第1 この記事が扱う対象
1 倒産事件の論点を混同しないこと
倒産事件では,破産,民事再生,私的整理及び個別執行が相互に関係する一方,それぞれの制度目的と法的効果は異なる。本記事は,実務で繰り返し問題となる論点について,現行法上の結論,事実確認の順序及び判例の射程をまとめるものである。
同じ金銭債権であっても,破産債権,財団債権,優先的破産債権又は非免責債権のいずれに当たるかで,届出,弁済及び免責の扱いが変わる。また,条文上の全国共通ルール,裁判所ごとの提出資料・運用,専門家の経験則及び施行前の新制度は,同じ確度の情報として扱うべきではない。
2 実務で先に確定すべき時点と資料
個別論点を検討する前に,①支払不能及び支払停止の時期,②破産手続開始の申立日,③開始決定日,④問題となる契約又は処分の成立日,⑤登記・登録その他の対抗要件具備時,⑥給付期間又は納期限を時系列にする必要がある。これらの時点を曖昧にしたままでは,所有権留保,継続的給付,相殺,否認及び租税債権のいずれも正確に分類できない。
法人事件では,会計データ,預金履歴,総勘定元帳,契約書,担保資料,固定資産台帳,在庫資料,従業員関係資料及び電子メール等を早期に保全する。個人事件でも,預金履歴,保険,自動車,不動産,退職金,家計及び親族間取引の資料を,名義だけでなく取得原資と実質的な管理状況まで確認する必要がある。
第2 所有権留保と自動車
1 留保所有権を確認する四つの事項
自動車の所有権留保では,①販売会社,購入者及び信販会社の契約関係,②破産手続又は再生手続開始時の所有者登録,③留保所有権が担保する債権の範囲,④保証履行又は立替払による権利移転の根拠を確認する。信販会社が関与しているという事実だけで,別除権を行使できるとは限らない。
自動車の価額が被担保債権残高を上回るときは,担保権者が別除権を行使できる場合であっても,余剰価値が破産財団に帰属し得る。契約解釈と対抗要件の問題を解決した後に,査定額,残債務,処分費用及び余剰の有無を別に計算する必要がある。
(1) 最高裁平成22年判決
最高裁第二小法廷平成22年6月4日判決(平成21年(受)第284号,民集64巻4号1107頁)は,販売会社に留保された所有権が立替払をした信販会社へ移転し,立替金等を担保する旨の三者間合意があった事案を扱った。同判決は,再生手続開始時に信販会社を所有者とする登録がなければ,販売会社名義の登録が残っていても,信販会社がその合意に基づく留保所有権を別除権として行使することはできないとした。
(2) 最高裁平成29年判決
最高裁第一小法廷平成29年12月7日判決(平成29年(受)第408号,民集71巻10号1925頁)は,販売会社に留保された所有権について,保証人が売買代金残額を保証履行し,法定代位した事案を扱った。同判決は,破産手続開始時に販売会社を所有者とする登録があるときは,保証人が留保所有権を別除権として行使できるとしたため,前記判決との違いは保証人という呼称だけでなく,権利移転の法的原因と登録の対応関係にある。
2 自動車の評価と提出資料
自動車を評価するときは,初度登録年月又は初度検査年月だけで機械的に無価値とせず,車種,年式,走行距離,損傷,装備,中古市場,ローン残高及び処分費用を確認する。各裁判所の申立資料には地域差と改訂があるため,事件係属裁判所の最新資料を確認し,必要に応じて複数の査定資料又は価格資料を提出するのが安全である。
電子車検証では,券面だけで所有者情報等の全部を確認できない場合がある。自動車検査証記録事項又は電子車検証のICタグ情報も取得し,登録名義と契約書の記載を照合する必要がある。
3 公布済みで未施行の担保法制
譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律(令和7年法律第56号。以下「譲渡担保法」という。)は,譲渡担保及び所有権留保の効力,対抗要件,実行並びに倒産手続上の扱いを成文化した。同時に成立した譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(令和7年法律第57号)は,動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律を改正し,動産・債権譲渡登記制度を見直す。両法は,令和7年5月30日に成立し,同年6月6日に公布された。
両法は,一部の規定を除き,公布の日である令和7年6月6日から起算して2年6月を超えない範囲内において政令で定める日から施行される。同日を起算日とする2年6月の期間が満了するのは令和9年12月5日であるから,政令で定めることができる施行日の最終日も同日である。譲渡担保法の本則は,令和8年9月29日現在でも施行されておらず,施行期日を定める政令もe-Gov法令検索では確認できない。法務省の案内によれば,施行時には既存契約に関する経過措置も含めて再確認する必要がある。
したがって,現時点の事件は現行法及び前記最高裁判例により処理し,新法を現在の適用法として先取りしてはならない。他方,長期契約,集合動産担保及び施行日をまたぐ契約については,施行日,対抗要件及び経過措置を継続的に確認する必要がある。
4 譲渡担保法が所有権留保をどう変えるか
譲渡担保法のうち所有権留保契約を定めるのは第3章(109条から111条まで)である。同法109条1項は,所有権留保契約に基づく動産の所有権の留保は,所有権留保動産の留保買主等から留保売主等への引渡し(登記又は登録をしなければ権利の得喪及び変更を第三者に対抗することができない動産にあっては,留保売主等を所有者とする登記又は登録)がなければ第三者に対抗することができないとする。同法2条1号イ⑵は道路運送車両法による登録を受けた自動車を「登録自動車」と定義し,同条16号イは,所有権留保契約の目的となる動産から抵当権の目的とすることができるものを除きつつ,登録自動車をその除外の対象から外している。したがって,登録自動車の所有権留保では,留保売主等を所有者とする登録が対抗要件となる。
同法109条2項は,代金の支払債務又はその履行によって生ずる償還債務のみを担保する所有権留保について,引渡しがなくても第三者に対抗することができるという特則を置く。もっとも,同項の対象となる所有権留保動産からは登記又は登録を対抗要件とする動産が除かれているため,登録自動車はこの特則の対象から外れ,1項の原則に戻る。
同法110条は,留保買主等について再生手続開始の申立て又は更生手続開始の申立てがあったとき,及び留保買主等に再生手続開始の原因となる事実又は更生手続開始の原因となる事実が生じたときに所有権留保契約が解除される旨の特約並びにこれらを理由として留保売主等に解除権を付与する特約を,無効とする。ただし,対象は同法2条16号イの類型,すなわち売主が自ら代金債務等を担保するために所有権を留保する契約に限られ,買主の委託を受けた第三者が代金を支払って所有権を取得する同号ロの類型は含まれない。
同法111条1項は,第2章の規定のうち動産譲渡担保契約に係る部分を留保所有権に準用する。準用から除かれるのは第2章の一部の条及び款であり,第3節「破産手続等における譲渡担保権の取扱い」(97条から108条まで)は除かれていない。同法97条1項は,破産者が譲渡担保権設定者としてその目的である財産について権利を有し,かつ,その権利が破産財団に属する譲渡担保権を有する者について,破産法中破産財団に属する財産につき質権を有する者に関する規定を適用するとしているから,留保所有権を別除権として扱うことが条文上明らかになる。
もっとも,同法109条1項が登記又は登録を求める名義は,留保所有権を有する者である「留保売主等」(同法2条19号)である。保証債務を履行して法定代位した保証人について,販売会社を所有者とする登録のままで対抗要件を満たすといえるかは,条文の文言から一義的に定まらない。前記最高裁平成29年判決の結論が施行後も維持されるかについて,法制審議会担保法制部会の部会資料46(71頁)は,登記又は登録を要する動産の所有権留保の対抗要件に関する規律について,同判決が認めた保証人の法定代位を挙げた上で,「本文の規律は、このような法定代位について何ら規律するものではなく、この点の実務に変更を生じさせるものではない。」と説明している。施行後の解釈は,この立案時の説明を前提に確認する必要がある。所有権留保の実行と売買契約の解除の区別,倒産解除特約の無効(110条)と施行前の特約(附則16条)は,所有権留保の新しいルール―譲渡担保法109条~111条の対抗要件,留保所有権の実行と売買契約の解除,倒産解除特約と附則16条(AI作成)で整理している。
第3 継続的給付契約と財団債権
1 供給拒絶を制限する破産法55条1項
破産法55条1項は,破産者に継続的給付義務を負う契約相手方が,申立て前の給付に係る破産債権の不払だけを理由として,開始後の履行を拒むことを制限する。電気,ガス,水道又は通信サービスが典型例であるが,契約の解除原因が別にある場合まで一律に履行拒絶を禁ずる規定ではない。
携帯電話料金の請求書に端末代金の分割払が含まれる場合には,通信役務の継続的給付と端末売買の代金債権を分けて検討する。水道料金についても,上水道料金と公共下水道使用料では法的性質が異なることがあるため,請求書の名称だけで同一分類にしてはならない。
2 申立て後・開始前の給付
同条2項が財団債権とするのは,原則として申立て後・開始前にされた給付に係る請求権である。一定期間ごとに債権額を算定する継続的給付については,申立日の属する料金算定期間内の給付に係る請求権を含むが,申立月と開始決定月の請求額を常に二か月分とも財団債権にする規定ではない。
開始後の給付については,管財人が契約の履行又は解除を選択したか,契約がいつ終了したか,その給付が破産財団の管理に必要であったかを確認し,破産法53条及び148条等により分類する。個人破産者が生活上利用した通信料等を,債権区分だけを理由として破産財団から支払えるわけではない。
管財人が契約の解除を選択した場合にも,申立て後・開始前の給付に係る請求権が同条2項により財団債権になるかについては,見解が分かれている。条文の文言に限定がないことなどから,解除の場合も財団債権になるとするのが通説とされる。これに対し,同項は開始後に給付義務の履行を求められる相手方を想定した規定であり,解除によって義務を免れた相手方の未払対価請求権はすべて破産債権になると解する余地もあるとの指摘がある(『条解破産法〔第3版〕』448頁)。
東京地方裁判所破産再生部の裁判官が執筆した『破産管財の手引〔第2版〕』(平成27年)282頁~283頁は,同項を,管財人が破産法53条により契約の履行を選択した場合に適用される規定と解するのが相当とする。そのうえで,管財業務に必要のない継続的供給契約を速やかに解除することで,同項により財団債権となる範囲を調整できるとしている。個人事件の電気・ガス・水道・電話等のライフラインについては,破産者が開始後も契約を続けるのが通常であり,本来は財団債権となる部分も,破産者と協議のうえで自由財産から負担させる例が多いとされる(同書283頁)。
同条2項で保護されるのは,破産者に対して継続的給付の義務を負う契約の相手方である。東京地方裁判所令和3年1月20日判決(令和2年(ワ)第20629号,判例秘書の判例番号 L07630079)は,小売電気事業者の破産で,費用負担調整機関が電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法(当時の名称)に基づいて徴収する納付金のうち開始前に生じた分について,同機関は破産者に対価性のある給付をしておらず,納付金は託送料金の実質的な一部ともいえないとして,同条の適用も準用・類推適用も否定し,財団債権に当たらないとした。
3 財団債権と免責
免責許可決定の効力を定める破産法253条1項は,責任を免れる対象を破産債権としている。財団債権は破産債権とは別の債権区分であるため,破産法55条2項等により財団債権となる給付代金は,免責許可決定によって免責されない。
この区別は,財団債権であれば現実に全額回収できることまで意味しない。破産財団が不足するときは財団債権相互の優先関係及び按分弁済が問題となるため,債権区分,免責の有無及び回収可能性を三段階に分ける必要がある。
4 公共下水道使用料
地方自治法231条の3第3項及び同法附則6条3号は,下水道法20条の公共下水道使用料について地方税の滞納処分の例による徴収を認める。このため,公共下水道使用料は破産法97条4号の租税等の請求権に当たり得る。
開始前の原因に基づく租税等のうち,開始時に納期限が到来していないもの又は原則として納期限から1年を経過していないものは,破産法148条1項3号により財団債権となる。それ以外の部分が破産債権となる場合でも,租税等の請求権は同法253条1項1号により非免責であるから,財団債権部分と非免責の破産債権部分を分けて記載すべきである。
5 未完成の請負は民法642条を先に確認する
工事又は開発の注文者について破産手続が開始された場合,未完成の請負契約では,一般規定である破産法53条より先に,民法642条の特則を確認する。請負人は仕事を完成していない間に限り,破産管財人は完成の前後を問わず,同条1項による解除を検討できる。
同条による解除の場合,請負人は,既にした仕事の報酬及びその報酬に含まれない費用について破産財団の配当に加入する(2項)。解除損害は,破産管財人が解除した場合の請負人だけが請求でき,これも配当加入の対象である(3項)。したがって,「前払金がある」「双方未履行である」という事実だけで破産法53条・54条の効果を当てはめてはならない。
| 開始時の契約状態 | 最初の根拠 | 金銭請求の整理 |
|---|---|---|
| 注文者が破産し,仕事が未完成 | 民法642条 | 既往の仕事の報酬・費用,管財人解除時の損害を別々に算定する。 |
| 仕事完成後で未引渡し・未払 | 請負人は642条で解除できない。契約上の引渡し・報酬支払と破産法の分類を確認する。 | 検収,引渡し,所有権移転,報酬発生時点を資料で固定する。 |
| 売買・継続的役務等で双方未履行 | 破産法53条・54条 | 管財人の履行・解除選択,催告,損害賠償,反対給付の現存の有無を確認する。 |
受任時には,仕事の完成時,出来高,検収・引渡し,前払金,未払報酬,材料・仕掛品・成果物の帰属,解除の主体と日付を一枚の時系列にする。この分岐を経てはじめて,管財人への照会,債権届出,相殺又は代替調達の方針を決める。
第4 法人破産における帳簿と電子データ
1 法定保存期間
会社法432条2項は,株式会社の会計帳簿及び事業に関する重要資料を帳簿閉鎖時から10年間保存することを求め,同法615条2項は持分会社について同様に定める。商法19条3項も,商人の商業帳簿及び営業に関する重要資料について帳簿閉鎖時から10年間の保存を求める。
清算株式会社について会社法508条が適用される場面では,清算人又は裁判所が選任した保存者が,清算結了登記時から10年間,帳簿並びに事業及び清算に関する重要資料を保存する。これらの法定期間と,破産管財人が事件終了時に保管場所及び費用をどう処理するかは別の問題である。
労働基準法109条の保存期間は本則5年であるが,同法143条により当分の間は3年とされている。税務,社会保険,許認可及び業法上の保存期間は資料ごとに異なるため,「帳簿は数年で一括廃棄できる」と扱うことはできない。
2 受任直後の資料保全
法人破産では,代表者又は従業員による廃棄,クラウド契約の停止,端末返却及び自動消去により,電子資料が短期間で失われることがある。受任直後に,①会計ソフトのデータと認証情報,②インターネットバンキング及び決済サービスの履歴,③メール及びクラウドストレージ,④重要契約,⑤在庫・固定資産・売掛金資料,⑥給与・勤怠・社会保険資料を保全する必要がある。
保全に当たっては,業務上必要な範囲を定め,個人情報,営業秘密及び従業員の私的データを区別する。外部委託先が保有するデータについては,契約終了前にエクスポート方法,保存形式及び閲覧可能期間を確認する。
3 手続終了時の取扱い
手続終了時には,資料の法定保存義務,係属中又は予想される訴訟・税務調査,従業員の証明需要及び個人情報保護を確認する。その上で,代表者等への返還,保存者の選任,保管業者への委託又は裁判所との協議を経た廃棄を事件ごとに選択すべきであり,一律の1年又は3年を一般的な廃棄基準とすることはできない。
第5 支払不能と支払の停止
1 両概念の違い
破産法2条11項の支払不能は,支払能力を欠くため,弁済期にある債務を一般的かつ継続的に弁済できない客観的状態である。これに対し,支払の停止は,支払不能である旨を外部に表示する行為であり,同法15条2項は支払停止があれば支払不能を推定する。
支払不能と債務超過の違いについては,支払不能と債務超過の違い―破産法上の意味と判断方法で整理している。
支払不能は開始原因であるだけでなく,相殺禁止及び否認の基準時とも関係する。支払停止は支払不能の推定を介して各規定に影響するが,通知又は相談が一度あっただけで,常に支払停止が成立するわけではない。
2 受任通知に関する最高裁判例
最高裁第二小法廷平成24年10月19日判決(平成23年(受)第462号,裁判集民事241号199頁)は,給与所得者である個人債務者について,弁護士への債務整理委任及び債権者一般への取立停止要請を記載した通知を送付した行為が,自己破産予定を明記していなくても支払の停止に当たるとした。これは通知内容,送付範囲及び債務者の属性を踏まえた判断であり,企業の私的整理にそのまま一般化することはできない。
他方,最高裁第一小法廷昭和60年2月14日判決(昭和59年(オ)第467号,裁判集民事144号109頁)は,債務整理方法を弁護士に相談し,破産申立ての方針を決めただけでは,特段の事情がない限り支払の停止に当たらないとした。内部方針の決定と外部表示を区別する判例として読む必要がある。
受任通知が支払の停止に当たる場合でも,否認の場面での推定には期間の限定がある。破産法162条3項は,支払の停止(破産手続開始の申立て前1年以内のものに限る。)があった後は支払不能であったものと推定し,同法166条は,申立ての日から1年以上前にした行為(無償行為の否認の対象となる行為を除く。)について,支払の停止の後にされたこと又は支払の停止を知っていたことを理由とする否認を認めていない。債務整理の受任から破産手続開始の申立てまでに1年以上を要した事件では,受任通知を支払の停止として同条3項の推定を用いることができず,支払不能の時期そのものを立証する必要があると考えられる。
3 実務上の時系列表
否認又は相殺を検討するときは,資金繰り表だけでなく,弁済遅滞,手形不渡り,期限の利益喪失,受任通知,支払猶予要請,事業停止及び申立ての各日付を並べ,申立日から遡って1年の日(破産法162条3項・166条の基準)も書き込む。その上で,取引相手がどの事実をいつ知ったかを,通知書,メール,面談記録及び入出金履歴から立証する必要がある。
第6 否認権と詐害行為取消し
1 否認類型を分けること
破産法上の否認には,財産減少行為,特定債権者への偏頗行為,無償行為及び対抗要件具備等に関する類型がある。行為時期,支払不能又は申立ての認識,相手方の主観,対価の相当性,義務に属する行為かどうかを類型ごとに検討し,申立て前の行為であるというだけで否認してはならない。
| 対象行為 | 最初に照合する条文例 | 確認する主な事実 |
|---|---|---|
| 廉価な資産処分 | 破産法160条1項1号 | 対価額,資産減少,一般債権者への影響及び当事者の認識 |
| 相当対価による資産処分 | 同法161条 | 隠匿・無償供与等の処分意思,相手方の認識及び代金の流れ |
| 既存債務の弁済又は担保供与 | 同法162条 | 支払不能又は申立てとの前後関係,義務に属するか及び受益者の認識 |
| 一つの取引に複数行為がある場合 | 行為ごとに照合 | 資産処分,債務引受け,対抗要件具備,個別弁済を分解する |
適正価格で資産を売却しても,代金を隠匿又は費消する意図があり,相手方がそれを知っていた場合には否認が問題となり得る。他方,担保目的物の価値が被担保債権額を超えず,一般債権者の共同担保が実質的に減少しない場合には,財産減少の有無を慎重に検討する必要がある。
取引全体として債務が減少していても,特定の債権者以外の一般債権者から見た共同担保が減少していないかを別に確認する。会社の閉店予定又は事業停止予定と,破産法上の「支払の停止」も同じではない。否認要件が成立するかという問題と,否認の効果,返還方法及び相手方の抗弁も分けて検討する。
対象行為,主ルート及び財産効果を分解する一般的な調査手順は,複雑な法律問題の調べ方―問い固定カード,主ルート,条文連鎖,時系列及び救済マップ(AI作成)で整理している。
廉価譲渡は破産法160条1項,相当な対価を得た財産処分は同法161条,既存債務の弁済又は担保供与は同法162条が主な検討の入口となる。また,債務額を超える価値の代物弁済では,超過部分について同法160条2項,債務額に対応する部分について同法162条を分けて検討する必要がある。
事業譲渡の対価に特定債権者の債務引受けが含まれる場合を含む詳しい判断順序は,偏頗弁済と否認権―破産法160条・161条・162条の使い分け,廉価譲渡,相当対価処分及び債務引受け(AI作成)で整理している。
2 第三者資金による弁済
親族又は関係会社が自己固有の資金から債権者へ直接弁済した場合には,債務者の財産が直ちに減少しないことがある。しかし,資金がいったん債務者へ帰属したか,資金提供者が求償権を取得したか,弁済先の選択を誰が支配したか,通謀があったかにより評価が変わるため,「第三者から直接支払えば否認されない」という一般的な安全港はない。
個人再生の5000万円要件との関係では,債務者の財産が減少したかと,債務総額が減少したかを分けて考える必要がある。
親族からの借入れ又は求償・代位関係が残る第三者弁済では,債権者が入れ替わるだけの場合があるため,親族援助と債務総額の関係も確認されたい。
3 差押債権者への弁済
最高裁第三小法廷平成29年12月19日判決(平成28年(受)第1797号,裁判集民事257号29頁)は,債権差押命令を受けた第三債務者が,差押債務者へ弁済した後,差押債権者へ重ねて弁済したという事案で,後者の弁済は破産法162条1項による否認対象にならないとした。差押えがあるという一事だけで結論を出さず,誰のどの債務を消滅させる弁済であったかを確定する必要がある。
4 回収額と費用対効果
否認権行使の要否を判断する際には,見込回収額,立証の難易,訴訟費用,相手方の資力及び配当への影響を考慮する。しかし,破産法は一定額未満の否認を一律に排除する固定的な金額基準を定めていないため,特定の金額を全国共通又は現在の裁判所運用として断定すべきではない。
5 詐害行為取消しとの違い
民法424条以下の詐害行為取消請求と,破産管財人が行使する否認権は,行使主体,要件及び手続が異なる。現行民法425条は,詐害行為取消請求を認容する確定判決が債務者及び全ての債権者にも効力を有すると定めており,改正前民法の判例が説いた相対的効力を現行法の一般命題として用いることはできない。
破産手続開始後にでんさいの決済金が送金され,窓口金融機関が貸金回収に充当した場合の商事留置権,相殺及び否認については,電子記録債権(でんさい)の決済金は銀行の相殺・商事留置権で回収できるか(AI作成)で裁判例を整理している。
6 無限連鎖講の利益配当と不法原因給付
最高裁判所第三小法廷平成26年10月28日判決(平成24年(受)第2007号)は,無限連鎖講に該当する事業の利益配当について,多数の被害会員が破産債権者となり,破産管財人が適正かつ公平な清算のため返還を求めているなどの事情の下では,受領者が不法原因給付を理由として返還を拒むことは信義則上許されないとした。
同判決は,違法又は無効な事業の全ての給付について当然に返還請求を認める一般法理ではない。①支払った元本,②受領した配当等,③純利益,④配当原資,⑤受領者の事業・勧誘への関与,⑥損失を受けた会員と破産債権者の構成,⑦回収金を破産手続で公平に配当するという管財人の目的を整理する必要がある。
判決全文,木内道祥裁判官の補足意見及び返還額の整理方法は,無限連鎖講の配当金返還と不法原因給付―破産管財人の請求・信義則・被害債権者の公平(AI作成)で説明する。
第7 破産財団,自由財産及び将来請求権
1 破産財団の範囲
破産法34条1項は,開始時に破産者が有する一切の財産を破産財団とし,同条2項は,開始前に生じた原因に基づいて行うことがある将来請求権も破産財団に属すると定める。名義,請求権の発生時及び現実の支払時だけでなく,権利発生の基礎となる契約又は法律関係がいつ成立したかを確認する必要がある。
個人については,差押禁止財産,法定の金銭及び裁判所が拡張した財産が自由財産となり得る。自由財産の範囲拡張は,財産の種類,生活状況,収入見込み,扶養関係及び債権者利益を踏まえた個別判断である。
2 自由財産からの弁済
最高裁第二小法廷平成18年1月23日判決(平成17年(受)第1344号,民集60巻1号228頁)は,破産者が手続中に自由財産から破産債権を任意弁済すること自体は妨げられないとした。他方,弁済が任意であるためには,破産者が自由財産からの弁済を強制されないことを認識し,自由な判断で支払ったといえる必要がある。
この判例は,自由財産に対する債権者の強制的な取立てを一般的に正当化するものではない。相殺,天引き又は口座控除が問題となる場合には,破産法上の個別執行制限と本人の任意性を分けて検討すべきである。
3 将来の死亡保険金請求権
最高裁第一小法廷平成28年4月28日判決(平成27年(受)第330号,民集70巻4号1099頁)は,開始前に成立した第三者のためにする生命保険契約に基づき,破産者である死亡保険金受取人が有する将来の死亡保険金請求権を,破産法34条2項の将来請求権として破産財団に属するとした。
もっとも,保険契約者,被保険者,受取人,受取人変更権及び保険事故発生時期によって法律関係は異なる。生命保険という名称だけで財団帰属を決めず,契約内容と判例の事案を照合する必要がある。
4 第三者被保険者型の損害保険と未経過保険料
保険法8条は,被保険者が損害保険契約の当事者以外の者であるとき,その者が当然に契約の利益を享受すると定める一方,同法27条は保険契約者による解除を認め,同法31条は解除の効力が将来に向かって生ずると定める。
顧客が被保険者であること,破産会社が保険会社に対して解除権を有すること及び破産会社が顧客に対して保険維持義務を負うことは,それぞれ別に確認する必要がある。
破産会社が契約者として未経過保険料返還請求権を取得する場合,開始前の保険契約に基づく請求権は破産法34条により破産財団に属し得る。
もっとも,顧客から保険料名目で受領した金銭の実体的帰属は,販売契約,見積書・請求書,入出金記録,約款及び資金管理の実態から別に判断しなければならない。
顧客は,被保険者であるというだけで直ちに破産債権者となるわけではない。
破産会社が一定期間の保険付保を約束したか,預り金返還義務又は債務不履行責任が生ずるかを確認する。
破産法103条は不確定額・将来・条件付債権の手続参加を認めるが,届出額は未経過保険料相当額と機械的に同額になるものではない。
第8 租税等の請求権と交付要求
1 租税債権の分類
租税等の請求権は,課税原因,法定納期限,納期限,開始時期及び滞納処分着手の有無により,財団債権,優先的破産債権又は劣後的破産債権等に分類される。名称だけで判断せず,破産法97条,98条,148条及び253条のどの要件に当たるかを税目・年度ごとに確認する必要がある。
破産法人の清算中の事業年度に係る法人税等についても,全額が当然に破産財団に関して生じた請求権になるわけではない。最高裁第三小法廷昭和62年4月21日判決(昭和59年(行ツ)第333号,民集41巻3号329頁)は,予納法人税,土地重課税,住民税及び事業税を税目と発生原因に応じて分けて判断している。
2 交付要求の性質と争い方
最高裁第一小法廷昭和59年3月29日判決(昭和58年(行ツ)第10号,裁判集民事141号523頁)は,国税徴収法82条による交付要求が抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらないとした。交付要求は,強制換価手続に参加して配当等を求める手続上の行為であり,この判例を前提とすれば,交付要求自体に対する取消訴訟を予定すべきではない。
争点が納税義務の存否又は税額であれば,基礎となる更正,決定又は賦課決定等に対する税務上の不服申立てを検討する。争点が破産手続上の財団債権該当性又は配当順位であれば,届出の認否,裁判所との協議及び確認訴訟等の民事上の手段を検討するのであり,行政不服審査法47条だけから交付要求自体への審査請求ができると推測することはできない。
3 税金以外の公的な返還金と税金の肩代わり
補助金の返還金や雇用保険の不正受給の返還金など,税金以外の公的な請求も,根拠となる法律に国税滞納処分の例又は国税徴収の例によって徴収できる旨の定めがあれば,破産法97条4号の租税等の請求権として扱われる(国税徴収法2条5号,国税徴収法基本通達第2条関係9)。国が交付した補助金の返還金については補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律21条1項が,雇用保険の不正受給の返還金・納付金については雇用保険法10条の4第3項が準用する労働保険の保険料の徴収等に関する法律27条3項が,この定めに当たる。他方,間接補助金や,自治体が要綱だけに基づいて交付した補助金の返還請求権には,このような法律の定めがなく,原則として一般の破産債権になる。詳しくは,補助金・助成金を受けた会社の破産及び雇用保険(失業給付)の不正受給と自己破産で整理している。
家族や代表者が破産者の税金を肩代わりした場合,納めた者が租税債権の優先的な地位を引き継ぐことは,下級審の裁判例で認められていない。税法が納めた者に代位を認めているのは,税金を担保する抵当権がある場合のその抵当権に限られる(国税通則法41条2項)。肩代わりした者の求償権は一般の破産債権となり,破産者が免責許可決定を受ければ免責の対象にもなる。詳しくは,家族や代表者が税金を肩代わりした後の破産で整理している。
第9 破産管財人の職務と質権
1 管財人の判断過程
破産管財人は,破産財団の管理,換価及び配当を行う際に,財団の利益だけでなく,担保権,取戻権,契約相手方の権利及び裁判所の許可を要する行為を確認する。裁判所の許可を得たという一事だけで第三者に対する実体法上の義務が消滅するわけではなく,契約処理が担保価値を失わせるかを事前に検討する必要がある。
2 最高裁平成18年判決の三つの判断
最高裁第一小法廷平成18年12月21日判決(平成17年(受)第276号,民集60巻10号3964頁)は,敷金返還請求権に質権が設定されていた事案について三つの判断を示した。第1に,管財人が賃貸借を合意解除し,開始後の未払賃料等へ敷金を充当する合意をして質権の目的債権の発生を阻害したことは,判示事情の下で担保価値維持義務に違反するとした。
第2に,当時は学説・判例が乏しく,管財人が裁判所の許可を得ていたことなどから,質権者に対する善管注意義務違反による損害賠償責任は否定した。第3に,財団が未払賃料等の現実の支払を免れた利益について,質権者に対する不当利得返還義務を認めたため,この判例を単に「管財人の善管注意義務違反を認めた判例」と要約するのは正確でない。
3 保険金請求権等に質権が設定されている場合
保険関係の質権では,まず,質権の目的が保険事故発生時の保険金請求権,解約時の未経過保険料返還請求権又は別の権利のいずれであるかを特定する。
民法364条の通知・承諾による対抗要件,質権設定者,保険会社の承認書・裏書,担保される債権及び既発生の保険事故を確認する必要がある。
前記最高裁平成18年判決は敷金返還請求権の質権に関するものであり,保険契約の解約又は返還保険料を直接判断した判例ではない。
もっとも,管財人による契約処理が質権の目的債権を消滅・減少させる場面では,裁判所の許可だけで実体法上の問題がなくなるわけではないという注意点を示す。
解約に質権者の同意が常に法的に必要であるとは断定せず,対象債権,対抗要件,約款及び保険会社の手続を確認して事前に協議すべきである。
第10 個人再生の申立てと再生計画
1 5000万円要件と債権額の計算
個人再生の5000万円要件は,計画認可時だけの要件ではなく,利用の入口でも問題となる。
民事再生法221条1項・239条1項の利用要件と,同法231条2項2号・241条2項5号の認可要件を区別して確認する必要がある。
利用要件では,再生債権の総額から住宅資金貸付債権,別除権の行使による弁済見込額及び開始前の罰金等を除く。
認可要件では,無異議債権・評価済債権の総額から住宅資金貸付債権,別除権の行使による弁済見込額及び84条2項の請求権を除くため,両者の算定を混同してはならない。
住宅ローンという名称だけで除外を決めず,同法196条3号の住宅資金貸付債権に当たるかを確認する。
また,開始後の利息等の除外を開始前の利息・遅延損害金まで広げず,元本,付随債権,担保不足見込額及び金額の基準日を揃える必要がある。
2 上限超過時の弁済・免除と届出後の異議
上限を少し超える場合には,計算を再確認した上で,申立前の一部弁済又は真正な債務免除によって有効に債務が減少するかを検討する。
按分弁済という形式だけで許容性が決まるわけではなく,全債権者の範囲,原資,充当,清算価値及び手続の誠実性を確認する必要がある。
申立後・開始前は保全処分等の内容を確認し,開始後は同法85条の計画外弁済の制限を踏まえる。
同条が免除を禁止対象から除外していることと,開始後の免除によって5000万円要件の問題を必ず解消できることは別であり,届出・評価等への反映方法を個別に確認する必要がある。
届出債権の免除等は,民事再生規則33条の変更届の対象となり得る。
債務者側が届け出る場合には,原則として債権者への1週間以上の事前の異議申述期間と証拠書類の写しが必要である。
同条1項~6項は個人再生でも適用される(同規則135条・141条)。
規則本文はe-Govでは確認できず,裁判所公表PDF17頁,49頁及び52頁で確認した。
ただし,変更届を出せることと,手続内で確定した債権額を減らせることは別である。
全国倒産処理弁護士ネットワーク編『個人再生の実務Q&A120問』(金融財政事情研究会,平成30年)187頁~188頁は,無異議債権となった後又は評価決定後の一部取下げによる減額を考慮せず,確定額を基礎に計画を策定すると説明している。
認可直前の免除で上限問題を必ず解消できるとは説明すべきでない。
届出後の異議は,債権の存否・額について実体的な争いがある場合の手続である。
同法226条1項ただし書の異議留保と同法227条の評価手続を確認すべきであり,異議だけで任意に債権額を減らすことはできない。
3 親族援助と個人再生における否認規定
親族から借り入れて返済しても,親族への返還債務が生じれば,同額の単純な借換えでは債務総額は減らない。
贈与,第三者弁済及び債務免除を区別し,民法474条,499条・501条及び519条に照らして,求償・代位や免除の効果を確認する必要がある。
民事再生法238条・245条により,個人再生では通常再生の否認権に関する第6章第2節の規定は適用されない。
この適用除外と,計画外弁済の制限,清算価値の評価及び後に破産手続となった場合の問題は分けて検討する。
算定の具体例,弁済・免除の時期,親族援助及び給与所得者等再生の選択については,個人再生の5000万円要件―計算方法,少額超過時の弁済・免除と親族援助で詳述している。
上限超過分の按分弁済を直接許容した先例・申立先の運用は別途確認する必要があり,按分すれば認可されると断定するものではない。
4 不当目的・不誠実申立て
民事再生法25条4号は,不当な目的でされた申立てその他誠実にされたものでない申立てを棄却事由とする。個人再生でも,財産・債権者の意図的な不記載,虚偽資料,制度趣旨を潜脱する債権操作又は裁判所の補正命令への不合理な不応答は,申立ての誠実性を損なう事情となり得る。
もっとも,同号は抽象的な一般条項であり,軽微な記載ミスと意図的な手続濫用を区別しなければならない。棄却後に当然に破産手続が開始するという全国一律の効果もないため,棄却事由とその後の手続選択を分けて説明する必要がある。
5 不正な方法による再生計画の成立
最高裁第一小法廷平成20年3月13日決定(平成19年(許)第24号,民集62巻3号860頁)は,民事再生法174条2項3号の「不正の方法」に,詐欺,強迫又は不正利益の供与だけでなく,信義則に反する行為に基づいて計画案が可決された場合も含まれるとした。議決権要件を満たすため,申立て直前に回収可能性のない債権を役員らへ移転した事案であり,債権数又は議決権額を形式的に満たすだけでは足りないことを示す。
最高裁第三小法廷平成29年12月19日決定(平成29年(許)第19号,民集71巻10号2632頁)は,小規模個人再生で異議なく届出が確定した債権であっても,住宅資金特別条項を定めた計画案の可決が信義則に反するかを判断する際には,債権の存否を含む届出等の諸事情を考慮できるとした。民事再生法225条のみなし届出又は異議期間経過を,計画認可場面でのあらゆる実体審査を遮断するものと理解してはならない。
この決定は,異議なく確定した債権がある場合の不正な計画成立の審査に関するものであり,5000万円を超える部分の按分弁済を認めた先例ではない。
6 倒産解除特約の効力
最高裁第三小法廷平成20年12月16日判決(平成19年(受)第1030号,民集62巻10号2561頁)は,フルペイアウト方式のファイナンス・リース契約について,再生申立てを解除事由とする特約を無効とした。倒産申立てを理由とする解除特約は,契約類型,強行法規及び手続目的との関係で効力を検討する必要があり,全契約に同じ結論が及ぶわけではない。
なお,所有権留保契約のうち譲渡担保法2条16号イに規定する類型については,同法110条が,再生手続開始又は更生手続開始の申立て等を解除事由とする特約及びこれらを理由に解除権を付与する特約を無効とする。同法は第2の3のとおり未施行であるが,施行後は,この類型に限り,判例による個別の効力判断を経ることなく無効となる。ただし,同法附則16条は,「第百十条の規定は、施行日前にされた同条の特約については、適用しない。」と定めているので,施行日前に結ばれた所有権留保契約の特約は,施行後も,前記最高裁判決等の判例により個別に効力が判断される。また,同法110条が無効とするのは,再生手続開始・更生手続開始の申立て又はそれらの開始の原因となる事実が生じたことを理由とする特約であり,破産手続開始の申立てを理由とする特約は同条の対象になっていない。
7 支払停止後に形成された受働債権と相殺
最高裁第一小法廷平成26年6月5日判決(平成24年(受)第908号)は,民事再生法93条2項2号の「支払の停止があったことを再生債権者が知った時より前に生じた原因」の解釈を示した。再生債権者である銀行は,再生債務者が支払を停止したことを知った後,債権者代位権に基づいて投資信託受益権の解約実行請求を行い,その解約金支払請求権を受働債権として自らの保証債務履行請求権と相殺した。
最高裁は,少なくとも解約実行請求までは,投資信託受益権について全ての再生債権者が等しく責任財産として期待していたこと,解約実行請求が銀行の支払停止認識後にされたこと,債務者が他の振替先口座へ受益権を移すことができ,銀行が解約金支払債務を負担することが確実ではなかったことなどを重視した。そして,銀行には相殺の担保的機能に対する合理的な期待がなく,相殺を許すことは債権者間の公平・平等を基本原則とする再生手続の趣旨に反するとして,相殺を許さなかった。
ここでいう「合理的な期待」は,条文とは別の独立要件を一般化したものではなく,同号の文言を再生手続の趣旨から解釈し,具体的な契約関係と債権形成過程へ適用するための判決上の評価である。実務では,①自働債権の取得時,②支払停止とその認識時,③受働債権の原因となる契約の成立時,④受働債権を具体化した行為の主体と時期,⑤債務負担が確実であったか,⑥他の債権者が責任財産として期待していた財産が相殺に取り込まれたかを時系列表にする必要がある。
第11 債権者企業の初動と私的整理
1 信用不安を把握した債権者の初動
取引先の信用不安を把握した企業は,①契約書,注文書,納品書及び検収資料の保全,②債権額・弁済期・遅延損害金の確定,③所有権留保,担保及び保証の確認,④相殺適状と相殺禁止規定の確認,⑤未出荷品,委託品及び預け在庫の所在確認,⑥売却代金その他の回収原資の追跡を行うべきである。
出荷停止,期限の利益喪失,担保実行又は相殺は,契約と倒産法上の制限を確認してから行う。相手方の同意や法的手続を経ずに商品を持ち出すなどの自力救済は,所有権又は占有権限に争いがある場合に新たな紛争を生じさせるため避ける必要がある。
取引先が米国のチャプター11を申し立てた場合の制度比較と初動の確認事項については,米国のチャプター11と日本の民事再生手続の徹底比較(AI作成)を参照されたい。
申立てを知った直後の自動停止,物品取戻請求,20日商品,債権届出及び重要取引先対応の具体的手順については,取引先が米国チャプター11を申し立てた場合の初動対応を参照されたい。
2 法的整理と私的整理
企業の私的整理は,事業価値の毀損を抑え,対象債権者と金融支援を調整できる利点がある一方,従来型手続では原則として対象債権者全員の同意が必要となる。資金繰り,主要金融債権者の構成,担保,商取引債権の維持,事業計画の実現可能性及び清算価値を確認し,法的整理との比較を早期に行う必要がある。
個人の任意整理,不動産の任意売却及び企業の私的整理は,同じ「任意」という語を用いても対象と手続が異なる。任意売却でも,担保権者の同意,売却価格の相当性,諸費用,抵当権抹消条件及び残債務を個別に確認し,売主の手取額又は査定方法を一律に断定すべきではない。
自然災害の影響により住宅ローン等の既往債務を弁済できなくなった個人については,法的整理に入る前に,自然災害債務整理ガイドラインの対象・メリット・デメリットと手続の利用要件及び手続も確認する必要がある。
3 令和8年12月施行予定の早期事業再生制度
経済産業省の早期事業再生法案内によれば,円滑な事業再生を図るための事業者の金融機関等に対する債務の調整の手続等に関する法律(令和7年法律第67号)は,令和8年12月11日の施行が予定されている。同制度は,金融債権を対象とし,議決権総額の4分の3以上の多数決と裁判所の認可を組み合わせ,原則として非公表で手続を進めるものである。
令和8年8月9日現在は施行前であるため,現在利用できる手続として記載してはならない。施行後は,対象事業者,対象債権,債権者数要件,一時停止,例外弁済,清算価値保障及び裁判所認可の要件を施行令・省令・裁判所規則とともに確認する必要がある。
第12 関連記事
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1 破産・免責
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2 強制執行
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第13 出典・参考資料
1 法令
第三者被保険者型の損害保険に関する追記:①保険法(平成20年法律第56号)8条,27条及び31条,②破産法(平成16年法律第75号)2条5項,32条3項,34条,78条,103条及び157条,③民法(明治29年法律第89号)364条及び366条(e-Gov法令検索)。
①破産法(平成16年法律第75号)2条,15条,34条,53条~55条,71条,72条,97条,98条,148条,162条,166条及び253条,②民法(明治29年法律第89号)424条・425条,474条,499条・501条及び519条,③民事再生法(平成11年法律第225号)25条,30条,84条・85条,174条,196条,221条,225条~227条,231条,238条・239条,241条及び245条(e-Gov法令検索)。
④会社法(平成17年法律第86号)432条,508条及び615条,⑤商法(明治32年法律第48号)19条,⑥労働基準法(昭和22年法律第49号)109条及び143条(e-Gov法令検索)。
⑦地方自治法(昭和22年法律第67号)231条の3及び附則6条,⑧下水道法(昭和33年法律第79号)20条,⑨国税徴収法(昭和34年法律第147号)82条,⑩行政不服審査法(平成26年法律第68号)47条(e-Gov法令検索)。
⑪譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律(令和7年法律第56号)2条,97条及び109条から111条まで。同法の本則は未施行であり,条文は法務省が掲載する法律本文により確認した。
⑫ 民事再生規則33条・135条・141条(裁判所公表PDF17頁,49頁及び52頁)。
2 裁判例
①最高裁第二小法廷平成22年6月4日判決(平成21年(受)第284号,民集64巻4号1107頁),②最高裁第一小法廷平成29年12月7日判決(平成29年(受)第408号,民集71巻10号1925頁),③最高裁第二小法廷平成24年10月19日判決(平成23年(受)第462号,裁判集民事241号199頁)。
④最高裁第一小法廷昭和60年2月14日判決(昭和59年(オ)第467号,裁判集民事144号109頁),⑤最高裁第三小法廷平成29年12月19日判決(平成28年(受)第1797号,裁判集民事257号29頁),⑥最高裁第二小法廷平成18年1月23日判決(平成17年(受)第1344号,民集60巻1号228頁),⑦最高裁第一小法廷平成28年4月28日判決(平成27年(受)第330号,民集70巻4号1099頁)。
⑧最高裁第一小法廷昭和59年3月29日判決(昭和58年(行ツ)第10号,裁判集民事141号523頁),⑨最高裁第三小法廷昭和62年4月21日判決(昭和59年(行ツ)第333号,民集41巻3号329頁),⑩最高裁第一小法廷平成18年12月21日判決(平成17年(受)第276号,民集60巻10号3964頁)。
⑪最高裁第一小法廷平成20年3月13日決定(平成19年(許)第24号,民集62巻3号860頁),⑫最高裁第三小法廷平成20年12月16日判決(平成19年(受)第1030号,民集62巻10号2561頁),⑬最高裁第三小法廷平成29年12月19日決定(平成29年(許)第19号,民集71巻10号2632頁)(いずれも裁判所ウェブサイト)。
⑭最高裁第三小法廷平成12年2月29日判決(平成8年(オ)第2224号,民集54巻2号553頁,旧破産法59条に関する判決,裁判所ウェブサイト)。
⑮最高裁第一小法廷平成26年6月5日判決(平成24年(受)第908号,民集68巻5号462頁,民事再生法93条2項2号に関する判決,裁判所ウェブサイト)。
⑯東京地方裁判所令和3年1月20日判決(令和2年(ワ)第20629号,判例秘書の判例番号 L07630079)。
3 公的資料
①法務省「『譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律』(譲渡担保法)について」(令和8年3月17日更新),②大阪地方裁判所第6民事部(倒産部),③国土交通省「電子車検証特設サイト」,④経済産業省「早期事業再生法」。
4 文献
①小川秀樹編著『一問一答 新しい破産法』(商事法務,2004年)117頁~118頁,220頁~229頁,250頁~275頁及び354頁~378頁,②深山卓也・花村良一・筒井健夫・菅家忠行・坂本三郎『一問一答 民事再生法』(商事法務,2000年)77頁~80頁及び252頁~278頁。
③尾島史賢編集代表『実務家が陥りやすい 破産管財の落とし穴』(新日本法規出版,2021年)290頁~295頁,④永野達也『事例でわかる リアル破産事件処理』(学陽書房,2023年)64頁,⑤伊藤眞『破産法・民事再生法〔第5版〕』(有斐閣,2022年)848頁。
⑥中森亘・野村剛司・落合茂監修,破産管財実務研究会編著『破産管財BASIC―チェックポイントとQ&A』(民事法研究会,2014年)248頁,⑦野村剛司・森智幸『倒産法講義』(日本加除出版,2022年)77頁及び348頁,⑧『金融機関の法務対策6000講 第Ⅵ巻 保証・取引先支援・事業再生編』(金融財政事情研究会,2022年)875頁~877頁。
⑨ 全国倒産処理弁護士ネットワーク編『個人再生の実務Q&A120問』(金融財政事情研究会,平成30年)187頁~188頁〔竹村一成執筆,Q77〕。
⑩伊藤眞・岡正晶・田原睦夫・中井康之・林道晴・松下淳一・森宏司『条解破産法〔第3版〕』(弘文堂,2020年)448頁,⑪中山孝雄・金澤秀樹編『破産管財の手引〔第2版〕』(金融財政事情研究会,2015年)282頁~283頁。
5 企業法務の解説
①BUSINESS LAWYERS「否認」,②同「法人破産」,③同「取引先の信用不安への初動」,④同「私的整理」,⑤同「早期事業再生法」。