第1 ICC本体への制裁で何が変わったか
米国財務省外国資産管理局(OFAC)は,2026年10月9日,国際刑事裁判所(ICC)そのものをSDNリストへ追加した。同時に,一般許可13号から16号を発行し,運営の維持,通信・業務用ソフトウェア,年金及び一定の被拘禁者の拘禁継続に関する取引を,それぞれ条件付きで認めた。
したがって,「ICC本体が指定されたから全サービスが直ちに止まる」という理解も,「一般許可があるからICC関係者との取引はすべて自由である」という理解も正確ではない。取引相手がICC本体か,別に指定された個人か,何を提供する取引かを分ける必要がある。
本記事は,2026年10月11日に確認したOFACの指定公表,一般許可の全文及び日本外務省の公表資料に基づく。米国制裁の理由,ICCの管轄権及び国際法上の争点は,国際刑事裁判所(ICC)への米国制裁の総論で説明している。
第2 裁判官・検察官個人への制裁との違い
1 同じ制裁制度でも指定された主体が異なる
ICC関係制裁は,大統領令14203号及び31 C.F.R. Part 528を根拠とする。従来から裁判官,検察関係者等が個別に指定されていたが,10月9日の追加指定の名称は「INTERNATIONAL CRIMINAL COURT」である。裁判官個人の人数が一人増えたという出来事ではなく,機関自体が指定対象へ加わったのである。
指定対象者の米国内の財産や米国人の占有・支配下にある財産上の利益は,原則として凍結される。資金・物品・サービスの提供又は受領も,禁止される取引に当たり得る。ただし,法定除外,規則上の許可,一般許可又は個別ライセンスがあれば,その範囲で取引が認められる。
ICC本体への指定は,すべての職員,取引先又はローマ規程締約国を当然にSDN指定するものではない。一方,ICCが契約主体,支払者又はサービス利用者である取引では,職員個人が指定されていなくてもICC本体の指定を検討する必要が生じる。
2 一般許可の対象者を取り違えない
13号と16号は,ICC本体以外の凍結対象者に関わる,別途禁止される取引を,別の許可なしに認めないと明記している。14号と15号にも,それぞれ許可された範囲外の禁止取引を認めないという留保がある。
このため,ICCの通常の給与処理が13号の対象となり得ることと,個別に指定された裁判官へ給与を自由に送金できることは,同じではない。受取人自身の指定,関係する口座及び他の許可の有無を別に確認する必要がある。
第3 一般許可13号から16号の比較
| 一般許可 | 認められる主な取引 | 期限・重要な条件 |
|---|---|---|
| 13号 | ICCの運営,契約等の維持又は終了に通常付随し必要な取引。締約国からの支払,給与,健康保険・医療,賃料・公共料金,通常サービス等が例示されている | 米国東部夏時間2027年4月7日午前0時1分まで。ICC以外の凍結対象者に関わる別途禁止取引は,別の許可を要する |
| 14号 | ICCに関する電気通信,インターネット上の通信に付随するサービス及び業務用ソフトウェアに関する所定の取引 | 本文に固定の終了日はない。許可範囲外の禁止取引及び輸出管理等の他の連邦法令は別に確認する |
| 15号 | ICCに関わる年金支払の処理に通常付随し必要な取引 | 凍結対象者への支払は,米国内の凍結された利付口座への入金が条件となる |
| 16号 | 附属書に列挙された9人の拘禁継続,健康・安全・福祉及び拘禁施設の運営に通常付随し必要な取引 | 附属書の対象者と活動範囲を確認する。ICC以外の凍結対象者に関わる別途禁止取引は,別の許可を要する |
各一般許可は,許可された取引についてICCの凍結口座を利用し,借方又は貸方へ記帳することも認めている。ただし,口座全体の凍結が解除されたという意味ではない。実行する支払が許可された取引に当たるかを判断する必要がある。
13号は,契約の終了だけを認める許可ではない。原文は「maintenance or wind down」としており,運営・契約等の維持も対象に含める。他方,期限後も同じ取引を続けられるかは,他の許可又はその時点の制度による。14号から16号に固定の終了日が書かれていないことも,将来の変更・撤回がないという保証ではない。
原文:13号 https://ofac.treasury.gov/media/937186/download?inline=,14号 https://ofac.treasury.gov/media/937191/download?inline=,15号 https://ofac.treasury.gov/media/937196/download?inline=,16号 https://ofac.treasury.gov/media/937201/download?inline=。
第4 支払・クラウド・年金・拘禁への当てはめ
1 締約国からの支払と給与・医療費
13号は,ローマ規程締約国からICCへの支払を明示的に例示する。職員,助成金受給者又は契約者の給与,健康保険及び医療サービスも例示されている。しかし,例示に該当する費目であっても,別に指定された受取人が関わる場合は,13号の除外条件を確認する必要がある。
銀行へ支払を依頼するときは,契約主体,支払者,受取人,口座,支払目的,支払日及び根拠とする許可の条項を示すのが実務上有用である。一般許可が存在するだけで,銀行の審査や契約上の対応が不要になるわけではない。
2 電子メール・通信・業務用クラウド
14号は,ICCに提供する電子メール,通信・共同作業等の所定のサービスに加え,財務,人事・給与,調達,業務管理,サイバーセキュリティ,データの保存・バックアップ・復旧等の業務用ソフトウェアと,これらを支えるクラウドサービスを対象に含める。
これは,ICC本体への指定と通信・業務基盤の継続を両立させる許可である。ただし,あらゆるクラウド利用や指定者個人のアカウントを包括的に許すと読むことはできない。契約主体,利用者,機能及び個人指定との関係を確認し,米商務省の輸出・再輸出・国内移転の許可要件等も別に検討する。
なお,法令がサービス提供を許すことと,事業者が実際に継続・再開することは別である。既存の停止通知,契約条件及び事業者の回答を確認する必要がある。個人への生活上の影響と企業の過剰遵守は,ICCへの米国制裁による銀行・カード・送金・クラウドへの影響で説明している。
3 年金の処理と受給者の自由な引出し
15号が認めるのは,ICCに関わる年金支払の処理に通常付随し必要な取引である。凍結対象者への支払は,米国内の凍結された利付口座へ入金する条件が付く。したがって,支払処理が認められることから,制裁指定された受給者が直ちに年金を自由に引き出せるという結論にはならない。
4 拘禁施設と捜査・訴追一般
16号は,附属書に列挙された9人について拘禁を継続し,その健康・安全・福祉を保ち,拘禁施設を運営するための所定の取引を認める。附属書にはRodrigo Roa Duterte,Khaled Mohamed Ali El Hishri,Mahamat Said Abdel Kani,Al Hassan Ag Abdoul Aziz Ag Mohamed Ag Mahmoud,Patrice-Edouard Ngaïssona,Bosco Ntaganda,Dominic Ongwen,Ali Muhammad Ali Abd-Al-Rahman及びAlfred Rombhot Yekatomが列挙されている。
拘禁継続の許可を,すべての被拘禁者,又はICCの捜査・訴追活動全般を認める包括的な許可へ読み替えてはならない。
第5 日本政府の対応
日本外務省は,2026年10月9日,ICC自体への制裁指定について,日本の立場と相容れず深刻に懸念していると表明し,米国との対話を継続するとした。また,日本はICCの独立した活動を支持し,適切な運営に必要な協力を続けるとしている。
10月10日には,日本を含む8か国の共同声明が公表された。声明は,ICCに対する米国の制裁に反対し,ICCの独立性と一体性を支持するとともに,締約国総会を通じた対話を求めている。
これらは日本政府等の外交上の立場を示す資料である。日本企業の個々の送金やサービス提供について,米国法の禁止又は一般許可への該当性を一律に確定するものではない。
外務省10月9日公表:https://www.mofa.go.jp/mofaj/ila/ila/pageit_000001_03245.html。8か国共同声明:https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/pressit_000001_04275.html。
第6 取引前に確認する順序
企業の法務・経理・情報システム担当者は,まずICC本体,個別指定者,所有関係及び実際の取引主体を分ける。その上で,銀行・決済網・米国法人等との接点,禁止される行為,一般許可の対象活動・除外条件・期限及び他の適用法を確認する。
支払やサービス継続の担当者は,実行前に,許可の原文と確認日,契約・請求書,受取人・口座の照合結果及び銀行・事業者との回答記録を残すのが適切である。13号に依拠する継続取引については,2027年4月7日午前0時1分(米国東部夏時間)の期限に先立ち,更新された許可又は代替の根拠を確認する日を決めておく必要がある。
別に指定された個人が関わる場合,許可の活動範囲が不明な場合又は銀行が送金を保留した場合は,実行を急がず,制裁法に関する専門的な確認,OFACへの照会又は個別ライセンスの検討へ切り替える。救済手段は,ICC関係者が米国制裁を法的に争う方法を参照されたい。
米国接点のない外国人の支援でも,直接違反と追加指定の可能性は分ける必要がある。米国接点のない外国人によるICC制裁対象者への支援も参照されたい。また,SDN指定,取引禁止及び日本の契約上の解除事由は別の判断であり,米国制裁と反社会的勢力排除条項の関係で整理している。
第7 出典・参考資料
OFACの10月9日指定公表:https://ofac.treasury.gov/recent-actions/20261009。
OFACのICC関係制裁案内(一般許可13号から16号及び法令へのリンク):https://ofac.treasury.gov/sanctions-programs-and-country-information/international-criminal-court-related-sanctions。
大統領令14203号(連邦官報):https://www.govinfo.gov/content/pkg/FR-2025-02-12/pdf/2025-02612.pdf。
ICC関係制裁規則の公布本文:https://www.govinfo.gov/content/pkg/FR-2025-07-01/html/2025-12036.htm。実際の取引時には,OFAC案内から現行規則,指定状況及び許可の変更を確認する必要がある。