第1 この記事が答える問い
沖縄,奄美群島及び小笠原諸島は,なぜ本土と異なる統治を受けたのか。
本記事は,統治の仕組みとその法的根拠を説明し,沖縄返還に伴う請求権と裁判の引継ぎも扱う。
領土の帰属そのものは「ポツダム宣言第8項と領土」で扱っている。
第2 本土は間接統治,これらの地域は直接軍政であった
1 沖縄の軍政は本土の降伏より前に始まっている
沖縄における米軍の統治権の行使は,一般命令第一号(1945年9月2日)に先立つ1945年3月末,米海軍軍政府布告第1号による日本の行政権の停止から始まっていた。
これは本土の降伏より前の,交戦中の占領としての性質を帯びる。
2 統治機構が置き換えられた
沖縄の統治は,海軍軍政(1945年から1946年),陸軍軍政(1946年から1950年),琉球列島米国民政府(1950年から1972年)という系譜をたどった。
日本の行政機構は解体され,米側が設置した機構に置き換えられた。
日本政府を存続させ,指令を通じて統治した本土とは,統治権を行使する主体そのものが異なる。
第3 分離の法的根拠――SCAPIN-677号
1 指令の内容
1946年1月29日のSCAPIN-677号は,第1項で日本政府による当該地域への政治上・行政上の権力の行使を停止し,第3項で「日本」の定義から北緯30度以南の琉球諸島,伊豆・南方・小笠原・火山列島等を除外した。
2 ポツダム宣言第8項との関係
同指令の第6項は,この指令の条項が,ポツダム宣言第8項にいう小島嶼の最終的決定に関する連合国側の政策を示すものと解釈してはならない,と明記している。
本土の4島の帰属は第8項自体が確定させていたのに対し,「諸小島」の帰属は同項の文言上,連合国の決定に委ねられて未定であった。
この未確定性が,指令が地域を分離しつつ「最終的な決定ではない」と留保できた法的な足場である。
3 「最終的決定ではない」という留保の意味
したがって,SCAPIN-677号は領土の帰属を決めた文書ではなく,統治の分離を定めた文書である。
同じ指令を竹島の問題との関係で扱ったものとして「SCAPIN-677と竹島」がある。
第4 地域ごとの経過
1 奄美群島
1946年2月2日のいわゆる二・二宣言により分離され,1953年12月25日に返還された。
2 小笠原諸島
同じくSCAPIN-677号により分離され,1968年6月26日に返還された。
統治は一貫して海軍が担当し,沖縄のような住民の自治機構は設けられなかった。
3 沖縄
1971年6月17日に署名された琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定(沖縄返還協定)は,1972年5月15日に発効した。
同協定第1条は,米国が平和条約第3条に基づく権利及び利益を日本国のために放棄し,日本国が行政,立法及び司法上のすべての権力を行使する権能及び責任を引き受けることを定めている。
返還に至る交渉の経緯は本記事の対象外とする。
裁判の承継については,沖縄返還協定第5条とともに,国内法上の経過措置を確認する必要がある。
沖縄の復帰に伴う特別措置に関する法律第4章は,裁判所や事件の種類に応じた手続等の承継を定め,同法第18条は,旧裁判所及び民政府の裁判所の刑事事件及び少年の保護事件を除く確定裁判について,公の秩序又は善良の風俗に反するものの効力を否定している。
事件記録や過去の裁判を確認する際には,同法及び沖縄の復帰に伴う特別措置に関する規則も併せて調べる必要がある。
4 3地域の復帰と国内法の確認先
復帰の日付が異なるだけでなく,国際的な協定と国内の法令適用の措置を別々に確認する必要がある。
| 地域 | 復帰の日 | 協定を特定する手掛かり | 国内法の確認先 |
|---|---|---|---|
| 奄美群島 | 1953年12月25日 | 1953年12月24日署名の奄美群島に関する日米協定 | 奄美群島の復帰に伴う法令の適用の暫定措置等に関する法律 |
| 小笠原諸島 | 1968年6月26日 | 1968年4月5日署名の南方諸島及びその他の諸島に関する日米協定 | 小笠原諸島の復帰に伴う法令の適用の暫定措置等に関する法律 |
| 沖縄 | 1972年5月15日 | 1971年6月17日署名の琉球諸島及び大東諸島に関する日米協定 | 沖縄の復帰に伴う特別措置に関する法律 |
この表の地域名は案内のための表示である。
厳密な対象区域は各協定の地域規定及び関連文書で確認し,現在の行政区画の通称だけで置き換えない。
沖縄返還協定1条2項も,平和条約3条による米国の施政地域から,奄美・小笠原関係の協定に従って既に返還された部分を除くという構造を採っている。
3地域の国内法は次のとおりである。
具体的な相談では,現在の掲載条文に加え,問題となる出来事の時点の法令と経過措置を確認する必要がある。
https://laws.e-gov.go.jp/law/328AC0000000267
https://laws.e-gov.go.jp/law/343AC0000000083/
https://laws.e-gov.go.jp/law/346AC0000000129/
沖縄の請求権と裁判の承継については,次の第5の4及び5を参照されたい。
その規定を奄美・小笠原にも一律に適用することはできない。
第5 平和条約第3条への切替え
1 根拠は変わったが実体は連続した
1952年4月28日の平和条約の発効後は,法的根拠がSCAPIN-677号から平和条約第3条(米国による施政権の継続と信託統治提案の留保)に切り替わった。
しかし,米軍による直接統治という実体は連続している。
2 憲法は「観念的には施行されていた」
政府の見解(2017年2月21日付答弁書)は,沖縄について,日本国憲法は観念的には同地域に施行されていたが,現実には米国が施政権を行使していたため実効性をもって適用されることはなかった,としている。
3 施政権の分離と国籍は別である
復帰前の沖縄の住民の日本国籍は否定されていない。
施政権の分離と,主権に基づく人的な帰属である国籍とは別の問題である。
4 沖縄返還前の請求権放棄とその例外
沖縄返還では,施政権の返還と,それ以前に生じた私人の請求権の処理は,別の条項で定められた。
沖縄返還協定4条1項は,協定発効前の米軍・米国当局の存在,職務遂行又は行動から生じた一定の請求権について,日本及び日本国民の米国,その国民並びに現地当局に対する請求権の放棄を定める。
これは,すべての日本人のあらゆる財産権を対象とする規定ではなく,請求の相手方・発生原因・時期を確認して適用範囲を判断する必要がある。
同条2項は,米国施政期間中に適用された米国法令又は現地法令によって特に認められる日本国民の請求権を,放棄の対象から除いている。
合意議事録の4条関係では,土地損害・収用関係,土地裁判所の管轄に属する請求,外国人の請求に関する米国法上の請求,労災補償,報酬等の請求が例示されている。
具体的な請求が例外に当たるかは,その根拠法令や内容に即して検討することになる。
同条3項の土地原状回復のための自発的支払は,前記の請求権放棄と例外とは別に読む必要がある。
対象となる土地の損害発生時期や米側による使用解除の時期等が限定されており,現在のあらゆる土地損害に一般的な補償を認めた条文ではない。
また,同条4項には,当時の指令に基づき,又は当時の法令によって許可された作為・不作為の効力を承認する規定があるため,放棄条項だけで個別請求の可否を決めることもできない。
5 沖縄返還前の裁判の効力と係属事件の引継ぎ
沖縄返還協定5条は,返還前の裁判と係属事件について,次のように扱いを分けている。
施政権が返還されたことだけを理由に,従来の裁判がすべて無効になったり,すべての事件が最初からやり直しになったりしたわけではない。
民事の最終的裁判については,公の秩序又は善良の風俗に反しない限り,その有効性を承認し,効力を存続させるとされる(1項)。
合意議事録は,ここでいう最終的裁判に最終的決定・命令も含むとしている。
返還日に係属していた民事事件は,当事者の実質的な権利・地位を害することなく,日本が裁判権を引き継ぎ,裁判・執行を続けるとされる(2項)。
刑事については,返還日に係属していた事件又はそれ以前に手続が開始されていれば係属していたであろう事件について,被告人・被疑者の実質的権利を害さずに,手続を継続し又は開始できるとされる(3項)。
刑事の最終的裁判の執行を続けられることは,さらに別の規定で定められている(4項)。
合意議事録は,5条の対象となる裁判所を琉球政府の裁判所及び琉球列島米国民政府の裁判所と定義している。
また,返還前に犯された罪についての米軍構成員に対する刑事裁判権は,日米地位協定17条の関係規定に従って米軍当局が行使し,日本は行使しないとしており,一律の承継と説明することはできない。
請求権や過去の裁判が関係する相談では,対象となる権利,裁判所の種類,裁判の確定・係属の別及び当時の法令・経過措置を個別に確認する必要がある。
以上は沖縄返還協定の規定であり,奄美・小笠原については各返還協定の条文を別に確認しなければならない。
条文及び合意議事録の原文は,外務省掲載の沖縄返還協定4条・5条と,両条に関する合意議事録を参照されたい。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/htmls/A-S47-783.html
第6 裁判例
この分野の裁判例としては次のものがある。いずれも裁判所ウェブサイトの裁判例検索で実在・書誌・判示を確認した。
①復帰に伴う特別措置法の合憲性に関する最高裁判所大法廷昭和48年9月12日判決(昭和47年(あ)第2613号,刑集27巻8号1379頁)
②最高裁判所大法廷昭和30年2月23日判決(昭和27年(あ)第434号,刑集9巻2号344頁)
③最高裁判所大法廷昭和32年10月9日判決(昭和25年(あ)第2778号,刑集11巻10号2497頁)
④最高裁判所大法廷昭和37年12月12日判決(昭和29年(あ)第566号,刑集16巻12号1672頁)
②から④までは,行政分離の期間中に犯した罪について「犯罪後の法令により刑が廃止された」といえるかを扱う。
一見すると結論が食い違うが,これは判例変更による。
②は,奄美群島が外国とみなされていた当時の密輸出入の罪について,その後に同地域が復帰して外国とみなされなくなっても,刑の廃止があったとはいえないとした。
③は,この点に関する②を含む7件の大法廷判例を明示的に変更し,犯罪後の法令により刑が廃止されたものと解すべきであるとした(6裁判官の反対意見がある)。
④は,変更後の③を先例として引用し,徳之島について刑の廃止を認めて免訴とした。
したがって,②を現在も通用する判例として引用してはならない。
また,①から④までは,いずれも同じ日に複数の大法廷判決が言い渡されており,事件番号を付さなければ特定できない。
第7 出典・参考資料
補充資料:外務省,沖縄返還協定及び合意された議事録。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/htmls/A-S47-783.html
沖縄の復帰に伴う特別措置に関する法律第4章。
https://laws.e-gov.go.jp/law/346AC0000000129/
沖縄の復帰に伴う特別措置に関する規則。
https://www.courts.go.jp/toukei_siryou/kisokusyu/sonota_kisoku/sonota_kisoku_01/index.html
①SCAPIN-677号(1946年1月29日)
②米海軍軍政府布告第1号(1945年3月末)
③日本国との平和条約第3条(1952年4月28日発効)
④2017年2月21日付政府答弁書
⑤上記各裁判例。裁判所ウェブサイトの裁判例検索で確認した。
①https://www.courts.go.jp/hanrei/51050/detail2/index.html
②https://www.courts.go.jp/hanrei/54696/detail2/index.html
③https://www.courts.go.jp/hanrei/51236/detail2/index.html
④https://www.courts.go.jp/hanrei/56928/detail2/index.html