとした。
これらの例からすると,受領者の側に疑わしい事情があるだけでは足りず,受領者が原資を知っていたこと,又は容易に知り得たことを示す具体的な事情が求められていると考えられる。
5 債権者ではなく,債務を弁済してもらった者に請求する場合
昭和49年判決は,横領者等が自分の債務を弁済した場合の,弁済を受けた債権者に対する請求について判断したものである。
横領者等が配偶者など第三者の債務を弁済した場合には,弁済を受けた債権者ではなく,弁済によって債務を免れた第三者に対する請求が問題になる。
大阪地裁平成9年12月16日判決(平成8年(ワ)第11977号,判例秘書の判例番号 L05250627)は,妻が夫に無断で夫名義の融資を受け,その一部で夫の住宅ローンを弁済した事案である。
同判決は,昭和49年判決とは事案が異なるとして,騙し取った者が第三者の債務を弁済した事案では,騙し取るに至った動機,騙し取った者と第三者との関係,弁済に至った事情などを総合的に考慮して,公平の見地から判断すべきであるとした。
その上で,夫が妻を通して自己の財産を管理していたことなどから,「騙し取った金で債務が弁済されたことを被告が知らず、そのことについて重過失がなかったとしても、被告の利得には法律上の原因がないと考えるべきである。」として,住宅ローンの弁済額680万9922円の限度で夫に返還を命じた。
また,仙台高裁平成19年7月13日判決(平成19年(ネ)第76号,判例秘書の判例番号 L06220881)は,妻が勤務先の資金を横領し,その一部を夫の預金口座に入金し,又は夫に交付した事案で,勤務先の夫に対する共同不法行為に基づく損害賠償請求を棄却し,不当利得返還請求を2994万8781円の限度で認容した。
同判決は,夫名義の口座に入金された金員のうち,家族カードの利用代金の支払に充てられた分については,夫に利得がなく不当利得返還請求権は成立しないとしている。
6 返還の範囲
民法704条は,「悪意の受益者は、その受けた利益に利息を付して返還しなければならない。この場合において、なお損害があるときは、その賠償の責任を負う。」と定める。
受領者が悪意の受益者に当たるときは,受け取った額に利息を付して返還することになる。
これに対し,受益者が善意であれば,返還の範囲は「その利益の存する限度」となる(同法703条)。
裁判所ウェブサイトに掲載された最高裁昭和37年6月19日判決の裁判要旨は,「民法第七〇四条の悪意の受益者とは、法律上の原因のないことを知りながら利得した者をいう。」である。
昭和49年判決の「悪意又は重大な過失」は,法律上の原因があるかどうかを決める基準であり,民法704条の悪意の受益者に当たるかどうかとは別の問題であると考えられる。
重大な過失があるにとどまる受益者を悪意の受益者として扱った最高裁判例は,本記事の調査(裁判所ウェブサイトの裁判例検索)では見当たらなかった。
悪意の受益者が付すべき利息について,過払金返還請求の事案では,悪意の受益者である貸主は過払金発生の時から民法704条前段所定の利息を支払わなければならないとされている(最高裁平成21年9月4日判決)。
また,不当利得をした者が利得に法律上の原因がないことを認識した後の利益の消滅は,返還義務の範囲を減少させない(最高裁平成3年11月19日判決の裁判要旨)。
7 消滅時効
不当利得返還請求権は債権であるから,債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間,又は権利を行使することができる時から10年間行使しないときは,時効によって消滅する(民法166条1項)。
令和2年4月1日より前に生じた債権には改正前の民法が適用される場合があり,その振り分けは消滅時効は改正前民法と改正後民法のどちらで判断するか―附則10条・35条の経過措置と振り分け表で説明している。
第5 詐害行為取消しとの比較
1 弁済が取消しの対象となる場合
被害者(乙)は,横領者(甲)に対する損害賠償請求権等を持つ甲の債権者でもある。
そこで,甲がした丙への弁済を詐害行為として取り消すことも考えられる。
しかし,民法424条の3第1項は,債務者がした既存の債務についての担保の供与又は債務の消滅に関する行為について,詐害行為取消請求ができる場合を,次のいずれにも該当する場合に限っている。
①その行為が,債務者が支払不能の時に行われたものであること(同項1号)。
②その行為が,債務者と受益者とが通謀して他の債権者を害する意図をもって行われたものであること(同項2号)。
借金の返済は既存の債務の消滅に関する行為であるから,詐害行為取消しを使うには,支払不能と通謀の両方を示す必要がある。
受領者が返済の原資が横領金であることを知っていたというだけでは,通謀があったことにはならない。
前記の東京地裁令和7年11月11日判決は,民法424条の3第1項2号について,「一部債権者への債務の履行(弁済)は、原則として詐害行為には当たらないということを前提として、例外的に、支払不能の資産状態の下で、一部債権者が、単に支払不能を知っていた(偏頗行為であることを知っていた)というだけではなく、債務者と通謀して、他の債権者を害する意図をもって行われた場合に限り、詐害行為取消を認めるものと解するのが相当である。」と述べ,通謀が認められないとして取消請求を退けた。
2 被保全債権と取消しの効果
詐害行為取消請求は,債権者の債権が,取り消す行為の前の原因に基づいて生じたものである場合に限りすることができる(民法424条3項)。
横領者に対する損害賠償請求権は,通常は横領の時に生じるので,その後にされた弁済との関係ではこの要件を満たすことが多いと考えられる。
改正前の民法の下で,最高裁昭和33年2月21日判決は,詐害行為として取り消すには,その行為が取消権を行使する債権者の債権の発生後にされたことが必要であるとしていた。
他方,最高裁昭和46年9月21日判決は,調停で毎月一定額を支払うことと定められた将来の婚姻費用の分担に関する債権について,支払期日が到来していなくても,すでに発生した債権ということを妨げず,当事者間の婚姻関係その他の事情から調停の前提たる事実関係の存続がかなりの蓋然性をもって予測される限度において,これを被保全債権とする詐害行為取消権が成立するとした。
また,詐害行為取消権によって保全される債権の額には,詐害行為後に発生した遅延損害金も含まれる(最高裁平成8年2月8日判決の裁判要旨)。
取消しが認められると,債権者は,受益者に対し,行為の取消しとともに,受益者に移転した財産の返還を請求することができる(民法424条の6第1項)。
返還の請求が金銭の支払を求めるものであるときは,自己に支払うよう求めることができる(同法424条の9第1項)。
詐害行為取消請求に係る訴えは,債務者が債権者を害することを知って行為をしたことを債権者が知った時から2年,行為の時から10年を経過したときは,提起することができない(同法426条)。
3 二つの請求の違い
| 項目 | 不当利得返還請求 | 詐害行為取消請求 |
|---|---|---|
| 根拠 | 民法703条・704条,最高裁昭和49年9月26日判決 | 民法424条,424条の3,424条の6,424条の9 |
| 受領者の主観 | 受領につき悪意又は重大な過失 | 債務者との通謀と他の債権者を害する意図 |
| 横領者の資力 | 判決の要件にはない | 弁済時に支払不能であることが必要 |
| 請求の方法 | 訴訟外でも請求できる | 裁判所に請求する(民法424条1項) |
| 期間 | 民法166条1項の消滅時効 | 民法426条の出訴期間 |
受領者が返済の原資を知っていた場合には,通謀まで示す必要のない不当利得返還請求の方が,要件の面では使いやすいことが多いと考えられる。
いずれの請求でも,被害者の金銭が返済に使われた流れと,受領者の認識を示す証拠が中心になる。
4 破産手続が開始した場合
横領者について破産手続が開始すると,既存の債務についてされた弁済は,破産管財人による否認(破産法162条)の対象になるかが問題になる。
否認権の要件と使い分けは,偏頗弁済と否認権―破産法160条・161条・162条の使い分け,廉価譲渡,相当対価処分及び債務引受けで説明している。
第6 振込み・誤振込との関係
1 振り込まれた金銭は受取人の預金になる
裁判所ウェブサイトに掲載された最高裁平成8年4月26日判決の裁判要旨は,「振込依頼人から受取人の銀行の普通預金口座に振込みがあったときは、両者の間に振込みの原因となる法律関係が存在するか否かにかかわらず、受取人と銀行との間に振込金額相当の普通預金契約が成立する。」である。
同判決は,この場合,「振込依頼人は、受取人に対し、右同額の不当利得返還請求権を有することがあるにとどまり、右預金債権の譲渡を妨げる権利を取得するわけではないから、受取人の債権者がした右預金債権に対する強制執行の不許を求めることはできない」とした。
同判決の考え方によれば,だまし取られて犯人等の口座に振り込まれた金銭も,振り込まれた時点でその口座の名義人の預金になる。
2 受取人による払戻しと権利の濫用
裁判所ウェブサイトに掲載された最高裁平成20年10月10日判決の裁判要旨は,「受取人の普通預金口座への振込みを依頼した振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在しない場合において,受取人が当該振込みに係る預金の払戻しを請求することについては,払戻しを受けることが当該振込みに係る金員を不正に取得するための行為であって,詐欺罪等の犯行の一環を成す場合であるなど,これを認めることが著しく正義に反するような特段の事情があるときは,権利の濫用に当たるとしても,受取人が振込依頼人に対して不当利得返還義務を負担しているというだけでは,権利の濫用に当たるということはできない。」である。
3 口座の預金を差し押さえた者・相殺した銀行
東京地裁令和4年1月13日判決(平成30年(ワ)第18988号,判例秘書の判例番号 L07730235)は,詐欺等により振り込まれたと主張された金員が入った預金債権を,国が国税の滞納処分として差し押さえた事案である。
同判決は,口座に振り込まれて預金となった時点で騙取金としての性格とは切り離されたものというべきであって,社会通念上の因果関係が認められないことに加え,債務者が積極的に国に弁済したものではなく,国が国税の滞納処分として差押え等を行ったものであることから,昭和49年判決の射程は及ばないとした。
他方,誤振込みの事案では,東京地裁平成17年9月26日判決(平成16年(ワ)第15058号,判例秘書の判例番号 L06032962)が,銀行が,振込依頼人から受取人の所在が不明で組戻しの承諾を得られない事情について相当の説明を受けていながら,誤振込みの事実の有無を確認しないまま受取人に対する貸付債権で相殺した場合について,「この債権回収は,振込依頼人に対する関係においては,法律上の原因を欠き,不当利得となるものと解するのが公平の理念に沿うものといえる。」とした。
名古屋高裁平成27年1月29日判決(平成26年(ネ)第842号)も,銀行が相殺の時点で誤振込みであることを知っていたと認定した上で,振込先の口座の名義人に対する貸金債権等を自働債権として,振込金を含む預金債務と相殺した銀行の債権回収について,振込依頼人に対する関係では法律上の原因を欠き不当利得になるとした。
4 振り込め詐欺の被害金
振り込め詐欺の被害者が,犯人の口座の預金やそこから弁済を受けた者に対して不当利得を主張した最高裁判例は,本記事の調査(裁判所ウェブサイトの裁判例検索)では見当たらなかった。
犯人の口座が凍結された場合の被害回復の手続は,振り込め詐欺救済法の「被害者からの権利行使の届出」―法定分配を止めて口座名義人訴訟・預金差押えに進む手続で説明している。
第7 場面別の検討
1 成年後見人が横領金で自分の借金を返した場合
被後見人は,横領した後見人に対し,損害賠償及び不当利得の返還を請求でき,後見人が自己のために被後見人の金銭を消費したときは,その消費の時からの利息も請求できる(民法873条2項)。
後見人に資力がないときは,後見人から返済を受けた債権者に対し,昭和49年判決の要件の下で不当利得の返還を求めることが考えられる。
後見人による横領の責任の全体像は,成年後見人による横領──親族後見人と第三者後見人の比較を中心にで説明している。
2 親権者が子の財産の売却代金で自分の借金を返した場合
親権者が子を代理して子の不動産を売却した場合,売却の時点で代金を自分の借金の返済に充てる目的があり,買主がそのことを知り,又は知ることができたときは,売買は代理権を有しない者がした行為とみなされる(民法107条)。
これに対し,売却の時点では子のために使う目的であり,後に考えが変わって代金を自分の借金の返済に充てたときは,売買の効力は否定されず,子は不動産を取り戻せない。
この場合の子の救済は,親権者に対する損害賠償請求のほか,返済を受けた債権者に対する不当利得返還請求及び詐害行為取消請求となる。
親権者は,自己のためにするのと同一の注意をもって,子の財産の管理権を行わなければならない(民法827条)。
親権者の代理権の濫用と利益相反の判断基準は,親と未成年の子の利益相反と特別代理人―遺産分割・相続放棄・担保提供の判断基準と代理権の濫用で説明している。
3 相続人・親族による預金の使い込み
被相続人の生前に親族が預金を引き出して自分の借金の返済に使っていた場合も,引き出した親族に対する不当利得返還請求等に加え,返済を受けた債権者に対する請求が理論上は問題になる。
引き出した親族が,その金銭で配偶者など家族の債務を弁済していた場合は,第4の5のとおり,債務を免れた家族に対する請求も検討の対象になる。
もっとも,引き出しが被相続人の意思に基づくものであったかどうかが先に争点になることが多い。
使途不明金の請求の構成と消滅時効は,相続の使途不明金の消滅時効―請求原因・起算点・旧法の見分け方で説明している。
第8 請求する側と請求される側の確認事項
1 被害者が請求する場合
①横領又は騙取の日時と金額を,通帳,取引履歴,振込記録等で特定する。
②横領者の口座の入出金と,債権者への返済の日時・金額を並べ,被害者の金銭が返済に使われた流れを示す。
③債権者が返済の原資を知っていたこと,又は容易に知り得たことを示す事情(横領者との関係,返済額と横領者の収入の不釣合い,返済の経緯,債権者に伝えられていた事情等)を集める。
④横領者の資力と,他の請求先(後見監督人・家庭裁判所の責任等)の有無を確かめる。
⑤消滅時効の起算点と期間を確認する。
⑥横領者等が家族など第三者の債務を弁済していた場合は,債務を免れた第三者に対する請求も検討する(第4の5)。
2 返還を求められた債権者の場合
①受領した金銭の原資を,受領の時点で知っていたか,知り得た事情があったかを確認する。
②被害者の主張する金銭の流れに,別の資金が混ざっていないか,時期や金額が合っているかを確認する。
③受領時に事情を知らず,知らなかったことに重大な過失もなかったことが認められれば,法律上の原因があるとされると考えられる(昭和49年判決の本件(1)の金員では,受領者の善意を理由に法律上の原因を認めた原審の判断が是認されている。)。
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第10 出典
1 法令
①e-Gov法令検索「民法」703条,704条,709条,107条,110条,166条,424条,424条の3,424条の6,424条の9,426条,824条,827条,873条
②e-Gov法令検索「破産法」162条(いずれも令和8年9月27日確認)
2 裁判例
①最高裁第二小法廷昭和42年3月31日判決(昭和40年(オ)第295号,民集21巻2号475頁)
②最高裁第一小法廷昭和49年9月26日判決(昭和45年(オ)第540号,民集28巻6号1243頁)
③最高裁第二小法廷昭和33年2月21日判決(昭和32年(オ)第401号,民集12巻2号341頁)
④最高裁第三小法廷昭和37年6月19日判決(昭和34年(オ)第478号,集民61号251頁)
⑤最高裁第三小法廷昭和46年9月21日判決(昭和43年(オ)第1215号,民集25巻6号823頁)
⑥最高裁第三小法廷平成3年11月19日判決(昭和62年(オ)第888号,民集45巻8号1209頁)
⑦最高裁第一小法廷平成8年2月8日判決(平成4年(オ)第993号,集民178号215頁)
⑧最高裁第二小法廷平成8年4月26日判決(平成4年(オ)第413号,民集50巻5号1267頁)
⑨最高裁第二小法廷平成20年10月10日判決(平成19年(受)第152号,民集62巻9号2361頁)
⑩最高裁第二小法廷平成21年9月4日判決(平成21年(受)第1192号,集民231号477頁)
⑪大阪地裁平成9年12月16日判決(平成8年(ワ)第11977号,判例秘書の判例番号 L05250627)
⑫東京地裁平成17年9月26日判決(平成16年(ワ)第15058号,判例秘書の判例番号 L06032962)
⑬仙台高裁平成19年7月13日判決(平成19年(ネ)第76号,判例秘書の判例番号 L06220881)
⑭名古屋高裁平成27年1月29日判決(平成26年(ネ)第842号)
⑮東京地裁平成30年1月17日判決(平成28年(ワ)第21186号,判例秘書の判例番号 L07330269)
⑯東京地裁令和4年1月13日判決(平成30年(ワ)第18988号,判例秘書の判例番号 L07730235)
⑰東京地裁令和7年11月11日判決(令和5年(ワ)第11814号,判例秘書の判例番号 L08033075)
⑪から⑰まで(⑭を除く。)は,本記事の調査時点で裁判所ウェブサイトの裁判例検索に掲載が確認できなかったものであり,判例秘書で判決全文を確認した。