第1 「おはよう逮捕」の意味と本記事の範囲
1 法令上の用語ではないこと
「おはよう逮捕」は,法令上の用語ではない。日本国憲法,刑事訴訟法,刑事訴訟規則,犯罪捜査規範及び裁判所ウェブサイトの裁判例には,この名称による制度や固定した時間帯は定められていない。公開されている解説でも,早朝の自宅での通常逮捕だけを指す用法のほか,家宅捜索や任意同行を含める用法があり,意味は統一されていない。
本記事では,「おはよう逮捕」を,捜査機関が被疑者の在宅を見込める早朝に自宅等へ赴き,主として既に発付された逮捕状を執行する場面を指す通称として扱う。令和8年8月11日現在の現行法により,早朝という時刻,逮捕状の呈示,自宅への立入り,証拠の捜索,手錠及び逮捕後の手続を区別して説明するものであり,警察の全国統一的な内部用語であると断定するものではない。
2 通常逮捕,任意同行及び家宅捜索の区別
通常逮捕は,裁判官があらかじめ発した逮捕状により被疑者の身体を拘束する処分である(刑事訴訟法199条)。これに対し,任意同行は,身体拘束を受けていない被疑者が警察署等への出頭を求められる場面であり,逮捕又は勾留されていない限り,出頭を拒み,又は出頭後いつでも退去できる(同法198条1項)。捜索差押許可状による家宅捜索は,場所を捜索して物を差し押さえる処分であり,被疑者本人を逮捕する処分とは目的も令状も異なる。
したがって,早朝に警察官が自宅へ来たという事実だけでは,通常逮捕,任意同行,家宅捜索又はこれらの組合せのいずれであるかは決まらない。警察官の説明を聞き,逮捕状又は捜索差押許可状の有無,任意の要請であれば拒否又は退去ができるかを落ち着いて確認する必要がある。
第2 早朝の逮捕と夜間捜索の違い
1 逮捕状の執行に固定の禁止時間帯はないこと
刑事訴訟法には,通常逮捕を「午前6時から午前9時まで」に行うという規定も,日出前の逮捕を一律に禁止する規定もない。犯罪捜査規範126条1項・2項は,逮捕に当たり,必要な限度を超えて実力を行使しないことと,あらかじめ時期・方法等を考慮することを警察官に求めている。このため,早朝であることだけで逮捕が違法になるわけではないが,その時刻と方法が必要性・相当性を欠くかどうかは,個別の執行経過の一事情となる。
被疑者が在宅している可能性,逃亡又は罪証隠滅のおそれ,複数の逮捕状を同時に執行する必要等は,時刻選択の合理性に関係し得る。他方,公開資料だけから,個々の事件で早朝が選ばれた実際の理由を一律に推測することはできない。
2 日出前・日没後の制限は捜索差押許可状の問題であること
刑事訴訟法116条1項は,令状に夜間執行ができる旨の記載がなければ,日出前又は日没後に,差押状又は捜索状を執行するため住居等へ入ることができないと定める。この基準は「午前6時」等の固定時刻ではなく,日出と日没である。同条は,同法222条3項により,同法218条の令状による差押え又は捜索に準用される。
これに対し,同法220条1項1号は,通常逮捕等をする場合に必要があるとき,住居等へ入り被疑者を捜索できると定め,同条3項はこの処分に別の令状を要しないとする。同法222条3項は同法220条の処分に同法116条を準用していない。したがって,「日出前だから逮捕できない」という一般則はない。もっとも,逮捕と同時に捜索差押許可状を執行する場合には,その令状について夜間執行の記載があるかが別途問題となる。
第3 逮捕状の呈示と緊急執行
1 逮捕状を示すのが原則であること
逮捕状により被疑者を逮捕するには,逮捕状を被疑者に示さなければならない(刑事訴訟法201条1項)。逮捕状が発付されているという口頭説明だけで,常にこの原則に代えられるわけではない。
2 「逮捕状の緊急執行」と「緊急逮捕」の違い
逮捕状の緊急執行は,逮捕状が既に発せられているものの,執行者がこれを所持しないため示すことができず,かつ急速を要するときの例外である。この場合,警察官等は,被疑事実の要旨と逮捕状が発せられている旨を告げて逮捕し,逮捕状をできる限り速やかに示さなければならない(刑事訴訟法201条2項・73条3項)。単に逮捕状を持参し忘れたというだけで,緊急執行の要件を満たすわけではない。
これに対し,緊急逮捕は,逮捕状がまだ発せられていない段階で,死刑,無期又は長期3年以上の拘禁刑に当たる罪について十分な嫌疑があり,急速を要して裁判官の逮捕状を求められないときに,理由を告げて先に逮捕し,直ちに逮捕状を求める制度である(同法210条)。逮捕状の緊急執行と緊急逮捕は,令状が既に発せられているかどうかが異なる別制度である。
3 緊急執行における告知の程度
東京高裁昭和34年4月30日判決(高刑集12巻5号486頁)は,被疑者の所在が不安定で,逮捕状所持者との連絡にも時間を要した事情から緊急執行の緊急性を認めた。他方,警察官が脅迫罪による逮捕状が発せられている旨を告げただけで,被疑事実の要旨を告げなかったことを重要な方式違反とし,逮捕を違法とした。これは下級審の事例判断であるが,「逮捕状が出ている」「罪名は何である」とだけ告げれば常に足りるわけではないことを示す。
4 被害者等の個人特定事項を保護する例外
現行の刑事訴訟法201条の2は,性犯罪等の被害者その他所定の者について,個人特定事項を明らかにしない逮捕状の抄本その他の代替物を裁判官が交付し,これを被疑者に示す仕組みを設けている。したがって,個人特定事項を含む逮捕状原本の全記載をその場で必ず見せなければならない,という理解も正確ではない。代替物を用いる場合にも,裁判官の交付と同条所定の手続が必要である。
第4 自宅への立入り,証拠捜索及び家族の扱い
1 被疑者を発見するための住居への立入り
警察官等は,通常逮捕,緊急逮捕又は現行犯逮捕をする場合に必要があるとき,人の住居等へ入り,被疑者を捜索できる(刑事訴訟法220条1項1号・3項)。これは,逮捕の対象者を発見して逮捕するための権限であり,居住者がドアを開けないという一点だけで逮捕状が無効になるものではない。他方,条文は「必要があるとき」と定めているため,立入りの目的,対象者がいる蓋然性及び用いた手段は個別に検討される。
2 被疑者の捜索と証拠物の捜索は同じではないこと
刑事訴訟法220条1項2号は,逮捕の現場で必要な差押え,捜索又は検証を令状なしで行うことを認めている。しかし,逮捕するため住居へ入ったことから,住居内のあらゆる場所を証拠物探索のため自由に捜索できることになるわけではない。逮捕現場における同号の範囲を超えて証拠物を捜索し,差し押さえるには,原則として別の捜索差押許可状が必要である。
逮捕状と捜索差押許可状が同時に示されることはあるが,両者は別の令状である。家族側で経過を確認するときも,①被疑者を逮捕するための立入り,②逮捕現場における付随的な捜索・差押え,③捜索差押許可状による家宅捜索のいずれとして行われたのかを区別する必要がある。
3 家族は逮捕状の名宛人ではないこと
被疑者に対する逮捕状は,同居する家族を逮捕する令状ではない。家族がその場にいるだけで,当然に身体拘束や捜索の対象になるものではない。他方,逮捕状の執行を妨害する具体的な行為があれば,その排除に必要な措置や別の犯罪の成否が問題となり得る。家族に対する移動制限,所持品確認又は有形力の適法性は,家族であるという属性ではなく,具体的な必要性,目的,程度及び継続時間により個別に判断される。
第5 手錠,現場での抵抗及び違法な逮捕の効果
1 手錠は逮捕に当然伴うものではないこと
犯罪捜査規範127条1項は,逮捕した被疑者が逃亡し,自殺し,又は暴行する等のおそれがあり,必要があるときは,確実に手錠を使用しなければならないと定める。同条2項は,手錠の使用が苛酷にわたらないよう注意し,衆目に触れないよう努めることを求める。したがって,逮捕した者全員に例外なく手錠を使用すべきであるという規定ではないが,逃亡等のおそれと必要性が認められる場面では,警察官に確実な使用を求める規定である。
2 現場で実力により抵抗する危険
逮捕状が示されない,又は執行方法に疑問がある場合でも,現場で実力により抵抗することは安全な対応ではない。後に逮捕が違法と判断されるかは,令状の発付,呈示又は緊急執行の状況,有形力の程度等を証拠により審理した結果で決まる。現場で抵抗すれば,公務執行妨害,傷害その他の嫌疑や身体上の危険が新たに生じ得る。
現場では,可能な範囲で令状の確認を求め,警察官の所属,逮捕又は捜索の開始時刻,告げられた被疑事実,令状を示された時期及び用いられた有形力を記録し,後に弁護人を通じて争う方法が現実的である。記録のための行動自体が執行を妨害しないようにする必要がある。
3 違法な逮捕と証拠排除
逮捕手続に違法があっても,直ちに公訴が棄却され,全証拠が排除され,又は無罪となるわけではない。最高裁平成15年2月14日第二小法廷判決(平成13年(あ)第1678号,刑集57巻2号121頁)は,逮捕状を示さず緊急執行も行わなかったことに加え,逮捕状への虚偽記入,虚偽の捜査報告書及び公判での事実に反する証言を総合し,令状主義の精神を潜脱・没却する重大な違法を認めた。
同判決は,違法な逮捕当日に採取された尿の鑑定書を排除した一方,後に裁判官が発付した捜索差押許可状により押収された覚せい剤等については,違法との関連が密接ではないとして証拠能力を認めた。違法の重大性,違法を隠す行為の有無,証拠との関連及び後の司法審査等を具体的に見る判例であり,一つの違法から証拠全部の結論が自動的に決まるわけではない。
4 逮捕状発付に対する不服申立ての限界
最高裁令和6年7月17日第一小法廷決定(令和6年(し)第462号)は,逮捕に関する裁判が刑事訴訟法429条1項の準抗告の対象とならない趣旨に照らし,逮捕に関する裁判に対して特別抗告をすることもできないとした。逮捕状発付それ自体を直ちに不服申立てで争う道は限定されるが,その後の勾留,証拠能力,公務執行妨害事件における職務の適法性又は国家賠償等の場面で,逮捕の適法性が問題となることはある。
第6 逮捕後の時間制限と本人・家族の初動
1 警察の48時間と検察官の24時間・通算72時間
司法警察員は,逮捕状により被疑者を逮捕し,留置の必要があると判断したときは,身体拘束時から48時間以内に書類及び証拠物とともに検察官へ送致する手続をしなければならず,その時間内に送致しないときは直ちに釈放しなければならない(刑事訴訟法203条1項・5項)。検察官は,送致された被疑者を受け取った時から24時間以内,かつ身体拘束時から通算72時間以内に勾留を請求し,又は釈放しなければならない(同法205条)。
この72時間は,その後の勾留期間を含む数字ではない。逮捕後の手続全体は,被疑者の逮捕(AIリライト)が逮捕の3類型とともに扱い,勾留請求後の手続は,被疑者及び被告人の勾留(AIリライト)が詳しく扱っている。
2 黙秘,調書への署名押印及び弁護人との接見
被疑者は,取調べにおいて自己の意思に反して供述する必要がない旨を告げられ,供述調書への署名押印を拒むことができる(刑事訴訟法198条2項・5項,日本国憲法38条1項)。身体拘束を受けた被疑者は,弁護人又は弁護人となろうとする者と立会人なく接見できる(刑事訴訟法39条1項)。弁護人の選任,当番弁護士制度及び接見交通については,弁護人が扱っている。
黙秘権があることと,個別事件でどの範囲を供述するのが適切かは同じ問題ではない。事実関係,捜査段階及び証拠状況により判断が変わるため,逮捕直後は不用意に事実説明を固定せず,弁護人との接見を求めて方針を確認するのが相当である。
3 家族が確認し,弁護人へ伝える事項
家族は,可能な範囲で,次の事項を時系列により記録するとよい。
①警察官等の所属,逮捕された者が連れて行かれた警察署その他の場所及び出発時刻
②逮捕状又は刑事訴訟法201条の2の代替物が示されたか,示された時期及び示されなかった場合に告げられた内容
③捜索差押許可状が別に示されたか,捜索した場所,差し押さえた物及び交付された押収品目録等
④手錠その他の有形力,家族に対する移動制限又は所持品確認の具体的な方法と継続時間
⑤本人又は家族が弁護人・当番弁護士への連絡を求めた時刻と応答
これらは,現場で執行を妨害して収集するのではなく,安全を優先し,後から正確に説明できる範囲で保存する情報である。本記事は一般的な情報を示すものであり,個別事件の逮捕が適法か,どの供述方針を採るべきかは,令状,記録及び具体的経過を確認して判断する必要がある。
第7 出典・参考資料
1 法令
①日本国憲法33条・35条・38条(e-Gov法令検索)
②刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)39条,73条,116条,198条から205条まで,210条,220条及び222条(e-Gov法令検索)
③犯罪捜査規範(昭和32年国家公安委員会規則第2号)126条・127条(e-Gov法令検索)
2 裁判例
①東京高等裁判所昭和34年4月30日判決(高刑集12巻5号486頁,裁判所ウェブサイト。公開PDFから事件番号を確認できない。)
②最高裁判所第二小法廷平成15年2月14日判決(平成13年(あ)第1678号,刑集57巻2号121頁,裁判所ウェブサイト)
③最高裁判所第一小法廷令和6年7月17日決定(令和6年(し)第462号,裁判所ウェブサイト)
3 文献
①伊丹俊彦・合田悦三編集代表『逐条実務刑事訴訟法』(立花書房,2018年)369頁~388頁
②川出敏裕『判例講座 刑事訴訟法〔捜査・証拠篇〕〔第2版〕』(立花書房,2021年)512頁~513頁
③河村有教『入門刑事訴訟法〔第2版〕』(晃洋書房,2022年)253頁