家賃又は土地の「相場」を調べるときは,何のための価格であるか,いつの時点の数字であるか,どのような物件を集計した数字であるかを先に確認する必要がある。 募集賃料,成約賃料,既存の賃貸住宅で実際に支払われている家賃,地価公示,路線価及び不動産鑑定評価額は,それぞれ目的と算定方法が異なるからである。
第1 相場を調べる前に区別すべき数字
1 募集価格,成約価格及び実支払額
不動産情報サイトに掲載されている価格は,通常,売主又は貸主が提示している募集価格である。 これに対し,成約価格は実際に契約が成立した価格であり,既存の賃貸借契約で支払われている家賃は過去の契約条件を含む住宅ストックの数字である。
したがって,同じ地域名が付いた平均額であっても,募集物件の平均,成約事例の平均及び住宅ストックの平均をそのまま比較することはできない。 また,平均値は,集計対象に含まれる築年数,面積,間取り又は駅距離の構成が変わるだけでも動く。
個別物件を比較するときは,①基準時,②対象地域,③用途,④構造及び築年数,⑤面積の種類,⑥共益費及び消費税を含むか,⑦募集価格か成約価格かをそろえる必要がある。
2 公的価格と個別物件の価格
地価公示,基準地価,相続税路線価及び固定資産税評価額は,いずれも土地に関する重要な公的情報であるが,制度の目的,基準時及び評価対象が異なる。 公的価格は,周辺の価格水準を把握する手掛かりになるものの,個別土地の売買価格を直接示すものではない。
個別土地については,地積,形状,間口,接面道路,私道負担,用途地域その他の法令制限,駅距離,権利関係及び評価時点を確認する必要がある。 私道に接する土地については,私道に関するメモ書きも参照されたい。
第2 住宅の家賃相場
1 募集賃料を調べる方法
LIFULL HOME’Sの家賃相場では,市区町村,駅及び間取り等から,掲載中の賃貸物件の平均賃料を確認できる。 この数字は,現在の募集市場を概観するには有用であるが,表示された賃料で契約が成立したことを示す成約賃料ではない。
また,管理費又は共益費を含むか,専有面積,築年数,駅距離及び構造が近い物件を比較しているかも確認すべきである。
2 実際に支払われている家賃を調べる方法
総務省統計局の令和5年住宅・土地統計調査によれば,借家の1か月当たり家賃は全国平均5万9656円であり,平成30年調査から7.1%増加した。 この調査は,既存の借家世帯が実際に支払っている家賃を対象とするため,新たに市場へ出た物件の募集賃料とは性質が異なる。
転居先を探すのであれば現在の募集事例を中心に見て,家賃負担の地域差又は住宅ストックの実態を調べるのであれば住宅・土地統計調査を利用するのが適切である。
3 アパートとマンションの表示
アパートとマンションについて,建築基準法その他の法令を通じた一般的かつ統一的な区分はない。 もっとも,不動産情報サイトは,物件情報を登録するために独自の表示基準を設けることがある。
例えば,不動産公正取引協議会連合会の説明によれば,不動産情報サイト事業者連絡協議会の共通ルールでは,マンションを鉄筋コンクリート造その他の堅固な構造の集合住宅,アパートをマンション以外の集合住宅としている。 鉄筋コンクリート造はRC造,鉄骨鉄筋コンクリート造はSRC造と略される。
物件を比較するときは,アパート又はマンションという名称だけでなく,主要構造,階数,築年数,遮音性,断熱性,耐火性及び管理状態を確認すべきである。
4 UR賃貸住宅の申込資格
UR賃貸住宅は,申込者本人の平均月収額が基準月収額以上であることを原則的な申込要件としている。 UR都市機構の申込資格によれば,世帯で申し込む場合,家賃が8万2500円未満であれば家賃の4倍,8万2500円以上20万円未満であれば33万円,20万円以上であれば40万円が基準月収額である。
単身で申し込む場合,家賃が6万2500円未満であれば家賃の4倍,6万2500円以上20万円未満であれば25万円,20万円以上であれば40万円が基準月収額である。 平均月収額が基準に満たない場合でも,家賃等の一時払い,月額家賃の100倍以上の貯蓄,収入と貯蓄の合算又は親族等による家賃補給を利用できる場合がある。
司法修習生の修習給付金が収入審査でどのように取り扱われるかは,申込時の資料及び個別事情を示してUR都市機構へ確認する必要があり,給付金額だけから申込みの可否を断定することはできない。
第3 賃貸借契約を確認する際の注意点
1 敷引特約
最高裁平成23年7月12日第三小法廷判決(平成22年(受)第676号,保証金返還請求事件,裁判集民事237号215頁)は,居住用建物の賃貸借契約に付された敷引特約について,消費者契約法10条により無効とはいえないと判断した。 同判決が検討したのは,敷引金が賃料月額の3.5倍程度であり,近傍同種の契約における相場に比べて大幅に高額であるとはうかがわれず,賃借人が更新料及び礼金等の他の一時金を負担していないという事案である。
したがって,同判決を根拠に,敷引特約が常に有効であるとか,賃料の3.5倍以下であれば常に有効であると理解することはできない。 敷引額が通常想定される補修費用,賃料額,礼金その他の一時金の有無及び金額等に照らして高額に過ぎるか,特段の事情があるかを個別に検討する必要がある。
2 短期解約違約金等
敷金及び礼金を不要とする物件等では,一定期間内に解約した場合の違約金,家賃債務保証会社への加入その他の条件が設けられていることがある。 違約金の有無及び金額は物件ごとに異なるため,募集広告だけでなく,契約書及び重要事項説明書を確認すべきである。
消費者契約に当たる居住用賃貸借では,解除に伴う違約金等の合計額のうち,同種の契約の解除に伴い事業者に生ずべき平均的な損害の額を超える部分は,消費者契約法9条1項1号により無効となる。 ただし,平均的な損害の額は,解除の時期,契約期間,フリーレント等の契約条件及び事業者の損失の内容によって検討されるため,一定の月数だけで結論を出すことはできない。
宅地建物取引業者が関与する取引については,宅建業に関するメモ書きも参照されたい。
3 退去時の原状回復
民法621条は,賃借人が賃借物を受け取った後に生じた損傷について原状回復義務を負うことを原則としつつ,通常の使用及び収益によって生じた損耗並びに経年変化を除外している。 また,賃借人の責めに帰することができない事由による損傷も,賃借人の原状回復義務の対象外である。
国土交通省の原状回復をめぐるトラブルとガイドラインは,通常損耗,経年変化,賃借人の負担対象,経過年数及び補修単位等の一般的な考え方を示している。 もっとも,同ガイドラインは法令ではなく,具体的な負担は,契約条項,入退去時の記録,損傷原因,経過年数及び補修内容等を踏まえて判断される。
4 地方住宅供給公社の住宅と賃料増減額請求
最高裁令和6年6月24日第一小法廷判決(令和4年(受)第1744号,賃料減額等請求事件)は,地方住宅供給公社が賃貸する住宅の使用関係についても,借地借家法32条1項が適用されると判断した。 同項は,土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減,土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動又は近傍同種の建物の借賃との比較により,建物の借賃が不相当となったときの増減額請求を定めている。
現在の募集賃料と差があることだけで当然に賃料が変更されるわけではなく,契約内容と同項所定の事情を検討する必要がある。
第4 土地価格相場
1 地価公示と都道府県地価調査
地価公示は,国土交通省土地鑑定委員会が,毎年1月1日時点における標準地の正常な価格を判定し,公示する制度である。 地価公示法2条2項は,正常な価格を,土地について自由な取引が行われるとした場合に通常成立すると認められる価格としている。
地価公示価格は,標準地の価格であって,その周辺にある全ての土地の価格でも,個別土地の確定的な売買価格でもない。 都道府県地価調査は,国土利用計画法施行令に基づき,都道府県知事が毎年7月1日時点の基準地の標準価格を判定するものである。
地価公示と都道府県地価調査は,基準時及び標準地又は基準地の位置を確認した上で,地域の価格水準と時系列変化を把握するために利用する。
2 不動産情報ライブラリ
国土交通省の不動産情報ライブラリでは,地価公示,都道府県地価調査,不動産取引価格情報及び成約価格情報等を地図上で検索できる。 同ライブラリは,令和6年4月に公開され,従前の土地総合情報システムの情報を引き継いでいる。
取引事例を使うときは,取引時点,用途,最寄駅,面積,形状,前面道路,建ぺい率及び容積率等を確認し,対象土地と条件が近い事例を選ぶ必要がある。 また,個々の取引には当事者固有の事情が含まれ得るため,少数の事例だけで相場を断定すべきではない。
3 相続税路線価と固定資産税評価額
国税庁の路線価図・評価倍率表は,相続税及び贈与税における土地評価の基礎となる資料であり,毎年1月1日を評価時点としている。 相続税路線価は,地価公示価格水準の8割程度を目途に評価されるが,奥行価格補正,不整形地補正その他の評価方法を適用する前の路線ごとの価格である。
固定資産税評価額は,固定資産税等の課税標準の基礎となる価格であり,宅地について地価公示価格等の7割を目途とする評価の均衡化が図られている。 もっとも,8割又は7割という目安を機械的に逆算しても,個別土地の市場価格が求められるわけではない。
これらは課税目的の評価であり,評価時点,画地補正,負担調整措置その他の制度上の取扱いを確認する必要がある。
4 不動産価格指数
国土交通省の不動産価格指数は,実際の取引価格を基礎として,物件の立地,面積,築年数等の品質差を調整し,不動産市場全体の価格動向を指数化したものである。 個別物件の価格を示すものではないが,地域又は用途ごとの価格変動を時系列で確認する際に利用できる。
指数の基準年,季節調整の有無,速報又は確報の別及び対象用途を確認することが重要である。
第5 オフィス賃料及び不動産鑑定評価
1 オフィスの募集賃料
三鬼商事のオフィスマーケットデータでは,東京,大阪,名古屋,札幌,仙台,横浜及び福岡の主要なオフィスビルについて,平均空室率及び平均募集賃料を確認できる。 大阪のデータは,主要6地区にある延床面積1000坪以上の主要貸事務所ビルを対象としている。
したがって,住宅家賃,郊外の小規模事務所,店舗,倉庫又は個別ビルの成約賃料にそのまま当てはめることはできない。 事業用賃貸借では,建物及び設備の状態,用途制限,内装工事,原状回復,共益費,消費税,フリーレント,売上連動賃料並びに賃料改定条項も確認する必要がある。
2 新規賃料と継続賃料
新たに賃貸借契約を締結する場合の新規賃料と,継続中の契約で改定する継続賃料とは,評価上区別される。 新規賃料の評価では,積算法,賃貸事例比較法及び収益分析法等が用いられる。
継続賃料の評価では,差額配分法,利回り法,スライド法及び賃貸事例比較法等を用い,契約締結の経緯,賃料改定の経緯及び当事者間の衡平等も総合的に勘案する。 したがって,近隣の募集賃料だけを取り出して,継続賃料の相当額を直ちに判断することはできない。
3 大阪府不動産鑑定士協会の資料
大阪府不動産鑑定士協会の「鑑定おおさか」刊行一覧では,不動産市場及び鑑定評価に関する記事を確認できる。 近年の刊行実績は毎年3月及び9月の年2回とは限らないため,必要な号の発行日を公式一覧で確認すべきである。
第6 不動産投資の利回り
1 表面利回り
表面利回りは,一般に,年間賃料収入を物件価格で除して算出する。 例えば,年間賃料収入が120万円,物件価格が2000万円であれば,表面利回りは6%である。
もっとも,年間賃料収入が現況賃料か満室想定賃料か,共益費又は駐車場収入を含むかを明示しなければ,数字を適切に比較できない。 表面利回りは,空室損,管理費,修繕費,固定資産税,保険料,資本的支出及び購入諸費用を十分に反映しない。
2 NOI利回りと収益還元法
NOIは,賃料等の潜在総収益から空室損失及び運営費用を控除して得られる純収益をいう。 NOI利回りを比較するときは,NOIに含めた収入,控除した運営費用及び分母を物件価格としたか総投資額としたかを確認する必要がある。
減価償却費,借入金の元利返済,所得課税及び資本的支出の取扱いも,資料によって異なることがある。 収益還元法は,対象不動産が将来生み出す純収益を現在価値に割り戻して収益価格を求める手法であり,直接還元法では,一期間の純収益を還元利回りで還元する。
「実質利回り」又は「ネット利回り」という名称だけで判断せず,分子,分母,期間及び費用項目を確認すべきである。
3 期待利回り調査の読み方
日本不動産研究所の第54回不動産投資家調査は,令和8年4月現在の用途別及び地域別の期待利回り等を投資家へのアンケートにより調査したものである。 大阪府不動産鑑定士協会の大阪府エリア別不動産利回り調査も,大阪府内の用途別及び地域別の利回り水準を把握する資料となる。
これらの期待利回りは調査回答の集計であり,特定物件の適正利回りを確定するものではない。 個別物件では,立地,築年数,構造,用途,権利関係,賃借人の信用力,賃貸借期間,空室,運営費,修繕計画及び将来の売却可能性を検討する必要がある。
第7 建物取得価額,建築費及び解体費
1 国税庁の建物の標準的な建築価額表
国税庁の令和7年分譲渡所得の申告のしかたに掲載された「建物の標準的な建築価額表」は,土地と建物を一括して取得し,建物の取得価額が不明な場合に,譲渡所得の計算上,建物の取得価額を推計するための資料である。 令和7年分の資料には,昭和46年から令和5年までの構造別の建築価額が掲載されている。
同表は,現在の建築費,再調達原価,固定資産税評価額又は市場価格を直接示すものではない。
2 建築費の統計と個別見積り
国土交通省の建築着工統計調査では,着工建築物の数,床面積及び工事費予定額等を確認できる。 建設工事費デフレーターは,建設工事に係る名目工事費額を基準時点の実質額へ換算し,建設工事費の価格変動を把握するための指数である。
これらの統計は市場全体の動向を把握する資料であり,個別建物の工事見積額ではない。 実際の建築費又は解体費は,地域,構造,用途,規模,仕様,地盤,アスベスト,接道,搬出条件及び工事時期等により大きく異なるため,設計図書及び現地条件を示して複数の事業者から見積りを取得する必要がある。
第8 出典・参考資料
1 法令
2 裁判例及び消費者庁資料
① 最高裁平成23年7月12日第三小法廷判決(平成22年(受)第676号,保証金返還請求事件,裁判集民事237号215頁。消費者庁「消費者契約法第2節(第8条~第10条)逐条解説」掲載) ② 最高裁令和6年6月24日第一小法廷判決(令和4年(受)第1744号,賃料減額等請求事件)
3 統計及び公的資料
① 総務省統計局「令和5年住宅・土地統計調査 住宅及び世帯に関する基本集計(確報集計)結果」 ② 国土交通省「不動産情報ライブラリ」 ③ 国土交通省「地価公示制度の概要」 ④ 国土交通省「不動産価格指数」 ⑤ 国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」 ⑥ 国土交通省「不動産鑑定評価制度」 ⑦ 国土交通省「建築動態統計調査」 ⑧ 国土交通省「建設工事費デフレーター」 ⑨ 国税庁「令和7年分譲渡所得の申告のしかた」及び「令和7年分路線価図等」 ⑩ 国土交通省「固定資産税評価と地価公示価格等との関係」
4 文献
① 山野目章夫監修・東京都不動産鑑定士協会編『ベーシック不動産実務ガイド〈第4版〉』(中央経済社,令和4年)66頁,89頁及び114頁
5 ウェブ資料
① LIFULL HOME’S「家賃相場」 ② UR都市機構「お申込み資格」 ③ 不動産公正取引協議会連合会「物件種別の『マンション』と『アパート』は何を基準に区分しているのか」 ④ 三鬼商事「オフィスマーケットデータ」 ⑤ 日本不動産研究所「第54回不動産投資家調査」 ⑥ 大阪府不動産鑑定士協会「鑑定おおさか」及び「大阪府エリア別不動産利回り調査」