第1 この記事の対象
1 対象と基準日
本記事は,相続によって得た財産の限度でだけ被相続人の債務及び遺贈を弁済する限定承認(民法922条)について,申述から,相続債権者及び受遺者への公告・催告,弁済の順序,相続財産の換価(競売と鑑定人の評価による価額弁済)までの手続を整理するものである。
令和8年9月19日時点の民法,家事事件手続法,民事執行法,裁判所ウェブサイトの「相続の限定承認の申述」の案内並びに裁判例を確認して作成した。
申述先の家庭裁判所の運用や必要書類は変わることがあるため,実際の手続では申述先の案内を確認する必要がある。
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限定承認をした場合の所得税(みなし譲渡),準確定申告,相続税及び住民税は,「限定承認と税金」で整理している。
熟慮期間の起算点と伸長は「相続放棄の3か月はいつからか」で,限定承認後の財産の処分等が問題となる法定単純承認は「相続の法定単純承認(民法921条)の実務」で整理している。
相続人がいない場合に相続財産清算人がする換価の競売と任意売却の比較は,「相続財産清算人による不動産の任意売却」で整理している。
第2 限定承認とは
1 限定承認の効果
相続人は,相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済すべきことを留保して,相続の承認をすることができる(民法922条)。
相続人が限定承認をしたときは,その被相続人に対して有した権利義務は,消滅しなかったものとみなされる(民法925条)。
そのため,相続人が被相続人に対して貸金債権を持っていた場合でも,混同によって消滅せず,相続債権者の一人として清算に加わることになる。
裁判所の案内は,限定承認を,被相続人の債務がどの程度あるか不明であり,財産が残る可能性もある場合等に,相続人が相続によって得た財産の限度で被相続人の債務の負担を受け継ぐものと説明している。
2 共同相続人全員でする必要がある
相続人が数人あるときは,限定承認は,共同相続人の全員が共同してのみすることができる(民法923条)。
相続の放棄をした者は,その相続に関しては初めから相続人とならなかったものとみなされるから(民法939条),放棄をした者を除いた残りの相続人全員で限定承認をすることになる。
相続財産の処分は単純承認とみなされるから(民法921条1号),共同相続人の一人がこれに当たる行為をすると,全員でする限定承認の前提が崩れるおそれがある。
限定承認を検討する段階では,相続人全員が相続財産の処分を控える必要がある。
3 限定承認を選ぶかどうか
限定承認をすると,相続債権者への公告・催告,財産の換価,按分による弁済といった清算の手続を相続人自身が担うことになる。
また,限定承認に係る相続によって譲渡所得の基因となる資産等が移転した場合には,その時の価額で譲渡があったものとみなされ(所得税法59条1項1号),被相続人の所得税の問題が生じる(前記「限定承認と税金」参照)。
債務超過が明らかな場合は相続放棄が,財産が債務を明らかに上回る場合は単純承認が選ばれるのが通常であり,限定承認は,債務の全容が分からない場合や,自宅等の特定の財産を残したい場合に検討される。
第3 限定承認の申述
1 申述の期間
限定承認は,自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内にしなければならない(民法915条1項本文)。
この期間は,利害関係人又は検察官の請求によって,家庭裁判所が伸長することができ(同項ただし書),相続人は,承認又は放棄をする前に相続財産の調査をすることができる(同条2項)。
期間内に限定承認も相続の放棄もしなかったときは,単純承認をしたものとみなされる(民法921条2号)。
2 申述先・費用・必要書類
限定承認の申述の受理は家事事件手続法別表第一の92の項の審判事件であり,相続が開始した地を管轄する家庭裁判所に申述する(同法201条1項)。
裁判所の案内は,申述先を被相続人の最後の住所地の家庭裁判所とし,費用を収入印紙800円分と連絡用の郵便切手としている。
申述は,当事者及び法定代理人並びに限定承認をする旨を記載した申述書を家庭裁判所に提出してしなければならない(家事事件手続法201条5項)。
裁判所の案内が挙げる標準的な添付書類は,被相続人の出生時から死亡時までの全ての戸籍謄本,被相続人の住民票除票又は戸籍附票,申述人全員の戸籍謄本等であり,相続人の順位に応じて必要な戸籍が加わる。
3 財産目録
相続人は,限定承認をしようとするときは,相続財産の目録を作成して家庭裁判所に提出しなければならない(民法924条)。
限定承認をした後であっても,相続財産の全部若しくは一部を隠匿し,私にこれを消費し,又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったときは,単純承認をしたものとみなされる(民法921条3号本文)。
目録は,預貯金,不動産,有価証券,債権及び債務を調査した上で作成し,把握できていない財産がある場合は,その旨と調査の状況を明らかにしておくことが望ましい。
4 相続人が数人ある場合の相続財産清算人
相続人が数人ある場合には,家庭裁判所は,相続人の中から相続財産の清算人を選任しなければならない(民法936条1項)。
家庭裁判所は,限定承認の申述を受理したときは,職権でこの相続財産の清算人を選任する(家事事件手続法201条3項)。
この清算人は,相続人のために,これに代わって,相続財産の管理及び債務の弁済に必要な一切の行為をする(民法936条2項)。
相続人がいない場合の相続財産清算人(民法952条)とは別の制度であり,相続人の中から選ばれる点に違いがある。
第4 相続債権者及び受遺者への公告・催告
1 公告
限定承認者は,限定承認をした後5日以内に,全ての相続債権者及び受遺者に対し,限定承認をしたこと及び一定の期間内にその請求の申出をすべき旨を公告しなければならず,その期間は2か月を下ることができない(民法927条1項)。
相続人が数人ある場合に選任された相続財産の清算人は,その選任があった後10日以内に公告をする(民法936条3項による読替え)。
公告には,期間内に申出をしないときは弁済から除斥される旨を付記しなければならないが,知れている相続債権者及び受遺者を除斥することはできない(民法927条2項)。
公告は官報に掲載してする(同条4項)。
2 個別の催告
限定承認者は,知れている相続債権者及び受遺者には,各別にその申出の催告をしなければならない(民法927条3項)。
金融機関,カード会社,税務署,地方公共団体,病院,施設,家主等,被相続人の郵便物や通帳の記録から分かる債権者には,個別に催告書を送ることになる。
3 公告・催告を怠った場合
限定承認者が公告若しくは催告をすることを怠り,又は申出期間内に相続債権者若しくは受遺者に弁済をしたことによって他の相続債権者若しくは受遺者に弁済をすることができなくなったときは,これによって生じた損害を賠償する責任を負う(民法934条1項前段)。
5日という期間は短いから,申述の準備と並行して,公告の原稿と催告先の一覧を用意しておく必要がある。
第5 弁済の順序
1 申出期間の満了前
限定承認者は,申出期間の満了前には,相続債権者及び受遺者に対して弁済を拒むことができる(民法928条)。
これは弁済を拒む権利を定めたものであり,期間内に弁済して他の債権者に弁済できなくなった場合の責任は民法934条1項が定めている。
2 申出期間の満了後
申出期間が満了した後は,限定承認者は,相続財産をもって,期間内に申出をした相続債権者その他知れている相続債権者に,それぞれその債権額の割合に応じて弁済をしなければならない(民法929条本文)。
ただし,優先権を有する債権者の権利を害することはできない(同条ただし書)。
弁済期に至らない債権も同じように弁済しなければならず,条件付きの債権又は存続期間の不確定な債権は,家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従って弁済する(民法930条)。
3 受遺者は相続債権者の後
限定承認者は,各相続債権者に弁済をした後でなければ,受遺者に弁済をすることができない(民法931条)。
4 申出をしなかった者
申出期間内に申出をしなかった相続債権者及び受遺者で限定承認者に知れなかったものは,残余財産についてのみその権利を行使することができる(民法935条本文)。
ただし,相続財産について特別担保を有する者は,この限りでない(同条ただし書)。
5 不当な弁済の責任
民法929条から931条までの規定に違反して弁済をしたときも,限定承認者は損害賠償責任を負う(民法934条1項後段)。
この規定は,情を知って不当に弁済を受けた相続債権者又は受遺者に対する他の相続債権者又は受遺者の求償を妨げない(同条2項)。
第6 相続財産の換価
1 換価は競売による
限定承認者は,弁済をするにつき相続財産を売却する必要があるときは,これを競売に付さなければならない(民法932条本文)。
この競売は,民法の規定による換価のための競売であり,担保権の実行としての競売の例による(民事執行法195条)。
相続債権者及び受遺者は,自己の費用で,相続財産の競売又は鑑定に参加することができ,参加の請求をした者を参加させないでした競売は,その者に対抗することができない(民法933条,260条2項)。
2 鑑定人の評価による価額弁済
限定承認者は,家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従い相続財産の全部又は一部の価額を弁済して,その競売を止めることができる(民法932条ただし書)。
自宅など特定の財産を手元に残したい場合に使われる方法であり,鑑定人の選任は家事事件手続法別表第一の93の項の審判事件として,限定承認の申述を受理した家庭裁判所に申し立てる(同法201条2項)。
価額を弁済した財産の登記や国税の差押えとの関係,所得税の扱いは,前記「限定承認と税金」で扱っている。
相続人がいない場合の相続財産清算人については,民法957条2項が932条ただし書を準用していないため,この方法で競売を止めることはできない。
3 剰余の見込みがない場合の競売の取消し
担保不動産競売では,不動産の買受可能価額が手続費用と差押債権者に優先する債権の見込額の合計額に満たないときは,差押債権者が一定の申出や保証の提供等をしない限り,手続が取り消される(民事執行法188条が準用する63条)。
東京高裁平成5年12月24日決定(平成5年(ラ)第820号・判例タイムズ868号285頁。裁判所HP未掲載)は,限定承認の場合の相続財産換価のための競売(民法932条)について,民事執行法195条が担保権の実行としての競売の例によるとし,63条も何らの留保なく準用しているとして,無剰余取消しの規定が適用されるとした。
同決定の事案では,抵当権等の優先債権の見込額が最低売却価額を上回っていたため,原裁判所が競売手続を取り消しており,限定承認者は,無剰余で取り消されると限定承認の手続を終わらせることができないと主張した。
同決定は,先順位の抵当権者等が自ら競売を申し立てないのは,担保債権の十分な満足を得られないため不動産の値上がりを待っているなどの事情があるのが通常であり,その期待を無視して,限定承認の手続を終わらせる目的だけで無剰余の競売を進めるのは相当でないとして,この主張を退けた。
その後,最高裁平成24年2月7日第三小法廷決定(平成23年(許)第31号・集民240号1頁)は,民法258条2項(当時。現在の同条3項)所定の競売を命ずる判決に基づく不動産競売について,民事執行法59条(売却に伴う担保権等の消滅)及び63条が準用されるとした。
同決定の補足意見は,いわゆる形式的競売の中でも,競売の目的によって63条の準用の有無を異にする解釈があり得るとしているが,限定承認の競売については前記東京高裁決定がある。
したがって,抵当権が付いた不動産で,担保債権の額が不動産の価額を上回っている場合には,限定承認者が申し立てた換価のための競売は無剰余を理由に取り消され得る。
その場合,限定承認者としては,担保権者が担保権を実行するのを待つか,鑑定人の評価による価額弁済によって財産を取得するか等を検討することになる。
第7 限定承認の後に注意すべきこと
1 財産の隠匿・消費
限定承認をした後であっても,相続財産の全部若しくは一部を隠匿し,私にこれを消費し,又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったときは,単純承認をしたものとみなされる(民法921条3号)。
限定承認をした共同相続人の一人又は数人について同条1号又は3号の事由があるときは,相続債権者は,相続財産をもって弁済を受けることができなかった債権額について,その共同相続人に対し,その相続分に応じて権利を行使することができる(民法937条)。
2 死因贈与を受けていた相続人
最高裁平成10年2月13日第二小法廷判決(平成8年(オ)第2168号・民集52巻1号38頁)は,不動産の死因贈与の受贈者が贈与者の相続人である場合において,限定承認がされたときは,死因贈与に基づく限定承認者への所有権移転登記が相続債権者による差押登記よりも先にされたとしても,信義則に照らし,限定承認者は相続債権者に対して不動産の所有権取得を対抗することができないとした。
限定承認をすれば死因贈与を受けた不動産を債務の引当てから外せる,という扱いは認められないことになる。
3 税金
限定承認に係る相続によって不動産や株式等の譲渡所得の基因となる資産が移転した場合には,その時の価額で譲渡があったものとみなされる(所得税法59条1項1号)。
準確定申告の期限,相続税及び住民税を含む税金の扱いは,「限定承認と税金」で整理している。
第8 出典
1 法令
① e-Gov法令検索・民法(260条,915条,921条~937条,939条,957条)
② e-Gov法令検索・家事事件手続法(201条,別表第一の92の項・93の項・94の項)
③ e-Gov法令検索・民事執行法(59条,63条,188条,195条)
④ e-Gov法令検索・所得税法(59条)
2 裁判例
① 東京高裁平成5年12月24日決定・平成5年(ラ)第820号・判例タイムズ868号285頁(裁判所HP未掲載)
② 最高裁平成10年2月13日第二小法廷判決・平成8年(オ)第2168号・民集52巻1号38頁
③ 最高裁平成24年2月7日第三小法廷決定・平成23年(許)第31号・集民240号1頁