第1 この記事の対象
1 対象と基準日
本記事は,相続人のあることが明らかでない場合に選任される相続財産清算人(民法952条)の手続で問題となる税金について,被相続人の滞納税の承継と差押え,清算人の報酬との優劣,被相続人の所得税の準確定申告,固定資産税,不動産の売却に伴う課税及び特別縁故者が分与を受けた場合の相続税を整理するものである。
令和8年9月19日時点の国税通則法,国税徴収法,地方税法,相続税法,消費税法,民法,国税庁及び国税不服審判所の公表資料並びに裁判例を確認して作成した。
個別の事案の課税関係は事実関係によって異なるため,実際の事件では所轄の税務署や地方公共団体に確認する必要がある。
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清算手続全体の流れは「相続人がいない場合の相続財産清算人」で,不動産を換価する場面は「相続財産清算人による不動産の任意売却」で整理している。
準確定申告一般は「準確定申告-4か月の期限・必要書類・書き方・e-Taxと相続税」で整理している。
相続人がいる場合を含め,被相続人の国税が相続人にどのように承継されるか(相続分による按分,納付責任額,限定承認・相続放棄の場合等)は「被相続人の未納の国税は相続人がどう引き継ぐか」で整理している。
第2 被相続人の税金は相続財産法人が引き継ぐ
1 国税
相続があった場合には,相続人又は民法951条の法人(相続財産法人)は,被相続人に課されるべき,又は被相続人が納付し,若しくは徴収されるべき国税(滞納処分費を含む。)を納める義務を承継する(国税通則法5条1項)。
相続人のあることが明らかでない場合には,相続財産は法人とされるから(民法951条),被相続人の所得税,消費税等の未納分は,相続財産法人が納める義務を負う。
2 地方税
地方税についても,相続人又は民法951条の法人は,被相続人に課されるべき,又は被相続人が納付し,若しくは納入すべき地方団体の徴収金を納付し,又は納入しなければならない(地方税法9条1項)。
住民税,固定資産税,国民健康保険税等の未納分も,相続財産法人が納める義務を負うことになる。
第3 滞納処分と清算手続
1 清算中でも滞納処分は妨げられない
国税不服審判所の令和6年10月4日裁決は,被相続人から滞納国税を納める義務を承継した相続財産法人について,家庭裁判所が選任した相続財産管理人(令和5年4月1日施行の民法改正前の名称。現在の相続財産清算人に当たる。)が開設した預金口座の預金債権を,原処分庁が滞納国税の徴収のために差し押さえた事案である。
同裁決は,相続財産法人に対する債権者は,相続財産管理人による清算が行われている場合であっても,相続財産法人に帰属する財産に対して強制執行や滞納処分を行うことが妨げられないとした。
また,破産手続では国税債権者は滞納処分の執行が制限される一方で破産管財人に交付要求をして配当等を受けるのに対し,相続財産管理人による清算手続では滞納処分の執行は制限されず,破産手続とは性質を異にするとして,清算手続を国税徴収法2条12号の強制換価手続に当たるものとは認めなかった。
国税通則法基本通達(徴収部関係)第5条関係21も,民法957条1項に規定する債権申出期間内であっても,相続財産に対しては滞納処分をすることができるとしている。
2 清算人の報酬は滞納処分で国税に優先しない
国税は,納税者の総財産について,国税徴収法第2章に別段の定めがある場合を除き,全ての公課その他の債権に先立って徴収する(国税徴収法8条)。
前記裁決の事案で,審査請求人(相続財産法人)は,相続財産管理人の報酬は相続財産に関する費用(民法885条)であり,民法929条ただし書の優先権を有する債権に当たり,また強制換価手続の費用の優先(国税徴収法9条)が準用されるなどとして,報酬が国税に優先するから,預金の残高が報酬を下回る以上,差押えは無益な差押え(国税徴収法48条2項)に当たると主張した。
同裁決は,民法885条や929条ただし書は滞納処分において相続財産管理人の報酬が国税に優先することの根拠にならず,国税徴収法9条も準用又は類推適用されないとして,この主張を退け,差押処分を適法とした。
これに対し,破産手続では,破産管財人の報酬は国税その他の公課に優先する。
最高裁第二小法廷昭和45年10月30日判決(昭和40年(オ)第1467号,民集24巻11号1667頁)は,旧破産法の下で,破産管財人の報酬は「破産財団ノ管理、換価及配当ニ関スル費用」に含まれ,破産財団をもってすべての財団債権を弁済することができない場合でも,国税その他の公課に優先して弁済を受けることができるとした。
現行の破産法152条2項も,破産財団が財団債権の総額を弁済するのに足りない場合に,破産財団の管理,換価及び配当に関する費用の請求権(同法148条1項2号)を他の財団債権に先立って弁済すると定めている。
清算手続と破産手続とでは,報酬と国税の優劣の扱いが異なることになる。
3 差押えの解除
徴収職員が差押えを解除しなければならないのは,差押えに係る国税の全額が消滅したとき,又は差押財産の価額が滞納処分費及び差押えに係る国税に先立つ他の国税,地方税その他の債権の合計額を超える見込みがなくなったときである(国税徴収法79条1項)。
国税の一部の納付等により差押財産の価額が著しく超過するに至ったとき,他の適当な財産を提供して差し押さえたとき等には,差押えを解除することができる(同条2項)。
固定資産税等の地方税も,滞納処分は国税徴収法に規定する滞納処分の例による(地方税法373条7項等)。
4 清算人と申立人への影響
前記裁決によれば,被相続人に滞納税がある事案では,清算人が回収して預金口座に集めた金銭が滞納処分によって差し押さえられ,清算人の報酬の原資が残らないことがあり得る。
清算人としては,選任後の早い段階で税務署や地方公共団体に滞納の有無と額を照会し,換価の見通しと報酬の原資を家庭裁判所に報告しておくことが考えられる。
清算人の選任を申し立てる債権者の側も,被相続人の滞納税が多い事案では,予納金が報酬に充てられて返還されない可能性を前提に申立てを検討することになる。
5 清算人名義の預金口座に対する差押え
高松地裁平成26年6月11日判決(税務訴訟資料(徴収関係判決)平成26年順号26-16)は,相続財産管理人(現在の相続財産清算人に当たる。)である弁護士が,自らの名義で開設した預金口座の預金は管理人個人に帰属するとして,被相続人の滞納所得税等のためにされた差押えの違法を主張し,取り立てられた金額の返還を求めた事案である。
同判決は,管理人の名義で相続財産法人のために開設され,相続財産である不動産の賃料等が入金されていた口座の預金は相続財産法人に帰属するとし,管理人個人の請求を棄却した。
同判決は,清算手続でも優先権のある債権者に対する優先弁済が行われること,破産法42条のような強制執行の禁止・失効の規定がないことから,滞納国税が預金から優先的に回収されても相続財産管理制度に反するとはいえないとし,相続財産法人が債務超過で債権者平等の扱いが求められるのであれば,相続財産の破産の手続によることが考えられるとも述べている。
控訴審の高松高裁平成26年11月4日判決(税務訴訟資料(徴収関係判決)平成26年順号26-37)も控訴を棄却したが,管理人が,管理業務の遂行に必要な費用を相続財産法人に帰属する財産からあらかじめ分離し,管理人個人に帰属する預り金として,家庭裁判所の監督に係る規定を守り,他の一般財産と区分して適正に管理することまでは禁じられていないと述べている。
同判決は,その事案では費用を分離して管理していたとはうかがわれないとして,預金は相続財産法人に帰属するとしたものである。
被相続人に滞納税がある事案では,清算人は,管理費用の扱いについて家庭裁判所と協議しておくことが考えられる。
6 清算手続で弁済する場合の国税と清算人の報酬
請求申出期間の満了後の弁済は債権額の割合に応じてするのが原則であるが,優先権を有する債権者の権利を害することはできない(民法957条2項が準用する929条)。
国税は,国税徴収法に別段の定めがある場合を除き,全ての公課その他の債権に先立って徴収されるから(国税徴収法8条),清算人が弁済をする場面でも,滞納国税は一般の相続債権者に先立って扱われることになる。
他方,清算人の報酬や管理費用は相続財産に関する費用として相続財産の中から支弁されるが(民法885条本文),清算人が弁済をする場面での報酬と国税との優先関係を判断した裁判例は,判例秘書で確認した範囲では見当たらない。
前記令和6年10月4日裁決と高松地裁・高松高裁の判決は,いずれも滞納処分がされた場面についての判断である。
第4 被相続人の所得税の準確定申告
国税庁の質疑応答事例「民法上の相続人が不存在の場合の準確定申告の手続」は,民法上の相続人も包括受遺者もいない場合について,相続財産法人は国税通則法5条1項により納税義務を承継するから,所得税法125条を類推して相続財産法人に適用するのが合理的であるとしている。
同事例によれば,所得税法120条の確定申告書を提出しなければならない場合は,相続財産法人の清算人が確定した日(裁判所から清算人に通知された日)の翌日から4か月を経過した日の前日までに,相続財産法人が準確定申告書を提出しなければならない。
還付を受けるための申告(所得税法122条)は相続財産法人が提出でき,確定損失申告(同法123条)は同じ期限までに提出できるとされている。
被相続人が年の中途で死亡した場合,死亡した年の1月1日から死亡日までの所得が対象となる。
被相続人に年金,給与,不動産の賃料等の収入があった場合は,源泉徴収票や通帳の記録から申告の要否を確認し,還付が見込まれる場合も含めて検討する。
第5 固定資産税
固定資産税の納税義務者である所有者は,登記簿等に所有者として登記又は登録がされている者をいうが,登記又は登録がされている個人が賦課期日前に死亡しているときは,賦課期日において当該土地又は家屋を現に所有している者をいう(地方税法343条2項)。
相続人のあることが明らかでない場合には,相続財産は相続財産法人に属するから,被相続人の死亡後の賦課期日の分は,相続財産法人に課されることになると考えられる。
被相続人の死亡前に課された分の未納額は,前記第2の2のとおり相続財産法人が承継する。
固定資産税を納めない期間が続けば,不動産が滞納処分で差し押さえられることもあるから,清算人は,換価の見通しと合わせて,納付の時期を検討する必要がある。
第6 不動産等の売却に伴う課税
土地(土地の上に存する権利を含む。)の譲渡及び貸付けには消費税が課されない(消費税法6条1項,別表第二第1号)。
他方,相続財産法人が不動産等を売却して利益が生じた場合や,被相続人の死亡後に賃料収入等が生じた場合に,法人税その他の課税がどのように扱われるかを明示した国税庁の公表資料は見当たらない。
税務大学校論叢101号(令和2年6月)の研究論文も,相続財産法人については準確定申告書の提出義務を論じるにとどまり,判例秘書で「相続財産法人」と「法人税」を組み合わせて検索しても裁判例・裁決は見当たらなかった。
建物を含む売却,賃貸不動産の管理の継続又は多額の売却益が見込まれる場合は,売却の前に所轄の税務署に確認し,必要に応じて税理士の助言を受けることになる。
清算人による不動産の売却の手続は,「相続財産清算人による不動産の任意売却」で整理している。
第7 特別縁故者が分与を受けた場合の相続税
1 遺贈による取得とみなされる
特別縁故者が民法958条の2第1項により相続財産の全部又は一部を与えられた場合には,その者が,与えられた時における当該財産の時価(財産評価について相続税法第3章に特別の定めがある場合はその評価額)に相当する金額を,被相続人から遺贈により取得したものとみなされる(相続税法4条1項)。
2 申告期限
この事由が生じたため新たに相続税の申告書を提出すべき要件に該当することとなった者は,その事由が生じたことを知った日の翌日から10か月以内に申告書を提出しなければならない(相続税法29条1項)。
被相続人の死亡から10か月ではなく,分与を受けたことを知った日から数える点に注意する。
3 基礎控除と2割加算
相続税の遺産に係る基礎控除額は,3000万円と600万円に相続人の数を乗じた金額との合計額である(相続税法15条1項)。
相続人のあることが明らかでない事案では,相続人の数を加える部分がないのが通常であり,基礎控除額は3000万円となる。
被相続人の一親等の血族及び配偶者以外の者が遺贈により財産を取得した場合は,相続税額に2割が加算される(相続税法18条1項)。
内縁の配偶者,いとこ,知人等の特別縁故者は,通常この加算の対象となる。
4 葬式費用等を支払っていた場合
相続税法基本通達4-3は,分与を受けた者が,被相続人の葬式費用又は療養看護のための入院費用等で相続開始の際にまだ支払われていなかったものを支払った場合において,これらの金額を相続財産から別に受けていないときは,分与を受けた金額からこれらの費用を控除した価額を分与された価額として取り扱うとしている。
特別縁故者として葬儀費用や入院費を立て替えていた場合は,領収書等を保存しておく必要がある。
5 適用される相続税法は相続開始時のもの
財産の価額は分与を受けた時の時価によるが(相続税法4条1項),税率や基礎控除等の計算に適用する法令は分与時のものではない。
名古屋地裁平成12年12月8日判決(平成12年(行ウ)第23号・税務訴訟資料249号1037頁)は,被相続人の死亡後に税制改正があり,特別縁故者が分与の審判確定時の相続税関係法令に基づいて申告した事案について,相続税法は全ての納税義務者について相続開始時を基準とした課税を予定しており,分与時の法令を適用すると遺贈で財産を取得した者と特別縁故者とで適用法令がまちまちになって相続税の総額の計算ができなくなるとして,相続開始日に施行されていた相続税法及び租税特別措置法を適用すべきであるとした。
被相続人の死亡から分与までの間に税制改正があった場合は,相続開始時の法令で計算する必要がある。
6 分与を受けた不動産を売却する場合
国税庁の質疑応答事例「相続財産の分与により取得した資産の取得費等」は,所得税法上,相続財産の分与として取得した財産を遺贈により取得したものとみなす規定はないから,分与を受けた不動産を譲渡した場合の取得の時期及び取得費について所得税法60条1項は適用されず,分与を受けた時にその時の価額で取得したことになるとしている。
被相続人の取得時期や取得費は引き継がれないから,分与を受けた後に不動産を売却する場合は,分与時の価額を取得費として譲渡所得を計算する。
第8 民法255条で他の共有者に帰属する場合
共有者の一人が相続人なく死亡し,特別縁故者への分与がされないため,民法255条により他の共有者がその持分を取得した場合,相続税法上は,その持分割合に応じて遺贈により取得したものとして扱われる(相続税法9条,相続税法基本通達9-12)。国税庁の質疑応答事例によれば,財産の評価時点は相続開始時,すなわち被相続人の死亡時である。
特別縁故者による分与請求がない場合,申告期限は分与請求期間満了の日の翌日から10か月以内である。分与請求がある場合は,分与額又は分与しないことの決定が確定したことを知った日の翌日から10か月以内である。特別縁故者が分与を受ける場合の取得時期・評価とは区別を要する。
民法255条による帰属の順序,登記記録例及び旧法の「死亡後13か月」という注記と現行法の関係は「相続人がいない共有持分は誰に帰属するか」で整理している。
第9 出典
1 法令
① e-Gov法令検索・国税通則法(5条)
② e-Gov法令検索・国税徴収法(2条,8条,9条,48条,79条)
③ e-Gov法令検索・地方税法(9条,343条,373条)
④ e-Gov法令検索・相続税法(4条,15条,18条,29条)
⑤ e-Gov法令検索・消費税法(6条,別表第二)
⑥ e-Gov法令検索・所得税法(60条,120条,122条,123条,125条)
⑦ e-Gov法令検索・民法(885条,929条,951条,952条,957条,958条の2)
⑧ e-Gov法令検索・破産法(42条)
2 裁判例・裁決
① 名古屋地裁平成12年12月8日判決・平成12年(行ウ)第23号・税務訴訟資料249号1037頁
② 高松地裁平成26年6月11日判決・税務訴訟資料(徴収関係判決)平成26年順号26-16(判例秘書L06951215。裁判所HP未掲載)
③ 高松高裁平成26年11月4日判決・税務訴訟資料(徴収関係判決)平成26年順号26-37(判例秘書L06920868。裁判所HP未掲載)
④ 国税不服審判所令和6年10月4日裁決
⑤ 最高裁第二小法廷昭和45年10月30日判決・昭和40年(オ)第1467号・民集24巻11号1667頁
3 公的資料
① 国税庁・質疑応答事例「民法上の相続人が不存在の場合の準確定申告の手続」
② 国税庁・相続税法基本通達4-3(相続財産法人から与えられた分与額等)
③ 国税庁・質疑応答事例「相続財産の分与により取得した資産の取得費等」
④ 中上可奈子「所得税の納税義務の承継について」税務大学校論叢101号(令和2年6月)
⑤ 国税庁「民法第255条の規定により共有持分を取得した場合の相続税の課税関係」(令和7年8月1日現在)