各年度の記事と判例時報の掲載号は,最高裁民事破棄判決等の実情(平成元年度~令和7年度)―年度別記事と判例時報の掲載号の一覧から参照できる。
第1 対象資料と破棄件数
1 対象は令和6年中の裁判である
令和6年度の最高裁民事破棄判決等の年次論文が扱うのは,令和6年1月から12月までに言い渡された19件の破棄判決と2件の破棄決定である。
4月から翌年3月までの会計年度を集計したものではなく,行政事件及び労働事件も対象に含まれる。
基礎資料は,宮端謙一・一藤哲志「最高裁民事破棄判決等の実情―令和6年度―」(判例時報2629号,令和7年10月1日,5頁~31頁)である。
以下では,同論文の年度集計と裁判例の紹介を区別し,公表された裁判本文へのリンクを付して裁判日順に整理する。
2 19判決・2決定の内訳
(1) 差戻し・自判と破棄の根拠
| 区分 | 破棄件数 | 差戻し | 自判 |
|---|---|---|---|
| 上告・上告受理事件の判決 | 19件 | 10件 | 9件 |
| 許可抗告事件の決定 | 2件 | 1件 | 1件 |
年次論文によれば,19判決及び2決定はいずれも論旨を理由とする破棄であり,職権による破棄はなかった。
特別抗告事件の破棄決定もなかったとされている。
(2) 破棄割合と母数の違い
同論文は,重複を調整した上告・上告受理事件の既済件数3137件に対する19判決の割合を0.6%とする。
これは年度全体の集計値であり,特定の事件について上告が認められる確率を示すものではない。
許可抗告については,同論文の既済17件に対する2件の割合が11.8%である。
一方,司法統計年報の第2表から民事・行政の許可抗告既済件数を合算すると30件となるため,両資料の集計範囲を揃えずに同一の割合として比較することはできない。
第2 破棄判決19件の一覧
表の「差戻し」「自判」は年次論文の分類である。
一部の請求だけが破棄された裁判も含まれるため,具体的な事件の帰結は主文と併せて読むことになる。
| 裁判・事件番号 | 主な論点 | 分類 |
|---|---|---|
| 最高裁令和6年1月30日第三小法廷判決(令和5年(行ヒ)第2号) | 海難事故の回避可能性と懲戒裁決 | 差戻し |
| 最高裁令和6年3月12日第三小法廷判決(令和4年(受)第1041号,民集78巻1号1頁) | 消費者の共通義務確認訴訟と個別審理 | 自判 |
| 最高裁令和6年3月26日第三小法廷判決(令和4年(行ツ)第318号,同年(行ヒ)第360号,民集78巻1号99頁) | 同性の共同生活者と犯罪被害者遺族給付金 | 差戻し |
| 最高裁令和6年4月16日第三小法廷判決(令和5年(受)第365号) | 業務日報の信用性と事業場外みなし労働時間制 | 一部差戻し・一部棄却 |
| 最高裁令和6年4月19日第二小法廷判決(令和4年(受)第1266号,民集78巻2号267頁) | 株券発行前の株式譲渡と株券交付請求 | 差戻し |
| 最高裁令和6年4月26日第二小法廷判決(令和5年(受)第604号) | 職種限定合意と配置転換命令の権限 | 差戻し |
| 最高裁令和6年6月21日第二小法廷判決(令和5年(受)第287号,民集78巻3号315頁) | 法的性別を女性へ変更した者に対する認知請求 | 自判 |
| 最高裁令和6年6月24日第一小法廷判決(令和4年(受)第1744号,民集78巻3号335頁) | 住宅供給公社の住宅と賃料減額請求 | 差戻し |
| 最高裁令和6年6月27日第一小法廷判決(令和4年(行ヒ)第319号) | 飲酒運転による懲戒免職と退職手当の不支給 | 自判 |
| 最高裁令和6年7月3日大法廷判決(令和5年(オ)第1341号,同年(受)第1682号) | 旧優生保護法と国家賠償・除斥期間 | 差戻し |
| 最高裁令和6年7月4日第一小法廷判決(令和5年(行ヒ)第108号,民集78巻3号662頁) | 労災保険給付支給決定に対する事業主の原告適格 | 自判 |
| 最高裁令和6年7月8日第一小法廷判決(令和4年(受)第1780号,民集78巻3号839頁) | 取締役の退職慰労金を減額する決議と裁量 | 自判 |
| 最高裁令和6年7月11日第一小法廷判決(令和4年(受)第2281号,民集78巻3号921頁) | 献金に関する不起訴合意と勧誘行為の違法性 | 差戻し |
| 最高裁令和6年7月18日第一小法廷判決(令和4年(行ヒ)第373号,民集78巻3号1097頁) | 外国子会社合算税制における再保険事業 | 自判 |
| 最高裁令和6年9月13日第二小法廷判決(令和4年(行ヒ)第352号,第353号,民集78巻4号1219頁) | 年金制度一元化後の継続長期要件 | 自判 |
| 最高裁令和6年10月31日第一小法廷判決(令和5年(受)第906号) | 大学教員の任期と無期転換の10年特例 | 差戻し |
| 最高裁令和6年11月12日第三小法廷判決(令和5年(行ヒ)第165号,民集78巻6号1377頁) | 兄弟姉妹の代襲相続と養子縁組前の子 | 自判 |
| 最高裁令和6年11月15日第二小法廷判決(令和6年(オ)第1287号) | 裁判体の構成と直接主義 | 差戻し |
| 最高裁令和6年12月23日第二小法廷判決(令和5年(受)第1583号,民集78巻6号1445頁) | SNS投稿後のログイン通信と発信者情報開示 | 一部自判・一部棄却 |
11月15日の裁判の紹介は,年次論文の記載による。
年次論文末尾の一覧にある退職手当事件の事件番号及びSNS事件の民集号数については,裁判所の公表情報に従って上表に記載した。
年度を横断して探す場合は,最高裁の破棄判決等一覧表及び平成21年度以降の最高裁民事破棄判決の分析が参照先となる。
第3 破棄決定2件の一覧
| 裁判・事件番号 | 主な論点 | 分類 |
|---|---|---|
| 最高裁令和6年10月16日第二小法廷決定(令和6年(許)第5号) | 刑事事件の記録についての文書提出命令 | 自判 |
| 最高裁令和6年10月23日第三小法廷決定(令和6年(許)第1号,民集78巻5号1頁) | 文化功労者年金を受ける権利の差押え | 差戻し |
10月16日決定は,本件の取調べ記録媒体について,民事訴訟法231条による同法220条3号の準用と,刑事訴訟法47条による提出拒否の判断を扱ったものである。
刑事記録一般の公開や自由な利用を認めた決定と読むことはできない。
10月23日決定は,文化功労者年金を受ける権利が,その性質から当然に差押禁止になるとはいえないと判断した。
年金という名称だけで,すべての給付の差押えの可否を同じように決めることはできない。
許可抗告の年度別の件数と割合については,許可抗告事件の分析で別に整理している。
第4 判旨を読む際に分けたい三つの問題
1 権限の有無と権限行使の相当性
(1) 職種限定合意がある場合の配置転換
4月26日判決は,労働者と使用者の間に職種や業務内容を限定する合意がある場合,使用者は労働者の個別的同意なしにその合意に反する配置転換を命ずる権限を有しないと判断した。
配置転換の必要性や権利濫用を論じる前に,命令する権限が存在するかが問題となる。
本件では職種限定合意の存在を前提としながら,配置転換命令の権利濫用だけを判断した原審の枠組みが否定された。
差戻しであるため,最高裁判決だけで損害賠償の成否や金額まで確定したわけではない。
(2) 退職手当の不支給と裁量審査
6月27日判決は,飲酒運転等により懲戒免職された市職員に対する退職手当全部不支給処分について,管理機関の判断が裁量権の範囲を逸脱し,又は濫用したものとはいえないとした。
多数意見と反対意見では,飲酒運転の重大性,長年の勤務,退職手当の性質等の評価が分かれている。
この裁判は,職種限定合意の事件と異なり,既に存在する処分権限の行使をどう審査するかを扱う。
「裁量がある」という説明だけで,どの事情をどの程度重く評価したのかが不要になるわけではない。
2 共通の事情と個別に確かめる事情
(1) 共通義務確認訴訟の入口
3月12日判決は,教材等の購入に関する共通義務確認訴訟で,金銭支払義務の有無が個々の消費者の事情によって分かれる場合でも,そのことだけで共通義務の確認を否定できないとした。
簡易確定手続で必要となる個別審理の内容や負担を踏まえて判断する問題である。
年度論文では破棄自判に分類されるが,主文は第一審判決を取り消し,事件を東京地方裁判所へ差し戻している。
この分類から,各購入者への支払義務や損害額まで最高裁で確定したと読み替えることはできない。
(2) SNSのログイン通信ごとの関連性と必要性
12月23日判決は,開示を求めた8回のログイン通信のうち,投稿に最も近い1回と残り7回を分けて判断した。
その事案では最も近い通信の情報開示が認められた一方,残りの通信について追加開示の必要性を基礎付ける事情は認められなかった。
同じアカウントの通信であることに加え,投稿との関連性と,各通信の情報を取得する必要性が問題となる。
判決中の「投稿の21日後」という事実は,一律の開示期限を定めたものではない。
通信の時系列と判決当時の適用法については,SNS投稿後のログイン通信と発信者情報開示で説明している。
3 破棄理由と最終的な事件の結論
(1) 献金事件では不起訴合意と勧誘行為を分ける
7月11日判決は,本件の不起訴合意を公序良俗に反して無効とし,献金勧誘行為の違法性を判断する際の考慮事情を示して事件を差し戻した。
合意が無効であることと,各勧誘が違法であり損害賠償責任が成立することとは,判断する対象が異なる。
差戻しを受けた事件では,最高裁の示した法的枠組みを踏まえて,なお審理すべき事実や損害等を確かめることになる。
破棄されたという結果だけで,当事者の請求が全面的に認められたと説明することはできない。
(2) 自判した代襲相続事件との対照
11月12日判決は,被相続人とその兄弟姉妹の共通の親から見て直系卑属に当たらない者について,兄弟姉妹の代襲相続人となることを否定した。
本件では,兄弟姉妹が共通の親と養子縁組をする前に生まれていた子らの法的な親族関係が問題となった。
親族関係の具体的な読み方は,養子縁組前の子と兄弟姉妹の代襲相続で扱う。
差戻し後の審理と拘束力については,民事の破棄差戻審が参照先となる。
第5 出典・参考資料
1 裁判例
第2及び第3の表に,各裁判の裁判所名,裁判年月日,事件番号,民集の掲載情報及び公表本文への個別リンクを掲げた。
民集の掲載情報は年次論文の一覧等によるが,SNS事件の号数及び代襲相続事件の頁数は裁判所の公表情報による。
2 統計
最高裁判所事務総局「令和6年司法統計年報・民事行政編」第2表(冊子8頁,PDF22頁)。
許可抗告既済件数は民事29件及び行政1件を合算したものである。
3 文献
宮端謙一・一藤哲志「最高裁民事破棄判決等の実情―令和6年度―」判例時報2629号(令和7年10月1日)5頁~31頁(提供PDF3頁~29頁)。
年度集計と個別裁判の紹介を参照した。