日中関係の基本文書は,昭和47年の日中共同声明,昭和53年の日中平和友好条約,平成10年の日中共同宣言及び平成20年の日中共同声明の四つである。
本記事は,四文書の位置付けと相互関係を時系列で示し,個別の条文,交渉経緯及び関連裁判はそれぞれの解説記事へ案内する総合ページである。
第1 四つの基本文書
1 昭和47年の日中共同声明
昭和47年9月29日の日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明は,日本国と中華人民共和国との間の国交正常化を実現した文書である。
第1項は両国間の不正常な状態の終了,第2項は中華人民共和国政府を中国の唯一の合法政府として承認すること,第3項は台湾に関する双方の立場,第4項は外交関係の樹立を扱っている。
第5項は中国政府による日本国に対する戦争賠償請求の放棄,第6項は平和友好関係の原則,第7項は反覇権,第8項は平和友好条約の交渉,第9項は貿易等に関する協定の交渉を定めている。
日中共同声明の全9項,憲法上の条約該当性,台湾に関する表現及び第5項の請求権処理は,日中共同声明とは―国交正常化,法的性質及び全9項の要点(AI作成)で詳しく整理している。
2 昭和53年の日中平和友好条約
日本国と中華人民共和国との間の平和友好条約は,昭和53年8月12日に北京で署名され,同年10月23日に批准書が交換されて発効した条約である。
その前文は,日中共同声明が両国間の平和友好関係の基礎であり,同声明に示された諸原則が厳格に遵守されるべきことを確認している。
第1条は平和友好関係と紛争の平和的解決,第2条は反覇権,第3条は経済・文化関係及び人的交流,第4条は第三国との関係に関する各締約国の立場への不影響,第5条は批准,発効及び存続期間を定めている。
成立経緯と反覇権条項・第三国条項の関係は,日中平和友好条約とは―成立経緯,反覇権条項及び第三国条項(AI作成)で詳しく整理している。
3 平成10年の日中共同宣言
平成10年11月26日の平和と発展のための友好協力パートナーシップの構築に関する日中共同宣言は,日中共同声明及び日中平和友好条約の諸原則を遵守し,両文書が今後も両国関係の最も重要な基礎であることを確認した。
この文書の正式名称は「共同宣言」であり,「共同声明」ではない。
同宣言は,平和と発展のための友好協力パートナーシップを掲げ,政治対話,人的往来,経済協力,安全保障対話及び地域・国際問題における協力を扱っている。
昭和47年及び昭和53年の二文書を引き継ぎつつ,国交正常化後の協力関係を具体化した文書として位置付けられる。
4 平成20年の日中共同声明
平成20年5月7日の「戦略的互恵関係」の包括的推進に関する日中共同声明は,昭和47年の日中共同声明,昭和53年の日中平和友好条約及び平成10年の日中共同宣言が,日中関係を安定的に発展させる政治的基礎であることを改めて確認した。
同声明は,長期的な平和友好協力,政治的相互信頼,互恵協力,人的・文化的交流及び国際・地域問題における協力を通じて,戦略的互恵関係を包括的に推進する方針を示している。
したがって,四文書は互いに無関係な宣言の列挙ではなく,昭和47年の国交正常化を基礎に,条約化,協力関係の拡大及び戦略的互恵関係へと積み重ねられた文書群である。
第2 四文書の違い
四文書は,作成年,文書の形式及び中心的な役割が異なる。
検索や引用の際には,名称が似ている平成10年の「共同宣言」と平成20年の「共同声明」を混同しないことが重要である。
① 昭和47年の日中共同声明は,国交正常化,中国政府の承認,台湾に関する立場,戦争賠償請求の放棄及び平和友好条約交渉の開始を定めた。
② 昭和53年の日中平和友好条約は,昭和47年の諸原則を条約として確認し,平和友好関係,反覇権,交流及び第三国との関係を定めた。
③ 平成10年の日中共同宣言は,友好協力パートナーシップの構築を掲げ,昭和47年と昭和53年の二文書を最重要の基礎として再確認した。
④ 平成20年の日中共同声明は,前三文書を政治的基礎とし,戦略的互恵関係を包括的に推進する方針を示した。
第3 日中共同声明の法的性質と後続文書
田中角栄内閣総理大臣は,昭和47年10月31日の第70回国会衆議院本会議第4号において,日中共同声明は政治的には極めて重要であるが,法律的合意を構成する文書ではなく,憲法上の条約ではないため国会承認を求める必要はないという政府見解を示した。
もっとも,憲法上の条約に当たらないという政府見解と,後続条約の解釈又は国内裁判において法的意味を持つこととは別問題である。
日中平和友好条約の前文は日中共同声明の基礎性と諸原則の遵守を確認し,最高裁平成19年4月27日判決は同条約前文等を踏まえて日中共同声明第5項を解釈している。
第4 四文書と台湾に関する日本政府の立場
日中共同声明第2項により,日本国政府は中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認した。
同第3項では,中国政府が台湾を中華人民共和国の領土の不可分の一部であると表明したのに対し,日本国政府はその立場を「十分理解し,尊重」し,ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持するとしている。
したがって,日本側について,中国側の台湾に関する主張を同じ文言で承認したと置き換えるのは正確でない。
日中共同声明の文言と,その後の日本政府の説明を区別して確認する必要がある。
台湾の国際法上の地位をめぐる日本政府答弁は,サンフランシスコ平和条約と台湾の法的地位-第2条(b),日華平和条約,日中共同声明及び日本政府見解(AI作成)を参照されたい。
第5 四文書に関係する主な裁判
1 光華寮訴訟
光華寮訴訟では,日中共同声明に伴う政府承認の変更が,外国国家を当事者とする係属中の民事訴訟にどのような影響を与えるかが問題となった。
最高裁平成19年3月27日第三小法廷判決は,原告の確定,外交使節の代表権消滅及び訴訟手続の中断・受継について判断した。
判決の射程及び所有権問題との区別は,光華寮訴訟とは―中国政府の承認,原告の確定及び訴訟手続の中断・受継(AI作成)を参照されたい。
2 中国人強制連行・強制労働訴訟
最高裁平成19年4月27日の二判決は,日中戦争の遂行中に生じた中国国民の日本国又はその国民若しくは法人に対する請求権が,日中共同声明第5項によって裁判上訴求する権能を失ったと判断した。
これは,個別具体的な請求権そのものが実体法上消滅したという判断ではない。
二判決,広島高裁判決,任意の救済及び西松建設和解は,中国人強制連行・強制労働訴訟―二つの最高裁平成19年4月27日判決と西松建設和解(AI作成)を参照されたい。
請求権放棄の一般論は,最高裁平成19年4月27日判決とサンフランシスコ平和条約の請求権放棄(AIリライト)で整理している。
3 国家賠償法施行前の行為
戦時中の国の行為について国家賠償を請求する場面では,日中共同声明第5項とは別に,国家賠償法の施行時期と制定時法文の附則が問題となる。
国家無答責の法理の内容と限界は,国家賠償法施行前の行為と国家無答責の法理―附則6項及び最高裁昭和25年4月11日判決(AI作成)を参照されたい。
第6 関連記事
① 日本の戦後賠償はいくらか―賠償,在外財産,経済協力及び個人請求権の法的整理(AIリライト)
② 平和条約の請求権放棄とは何か―三つの説・最高裁判例・政府見解(AIリライト)
③ 類型ごとの戦後補償裁判に関する代表的な最高裁判例(AIリライト)
④ 日本の戦後処理に関する記事の一覧
⑤ ポツダム宣言第8項の意味――カイロ宣言,領土処理とサンフランシスコ平和条約(AI作成)
第7 出典
① 外務省「日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明」(昭和47年9月29日)。
② 外務省「日本国と中華人民共和国との間の平和友好条約」(昭和53年8月12日署名,同年10月23日発効)。
③ 外務省「平和と発展のための友好協力パートナーシップの構築に関する日中共同宣言」(平成10年11月26日)。
④ 外務省「『戦略的互恵関係』の包括的推進に関する日中共同声明」(平成20年5月7日)。
⑤ 第70回国会衆議院本会議第4号(昭和47年10月31日)。