第1 判決の概要と判示
最高裁昭和50年10月24日第二小法廷判決(昭和48年(オ)第517号,民集29巻9号1417頁)は,ルンバール事件と呼ばれる医療事故の損害賠償請求事件の上告審判決である。
同判決は,医師が化膿性髄膜炎の治療として行ったルンバールの施術と,その後の発作及びこれに続く病変との因果関係を否定した原判決を,経験則に反するとして破棄し,事件を東京高等裁判所に差し戻した。
本記事は,裁判所の裁判例情報に掲載された判決全文に基づき,最高裁が原審の確定した事実と証拠をどのように組み合わせたかを整理する。
裁判所の裁判例情報(最高裁昭和50年10月24日判決)
判決理由の一は,訴訟上の因果関係の立証について,次のとおり判示した。
「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである。」
この判示は,因果関係の立証に必要な心証の程度を述べたものであり,百分率による基準は示していない。
判決全文・理由一
第2 腰椎穿刺の施術から発作まで
原審が確定した事実によれば,上告人(当時3歳)は,化膿性髄膜炎のため昭和30年9月6日に病院の小児科へ入院し,次第に重篤な状態を脱して,一貫して軽快しつつあった。
同月17日の昼,医師が,腰椎穿刺による髄液採取とペニシリンの髄腔内注入(ルンバール)を行ったところ,その15分ないし20分後に突然,嘔吐やけいれんの発作等が起きた。
上告人には右半身けいれん性不全麻痺,性格障害,知能障害及び運動障害等が残り,後遺症として知能障害,運動障害等がある。
判決全文・理由二の1
施術の直後,医師は採取した髄液を見て濁りがないと述べており,発作後の同月19日に行った検査でも,髄液中の細胞数は施術前より減少していた。
施術は昼食後20分以内の時刻に行われ,泣き叫ぶ上告人の体を看護婦が馬乗りになるなどして固定したうえで実施されたが,一度で穿刺に成功せず,何度もやり直して終了まで約30分を要した。
上告人は,もともと脆弱な血管の持主で,入院当初から出血性傾向が認められていた。
判決全文・理由二の2~4
第3 原審が因果関係を否定した理由
原審は,以上の事実を確定しながら,発作とその後の病変の原因が脳出血によるのか,化膿性髄膜炎又はこれに随伴する脳実質の病変の再燃によるのかは判定し難いとした。
そのうえで,発作とその後の病変の原因が施術にあると断定し難いとして,上告人の請求を棄却した。
最高裁が問題にしたのは,原審が確定した事実と原審自身が挙げた証拠を総合しても,なおその結論を採れるかという点である。
判決全文・理由三
第4 最高裁が組み合わせた事情
1 脳出血を示す資料
最高裁は,まず,原判決が挙げたカルテ,医師作成の病歴概要を記載した書翰及び主治医の証言が,発作後少なくとも退院まで,発作とその後の病変を脳出血によるものとして治療していたという原審の認定に符合することを指摘した。
鑑定人の一人は,突然のけいれんを伴う意識混濁で始まり,後に失語症や右半身不全麻痺等を来した臨床症状から,発作の原因として脳出血が一番可能性があるとしていた。
脳波研究の専門家である別の鑑定人は,結論の断定を避けながらも,脳波所見から,病巣部ないし異常部位は脳実質の左部にあると判断していた。
判決全文・理由四
2 発作までの時間と別の原因の可能性
最高裁は,発作が,上告人の病状が一貫して軽快しつつある段階で,施術の15分ないし20分後に突然発生したことを重視した。
他方で,化膿性髄膜炎の再燃する蓋然性は通常低いものとされ,当時これが再燃するような特別の事情も認められなかった。
最高裁は,これらの事実関係を理由一の見地に立って総合検討すると,他に特段の事情が認められない限り,経験則上,発作とその後の病変の原因は脳出血であり,これが施術によって発生したものというべきであるとして,因果関係を肯定するのが相当とした。
原判決が挙げた証言や鑑定についても,仔細に検討すると,この結論の妨げとなるものではないとした。
判決全文・理由四
3 大塚喜一郎裁判官の補足意見
大塚喜一郎裁判官の補足意見は,原判決が挙げた各鑑定と証言を個別に取り上げ,多数意見の結論の妨げとならない理由を述べている。
例えば,脳波研究の専門家である鑑定人は,脳波所見からは合併症としての脳出血の有無は判断できないとしつつ,被検者の臨床像や他の臨床検査所見を参考にして総合的に考察しなければならないとしていた。
補足意見は,この所見を,総合的な考察を必要とする結論を導き出すための思考過程の所見であって,それ以上の意味を持つものではないと位置付けた。
脳波の専門家でない鑑定人の脳波所見よりも専門家の所見を信用すべきとし,十分な根拠を示していない証言は採用し難いとした点も,資料ごとに証明力を吟味した例である。
判決全文・補足意見
第5 判決の結論と医療訴訟での使い方
最高裁は,原判示の理由のみで因果関係を否定した原判決には,因果関係に関する法則の解釈適用の誤り,経験則違背及び理由不備の違法があるとして,原判決を破棄した。
担当医師らの過失の有無等についてはなお審理する必要があるとして,事件を東京高等裁判所に差し戻している。
施術と病変との因果関係の判断と,医師が注意義務に違反したかという過失の判断は,分けて読む必要がある。
判決全文・主文,理由五
医療訴訟で因果関係を検討するときは,①施術前後の病状を時系列に並べる,②診療録・検査所見・鑑定のうち,どれがどの事実を支えるかを示す,③別の原因をうかがわせる具体的な所見があるかを比較する,という順に整理できる。
鑑定が単独で原因を確定できない場合には,その結論がどの資料と前提に依存しているかを確認すると,証拠全体の評価に結び付く。
医療過誤事件の全体像は医療過誤事件の調査・立証・判例・消滅時効(AIリライト)で,間接事実から主要事実を推認する他の最高裁判決は最高裁破棄判決に学ぶ間接証明―経験則・消滅時効・授権・統計的証拠の4事例(AI作成)で整理している。
第6 出典
最高裁昭和50年10月24日第二小法廷判決・昭和48年(オ)第517号・民集29巻9号1417頁(裁判所の裁判例情報)
同判決の全文(裁判所PDF)
医療過誤事件の調査・立証・判例・消滅時効(AIリライト)
最高裁破棄判決に学ぶ間接証明―経験則・消滅時効・授権・統計的証拠の4事例(AI作成)