被疑者の逮捕


目次
第1 逮捕状の執行等
第2 弁護人選任権の告知,弁解録取及び勾留請求
第3 逮捕直後の指紋採取及び写真撮影
第4 指紋に関するメモ書き
第5 緊急逮捕
第6 現行犯逮捕及び準現行犯逮捕
第7 関連記事その他

第1 逮捕状の執行等
1 検察官,検察事務官又は司法警察職員は,被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは,裁判官のあらかじめ発する逮捕状により,これを逮捕することができます(刑訴法199条1項)。
2 逮捕状の請求を受けた裁判官は,逮捕の理由があると認めるときは,明らかに逮捕の必要がないと認められる場合(刑訴規則143条の3)を除いて,逮捕状を発付しなければなりません(刑訴法199条2項)。
3 逮捕状には,①被疑者の氏名及び住居,②罪名,③被疑事実の要旨,④引致すべき官公署その他の場所,⑤有効期間及びその期間経過後は逮捕をすることができず令状はこれを返還しなければならない旨並びに⑥発付の年月日その他裁判所の規則で定める事項を記載し,裁判官が,これに記名押印しなければなりません(刑訴法200条1項)。
4 逮捕状により被疑者を逮捕するには,逮捕状を被疑者に示さなければなりません(刑訴法201条1項)。
5 逮捕状を所持しない場合において,急速を要するときは,被疑者に対し,被疑事実の要旨及び令状が発付されている旨を告げて逮捕することができる(逮捕状の緊急執行。刑訴法201条2項・73条3項)。
6 検察事務官又は司法巡査が逮捕状により被疑者を逮捕したときは,直ちに,検察事務官はこれを検察官に,司法巡査はこれを司法警察員に引致しなければなりません(刑訴法202条)。


第2 弁護人選任権の告知,弁解録取及び勾留請求
1(1) 司法警察員は,逮捕状により被疑者を逮捕したとき,又は逮捕状により逮捕された被疑者を受け取ったときは,直ちに犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げた上,弁解の機会を与え,留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し,留置の必要があると思料するときは被疑者が身体を拘束された時から48時間以内に書類及び証拠物とともにこれを検察官に送致する手続をしなければなりません(刑訴法203条1項)。
これは,「何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。」と規定する憲法34条に基づく条文です。
(2) 検察官は,司法警察員から送致された被疑者を受け取ったときは,弁解の機会を与え,留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し,留置の必要があると思料するときは被疑者を受け取つた時から24時間以内に裁判官に被疑者の勾留を請求しなければなりません(刑訴法205条1項)。
(3) 司法警察員及び検察官は,被疑者国選対象事件について弁護人選任権を告知する場合,被疑者国選弁護制度を教示しなければなりません(司法警察員につき刑訴法203条3項,検察官につき刑訴法205条5項・204条2項)。
2(1) 検察官は,逮捕状により被疑者を逮捕したとき,又は逮捕状により逮捕された被疑者(司法警察員から送致された被疑者を除く。)を受け取ったときは,直ちに犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げた上,弁解の機会を与え,留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し,留置の必要があると思料するときは被疑者が身体を拘束された時から48時間以内に裁判官に被疑者の勾留を請求しなければなりません(刑訴法204条1項)。
(2) 検察官は,被疑者国選対象事件について弁護人選任権を告知する場合,被疑者国選弁護制度を教示しなければなりません(刑訴法204条2項)。
(3) 刑訴法204条は,検察庁の独自捜査で被疑者を逮捕した場合に適用される条文です。
3 ①刑訴法203条に基づく司法警察員の被疑者に対する弁解録取書,又は②刑訴法204条若しくは205条に基づく検察官の被疑者に対する弁解録取書は,専ら被疑者を留置する必要あるか否かを調査するための弁解録取書であって,同法198条所定の被疑者の取調調書ではないから,訴訟法上その弁解の機会を与えるには犯罪事実の要旨を告げるだけで充分であって,同法198条2項所定のように被疑者に対し,あらかじめ,供述を拒むことができる旨を告げなければならないことは要請されていません(最高裁昭和27年3月27日判決)。
4(1) 刑訴法198条2項を受けて,犯罪捜査規範169条1項は,「被疑者の取調べを行うに当たつては、あらかじめ、自己の意思に反して供述する必要がない旨を告げなければならない。」と定めています。
(2) 刑事弁護専門サイトの「黙秘する?しない?判断の参考になる3つのポイント」には以下の記載があります。
     黙秘するか否かは、捜査機関が信用性の高い証拠をどこまで収集しているかによります。捜査機関が信用性の高い証拠を確保しているのであれば、被疑者がどんなに頑張って黙秘しても起訴されてしまうからです。

司法警察職員捜査書類基本書式例からの抜粋であり,犯罪捜査規範178条1項に基づく第1回供述調書記載例が載っています。なお,犯罪捜査規範179条は「供述調書作成についての注意」を定めています。


第3 逮捕直後の指紋採取及び写真撮影
1 刑訴法218条3項は,「身体の拘束を受けている被疑者の指紋若しくは足型を採取し、身長若しくは体重を測定し、又は写真を撮影するには、被疑者を裸にしない限り、第一項の令状によることを要しない。」と定めています。
2 犯罪捜査規範131条1項は,「逮捕した被疑者については、引致後速やかに、指掌紋を採取し、写真その他鑑識資料を確実に作成するとともに、指掌紋照会並びに余罪及び指名手配の有無を照会しなければならない。」と定めています。
3 付審判請求事件における東京地裁昭和59年6月22日決定(判例秘書に掲載)は以下の判示をしています。
逮捕されている被疑者が、犯罪捜査の必要のため、司法警察職員が出頭を要求したのにこれに応ぜず留置場から出房しないときは、必要最少限度の有形力を用いて、司法警察職員のもとに出頭させることができることは、刑訴法一九八条一項但書の趣旨により明らかであり、また刑訴法二一八条二項によれば、身体の拘束を受けている被疑者の指紋を採取し、写真を撮影するには、被疑者を裸にしない限り、令状を要しないとされており、指紋採取及び写真撮影の性質は身体検査であるから、同法二二二条一項により、その拒否に対する直接強制に関する同法一三九条が準用され、右被疑者が右指紋採取や写真撮影に任意に応じず、これを拒否した場合において、間接強制では効果がないと認められるときは、そのままその目的を達するため必要最小限度の有形力をもって直接強制をすることは許されると解される。
4 早稲田大学 水島朝穂のホームページ「痴漢冤罪事件はなぜ起きるか(その2・完) 2012年3月5日」には以下の記載があります。
2009年12月10日午後11時頃、大学職員の原田信助さん(当時25歳)は職場の懇親会の帰り、新宿駅15、16番線の階段を登りかけたところ、すれ違った女子学生に「腹を触った」と言われ、仲間の大学生2人に階段から突き落とされて暴行を受けた。原田さんは新宿西口交番に任意同行を求められ、その後新宿署に移送された。暴行の被害者として事情を聞かれるものとばかり思っていたのに、痴漢容疑者として厳しい取り調べを受けることになった。「早く家に帰りたい。せめて友人に電話をかけたい」という申し出も無視された。他方、別室で行われた女子学生への事情聴取のなかで、「腹を触った」という男の服装が原田さんとは異なることが判明し、女子学生は被害届けも出さずに帰宅してしまった。原田さんが受けた暴行について、警察官は「被害届けを出して裁判で相手側と争うしかない」と言うばかりだった。23時から翌早朝5時までの長時間拘束。原田さんは心身ともに憔悴しきった状態で都内をさまよい、母校・早大のある地下鉄東西線早稲田駅まできて、列車に身を投げてしまった。


第4 指紋に関するメモ書き
1 指紋の付着は,犯人の体質,印象物体の材質,気候等の複雑な条件に左右され,犯人が手を触れたであろうところに指紋が印象されていないことも珍しくないことは裁判所に顕著な事実です(最高裁平成17年3月16日決定(判例秘書に掲載))。
2(1) 法科学鑑定研究所HPの「指紋鑑定の歴史」には「地震や津波などの災害で亡くなった方の身元を確認する手段として、圧倒的に重要な手掛かりとは、「指紋」と「歯型」なのです。」と書いてあります。
(2) 法科学鑑定研究所HPの「指紋検出試薬」には以下の記載があります。
全ての科学捜査は、戦略を立案し、目的を決め、指紋採取が実施されています。
そして、検出試薬の研究・開発は現在も確実に進化しています。
世界中で研究され、5年前には考えも及ばなかった物体からの指紋も検出で来るようになってきています。
3 指掌紋(ししょうもん)の取扱については以下の文書があります。
① 指掌紋取扱規則(平成9年国家公安委員会規則第13号)
② 指掌紋取扱細則(平成18年12月26日付の警察庁訓令)
③ 十指指紋の分類に関する訓令(昭和44年9月4日付の警察庁訓令)


第5 緊急逮捕
1 検察官,検察事務官又は司法警察職員は,死刑又は無期若しくは長期3年以上の懲役若しくは禁錮にあたる罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由がある場合で,急速を要し,裁判官の逮捕状を求めることができないときは,その理由を告げて被疑者を逮捕することができます(刑訴法210条1項前段)。
この場合,直ちに裁判官の緊急逮捕状を求める手続をしなければならないのであって,緊急逮捕状が発せられないときは,直ちに被疑者を釈放しなければなりません(刑訴法210条1項後段,犯罪捜査規範120条)。
2 「急速を要し」とは,裁判官に通常逮捕状を請求していたのでは,仮に逮捕状が発付されたとしても,被疑者の逃亡等により逮捕が不可能又は著しく困難となる場合をいいます。
3 緊急逮捕は,厳格な制約の下に,罪状の重い一定の犯罪のみについて,緊急やむを得ない場合に限り,逮捕後直ちに裁判官の審査を受けて逮捕状の発付を求めることを条件とし,被疑者の逮捕を認めるものであって,憲法33条の趣旨に反するものではありません(最高裁昭和32年5月28日判決。なお,先例として,最高裁大法廷昭和30年12月14日判決)。
4 例えば,緊急逮捕のため被疑者方に赴いたところ,被疑者がたまたま他出不在であっても,帰宅次第緊急逮捕する態勢の下に捜索,差押がなされ,且つ,これと時間的に接着して逮捕がなされる限り,その捜索,差押は,なお,緊急逮捕する場合その現場でなされたとするのを妨げるものではありません(最高裁大法廷昭和36年6月7日判決)。
5 被疑者を緊急逮捕した場合,緊急逮捕状が発せられた後の手続は,通常逮捕の場合と同じです(刑訴法211条参照)。


第6 現行犯逮捕及び準現行犯逮捕
1 現行犯人は,何人でも,逮捕状なくしてこれを逮捕することができます(刑訴法213条)。
2 捜査機関であっても,その権限外の犯罪,例えば,管轄区域外の犯罪及び特別司法警察職員が与えられた犯罪捜査権の及ばない犯罪については,私人として逮捕することとなります。
また,税関職員,税務署職員,国税査察官,入国警備官及び公正取引委員会職員等は,それぞれ特定の法令違反の事実について調査権を与えられ,実質的に捜査に近い権能を有しているものの,捜査機関ではありませんから現行犯逮捕も私人として行うこととなります。
3 準現行犯逮捕とは,以下のいずれかに該当する者を,罪を行い終わってから間がないと明らかに認められる場合に逮捕することをいいます(刑訴法212条2項)。
① 犯人として追呼されているとき。
② 贓物又は明らかに犯罪の用に供したと思われる兇器その他の物を所持しているとき。
③ 身体又は被服に犯罪の顕著な証跡があるとき。
④ 誰何されて逃走しようとするとき。
4 現行犯・準現行犯逮捕後の手続は以下のとおりです。
① 通常人が現行犯人を逮捕した場合,直ちにこれを検察官又は司法警察職員に引き渡す必要があります(刑訴法214条)。
② 司法巡査が通常人から現行犯人を受け取ったときは,速やかにこれを司法警察員に引致しなければなりません(刑訴法215条1項)。
③ 逮捕後のその他の手続はすべて通常逮捕の場合と同じです(刑訴法216条)。


第7 関連記事その他
1 犯罪捜査規範118条ないし136条の3は被疑者の逮捕に関する条文です。
2(1) 逮捕・勾留中の警察署留置場における生活については,警察庁HPの「留置場における生活」及びポリスマニアックス.comの「取調室と留置場にありがちな事」が参考になります。
(2) 法務省HPに「諸外国の刑事司法制度(概要)」が載っています。
(3) NHK放送文化研究所HP「裁判員制度下の事件報道 新聞協会,民放連が対応指針等を発表」が載っています。
3(1) 58期の小畑和彦裁判官及び60期の山口智子裁判官は,判例タイムズ1502号(2023年1月号)に「捜査に対する司法審査の在り方等に関する研究[大阪刑事実務研究会]違法収集証拠(覚醒剤事犯における被疑者の留め置き・追尾・押し掛け)」を寄稿しています。
4(1) 東京高裁令和3年10月29日判決(判例タイムズ1505号85頁以下)は,捜索差押許可状,鑑定処分許可状及び身体検査令状の発付を受け,被疑者の肛門から大腸内視鏡を挿入して,その体腔内からマイクロSDカードを採取し,差し押さえた捜査手続について,強制処分として許容できるかについての実質的な令状審査を欠き,高度の捜査上の必要性(判文参照)が認められないのに発付された令状によるもので,重大な違法があるとして,マイクロSDカードの証拠能力を否定した事例です。
(2) 最高裁令和4年7月27日決定は,捜査機関による押収処分を受けた者の還付請求が権利の濫用として許されないとされた事例です。
(3) 大阪地裁令和4年12月23日判決は,逮捕された被疑者から当番弁護士の派遣要請を受けた警察官はできる限り速やかに弁護士会にその旨を通知する義務を負うところ、これを怠った過失があるとした事例です(判例時報2583号)。
(4) 逮捕に関する裁判に対しては特別抗告をすることはできません(最高裁令和6年7月17日決定)。
5(1) 以下の資料を掲載しています。
① 刑事事件に関する書類の参考書式について(平成18年5月22日付の最高裁判所事務総局刑事局長,総務局長,家庭局長送付)を掲載しています。
② 司法検察職員捜査書類基本書式例(平成12年3月30日付の次長検事依命通達)
(2) 以下の記事も参照してください。
・ 警察及び検察の取調べ
・ 被疑者及び被告人の勾留
・ 被告人の保釈
・ 保釈保証金の没取
・ 刑事裁判係属中の,起訴事件の刑事記録の入手方法(被害者側)
・ 刑事裁判係属中の,起訴事件の刑事記録の入手方法(加害者である被告人側)
・ 刑事記録の入手方法等に関する記事の一覧


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