この記事は,刑事訴訟法上の「勾留」の仕組みを,被疑者勾留と被告人勾留の違いを軸に体系的に整理したものです。
勾留の要件・勾留質問・勾留状の執行・弁護人等への通知・接見交通・勾留理由開示・取消し・執行停止・被疑者勾留と被告人勾留に特有の事情・無罪判決後の勾留・代用刑事施設・未決勾留と医療をめぐる判例・統計までを,条文と最高裁判例の原典に当たって確認した上で扱います。
条文は刑事訴訟法・刑事訴訟規則の現行規定,裁判例は裁判所ウェブサイト等の原典で確認しています。
第1 総論
1 勾留の意義
勾留とは,被告人又は被疑者を刑事施設に拘禁する裁判及びその執行をいいます。
逮捕が48時間・72時間という短時間の身体拘束であるのに対し,勾留は原則として10日間又は2か月という比較的長期の身体拘束である点に特色があります。
2 勾留の要件
被告人の勾留の要件は,次のとおりです(刑訴法60条1項)。
① 犯罪の嫌疑(刑訴法60条1項柱書)。被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があることです。
② 勾留の理由(刑訴法60条1項各号)。(a)被告人が定まった住居を有しないとき(住居不定),(b)罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき(罪証隠滅のおそれ),(c)逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき(逃亡のおそれ)のいずれかが存在することです。
③ 勾留の必要性(刑訴法87条1項参照)。
少年については,刑訴法の要件に加えて特則があります。
少年法48条1項は「勾留状は,やむを得ない場合でなければ,少年に対して,これを発することはできない。」と定めており,少年の勾留は成人よりも抑制的に扱われます。
3 犯罪の嫌疑を理由とする不服申立ての制限
勾留に対しては,犯罪の嫌疑がないことを理由として抗告又は準抗告をすることはできません(刑訴法420条3項・429条2項)。
犯罪の嫌疑の有無は,勾留に対する不服申立てではなく,本案の審理で争うべきものとされているためです。
4 弁護人の職責
弁護士は,身体の拘束を受けている被疑者及び被告人について,必要な接見の機会の確保及び身体拘束からの解放に努めます(弁護士職務基本規程47条)。
5 裁判所ウェブサイトによる説明
裁判所ウェブサイトの「勾留とは何ですか。」は,被疑者勾留と被告人勾留の違いを,次のように平易に説明しています。
勾留は,身柄を拘束する処分ですが,その中にも被疑者の勾留と被告人の勾留とがあります。被疑者の勾留は,逮捕に引き続き行われるもので,罪を犯したことが疑われ,かつ,証拠を隠滅したり逃亡したりするおそれがあるなどの理由から捜査を進める上で身柄の拘束が必要な場合に,検察官の請求に基づいて裁判官がその旨の令状(勾留状)を発付して行います。勾留期間は10日間ですが,やむを得ない場合は,検察官の請求により裁判官が更に10日間以内の延長を認めることもあります。また,内乱等のごく例外的な罪に関する場合は,更に5日間以内の延長が認められています。
これに対し,被告人の勾留は,起訴された被告人について裁判を進めるために身柄の拘束が必要な場合に行われますが,罪を犯したことが疑われ,かつ,証拠を隠滅したり逃亡したりするおそれがあるなどの理由が必要な点は,被疑者の勾留の場合と同様です。勾留期間は2か月で,特に証拠を隠滅するおそれがあるなど必要性が認められる限り,1か月ずつ更新することが認められています。
第2 勾留質問
1 勾留は,被疑者に対しては被疑事実を告げ,被告人に対しては被告事件を告げ,これに関する陳述を聴いた後でなければ,これをすることができません(刑訴法61条・207条1項)。
この手続を勾留質問といいます。
2 被告事件を告げるとは,事件の同一性を明らかにし,かつ,被告人がこれに対して適切な弁解をすることができる程度に,具体的に事案の内容を告げることをいい,公訴事実の要旨の告知(刑訴法76条1項)と実質的に同じことです。
被疑者の段階では,これに相当するものとして犯罪事実の要旨が告知されます(刑訴法203条1項,204条1項)。
3 勾留をする裁判所が,すでに被告事件の審理の際,被告事件に関する陳述を聴いている場合には,改めて刑訴法61条のいわゆる勾留質問をしなければならないものではありません(最高裁昭和41年10月19日決定)。
4 勾留質問には裁判所書記官を立ち会わせ(刑訴規則69条),調書を作成しなければなりません(刑訴規則39条,42条)。
この場合の調書が勾留質問調書であり,①読み聞かせ及び②供述者の署名押印がなされる(刑訴規則39条2項・38条3項及び6項)ことから,供述を録取した書面として証拠能力を有します(刑訴法321条1項1号,322条1項)。
5 憲法32条は,すべて国民が憲法又は法律に定められた裁判所によってのみ裁判を受ける権利を有することを保障したものであって,裁判を行う場所についてまで規定したものではありません。
そのため,裁判官が裁判所の庁舎外において勾留質問を行ったとしても,憲法32条に違反しません(最高裁昭和44年7月25日決定)。
第3 勾留状の執行等
1(1) 勾留状は,検察官の指揮によって,検察事務官又は司法警察職員がこれを執行します(刑訴法70条1項本文)。
(2) 刑事施設にいる被告人に対して発せられた勾留状は,検察官の指揮によって,刑事施設職員がこれを執行します(刑訴法70条2項)。
2 検察官の指揮により勾引状又は勾留状を執行する場合には,これを発した裁判所又は裁判官は,その原本を検察官に送付しなければなりません(刑訴規則72条)。
原本を検察官に送付するのは,勾留状の執行に当たって,原本を被告人に示す必要があるからです(刑訴法73条1項及び2項)。
3 遠隔の地で勾引状・勾留状を執行した場合,引致すべき場所との距離等との関係で長時間を要し,あるいは利用する交通機関との関係で待ち時間ができることが考えられ,そのようなときは,近接地にある刑事施設に一時的に身柄を留置することができます(刑訴法74条)。
4 勾留状の執行を受けた被告人は,その謄本の交付を請求することができます(刑訴規則74条)。
この場合には,刑事訴訟法46条の適用はなく,被告人は自己の費用を支払う必要はないと解されています(弁護士弓田竜の刑事事件ブログ「勾留状謄本交付請求」参照)。
第4 勾留と弁護人等への通知
1(1) 被疑者又は被告人が勾留された場合,接見交通(刑訴法39条1項),勾留理由開示請求(刑訴法82条2項),勾留取消請求(刑訴法87条1項)及び保釈請求(刑訴法88条1項)等,弁護人の活動すべき範囲は広く,弁護人が被告人の勾留されたことを直ちに知ることは人権保障の上で極めて重要です。
そのため,刑訴法79条前段・207条1項による通知は,弁護人依頼権を実質化するものです。
被告人に弁護人がないときは,被告人の法定代理人,保佐人,配偶者,直系の親族及び兄弟姉妹のうち被告人の指定する者一人に通知しなければならないとされています(刑訴法79条後段・207条1項)。
これらの者は,独立して弁護人を選任することができる者である(刑訴法30条2項)ことから,通知によって弁護人依頼権を実質化するとともに,これらの者が被告人の所在を知って接見し(刑訴法80条),勾留理由開示請求(刑訴法82条2項),勾留取消請求(刑訴法87条1項)及び保釈請求(刑訴法88条1項)等をなし得るようにするものです。
(2) 勾留状謄本交付請求の運用について,弁護士弓田竜の刑事事件ブログ「勾留状謄本交付請求」は,東京地方裁判所では平成28年7月から,勾留状謄本交付請求があった場合に勾留状のコピーの回付を受けて弁護人に交付し,弁護人はコピーを受領する際に交付請求を取り下げるという運用がされていると紹介しています。
この運用により,弁護人は勾留状の記載内容を従来よりも早く確認することができます。
2 被告人を勾留した場合において,被告人に弁護人,法定代理人,保佐人,配偶者,直系の親族及び兄弟姉妹がないときは,被告人の申出により,その指定する者一人にその旨を通知しなければなりません(刑訴規則79条)。
大阪地方裁判所令状部及び大阪簡易裁判所令状係で使用されている勾留状等謄本(写)交付請求書の書式を掲載しています。
第5 勾留と,弁護人等以外の者との接見交通
1 勾留されている被疑者又は被告人は,弁護人等以外の者と,法令の範囲内で接見し,又は書類若しくは物の授受をすることができます(刑訴法80条前段)。
2 弁護人又は弁護人となろうとする者との接見交通(刑訴法39条1項)が原則として制限されないのに対し,それ以外の者との一般的な接見については,罪証隠滅や逃亡(通謀・口裏合わせ)を防ぐ必要から,法令による制限を置くことが許されると解されています。
3 もっとも,①逮捕状により留置中の被告人(逮捕中に公訴が提起された場合),及び②被疑者(刑訴法209条は同法80条を準用していません)については,そもそも弁護人又は弁護人となろうとする者以外の者との接見を認める規定がありません。
4 裁判所は,逃亡し又は罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるときは,検察官の請求により又は職権で,勾留されている被告人と弁護人等以外の者との接見を禁じ,又はこれと授受すべき書類その他の物を検閲し,その授受を禁じ,若しくはこれを差し押えることができます(刑訴法81条本文)。
これを接見等禁止決定といいます。
第6 勾留理由開示
1 総論
(1) 勾留理由開示は,憲法34条後段の要請に基づく制度です。
(2) 勾留されている被疑者又は被告人は,裁判所に勾留の理由の開示を請求することができます(刑訴法82条1項・207条1項)。
(3) 勾留されている被疑者又は被告人の弁護人,法定代理人,保佐人,配偶者,直系の親族,兄弟姉妹その他利害関係人も,裁判所に勾留の理由の開示を請求することができます(刑訴法82条2項・207条1項)。
(4) 勾留理由開示は,公開の法廷でなされ(刑訴法83条1項・207条1項),裁判官及び裁判所書記官が列席して開かれます(刑訴法83条2項・207条1項)。
なお,被告人及びその弁護人が出頭しないときは,原則として開廷することができません(刑訴法83条3項・207条1項)。
(5) 裁判長は,勾留理由開示の法廷において,勾留の理由を告げなければなりません(刑訴法84条1項・207条1項)。
(6) 検察官,弁護人等は,各10分以内で意見を述べることができ(刑訴法84条2項本文・207条1項,刑訴規則85条の3第1項),意見に代え又はこれを補うために書面を差し出すことができます(刑訴法84条2項ただし書・207条1項,刑訴規則85条の3第2項)。
2 勾留理由開示に関する判例
(1) 刑訴法86条の趣旨に徴すれば,既に一度勾留理由の開示がなされたときは,その同一勾留の継続中は重ねて勾留理由の開示を請求することを許されません(最高裁昭和28年10月15日決定)。
刑訴法86条が同一時点における請求の競合について規定するのに対し,この決定は異なる時点における請求の競合について判示したものです。
(2) 勾留理由開示の請求を却下する決定で高等裁判所がしたものに対しては,たとえ判決後にしたものであっても,刑訴法428条2項により,その高等裁判所に通常の抗告に代わる異議の申立てをすることができます(最高裁昭和31年12月13日決定)。
(3) 勾留理由開示の請求は,同一勾留については,勾留の開始された当該裁判所において1回に限り許されます(最高裁昭和44年4月9日決定)。
(4) 裁判官が勾留理由開示の請求を却下した裁判に不服がある者は,刑訴法429条1項2号により,その取消し又は変更を請求することができます(最高裁昭和46年6月14日決定)。
(5) 簡易裁判所の裁判官が発した勾留状により勾留されている被疑者の事件が地方裁判所に起訴された場合には,第一回公判期日前における勾留理由の開示は,その地方裁判所の裁判官が行うべきものです(最高裁昭和47年4月28日決定)。
(6) 勾留理由開示の請求は,勾留の開始された当該裁判所にのみすることを許されます(最高裁昭和48年6月20日決定,最高裁昭和50年10月18日決定)。
そのため,被告人に対する勾留が第一審で開始されたものである場合,上告審において勾留理由開示の請求をすることはできません(最高裁昭和50年10月18日決定)。
(7) 最高裁判所がした勾留理由開示請求却下決定に対し,特別抗告をすることはできません(最高裁昭和60年12月12日決定)。
(8) ア 勾留理由の開示は,公開の法廷で裁判官が勾留の理由を告げることであるから,その手続においてされる裁判官の行為は,刑訴法429条1項2号にいう勾留に関する裁判には当たらず,準抗告の対象とはなりません(最高裁平成5年7月19日決定)。
イ 同様に,勾留理由の開示は,刑訴法433条1項にいう「決定又は命令」に当たらないため,特別抗告の対象とはなりません(最高裁令和5年5月8日決定。なお,先例として,最高裁平成5年7月19日決定)。
(9) 公訴提起後第一回公判期日前に弁護人が申請した起訴前の勾留理由開示の期日調書の謄写について,裁判官が刑訴法40条1項に準じて行った不許可処分に対しては,同法429条1項2号による準抗告を申し立てることはできず,同法309条2項により異議を申し立てることができるにすぎません(最高裁平成17年10月24日決定)。
検察官請求予定証拠の謄写に際し,インターネットに直接接続可能なスマートフォン・タブレット等の撮影機能を使用して撮影してはならないという取扱いの法的根拠に関する東京高等検察庁の不開示決定通知書(令和3年7月14日付け)を掲載しています。
第7 勾留の取消し
1 勾留の理由又は勾留の必要がなくなったときは,裁判所は,検察官,勾留されている被告人若しくはその弁護人,法定代理人,保佐人,配偶者,直系の親族若しくは兄弟姉妹の請求により,又は職権で,決定をもって勾留を取り消さなければなりません(刑訴法87条1項・207条1項)。
2 勾留に対する各種の措置は,次のように整理できます。
① 勾留に対する不服申立て(抗告・準抗告)は,勾留の裁判自体に内在する瑕疵を原因とする勾留の否定です。
② 保釈及び勾留の執行停止は,勾留後の事情を考慮しての一時的な効力の停止です。
③ 勾留の取消しは,勾留後の事情を原因とする勾留の撤回です。
3 刑訴法60条1項の勾留の理由は,元々,勾留の必要のある場合の典型的な例ですから,勾留の理由がある以上,勾留の必要性も一応推定されます。
もっとも,勾留の必要性(相当性)は,事案の軽重,罪証隠滅・逃亡のおそれの程度,身柄を拘束されないことによって守られる利益等を総合して実質的に判断されるものであり,勾留の理由があっても必要性が否定される場面はこの限りではありません。
その典型例として,住居不定ではあるものの確実な身元引受人がある場合が挙げられます。
4 勾留取消しの決定(ただし,刑訴法207条,280条の場合は勾留取消しの命令)をする場合,それが検察官の請求によるものでない限り,急速を要する場合を除き,検察官の意見を聴かなければなりません(刑訴法92条2項)。
第8 勾留の執行停止
1 裁判所は,適当と認めるときは,決定で,勾留されている被告人を親族,保護団体その他の者に委託し,又は被告人の住居を制限して,勾留の執行を停止することができます(刑訴法95条・207条1項)。
2 勾留の執行停止は実務上,被告人の病気療養のための入院,親族の冠婚葬祭,学校の試験(就職試験を含む。)といった場合に限り,例外的に認められているにすぎません。
また,執行停止には,ほとんどの場合に期間が付されています。
3 勾留の執行停止をする場合は,親族,保護団体その他の者に委託するか(刑訴規則90条参照),又は被告人の住居を制限しなければなりません。
委託も住居制限もできない場合に勾留の執行を停止することは,刑訴法95条とは無関係です。
4 勾留の執行停止をするには,急速を要する場合を除き,検察官の意見を聴かなければなりません(刑訴規則88条)。
「令和2年度刑事実務研究会2(共同研究『令状処理をめぐる諸問題』結果概要)」(令和2年12月の司法研修所の文書)を掲載しています。
第9 被疑者勾留に特有の事情
1 被疑者の勾留は原則として10日以内であり(刑訴法208条1項),やむを得ない事由があると認められる場合に限り,通じて10日を超えない範囲で延長され,最長で20日以内となります(刑訴法208条2項)。
2 刑訴法208条2項の「やむを得ない事由」とは,事件の複雑困難,あるいは証拠収集の遅延若しくは困難等により,勾留期間を延長して更に取調べをするのでなければ起訴若しくは不起訴の決定をすることが困難な場合をいうと解されています(最高裁昭和37年7月3日判決)。
その存否の判断に当たっては,関連する事件も相当の限度で考慮に入れることができます。
3 勾留期間の延長請求書には,勾留状と,期間延長のやむを得ない事由があることを認めるべき資料を添付しなければなりません(刑訴規則152条)。
4 勾留の期間延長の裁判は,延長する期間及び理由を記載した勾留状を検察官に交付することによって効力を生じます(刑訴規則153条1項ないし3項)。
5 検察官は,勾留状の交付を受けたときは,直ちに刑事施設職員を通じてこれを被疑者に示さなければなりません(刑訴規則153条4項)。
第10 被告人勾留に特有の事情
1 被告人の勾留の目的は,①被告人の公判廷への出頭を確保し,罪証隠滅を防止する点,及び②有罪判決がなされた場合の刑を執行するために身柄を確保する点にあると解されています。
2 第一回公判期日前の勾留に関する処分は,裁判官が行います(刑訴法280条1項)。
3 被告人の勾留は,裁判所が職権で行うのであって,被疑者勾留の場合のように検察官の請求によって行う(刑訴法207条)わけではありません。
4 逮捕中の被疑者について,逮捕の基礎となった犯罪事実につき公訴を提起する場合において,その者を勾留する必要があると認めるときに,実務上,検察官が被告人の勾留を求めること(逮捕中求令状)がありますが,これは裁判官に対してその職権の発動を促す意思表示にすぎません。
5 勾留の期間は原則として2か月であり(刑訴法60条2項本文前段),特に継続の必要がある場合においては,具体的に理由を付した決定で,1か月ごとにこれを更新することができます(刑訴法60条2項本文後段)。
ただし,罪証隠滅のおそれや住居不定等の一定の場合を除き,勾留の更新は1回に限られます(刑訴法60条2項ただし書)。
6 刑訴法60条2項本文前段の「勾留の期間」とは,勾留状の執行として拘禁できる期間をいいます。
7 これに対し,勾留状の有効期間(刑訴法64条1項,刑訴規則300条)とは,勾留状を執行することができる有効期間をいうのであって,被告人を拘禁すべき期間をいうものではありません。
すなわち,令状としての勾留状の有効期間(原則として発付の日から7日。刑訴規則300条)と,被告人を拘禁することができる勾留の期間(前記6のとおり原則2か月)とは,別の概念です。
8 起訴前の勾留中における捜査官の取調べの当否は,起訴後の勾留の効力に影響を及ぼしません(最高裁昭和44年9月27日決定。なお,先例として,最高裁昭和42年8月31日決定)。
9 勾留期間更新決定に関する抗告申立ての利益は,当該決定による勾留の期間の満了により失われます(最高裁平成6年7月8日決定)。
第11 第一審の無罪判決後の勾留
1 刑訴法345条は,無罪等の一定の裁判の告知があったときには勾留状が失効する旨を規定しています。
特に,無罪判決があったときには,本来無罪推定を受けるべき被告人に対し,未確定とはいえ無罪の判断が示されたという事実を尊重し,それ以上の被告人の拘束を許さないこととしたものと解されます。
そのため,被告人が無罪判決を受けた場合においては,刑訴法60条1項にいう「被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」の有無の判断は,無罪判決の存在を十分に踏まえて慎重にされなければならず,嫌疑の程度としては,第一審段階におけるものよりも強いものが要求されます(最高裁平成19年12月13日決定)。
2 第一審裁判所が犯罪の証明がないことを理由として無罪の言渡しをした場合であっても,控訴審裁判所は,第一審判決の内容,取り分け無罪とした理由及び関係証拠を検討した結果,なお罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり,かつ,刑訴法345条の趣旨及び控訴審が事後審査審であることを考慮しても勾留の理由及び必要性が認められるときは,その審理の段階を問わず,被告人を勾留することができます(最高裁平成23年10月5日決定。なお,先例として,最高裁平成12年6月27日決定,最高裁平成19年12月13日決定参照)。
第12 代用刑事施設及び被告人の移送
1 被疑者及び被告人の勾留場所は,本来,刑事施設としての拘置所です(刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律〔=刑事収容施設法〕3条3号は,刑事訴訟法の規定により勾留される者を刑事施設に収容すべき者として掲げています。)。
しかし,拘置所の収容能力に限界があることから,被疑者の勾留場所はほぼ常に警察署の留置施設であり,被告人の勾留場所も当初は警察署の留置施設となっており(刑事収容施設法15条1項参照),これを代用刑事施設(いわゆる代用監獄)といいます。
2 検察官は,裁判長の同意を得て,勾留されている被告人を他の刑事施設に移すことができます(刑訴規則80条1項)。
3 検察官は,被告人を他の刑事施設に移したときは,直ちにその旨及びその刑事施設を裁判所及び弁護人に通知しなければなりません(刑訴規則80条2項前段)。
被告人に弁護人がないときは,被告人の法定代理人,保佐人,配偶者,直系の親族及び兄弟姉妹のうち被告人の指定する者一人にその旨及びその刑事施設を通知しなければなりません(刑訴規則80条2項後段)。
4 勾留に関する処分を行う裁判官は,職権により,被疑者又は被告人の勾留場所を変更する旨の移監命令を発することができます(最高裁平成7年4月12日決定)。
第13 未決勾留の拘禁関係と安全配慮義務等をめぐる判例
1 最高裁平成17年12月8日判決の裁判要旨は,次のとおりです。
拘置所に勾留中の者が脳こうそくを発症し重大な後遺症が残った場合について,第1回のCT撮影が行われて脳こうそくと判断された時点では血栓溶解療法の適応がなかったこと,それより前の時点では適応があった可能性があるが,その適応があった間に,同人を外部の医療機関に転送して,血栓溶解療法を開始することが可能であったとは認め難いこと,拘置所において,同人の症状に対応した治療が行われており,そのほかに,同人を速やかに外部の医療機関に転送したとしても,その後遺症の程度が軽減されたというべき事情は認められないことなど判示の事情の下においては,同人が,速やかに外部の医療機関へ転送され,転送先の医療機関において医療行為を受けていたならば,重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の存在が証明されたとはいえず,拘置所の職員である医師の転送義務違反を理由とする国家賠償責任は認められない。
2 最高裁平成28年4月21日判決は,未決勾留による拘禁関係と安全配慮義務について,次のように判示しています(改行を加えています。)。
未決勾留は,刑訴法の規定に基づき,逃亡又は罪証隠滅の防止を目的として,被疑者又は被告人の居住を刑事施設内に限定するものであって,このような未決勾留による拘禁関係は,勾留の裁判に基づき被勾留者の意思にかかわらず形成され,法令等の規定に従って規律されるものである。
そうすると,未決勾留による拘禁関係は,当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上の安全配慮義務を負うべき特別な社会的接触の関係とはいえない。
したがって,国は,拘置所に収容された被勾留者に対して,その不履行が損害賠償責任を生じさせることとなる信義則上の安全配慮義務を負わないというべきである(なお,事実関係次第では,国が当該被勾留者に対して国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負う場合があり得ることは別論である。)。
3 最高裁令和3年6月15日判決は,被収容者が受ける診療の性質について,次のように判示しています(改行を加えています。)。
拘置所を含む刑事施設においては,これに収容されている者(以下「被収容者」という。)の健康等を保持するため,社会一般の保健衛生及び医療の水準に照らし適切な保健衛生上及び医療上の措置を講ずるものとされ(刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律56条),刑事施設の長は,被収容者が負傷し,若しくは疾病にかかっているとき,又はこれらの疑いがあるとき等には,速やかに,刑事施設の職員である医師等(医師又は歯科医師をいう。以下同じ。)による診療を行い,その他必要な医療上の措置を執るなどとされている(同法62条1項等)。
そして,刑事施設の中に設けられた病院又は診療所にも原則として医療法の規定が適用され(同法30条の2,医療法施行令3条2項参照),これらの病院又は診療所において診療に当たる医師等も医師法又は歯科医師法の規定に従って診療行為を行うこととなる。
そうすると,被収容者が収容中に受ける診療の性質は,社会一般において提供される診療と異なるものではないというべきである。
第14 未決拘禁者と施設内免許再取得試験
日本弁護士連合会の「未決勾留期間中の運転免許失効に関する人権救済申立事件」(令和3年9月22日付けの要望)には,未決拘禁者に対して施設内での免許再取得試験が実施されていないことについて,次の記載があります。
同所(山中注:東京拘置所のこと。)では,2004年11月16日付け法務省矯保第5794号通知(「矯正施設における特定失効者に対する運転免許試験の実施について(通知)」,以下「本件通知」という。)に基づき,受刑者については上記3年の期間内に,施設内において技能試験等が免除された運転免許試験(以下「施設内免許再取得試験」という。)を年1回実施しているところ,未決勾留中の者を含む未決拘禁者については,本件通知がこれを対象としていないことから,施設内免許再取得試験を実施していない。そのため,運転免許失効後3年が経過した未決拘禁者は,将来運転免許を再取得するためには全ての試験を再受験しなければならなくなる。
第15 勾留請求と勾留状の発付数等に関する統計
勾留請求と勾留状の発付数等に関する統計(地方裁判所・簡易裁判所の総数)として,次の資料を掲載しています。
いずれも司法統計に基づく年次の集計で,勾留請求の件数と,これに対する勾留状の発付・却下の件数の推移を確認することができます。
第16 関連記事その他
1 「逃亡のおそれ」の判断について,『新刑事手続Ⅰ』257頁は,今後の捜査に応じるかどうか,将来の起訴状等の送達・公判廷への出廷が確実かどうかまでを含めて検討し,これが容易でないことが「逃亡のおそれ」であるとする趣旨を述べています。
2(1) 勾留質問に関連する資料として,「勾留質問手続における遠隔通訳について」(令和3年3月26日付けの最高裁判所刑事局第二課長等の事務連絡)のPDFを掲載しています。
(2) 勾留と関連する手続については,次の記事も参照してください。
- 被疑者の逮捕
- 被告人の保釈
- 保釈保証金の没取
- 刑事裁判係属中の,起訴事件の刑事記録の入手方法(被害者側)
- 刑事裁判係属中の,起訴事件の刑事記録の入手方法(加害者である被告人側)
- 刑事記録の入手方法等に関する記事の一覧
出典・参考資料
1 法令
- 刑事訴訟法(30条,39条,40条,46条,60条,61条,64条,70条,73条,74条,76条,79条,80条,81条,82条から84条まで,86条,87条,88条,92条,95条,203条,204条,207条,208条,209条,280条,321条,322条,345条,420条,428条,429条,433条)=e-Gov法令検索の現行条文
- 刑事訴訟規則(38条,39条,42条,69条,72条,74条,79条,80条,85条の3,88条,90条,152条,153条,300条)=最高裁判所ウェブサイト掲載の現行規則
- 少年法(48条)(e-Gov法令検索)
- 刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(3条,15条,56条,62条)=e-Gov法令検索の現行条文
- 弁護士職務基本規程(47条)
2 裁判例
- 最高裁判所昭和28年10月15日決定(刑集7巻10号1938頁)裁判所ウェブサイト
- 最高裁判所昭和31年12月13日決定(集刑116号161頁)裁判所ウェブサイト
- 最高裁判所昭和37年7月3日判決(民集16巻7号1408頁)裁判所ウェブサイト
- 最高裁判所昭和41年10月19日決定(刑集20巻8号864頁)裁判所ウェブサイト
- 最高裁判所昭和42年8月31日決定(刑集21巻7号890頁)裁判所ウェブサイト
- 最高裁判所昭和44年4月9日決定(集刑171号583頁)裁判所ウェブサイト
- 最高裁判所昭和44年7月25日決定(刑集23巻8号1077頁)裁判所ウェブサイト
- 最高裁判所昭和44年9月27日決定(集刑172号529頁)裁判所ウェブサイト
- 最高裁判所昭和46年6月14日決定(刑集25巻4号565頁)裁判所ウェブサイト
- 最高裁判所昭和47年4月28日決定(刑集26巻3号249頁)裁判所ウェブサイト
- 最高裁判所昭和48年6月20日決定(集刑189号279頁)裁判所ウェブサイト
- 最高裁判所昭和50年10月18日決定(集刑198号39頁)裁判所ウェブサイト
- 最高裁判所昭和60年12月12日決定(集刑241号501頁)裁判所ウェブサイト
- 最高裁判所平成5年7月19日決定(刑集47巻7号3頁)裁判所ウェブサイト
- 最高裁判所平成6年7月8日決定(刑集48巻5号47頁)裁判所ウェブサイト
- 最高裁判所平成7年4月12日決定(刑集49巻4号609頁)裁判所ウェブサイト
- 最高裁判所平成12年6月27日決定(刑集54巻5号461頁)裁判所ウェブサイト
- 最高裁判所平成17年10月24日決定(刑集59巻8号1442頁)裁判所ウェブサイト
- 最高裁判所平成17年12月8日判決(集民218号1075頁)裁判所ウェブサイト
- 最高裁判所平成19年12月13日決定(刑集61巻9号843頁)裁判所ウェブサイト
- 最高裁判所平成23年10月5日決定(刑集65巻7号977頁)裁判所ウェブサイト
- 最高裁判所平成28年4月21日判決(民集70巻4号1029頁)裁判所ウェブサイト
- 最高裁判所令和3年6月15日判決(民集75巻7号3064頁)裁判所ウェブサイト
- 最高裁判所令和5年5月8日決定(集刑332号17頁)裁判所ウェブサイト
3 公文書・資料
- 裁判所ウェブサイト「勾留とは何ですか。」刑事事件に関するQ&A
- 日本弁護士連合会「未決勾留期間中の運転免許失効に関する人権救済申立事件」(令和3年9月22日付け要望)日弁連ウェブサイト
- 「勾留質問手続における遠隔通訳について」(令和3年3月26日付け最高裁判所刑事局第二課長等の事務連絡)
- 勾留請求と勾留状の発付数等に関する統計(地方裁判所・簡易裁判所の総数。第15に掲載)
4 文献
- 三井誠ほか編『新刑事手続Ⅰ』(渡辺咲子執筆部分・257頁)
5 ウェブ資料
- 弁護士弓田竜の刑事事件ブログ「勾留状謄本交付請求」(勾留状謄本交付請求と刑事訴訟法46条の適用関係,東京地方裁判所の運用)