目次
1 平和条約における請求権放棄条項に関する三つの説
2 請求権放棄条項の解釈に関する最高裁判例
3 関連記事その他
1 平和条約における請求権放棄条項に関する三つの説
(1) 最高裁判所判例解説 民事篇(平成19年度)(上)418頁,419頁及び423頁によれば,平和条約における請求権放棄条項については,以下の三つの説があります。
① 外交的保護権のみ放棄説
・ 国内法的な意味で個人の請求権を消滅させるものではないし,その権利行使が法的に阻害されるものではなく,外交的保護権が放棄された結果,その実現が実際上困難となったにすぎないとする説です。
② 権利行使阻害説(最高裁平成19年4月27日判決)
・ 国内法的な意味で個人の請求権を消滅させるものではないものの,外交的保護権の放棄とは別に,あるいはその反映として,国内法上もその権利行使が法的に阻害されるものの,いわゆる自然債務になる結果,債務者の任意の履行に対する給付保持力を失わせるものではないとする説
③ 請求権消滅説
・ 外交的保護権だけでなく,国内法的な意味で個人の請求権を消滅させるとする説
(2) 2018年10月30日の韓国大法院判決(多数意見はリンク先の17頁までです。)につき,3人の個別意見は外交的保護権のみ放棄説であり,2人の反対意見は権利行使阻害説であり,多数意見はそのいずれでもありません(「日韓請求権協定」参照)。
2 請求権放棄条項の解釈に関する最高裁判例
① カナダ在外資産補償請求訴訟に関する最高裁大法廷昭和43年11月27日判決
・ 「わが国は、日本国民の右資産が当該外国において不利益を取扱いを受けないようにするために有するいわゆる異議権ないし外交保護権を行使しないことを約せしめられたにすぎない」と判示しており,外交的保護権のみ放棄説又は権利行使阻害説のどちらであるかははっきりしません。
② サンフランシスコ平和条約19条(a)に関する最高裁昭和44年7月4日判決
・ 請求権放棄条項が外交的保護権の放棄を意味するかどうかについて一切触れていません。
③ シベリア抑留者補償請求訴訟に関する最高裁平成9年3月13日判決
・ 「仮に所論の請求権が存するとしても,実際上不可能となった」と説示するにとどまっており,個人の私法上の請求権が消滅しているかどうかの点も含めて,断定的な判断が避けられています。
④ 中国人の強制連行・強制労働の訴訟に関する最高裁平成19年4月27日判決
・ 権利行使阻害説を採用することを明示しました。
3 関連記事その他
(1) 「マレイシア政府は,両国間に存在する良好な関係に影響を及ぼす第二次世界大戦の間の不幸な事件から生ずるすべての問題がここに完全かつ最終的に解決されたことに同意する。」と定める「日本国とマレイシアとの間の1967年9月21日の協定」2条は,個人の請求権を含めて戦争の遂行中に生じたすべての請求権を相互に放棄する条項です(最高裁平成19年4月27日判決)。
(2) 以下の記事も参照してください。
・ 日本の戦後賠償の金額等
・ 在外財産補償問題
・ 最高裁平成19年4月27日判決が判示するところの,サンフランシスコ平和条約の枠組みにおける請求権放棄の趣旨等
・ 日韓請求権協定
・ 在日韓国・朝鮮人及び台湾住民の国籍及び在留資格
・ 日中共同声明,日中平和友好条約,光華寮訴訟,中国人の強制連行・強制労働の訴訟等