第1 結論―間接証明では推論の橋を明示する
最高裁破棄判決のうち間接証明が問題となった事例は,「ありそうだ」という印象と,主要事実を認定できる推論とを区別する必要を示している。間接証明では,証拠から間接事実を認定し,その間接事実から経験則を介して主要事実を推認する。したがって,証拠,間接事実,経験則,主要事実及び反対事実を一つの鎖として示さなければならない。
本記事は,田中豊『最高裁破棄判決―失敗事例に学ぶ主張・立証,認定・判断』(ぎょうせい,令和4年。以下「R041205文書」という。)が間接証明及び統計的立証として扱う4事例を,原審の推論,最高裁が問題とした点及び実務上の確認事項に分けて整理する。22事例全体の位置付けは,最高裁破棄判決とは―22の失敗事例から学ぶ主張・立証・事実認定の実務で扱っている。
第2 間接証明4事例の全体像
| 最高裁判決 | 証明対象 | 破棄理由から得られる要点 |
|---|---|---|
| 最一小判平成2年9月27日 | 原因債務の保証契約 | 裏書だけでなく,紹介,同席,反復行動及び弁済交渉を組み合わせる。 |
| 最三小判平成14年1月29日 | 損害及び加害者の現実の認識 | 別地域版の記事を知ったことから,対象記事を現実に知ったと飛躍しない。 |
| 最三小判平成5年9月7日 | 土地売却の授権 | 白紙委任状,資金需要,買主探索及び関係者の資力を客観的枠組みで評価する。 |
| 最一小判令和3年5月17日 | 石綿含有建材の現場到達 | データ,除外条件,市場シェア,現場数,記憶供述及びメーカーの反証を段階的に組み合わせる。 |
前三例は個々の行動又は認識から意思表示や主観的認識を推認する事例であり,第四例は大量の過去事象を統計資料等から個別の現場到達へ結び付ける事例である。いずれも,経験則の適用条件と推論を妨げる事情を具体化する点で共通する。
第3 最一小判平成2年9月27日―手形裏書から原因債務の保証を推認できるか
1 裏書だけでは保証を推認できないという原則
借主Aは貸主Xから3回にわたり金銭を借り,Yは各貸付けの際にAと共にXと面談し,A振出しの約束手形へ保証の趣旨で裏書をした。Aが支払を拒絶した後,Yは,3回目の貸金の弁済を強く求めるXの意向に沿って行動した。別個の金銭消費貸借証書は作成されていなかった。
原審は,手形に保証の趣旨で裏書をした事実だけから原因債務の保証契約を推認することはできないとした先例を広く適用し,Yによる原因債務の保証を否定した。
2 最高裁が認めた複数の間接事実
最高裁は,YがXと旧知で貸借の紹介者であったこと,貸借の都度Aに同行してXと直接会ったこと,その場でXの求めに応じて手形へ保証裏書をしたこと,Aの支払拒絶後もXの意向に沿う行動をしたこと等を総合し,特段の事情がない限り3回目の貸金債務も保証したと推認するのが相当とした。
裁判所の判例要旨も,昭和63年(オ)第1570号について,紹介,同席,反復した保証裏書及び支払拒絶後の行動を具体的事情として挙げている。先例の命題を使うときは,結論だけでなく,その先例がどの事実関係を前提にしたかを比較する必要がある。
3 実務上の確認事項
黙示の保証意思は,手形上の行為と原因関係上の意思を区別した上で,紹介経緯,貸付けの席への同席,反復回数,貸付書類の構成,貸付後の言動及び当事者間の関係を積み上げる。経験則について「原則→例外→特段の事情」の三層を示し,先例の射程を事実に即して論じる。
第4 最三小判平成14年1月29日―地域版記事を知った時と消滅時効
1 別地域版の記事から対象記事の認識を推認した原審
新聞記事による名誉・信用侵害について,不法行為による損害賠償請求権の消滅時効の起算点が問題となった。被害者Xは東京版の記事を知り,その後,新聞社Yが九州版も発行していることを知った。原審は,これらの事情から,Xが九州版の記事掲載と損害も知ったと推認した。
2 最高裁が求めた現実の認識への橋
最高裁は,旧民法724条にいう被害者が「損害及び加害者を知った時」とは,現実に認識した時をいうとした。東京版と九州版では,紙面構成,見出し及び記事内容が異なり,東京版の記事がすべて九州版に掲載されるわけでもなかった。
したがって,Xが九州版の記事を見る機会を得た,第三者から記事内容を知らされた,写しを受け取ったなど,現実の認識へつながる橋渡し事実がなければならない。一般に同じ新聞社が地域版を発行していることを知ったというだけでは,特定の記事掲載と損害を現実に認識したことにはならない。
3 実務上の確認事項
主観的認識が要件となる場合は,証明対象を「知り得た」「通常知るはずである」「現実に知った」に分ける。送付記録,閲覧記録,面談記録,問い合わせ,抗議,第三者からの連絡及び本人の後続行動を時系列化し,認識内容と認識時期を別々に証明する。
第5 最三小判平成5年9月7日―白紙委任状と土地売却の授権
1 客観的行動と本人の主観的説明
土地所有者Yは,Zが買主を探していることを知りながら,署名押印した白紙委任状をZへ交付した。Zは委任状に土地売却の権限を記入し,土地をXへ売却した。Yは,土地をZ自身へ売るつもりであり,委任状もそのためのものだと思っていたと説明した。
原審は,この主観的説明を,第三者への売却権限を否定する特段の事情として扱った。
2 最高裁が重視した客観的取引枠組み
最高裁は,署名押印した白紙委任状の交付と,Zが買主を探していることの認識から,特段の事情がない限り売却権限を授与したと推認できるとした。Yには資金需要があり,Z自身には土地を取得・利用する資力や目的が乏しいこと等は,「Zだけに売るつもりだった」という説明と整合しにくい。
本人の内心に関する供述を採用する場合も,動かない客観的事実との整合を検討しなければならない。推認を妨げる特段の事情は,単なる別の可能性ではなく,基礎となる間接事実と両立し,かつ独立した証拠に支えられる必要がある。
3 実務上の確認事項
授権の有無を争う場合は,委任状の文言だけでなく,交付目的,交付時の会話,買主探索の認識,資金需要,受任者の資力,代金授受,権利証・印鑑証明書の交付及び売却後の行動を整理する。本人の主観的説明を,取引の客観的構造から切り離して評価しない。
第6 最一小判令和3年5月17日―建設アスベスト訴訟の統計的立証
1 個別現場への建材到達という証明困難
建設作業従事者らは,多数の現場で石綿含有建材から生じた粉じんにばく露したと主張し,建材メーカーに損害賠償を求めた。数十年前の多数の現場について,どのメーカーのどの建材が到達したかを直接証拠だけで立証することは困難であった。
原告らは,①国土交通省・経済産業省の石綿含有建材データベースにより建材を分類し,職種ごとに接触頻度の高い種類を選ぶ,②地域,販売量,用途,施工店,従事期間及び建物種類によって到達可能性の低い建材を除外する,③おおむね10%以上の市場シェアと作業現場数から確率を考慮する,④被災者の具体的記憶供述を検討する,⑤メーカーから販売量・経路等の具体的反証があれば除外を検討する,という立証手法を提出した。
2 原審の一律否定
原審は,公的データベースに免責的注意書きがあること,市場シェア資料が民間作成であること,現場への到達には流通経路等の個別要因があること,記憶供述に裏付けがないこと,メーカーが古い資料を保存していなくても不自然ではないこと等を理由に,この立証手法による現場到達の認定を一律に否定した。
3 最高裁が示した段階的な評価
最高裁平成31年(受)第596号判決は,国交省データベースが官公庁,業界団体及びメーカー等の資料を基に,専門家らにより更新されてきたことから,相応の信用性があるとした。市場シェア資料も,具体的記載とメーカーの具体的反論を検討した上で用いることができるとした。
また,原告らの手法は地域,期間,用途等の個別要因の相当部分を前段階で除外している。残った建材については,市場シェアが高いほど,かつ作業現場数が多いほど,到達の蓋然性が高くなることは経験則上明らかであり,具体的な別要因が指摘されない場合に確率計算を考慮できるとした。
被災者の記憶供述も,具体性,記憶している理由及び他の事情との整合性を検討すれば採用できる場合がある。メーカーが自社情報の誤りを指摘するために入手可能な資料を提出しないことも,推認の一事情となり得る。最高裁は,立証手法を一律に否定した原審判断を経験則又は採証法則に反するとした。
4 実務上の確認事項
この最高裁破棄判決は,「市場シェアだけで個別到達を認定してよい」としたものではない。母集団の定義,資料の作成目的,地域・期間・用途による除外,シェアの計算根拠,試行回数に相当する現場数,個別の記憶供述及び相手方による反証可能性を一体として評価したものである。
統計的証拠を使う場合は,①証明対象,②データの出所,③母集団と対象事例の一致,④除外条件,⑤確率計算の仮定,⑥個別証拠による補強,⑦相手方が保有する情報,⑧反証を受けた後の再計算又は除外,を明示する。
第7 間接証明を組み立てる実務チェックリスト
1 証明対象を一文で固定する
保証意思,現実の認識,授権又は建材到達など,最終的に認定すべき主要事実を一文で書く。「不自然である」「蓋然性が高い」という中間評価を証明対象と混同しない。
2 間接事実と補助事実を分ける
主要事実を推認させる間接事実と,証拠の信用性を支える補助事実を分ける。いつ,誰が,何をし,どの資料がその事実を支えるかを対応させる。
3 経験則の適用条件を示す
一般的な経験則が本件に当てはまるための前提を明示する。先例の結論を移植するのではなく,先例と本件の共通事実及び相違事実を比較する。
4 反対仮説を具体化する
主要事実が存在しなくても同じ間接事実が生じる別の合理的説明を検討する。その別説明が証拠に支えられているか,単なる抽象的可能性かを区別する。
5 証拠の偏在を評価に組み込む
相手方が反証に必要な資料へアクセスしやすい場合,資料不提出を直ちに自白と扱うことはできないが,入手可能性,保存状況及び具体的な反論の有無を推認過程の一事情として検討する。
第8 資料の位置付けと利用上の注意
本記事の4事例の選択及び実務上のレッスンは,R041205文書の「間接証明」編及び「統計的立証」編を中心に参照した。平成2年9月27日判決と令和3年5月17日判決については,裁判所公表の判例情報及び判決全文も確認した。令和3年5月17日判決は,同日の建設アスベスト判決群のうち,平成31年(受)第596号である。
平成14年1月29日には複数の関連する損害賠償請求事件の最高裁判決があり,平成5年9月7日の対象事例は裁判所の日付検索結果に対応する公表事件を確認できなかった。個別案件で用いる場合は,判例集・裁判集,判例雑誌,原判決及び事件記録を追加確認する必要がある。
最一小判平成2年9月27日・昭和63年(オ)第1570号
最一小判令和3年5月17日・平成31年(受)第596号判決全文
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