第1 この記事が答える問い
占領下の検閲は,どの指令に基づき,誰が,いつまで行ったのか。
ポツダム宣言第10項が言論の自由の確立を求めた一方で,占領軍自身が検閲を行っていたという事実を,資料に即して整理する。
第2 検閲の根拠
1 言論及び新聞の自由に関する覚書
1945年9月10日,SCAPIN-16「言論及ビ新聞ノ自由ニ関スル覚書」が発出された。
表題は自由を掲げるが,連合国及び占領軍への批判等に関する制限を含む内容であったとされる。
2 プレスコード
1945年9月19日,SCAPIN-33(プレスコード。正式名称は”PRESS CODE FOR JAPAN”)が発出された。
3 第10項の発表から2か月足らずであったこと
ポツダム宣言の発表は1945年7月26日である。
第10項が言論・宗教・思想の自由の確立を掲げてから2か月足らずのうちに,占領軍自身による検閲の枠組みが作られたことになる。
第3 実施した組織
1 民間検閲支隊
検閲の実務は,参謀第二部(G-2)の下にある民間検閲支隊(CCD)が担った。
その淵源は1944年11月のJCS873/3にあり,フィリピン等から移動してきた組織である。
2 対象は郵便から放送・映画まで及んだ
対象は,郵便・電信電話から,新聞・出版・放送・映画にまで広がった。
第4 検閲の実例
1 プレスコード発令前日の発行停止処分
1945年9月18日,原子爆弾の使用を国際法違反・戦争犯罪と評した鳩山一郎の談話を掲載した朝日新聞が,48時間の発行停止処分を受けた。
これはプレスコードの正式発令(9月19日)の前日である。
すなわち,プレスコードの体系が確立する前から,占領軍批判や原爆=戦争犯罪論は事実上禁圧されていたことになる。
2 「検閲された」ことと「処分された」ことは別である
ある新聞についてのプランゲ文庫の調査によれば,記事の76.2%に検閲のチェックの痕跡があった。
これに対し,正式に違反とされた記事は94本にとどまる。
検閲の対象となったことと,実際に処分を受けたこととは区別して理解する必要がある。
3 原爆報道は一律禁止ではなかった
原爆に関する報道は,事実関係の報道そのものが一律に禁止されたわけではない。
個人の被爆体験を情緒的に描く記事や文学作品に対する統制がより強かったとする実証研究がある。
第5 検閲はいつ終わったのか
1 事前検閲から事後検閲へ,そして終了へ
事前検閲は1948年7月に,新聞・放送の事後検閲は1949年10月に,それぞれ縮小・終了した。
民間検閲支隊の正確な解体日は資料により一致していない(1949年10月末から11月とするもの,1951年8月とするもの)。
2 郵便・電信電話の検閲は法律で廃止された
郵便・電信電話の検閲は,1952年3月22日の法律(昭和27年法律第7号)により廃止された。
占領期の指令全体は,1952年4月28日の平和条約発効により効力を失った。
すなわち,検閲の終了と占領の終了は同一の時点ではない。
占領の終了そのものは「日本の占領はいつ終わったのか」で扱う。
第6 「自由の標榜」と「検閲の実施」をどう理解するか
1 二重基準を指摘する立場
江藤淳は『閉ざされた言語空間』(1989年)で,検閲への言及自体を禁じた二重構造が自主検閲とタブーの内面化を生んだと主張した。
2 これに対する批判
同時代の憲法学者は,この主張のうち特定のタブーに関する部分を,国民多数の支持という実証に反するとして退けた。
メディア史の研究者からは,戦前の日本自身の検閲との歴史的連続性を無視しているという批判がある。
また,江藤の主張が学術的批判にもかかわらず一部の言説に取り込まれ影響力を保った,その受容過程自体を分析する研究もある。
3 本記事の扱い
これらは相互に排他的な学説というより,射程の異なる議論が並存している状態である。
単一の通説があるかのように書かず,対立の構造を示すにとどめる。
第7 検閲の記録はどこにあるか
検閲の対象となった出版物は,米国の大学が所蔵する文庫に大量に残されている。
国内の所蔵機関と併せ,検索の手掛かりを示す。
第8 出典・参考資料
1 占領指令・法令
①SCAPIN-16「言論及ビ新聞ノ自由ニ関スル覚書」(1945年9月10日)
②SCAPIN-33「日本ニ与フル新聞遵則」(プレスコード。1945年9月19日)
③昭和27年法律第7号(1952年3月22日)
2 裁判例
①広島高等裁判所令和3年7月14日判決(令和2年(行コ)第10号「黒い雨」被爆者健康手帳交付請求等控訴事件)。裁判所ウェブサイトの裁判例検索で確認した。同判決は「当裁判所の判断」の認定事実の中で,宇田らの「広島原子爆弾被害調査報告(気象関係)」が総司令部のプレスコードにより講和条約締結まで公表を制約された旨を認定している。
https://www.courts.go.jp/hanrei/90607/detail4/index.html
3 文献
①江藤淳『閉ざされた言語空間』(1989年)
②プランゲ文庫を用いた検閲実態の実証研究