目次
1 日中共同声明
2 日中平和友好条約
3 その後の共同声明
4 光華寮訴訟
5 中国人の強制連行・強制労働の訴訟
6 国家賠償法施行以前の取扱い
7 関連記事その他
1 日中共同声明
(1) 昭和47年9月29日に発表された,日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明(いわゆる「日中共同声明」です。)5項は,「中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する。」と定めています。
7項は「日中両国間の国交正常化は、第三国に対するものではない。両国のいずれも、アジア・太平洋地域において覇権を求めるべきではなく、このような覇権を確立しようとする他のいかなる国あるいは国の集団による試みにも反対する。」と定めています。
(2) 田中角栄内閣総理大臣は、昭和47年10月31日の参議院本会議において以下の答弁をしています。
① 日中共同声明は、国会の承認を求めるべきだという御議論でございますが、先般の日中共同声明は、政治的にはきわめて重要な意味を持つものでございますが、法律的合意を構成する文書ではなく、憲法にいう条約ではないわけでありまして、この共同声明につき、国会の承認を求める必要はないのでございます。
② もっとも、この日中共同声明につきましては、事柄の重要性にかんがみ、その内容につきましては、国会において十分御審議をいただきたいと考えております。
(3) 大森誠一外務省条約局長は、昭和53年10月13日の衆議院外務委員会において以下の答弁をしています。
① 日中間の戦争状態の終結の問題につきましては、法律的には、わが国と中国との間の戦争状態は日華平和条約第1条により終了したとするのがわが国の立場でございます。日中国交正常化に際しまして、わが国としては、日華平和条約を当初から無効なものとします中国側の主張は認めることはできないとの基本的立場を中国側に十分説明いたしまして、日中国交正常化という大目的のために日中双方の本件に関しまする基本的立場に関連する困難な法律問題を克服しますために、共同声明の文言に双方が合意した次第でございます。
このようなわけでございまして、日中間の戦争状態終結の問題は、日中共同声明により最終的に解決している次第でございます。
② ただいま申し上げましたような次第によりまして、この共同声明は国会の承認を要しないということでございました。
(4) 大阪高裁令和2年2月4日判決(担当裁判官は33期の江口とし子,43期の大藪和男及び47期の角田ゆみ)の判示事項の要旨は以下のとおりです。
① 第二次世界大戦中,日本国により中国から日本に強制連行され,日本各地の事業場で強制労働に従事させられたことを原因とする控訴人らの被控訴人に対する慰謝料請求を,最高裁平成19年4月27日第二小法廷判決の考え方に則り,日中共同声明5項によって裁判上訴求する権能を失ったとした原判決の判断は,相当である。
② 強制連行・強制労働という先行行為があったとしても,戦後,侵害の回復という作為義務(とりわけ,金銭支払義務)が別個に生ずるとはいえず,その不履行が別個独立の損害賠償請求権の発生根拠となることはない。
③ 昭和29年から昭和35年にかけての国会における外務省アジア局長及び内閣総理大臣の答弁は,具体的な事実を摘示したものではなく,それ自体で被害者らの社会的評価を低下させたとは認められないから,いずれも被害者らに対する名誉棄損とはならない。
2 日中平和友好条約
(1) 昭和53年8月12日に北京で署名された,日本国と中華人民共和国との間の平和友好条約 (いわゆる「日中平和友好条約」です。)1条1項は「両締約国は、主権及び領土保全の相互尊重、相互不可侵、内政に対する相互不干渉、平等及び互恵並びに平和共存の諸原則の基礎の上に、両国間の恒久的な平和友好関係を発展させるものとする。 」と定め,同条2項は「両締約国は、前記の諸原則及び国際連合憲章の原則に基づき、相互の関係において、すべての紛争を平和的手段により解決し及び武力又は武力による威嚇に訴えないことを確認する。」と定めています。
2条は「両締約国は、そのいずれも、アジア・太平洋地域においても又は他のいずれの地域においても覇権を求めるべきではなく、また、このような覇権を確立しようとする他のいかなる国又は国の集団による試みにも反対することを表明する。 」と定めています。
4条は「この条約は、第三国との関係に関する各締約国の立場に影響を及ぼすものではない。 」と定めています。
(2) 1969年3月2日,国境問題をめぐってウスリー江のダマンスキー島(中国側の呼称は珍宝島です。)で大規模な軍事衝突が発生して中ソ国境紛争が継続するなど,中ソ対立が続いており,中国はソ連を覇権主義国家として非難していました。
そのため,中国は,日本に対し,ソ連の覇権主義に反対するように要求した結果,反覇権条項としての2条が記載され,反覇権条項は特定の第三国に向けられたものではないという意味で第三国条項としての4条が記載されました。
3 その後の共同声明
(1) 「平和と発展のための友好協力パートナーシップの構築に関する日中共同宣言 」(平成10年11月26日発表)には,「双方は、1972年9月29日に発表された日中共同声明及び1978年8月12日に署名された日中平和友好条約の諸原則を遵守することを改めて表明し、上記の文書は今後とも両国関係の最も重要な基礎であることを確認した。 」と書いてあります。
(2) 「「戦略的互恵関係」の包括的推進に関する日中共同声明」(平成20年5月7日発表)には,「2.双方は、1972年9月29日に発表された日中共同声明、1978年8月12日に署名された日中平和友好条約及び1998年11月26日に発表された日中共同宣言が、日中関係を安定的に発展させ、未来を切り開く政治的基礎であることを改めて表明し、三つの文書の諸原則を引き続き遵守することを確認した。また、双方は、2006年10月8日及び2007年4月11日の日中共同プレス発表にある共通認識を引き続き堅持し、全面的に実施することを確認した。」と書いてあります。
4 光華寮訴訟
(1) 最高裁平成19年3月27日判決は,光華寮訴訟において,「原告として確定されるべき者が訴訟提起当時その国名を「中華民国」としていたが昭和47年9月29日の日中共同声明に伴って「中華人民共和国」に国名が変更された国家としての中国である。」と判示しました。
そして,光華寮訴訟は,昭和47年9月29日以後に行われた手続はすべて無効となって京都地裁に差し戻されました。
(2) 光華寮は,平成23年2月当時,中華人民共和国在大阪総領事館の委託を受けて京都華僑総会が管理していたみたいです(外部ブログの「光華寮」参照)。
(3) 平成29年9月22日付の司法行政文書不開示通知書によれば,最高裁が,最高裁平成19年3月27日判決以降,光華寮訴訟に関して京都地裁又は大阪高裁から取得した報告文書のうち,直近のものはすでに廃棄されました。
5 中国人の強制連行・強制労働の訴訟
(1)ア 最高裁平成19年4月27日判決(第二小法廷)は,第二次世界大戦中に中国から日本国内に強制連行され日本企業の下で強制労働に従事させられたと主張する中国人(被害者は5人)が,西松建設に対し,安全配慮義務違反を理由とする損害賠償等を求めた事案(国は共同被告になっていません。)において,
「 日中戦争の遂行中に生じた中華人民共和国の国民の日本国又はその国民若しくは法人に対する請求権は,「日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明」5項によって,裁判上訴求する権能を失ったというべきである。 」と判示しました。
イ 最高裁平成19年4月27日判決(第一小法廷)も同趣旨の判示をしました。
(2)ア 最高裁平成19年4月27日判決(第二小法廷)では,以下の事実が認定されています(改行を追加しました。)。
① 日本国政府は,試験移入の実績を踏まえ,昭和19年2月,「華人労務者内地移入ノ促進ニ関スル件」と題する次官会議決定をもって,本格移入の実施要領,細目手続を策定するとともに,同年8月に閣議決定された昭和19年度国民動員実施計画をもって,朝鮮人労働者29万人の内地移入のほか,中国人労働者3万人の本格移入を実施する旨の方針を定めた。
これらの決定に基づいて,同年3月から昭和20年5月までの間に,161集団3万7524人の中国人労働者が日本内地に移入された。
② 上記360人の中国人労働者らは,昭和19年7月29日,青島で貨物船に乗せられ,7日後に下関港に到着したが,この間3人が病死した。
その後,中国人労働者らは,安野発電所事業場まで運ばれ,4グループに分けて収容施設に収容され,監視員と警察官によって常時監視されることとなった。
上記中国人労働者らは,導水トンネルの掘削等の労働に昼夜2交替で従事することとなったが,1日3食支給される食事は量が極めて少なく,粗悪なものであったため,全員やせ細り,常に空腹状態に置かれることとなった。
また,衣服や靴の支給,衛生環境の維持等が極めて不十分であった上,傷病者らに対する治療も十分行われず,昭和20年3月には傷病により労務に耐えないとの理由で13人が中国に送還された。
③ 中国人労働者を受け入れた全事業場を通じて,移入者総数3万8935人のうち,送還時までに死亡した者は,6830人(17.5%)である。
④ 本件被害者らは,家族らと日常生活を送っていたところを,仕事を世話してやるなどとだまされたり,突然強制的にトラックに乗せられたりして収容所に連行され,あるいは日本軍の捕虜となった後収容所に収容されるなどした後,上記のとおり,日本内地に移入させられ,安野発電所の事業場で労働に従事したが,日本内地に渡航して上告人の下で稼働することを事前に知らされてこれを承諾したものではなく,上告人との間で雇用契約を締結したものでもない。
⑤ 本件被害者らのうち,被上告人X (移入当時16歳)は就労中トロッコの脱線事故により両目を失明し,被上告人X (同18歳)は重篤なかいせんから寝たきり状態になり,いずれも稼働することができなくなり,昭和20年3月に中国に送還された。
亡A(同23歳)及び亡B(同21~22歳)は,上記(5)の大隊長撲殺事件の被疑者として収監中に原子爆弾の被害に遭い,Bは死亡し,Aは後遺障害を負った。
亡C(同18~19歳)は,ある日,高熱のため仕事ができる状態ではなかったのに無理に仕事に就かされた上,働かないなどとして現場監督から暴行を受け,死亡した。
イ 最高裁平成19年4月27日判決(第二小法廷)の控訴審である広島高裁平成16年7月9日判決は,日本企業の安全配慮義務違反を認め,消滅時効の援用は信義則に違反し,日華平和条約又は日中共同声明に基づく請求権放棄は認められないということで,一人当たり550万円の損害賠償を命じていました。
(3)ア 最高裁平成19年4月27日判決(第二小法廷)は,判決末尾において以下のとおり説示しました。
サンフランシスコ平和条約の枠組みにおいても,個別具体的な請求権について債務者側において任意の自発的な対応をすることは妨げられないところ,本件被害者らの被った精神的・肉体的苦痛が極めて大きかった一方,上告人は前述したような勤務条件で中国人労働者らを強制労働に従事させて相応の利益を受け,更に前記の補償金を取得しているなどの諸般の事情にかんがみると,上告人(山中注:西松建設)を含む関係者において,本件被害者らの被害の救済に向けた努力をすることが期待されるところである。
イ 西松建設は,平成22年10月26日,強制労働について歴史的責任を認めて謝罪し,解決金として1億2800万円を中国の民間団体に信託し,新潟県の水力発電所建設に連行された中国人労働者183人への補償や慰霊碑の建立費用などに充てるなどという内容で,中国人の元労働者側を和解を東京簡裁で成立させました(日経新聞HPの「中国人強制連行、元労働者側が西松建設と和解 」(平成22年10月26日付)参照)。
(4) dailymotionに「幻の外務省報告書~中国人強制連行の記録~」(平成5年8月14日放送分)が載っています。
6 国家賠償法施行以前の取扱い
(1) 最高裁昭和25年4月11日判決の判示
国家賠償施行以前においては、一般的に国に賠償責任を認める法令上の根拠のなかつたことは前述のとおりであつて、大審院も公務員の違法な公権力の行使に関して、常に国に賠償責任のないことを判示して来たのである。(当時仮りに論旨のような学説があつたとしても、現実にはそのような学説は行われなかつたのである。)
(2) 最高裁平成15年4月18日判決の判示
法律行為が公序に反することを目的とするものであるとして無効になるかどうかは,法律行為がされた時点の公序に照らして判断すべきである。
けだし,民事上の法律行為の効力は,特別の規定がない限り,行為当時の法令に照らして判定すべきものであるが(最高裁昭和29年(ク)第223号同35年4月18日大法廷決定・民集14巻6号905頁),この理は,公序が法律行為の後に変化した場合においても同様に考えるべきであり,法律行為の後の経緯によって公序の内容が変化した場合であっても,行為時に有効であった法律行為が無効になったり,無効であった法律行為が有効になったりすることは相当でないからである。
7 関連記事その他
(1) 消滅時効期間が経過した後,その経過前にした催告から6箇月以内に再び催告をしても,第1の催告から6箇月以内に民法153条所定の措置を講じなかった以上は,第1の催告から6箇月を経過することにより,消滅時効が完成します(最高裁平成25年6月6日判決)。
(2) 以下の記事も参照してください。
・ 日本の戦後賠償の金額等
・ ドイツの戦後補償
・ 第一次世界大戦におけるドイツの賠償金の,現在の日本円への換算等
・ 旧ドイツ東部領土からのドイツ人追放,及びドイツ・ポーランド間の国境確定
・ 日本の戦後処理に関する記事の一覧
・ 日韓請求権協定
・ 原子力損害賠償の状況,中国残留邦人等への支援,被災者生活再建支援制度等
中国が「天皇訪中」繰り返し要請、外務省は訪韓も検討 平成3年の外交文書公開https://t.co/QeM6MA2z8G
外務省が21日公開した外交文書で、海部首相(当時)の中国訪問などに際し、中国側が天皇、皇后両陛下(現上皇ご夫妻)のご訪中を強く働きかけていたことが明らかになった。
— 産経ニュース (@Sankei_news) December 21, 2022