第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象と基準日
本記事は,紙の約束手形を受け取った者(所持人)が,満期に支払を受けられなかった場合に,振出人と裏書人に対して支払を求めるための要件を整理する。
特に,裏書人に対する請求(遡求)の前提となる支払呈示の期間,休日の扱い,拒絶証書,期間を過ぎた場合の効果,満期が書き換えられていた場合及び手形交換の廃止後の注意点を扱う。
法令は,令和8年9月27日現在の条文をe-Gov法令検索で確認した。
裁判例は,裁判所ウェブサイト又は判例秘書で判決の全文を確認したものに限って紹介している。
2 結論
①約束手形の所持人は,満期に支払がないときは,振出人だけでなく,裏書人に対しても支払を求めることができる(遡求)。
②裏書人に対する遡求権を保全するには,支払をなすべき日又はこれに次ぐ2取引日内に支払のための呈示をし,拒絶証書の作成が免除されていなければ,同じ期間内に支払拒絶証書を作らせる必要がある。
③手形法上の休日には,日曜日や祝日のほか,政令により土曜日と12月31日が含まれ,満期が休日に当たるときは,次の取引日まで支払を請求することができない。
④呈示期間を過ぎると,裏書人に対する権利は失われるが,振出人に対する権利は失われない。
⑤ただし,呈示期間を過ぎた後に振出人へ支払を求めるときは,手形に記載された支払場所(銀行)ではなく,支払地内にある振出人の営業所又は住所で呈示しなければ,振出人を遅滞に陥らせることができないとするのが最高裁の判例である。
⑥満期が裏書の後に無断で書き換えられた手形では,書換え前に裏書した者に対しては,書換え前の満期に従って呈示等の保全手続をとらなければ遡求できず,振出人の同意なく満期が変造された場合は,振出人に対する請求権の時効も変造前の満期から進行する。
⑦電子交換所における手形・小切手の交換は令和9年3月31日に廃止され,その後は金融機関の間の相対の決済となるため,手元に残る手形の取立ての扱いを,早めに取引金融機関に確認する必要がある。
第2 支払を求めることができる相手
1 振出人と裏書人
約束手形の振出人は,為替手形の引受人と同一の義務を負う(手形法78条1項)。
これに対し,裏書人は,反対の文言がない限り,支払を担保する責任を負う(手形法77条1項1号・15条1項)。
満期に支払がないときは,所持人は,裏書人その他の債務者に対して遡求権を行うことができる(手形法77条1項4号・43条)。
もっとも,裏書人に対する遡求には,次の第3・第4で述べる呈示と拒絶証書の要件がある。
振出人に対する請求と裏書人に対する遡求とでは要件が異なるので,分けて考える必要がある。
2 裏書人の責任は他の署名の瑕疵に左右されない
手形に,行為能力のない者の署名,偽造の署名,仮設人の署名その他の理由により義務を負わせることができない署名があっても,他の署名者の債務の効力は妨げられない(手形法77条2項・7条)。
最高裁判所第一小法廷昭和33年3月20日判決(昭和32年(オ)第926号,民集12巻4号583頁)は,所持人が振出人の代表者名義が真実に反することを知っていたとしても,真正な裏書人について「裏書人としての手形上の責任は何ら消長を来たさないものというべきである。」とした。
なお,最高裁判所第三小法廷昭和46年11月16日判決(昭和41年(オ)第568号,民集25巻8号1173頁)は,流通におく意思で約束手形に振出人として署名した者は,手形が盗難・紛失等のためにその者の意思によらずに流通におかれた場合でも,連続した裏書のある手形の所持人に対しては,所持人の悪意又は重大な過失を主張・立証しない限り,振出人としての手形債務を負うとした。
同判決は振出人についての判断であり,裏書人について直接判断したものではない。
第3 支払呈示の期間と休日
1 呈示期間は支払をなすべき日と次の2取引日
満期が特定の日で記載された確定日払の約束手形の所持人は,支払をなすべき日又はこれに次ぐ2取引日内に,支払のため手形を呈示しなければならない(手形法77条1項3号・38条1項)。
呈示期間は,支払をなすべき日を含めて3取引日しかない。
2 手形法上の休日
手形法上の休日は,祭日,祝日,日曜日その他の一般の休日及び政令で定める日である(手形法87条)。
政令は,土曜日と12月31日を休日と定めている(手形法第八十七条及び小切手法第七十五条の規定による休日を定める政令)。
満期が法定の休日に当たるときは,次の第一の取引日まで支払を請求することができず,手形に関する他の行為,特に引受のための呈示及び拒絶証書の作成は,取引日にしかすることができない(手形法77条1項9号・72条1項)。
期間の末日が法定の休日に当たるときは,期間はその次の第一の取引日まで伸長され,期間中の休日は期間に算入される(手形法77条1項9号・72条2項)。
3 満期の曜日と呈示期間の末日
満期の曜日ごとの呈示期間の末日は,次のとおりである(日数は満期の日から数えたもの)。
満期が土曜日又は日曜日の場合は,次の第一の取引日である月曜日を支払をなすべき日として数えている。
表は,期間中に祝日,12月31日及び1月2日・3日がない場合のものである(1月2日と3日は「その他一般の休日」と解されている。第9の4⑤の文献810頁)。
| 満期の曜日 | 支払をなすべき日 | 呈示期間の末日 |
|---|---|---|
| 月曜日 | 月曜日 | 2日後の水曜日 |
| 火曜日 | 火曜日 | 2日後の木曜日 |
| 水曜日 | 水曜日 | 2日後の金曜日 |
| 木曜日 | 木曜日 | 4日後の月曜日 |
| 金曜日 | 金曜日 | 4日後の火曜日 |
| 土曜日 | 2日後の月曜日 | 4日後の水曜日 |
| 日曜日 | 翌日の月曜日 | 3日後の水曜日 |
最高裁判所第一小法廷昭和54年12月20日判決(昭和54年(オ)第985号,集民128号269頁)について,裁判所ウェブサイトに掲載された裁判要旨は,「手形の満期である昭和五二年一〇月九日が日曜日であり、翌一〇月一〇日が体育の日であつて、いずれも法定の休日にあたるときは、右手形の支払呈示期間は同年一〇月一三日までである。」である。
同判決は,銀行が手形を10月13日に支払呈示されたものとして処理したことに違法はないとした原審の判断を正当とした。
第9の4⑤の文献は,同判決について,10月11日が支払をなすべき日であり,それに次ぐ2取引日である同月13日までが支払呈示期間になると説明している(同書810頁)。
4 呈示の場所と手形交換所
約束手形の振出人は,第三者の住所で支払う旨を定めることができ(手形法77条2項・4条),この第三者の住所をいわゆる支払場所という。
最高裁判所大法廷昭和42年11月8日判決(昭和38年(オ)第1240号,民集21巻9号2300頁)は,支払場所の定めがある手形は「当該第三者の住所において当該第三者によつて支払われるのが原則であつて、かかる手形の支払の呈示もその場所でその者に対してすることを要する」とした。
また,手形交換所における手形の呈示は,支払のための呈示の効力を有する(手形法77条1項3号・38条2項)。
この手形交換所は法務大臣が指定し(手形法83条),現在は一般社団法人全国銀行協会が設置する電子交換所が指定されている(手形法第八十三条及び小切手法第六十九条の規定による手形交換所を指定する省令)。
第4 遡求権の保全と行使
1 拒絶証書と「拒絶証書不要」の文言
支払の拒絶は,公正証書である支払拒絶証書によって証明しなければならない(手形法77条1項4号・44条1項)。
確定日払の手形の支払拒絶証書は,支払をなすべき日又はこれに次ぐ2取引日内に作らせなければならない(手形法77条1項4号・44条3項)。
もっとも,実務上は,統一手形用紙の裏書欄に「拒絶証書不要」の文言が印刷されており,その文言が抹消されていない限り拒絶証書を作る手続は要しないとされている(第9の4①の文献912頁)。
拒絶証書は公証人又は執行官が作り(拒絶証書令1条),拒絶者の承諾がない限り,請求をした場所で作らなければならない(拒絶証書令7条)。
振出人,裏書人又は保証人は,「無費用償還」,「拒絶証書不要」その他同一の意義を有する文言を手形に記載して署名することにより,拒絶証書の作成を免除することができる(手形法77条1項4号・46条1項)。
この文言があっても,所持人は法定の期間内に手形を呈示し,支払拒絶の通知をしなければならず,期間を守らなかったことは,それを主張する者が証明しなければならない(手形法77条1項4号・46条2項)。
振出人が文言を記載したときは全ての署名者に対して効力を生じるが,裏書人又は保証人が記載したときは,その裏書人又は保証人に対してだけ効力を生じる(手形法77条1項4号・46条3項)。
そのため,遡求を考えるときは,誰がその文言を記載したのかを手形の表面と裏書欄で確かめる必要がある。
2 期間を過ぎた場合の効果
拒絶証書の作成期間,又は無費用償還の文言がある場合の支払呈示期間が経過したときは,所持人は,裏書人,振出人その他の債務者に対する権利を失うが,引受人に対してはこの限りでない(手形法77条1項4号・53条1項)。
約束手形の振出人は為替手形の引受人と同一の義務を負う(手形法78条1項)ので,期間の経過によって失われるのは,裏書人に対する権利である。
振出人に対しては,期間を過ぎても手形上の権利は失われない。
3 不可抗力による期間の伸長
法定の期間内の呈示又は拒絶証書の作成が,国の法令による禁制その他の避けることのできない障害(不可抗力)によって妨げられたときは,期間が伸長される(手形法77条1項4号・54条1項)。
ただし,所持人や,所持人が呈示又は拒絶証書の作成を委任した者についての単純な人的事由は,不可抗力とは認められない(手形法77条1項4号・54条6項)。
4 遡求の通知
所持人は,拒絶証書作成の日(無費用償還の文言がある場合は呈示の日)に次ぐ4取引日内に,自己の裏書人に,支払拒絶があったことを通知しなければならない(手形法77条1項4号・45条1項)。
通知をする相手方に保証人があるときは,同じ期間内にその保証人にも同じ通知をしなければならない(手形法77条1項4号・45条2項)。
45条1項は通知の相手方に「振出人」を挙げているが,約束手形の振出人は為替手形の引受人と同一の義務を負う(手形法78条1項)ので,約束手形では振出人は通知の相手方に当たらないと解される。
第9の4②の文献も,遡求義務者でない約束手形の振出人への通知は不要としている(同書181頁)。
第9の4①の文献も,確定日払の約束手形又は引受済みの為替手形を前提に,通知の相手方を自己の裏書人と為替手形の振出人としている(同書912頁)。
もっとも,期間内に通知をしなかった者も権利を失うことはなく,過失によって生じた損害があるときに,手形の金額を超えない範囲で賠償の責任を負うにとどまる(手形法77条1項4号・45条6項)。
5 請求できる額と時効
所持人は,遡求を受ける者に対し,手形の金額(利息の記載があるときはその利息),法定利率による満期以後の利息,拒絶証書の費用,通知の費用その他の費用を請求することができる(手形法77条1項4号・48条1項)。
振出人に対する請求権は,満期の日から3年で時効にかかる(手形法77条1項8号・70条1項,78条1項)。
所持人の裏書人に対する請求権は,適法な時期に作らせた拒絶証書の日付から,無費用償還の文言がある場合は満期の日から,1年で時効にかかる(手形法77条1項8号・70条2項)。
裏書人の他の裏書人に対する請求権は,その裏書人が手形の受戻しをした日又は訴えを受けた日から6か月で時効にかかる(手形法77条1項8号・70条3項)。
約束手形の振出人に対する請求権を満期の日から3年,裏書人に対する請求権を1年,手形を受け戻した裏書人の他の裏書人に対する再遡求権を6か月とする整理は,第9の4③の文献でも示されている(同書267頁)。
同書は,所持人から遡求を受けずに手形を買い戻した者が他の裏書人に請求する場面では,70条2項と3項のいずれが適用されるのか文言からは一義的に明らかでないとし,遡求を受けて買い戻したものでないときは同条2項が適用されるとした裁判例があることに触れた上で,遡求権の行使の有無が明確でないときは,保守的に6か月以内に時効中断の措置を講ずるべきとしている(同書267頁~268頁)。
時効の中断は,令和2年4月1日施行の民法改正後は時効の完成猶予又は更新に再編され,現行の手形法71条も「時効ノ完成猶予又ハ更新」と定めている。
最高裁判所第一小法廷昭和57年7月15日判決(昭和53年(オ)第728号,民集36巻6号1113頁)は,「約束手形の振出人の手形金支払義務につき消滅時効が完成した場合には、裏書人の償還義務もこれに伴つて消滅すると解すべきである」とした。
もっとも,同判決は,裏書人自らが償還義務の時効期間経過後に時効の利益の放棄ないし債務の承認をした上,所持人本人とその代理人の弁護士に対し,再三にわたり,自己固有の債務として手形金の支払義務があることを認めるような態度を示し,訴訟では引延しとみられる抗争をし,その間に所持人が専ら裏書人を信頼して振出人に対する時効中断の措置を怠ったがために振出人の義務が時効で消滅したという事案で,これに乗じて自己の償還義務も消滅したとして履行を免れようとすることは,信義則に反し許されないとした事例である。
このため,裏書人に請求する場合でも,振出人に対する請求権の時効を管理しておく必要がある。
第5 満期が書き換えられていた場合
1 手形法69条
手形の文言が変造された場合,変造後の署名者は変造された文言に従って責任を負い,変造前の署名者は原文言に従って責任を負う(手形法77条1項7号・69条)。
権限なく,署名者の同意を得ないで満期を書き換えることも手形の文言の変造に当たるので,変造前に裏書した者は,書換え前の満期に従って責任を負う。
2 最高裁昭和50年8月29日判決
最高裁判所第三小法廷昭和50年8月29日判決(昭和50年(オ)第439号,集民115号643頁)の事案では,約束手形の満期は,裏書人が裏書をした時には昭和48年4月7日と記載されていたが,その後,裏書人の同意を得ないで昭和49年2月12日と訂正された。
同判決は,この事実関係の下において,裏書人は「訂正前の満期である昭和四八年四月七日に従つて遡及権保全手続がとられることを条件に遡及義務を負うものというべく」,保全手続がとられていないことの明らかな本件において所持人は裏書人に対して遡求権を行使することができないとした原審の判断を正当とした。
この判断によれば,所持人が書換え後の満期に従って呈示していても,書換え前の満期を基準とする保全手続をとっていなければ,書換え前に裏書した者に対しては遡求できないことになる。
3 変造前の文言の立証責任
最高裁判所第三小法廷昭和42年3月14日判決(昭和39年(オ)第1223号,民集21巻2号349頁)は,約束手形の満期が変造された場合には,振出人は原文言に従って責任を負うにとどまるから,「手形所持人は原文言を主張、立証した上、これにしたがつて手形上の請求をするほかはない」とした。
同判決は,原文言を証明できないときの不利益は手形所持人に帰せしめなければならないとして,3通の手形のうちどれが変造されたのか分からなかった事案で,所持人に最も不利益な支払期日を基準とした。
4 振出人に対する時効も変造前の満期から進む
最高裁判所第一小法廷昭和55年11月27日判決(昭和55年(オ)第801号,集民131号173頁)について,裁判所ウェブサイトに掲載された裁判要旨は,「約束手形の満期が振出後に変造された場合には、右手形の所持人の振出人に対する手形債権の消滅時効は、変造前の満期から進行する。」である。
同判決は,変造前の満期である昭和50年1月31日から時効が進行し,昭和53年1月31日の経過をもって時効期間が満了したとした原審の判断を正当とした。
同判決は,所持人が手形を金融機関に取立委任裏書をしたとしても,その時に時効中断事由である裁判外の請求があったとはいえないとした原審の判断も正当としている。
第9の4③の文献も,手形の満期の記載の変更が無権限で行われた場合には,振出人に対する請求権の消滅時効は変造前の満期から3年の経過で満了するとした判例を紹介している(同書268頁)。
振出人の同意なく満期が変造された手形では,裏書人に対する保全手続だけでなく,振出人に対する請求権の時効も,変造前の満期を基準に管理する必要がある。
書換えが振出人の同意によるものか分からないときも,書換え前の満期を基準に管理しておくのが安全である。
5 振出人の代表者が書き換えた場合の下級審の例
東京地方裁判所平成17年3月30日判決(平成17年(ワ)第70012号,判例秘書の判例番号 L06031440)の事案では,既に裏書がされていた約束手形の満期を,振出人である会社の代表者が,裏書人の同意を得ないで昭和60年11月30日から平成16年6月30日に訂正していた。
同判決は,振出人の代表者が変更したとしても,裏書人の同意を得ていない以上,「被告らに対し変更の効力が生じる余地はない」とし,変更前の満期による支払呈示期間内に支払場所で呈示されていないから,所持人の裏書人らに対する請求は遡求権保全手続を欠くとして,請求を棄却した手形判決を認可した。
同判決は,なお書きで,仮に被告の1人が変更前の満期による支払呈示期間の経過後に裏書をしたとしても,期限後裏書の裏書人は所持人に対して償還義務を負わないから,判断を左右しないと付言している。
6 具体例
令和6年5月31日(金曜日)を満期とする約束手形に甲が裏書した後,乙が無断で満期を令和6年6月30日(日曜日)と書き換えた上で自らも裏書し,所持人丙に譲渡したとする(乙の書換えと裏書は,いずれも6月4日より前にされたものとする。)。
甲に対しては,書換え前の満期である5月31日(金曜日)が支払をなすべき日となり,6月1日(土曜日)と2日(日曜日)は休日であるから,呈示期間の末日は6月4日(火曜日)である。
乙は書換え後に署名した者であるから,乙に対しては書換え後の満期である6月30日(日曜日)が基準となり,次の取引日である7月1日(月曜日)から7月3日(水曜日)までが呈示期間となる。
丙が7月1日に呈示した場合,拒絶証書の作成が免除されているか,期間内に支払拒絶証書を作らせていれば,乙に対する遡求権は保全されるが,甲に対しては期間を過ぎているので遡求できない。
第6 呈示期間を過ぎた後の振出人への請求
1 振出人に対する権利は残る
前述のとおり,呈示期間を過ぎても,振出人に対する手形上の権利は失われず,満期の日から3年の時効にかかるまで請求することができる(手形法77条1項4号・53条1項,77条1項8号・70条1項,78条1項)。
2 呈示の場所は支払場所ではなく支払地内の振出人の営業所又は住所
前記最高裁判所大法廷昭和42年11月8日判決は,為替手形の事案で,「右の支払場所の記載はその手形の支払呈示期間内における支払についてのみ効力を有するのであつて、支払呈示期間経過後は支払場所の記載のある手形も、本則に立ちかえり、支払地内における手形の主たる債務者の営業所または住所において支払わるべきであり」とした。
同判決は,支払場所に呈示しても「適法な支払の呈示とは認められず、手形債務者を遅滞に附する効力を有しないもの」とし,同判決の事案では,支払呈示期間経過後に支払場所で呈示された後の遅延損害金の支払を命じた原判決の部分を破棄して,支払命令正本の送達によってはじめて遅滞に陥ったとした。
同判決は,支払場所を定めることができる者として約束手形の振出人も挙げた上で,「支払場所の記載のある手形」について述べている。
同判決には,支払場所に関する多数意見に反対する4人の裁判官の意見がある。
学説では,呈示期間経過後は支払地の記載も効力を失うことから,支払地の内外を問わず手形債務者の営業所又は住所で支払呈示をすべきとするのが通説であるとされている(第9の4④の文献75頁)。
裁判所ウェブサイトの同判決の参照法条欄には,手形法の規定とともに,当時の商法516条2項(指図債権及び無記名債権の弁済は,債務者の現在の営業所(営業所がない場合はその住所)でする)と同法517条(期限の到来後に証券を提示して履行の請求をした時から遅滞の責任を負う)が挙げられている。
この2つの規定は,民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成29年法律第45号)による改正(令和2年4月1日施行)で商法から削られた。
現在は,民法520条の8が「指図証券の弁済は、債務者の現在の住所においてしなければならない。」と定め,民法520条の9が,指図証券の債務者は,期限の定めがあるときであっても,期限が到来した後に所持人が証券を提示して履行の請求をした時から遅滞の責任を負うと定めている。
第9の4④の文献は,約束手形の呈示証券性の根拠として,手形法77条1項3号・38条1項とともに民法520条の9を挙げている(同書73頁)。
また,同判決は,手形の主たる債務者と支払場所とされた第三者との間の契約で,支払呈示期間経過後も支払場所で支払うことができると定めることは差し支えないとしている。
呈示期間を過ぎた手形を支払場所の銀行へ持ち込んで支払を受けられるかは,このような契約の有無によるので,銀行に確かめる必要がある。
3 手形訴訟
手形による金銭の支払の請求と,これに附帯する法定利率による損害賠償の請求を目的とする訴えについては,手形訴訟による審理及び裁判を求めることができる(民事訴訟法350条1項)。
手形訴訟では,証拠調べは書証及び電磁的記録に記録された情報の内容に係る証拠調べに限られる(民事訴訟法352条1項)。
手形訴訟の終局判決(訴えを却下した判決を除く。)に対しては,送達を受けた日から2週間の不変期間内に,その判決をした裁判所に異議を申し立てることができ(民事訴訟法357条),適法な異議があったときは,通常の手続によって審理及び裁判がされる(民事訴訟法361条)。
第5の5の東京地裁判決も,手形判決に対する異議の後の判決である。
第7 手形交換の廃止後の取立て
1 全国銀行協会の公表
全国銀行協会は,令和8年6月18日,電子交換所における手形・小切手の交換廃止時期を令和9年3月31日とすることを明確化し,電子交換所における交換を令和11年6月29日をもって廃止することを決定したと公表した。
同協会は,令和9年4月1日から手形・小切手が使用できなくなるものではないとしつつ,同日からは電子交換所を介さない決済となるため,各金融機関において郵送等による相対決済を行う必要があり,金融機関の判断により,手形・小切手の取扱い可否等が変更となる可能性があるとしている。
また,同協会は,多くの金融機関が,手形帳・小切手帳の発行終了や令和9年4月以降を期日とする手形等の代金取立受付の終了等,前倒しで手形・小切手の取扱いを縮小する動きを示しているとしている。
2 手元に残る手形について確認すること
手形交換所での呈示は支払のための呈示の効力を有する(手形法77条1項3号・38条2項)が,交換が廃止された後は,この方法で呈示することができなくなる。
手形交換所を指定する省令は,電子交換所を手形交換所として指定しており,e-Gov法令検索の改正履歴には,令和4年11月4日施行の版より後の改正は登録されていない(令和8年9月27日確認)。
交換が廃止された後も,裏書人に対する遡求権を保全するには,第3で述べた期間内に,支払場所で支払のための呈示をしなければならない。
取引金融機関が取立ての受付を終えている場合には,呈示期間内に支払場所の金融機関で呈示する方法を,満期より前に確かめておく必要がある。
あわせて,裏書欄の「拒絶証書不要」等の文言の有無と記載者,呈示期間の末日,支払地内にある振出人の営業所又は住所を確認しておくと,期間を過ぎた後の振出人への請求にも備えることができる。
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第9 出典・参考資料
1 法令
①手形法(e-Gov法令検索)4条,7条,15条,38条,43条,44条,45条,46条,48条,53条,54条,69条,70条,72条,77条,78条,83条,87条
②手形法第八十七条及び小切手法第七十五条の規定による休日を定める政令(e-Gov法令検索)
③手形法第八十三条及び小切手法第六十九条の規定による手形交換所を指定する省令(e-Gov法令検索)
④拒絶証書令(e-Gov法令検索)1条,7条
⑤民法(e-Gov法令検索)520条の8,520条の9
⑥民事訴訟法(e-Gov法令検索)350条,352条,357条,361条
⑦商法(令和2年3月31日時点の条文,e-Gov法令検索)516条,517条
2 裁判例
①最高裁判所第一小法廷昭和33年3月20日判決(昭和32年(オ)第926号,民集12巻4号583頁,裁判所ウェブサイト)
②最高裁判所第三小法廷昭和42年3月14日判決(昭和39年(オ)第1223号,民集21巻2号349頁,裁判所ウェブサイト)
③最高裁判所大法廷昭和42年11月8日判決(昭和38年(オ)第1240号,民集21巻9号2300頁,裁判所ウェブサイト)
④最高裁判所第三小法廷昭和46年11月16日判決(昭和41年(オ)第568号,民集25巻8号1173頁,裁判所ウェブサイト)
⑤最高裁判所第三小法廷昭和50年8月29日判決(昭和50年(オ)第439号,集民115号643頁,裁判所ウェブサイト)
⑥最高裁判所第一小法廷昭和54年12月20日判決(昭和54年(オ)第985号,集民128号269頁,裁判所ウェブサイト)
⑦最高裁判所第一小法廷昭和55年11月27日判決(昭和55年(オ)第801号,集民131号173頁,裁判所ウェブサイト)
⑧最高裁判所第一小法廷昭和57年7月15日判決(昭和53年(オ)第728号,民集36巻6号1113頁,裁判所ウェブサイト)
⑨東京地方裁判所平成17年3月30日判決(平成17年(ワ)第70012号,判例秘書の判例番号 L06031440)
3 決済制度の資料
①全国銀行協会「電子交換所の交換廃止時期の決定および手形・小切手交換廃止時期の明確化について」(令和8年6月18日)
②全国銀行協会「紙の手形・小切手利用廃止へ」
4 参考文献
①金子修ほか監修『金融機関の法務対策6000講 第Ⅳ巻 貸出・回収編』(金融財政事情研究会,2022年)912頁
②早川徹『基本講義 手形・小切手法〔第2版〕』(新世社,2018年)181頁
③鈴木銀治郎・滝口博一・椿原直編著『時効の法律相談』(青林書院,2018年)Q52(267頁~268頁)
④松嶋隆弘・大久保拓也編『商事法講義3 支払決済法』(中央経済社,2020年)73頁,75頁
⑤金子修ほか監修『金融機関の法務対策6000講 第Ⅱ巻 預金・内国為替・投資商品編』(金融財政事情研究会,2022年)【20672】(809頁~810頁)
5 調査範囲
最高裁判所の判決は,令和8年9月27日に裁判所ウェブサイトの裁判例検索で事件番号,掲載誌の巻号頁又は裁判年月日により検索し,判決の全文又は裁判要旨を確認したものである。
判例秘書では,同日,手形法70条を参照条文とする判例,「満期」「変造」「保全手続」を含む判例,「支払場所」「呈示期間経過後」を含む判例及び「電子交換所」を含む判例(0件)を検索し,第5の4・5と第4の5で紹介した判決の全文を確認した。
第9の4の文献は,弁護士ドットコムライブラリーで該当頁の本文を読んで確認したものであり,頁は各頁の印字のノンブルによる。
個々の金融機関の取扱い,手形訴訟の管轄及び拒絶証書の作成の費用は,本記事では扱っていない。