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日中平和友好条約とは―成立経緯,反覇権条項及び第三国条項(AI作成)

日中平和友好条約は,昭和47年の日中共同声明を基礎として,日中両国間の恒久的な平和友好関係,反覇権,交流及び第三国との関係を定めた全5条の条約である。
本記事では,署名・発効の経緯,各条の内容,反覇権条項と第三国条項の関係及び条約の存続期間を整理する。

第1 条約の成立と日中共同声明

日本国と中華人民共和国との間の平和友好条約は,昭和53年8月12日に北京で署名され,昭和53年10月23日に東京で批准書が交換されて発効した。
日本側の全権委員は園田直外務大臣,中国側の全権委員は黄華外交部長であった。

昭和47年の日中共同声明第8項は,両国間の平和友好関係を強固にし,発展させるため,平和友好条約の締結を目的として交渉することを定めていた。
条約前文も,同共同声明が両国間の平和友好関係の基礎であり,共同声明に示された諸原則が厳格に遵守されるべきことを確認している。

したがって,日中平和友好条約は,昭和47年の国交正常化と切り離された新規の文書ではない。
日中共同声明で示した平和友好関係と反覇権等の原則を,国会承認を経た条約として確認し,発展させたものと位置付けられる。

第2 全5条の内容

1 第1条―平和友好関係と武力不行使

第1条第1項は,主権及び領土保全の相互尊重,相互不可侵,内政に対する相互不干渉,平等及び互恵並びに平和共存の諸原則を基礎として,恒久的な平和友好関係を発展させることを定めている。

同条第2項は,これらの原則と国際連合憲章の原則に基づき,相互の関係におけるすべての紛争を平和的手段で解決し,武力又は武力による威嚇に訴えないことを確認している。
この内容は,日中共同声明第6項を条約上の条項として改めて表したものといえる。

2 第2条―反覇権条項

第2条は,両締約国のいずれも,アジア・太平洋地域だけでなく他のいずれの地域でも覇権を求めず,覇権を確立しようとする他国又は国の集団による試みにも反対すると定めている。
日中共同声明第7項の反覇権に関する表現を引き継ぎ,対象地域を「他のいずれの地域」にまで広げている。

3 第3条―経済・文化関係と人的交流

第3条は,善隣友好の精神,平等及び互恵並びに内政不干渉の原則に従い,経済関係及び文化関係の一層の発展と両国民の交流促進に努力することを定めている。
平和友好関係を外交上の原則にとどめず,経済,文化及び人的交流へ広げる条項である。

4 第4条―第三国条項

第4条は,条約が第三国との関係に関する各締約国の立場に影響を及ぼさないと定めている。
この第三国条項は,反覇権条項が特定の第三国に向けられた同盟的・敵対的な条項であるとの理解を避ける上で重要である。

5 第5条―批准,発効及び存続期間

第5条第1項は,条約を批准し,東京で批准書が交換された日に発効することを定めている。
条約は最初の10年間効力を有し,その後は第2項に従って終了するまで効力を存続する仕組みである。

同条第2項によれば,いずれの締約国も,他方に対して1年前に文書で予告することにより,最初の10年の満了時又はその後いつでも条約を終了させることができる。
「10年条約」で自動的に失効したという構造ではない。

第3 反覇権条項をめぐる交渉

反覇権条項をめぐる交渉の背景には,1960年代末以降の中ソ対立があった。
中国側が反覇権の明記を重視した一方,日本側は,特定の第三国を対象とする条項と受け取られない一般的な内容とし,日本の第三国との関係に影響を与えないことを明確にする必要があると考えた。

外務省の外交青書1979年版は,ソ連が反覇権条項を自国に向けられたものと受け止めたのに対し,日本政府はそのような懸念は不要であり,日ソ関係の発展とも両立するとの立場を説明していたことを記している。

昭和53年7月28日の第5回交渉記録及び同年8月10日の第15回交渉記録からも,中国側が反覇権の表明を重視し,日本側が第三国との関係に影響を及ぼさない旨の条項を求めた交渉経過を確認できる。

したがって,条約第2条と第4条の成立を,昭和44年の中ソ国境衝突だけを直接の原因とする一行の説明に還元するのは適切でない。
中ソ対立という国際情勢,中国側の反覇権条項への要請,日本側の第三国との関係への配慮及び両国間の妥協を併せて理解する必要がある。

第4 反覇権条項と第三国条項の関係

第2条と第4条は,別々に読むのではなく,相互に関連する条項として読む必要がある。
第2条は両国自身が覇権を求めず,他国等による覇権確立の試みに反対するという一般原則を示し,第4条はその条約が各締約国の第三国との関係上の立場を変更しないことを確認している。

この組合せにより,反覇権の表明と,日本国又は中国が第三国との間に有する外交上・条約上の立場とを両立させる構造になっている。
条約の対象を特定の一国に限定して説明したり,第4条を単なる付記として扱ったりすると,交渉上の意味を見落とすことになる。

第5 日中共同声明第5項との関係

日中平和友好条約には,戦争賠償又は個人請求権を直接処理する独立の条項はない。
もっとも,条約前文が日中共同声明を両国間の平和友好関係の基礎とし,その諸原則の厳格な遵守を確認したことは,後の裁判における共同声明第5項の解釈で重要な意味を持った。

最高裁平成19年4月27日第二小法廷判決(平成16年(受)第1658号,損害賠償請求事件,民集61巻3号1188頁)は,日中平和友好条約前文等を踏まえ,中国国民の請求権について共同声明第5項による法的効果を認めた。
条約の本文に請求権条項がないことだけから,共同声明第5項と無関係であると結論付けることはできない。

第6 平成10年及び平成20年の文書への承継

平成10年11月26日の日中共同宣言は,日中共同声明と日中平和友好条約の諸原則を遵守し,両文書が今後も両国関係の最も重要な基礎であることを確認した。

平成20年5月7日の日中共同声明も,昭和47年の共同声明,昭和53年の条約及び平成10年の共同宣言を,日中関係を安定的に発展させる政治的基礎として再確認した。
日中平和友好条約は,昭和47年の共同声明と後続の二文書を結ぶ中心的な位置にある。

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第8 出典

① 外務省「日本国と中華人民共和国との間の平和友好条約」(昭和53年8月12日署名,同年10月23日発効)。
② 外務省「日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明」(昭和47年9月29日)。
③ 外務省『外交青書1979年版』「1 日中平和友好条約の締結」。
④ 政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所「日中平和友好条約交渉記録」第5回及び第15回。
⑤ 最高裁平成19年4月27日第二小法廷判決・平成16年(受)第1658号・民集61巻3号1188頁。
⑥ 中野徹也『条約法』法律文化社,2025年,144頁及び179頁。