第1 この記事の対象と結論
1 対象と基準日
本記事は,任意後見契約が登記されている本人について法定後見(後見・保佐・補助)の開始が申し立てられた場合,又は既に法定後見が開始している本人について任意後見監督人の選任が申し立てられた場合に,どちらの制度が優先するかを扱う。
中心となるのは,任意後見契約に関する法律(以下「任意後見契約法」という。)10条1項と4条1項2号にいう「本人の利益のため特に必要がある(である)と認めるとき」の意味と,その該当性が争われた裁判例である。
基準日は令和8年9月19日であり,条文は同日時点の現行条文をe-Gov法令検索で確認した。
令和8年法律第45号(民法等の一部を改正する法律。以下「改正法」という。)による改正後の条文は,e-Gov法令検索の未施行版と改正法の法律案本文で確認した。
素材として,大阪家庭裁判所後見センター編『大阪家庭裁判所後見センターだより』(大阪弁護士協同組合,2025年。以下「本書」という。)の第6章(任意後見)を用いた。
本書は,月刊大阪弁護士会の連載をまとめたもので,原則として各回の初出当時の運用を記載したものである(本書1頁)。
本記事で扱う回は,連載第9回(平成30年10月号初出,本書269頁~277頁),連載第10回(平成30年12月号初出,本書278頁~285頁),連載第38回(令和5年12月号初出,本書286頁~292頁)及び小窓「任意後見監督人選任申立てについて」(連載第10回初出,書籍化の際に令和6年6月時点の内容に更新,本書293頁)である。
大阪家庭裁判所の現在の運用は,同庁の「任意後見制度」のページ,「提出書類一覧表(任意後見)」(令和8年2月)及び「郵便切手及び予納金一覧(令和8年8月3日~)」で確認できた範囲で書き,確認できなかった点は本書の記載として区別する。
移行型の任意後見契約の仕組みや濫用防止策は移行型の任意後見契約―通常委任からの移行,濫用防止及び令和8年改正で,独身の高齢者が任意後見契約を結ぶ意味は独身の高齢者に任意後見契約が必要な理由で扱っているので,本記事では優先関係の判断に絞る。
2 結論
①任意後見契約が登記されていれば,任意後見監督人の選任の前後を問わず,家庭裁判所は「本人の利益のため特に必要があると認めるとき」に限り後見開始の審判等をすることができる(任意後見契約法10条1項)。
②既に法定後見が開始している本人について任意後見監督人の選任が申し立てられた場合は,法定後見の継続が「本人の利益のため特に必要であると認めるとき」を除き,任意後見監督人を選任して法定後見開始の審判を取り消す(同法4条1項2号・2項)。
③いずれの場面でも任意後見が原則であり,「特に必要」とは,任意後見契約の効力を否定して本人の自己決定が尊重されない結果となっても,なお法定後見を優先させるべき特別の必要性を意味すると本書は説明している(本書279頁)。
④裁判例は,代理権の範囲の不足,報酬の過大,受任者の不適格事由,契約の有効性への客観的な疑念,本人が法定後見を選ぶ意思を持っていることなど,任意後見契約によることが本人の保護に欠ける結果となる場合を「特に必要」に当たるとしている。
⑤実際に争われる事案の多くは親族間紛争であり,大阪家裁後見センターは,任意後見受任者の適格性に重点を置いて判断する例が多いとしている(本書290頁~291頁)。
もっとも,親族間に深刻な対立があるというだけでは,親族を任意後見人とすべきでない理由にはならないとも述べている(本書284頁注7)。
⑥本書が紹介する裁判例の結論は一方向ではなく,法定後見を優先させたもの(大阪高裁平成24年9月6日決定の判断内容,福岡高裁平成29年3月17日決定,水戸家裁令和2年3月9日審判)と,任意後見を優先させたもの(高松高裁令和元年12月13日決定)がある。
⑦大阪家裁への任意後見監督人選任申立ての郵便料は,本書の3,990円(令和6年6月現在)から,現在は郵便切手4,500円分,又は保管金5,000円と郵便切手1,100円分(本庁は切手不要)の選択制に変わっている。
⑧改正法の施行後は,任意後見の開始は「任意後見開始の審判」となり,法定後見は補助に一元化される。
登記された任意後見契約がある場合の補助開始は引き続き「本人の利益のため特に必要があると認めるとき」に限られる(改正後の任意後見契約法14条1項)が,現行10条3項に当たる規定は置かれておらず,補助と任意後見の併存を前提とした構造に変わる。
第2 優先関係を定める条文
1 任意後見契約が先に登記されている場合
(1) 10条1項
任意後見契約法10条1項は,「任意後見契約が登記されている場合には、家庭裁判所は、本人の利益のため特に必要があると認めるときに限り、後見開始の審判等をすることができる。」と定める。
「後見開始の審判等」は,後見開始,保佐開始又は補助開始の審判の総称である(同法4条2項)。
この規定は,任意後見監督人が選任される前(任意後見契約が発効する前)にも,選任された後にも適用される(本書278頁)。
任意後見契約が公正証書で締結され(同法3条),登記されている限り,法定後見の申立てをした親族の側が「特に必要」であることを示せなければ,法定後見は開始されない。
(2) 10条2項と不服申立て
同条2項は,「前項の場合における後見開始の審判等の請求は、任意後見受任者、任意後見人又は任意後見監督人もすることができる。」と定める。
任意後見受任者等が,任意後見の代理権では足りないと判断した場合に,自ら法定後見の申立てをすることができるようにした規定である。
また,後見開始の審判と保佐開始の審判に対しては,任意後見契約法10条2項に規定する者も即時抗告をすることができる(家事事件手続法123条1項1号,132条1項1号)。
そのため,任意後見受任者は,自分が関与しないまま法定後見が開始された場合にも,即時抗告によって10条1項の要件を争うことができる。
2 法定後見が先に開始している場合
任意後見契約法4条1項は,任意後見契約が登記されている場合において,本人の事理を弁識する能力が不十分な状況にあるときは,家庭裁判所は,本人,配偶者,四親等内の親族又は任意後見受任者の請求により任意後見監督人を選任すると定める。
ただし,同項2号は,「本人が成年被後見人、被保佐人又は被補助人である場合において、当該本人に係る後見、保佐又は補助を継続することが本人の利益のため特に必要であると認めるとき」を選任しない場合として挙げている。
そして,同条2項は,本人が成年被後見人等であるときに任意後見監督人を選任する場合には,家庭裁判所は後見開始の審判等を「取り消さなければならない」と定める。
つまり,法定後見が先行している場合も,原則は任意後見への切替えであり,法定後見を続けるには「特に必要」でなければならない(本書279頁)。
本書は,10条1項と4条1項2号の要件を同じ意味のものとして説明しており,本記事でも両者を合わせて「特に必要」の要件と呼ぶ。
なお,本人以外の者の請求により任意後見監督人を選任するには,本人がその意思を表示することができないときを除き,あらかじめ本人の同意が必要である(任意後見契約法4条3項)。
3 任意後見契約が終了するかどうか
(1) 任意後見監督人の選任後に法定後見が開始した場合
任意後見契約法10条3項は,「第四条第一項の規定により任意後見監督人が選任された後において本人が後見開始の審判等を受けたときは、任意後見契約は終了する。」と定める。
したがって,任意後見が発効した後に10条1項により法定後見が開始されると,任意後見契約は当然に終了する(本書278頁)。
(2) 任意後見監督人の選任前に法定後見が開始した場合
これに対し,任意後見監督人の選任前に法定後見が開始したときは,任意後見契約はなお存続すると解されている(本書279頁)。
本書は,その理由として,発効していない任意後見契約による保護と法定後見による保護のどちらを優先させるべきかについて,最終的な司法判断が示されたわけではないことを挙げている(本書279頁注2)。
この場合,法定後見の開始後に事情が変われば,任意後見受任者等が任意後見監督人の選任を申し立て,4条1項2号の問題として改めて判断を受ける余地が残る。
4 併存を認めない理由
現行法が法定後見と任意後見の併存を認めない理由として,本書は,成年後見人等と任意後見人が併存すると両者の代理権が競合するおそれがあり,本人の保護や取引の安全を十分に図ることが困難となること,及び両者について監督を行うことが実務上困難であることを挙げる立法担当者の説明を紹介している(本書278頁注1)。
この前提は,後記第8のとおり,改正法の施行後には変わることになる。
5 利用の規模
本書は,平成28年の任意後見監督人選任の申立件数が全国で791件にとどまり,法定後見と比べて利用が低調であると指摘していた(本書269頁)。
最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況―令和7年1月~12月―」によれば,令和7年の任意後見監督人選任の審判の申立件数は881件(前年は874件)であり,後見開始の29,233件,保佐開始の9,743件,補助開始の3,302件と比べると,現在も少ない。
同じ資料によれば,令和7年に終局した任意後見監督人選任事件は,認容731件,却下15件,その他93件である。
第3 前提問題――任意後見契約が有効であること
1 有効な契約が任意後見監督人選任の前提となる
任意後見契約も契約である以上,本人が意思能力を有し,契約の内容を理解した上で締結する意思(契約意思)を有していなければ有効に成立しない(本書270頁~271頁)。
任意後見契約法には明文の規定はないが,有効な任意後見契約の締結が任意後見監督人選任の要件であると解されており,契約に無効原因があると判断される場合には任意後見監督人選任の申立ては却下されると本書は説明している(本書271頁)。
優先関係が問題になるのは,契約が一応有効であることを前提にした場面であるから,まず有効性を検討し,次に「特に必要」を検討するという二段階になる(本書278頁)。
家事審判には民事訴訟の確定判決と同じ意味での既判力がないと解されているため,任意後見契約の有効性の確定的な判断は民事訴訟で示されることになる(本書271頁注6)。
もっとも,任意後見監督人選任の申立てを受けた家庭裁判所は,有効性について一応の判断を示した上で審理を進めることになると本書は述べている(本書271頁注6)。
本書によれば,実務上,有効性が問題になるのは,ある親族が任意後見監督人選任を申し立て,対立する別の親族が法定後見の申立てとともに任意後見契約の無効を主張するといったケースがほとんどである(本書271頁注4)。
2 公正証書と公証人の確認
任意後見契約は,法務省令で定める様式の公正証書によってしなければならない(任意後見契約法3条)。
本書は,公証人が原則として本人と面接し,本人の意思能力又は契約意思に疑義があるときは,診断書等の提出を求め,本人の状況等の要領を録取した書面を作成するものとされていることを紹介している(本書271頁)。
しかし,公正証書遺言の有効性が争われる事案が増え,遺言能力を欠くとして無効とする裁判例も見られることから,任意後見監督人選任の審理でも有効性を慎重に判断すべき場合があるとしている(本書271頁~272頁)。
3 即効型で問題になりやすい
本書は,任意後見契約の利用形態を,移行型(通常の委任契約から任意後見契約に移行する形態),即効型(契約締結の直後に任意後見監督人選任を申し立てて発効させる形態)及び将来型の3つに分けている(本書270頁)。
即効型は,判断能力が既にある程度低下した本人でも,契約締結の時点で意思能力を有する限り利用できるが,締結時点で判断能力が低下しているため,意思能力や契約意思が欠けるとして有効性が争われやすい(本書270頁,272頁)。
本書は,即効型について,本人が契約締結に積極的でないのに,受任者側が本人の財産を取り込む目的や,本人を囲い込んで将来の遺産分割の主導権を握る目的で契約締結に至るおそれがあることを指摘している(本書272頁)。
その典型として,①法定後見の申立人が,自分の推薦する候補者が後見人等に選任される見込みがなくなったときに申立てを取り下げ,自ら任意後見受任者となって任意後見契約を結び,任意後見監督人の選任を求める場合と,②法定後見の申立てをせずに任意後見契約を結び,任意後見監督人の選任を求める場合が挙げられている(本書272頁注10)。
また,受任者に不正な動機がない場合でも,契約締結時点で本人の判断能力が後見相当の状態まで低下していれば,意思能力や契約意思が欠けると判断される可能性がある(本書273頁)。
4 有効性が争われた裁判例
(1) 東京地裁平成18年7月6日判決
東京地裁平成18年7月6日判決(平成16年(ワ)第8119号,判例時報1965号75頁,裁判所HP未掲載)は,本人が弁護士を受任者として締結した先行の任意後見契約を解除し,養子の一人を受任者とする後行の任意後見契約を締結した事案で,別の養子が,解除と後行契約の当時に本人の意思能力がなかったと主張したものである(本書273頁)。
本書によれば,裁判所は,長谷川式簡易知能評価スケールの点数の推移,脳のMRI画像検査の所見,遺言能力に問題がない旨の診断書と認知機能障害がある旨の診断書,別件訴訟の鑑定結果等を詳細に認定し,先行契約の締結時には意思能力があったが,その後の一定時期以降は意思能力を喪失したと判断した(本書274頁)。
また,契約意思については,会社経営の承継をめぐる本人の考えの変化,受任者となった弁護士への信頼,養子縁組と公正証書遺言の作成を併せて行った経過等を認定し,先行契約は本人の意思に基づくものであったと判断した(本書274頁)。
(2) 大阪高裁平成24年9月6日決定(第一の争点)
大阪高裁平成24年9月6日決定(平成24年(ラ)第819号,家庭裁判月報65巻5号84頁,裁判所HP未掲載)は,本人が長女を受任者とする任意後見契約を締結した後,長男が後見開始を申し立て,長女が任意後見監督人の選任を申し立てた事案である(本書275頁)。
原審(神戸家裁尼崎支部平成24年6月8日審判,家庭裁判月報65巻5号96頁)は,長男の申立てを却下し,長女の申立てを認容して任意後見監督人を選任した(本書275頁,282頁)。
第一の争点である契約締結時の意思能力について,同決定は,長男が内容証明郵便で本人の財産の状況を問いただした約1か月後に契約が締結されたこと,要介護度3の認定を受けた際の認定調査票に短期記憶の障害,場所の理解の困難,金銭管理を長女に任せていること等が記載されていたことを認定し,契約締結の経緯には疑問があり判断能力は相当に低下していたとしながらも,意思能力を欠いていたとまでは認められないとした(本書275頁)。
その上で,第二の争点として「特に必要」の該当性を判断している(後記第5の2)。
5 有効性の判断資料
本書は,上記2件を比べ,有効性が争われる場合には,契約締結に至る経過を明らかにするだけでなく,専門的(医学的)知見に裏付けられた客観的な資料を収集することが重要であるとしている(本書276頁)。
即効型では,本人が医療機関を受診し,又は要介護認定を受けていることが多く,医療記録や要介護認定の関係資料の中に判断能力の程度を判断するのに適切な資料があることが少なくないという(本書276頁)。
契約意思については,①契約締結前後の本人と受任者の関係性や本人の言動と,②任意後見契約の内容(誰を受任者に選んだか,委任事務の範囲が包括的ではないか等)とが整合しているかが重要な考慮要素の一つになるとしている(本書276頁~277頁)。
そして,任意後見契約について相談を受けた弁護士は,契約の有効性を十分に精査する必要があり,事案によっては法定後見の利用を勧めるべき場合もあると述べている(本書277頁)。
第4 「本人の利益のため特に必要」の意味
1 特別の必要性
任意後見契約法が原則として任意後見を優先させるのは,本人の意思が反映された任意後見契約に基づく保護を優先させることが,本人の自己決定の尊重に資すると考えられるためである(本書279頁)。
そのため,「本人の利益のため特に必要」とは,任意後見契約の効力を否定して本人の自己決定権が尊重されない結果となっても,なお法定後見による保護を優先させるべき特別の必要性があることを意味すると本書は説明している(本書279頁)。
本書は,この規定を,特別養子縁組について「子の利益のため特に必要があると認めるとき」と定める民法817条の7と同様に,特別の必要性を要件とする趣旨の規定であると紹介している(本書279頁注3)。
2 立法担当者が挙げた例
立法担当者は,「特に必要」に当たる場合として,①任意後見契約で定めた代理権の範囲が狭く,本人の判断能力が減退・喪失しているため追加の授権が難しい場合と,②同意権・取消権を行使して本人を保護する必要がある場合を例示している(本書279頁,290頁)。
本書は,法定後見が優先すべき場合をこのように狭くとらえていることから,立法担当者は原則として任意後見を優先させる考えであったと解している(本書290頁)。
もっとも,現実に①②を理由とする事案は少数であり,親族間紛争がある事案で,一方の親族が任意後見監督人選任を申し立て,他方の親族が法定後見開始を申し立てて任意後見受任者の適格性を争う事案が多いとされる(本書279頁~280頁)。
3 裁判例による類型化
大阪高裁平成14年6月5日決定は,「特に必要」の意味を,諸事情に照らし,①任意後見契約所定の代理権の範囲が不十分である,②合意された任意後見人の報酬額が余りにも高額である,③任意後見契約法4条1項3号ロ・ハ所定の任意後見を妨げる事由がある等,要するに任意後見契約によることが本人保護に欠ける結果となる場合をいうと解した(本書281頁,290頁)。
高松高裁令和元年12月13日決定は,これをより詳細にし,①任意後見人の法的権限が不十分な場合,②任意後見人の不当な高額報酬の設定など任意後見契約の内容が不当な場合,③任意後見契約法4条1項3号に該当するように受任者に不適格な事由がある場合,④任意後見契約の有効性に客観的な疑念のある場合,⑤本人が法定後見制度を選択する意思を有している場合などを挙げた(本書288頁)。
本書は,同決定が平成14年決定の具体例に④⑤を加えた点を特色としている(本書290頁)。
任意後見契約法4条1項3号は,任意後見受任者が,イ 民法847条各号(4号を除く。)に掲げる者,ロ 「本人に対して訴訟をし、又はした者及びその配偶者並びに直系血族」,ハ 「不正な行為、著しい不行跡その他任意後見人の任務に適しない事由がある者」であるときは,任意後見監督人を選任しないと定める。
本書は,同号ロ・ハは任意後見契約の発効を妨げる事由であるから,これに該当する場合には任意後見よりも法定後見を優先させることが相当であるとする(本書282頁)。
他方,報酬の過大を理由とする類型は,本人の意思で締結した契約の内容を問題にするものであり,自己決定の尊重と反するようにも見えるが,任意後見が判断能力の低下した本人を保護するための制度である以上,契約内容が本人の利益を損ねる場合には法定後見を優先させる余地があるとしている(本書281頁~282頁)。
第5 裁判例の内容
1 大阪高裁平成14年6月5日決定
大阪高裁平成14年6月5日決定(平成13年(ラ)第1076号,家庭裁判月報54巻11号54頁,裁判所HP未掲載)は,夫婦である本人2名について長男が保佐開始を申し立てた後,二男を受任者とする任意後見契約が登記された事案である(本書280頁)。
原審(神戸家裁尼崎支部平成13年7月2日審判,家庭裁判月報54巻11号58頁)は,任意後見契約に全く触れることなく保佐を開始し,長男と二男の間に争いがあることを理由に第三者の弁護士を保佐人に選任した(本書280頁)。
同決定は,前記第4の3の一般論を示した上で,原審が「特に必要」の要件について何ら判断を示しておらず,積極的な審理・調査を尽くしていないとして,原審判を取り消して差し戻した(本書281頁)。
親族間に争いがあることだけを理由に,任意後見契約の存在を考慮しないまま法定後見を開始することは許されないことを示した例といえる。
2 大阪高裁平成24年9月6日決定(第二の争点)
前記第3の4(2)の事案で,同決定は,第二の争点として「特に必要」の該当性を判断した(本書282頁)。
本書によれば,同決定は,①長女の本人の財産への関わりについて,本人名義の口座から契約締結前に900万円が出金されて長女名義の口座に入金され,契約締結後に500万円が出金されて二女名義の口座に入金されたこと,長女との同居後に多数回の出金がされ,生活費としては高額で出金の仕方も不自然であること,長女が委任契約及び任意後見契約の受任者として本人から月額10万円の支払を受けていることは報酬として相当か疑問があることを指摘した(本書283頁)。
また,②長女が本人の生活・療養看護を介護施設にほぼ任せており,その関心は専ら本人の財産の管理にあると考えられることから,適切な療養看護を期待するのは困難であるとし,③推定相続人である長男,長女及び二女の間に本人の財産管理・療養看護をめぐる深刻な対立があること,契約が長男の内容証明郵便による問いただしの約1か月後に締結されたこと等を指摘した(本書283頁)。
そして,①から③までにより,任意後見契約法10条1項の「特に必要」に当たると認められる事情が存在すると結論付けた(本書283頁~284頁)。
同決定の主文は,原審判主文1項を取り消し,同部分を神戸家裁尼崎支部に差し戻すというものであり,高裁が自ら後見を開始したものではない。
本書は,同決定について,任意後見受任者が任意後見人としての適格性を欠く場合が「特に必要」に含まれることを端的に示すものと評価している(本書284頁)。
その上で,家庭裁判所が適格性を判断するに当たっては,本人の財産の費消・管理の状況に関する客観的な資料や,本人の健康状態,任意後見受任者による実際の療養看護の状況等を踏まえ,契約の締結前後を通じて受任者の財産管理・身上監護に不適切な点がないかを認定・判断することが多いとしている(本書284頁)。
3 福岡高裁平成29年3月17日決定
福岡高裁平成29年3月17日決定(平成28年(ラ)第429号,判例時報2372号47頁,裁判所HP未掲載)は,本人が長女を受任者とする任意後見契約(第1契約)を締結し,長女が任意後見監督人の選任を申し立てたが,本人が第1契約の発効に同意しなかったため,長女が申立ての趣旨を後見開始に変更した事案である(本書286頁)。
本人はその後,第1契約を解除し,長男を受任者とする任意後見契約(第2契約)を締結し,長男が任意後見監督人の選任を申し立てた(本書286頁)。
本書は,このような申立ての趣旨の変更が認められるかについては疑義もあると注意している(本書286頁注2)。
原審(福岡家裁平成28年10月27日審判,平成26年(家)第13320号,判例時報2372号51頁)は,第1契約の解除と第2契約の締結は,本人の意思能力を欠き又は公序良俗に反して無効であるとはいえないとした上で,本人と長男が代表取締役を務める会社との間に金銭の貸借関係があり,債務が完済されて問題が解決したとは言い難いことから,長男は本人と利害が対立する関係にあり受任者としての適格性を有しないとした(本書286頁~287頁)。
また,長男と長女が本人をめぐって対立し,本人がその間に挟まれて苦悩している中で,一方に包括的な代理権を与えるのは対立を激化させる原因となり相当でないとして,長女の後見開始の申立てを認容し,長男の任意後見監督人選任の申立てを却下した(本書287頁)。
抗告審は,会社が本人に返済すべき債務が完済されたかどうかが不明であり,長男が代表者である会社と本人との債権債務関係は長男の適格性に関わる重要な事実であるとして,法定後見を開始することが本人のために特に必要であると判示し,長男の抗告を排斥した(本書287頁)。
判例秘書INTERNETで両決定の全文を確認したところ,次の点も読み取れる。
①原審は2回の鑑定のうち,1回の診察と長谷川式簡易知能評価スケールの結果等から保佐相当とした第一鑑定を採用せず,3回の診察,画像診断等を経て後見相当とした第二鑑定を採用して後見を開始し,当事者間の対立が激しいこと等を考慮して,中立的な第三者である弁護士2名を成年後見人に選任した。
②抗告は長男ともう1人の子の2名がしており,同決定は,任意後見監督人選任の申立てを却下した部分に対する申立人以外の者の抗告を,その者は即時抗告をすることができない(家事事件手続法223条)として却下し,その余の抗告を棄却した。
③本人の判断能力は保佐相当であるとの予備的な抗告理由も,鑑定の負担や緊張が第二鑑定の検査結果に反映されたことを認めるに足りる資料はないなどとして排斥している。
4 高松高裁令和元年12月13日決定
高松高裁令和元年12月13日決定(令和元年(ラ)第119号,判例タイムズ1485号134頁,判例時報2478号70頁,裁判所HP未掲載)は,本人の二女が後見開始を申し立て(後に保佐開始及び代理権付与の申立てに変更),その後,本人の亡長女の子である孫が本人と委任契約及び任意後見契約を締結して登記がされた事案である(本書287頁)。
原審(徳島家裁阿南支部令和元年9月27日審判)は,本人と受任者が遠く離れて住んでいること,本人が家庭裁判所調査官に任意後見契約は締結していないと述べるなど契約内容の理解に疑問があることを理由に「特に必要」に当たるとして保佐を開始した(本書288頁)。
代理権付与の申立ては本人の同意がないとして却下された(本書288頁)。
保佐人に代理権を付与する審判は,本人以外の者の請求による場合には本人の同意がなければすることができない(民法876条の4第2項)。
本人の即時抗告を受けた抗告審は,前記第4の3の5類型を示した上で,任意後見契約によることが本人の保護に欠ける結果となるとは到底認められないとして,原審判を取り消し,保佐開始の申立てを却下した(本書288頁)。
受任者が遠方に住む点については,受任者が平成30年7月以降の16か月間に17回にわたり本人の住むケアハウスを訪れ,延べ51日間本人の身上監護をしていたことを,契約の有効性に疑問があるとされた点については,本人が抗告審で自筆の手紙により合理的な説明をしていることや原審の鑑定結果から意思能力を欠いていたとは認められないことを,それぞれ理由に排斥している(本書288頁~289頁)。
判例秘書INTERNETで全文を確認したところ,5類型の文言は前記第4の3のとおりであり,同決定は,任意後見契約が無報酬とされていることや,本人が一貫して法定後見制度は選択しない旨明言していることも指摘している。
本書が紹介する裁判例のうち,任意後見を優先させる結論をとったものは本決定である。
5 水戸家裁令和2年3月9日審判
水戸家裁令和2年3月9日審判(平成31年(家)第40764号,令和元年(家)第41286号,判例タイムズ1480号253頁,判例時報2490号44頁,裁判所HP未掲載)は,本人が弁護士を受任者とする任意後見契約を締結した後,本人の養子が後見開始を申し立て,受任者の弁護士が任意後見監督人の選任を申し立てた事案である(本書289頁)。
判例秘書INTERNETで全文を確認したところ,受任者の弁護士は,それ以前に本人の申立代理人として本人の妻の後見開始を申し立てて妻の成年後見人に選任され,妻の成年後見人として上記の養子に対する離縁の訴えを提起したが,養子から解任を申し立てられ,家庭裁判所の勧めにより辞任していた。
同審判は,本人とその妻をめぐって親族間に先鋭な対立があること,後見相当の診断書が作成された後に,本人の弟とその子に計1,500万円を寄託する旨の寄託契約が締結されて同額が払い戻されたほか,360万円が引出し又は振替されており,銀行取引の疑問点が解明されていないことを指摘した(本書289頁)。
また,受任者の弁護士は本人の弟と約20年来の知己であり,本人と弟の子らとの養子縁組の証人にもなっていたことから,権限濫用の具体的なおそれまでは認められないものの「公平らしさ」という点で問題が残ること,今後本人が財産上の契約をする可能性もあるところ,同意権・取消権のない任意後見制度では本人の保護に万全を期すことができるか問題があることなどを理由に,後見開始が「特に必要」であるとした(本書289頁)。
その上で,後見開始の申立てを認容して成年後見人を選任し,任意後見監督人選任の申立てを却下した(本書289頁)。
受任者が専門職であっても,親族との関係から中立性が問題とされ得ることを示した例である。
6 名古屋高裁平成26年2月7日決定
本書は取り上げていないが,代理権の範囲の不足と10条1項との関係に触れた裁判例として,名古屋高裁平成26年2月7日決定(平成25年(ラ)第392号,裁判所HP掲載)がある。
同決定は,任意後見人が本人の代理人として,本人の長男に対し本人との面会の禁止等を求める仮処分を申し立てた事案で,申立ては任意後見契約により授与された代理権限に含まれないとして不適法とした原決定を維持し,即時抗告を棄却した。
同決定は,任意後見制度は自らの意思で自己の後見内容を決するという自己決定の尊重の理念に基づくものであるから,任意後見人の権限の範囲は本人が締結した任意後見契約の内容によって定まると述べた。
その上で,任意後見契約における権限の制約により任意後見人が成年後見人と同様の権限を行使できず,本人の身上監護に支障が生じる場合には,任意後見契約法10条1項により成年後見への移行が検討されるべきであると述べている。
立法担当者が挙げた①の類型(代理権の範囲の不足)が問題となる場面を具体的に示した例といえる。
7 結論の向き
本書が紹介する5件と上記名古屋高裁決定を,結論の向きで整理すると次のとおりである。
| 裁判例 | 結論 | 主な理由 |
|---|---|---|
| 大阪高裁平成14年6月5日決定 | 保佐開始の原審判を取消し・差戻し | 原審が「特に必要」を判断していない |
| 大阪高裁平成24年9月6日決定 | 原審判主文1項を取消し・差戻し(「特に必要」に当たる事情ありと判断) | 受任者の不適切な財産管理,療養看護の不関与 |
| 福岡高裁平成29年3月17日決定 | 後見開始を維持(任意後見監督人選任申立ては却下) | 受任者が代表者の会社と本人との債権債務関係 |
| 高松高裁令和元年12月13日決定 | 保佐開始の原審判を取消し・申立て却下(任意後見を優先) | 受任者の身上監護の実績,契約の有効性に疑念なし |
| 水戸家裁令和2年3月9日審判 | 後見開始(任意後見監督人選任申立ては却下) | 未解明の銀行取引,受任者の中立性,取消権の必要 |
| 名古屋高裁平成26年2月7日決定 | 仮処分申立ての却下を維持 | 任意後見人の代理権の範囲外 |
本書は,「特に必要」の要件に関する裁判例はそれほど多く見当たらないとし,これらの裁判例の位置付けには注意が必要であるとしている(本書273頁,280頁,291頁)。
第6 大阪家裁後見センターの考え方
1 受任者の適格性が中心となる
本書は,任意後見と法定後見のいずれを優先させるべきかが問題となる事案では,親族間に深刻な紛争がある場合が多く,「特に必要」に当たるかどうかは任意後見人の適格性を中心に検討すべき場合が少なくないとしている(本書284頁~285頁)。
任意後見受任者が紛争の当事者になっている場合,紛争の激化を避けるために法定後見を選択して中立の第三者による保護を図る方が望ましいとも考えられる一方,このような場合こそ任意後見を選択した本人の意思を尊重すべき場合ともいえる(本書290頁)。
その上で,実務では,任意後見受任者の適格性に重点を置き,その受任者を任意後見人とすることで本人の利益を害するかどうかを慎重に検討していることが多いと述べている(本書290頁)。
2 親族間の対立だけでは足りない
本書は,大阪高裁平成24年9月6日決定が推定相続人間の深刻な対立を理由の一つとしたことについて,親族間に深刻な対立があるだけでは,およそ親族を任意後見人とすべきでない理由とはいえないと解している(本書284頁)。
例えば,適切に本人の財産管理・身上監護を行っている親族と,これに理由のない不服・不満を述べる親族が対立している場合に,対立があるという理由で前者を任意後見人としないのは,本人の自己決定の尊重と本人の保護のいずれの観点からも適切とはいえないとしている(本書284頁注7)。
同決定では,推定相続人間の対立が受任者である長女の不適切な行為によって引き起こされた点が考慮されていると本書は読んでいる(本書284頁)。
したがって,「家族の対立が深刻である」ことを独立の理由として法定後見を求めるのではなく,対立の原因が受任者の側の行為にあるかどうかを具体的な資料で示す必要がある。
3 後見センターが挙げる2つの例
本書(連載第38回・令和5年12月号初出)は,後見センター自身が本人の意思の尊重と本人の利益の保護の間で判断に悩む例が少なくないとして,次の2つの例を挙げている(本書291頁)。
1つ目は,本人と受任者が長年の友人関係にあり,本人が受任者を相当信頼していることは明らかであったが,受任者が高齢で,受任者自身の判断能力にも疑いがあった例である。
本書は,本人の意思を尊重するなら任意後見を優先するのが相当と思われるものの,このような場合には,後見開始をすることが本人の利益のため特に必要があると考えることができそうだとしている(本書291頁)。
2つ目は,本人の事理を弁識する能力が不十分な状況にあるのに,任意後見受任者が任意後見監督人選任の請求(任意後見契約法4条1項)をしない例である。
本書は,このような場合には,受任者の適格性はともかく,保佐相当の本人を保護するため第三者を保佐人に選任し,取消権及び同意権を付与することが特に必要であるとして,保佐開始の審判をすることが本人の利益のため特に必要があると考えられるとしている(本書291頁)。
任意後見契約は,受任者等が任意後見監督人の選任を申し立てなければ発効しないから,受任者が動かないこと自体が本人の保護の欠如につながる。
4 相談を受けた弁護士の留意点
本書は,紛争を抱えた親族から任意後見又は法定後見の利用について相談を受けた弁護士は,優劣が問題となる可能性を見据えて,親族間の紛争の実態を客観的な資料に基づき精査し,家庭裁判所が任意後見人の適格性についてどのような判断を示すかの見通しを立てておくことが重要であるとしている(本書285頁)。
第5の裁判例からすると,家庭裁判所が見ている資料は,おおむね①本人名義の口座の入出金の記録と,その使途についての受任者の説明,②受任者が実際に本人と面会し,身上監護に関わっている状況,③受任者と本人との利害関係(債権債務,取引関係),④受任者と対立する親族との関係,⑤受任者の年齢・健康状態,⑥契約締結の時期と経緯(法定後見の申立てや親族からの追及との前後関係)である。
任意後見受任者の側から任意後見を維持したい場合も,法定後見を求める側も,これらの事実を客観的な資料で示すことが中心になる。
任意後見が発効した後に任意後見人の不適格が明らかになった場合の解任(任意後見契約法8条)については,成年後見人の解任理由で扱っている。
第7 大阪家裁への任意後見監督人選任申立て
1 申立先と手続の流れ
任意後見監督人選任の審判事件は,本人の住所地を管轄する家庭裁判所の管轄に属する(家事事件手続法217条1項)。
大阪家裁の「任意後見制度」のページは,申立先は本人が現在住んでいる所(入所施設,入院中の病院など)により異なり,住民票の住所地とは限らないとしている。
同ページによれば,申立後,家庭裁判所調査官が申立人,本人及び任意後見受任者等から申立ての実情や本人の意見などを聴き,本人の親族に書面等で申立ての概要を伝えて意見を聴くこともあり,その上で本人の財産の内容や必要な支援の内容に応じて任意後見監督人を選ぶ。
家庭裁判所は,本人の精神の状況について医師その他適当な者の意見を聴かなければ任意後見監督人を選任することができず(家事事件手続法219条),本人の陳述,任意後見監督人となるべき者の意見,及び任意後見契約の効力が生ずることについての任意後見受任者の意見を聴かなければならない(同法220条1項1号・2項・3項)。
申立ては,審判がされる前であっても,家庭裁判所の許可を得なければ取り下げることができない(同法221条)。
本書が指摘する,法定後見の申立てを取り下げて任意後見に切り替える型の事案(前記第3の3)とは逆に,任意後見監督人選任の申立ての方は自由に取り下げられないことになる。
なお,任意後見監督人選任の申立てを却下する審判に対しては申立人が即時抗告をすることができる(同法223条1号)が,任意後見監督人を選任する審判は即時抗告ができる審判として列挙されていない(同法85条1項,223条)。
2 必要書類
大阪家裁の「提出書類一覧表(任意後見)」(令和8年2月)は,①申立書,②収入印紙800円分,③郵便料金,④登記用の収入印紙1,400円分,⑤申立事情説明書,⑥診断書,⑦鑑定についてのおたずね,⑧本人情報シートの写し,⑨本人の戸籍謄本,⑩申立人の住民票(申立人が任意後見受任者の場合)又は申立人の戸籍謄本(それ以外の場合),⑪本人の住民票,⑫任意後見契約の登記事項証明書と法定後見の登記されていないことの証明書,⑬任意後見契約の公正証書の写し,⑭親族関係図,⑮財産目録及び収支予定表,⑯財産関係等の資料のコピー,⑰任意後見受任者事情説明書を挙げている。
書式は後見ポータルサイトに掲載されており,鑑定についてのおたずねだけは大阪家裁の「任意後見制度」のページに掲載されている。
本書の小窓(令和6年6月時点)は,必要書類を14項目にまとめていたが,内容はおおむね現在の一覧表と同じである(本書293頁)。
現在の一覧表は,鑑定についてのおたずねを診断書から独立した項目とし,本人情報シートを「写し」としている。
3 法定後見の登記されていないことの証明書
本書は,任意後見監督人選任の審理では法定後見の開始審判の有無を確認する必要があるので,「法定後見登記がされていないことの証明書」を忘れずに提出するよう求めている(本書293頁)。
本人について既に法定後見が開始していれば,前記第2の2のとおり,任意後見契約法4条1項2号の判断と,選任する場合の法定後見開始の審判の取消し(同条2項)が必要になるからである。
現在の一覧表でも,任意後見契約の登記事項証明書と並べて「法定後見の登記されていないことの証明書」が挙げられている。
4 本書から変わった郵便料
本書の小窓は,予納郵便切手を3,990円分(令和6年6月現在)としていた(本書293頁)。
現在の「提出書類一覧表(任意後見)」(令和8年2月)と「郵便切手及び予納金一覧(令和8年8月3日~)」では,郵便料金は次のいずれかを選ぶ方式になっている。
①郵便切手4,500円分(500円×2枚,110円×20枚,100円×10枚,20円×10枚,10円×10枚)
②保管金5,000円(申立後に納付)と,申立てと同時に納付する郵便切手1,100円分(110円×10枚。本庁は不要)
収入印紙800円分と登記用の収入印紙1,400円分は,本書の記載と変わっていない。
任意後見監督人が選任された後の手続として,同ページは,任意後見監督人の報酬付与申立ての費用を収入印紙800円分と郵便切手110円分としている。
任意後見監督人の職務と報酬の考え方は,後見監督人とは――選任基準,職務,責任及び令和8年改正による制度再編と成年後見人等の報酬額の目安――大阪家裁の基準,令和7年全国実績及び申立手続で扱っている。
第8 令和8年改正後の優先関係
1 施行時期
改正法の成年後見制度に関する部分は,公布の日(令和8年6月24日)から起算して2年6月を超えない範囲内において政令で定める日から施行される(改正法附則1条)。
基準日現在,施行期日を定める政令は公布されておらず,未施行である。
改正の全体像は令和8年成年後見制度改正と関係法律61本の整備で扱っている。
2 任意後見開始の審判
改正後の任意後見契約法5条1項は,任意後見契約が登記されている場合において本人の事理を弁識する能力が不十分な状況にあるときは,家庭裁判所は,本人,配偶者,四親等内の親族,任意後見受任者,補助人,補助監督人又は任意後見開始の審判を請求することができる者として公正証書によって本人の指定した者の請求により,「任意後見開始の審判をする」と定める。
任意後見監督人は,任意後見開始の審判をするときに職権で選任されるが(改正後の同法7条1項),明らかに監督の必要がないと認めるときは選任しないことができる(同条5項)。
現行の4条1項2号(法定後見の継続が特に必要な場合)と4条2項(法定後見開始の審判の取消し)に相当する規定は,改正後の5条には置かれていない。
請求権者に補助人と補助監督人が加えられていることからすると,補助開始の審判を受けた本人について任意後見を開始することが予定されているといえる。
受任者の不適格事由は,改正後の5条1項2号に移り,イ 民法876条の6各号(4号を除く。)に掲げる者,ロ 本人に対して訴訟をし,又はした者及びその配偶者並びに直系血族,ハ 「不正な行為その他任意後見人の任務に適しない事由がある者」とされている。
現行の4条1項3号ハにある「著しい不行跡」の文言は,改正後の5条1項2号ハにはない。
また,改正後の5条1項3号は,他の任意後見契約の受任者が欠けるまでは任意後見開始の審判をしない旨の合意(不開始の合意。改正後の同法4条)がある場合に,その受任者が欠けていないときも開始しないこととしている。
3 補助との関係
改正後の任意後見契約法14条1項は,「任意後見契約が登記されている場合には、家庭裁判所は、本人の利益のため特に必要があると認めるときに限り、補助開始の審判をすることができる。」と定める。
法定後見が補助に一元化されるため,対象が「後見開始の審判等」から「補助開始の審判」に変わるが,「本人の利益のため特に必要」という要件はそのまま維持されている。
したがって,本記事で見た裁判例と本書の考え方は,改正後も14条1項の解釈の参考になると考えられる。
同条2項は,補助開始の審判の請求は,任意後見受任者,任意後見人,任意後見監督人(任意後見人が欠けたことにより任意後見契約が終了した時に任意後見監督人であった者で,終了の日から1年を経過していないものを含む。)又は改正後の5条1項の公正証書によって本人の指定した者もすることができると定める。
改正後の家事事件手続法123条1項1号も,補助開始の審判に対して,改正後の任意後見契約法14条2項に規定する者が即時抗告をすることができるとしている。
最も大きな違いは,現行10条3項(任意後見監督人の選任後に法定後見が開始すると任意後見契約が終了する)に相当する規定が,改正後の任意後見契約法に置かれていないことである。
そのため,施行後は,補助が開始しても任意後見契約は当然には終了せず,任意後見と補助が併存し得ることになる。
現行法で法定後見を優先させる理由とされてきた同意権・取消権の必要(後見センターの2つ目の例や水戸家裁令和2年3月9日審判)については,任意後見を残したまま,補助人に同意権(改正後の民法9条)や特定補助人の取消権(改正後の民法10条)を付与するという選択肢が生じる。
他方,受任者の不適格や不適切な財産管理が理由となる場面では,任意後見開始の審判をしない(改正後の任意後見契約法5条1項2号),又は任意後見人を解任する(改正後の同法12条)という判断が引き続き問題になる。
4 経過措置
改正後の任意後見契約法は,施行日前に締結された任意後見契約にも適用される(改正法附則6条1項本文)。
施行日前に締結された任意後見契約には,任意後見開始の審判がされた時から効力を生ずる旨の定めがあるものとみなされ(同条2項),施行日前にされた任意後見監督人の選任の請求(施行日前に審判が確定したものを除く。)は,施行日以後は任意後見開始の審判の請求とみなされる(同条3項)。
また,施行日前にされた後見開始又は保佐開始の審判の請求(施行日前に審判が確定したものを除く。)は,施行日以後は補助開始の審判の請求とみなされる(改正法附則2条8項,3条3項)。
そのため,施行日をまたいで任意後見と法定後見の申立てが競合している事案では,施行日以後は改正後の任意後見契約法14条1項の問題として判断されることになると考えられる。
これに対し,施行日前に後見開始又は保佐開始の審判を受けた本人とその成年後見人・保佐人については,附則に特別の定めがある場合を除き,民法の規定の適用は従前の例による(改正法附則2条1項,3条1項)。
施行日前に後見開始又は保佐開始の審判を受けた本人について,施行日以後に任意後見開始の審判が申し立てられた場合の調整について,改正法の条文から読み取れることは次のとおりである。
①附則2条1項・3条1項が従前の例によるとしているのは「民法の規定の適用」であり,任意後見契約法については,附則6条1項本文が,施行日前に締結された任意後見契約にも改正後の規定を適用するとしている。
改正後の任意後見契約法5条1項ただし書は,任意後見開始の審判をしない場合として,本人が未成年者であるとき(1号),受任者が不適格であるとき(2号)及び不開始の合意があるとき(3号)を挙げるだけで,本人が成年被後見人又は被保佐人であることは挙げていない。
現行の4条2項のような後見開始の審判等の取消しの規定もない。
②他方,改正法附則2条7項は,本人,配偶者,四親等内の親族又は従前の例による成年後見人若しくは成年後見監督人の請求により,家庭裁判所が施行日前の後見開始の審判を「取り消すことができる」と定め,保佐開始の審判についても準用している(附則3条2項)。
③また,従前の例による成年後見人等は改正後の補助開始の審判を請求することができ(附則2条4項,3条2項),補助開始の審判をするときは施行日前の後見開始又は保佐開始の審判を取り消さなければならない(附則2条6項,3条2項)。
ただし,任意後見契約が登記されている場合の補助開始は,改正後の任意後見契約法14条1項により「本人の利益のため特に必要があると認めるとき」に限られる。
④改正後の任意後見契約法5条1項の請求権者には補助人と補助監督人は含まれているが,従前の例による成年後見人・保佐人は含まれていない。
以上からすると,施行日前に後見開始又は保佐開始の審判を受けた本人について施行日以後に任意後見開始の審判がされても,後見開始又は保佐開始の審判は当然には取り消されず,附則2条7項(3条2項による準用を含む。)の取消しの請求によって調整することが想定されていると読める。
取消しの請求をしないまま任意後見開始の審判がされた場合には,従前の例による後見又は保佐と任意後見とが併存し,成年後見人の包括的な代理権と任意後見人の代理権が重なることになるが,その調整の方法は条文上明らかでない。
また,附則2条7項の取消しは「できる」とされているだけで,家庭裁判所が任意後見開始の審判と併せてこの取消しを行う運用になるかどうかも明らかでない。
これらの点は,附則9条に基づく政令,最高裁判所規則及び家庭裁判所の運用を確認する必要がある。
第9 出典・参考資料
1 法令
任意後見契約に関する法律(3条,4条,8条,10条) e-Gov法令検索
民法(817条の7,847条,876条の4) e-Gov法令検索
家事事件手続法(85条,123条,132条,217条,219条,220条,221条,223条) e-Gov法令検索
民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)による改正後の任意後見契約に関する法律(4条,5条,7条,12条,14条),民法(9条,10条,876条の6)及び家事事件手続法(123条),同法附則1条,2条(1項,4項~8項),3条(1項~3項),6条,9条 e-Gov法令検索(任意後見契約に関する法律・未施行版)
法務省「民法等の一部を改正する法律案」(法律案本文) 法務省
2 裁判例
大阪高裁平成14年6月5日決定(平成13年(ラ)第1076号,家庭裁判月報54巻11号54頁) 裁判所HP未掲載,判例秘書INTERNETで書誌と主文を確認
神戸家裁尼崎支部平成13年7月2日審判(家庭裁判月報54巻11号58頁) 裁判所HP未掲載
東京地裁平成18年7月6日判決(平成16年(ワ)第8119号,判例時報1965号75頁) 裁判所HP未掲載,判例秘書INTERNETで書誌を確認(本書273頁は掲載頁を44頁とするが,判例秘書INTERNETの書誌では75頁である。)
大阪高裁平成24年9月6日決定(平成24年(ラ)第819号,家庭裁判月報65巻5号84頁) 裁判所HP未掲載,判例秘書INTERNETで書誌と主文を確認
神戸家裁尼崎支部平成24年6月8日審判(家庭裁判月報65巻5号96頁) 裁判所HP未掲載
名古屋高裁平成26年2月7日決定(平成25年(ラ)第392号) 裁判所
福岡家裁平成28年10月27日審判(平成26年(家)第13320号,判例時報2372号51頁) 裁判所HP未掲載,判例秘書INTERNETで全文を確認
福岡高裁平成29年3月17日決定(平成28年(ラ)第429号,判例時報2372号47頁) 裁判所HP未掲載,判例秘書INTERNETで全文を確認
高松高裁令和元年12月13日決定(令和元年(ラ)第119号,判例タイムズ1485号134頁,判例時報2478号70頁) 裁判所HP未掲載,判例秘書INTERNETで全文を確認
水戸家裁令和2年3月9日審判(平成31年(家)第40764号,令和元年(家)第41286号,判例タイムズ1480号253頁,判例時報2490号44頁) 裁判所HP未掲載,判例秘書INTERNETで全文を確認
3 公的資料
大阪家庭裁判所「任意後見制度」 裁判所
大阪家庭裁判所「提出書類一覧表(任意後見)」(令和8年2月) 裁判所
大阪家庭裁判所「郵便切手及び予納金一覧(令和8年8月3日~)」 裁判所
最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況―令和7年1月~12月―」1頁~2頁 裁判所
裁判所「後見ポータルサイト」 裁判所
4 文献
大阪家庭裁判所後見センター編『大阪家庭裁判所後見センターだより』(大阪弁護士協同組合,2025年)1頁,269頁~293頁
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成年後見事件における親族の意向の取扱い――選任,職務遂行及び解任の各場面における法的地位
保佐人・補助人の権限と実務――同意権・取消権・代理権,金融機関への届出及び令和8年改正
令和8年成年後見制度改正と関係法律61本の整備
成年後見人等の報酬額の目安――大阪家裁の基準,令和7年全国実績及び申立手続
大阪家裁後見センターだより