第1 結論
本記事の基準日は令和8年9月2日である。
サンフランシスコ平和条約に朝鮮・台湾出身者の国籍が明記されなかった理由は,単一の事情だけでは説明できない。
確認できる一次資料によれば,国籍条項は全く検討されなかったのではなく,カナダ政府がイタリア平和条約第19条に似た条項を提案したのに対し,米国側は,旧日本領に居住していた日本人の大部分が引き揚げており,残る問題は新たな主権者の立法等で処理できるとして採用しなかった。
もっとも,このカナダ提案が直接念頭に置いていたのは,朝鮮・台湾出身者で日本に居住していた人ではなく,日本が放棄する地域に居住していた日本人である。
したがって,このやり取りだけから,在日朝鮮人・台湾人の国籍を条約から意図的に除外した理由まで断定することはできない。
在日朝鮮人については,日本政府が条約審議で,朝鮮の独立回復により朝鮮人は当然に従前の国籍を回復し,日本国籍を希望する人には帰化制度があるため,国籍選択条項を求めなかったと説明している。
他方,台湾については,サンフランシスコ講和会議に中国を代表する政府が参加せず,第2条(b)が台湾の帰属先を記載しなかったことから,国籍処理も朝鮮と同じ一段階では完結しなかった。
最終的には,条約の空白を,昭和27年4月19日付民事甲第438号通達による戸籍実務と,条約に黙示の国籍変更を読み込む最高裁判例が埋めた。
ただし,最高裁大法廷昭和36年4月5日判決自身も,領土変更に伴う国籍変更について国際法上確定した原則はなく,各場合に条約で明示又は黙示に定めるのが通例であると述べている。
第2 第2条が明記したことと明記しなかったこと
日本国との平和条約は,昭和26年9月8日に署名され,昭和27年4月28日に発効した。
第2条(a)及び(b)は,朝鮮と台湾について次のように定める。
(a) 日本国は、朝鮮の独立を承認して、済州島、巨文島及び鬱陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。
(b) 日本国は、台湾及び澎湖諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。
両項は領域に関する日本の権利,権原及び請求権の放棄を定めているが,朝鮮戸籍又は台湾戸籍に属していた人がどの国籍を取得し,日本国籍をいつ失うかを明記していない。
また,日本国籍を維持するための選択権,国籍変更の基準となる住所又は戸籍,無国籍を避けるための規則も置いていない。
したがって,条約本文の確認と,その後に日本政府及び裁判所が国籍変更をどのように解釈したかの確認は別の作業である。
日本国との平和条約の全体構造については,「サンフランシスコ平和条約とは何か――署名・発効,主権回復及び全27条の法的構造」で整理している。
第3 国籍条項案は実際に検討されていた
1 カナダ政府によるイタリア平和条約型の提案
カナダ政府は,昭和26年5月18日付の米国案に対する意見第9項で,日本が放棄する地域に居住する日本人の国籍に言及しなければ混乱が生じ得るとして,イタリア平和条約第19条と同趣旨の条項を検討するよう提案した。
この提案は,国籍問題が起草過程で認識されていたことを直接示す資料である。
イタリア平和条約第19条は,昭和15年6月10日に割譲地域に住所を有していたイタリア国民とその後に生まれた子について,移転先国家の立法に従って同国の国籍を取得し,イタリア国籍を失う仕組みを定めていた。
同条は,常用語がイタリア語である一定の人にイタリア国籍を選択する権利も認めていた。
2 米国側が採用しなかった理由
米国国務省の公刊外交文書に収録された米国側コメントは,イタリア平和条約で扱った問題はより複雑であり,旧日本領にいた日本人は琉球を除いて全員引き揚げたとした。
その上で,問題が残るとしても,新たな主権者の立法又は琉球の場合には信託統治協定で処理できるとしている。
このコメントから確認できるのは,米国側が,カナダ提案の対象である「日本が放棄する地域に居住する日本人」の問題を条約本文で処理する必要性が小さいと評価したことである。
当時日本に居住していた朝鮮・台湾出身者の国籍問題を同じ理由で処理したとまでは書かれていない。
3 簡潔で非懲罰的な条約という方針
米国側は,昭和26年1月12日の英米協議で,長期の戦後統制を置かず,日本を速やかに完全な主権国家へ戻す「簡潔で非懲罰的な条約」を提案していた。
国籍条項を採用しなかった個別の理由は前記の米国側コメントに記載されているが,詳細な社会・身分関係規定を平和条約へ広く書き込まなかった背景として,この条約方針も区別して確認する必要がある。
もっとも,簡潔な条約方針があったことだけから,国籍条項の不採用を説明し切ることはできない。
イタリア平和条約型の条項を採用しないという個別判断と,条約全体を簡潔にするという一般方針を一つの理由へまとめるべきではない。
第4 在日朝鮮人について日本政府が説明した理由
1 独立回復による国籍回復という説明
昭和26年11月5日の参議院平和条約及び日米安全保障条約特別委員会で,西村熊雄外務省条約局長は,朝鮮がかつての独立を回復する場合,朝鮮人であった者は当然に従前の朝鮮国籍を回復すると考えるのが通念であるため,第2条(a)には国籍関係が入っていないと説明した。
この答弁は,在日朝鮮人の国籍を条約へ明記しなかった理由に直接言及した日本政府の説明である。
同局長は,日本に住む朝鮮人が日本国籍を希望する場合の特別条項も検討したが,国籍法上の帰化で希望を満たせると判断し,国籍選択条項を要請しなかったとも述べた。
したがって,日本政府の当時の説明は,①独立回復による旧国籍の回復を当然視したことと,②日本国籍を希望する人には帰化制度で対応できると判断したことから成る。
2 国会で示された反対方向の指摘
この説明に対しては,昭和27年4月25日の参議院外務委員会で,杉原荒太委員が,外国国籍の取得と日本国籍の喪失は当然に対応するものではなく,イタリア平和条約は領土条項とは別に国籍条項を置いていると指摘した。
同委員は,特に独立又は割譲される地域に住所を有しない人について,条約上の国籍規定が必要ではないかと質問している。
これに対する政府答弁は,日本国との平和条約第2章,特に第2条の独立承認と権利放棄から,日本に居住する朝鮮・台湾出身者も日本国籍を失うと解釈するというものであった。
つまり,国籍条項が不要であることについて異論がなかったのではなく,条約審議の段階で,明文の欠如と住所地の問題が具体的に指摘されていた。
第5 台湾について朝鮮と同じ説明で完結しなかった理由
1 台湾の帰属先と中国代表問題
第2条(a)は朝鮮の独立を承認すると定めたのに対し,第2条(b)は台湾及び澎湖諸島に対する日本の権利等の放棄だけを定め,帰属先を書かなかった。
起草資料では,台湾の処分について関係国の合意がなく,中国を代表する政府をめぐる問題もあったため,平和条約で合意することは不可能であるとの米国側判断が確認できる。
このため,台湾出身者については,どの国家の国籍法を後続処理の基準とするかが朝鮮の場合より明確でなかった。
第2条の帰属先を記載しない方式に至った起草過程は,「サンフランシスコ平和条約第2条はなぜ領土の帰属先を書かなかったのか」で扱っている。
2 占領期から認識されていた在日台湾人の問題
米国国務省は,昭和21年11月21日の対中国大使館覚書で,日本法上,在日台湾人は原則としてなお日本国籍を保持していると説明した。
同覚書は,台湾の主権移転が将来の条約で正式化され,その条約が台湾住民の国籍変更を定める可能性に触れた上で,台湾を離れて外国に定住した台湾出身者の国籍まで変更されるかは確定できないとしていた。
したがって,在日台湾人の国籍は講和条約前から認識されていた問題であり,終戦時に当然かつ一律に解決済みであったわけではない。
この資料は米国政府の当時の法的見解を示すものであり,その後の日本の裁判所による最終的な解釈そのものではない。
3 日華平和条約を経た処理
昭和26年10月20日の衆議院特別委員会で,日本政府は,当時,台湾出身者もサンフランシスコ平和条約発効時に日本国籍を失うと解し,最終的な国籍帰属は中国との二国間平和条約で解決されると説明していた。
しかし,後の最高裁判例は,台湾人としての法的地位を有した人の日本国籍喪失日を,日華平和条約が発効した昭和27年8月5日とした。
日華平和条約第10条は,「この条約の適用上」,台湾・澎湖諸島の住民及び以前の住民並びにその子孫のうち,中華民国が台湾及び澎湖諸島で施行する法令により中国国籍を有するものを中華民国国民に含むとみなした。
サンフランシスコ平和条約の沈黙が,台湾については後続条約とその解釈を必要とする実際上の問題を残したことが分かる。
台湾の領域的な法的地位と個人の国籍は同じ問題ではない。
台湾の領域処理については,「サンフランシスコ平和条約と台湾の法的地位」で整理している。
第6 条約の空白を埋めた通達と最高裁判例
1 昭和27年通達による戸籍実務
法務府民事局長は,平和条約発効前の昭和27年4月19日,「平和条約の発効に伴う朝鮮人台湾人等に関する国籍及び戸籍事務の処理について」と題する民事甲第438号通達を発出した。
この通達は,平和条約発効後の朝鮮人及び台湾人に関する国籍・戸籍事務の処理を示した行政資料である。
もっとも,通達は条約そのものでも国籍法でもない。
条約本文に国籍条項がない以上,通達が示した実務の法的根拠は,条約の解釈と後続条約を含めて検討する必要があった。
2 最高裁大法廷昭和36年4月5日判決
最高裁大法廷昭和36年4月5日判決(昭和30年(オ)第890号,民集15巻4号657頁)は,領土変更に伴う国籍変更について国際法上確定した原則はなく,各場合に条約によって明示又は黙示に定めるのが通例であると判示した。
その上で,第2条(a)による朝鮮の独立承認と領土主権の放棄は,朝鮮に属すべき人に対する対人主権の放棄も意味し,朝鮮人としての法的地位を有した人は日本国籍を失うと解した。
同判決は,憲法第10条が日本国民の要件を法律で定めると規定していることについても,領土変更に伴う国籍変更を条約で定めることを憲法が認めた趣旨であるとして,憲法違反を否定した。
これは,条約本文に明記された国籍条項を適用した判決ではなく,第2条(a)に黙示の国籍変更を読み込んだ判決である。
3 台湾に関する最高裁大法廷昭和37年12月5日判決
最高裁大法廷昭和37年12月5日判決(昭和33年(あ)第2109号,刑集16巻12号1661頁)は,朝鮮についての前記法理を台湾にも及ぼし,台湾人としての法的地位を有した人は,日華平和条約の発効により日本国籍を失ったとした。
同判決の多数意見は,台湾出身者の国籍喪失日をサンフランシスコ平和条約の発効日とはしなかった。
同判決の補足意見は,ポツダム宣言及び両平和条約が領土変更だけを規定し,国籍変動には全く言及していないと明記した上で,台湾人と婚姻した内地人女性まで日本国籍を失うとする多数意見に反対した。
この補足意見は,国籍条項の欠如が,国籍変更の対象範囲についても解釈問題を残したことを示している。
最高裁第一小法廷平成10年3月12日判決(平成6年(行ツ)第109号,民集52巻2号342頁)も,平和条約発効に伴う朝鮮関係者の国籍喪失という判例法理を前提として,認知と戸籍上の法的地位を判断している。
個人ごとの国籍喪失日と確認事項は,「朝鮮人・台湾人はいつ日本国籍を失ったのか」で扱っている。
第7 「明記されなかった理由」を説明するときの限界
確認できる資料からは,少なくとも次の事項を区別できる。
①カナダは,旧日本領に居住する日本人の国籍について,イタリア平和条約型の明文規定を提案した。
②米国側は,その対象となる日本人の大部分が引き揚げたことと,新たな主権者の立法等で処理できることを理由に採用しなかった。
③日本政府は,在日朝鮮人について,独立回復による国籍回復を当然視し,日本国籍を希望する人には帰化で対応できるとして,選択条項を求めなかった。
④台湾については,帰属先と中国代表問題が未解決であり,最終的な国籍処理も日華平和条約と裁判所の解釈を経た。
他方,「在日朝鮮人・台湾人を外国人にする目的で,国籍条項を意図的に隠した」とする説明を裏付ける起草者の文書は,本記事で確認した範囲では見つかっていない。
また,米国側コメントの「旧日本領にいた日本人は引き揚げた」との前提を,在日朝鮮人・台湾人も日本を離れていたという意味へ読み替えることはできない。
したがって,本記事では,条約の簡潔化,カナダ提案に対する米国側の個別判断,日本政府による独立回復と国籍回復の法的理解,及び台湾の帰属先・中国代表問題が重なった結果として国籍条項が置かれず,その空白が通達と判例で補われたと整理する。
これは複数の一次資料を比較した整理であり,単一の公文書に同じ結論が一文で記載されているわけではない。
第8 出典
1 条約
①日本国との平和条約,昭和26年9月8日署名,昭和27年4月28日発効,外務省。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/htmls/B-S38-P2-795.html
②Treaty of Peace with Italy, Article 19, United Nations Treaty Series, Volume 49, 1950, 136頁(PDF140頁)。
https://treaties.un.org/doc/publication/unts/volume%2049/v49.pdf
③日本国と中華民国との間の平和条約,昭和27年4月28日署名,同年8月5日発効,外務省。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/A-S38(1)-052_1.pdf
2 外交文書
①米国国務省公刊外交文書,Foreign Relations of the United States, 1951, Asia and the Pacific, Volume VI, Part 1, Document 585,特に第2章第5条に対するカナダ提案及び米国側コメント。
https://history.state.gov/historicaldocuments/frus1951v06p1/d585
②Documents on Canadian External Relations, Volume 17, Document 954, DEA/50051-40, Memorandum, Ottawa, May 18, 1951,特に第9項,カナダ政府。
https://epe.lac-bac.gc.ca/100/206/301/faitc-aecic/history/2013-05-03/www.international.gc.ca/department/history-histoire/dcer/1951/menu-en.asp?nodisclaimer=1
③米国国務省公刊外交文書,Foreign Relations of the United States, 1951, Asia and the Pacific, Volume VI, Part 1, Document 472,昭和26年1月12日。
https://history.state.gov/historicaldocuments/frus1951v06p1/d472
④米国国務省公刊外交文書,Foreign Relations of the United States, 1946, The Far East, Volume VIII, Document 276,昭和21年11月21日。
https://history.state.gov/historicaldocuments/frus1946v08/d276
3 国会会議録及び行政通達
①第12回国会参議院平和条約及び日米安全保障条約特別委員会第10号,昭和26年11月5日,西村熊雄政府委員の発言第137号,国立国会図書館国会会議録検索システム。
https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101215185X01019511105/137
②第12回国会衆議院平和条約及び日米安全保障条約特別委員会第5号,昭和26年10月20日,西村熊雄政府委員及び大橋武夫国務大臣の発言第203号・第205号,国立国会図書館国会会議録検索システム。
https://kokkai.ndl.go.jp/simple/detail?minId=101205185X00519511020
③第13回国会参議院外務委員会第24号,昭和27年4月25日,杉原荒太委員ほかの発言第158号~第169号,国立国会図書館国会会議録検索システム。
https://kokkai.ndl.go.jp/simple/detail?minId=101313968X02419520425
④国立公文書館デジタルアーカイブ「平和条約の発効に伴う朝鮮人台湾人等に関する国籍及び戸籍事務の処理について」,昭和27年4月19日,民事甲第438号。
https://www.digital.archives.go.jp/item/3022412
4 裁判例
①最高裁大法廷昭和36年4月5日判決(昭和30年(オ)第890号,民集15巻4号657頁)。
②最高裁大法廷昭和37年12月5日判決(昭和33年(あ)第2109号,刑集16巻12号1661頁)。
③最高裁第一小法廷平成10年3月12日判決(平成6年(行ツ)第109号,民集52巻2号342頁)。
5 法令
①日本国憲法第10条,e-Gov法令検索。
https://laws.e-gov.go.jp/law/321CONSTITUTION