第1 支払不能と債務超過の違い
本記事は,令和8年8月29日現在の破産法に基づき,支払不能と債務超過の違いを説明するものである。
結論からいえば,支払不能は期限が到来した債務を現実に支払い続けられるかという資金繰り・弁済能力の問題であり,債務超過は財産で債務全体を完済できるかという財産状態の問題である。
したがって,両者では判断の対象となる時点と資料が一致しない。
| 比較項目 | 支払不能 | 債務超過 |
|---|---|---|
| 中心となる問い | 弁済期にある債務を一般的・継続的に弁済できるか | 財産をもって債務を完済できるか |
| 主な判断対象 | 現預金,換価可能な財産,信用,収入等を含む支払能力 | 財産と債務の比較 |
| 弁済期未到来の債務 | 定義上の直接の対象ではない | 比較の対象に含まれる |
| 個人の破産手続開始原因 | なる | それだけではならない |
| 法人の破産手続開始原因 | なる | 原則としてなる |
両者は重なることが多いものの,同じ状態ではない。
そのため,貸借対照表上の債務超過だけから支払不能を断定することも,期限どおりに一部の支払ができなかったことだけから債務超過を断定することもできない。
第2 支払不能の意味と判断方法
1 破産法2条11項の定義
破産法2条11項は,支払不能を,債務者が支払能力を欠くため,弁済期にある債務を一般的かつ継続的に弁済することができない状態と定義している。
この定義は,①支払能力を欠いていること,②弁済期にある債務を一般的に弁済できないこと,③その状態が継続していること,という要素に分けて理解できる。
一部の債務について争いがあるため支払わない場合は,それだけで支払不能になるわけではない。
一時的な資金不足が近く解消する場合も,継続性を欠くことがある。
反対に,返済のための借入れや資産売却を続けていても,通常の方法では弁済を継続できない状態に至っていれば,表面的に延滞がないことだけで支払不能を否定できるとは限らない。
2 支払能力に含まれる要素
支払能力は,手元の現預金だけで判断するものではない。
小川秀樹編著『一問一答 新しい破産法』30頁~31頁は,財産,信用又は労務による収入のいずれによっても弁済できない状態を説明している。
竹下守夫編集代表ほか『大コンメンタール破産法』66頁も,容易に換価できる資産を含む弁済原資の有無を判断要素としている。
したがって,換価できる財産,継続的な収入及び現実に利用できる信用があれば,直ちに支払不能とはいえないことがある。
他方で,帳簿上は高額な資産があっても,弁済期までに換価できず,新たな資金調達もできない場合には,支払不能となることがある。
3 確認資料
支払不能を検討するときは,貸借対照表だけでなく,資金繰りと弁済期を時系列で確認することになる。
本記事では,初期資料として,①債権者別の債務額・弁済期・延滞状況,②預金通帳及び入出金履歴,③月次の資金繰り表,④売掛金の回収予定を対応させるのが有用である。
さらに,⑤不動産・在庫等の換価可能性,⑥借入枠及び追加融資の可否,⑦給与その他の継続収入,⑧支払猶予の合意又は受任通知等の外部表示も確認対象となる。
これらの資料を並べる目的は,負債総額の大小だけでなく,どの債務を,いつ,どの原資で弁済できるかを確認することにある。
個別の支払を一回遅滞した事実と,債務全般を継続して弁済できない状態とは区別して検討する。
第3 債務超過の意味と判断方法
1 破産法16条1項の定義
破産法16条1項は,法人について,債務超過を,債務者がその債務につき,その財産をもって完済することができない状態と定義している。
支払不能が弁済期にある債務と支払能力を問題にするのに対し,債務超過は,弁済期が到来していない債務を含む債務全体と財産を比較する点に特徴がある。
この比較対象の違いが,両概念を分ける基本となる。
債務超過では,信用や将来の労務収入を支払能力として独立に加えるのではなく,財産と債務の比較が中心となる。
この違いがあるため,資金調達力のある法人が債務超過でありながら支払不能ではない場合もあり得る。
2 帳簿上の債務超過と破産法上の債務超過
決算書の負債が資産を上回っていることは重要な資料であるが,帳簿上の数字だけで破産法上の債務超過を常に確定できるわけではない。
資産の評価については,清算価値と継続企業価値のいずれを基礎とするかなど複数の見解がある。
『大コンメンタール破産法』69頁は,評価基準が一義的ではないことを示している。
そのため,債務超過を検討するときは,不動産・有価証券・在庫の評価,売掛金の回収可能性,担保権の負担,将来債務の内容等を,問題となる時点に即して確認することになる。
単に決算書の純資産欄がマイナスであるという理由だけで,換価額又は継続事業の価値を検討せずに結論を出すのは相当でない。
3 個人と法人の違い
破産法15条1項は,債務者が支払不能にあることを一般的な破産手続開始原因としている。
個人については,債務超過だけでは破産手続開始原因として足りない。
これに対し,法人については,同法16条1項により,支払不能又は債務超過のいずれかが破産手続開始原因となる。
もっとも,破産法16条2項は,存立中の合名会社及び合資会社について,債務超過を開始原因とする同条1項を適用しない。
これは,法人の債務について直接責任を負う社員の人的信用が弁済能力の基礎となる人的会社では,法人の財産だけを比較対象とすることが適切でないためであると説明されている。
第4 一方だけが認められる場合
1 債務超過であるが支払不能ではない場合
法人の財産評価額が債務総額を下回っていても,現預金,安定した売上げ又は利用可能な融資枠により,弁済期にある債務を通常どおり支払える場合がある。
この場合,債務超過であっても,支払能力を欠いていない限り支払不能ではない。
もっとも,期限到来債務を支払うために返済見込みのない借入れや不利な資産処分を繰り返している場合には,外形上の支払が続いていることだけで支払不能を否定できるとは限らない。
資金調達の内容と継続可能性も検討対象となる。
2 支払不能であるが債務超過ではない場合
財産の評価額が債務総額を上回っていても,財産の大半が直ちに換価できない不動産等であり,手元資金も信用もないため,期限の到来した債務を継続して支払えない場合がある。
この場合,債務超過ではなくても支払不能となり得る。
もっとも,短期間で相当な価格により換価できることが具体的に見込まれる場合や,確実な資金調達が間に合う場合には,一時的な手元資金不足だけで支払不能と評価されるとは限らない。
換価又は調達の可能性は,希望的な見通しではなく,時期と確実性を含めて検討する。
3 東京地方裁判所令和2年11月6日判決
東京地方裁判所令和2年11月6日判決(令和元年(行ウ)第239号)は,法人が債務超過であったとしても,そのことから直ちに支払能力を欠き,債権の全部又は一部が回収不能であったとはいえないとした。
同判決は,相当額の流動資産を保有し,売上高に大きな変動がなかったことを認定した。
さらに,当期純利益も計上していたという事実を踏まえ,支払能力を欠いていたとは認めなかった。
ただし,同判決は国税徴収法上の第二次納税義務に関する納付告知処分取消請求事件であり,破産手続開始の申立てに対する判断ではない。
債務超過と支払能力を区別した具体例として参照できるが,破産事件一般の判断基準として一般化できる射程までは確認できない。
第5 区別が法的効果に影響する場面
1 破産手続開始原因
個人については支払不能が破産手続開始原因となり,法人については原則として支払不能と債務超過のいずれも開始原因となる。
個人の資産と負債を比較して債務超過であることを示すだけでは足りない。
弁済期にある債務を一般的かつ継続的に弁済できないことを検討することになる。
法人についても,債務超過が開始原因となり得るからといって,債務超過と支払不能を同じ時点として扱うことはできない。
開始原因,問題となる取引の時期及び相手方の認識を検討するときは,それぞれの成立時点を分けて整理する。
2 支払停止による推定
破産法15条2項は,債務者が支払を停止したときは,支払不能にあるものと推定すると定めている。
支払停止は支払不能という客観的状態そのものではなく,支払不能である旨を外部に表示する行為である。
両者の違いは,倒産事件の実務メモ―破産・個人再生・私的整理でも整理している。
支払停止が認められると支払不能が推定されるが,反証が許されないわけではない。
また,債務整理を内部で相談したことや,一件の債務を支払わなかったことだけで,当然に支払停止が成立するものでもない。
3 否認の基準時
破産法162条は,既存債務についての担保供与又は債務消滅行為の否認に関し,支払不能となった後の行為を一つの基準としている。
ここでは,債務超過ではなく支払不能が条文上の基準となる。
両者の時点を混同すると,否認の対象となり得る取引期間の検討を誤ることになる。
もっとも,支払不能後の弁済であるという事実だけで,その弁済が当然に否認されるわけではない。
同条が定める行為類型,債権者の認識,時期及び例外を個別に確認する。
第6 関連する税務上の債務超過
税務上も「債務超過」という表現が用いられるが,破産手続開始原因と貸倒損失の要件は同じ制度ではない。
法人税基本通達には,債務超過の継続や回収不能に関する別の要件がある。
貸倒損失の計上基準では,法人税基本通達における債務超過,回収不能及び債務免除の関係を整理している。
税務上の損金算入の可否を検討するときは,破産法上の支払不能又は債務超過だけで結論を出さず,適用する法人税法及び基本通達の要件を確認する。
反対に,税務上の貸倒処理が認められるか否かだけで,破産法上の開始原因を決めることもできない。
第7 出典・参考資料
1 法令
①破産法(平成16年法律第75号)2条11項,15条,16条及び162条(e-Gov法令検索,令和8年8月29日確認)
2 裁判例
①東京地方裁判所令和2年11月6日判決(令和元年(行ウ)第239号,納付告知処分取消請求事件,裁判所ウェブサイト,判決17頁~18頁・PDF17頁~18頁)
3 その他の文献
①小川秀樹編著『一問一答 新しい破産法』(商事法務,2004年)30頁~31頁(PDF64頁~65頁)
②竹下守夫編集代表ほか『大コンメンタール破産法』(青林書院,2007年)65頁~70頁(PDF125頁~130頁)