第1 事故後は資料の保存と開示を分けて進める
介護施設で転倒,誤嚥,誤薬その他の事故が起きたときは,まず本人の安全確保と必要な受診を優先する。
その上で家族が行う資料収集では,①手元の記録を残すこと,②施設等に記録の保存を依頼すること,③請求する人の立場を確認して閲覧・写しの交付を求めることを,並行して進めるとよい。
保存の依頼は,記録を消さずに残してほしいという申入れである。
開示の依頼は,記録の内容を閲覧し,又は写し等の提供を受けたいという申入れであり,両者は目的が異なる。
開示手続に時間がかかる場合もあるため,映像等の保存については,回答を待たずに対応の可否を確かめる必要がある。
家族であることだけから,施設が持つ全資料を当然に受け取れるわけではない。
本人からの委任,法定代理権,死亡後の遺族としての取扱いを分け,誰が何を求めるのかを明らかにすることが重要である。
本記事は,令和8年10月19日時点の日本の制度を前提に,家族が一般的に確認できる事項を整理するものである。
第2 家族が先に残しておく資料
1 写真,連絡内容及び生活状況
家族が適法に取得した本人のけがの写真,事故前後の生活状況の記録,施設から届いたメールや連絡帳,受診時の説明,領収書等を保存する。
写真は撮影日時が分かる元のファイルも残し,説明を書き込んだ画像とは分けて管理するとよい。
撮影や共有に当たっては,本人の意思とプライバシー,他の利用者や職員の権利にも配慮する。
施設から電話を受けたときは,電話の日時,相手の所属・氏名,説明された内容及び家族が質問した事項を記録する。
実際に見たこと,相手から聞いたこと,家族が推測したことを分け,後に分かった情報を事故当日の記憶へ混ぜないようにする。
2 事故前からの変化が分かる資料
事故前の歩行,食事,排泄,意思疎通,服薬及び介助の状況と,事故後に変わった点を整理する。
過去の転倒やむせ,医師等の指示,施設へ伝えていた注意事項が分かる連絡帳やメールも候補となる。
これらは,事故前にどの危険を把握できたか,事故後にどのような支障が生じたかを検討するための資料である。
本人の状態が悪化したことだけで事故との因果関係が証明されるわけではないため,医療記録等との照合が必要である。
第3 施設等に確認する資料と確認したい事実
1 施設の資料
施設へは,書類名だけでなく,確認したい場面と期間も伝えるとよい。
下表は資料の候補であり,全施設で作成されていることや,家族への交付が必ず認められることを意味しない。
| 資料の候補 | 主に確認する事項 |
|---|---|
| 利用契約書,重要事項説明書,施設サービス計画・通所介護計画 | 引き受けたサービス,予定した介助方法,事故時の連絡・対応 |
| アセスメント,モニタリング,医師等の指示,申し送り | 事故前の状態,危険の把握,状態変化への対応及び情報共有 |
| 介護記録,看護記録,食事・服薬等の実施記録 | 当日及び前後の観察,実際の介助・処置とその時刻 |
| 事故報告書,追加報告,再発防止に関する記録 | 事故状況,発見後の対応,説明の根拠,原因分析とその変更 |
| 当時の配置・担当が分かる資料,現場の図や写真 | 職員と利用者の位置,担当範囲,設備・環境 |
| カメラ映像,見守り機器,ナースコール等の履歴 | 事故前後の動き,通知・応答・訪室の経過。記録の有無も確認 |
事故報告書の原因欄だけでなく,その根拠となった当日の記録を確認することが重要である。
初報と追加・最終報告は作成時点や目的が異なるため,どの版を受け取ったか,提出日と併せて確認する。
2 事故の種類に応じて追加する資料
転倒・転落では,移乗や歩行の介助方法,ベッド・車椅子・センサーの使用状況,事故場所の床面や段差等を確認する。
誤嚥・窒息では,食事形態や変更経過,食事介助の計画・実施,嚥下に関する評価や専門職の指示,異常発見後の対応が分かる資料を検討する。
誤薬・与薬漏れでは,処方内容,配薬・与薬の記録,薬剤の変更及び医療機関への連絡等を確認する。
書類の一般的な名称を列挙するだけでなく,実際の事故で問題となる行為に合わせて対象を絞る必要がある。
3 医療機関,消防及び自治体等が持つ資料
搬送先の診療録,看護記録,検査・画像,処置の記録等は,施設とは別に医療機関の窓口へ照会する。
救急活動の記録は消防機関へ,市町村に提出された事故報告等は当該自治体へ,利用できる開示・提供手続を確認する。
各機関の保有状況,請求資格,必要書類及び提供範囲は,それぞれの窓口で確認する必要がある。
要介護認定の調査票や主治医意見書,ケアマネジャーの支援経過も,事故前の状態や情報共有を検討する手掛かりとなることがある。
ただし,市町村の保有資料,介護事業者の記録及び医療機関の記録は,作成者と目的が異なり,一つの窓口から全て入手できるとは限らない。
第4 誰が開示を求めるかを確認する
1 本人が存命で,家族へ委任できる場合
民間の介護事業者について,個人情報保護法33条1項は,本人が識別される保有個人データの開示請求を認めている。
同法37条3項は代理人による請求を認めているため,家族が本人の代理人として求める場合は,代理権を示す書類と本人確認の方法を窓口で確認する。
委任状では,施設名,対象者,対象期間,求める記録及び受領方法をできるだけ明確にする。
緊急連絡先や身元保証人として届けられていることと,記録の開示請求をする代理権があることは,同じではない。
2 本人による委任が難しい場合
本人の判断能力に問題があり委任が難しい場合は,成年後見人等の有無と権限を確認する。
家族であるという理由だけで本人名義の委任状を作成したり,本人の意思確認ができたことにしたりしてはならない。
一方,医療機関の診療記録については,「診療情報の提供等に関する指針」7(2)が,成人で判断能力に疑義がある患者を現実に世話している親族等による開示の求めも掲げている。
これは医療の指針における取扱いであるから,施設の全内部資料について同じ権限が当然に生じると広げず,窓口に適用される手続を確認する。
3 本人が死亡している場合
個人情報保護法の個人情報は,原則として生存する個人に関する情報である。
もっとも,死者に関する記録でも,同時に生存する遺族等の個人情報に当たる部分がある場合は,その生存者の情報としての検討が必要となる。
医療・介護関係事業者向けガイダンスⅠ-8は,介護関係記録の遺族への提供についても,「診療情報の提供等に関する指針」9の取扱いに従うものとしている。
同指針は配偶者,子,父母及びこれに準ずる者等を対象とし,本人の生前の意思や名誉等への配慮も求めている。
したがって,死亡したから提供を求める余地がなくなるわけではない。
他方,相続人であることだけで,あらゆる記録の交付を無条件に強制できるという説明も適切ではない。
続柄,死亡の事実,代理人を用いる場合の代理権等を何で確認するか,提供先に尋ねるとよい。
第5 保存依頼で具体的に伝える事項
1 対象と消失のおそれを特定する
保存依頼では,①本人,②事故の日時・場所,③事故前後の対象期間,④記録の種類,⑤削除・上書きを避けて残してほしい範囲を示す。
事故の瞬間が不明なら,最後に異常がなかった時刻から発見・処置後までなど,必要な幅を持たせて対象を説明する。
カメラがあることと,当該場所を撮影し録画していることは同じではない。
録画の有無,保存場所,自動削除・上書きの周期,外部事業者での管理の有無及び保存対応の可否を尋ねる。
機器の仕様や運用は異なるため,保存日数を一律に決めつけない。
2 元の記録と変更経過を残してもらう
電子記録については,閲覧用の印刷物だけでなく,元の記録データや作成・更新履歴が存在する場合には,それらも保存対象として検討する。
通常業務上必要な追記・訂正まで禁止するのではなく,変更前の内容と,誰がいつ何を追記・訂正したかが確認できる形で残してほしいと伝える。
依頼後は,担当者,受領日時,対象,対応の可否及び回答予定を確認する。
依頼書を送ったという事実だけで,保存措置が完了したことにはならない。
対象外とされたデータや,既に消失したと説明されたデータについても,説明の内容を記録する。
3 保存期間の年数だけで待たない
国の指定介護老人福祉施設基準37条2項は,所定のサービス記録や事故記録について,完結の日から2年間の保存を定める。
指定通所介護についても,国の居宅サービス基準104条の4第2項に事故記録等の保存規定がある。
ただし,実際に確認する保存期間と起算日は,サービス種別,適用される自治体の条例,記録の種類等によって確認する必要がある。
これらの規定を,カメラ映像や全ての機器ログまで同じ期間保存されるという根拠にしてはならない。
法令上の保存期間,施設の保存規程及び現にデータが残っているかは,分けて確認する事項である。
第6 施設への開示・保存依頼の文例
1 依頼前の確認
次の文例は,資料の保存と提供について相談・依頼するための例である。
本人,代理人又は遺族のいずれとして依頼するかに合わせて書き換え,施設所定の開示申請書や必要書類がある場合はそれも確認する。
回答希望日は,記録が消失する可能性と施設の対応に必要な時間を考慮して具体的に記載する。
2 依頼文例
件名:事故に関する記録の保存及び開示・提供のお願い
[施設名・運営法人名]御中
[本人氏名]について,[年月日・時刻頃]に[場所]で発生した事故の経過を確認するため,以下をお願いします。
依頼者は[本人/本人の委任を受けた代理人/本人との続柄が○○である遺族]です。
本人確認,代理権又は続柄等の確認に必要な書類及び所定の申請手続があれば,御案内ください。
①[対象期間・場所]に関する介護・看護記録,事故報告書,関連する計画・実施記録,映像,見守り機器・ナースコール等の履歴について,保有の有無と保存対応の可否をお知らせください。
自動削除・上書き又は廃棄のおそれがある記録は,開示の可否の検討中も,対象部分を保全いただくようお願いします。
②電子記録について,元の記録データ,作成・更新履歴又は訂正前の内容が存在する場合は,それらも保存いただくようお願いします。
通常業務に必要な追記・訂正を妨げる趣旨ではなく,変更経過を確認できる形での保存をお願いするものです。
③[希望する記録・対象期間]について,閲覧,写し又は電子データによる提供を希望します。
提供方法,費用,対象範囲及び回答の見込みをお知らせください。
第三者情報等のため一部の提供が難しい場合は,該当部分を除いた提供や閲覧等が可能かも御検討ください。
④提供できない記録については,未作成,保有していない,既に廃棄・上書きされた,開示できない等の事情を,可能な範囲で記録ごとに御説明ください。
保存対応の可否については[年月日]までに,開示・提供については回答の見込みも含め[年月日]までに,[連絡先]へ御連絡ください。
[作成日・依頼者氏名・住所・連絡先]
3 送付と回答を記録する
送付した文書と添付書類の控え,送付日時及び到達が分かる資料を残す。
電話で急ぎ保存を依頼した場合も,対象と依頼内容を文書で確認すると認識の違いを減らしやすい。
文例に書いた回答希望日は,それだけで施設に同じ期限の法的義務を発生させるものではない。
また,この文書は,裁判所による証拠保全の決定や,開示を命じる裁判に代わるものではない。
第7 資料が出ないときと,急いで弁護士へ相談する場面
1 不存在,非開示及び未回答を分ける
記録が出ない場合は,最初から作られていないのか,別の主体が持っているのか,既に廃棄されたのか,保有しているが開示できないのかを確認する。
個人情報保護法33条3項も,不開示の決定,データの不存在及び請求した方法による開示の困難を区別して通知を求めている。
本人以外の利用者や職員に関する情報が含まれる資料では,一部を伏せた写し,対象部分の切出し又は閲覧等で対応できるか相談する。
ただし,それらの方法が必ず認められるとは限らない。
勤務表,内部の検討資料及び映像等については,本人の保有個人データに当たる範囲や第三者の権利利益を,資料ごとに検討する必要がある。
2 保存の回答を待てない場合
映像等の上書きが迫る,記録の廃棄予定がある,重要な資料の所在や保存対応が明らかにならないなどの場合は,通常の回答期限を待たずに弁護士への相談を検討する。
その際は,事故の概要だけでなく,失われそうな資料,所持者,対象期間及び消失のおそれを説明できる資料を持参するとよい。
民事訴訟法234条の証拠保全は,あらかじめ証拠調べをしなければ,後にその証拠を使用することが困難となる事情があると認められる場合に,裁判所が証拠調べをする制度である。
同法235条2項は,訴えを提起する前の申立ても定めている。
申立てをすれば全記録が確保される制度ではなく,保全する証拠,証明したい事実,必要性及び方法を個別に検討する必要がある。
自治体等への相談や,訴訟での文書提出命令等を検討する場合も,目的と取得したい資料を明確にする。
苦情の申出,記録の取得及び損害賠償の請求は,それぞれ目的と手続が異なるため,一つの相談で全て解決すると考えないことが重要である。
第8 集めた資料は時系列と根拠を対応させる
資料を受け取ったら,資料名,対象期間,受領日,頁数,作成者及び作成・更新日が分かる範囲で一覧にする。
事故の発生,発見,応急対応,救急要請,医療機関への到着及び家族への連絡は,異なる時刻として整理する。
時刻が食い違う場合は,事故が起きた時刻,入力した時刻,後から報告した時刻が混在していないかを確認する。
時計のずれ,後日の追記,伝聞又は記憶の誤り等も考えられるため,食い違いだけで記録の改ざんを断定しない。
事故報告書は,施設の説明や原因分析を確認する重要な資料である。
しかし,事故の発生,施設の謝罪又は再発防止策の記載だけで,法的な義務違反や事故と損害の因果関係が確定するものではない。
資料収集は,特定の結論を先に決めるためではなく,事故前に分かっていた事情,実際の介助,発見後の対応及び損害を分けて検証するために行うものである。
第9 出典
①e-Gov法令検索「個人情報の保護に関する法律」(2条1項,33条,37条)
https://laws.e-gov.go.jp/law/415AC0000000057
②e-Gov法令検索「指定介護老人福祉施設の人員,設備及び運営に関する基準」(35条2項・3項,37条2項6号)
https://laws.e-gov.go.jp/law/411M50000100039
③e-Gov法令検索「指定居宅サービス等の事業の人員,設備及び運営に関する基準」(104条の3,104条の4第2項6号)
https://laws.e-gov.go.jp/law/411M50000100037
④e-Gov法令検索「民事訴訟法」(220条,234条,235条)
https://laws.e-gov.go.jp/law/408AC0000000109
⑤個人情報保護委員会・厚生労働省「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」(令和8年4月一部改正。Ⅰ-8,Ⅳ-14・16)
https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/iryoukaigo_guidance/
⑥厚生労働省「診療情報の提供等に関する指針の策定について」(平成15年9月12日医政発第0912001号。別添5・7・8・9)
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tb3403&dataType=1
⑦厚生労働省「介護保険施設等における事故の報告様式等について」(令和6年11月29日。介護保険最新情報Vol.1332。PDF実頁2頁~6頁)
https://www.mhlw.go.jp/content/001574219.pdf
⑧厚生労働省老健局「介護保険施設等における事故予防及び事故発生時の対応に関するガイドライン」(令和7年11月。本冊22頁~27頁,50頁~52頁。PDF実頁25頁~30頁,53頁~55頁)
https://www.mhlw.go.jp/content/001591418.pdf
⑨個人情報保護委員会「死者の情報は、個人情報保護法の保護の対象になりますか。」(Q1-21)
https://www.ppc.go.jp/all_faq_index/faq1-q1-21/
⑩株式会社日本総合研究所「介護施設等におけるカメラタイプの見守り機器の効果的な活用に向けた実態調査研究事業 報告書」(令和5年3月。PDF実頁4頁,106頁。厚生労働省掲載)
https://www.mhlw.go.jp/content/12304250/001148548.pdf