第1 この記事が扱う対象と検索意図
大阪家庭裁判所には,成年後見関係事件(後見開始,保佐開始,補助開始及び任意後見監督人選任の各申立事件並びにその後の監督事務)を集中的に扱う部門があり,実務上「大阪家裁後見センター」と呼ばれている。この記事は,大阪家裁後見センターの組織上の位置付け,発足からの沿革,及び他庁にはみられない独自の運用実務を,大阪家庭裁判所自身が作成した公文書に基づいて整理するものである。
中心的な資料は,大阪弁護士会報「月刊大阪弁護士会」に平成29年から連載されている「大阪家裁後見センターだより」である。これは大阪家庭裁判所家事第4部が執筆する連載であり,司法行政文書開示請求によって全51回分の原本を確認することができた。あわせて,同センターの組織的位置付けを示す司法行政文書,関連する裁判例及び現行の民法・家事事件手続法の条文を確認した上で,東京家庭裁判所後見センターとの異同にも触れる。連載の第1回から第41回までは,内容ごとに並べ替えた上で書籍化されており(大阪家庭裁判所後見センター編『大阪家庭裁判所後見センターだより』(大阪弁護士協同組合,2025年)。以下「書籍版」という。),本記事は書籍版も参照している。書籍版は,原則として初出当時の運用を記載したもので,書籍化の際に一部を修正・加筆したものである(書籍版1頁)。
第2 大阪家裁後見センターの組織的な位置付け
「後見センター」は通称であり,正式な組織上の名称は大阪家庭裁判所家事第4部である。この点は,大阪家裁自身が作成した複数の司法行政文書のレターヘッドで確認できる。たとえば,平成30年7月付けで書記官室が作成した本人死亡後の監督に関する説明文書には「大阪家庭裁判所家事第4部(後見センター)」と記載され,令和元年7月付けの相続財産管理人選任事件に関する説明文書には「大阪家庭裁判所家事第4部財産管理係書記官室」と記載されている。
これらの記載から,家事第4部は,後見等関係事件を担当する後見センターと,相続財産管理人選任等の事件を担当する財産管理係という,少なくとも二つの係を内包する部であることが分かる。東京家庭裁判所の後見関係事件を扱う部門(家事第一部第二係)も,同じ家事第一部の中に財産管理を扱う第一係とハーグ条約関係事件を扱う第三係を置く構成になっており,後見と財産管理を同一部内の別係が分担するという組織設計は両庁に共通している(東京家裁後見センターの詳細については後掲リンク先の記事を参照)。
大阪家裁後見センターは,平成23年4月に部内に受付を設置し,後見等関係事件を申立てから終了まで一元的に管理する体制を整えた。管理事件数は,平成28年12月末時点で成年後見・保佐・補助・任意後見を合わせて約1万1000件,人員は裁判官・書記官・事務官・家庭裁判所調査官を合わせて約50名弱であった。庁舎内の運用としては,令和2年1月から庁舎2階の従来の執務室に加えて3階に新たな執務室を設け,後見等開始審判の申立てに関する書類を3階,就任後の定期報告等を2階で扱う,いわゆる分室化を実施している。その後の配置について,書籍版3頁は,家事第4部が平成29年4月から後見事件及び財産管理事件を担当していること,令和3年8月からは庁舎2階南側に受付係・監督係,3階南側に開始係・企画調整係が置かれていることを説明している。同頁によれば,後見センターの職員は裁判官,書記官,事務官及び家庭裁判所調査官を合わせて65名ほど(令和6年6月時点),管理している成年後見・保佐・補助・任意後見の事件は本人数で約1万5000件(令和5年12月末時点)であり,後見事件を専門的に扱う部署としては東京家裁に次いで2番目の規模である。
第3 沿革――発足から現在までの展開
「大阪家裁後見センターだより」は,平成29年5月号に第1回が掲載されて以降,おおむね2,3か月に一度のペースで連載が続けられ,令和8年8月現在で第51回に至っている。連載を通観すると,大阪家裁後見センターの運用は,おおむね次のような段階を経て拡充されてきたことが読み取れる。
発足当初は,後見人等の裁量の範囲や自主報告方式(平成27年4月から,家庭裁判所からの照会書発送を廃止し,後見人等の自主的な報告に委ねる運用)といった,監督の基本的な枠組みを整理する内容が中心であった。その後,平成28年10月13日に施行された成年後見の事務の円滑化を図るための民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(円滑化法)を受けて,本人死亡後の郵便物等の回送嘱託(民法860条の2)及び死後事務(民法873条の2)に関する運用が整備された。平成30年2月には,一定の要件を満たす後見開始申立事件について受理面接を省略する書面審理の運用が始まり,同年8月には,後見人等の監督範囲を本人死亡後の相続人等への財産引継ぎまで拡張する運用が導入されている(後記第6章)。
令和に入ってからは,令和4年2月に大阪独自の総合支援型後見監督人制度が運用を開始し(後記第4章),令和7年4月には後見等事務報告及び報酬付与申立てに関する全国統一書式が導入された。令和7年6月に取りまとめられた法制審議会の中間試案,及び令和8年2月12日の法制審議会第204回会議における民法等改正要綱案の採択という後見法制の大きな改正の動きについても,後見センターは連載の中で現場の視点から紹介を続けている(後記第8章)。
第4 大阪独自の制度① 総合支援型後見監督人
大阪家裁後見センターの運用のうち,他庁にみられない特徴が最も強く表れているのが,令和4年2月から運用が始まった総合支援型後見監督人の制度である。これは,親族が成年後見人等に選任された事案のうち,本人の流動資産が比較的高額であるものについて,専門職の後見監督人を選任した上で,財産管理面の監督だけでなく,身上保護事務や意思決定支援を含む後見事務全般について,親族後見人に対する指導・助言・相談対応を積極的かつ能動的に行わせる制度である(後見監督人の選任要件・職務の一般的な内容は別記事で解説している)。
当初の支援期間は選任から9か月間とされ,その間に後見人が「意思決定支援」「財産管理事務」「身上保護事務」「報告事務」「地域における相談窓口の理解」という五つの観点で一定の水準(後見センターは「到達点」と呼ぶ)に達したかどうかを監督人が確認する。到達点に至り,更なる支援が必要でない場合は監督人が辞任許可の申立てをする。到達点に至らないが支援を続ければ到達する見込みがある場合等には,当初支援期間を含めて最長2年まで総合支援型の監督期間が延長され得るほか,到達点に達した後も支援商品の利用に向けた支援が必要な場合には,到達点に達したと認定された時から最長3か月の延長が予定されている(書籍版195頁注12)。他方,当初支援期間が経過する前に到達点に達したと判断して支援を終えることは予定されておらず,到達点に達しないことが明らかな事案で支援を打ち切ることが否定されていないにとどまる(書籍版208頁注13)。選任基準となる流動資産額の目安は概ね500万円以上とされ,後見制度支援信託や支援預貯金といった支援商品の利用を検討する事案では概ね1200万円を超える流動資産の保有が一つの目安とされている。
だよりの連載によれば,令和4年2月の運用開始から令和5年11月末までの約1年10か月間で,総合支援型後見監督人の選任を検討した事件は317件,実際に選任された事件は265件(弁護士111件,司法書士142件,社会福祉士12件)に上り,当初支援期間が経過した72件のうち33件が辞任(到達点への到達)に至った一方,17件は支援期間が延長されている。書籍版211頁によれば,この延長17件は,いずれも親族後見人が到達点に達した上で,支援商品の契約締結に向けた支援を行うためのものであった。専門職向けのアンケートでは,制度に効果があったと回答した割合が73パーセントに上る一方,報告事務に関する指導・助言が難しかったとする回答が最も多く,支援する側にも一定の負担がある実情がうかがえる。支援期間,到達点の内容,延長の類型,支援終了後の監督人の類型及び同じ専門職が引き続き監督人となる「横滑り」の扱いは,大阪家裁の総合支援型後見監督人――対象,9か月の支援期間,到達点,延長と「横滑り」で詳しく扱っている。
第5 大阪独自の制度② 市民後見人へのリレー
大阪家裁後見センターのもう一つの特徴は,専門職後見人が就任した事案について,一定の要件を満たした段階で市民後見人へ引き継ぐ「リレー」の仕組みを制度的に位置付けている点である。大阪市における市民後見人の選任は平成20年1月に始まり,養成事業自体は平成18年度から行われている。大阪府内では,大阪市及び堺市はそれぞれの市社会福祉協議会が,その他の市町村は大阪府社会福祉協議会が,大阪弁護士会,公益社団法人成年後見センター・リーガルサポート大阪支部及び大阪社会福祉士会のいわゆる三士会(書籍版306頁~307頁)の協力を得ながら,市民後見人の養成,受任者調整及び活動支援を担う体制(大阪家裁後見センターだよりは「オール大阪体制」と表現している)が整えられている。
専門職後見人から市民後見人へのリレーを検討する要件としては,虐待や親族間の係争がないこと,本人の居所が市民後見人支援活動の実施地域内にあること,本人に自傷他害の行為がないこと,本人とのコミュニケーションが可能であること,預貯金が1200万円未満であること,後見事務費(交通費・通信費等)を本人の預貯金から支弁できることなどが挙げられている。大阪府内の市民後見人は,後見監督人を付けずに単独で受任し,無報酬で活動することが原則とされている。
もっとも,だより第49回によれば,令和6年4月1日時点で大阪府の市民後見人養成者数は1277人(全国5位),登録者数は652人(全国3位)に達している一方,実際に成年後見人等として受任している件数は168件にとどまり,登録者の約25パーセントにすぎない。後見センターは,本人と同居していない親族が存在するだけでリレーの対象から外れるものではないという理解の周知に努めるなど,制度の担い手を実際の受任に結び付けるための課題があることを認めている。現在,大阪家庭裁判所は,専門職の成年後見人に対し,定期報告の際に「市民後見人へのリレーについて(専門職後見人へのお尋ね)」(令和7年4月1日版)を提出するよう求めている(大阪家庭裁判所「成年後見」)。辞任の正当な事由,後任の選任及びリレーの手順は,成年後見人等の辞任と交代――正当な事由,後任選任の同時申立て,市民後見人へのリレーで扱っている。
第6 本人死亡後の後見等監督
成年後見人等の任務は本人の死亡によって当然に終了するが,管理していた財産を相続人等へ引き継ぐまでの間に不適切な処理がされる例が少なくないことから,大阪家裁後見センターは平成30年8月1日以降に死亡した本人について,相続人等への財産引継ぎが完了するまでの事務を新たに監督の対象とする運用に改めた。具体的には,本人の死亡を知った後見人等に対し,死亡の事実を証する書面を速やかに提出させた上で,死亡時を基準日とする財産目録,死亡時までの後見等事務報告書及びその裏付資料からなる「死亡時3点セット」の提出を求め,報酬付与審判を経た後は,原則として死亡から4か月以内に収支報告書及び相続人等への引継関係書類を提出させることとしている。
相続人が財産の引継ぎを拒む場合や相続人間に深刻な対立がある場合には,民法上の相続財産の保存に必要な処分(令和5年4月1日施行の相続法制改正前は民法旧918条2項,現行法では897条の2の相続財産の管理人及び952条の相続財産の清算人の各制度)の利用が検討される。だよりは,後見人等をそのまま相続財産の管理人や清算人に横滑りさせる選任(「スライド選任」)について,財産管理の適正さをチェックする機会が失われることから望ましくないとの立場を示している(相続財産管理人選任申立ての手引も参照)。
大阪家庭裁判所家事第4部が平成30年7月13日付けで作成した説明資料「本人死亡後の後見等監督に関する運用について」は,管理計算の報告及び財産の引継ぎは知れたる相続人の1人に対してすれば足りることを原則とした上で,元後見人等による相続財産管理人の選任申立て(当時の民法918条2項によるもの)を「親族間紛争型」と「相続人調査型」に分けている。親族間紛争型では,紛争性が極めて高いことに加え,借地権や住宅ローン付き住宅のように継続的な弁済が必要な財産,換価の難しい高価な動産のように継続的な管理が必要な財産があるなど,相続財産管理人を選任する必要があることを要件とし,申立ての前に,相続人に対して代表者を定めて引継ぎに応じるか遺産分割調停等を申し立てるよう期限を定めて促すこと,及び相続財産管理人には元後見人以外の弁護士を選任することを示している。相続人調査型は法律職以外の後見人等を想定したものであり,弁護士及び司法書士は自ら戸籍等を取得して調査できるため想定されていない。
本人死亡後の事務のうち,実務上とりわけ問題となるのが,民法873条の2第3号の許可(3号許可)の運用である。同号は「その死体の火葬又は埋葬に関する契約の締結その他相続財産の保存に必要な行為」を掲げるが,葬儀は火葬・埋葬と異なって公衆衛生上不可欠とはいえず,宗派や規模も様々であることから同号の対象とはされておらず,同条によって成年後見人が葬儀を行うことはできないと解されている。もっとも,大阪弁護士会「【全訂版】成年後見人の実務2023」130頁は,大阪家庭裁判所が,火葬及び納骨とセットで小規模で宗教色の薄い葬儀を行うような場合について,火葬に付随するものとして,その費用についての預貯金の払戻しを3号許可の対象とする扱いをしていることを紹介している。同書129頁以下は,納骨についても火葬・埋葬に準ずる行為として3号許可の対象になると考えられており,身寄りがない場合などには納骨に関する契約まで含めて許可を申し立てることができるとする。
大阪市立斎場における引取り手のない遺骨の保管,引渡しの誓約書及び合同埋蔵までの流れは,成年後見人の死後事務と遺骨の引取り-大阪市立斎場の保管,誓約書及び合同埋蔵(AI作成)で整理している。
同書131頁は,3号許可について所定の書式が用意されていること,及び大阪家庭裁判所が開庁日の午後3時までの申立てに対しては即日で判断するとしていることも紹介している。火葬の日程が死亡直後に決まることを踏まえた運用である。
死後事務を行った場合の報酬について,大阪家裁後見センターだより第8回は,報酬付与の申立ての時点までに何らかの死後事務を行ったときは付加報酬の付与を検討することになるとし,付加報酬を求める場合には事情説明書に行った死後事務の内容を記載して裏付資料とともに提出するよう求めている。また,同回は,第三者に対する債務等の弁済は本来的には相続人において行うべきものであって後見人が清算義務を負うものではないことを注記した上で,後見人が民法873条の2又は事務管理等に基づき死後事務の一環として弁済を行う場合を想定して説明していることを明らかにしている。
引継関係書類の提出期限は,報酬付与の申立ての有無と,引き継ぐべき財産が残るか否かによって異なる。相続人等への引継ぎが必要な事案では本人死亡から4か月以内,債務等を弁済した結果引き継ぐべき財産が残らない事案では,報酬付与の申立てをする場合は報酬付与の審判から1か月以内,報酬付与の申立てをしない場合は本人死亡から2か月以内とされ(書籍版243頁,260頁),収支報告書には5万円を超える収支について裏付資料を添付することとされている。期限内に書類を提出できない場合には,本人死亡から4か月の時点で進捗状況の報告書を提出することとされている。書籍版255頁注10は,本人死亡から4か月以内に何の連絡もないときは,使い込みのおそれも考え,民法863条2項の「必要な処分」として金融機関に口座の凍結を指示せざるを得ない場合もあるとしている。
もっとも,現在の大阪家庭裁判所の成年後見のページは,本人が亡くなったときは,2週間以内に死亡診断書又は除籍謄本のコピーを添えて裁判所に亡くなった旨を連絡するよう求め,その他に必要な書類があれば追って事務連絡で案内するとしており,上記の各期限を一般には公表していない。実際の提出書類と期限は,事務連絡で確認する必要がある。死亡後に家庭裁判所へ提出する書類の全体は本人死亡後に成年後見人が家庭裁判所へ出す報告書類――死亡の連絡,死亡時3点セット,収支報告書,引継書と期限で,相続人が財産を受け取らない場合の対応は相続人が遺産を受け取らないとき――成年後見人の引継ぎ,受領の催告,供託,民法897条の2の相続財産管理人で扱っている。
後見等監督人が選任されている事案では,死亡時3点セット及び引継関係書類は,まず後見人等から監督人に提出され,監督人がこれを精査した上で監督事務報告書を添付して後見センターに提出することが予定されている。同回は,本人の死亡前後は現金による臨時支出が生じることも多いため,現金については現金出納帳による管理を行うよう指導した上,通帳原本のみならず領収書類等の原本も適宜確認するよう監督人に求めている。
本人死亡後に元後見人ができることを,民法873条の2の死後事務,応急処分及び事務管理の三つの根拠に分けて整理したものとして,成年被後見人が死亡した後に元後見人ができること-民法873条の2の死後事務と事務管理(AI作成)がある。
第7 法定後見と任意後見の優劣が問題となった裁判例
任意後見契約に関する法律は,既に任意後見契約が締結・登記されている場合には,本人の自己決定権を尊重する観点から,法定後見よりも任意後見による保護を優先させることを原則としている。もっとも,家庭裁判所は,法定後見の開始又は継続が「本人の利益のために特に必要であると認めるとき」(任意後見契約法4条1項2号,10条1項)に限り,任意後見に優先して法定後見を開始し,又は継続することができる。この要件の該当性が争われた裁判例として,大阪家裁後見センターだよりが紹介しているものは次のとおりである。
1 大阪高裁決定平成14年6月5日
夫婦である本人2名について,長男が保佐開始を申し立てた後,二男を任意後見受任者とする任意後見契約が登記された事案である。原審(神戸家裁尼崎支部審判平成13年7月2日・家庭裁判月報54巻11号58頁)は,任意後見契約の存在に触れることなく保佐を開始し,長男と二男との間に争いがあることを理由に第三者の弁護士を保佐人に選任した。抗告審である大阪高裁は,「本人の利益のために特に必要であると認めるとき」の意義について,①任意後見契約で定められた代理権の範囲が不十分であること,②合意された任意後見人の報酬が著しく高額であること,③任意後見契約法4条1項3号ロ又はハに定める任意後見人の欠格事由に該当する事情があることなど,任意後見契約によることが本人の保護に欠ける結果となる場合を意味すると判示した上で,原審がこの要件について何ら判断していないとして原審判を取り消し,差し戻した。
2 大阪高裁決定平成24年9月6日
本人が長女を任意後見受任者とする任意後見契約を締結した後,長男が後見開始を申し立て,長女が任意後見監督人の選任を申し立てた事案である。原審(神戸家裁尼崎支部審判平成24年6月8日・家庭裁判月報65巻5号96頁)は長女の申立てを認め,任意後見監督人を選任した。大阪高裁は,長女が契約締結の前後に本人名義の預貯金口座から多額の金員を自己名義や妹名義の口座へ移していたこと,本人の療養看護をほとんど介護施設に委ねて自らはこれに関与していなかったこと,本人の推定相続人である長男・長女・二女の間に財産管理や療養看護をめぐる深刻な対立があったことなどを認定し,長女に任意後見人としての事務を行わせることは適切でないとして,「本人の利益のために特に必要であると認めるとき」に該当すると判断した。その主文は「原審判主文1項を取り消す。同部分を神戸家庭裁判所尼崎支部に差し戻す。」というものであり,大阪高裁自身が後見を開始したものではない。書籍版284頁は,親族間に深刻な対立があるだけでは親族を任意後見人とすべきでない理由にはならず,この事案では,推定相続人間の対立が長女の不適切な行為によって引き起こされた点が考慮されたと読んでいる。
3 福岡高裁・高松高裁・水戸家裁の裁判例
だより第38回は,任意後見人としての適格性が問題となった近時の裁判例として,福岡高裁決定平成29年3月17日(判例時報2372号47頁,原審は福岡家庭裁判所審判平成28年10月27日・同誌51頁),高松高裁決定令和元年12月13日(判例時報2478号70頁,原審は徳島家庭裁判所阿南支部)及び水戸家庭裁判所審判令和2年3月9日(判例時報2490号44頁)の3件を紹介している。書籍版286頁~291頁によれば,福岡高裁決定は,任意後見受任者が代表者を務める会社と本人との間の債権債務関係が清算されたか不明であり,受任者の適格性に関わる重要な事実であるとして,後見開始を認めた原審の判断を維持した。高松高裁決定は,「本人の利益のため特に必要があると認めるとき」とは,①任意後見人の法的権限が不十分な場合,②任意後見人の不当な高額報酬の設定など任意後見契約の内容が不当な場合,③任意後見契約法4条1項3号に該当するように受任者に不適格な事由がある場合,④任意後見契約の有効性に客観的な疑念のある場合,⑤本人が法定後見制度を選択する意思を有している場合など,任意後見契約によることが本人保護に欠ける結果となる場合をいうとした上で,保佐開始の審判を取り消し,保佐開始の申立てを却下して任意後見を優先させた。水戸家裁審判は,親族間の先鋭な対立,解明されていない銀行取引,受任者の公平らしさの問題及び同意権・取消権による保護の必要を理由に後見を開始した。書籍版290頁~291頁は,実務では任意後見受任者の適格性に重点を置いて検討していることが多いとしている。任意後見と法定後見の優劣は,任意後見と法定後見はどちらが優先するか――任意後見契約法10条1項・4条1項2号と裁判例で詳しく扱っている。裁判所ウェブサイトの裁判例検索では,上記5件のいずれも掲載を確認できなかった。このうち大阪高裁決定平成24年9月6日並びに福岡高裁,高松高裁及び水戸家裁の3件は,商用データベースである判例秘書INTERNETで書誌情報の一致を確認した。大阪高裁決定平成14年6月5日(平成13年(ラ)第1076号)も,判例秘書INTERNETで書誌と主文(原審判の取消し・差戻し)を確認した。
第8 後見人等の解任事由と後見法改正の動き
現行民法の下では,成年後見人,保佐人又は補助人に①不正な行為があるとき,②著しい不行跡があるとき,③その他後見等の任務に適しない事由があるときは,家庭裁判所は,後見等監督人,本人若しくはその親族若しくは検察官の請求により又は職権で,これらの者を解任することができる(成年後見人について民法846条,保佐人について民法876条の2第2項,補助人について民法876条の7第2項。任意後見人については任意後見契約に関する法律8条)。大阪家裁後見センターだよりは,③の「任務に適しない事由」について,財産管理事務又は身上保護事務において後見人等の裁量に逸脱・濫用があると認められる場合をいうものと理解していることを明らかにしている(成年後見人の解任事由の一般的な内容は別記事を参照)。
解任は,民法847条2号の欠格事由に該当し,以後その者が後見人等としての活動を一切できなくなるという重大な法的効果を伴うため,後見センターは,解任事由に該当すると判断される場合であっても,直ちに解任審判をするのではなく,まず辞任を促す運用を行っているとしている。
後見法制については,令和8年法律第45号による大改正が既に成立しており,後見・保佐の類型を廃止して補助に一元化することなどが定められているが,大阪家裁後見センターだよりは,これに先立つ法制審議会の審議動向を継続的に紹介してきた。だより第47回は,法制審議会民法(成年後見等関係)部会が令和7年6月10日に取りまとめた中間試案の甲案(現行制度の維持),乙1案及び乙2案(判断能力の低下と具体的な保護の必要性に応じて代理権・同意権を個別に付与する類型)を紹介し,令和4年10月の国連障害者権利委員会による勧告や,包括的な代理権による「代行」が自己決定権を過度に制約していないかという問題意識を取り上げている。
さらに,だより第50回(後見人等の解任)は,令和8年2月12日に開催された法制審議会第204回会議において民法等改正要綱案が採択され,法務大臣に答申された事実を明らかにした上で,改正後の解任事由は,補助人が不正な行為をしたとき,及び補助人がその任務に著しく反したことにより職務の継続が相当でないときの2類型に集約される一方,これらとは別に,補助開始の審判を受けた者の利益のため特に必要があるときという,欠格事由に当たらない新たな解任事由が設けられる予定であることを紹介している。この新たな解任事由がどのような場面で用いられるかについては,成年後見人等が本人と面談を行わないなどの客観的な言動があり本人が適切な保護を受けられなくなっている場合や,財産管理を担当する専門職後見人が身上保護を担当する親族後見人と適切な関係を構築できていない場合などが,法制審議会の部会資料において例示されていたとされる。
第9 東京家裁後見センターとの異同
東京家庭裁判所にも同様の集中処理部門(家事第一部第二係,通称「後見センター」)が置かれている。東京家裁後見センターは平成15年4月1日に開設されており,大阪家裁後見センターの発足(部内受付の設置は平成23年4月)よりも早い。後見監督人の選任基準についても,東京家裁は流動資産概ね1000万円以上の場合に原則として専門職監督人を選任するとしているのに対し,大阪家裁の総合支援型後見監督人は流動資産概ね500万円以上を選任の目安としており,両庁で基準額に差がある。
もっとも,両庁に共通する点も少なくない。財産管理事務のみならず身上保護事務や意思決定支援を含めて後見人等の事務を評価する姿勢,令和7年4月からの全国統一書式への対応,そして後見人等の選任・交代を柔軟に行う方向性は,いずれも第二期成年後見制度利用促進基本計画(令和4年3月25日閣議決定)が掲げる方針を踏まえたものであり,大阪家裁が総合支援型後見監督人と市民後見人へのリレーという独自の制度でこれを具体化しているのに対し,東京家裁は令和8年3月からのウェブ面接(Microsoft Teamsを利用,本庁及び立川支部限定)の導入など,別の側面から運用の改善を進めている。
ただし,全国統一は裁判所サイトに掲載された報告書式の内容を統一するものであり,全ての提出書類又は運用を全国一律にするものではない。各家庭裁判所が追加項目の書式を求める場合があり,終了報告書,本人死亡時の提出書類その他の個別運用は,提出先家裁の最新案内及び指示を確認する必要がある。
統一書式及び報酬付与申立事情説明書の具体的な書き方は,別稿「令和7年4月全国統一書式による後見等事務報告書・報酬付与申立事情説明書の書き方」を参照されたい。
第10 後見人等に交付されるハンドブックが示す日常の運用
大阪家庭裁判所は,同庁で選任した後見人等に「成年後見人・保佐人・補助人ハンドブック(Q&A付き)」(令和8年2月1日版。以下「ハンドブック」という。)を交付しており,同庁の成年後見のページにも掲載している。ハンドブックは,後見人等Q&A,後見等事務についての説明及び書式集から成り,大阪家庭裁判所で選任された後見人等を対象としているため,他の家庭裁判所の取扱いと一部異なる場合があるとしている(ハンドブック「はじめに」)。
第一に,後見人等は,就任後1か月以内に後見等事務報告書,財産目録及び収支予定表を提出し,その後は原則として年1回,本人の誕生月の1日から末日までに,裁判所からの催促を待たずに自主的に定期報告をする。期限内に提出がないときは,後見人等を解任して専門職の後見人と交代させることや,調査人を付して後見事務の状況を調査することがあるとされている(ハンドブック10頁,23頁,36頁)。
第二に,後見人等が本人の利益のために何をすべきかは基本的に後見人等の責任で判断するものとされ,裁判所は相談に応じたり具体的な指示をしたりしない。疑問点や連絡事項は,後見人等の方針や考えを添えて「連絡票」で書面により伝え,回答が必要な場合は裁判所が連絡票を受け取ってから2週間を目途に電話で連絡するとされている(ハンドブック24頁,40頁)。
第三に,連絡票で事前に連絡すべき事項として,遺産分割・相続放棄,大きな財産の処分,1件50万円以上の商品やサービスの購入及び債務の返済が挙げられている(ハンドブック41頁)。定期報告では,1回につき10万円以上の臨時収入・臨時支出を別紙で説明し,資料を添付する(ハンドブック書式集No.4-1)。
第四に,本人の財産を配偶者,子,孫などに贈与し,又は貸し付けることは原則として認められず,相続税対策を目的とする贈与等も同様とされている(ハンドブック17頁)。居住用不動産の処分には家庭裁判所の許可が必要であり(民法859条の3),ハンドブックは,本人が現在又は過去に居住した不動産や将来居住する予定の不動産を売却し,賃貸し,又は抵当権を設定する場合には許可の申立てが必要になると案内している(ハンドブック19頁,41頁)。
第五に,保佐監督人・補助監督人は,後見監督人と異なり,保佐人・補助人が重要な財産行為を行うときであってもその同意を要しないとされている(ハンドブック27頁)。民法876条の3第2項及び876条の8第2項は,後見監督人の同意について定める864条を準用していない。
なお,ハンドブックは,本人が死亡し相続人がいない場合には「相続財産管理人」の選任の申立てをするものと説明しているが(ハンドブック30頁),令和5年4月1日施行の改正後の民法952条の名称は「相続財産の清算人」である。また,成年後見人が本人の死亡後にすることができる死後事務(民法873条の2)については,ハンドブックに記載がないので,第6の本人死亡後の運用とあわせて確認する必要がある。
就任時の初回報告は「成年後見人等が就任したら最初にすること――大阪家裁への初回報告(財産目録・収支予定表)の期限と作り方」で,本人の財産から支出できるものは「成年後見人は本人の財産から何に支出できるか――親族の交通費・祝い金・扶養・贈与と大阪家裁の考え方」で,古い借金の返済を求められた場合の消滅時効の検討は「成年後見人は本人の古い借金を返してよいか――債務の存否の確認,消滅時効の援用及び家庭裁判所への連絡票」で扱っている。
出典
法令
- 民法(846条,849条,851条,858条,859条の3,860条の2,864条,873条の2,876条の2,876条の3,876条の7,876条の8,897条の2,952条)
- 家事事件手続法(47条)
- 任意後見契約に関する法律(4条,8条,10条)
- 老人福祉法(32条,32条の2)
裁判例
- 最高裁判所第一小法廷決定令和4年6月20日(令和3年(許)第13号,閲覧謄写申立て却下決定に対する抗告却下審判に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件) 裁判所ウェブサイト
- 大阪高等裁判所決定平成14年6月5日(家庭裁判月報54巻11号54頁,原審:神戸家庭裁判所尼崎支部審判平成13年7月2日・同誌58頁) 裁判所HP未掲載,判例秘書INTERNETで確認(平成13年(ラ)第1076号)
- 大阪高等裁判所決定平成24年9月6日(家庭裁判月報65巻5号84頁,原審:神戸家庭裁判所尼崎支部審判平成24年6月8日・同誌96頁) 裁判所HP未掲載,判例秘書INTERNETで書誌確認
- 福岡高等裁判所決定平成29年3月17日(判例時報2372号47頁,原審:福岡家庭裁判所審判平成28年10月27日・同誌51頁) 裁判所HP未掲載,判例秘書INTERNETで書誌確認
- 高松高等裁判所決定令和元年12月13日(判例時報2478号70頁,原審:徳島家庭裁判所阿南支部) 裁判所HP未掲載,判例秘書INTERNETで書誌確認
- 水戸家庭裁判所審判令和2年3月9日(判例時報2490号44頁) 裁判所HP未掲載,判例秘書INTERNETで書誌確認
公文書
- 大阪家庭裁判所家事第4部(後見センター)「大阪家裁後見センターだより」第1回~第51回,月刊大阪弁護士会掲載(司法行政文書開示請求により取得)
- 大阪家庭裁判所家事第4部「本人死亡後の後見等監督に関する運用について」(平成30年7月13日),「財産管理人選任事件申立てQ&A」(令和元年7月,同年11月改訂)(司法行政文書開示請求により取得)
- 大阪家庭裁判所後見センター編『大阪家庭裁判所後見センターだより』(大阪弁護士協同組合,2025年)1頁,3頁,195頁,208頁,211頁,243頁,255頁,260頁,284頁,286頁~291頁,306頁~307頁
- 大阪家庭裁判所「成年後見」(令和8年9月19日閲覧)
- 大阪家庭裁判所「成年後見人・保佐人・補助人ハンドブック(Q&A付き)」(令和8年2月1日版)10頁,17頁,19頁,23頁~24頁,27頁,30頁,36頁,40頁~41頁,書式集No.4-1
統計
- 最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況」各年版
- 最高裁判所ウェブサイト公表資料「後見人等による不正事例」
ウェブ資料
- 大阪意思決定支援研究会「意思決定支援を踏まえた成年後見人等の事務に関するガイドライン」(平成30年3月策定,令和2年3月及び令和6年12月補訂) 大阪弁護士会ウェブサイト(補訂のお知らせ)