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偏頗弁済と否認権―破産法160条・161条・162条の使い分け,廉価譲渡,相当対価処分及び債務引受け(AI作成)

破産前の財産処分について,「債権者に不利益が生じた」というだけで適用条文を決めることはできない。

廉価譲渡,相当な対価を得た売却,既存債務の弁済及び債務引受けを組み合わせた事業譲渡では,否認の対象とする行為と法的効果を分解した上で,破産法160条,161条又は162条のどこから検討を始めるかを決める必要がある。

本記事は,令和8年9月23日現在の日本法を前提として,これらの条文の使い分けと,実務で先に確認すべき資料を整理するものである。

目次

第1 結論と判断の順序

1 最初に当てる条文

時価を下回る財産又は事業の譲渡は,破産財団が実質的に減少する行為として,まず破産法160条1項を検討する。

時価相当額で財産を売却した場合は,対価が現金等へ変わった後の隠匿,無償供与その他の処分について現実の危険が生じたかを,破産法161条の厳格な要件に沿って検討する。

既に存在する債務について弁済又は担保供与をした場合は,支払不能等の危機時期と受益者の認識を中心に,破産法162条を検討する。

債務額を超える価値の財産を代物弁済した場合は,超過部分について破産法160条2項を検討し,債務額に対応する部分について破産法162条を検討する。

2 判断フロー

実務上は,次の順で確認するのが分かりやすい。

  1. 否認の対象とする行為を特定する。
  2. 破産者の財産が実質的に減少したかを確認する。
  3. 相当な対価を取得したかを確認する。
  4. 既存債務の担保供与又は消滅に関する行為かを確認する。
  5. 支払不能,支払停止又は破産手続開始申立ての時期を確定する。
  6. 破産者,相手方及び受益者が何を知っていたかを証拠から確認する。

一連の取引に複数の行為が含まれる場合は,一つの条文だけで全体を説明しようとせず,譲渡,対価の受領,代金の処分,弁済及び債務消滅を分けて検討する必要がある。

第2 否認対象となる行為を分解する

1 事業譲渡と代金弁済は別の行為である

会社が事業を時価で譲渡し,その直後に売却代金を役員への借入金弁済に用いた場合,事業譲渡と役員への弁済は別の行為である。

事業譲渡自体を問題にするなら破産法161条が入口となり,役員への弁済を問題にするなら破産法162条が入口となる。

後の偏頗弁済が疑われるという理由だけで,前の事業譲渡全体を破産法162条によって否認できるわけではない。

2 誰の財産により債務が消滅したか

最高裁平成29年12月19日判決は,破産法162条1項の「債務の消滅に関する行為」について,破産者の財産をもって債務を消滅させる行為であることを要するとした。

同判決の事案では,第三債務者が差押債権者に二重払いした金銭は破産者の財産ではなかったため,破産者の債務が経済的に減ったように見えても,同項の対象にはならないとされた。

したがって,第三者弁済又は債務引受けでは,誰が出捐し,どの財産が減少し,誰のどの債務が消滅したかを確認する必要がある。

第3 破産法160条―財産減少行為

1 廉価譲渡

破産法160条1項は,担保供与又は債務消滅行為を除く,破産債権者を害する行為を対象とする。

時価4000万円の事業を1000万円で譲渡すれば,原則として3000万円相当の価値が一般債権者の共同引当財産から失われるため,同項の検討対象となる。

もっとも,価格差があるというだけで直ちに否認されるわけではなく,行為時期,破産者の認識,相手方の認識及び条文上の例外を個別に確認しなければならない。

事業譲渡の価格には,個別資産の時価だけでなく,収益力,のれん,承継債務,従業員の引受け,撤去費用及び清算売却の場合の価格差等が影響するため,後から算定した帳簿価額だけで廉価性を決めることはできない。

2 過大な代物弁済

破産法160条2項は,債務消滅行為について債権者が受けた給付価値が消滅債務額を超える場合に,超過部分を対象とする。

1000万円の債務を消滅させるために1500万円相当の不動産を代物弁済した場合,500万円の超過部分について同条2項を検討する。

債務額に対応する1000万円部分は,既存債務の弁済として破産法162条の要件を検討することになる。

同条2項の文言は債務消滅行為を対象としているため,価値が債権額を上回る担保設定を当然に同項へ当てはめることはできない。

3 無償行為

破産法160条3項は,支払停止又は破産手続開始申立て後,若しくはその前6か月以内の無償行為及びこれと同視すべき有償行為を,別の要件構造で扱っている。

廉価譲渡と無償行為の境界は,名目上の対価の有無だけでなく,給付関係,価格差,取引目的及び当事者関係等を踏まえて判断する必要がある。

第4 破産法161条―相当対価を得た財産処分

1 三つの要件をすべて確認する

相当な対価を取得した財産処分は,通常は財産の形が変わるだけで,破産財団の価値を直ちに減少させない。

そこで破産法161条1項は,次の三つの要件をすべて要求している。

  1. 財産の種類変更により,隠匿,無償供与その他の破産債権者を害する処分をする現実の危険が生じたこと。
  2. 破産者が,対価として得た金銭等を隠匿その他の破産債権者を害する処分に用いる意思を有していたこと。
  3. 相手方が,その破産者の意思を知っていたこと。

不動産又は事業が換価しやすい現金に変わったという抽象的な危険だけでは足りず,その後の資金移動,関係者間の相談,送金予定及び相手方の認識を具体的に確認する必要がある。

2 時価売却後に一部債権者へ弁済した場合

時価4000万円の事業を同額で売却し,その代金全額を会社役員への期限到来済み借入金の弁済に用いた場合,売却自体については破産法161条の三要件を検討する。

一方,役員への弁済については,既存債務の消滅に関する行為として破産法162条を検討する。

売却代金を特定債権者へ弁済する意思が,当然に破産法161条1項2号の「隠匿等の処分」の意思に含まれるかは,条文の文言と事案の具体的事情に即して慎重に判断する必要がある。

また,売却相手が別法人であり,その代表者が破産会社の役員等であるというだけで,売却相手法人に同条2項の推定が当然に及ぶとは断定できない。

もっとも,代表者の認識が法人の認識として評価されるかを含め,実際の知情性を裏付ける事情は別に検討する必要がある。

第5 破産法162条―偏頗弁済と担保供与

1 既存債務の弁済又は担保供与が対象となる

破産法162条1項は,既存債務についてされた担保供与又は債務消滅行為を対象とする。

支払不能後又は破産手続開始申立て後の行為については,受益者が支払不能又は申立て等を知っていたことが必要となる。

義務のない行為又は義務の時期でない時期にした行為については,支払不能になる前30日以内の行為も対象となり得るが,受益者が他の破産債権者を害する事実を知らなかったときは除外される。

親族,同居者,取締役又は支配株主等については,同条2項の推定規定がある。

2 支払不能と債務超過を混同しない

支払不能は,支払能力を欠くため,弁済期にある債務を一般的かつ継続的に弁済できない客観的状態である。

債務超過,資金繰り不安,赤字又は将来の事業停止予定だけから,直ちに支払不能を認定することはできない。

支払不能と債務超過の違いについては,支払不能と債務超過の違い―破産法上の意味と判断方法(AI作成)で詳しく整理している。

3 支払停止と受任通知

最高裁平成24年10月19日判決は,支払停止を,債務者が支払能力を欠くため一般的かつ継続的に債務を支払うことができないと考え,その旨を明示又は黙示に外部へ表示する行為とした。

同判決は,給与所得者が債務整理を弁護士へ委任し,債権者一般へ取立停止を求める通知を送った事案で支払停止を認めた。

もっとも,同判決の補足意見は,一定規模以上の企業の再建型私的整理では,一時停止通知等をもって支払停止を認めることに慎重さを要する場合があると指摘している。

支払停止が問題となる場合でも,破産法162条3項及び166条が定める1年の期間制限を確認する必要がある。

第6 債務引受けを対価に含む事業譲渡

1 債務引受けの類型を確認する

事業譲渡の対価に債務引受けが含まれる場合は,まず,免責的債務引受け,併存的債務引受け又は履行引受けのいずれであるかを確認する。

免責的債務引受けでは元の債務者が債務を免れるが,併存的債務引受けでは元の債務者の債務も残る。

履行引受けでは,引受人が債務者に対して支払を約束していても,債権者が引受人へ直接請求できるとは限らない。

契約の名称だけでなく,債権者の同意,元の債務の存否,引受人に対する請求権及び実際の支払状況を確認する必要がある。

2 額面合計ではなく共同引当財産を見る

時価4000万円の事業につき,買主が現金1000万円を支払い,特定銀行に対する3000万円の債務を引き受けた場合,対価の額面合計が4000万円であるというだけで,相当な対価を取得したと結論付けることはできない。

現金1000万円だけが破産財団へ入り,3000万円分が特定銀行だけを利するなら,他の一般債権者が共同で引き当てにできる財産は実質的に減少し得る。

この場合は,まず破産法160条1項による財産減少行為を検討する必要がある。

破産法162条を検討する場合も,誰が受益者であり,誰の財産により,どの既存債務が消滅したかを明らかにしなければならない。

3 結論を左右する反対事情

引受対象債務が譲渡対象財産によって十分に担保され,銀行がもともと一般債権者に優先できた場合は,一般債権者の共同引当財産が減少したとの評価が変わり得る。

また,事業を分離しなければ価値が失われる状況で,透明な入札又は第三者評価を経て事業価値を維持した場合は,廉価性及び有害性の評価に影響し得る。

したがって,債務引受額だけでなく,担保の有無と価値,譲渡前後の債権者別配当見込額,事業継続価値及び代替取引の有無を比較する必要がある。

第7 令和6年司法試験の二つの事業譲渡

1 問題文の事実関係

令和6年司法試験論文式試験問題・倒産法の第3問は,財務悪化した会社が破産申立て前に四つの店舗を事業譲渡した二つの独立事例を扱っている。

第1の事例は,時価4000万円の事業を同額で売却し,代表者が直ちに売却代金を役員債権者へ弁済したというものである。

第2の事例は,時価4000万円の事業について,買主が銀行債務3000万円を引き受けたため,現金の譲渡代金が1000万円に減額されたというものである。

2 事例から確認できる判断手順

第1の事例では,事業譲渡自体と役員への弁済を分け,前者について破産法161条,後者について破産法162条を検討するという行為分解が必要となる。

第2の事例では,債務引受けを含む形式上の対価合計だけでなく,銀行以外の一般債権者の共同引当財産が実質的に減少したかを,破産法160条1項から検討する必要がある。

もっとも,司法試験問題は仮想事例であり,個別事件の結論を拘束する裁判例ではない。

また,本記事は問題文を比較教材として用いるものであり,法務省の出題趣旨又は採点実感の全文を根拠として結論を示すものではない。

第8 実務で先に集める資料

1 取引内容と価格

次の資料から,行為の単位,価格及び対価の帰属を確認する。

  1. 事業譲渡契約書,資産譲渡契約書,代物弁済契約書及び担保設定契約書。
  2. 鑑定書,査定書,入札記録,価格交渉資料及び取締役会議事録。
  3. 売却代金の入出金明細,総勘定元帳,現金出納帳及び送金指図。
  4. 事業計画,廃業又は閉店計画,資金繰り表及び清算価値の試算。

2 債務引受けと危機時期

債務引受けを含む場合は,次の資料も必要となる。

  1. 引受対象債務の残高,弁済期,担保,保証及び債権者の同意書。
  2. 元の債務者が免責されたかを示す契約書及び債権者との通信。
  3. 引受人が実際に支払った金額と日付を示す資料。
  4. 支払遅延,手形不渡り,取引停止,受任通知及び金融機関への一時停止通知。
  5. 当事者間の人的・資本的関係と,相手方が財務状態を知った時期を示す資料。

資料を整理するときは,事業譲渡,代金受領,代金処分,債務引受け,債務消滅及び担保供与を別々の行として時系列表に記載するのが有用である。

第9 よくある誤解

1 破産直前の取引はすべて否認されるのか

破産直前に行われたというだけで,取引が当然に否認されるわけではない。

対象行為,行為時期,危機状態,当事者の認識及び各条文の例外を確認する必要がある。

2 時価で売却すれば常に安全か

時価相当額を取得していても,破産法161条の三要件を満たす場合は否認が問題となる。

他方,代金が一部債権者へ弁済されたという結果だけで,売却自体について同条の三要件が当然に満たされるわけでもない。

3 親族又は役員への支払は常に否認されるか

親族又は役員への支払であっても,既存債務,支払時期,危機時期,受領者の認識及び推定規定を確認する必要がある。

内部者であることは重要な事情であるが,それだけで条文上の全要件を省略することはできない。

4 第三者から支払えば否認されないか

第三者の固有財産から直接支払われ,破産者の財産が減少しない場合は,破産法162条の対象にならないことがある。

しかし,資金がいったん破産者へ帰属したか,求償権が発生したか,誰が弁済先を選択したかによって評価は変わるため,一般的な安全港とはいえない。

第10 関連記事と出典

1 関連記事

倒産事件の実務メモ―破産・個人再生・私的整理(AIリライト)では,否認権を含む倒産事件全体の論点を整理している。

破産直前の賃金支払は否認されるか――通常の給料日・支払不能後・期限前払の違い(AI作成)では,賃金債権の順位と偏頗弁済の関係を整理している。

支払不能と債務超過の違い―破産法上の意味と判断方法(AI作成)では,破産法162条の基準時となる支払不能を詳しく扱っている。

電子記録債権(でんさい)の決済金は銀行の相殺・商事留置権で回収できるか(AI作成)では,銀行による決済金充当と破産法162条の具体例を扱っている。

2 法令及び裁判例

  1. 破産法(平成16年法律第75号)160条から162条まで,166条及び176条。
  2. 最高裁第二小法廷平成24年10月19日判決(平成23年(受)第462号,裁判集民事241号199頁)。
  3. 最高裁第三小法廷平成29年12月19日判決(平成28年(受)第1797号,裁判集民事257号29頁)。

3 公的資料

  1. 法務省「令和6年司法試験論文式試験問題・倒産法」第3問。

第11 まとめ

破産法160条は共同引当財産の実質的減少,161条は相当対価処分後の隠匿等の現実的危険,162条は既存債務に対する危機時期の偏頗行為を,それぞれ中心に扱う。

廉価譲渡は160条1項,時価売却後の隠匿等は161条,既存債務の弁済又は担保供与は162条が入口となる。

過大な代物弁済は,160条2項の超過部分と162条の債務相当部分を分けて検討する。

債務引受けを対価に組み込んだ事業譲渡では,形式的な対価合計ではなく,一般債権者の共同引当財産に何が残ったかを確認する必要がある。

最も重要なのは,経済的に一連の取引であっても,否認対象となる行為と法的効果を分解してから条文を選ぶことである。