最高裁判所第二小法廷令和8年9月30日決定は、訴訟手数料還付請求権を差し押さえた債権者が、民事執行法155条1項の取立権に基づき、納付者に代わって裁判所へ還付を申し立てることができると判断した。
本決定は、差押債権者が第三債務者へ金銭の支払を請求できるだけでなく、差し押さえた債権を現実に取り立てるため不可欠な申立行為をできる場合があることを示す。他方、差押えにより債務者のあらゆる契約上・手続上の権利を代行できるわけではない。個別の行為が、債務者だけが行使できる権利ではなく、取立てに不可欠で、取立目的を超えないかを確認する必要がある。
第1 結論
本決定の実務上の結論は、次の三点である。
① 訴訟手数料還付請求権を差し押さえた債権者は、民事執行法155条1項の取立権として、裁判所に対する還付申立てをすることができる。
② その理由は、還付申立てが納付者の身分・人格と密接に結び付く行為ではなく、還付請求権を取り立てるために必要であり、要件と金額を事件記録から形式的に判断できることにある。
③ 取立権に含まれる付随行為かどうかは、権利の性質、取立てへの必要性、債務者が受ける不利益及び債務者が行使しない正当な理由を踏まえ、行為ごとに判断する。
第2 事案と裁判の経過
債務者は、民事訴訟の提起に際して手数料3万6000円を納付した後、最初にすべき口頭弁論期日の終了前に訴えを取り下げた。これにより、改正前の民事訴訟費用等に関する法律9条3項に基づく1万8000円の還付請求権が生じた。
差押債権者は、この還付請求権について債権差押命令を得た。差押命令は第三債務者である国及び債務者にそれぞれ送達され、差押債権者は、取立権に基づいて手数料還付を申し立てた。
原審の東京高等裁判所は申立てを認めなかったが、最高裁は原決定を破棄し、差押債権者に1万8000円を還付する旨の自判をした。事件番号は令和7年(許)第23号、原審は東京高等裁判所令和7年(ラ)第184号である。
第3 最高裁が還付申立てを取立権の範囲内とした理由
民事執行法155条1項は、金銭債権を差し押さえた債権者に、第三債務者から直接取り立てる権限を認める。最高裁は、還付申立てについて、次の事情を重視した。
第一に、還付申立ては、納付者の身分又は人格と密接に結び付くものではなく、納付者だけが行使できる一身専属的な権利ではない。
第二に、還付請求権は、申立てをしなければ具体的な支払手続へ進まないため、申立ては債権を取り立てるために必要である。
第三に、還付の要件及び金額は、訴えの取下げ時期、納付額その他の事件記録から形式的に判断できる。申立てを認めても、納付者に新たな法的義務又は実質的な不利益を負わせない。
これらを総合し、最高裁は、差押債権者による還付申立てを、差し押さえた還付請求権の取立てに必要な範囲の行為と評価した。
第4 取立権として行使できる行為の限界
高須順一裁判官の補足意見は、取立権に含まれる付随行為の限界を、より一般的な形で説明している。
第一に、対象行為が債務者の意思決定又は人格と密接に関わり、債務者だけが行使できる性質のものではないことが必要である。
第二に、その行為が差押債権の現実の取立てに不可欠でなければならない。単に回収を有利にする行為であるというだけでは足りない。
第三に、債務者に生じる不利益や、債務者が権利を行使しない正当な理由を考慮しても、取立目的を超えないことが必要である。
補足意見は、差し押さえた敷金返還請求権を発生させるため賃貸借契約を解除することや、退職金請求権を発生させるため従業員の地位を終了させることは、取立権の範囲外となる例を挙げる。還付申立てが認められたことから、契約解除、退職、訴えの取下げその他の重大な身分・契約上の意思決定まで差押債権者が代行できるとはいえない。
第5 生命保険・MMFの最高裁判例との関係
最高裁判所第一小法廷平成11年9月9日判決は、生命保険契約の解約返戻金請求権を差し押さえた債権者が、取立権に基づき保険契約を解約できるとした。解約は返戻金請求権を現実化するため必要である一方、保険保障を失わせるため、反対意見も付されている。
最高裁判所第一小法廷平成18年12月14日判決は、MMFの受益証券に係る解約実行請求について、差押債権者が取立権に基づき行使できるとした。
令和8年決定は、これらの判例が示した「差押債権を現実化するための形成権又は申立権」という問題を、訴訟手数料還付請求権へ展開したものと位置付けられる。ただし、対象権利と債務者への不利益が異なるため、生命保険、投資商品及び手数料還付の結論を他の権利へ機械的に当てはめることはできない。
第6 現行の費用法9条2項への読み替え
本決定が直接適用したのは、令和8年5月21日の改正法施行前の事件に適用される旧9条3項である。現行法では、訴えの早期取下げ等による還付は9条2項に置かれ、還付の判断主体も裁判所から裁判所書記官へ変更された。
もっとも、還付申立てがなければ還付を受けられないこと、要件及び金額を事件記録から判断できること、申立て自体が納付者の人格と密接に関わらないことは共通する。そのため、現行9条2項の還付請求権についても、差押債権者が民事執行法155条1項の取立権として還付を申し立てられると解するのが自然である。
ただし、この現行法への適用は本決定の直接判示ではない。旧法事件では「還付決定」、現行法事件では「裁判所書記官の還付処分」となるため、申立書、添付資料及び支払請求書の書式は、事件の受付時期と係属裁判所の案内を確認する必要がある。
第7 差押債権者が還付を申し立てるときの確認事項
差押債権者側では、少なくとも次の順に資料を整える必要がある。
① 還付原因が、過納、口頭弁論を経ない却下の確定、最初にすべき口頭弁論期日の終了前の取下げその他のどれに当たるかを確認する。
② 納付額、納めるべき手数料額及び還付額を計算する。取下げ等の場合、還付額は常に納付額の半額ではない。
③ 差押命令正本、第三債務者である国への送達日、債務者への送達日及び取立可能日を確認する。
④ 差押債権目録が対象事件、還付原因及び還付請求権を特定できているかを確認する。
⑤ 還付申立書に、差押債権者が民事執行法155条1項の取立権に基づいて申し立てる旨を記載し、差押命令及び送達関係の資料を添付する。
⑥ 事件を担当した部・係へ還付を申し立て、還付処分後の支払請求書、提出先及び振込口座名義を会計担当へ確認する。
⑦ 回収後は、民事執行法155条所定の取立届を遅滞なく提出し、債務者に対する請求債権への充当関係を記録する。
裁判所が公開する一般的な還付請求書は納付者本人の申立てを前提とすることがある。差押債権者が申し立てる場合は、公開書式へ無理に当てはめず、担当部と出納担当の双方に提出方法を確認するのが安全である。
第8 債務者及び国の対応
債務者側では、差押命令が対象とする還付請求権の範囲、還付原因、還付額及び他の差押えとの競合を確認する。差押え後に債務者本人へ支払われても債権者に対抗できない場合があるため、自己名義口座への振込みを求める前に第三債務者への送達を確認する必要がある。
第三債務者である国の側では、対象事件と還付請求権の同一性、差押命令の効力、取立可能時期、差押えの競合及び供託の要否を確認する。還付申立てを受理する事件担当部と、実際の支払を扱う会計部門との間で、差押命令及び振込先に関する情報を一致させる必要がある。
第9 弁護士・司法書士・税理士の役割分担
弁護士は、差押命令の申立て、差押債権目録の作成、還付申立て、第三債務者との調整、取立訴訟及び回収金の充当までを一連の執行案件として設計できる。依頼者預り金として受領する場合は、納付者、還付申立人、実際の受領者及び最終的な帰属を区別して記録する必要がある。
司法書士は、司法書士法3条1項4号に基づく裁判所提出書類の作成及び相談を扱い得るが、代理権は書類作成権限と同じではない。簡易裁判所訴訟代理等関係業務の認定を受けていても、地方裁判所の民事執行手続で包括的な代理権が生じるわけではない。差押命令申立書又は還付申立書の作成を受任するときは、書類作成と代理行為を区別し、本人申立て又は弁護士への連携が必要な範囲を明確にする。
税理士は、還付金の会計処理、損金・必要経費との対応、預り金又は立替金の整理について関与し得る。しかし、裁判所に対する還付申立ては税理士法2条の税務代理ではない。本決定も税務上の所得区分、課税関係又は源泉徴収を判断していないため、納付者、申立人及び実際の受領者が異なるときの税務処理は、費用の負担者と帰属関係を資料で確認して個別に判断する必要がある。
第10 一次資料と確認できていない範囲
本記事の主要な根拠は、次の一次資料である。
① 最高裁判所第二小法廷令和8年9月30日決定(令和7年(許)第23号)及び同決定PDF
② 民事執行法155条
③ 民事訴訟費用等に関する法律9条
④ 民事訴訟法等の一部を改正する法律案及び同附則27条
原決定である東京高等裁判所令和7年5月14日決定の全文は、裁判所ウェブサイト及び令和8年10月8日時点の判例秘書検索では確認できなかった。また、同日時点の判例秘書では本決定も未収録であったため、本決定の判示内容は裁判所ウェブサイト掲載の決定書PDFを正本として確認した。平成11年9月9日判決は、裁判所PDFと判例秘書の全文及び書誌を照合した。
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