第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象
本記事は,交通事故の被害者が加害者に損害賠償を請求する場面で,既に支払を受けた金銭(既払金)を損害金の元本と遅延損害金のどちらに充当するかを扱う。
対象は,自賠責保険金,任意保険会社の内払・一括払,労災保険給付・公的年金給付,人身傷害保険金及び無保険車傷害保険金である。
調査基準日は令和8年9月19日であり,条文はe-Gov法令検索で,裁判例は裁判所HPの裁判例検索で確認した。
遅延損害金がいつから発生するか(起算日)と,何%で計算するか(利率)は,それぞれ不法行為・交通事故の遅延損害金はいつから発生するかと遅延損害金の利率は年3%か年5%かで扱う。
遅延損害金全体の概要は遅延損害金に関するメモ書きを参照されたい。
2 結論
結論は次のとおりである。
① 民法は,元本のほか利息等を支払うべき場合に,全部を消滅させるのに足りない給付がされたときは,費用,利息,元本の順に充当すると定めている(民法489条1項。改正前は491条1項)。
② 自賠責保険金が,支払時の損害金の元本及び遅延損害金の全部を消滅させるに足りないときは,遅延損害金にまず充当される(最高裁平成16年12月20日判決)。
③ 最高裁大法廷平成27年3月4日判決は平成16年判決を変更したが,変更の対象は遺族補償年金についての判断と抵触する限度であり,自賠責保険金を遅延損害金に先に充当するという部分は変更の対象になっていないと考えられる。
④ 任意保険会社の支払(内払・一括払)は,当事者間の合意によって元本に充当されることがあり,最高裁平成22年9月13日判決の事案では,元本に充当し,その元本に対する遅延損害金を免除する旨の黙示の合意が認定されていた。
⑤ 労災保険給付・公的年金給付は遅延損害金ではなく損害の元本と調整し,人身傷害保険金を支払った保険会社は損害金元本の請求権だけを代位取得し,無保険車傷害保険金は損害元本から自賠責保険金等の全額を差し引いて算定する。
⑥ どの充当方法によるかで,残る元本と遅延損害金の額が変わるから,示談案や請求書面では,既払金の支払者,支払日,金額及び充当先を一つずつ確認する必要がある。
第2 弁済の充当に関する民法の規定
1 元本・利息・費用の充当順序(民法489条)
民法489条1項は,次のとおり定めている。
「債務者が一個又は数個の債務について元本のほか利息及び費用を支払うべき場合(債務者が数個の債務を負担する場合にあっては、同一の債権者に対して同種の給付を目的とする数個の債務を負担するときに限る。)において、弁済をする者がその債務の全部を消滅させるのに足りない給付をしたときは、これを順次に費用、利息及び元本に充当しなければならない。」
条文の文言は「利息」であるが,最高裁平成16年12月20日判決は,不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金について,改正前の民法491条1項を参照して,遅延損害金にまず充当されると判断している(第3の1)。
不法行為に基づく損害賠償債務は,催告を要せず損害の発生と同時に遅滞に陥るから(最高裁昭和37年9月4日判決),交通事故の場合,事故日から支払日までの遅延損害金が既払金の支払時点で既に発生していることになる。
2 指定充当(民法488条)との関係
民法488条は,同種の給付を目的とする数個の債務がある場合に,弁済をする者が給付の時に充当すべき債務を指定でき(1項),弁済をする者が指定しないときは弁済を受領する者が指定できる(2項)と定めている。
ただし,同条1項は,指定充当ができる場面から「次条第一項に規定する場合」を除いている。
したがって,元本のほか遅延損害金を支払うべき場合に,弁済をする者が一方的に「元本に充当する」と指定しても,民法489条1項の順序を変えることはできない。
民法489条2項は,費用,利息又は元本のいずれかの全てを消滅させるのに足りない給付をしたときについて,488条を準用している。
これは,例えば複数の債務の遅延損害金の一部だけを消滅させる給付がされた場合に,どの債務の遅延損害金に充てるかを決める規定であり,元本と遅延損害金の順序そのものを変える規定ではない。
3 合意による充当(民法490条)
民法490条は,次のとおり定めている。
「前二条の規定にかかわらず、弁済をする者と弁済を受領する者との間に弁済の充当の順序に関する合意があるときは、その順序に従い、その弁済を充当する。」
したがって,加害者側と被害者との間に「支払額を元本に充当する」という合意があれば,489条1項の順序によらず,元本に充当される。
第4で述べる任意保険会社の支払は,この合意による充当が問題となる場面である。
4 改正前の条番号と経過措置
令和2年4月1日に施行された民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)の前は,元本・利息・費用の充当順序は民法491条1項に定められていた。
最高裁平成16年12月20日判決が「民法491条1項参照」としているのは改正前の条番号であり,現行法では489条1項がこれに当たる。
現行の民法491条は「数個の給付をすべき場合の充当」の規定であり,条番号が同じでも内容が異なるから,引用するときは注意が必要である。
同法附則25条2項は,次のとおり定めている。
「施行日前に弁済がされた場合におけるその弁済の充当については、新法第四百八十八条から第四百九十一条までの規定にかかわらず、なお従前の例による。」
したがって,令和2年3月31日以前に支払われた既払金の充当には改正前の規定が適用され,同年4月1日以後に支払われた既払金の充当には現行の規定が適用される。
第3 自賠責保険金は遅延損害金に先に充当される
1 最高裁平成16年12月20日判決
(1) 事案
最高裁判所第二小法廷平成16年12月20日判決(平成16年(受)第525号,集民215号987頁)は,平成11年2月24日の交通事故で死亡した被害者の相続人が,加害車両の運転者及び保有者に損害賠償を請求した事案である。
相続人らは,平成13年2月28日に自賠責保険から3,000万3,800円の支払を受け,このほか労災保険法に基づく遺族補償年金と厚生年金保険法に基づく遺族厚生年金の支給を受けていた。
原審は,損害賠償請求権は損益相殺的な処理を行った後の損害額について成立するとして,弁済充当に関する民法の規定を適用又は類推適用する余地はないと判断していた。
(2) 判示
最高裁は,損害賠償債務は事故の日に発生し,何らの催告を要することなく遅滞に陥ったとした上で,次のとおり判示し,原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があるとした。
「本件自賠責保険金等によっててん補される損害についても,本件事故時から本件自賠責保険金等の支払日までの間の遅延損害金が既に発生していたのであるから,本件自賠責保険金等が支払時における損害金の元本及び遅延損害金の全部を消滅させるに足りないときは,遅延損害金の支払債務にまず充当されるべきものであることは明らかである(民法491条1項参照)。」
ここでいう「本件自賠責保険金等」は,自賠責保険金と遺族補償年金・遺族厚生年金を合わせた呼び方である。
なお,この判決の判示事項(判決の要旨として掲げられた部分)は遺族厚生年金を控除すべき逸失利益の範囲であり,充当の部分は判決の理由中の判断である。
2 最高裁大法廷平成27年3月4日判決による変更の範囲
(1) 変更の対象
最高裁判所大法廷平成27年3月4日判決(平成24年(受)第1478号,民集69巻2号178頁)は,遺族補償年金について,逸失利益等の消極損害の元本との間で損益相殺的な調整を行い,特段の事情のない限り,その塡補の対象となる損害は不法行為の時に塡補されたものと法的に評価すべきであると判断した。
その上で,平成16年判決について「上記判断と抵触する限度において,これを変更すべきである。」と述べた。
この事件で上告人らが引用したのは,平成16年判決のうち「遺族補償年金等」が遅延損害金にまず充当されるとした部分であった。
(2) 自賠責保険金についての判断が変更されていないと考えられる理由
大法廷判決が示した「上記判断」は,労災保険法に基づく遺族補償年金の目的と塡補の対象に着目したものであり,遅延損害金は遺族補償年金と同性質でも相互補完性があるともいえないという理由に基づいている。
自賠責保険金は,労災保険法に基づく保険給付のように特定の損害を定期的に塡補する給付ではなく,大法廷判決は自賠責保険金の充当について何も述べていない。
したがって,平成16年判決のうち,自賠責保険金を遅延損害金に先に充当するという部分は,大法廷判決と抵触せず,変更の対象になっていないと考えられる。
このことは,最高裁判所第一小法廷平成22年9月13日判決(平成20年(受)第494号・第495号,民集64巻6号1626頁)の結論からもうかがわれる。
同判決は,労災保険給付と公的年金給付を損害の元本と調整すべきものとした上で,被害者の請求を「自動車損害賠償責任保険契約に基づく損害賠償額の支払の日の翌日」から遅延損害金の支払を求める限度で認容した。
自賠責保険金の支払日までの遅延損害金は自賠責保険金から充当され,その翌日から残元本に遅延損害金が付くという扱いと整合する。
遺族補償年金その他の遺族年金と遅延損害金の関係は,遺族補償年金・遺族厚生年金と遅延損害金で扱う。
3 自賠責保険会社自身の遅延損害金との区別
ここで述べた充当は,被害者が加害者に対して有する損害賠償債権についての話である。
被害者が自賠法16条1項に基づき自賠責保険会社に直接請求した場合に,保険会社自身がいつから遅滞の責任を負うかは別の問題であり,同法16条の9第1項の「必要な期間」の経過時からとされている(平成22年4月1日以後の事故)。
この点は自賠責保険の被害者請求と遅延損害金で扱う。
自賠責保険から支払われる額の算定基準は,自賠責保険の支払基準を参照されたい。
第4 任意保険会社の内払・一括払と元本充当
1 任意保険金の支払と黙示の合意
(1) 最高裁平成22年9月13日判決の事実関係
最高裁平成22年9月13日判決は,原審の適法に確定した事実関係として,被害者と加害者とが,任意保険金の各支払に当たり,次の黙示の合意をしたことを掲げている。
「支払を受けた保険金を本件事故による損害金の元本に充当し,これによって消滅する損害金の元本に対する遅延損害金の支払債務を免除する旨の黙示の合意をした。」
この合意は,同判決の争点(労災保険給付・公的年金給付の調整)とは別に,事実関係として確定していたものであり,最高裁が任意保険金の支払には常に黙示の合意があると判断したものではない。
もっとも,任意保険会社の支払について,元本に充当する旨の黙示の合意が認定されることがあることは,この判決からも確認できる。
(2) 東京地裁民事第27部の取扱い(元記事の紹介)
元記事である遅延損害金に関するメモ書きは,『実務に役立つ交通事故判例―東京地裁民事第27部裁判例から』327頁の記載として,東京地裁交通部では,自賠責保険の損害賠償額は遅延損害金から充当し,対人賠償責任保険からの支払は損害費目との結び付きが明確であれば元本に充当する黙示の合意を認めている旨を紹介している。
本記事の作成に当たって同書の該当頁は改めて確認していないが,平成22年判決の事案で認定された黙示の合意と同じ方向の取扱いである。
治療費を病院に直接支払う場合や,休業損害を月ごとに内払する場合のように,支払と損害費目との結び付きが明確な場面が典型例と考えられる。
2 元本充当と遅延損害金の免除の区別
元本に充当する旨の合意があるとしても,それだけで事故日から支払日までの遅延損害金が消えるわけではない。
平成22年判決の事案では,元本充当に加えて,消滅する元本に対する遅延損害金を免除する旨の合意まで認定されていた。
元本に充当するだけで免除の合意がなければ,事故日から支払日までの遅延損害金は未払のまま残り,被害者はこれを請求できることになる。
この違いは第6の計算例で示す。
3 一括払の場合
任意保険会社の一括払は,任意保険会社が自賠責保険の部分も含めて被害者に支払い,後に自賠責保険から回収する仕組みである(任意保険の示談代行とは参照)。
そのため,一括払による既払金には,自賠責保険に相当する部分と任意保険独自の部分が混在していることがある。
一括払による既払金を自賠責保険金と同じく遅延損害金に先に充当すべきか,任意保険金として元本に充当する合意を認めるべきかについて,本記事の調査の範囲では,裁判所HPで確認できる最高裁判例を見つけることができなかった。
実務では,支払明細や示談案の既払金欄で,支払者と支払の名目を確認しておく必要がある。
第5 社会保険給付・人身傷害保険金・無保険車傷害保険金との違い
1 労災保険給付・公的年金給付
労災保険給付や公的年金給付は,既払金の「充当」ではなく,損益相殺的な調整の問題として扱われる。
最高裁平成22年9月13日判決は,傷害・後遺障害の事案で,療養給付・休業給付と障害年金等について,塡補の対象となる損害と同性質であり,かつ,相互補完性を有する損害の元本との間で調整すべきであり,遅延損害金との間で調整することは相当でないと判断した。
そして,制度の予定するところと異なってその支給が著しく遅滞するなどの特段の事情のない限り,塡補の対象となる損害は不法行為の時に塡補されたものと法的に評価するとした。
その結果,これらの給付で塡補された元本部分には,事故日から支給日までの遅延損害金も発生しないことになる。
死亡事案の遺族補償年金については最高裁大法廷平成27年3月4日判決が同じ考え方を採っており,詳細は遺族補償年金・遺族厚生年金と遅延損害金で,控除の順序一般は損益相殺とはで扱う。
2 人身傷害保険金
最高裁判所第一小法廷平成24年2月20日判決(平成21年(受)第1461号,民集66巻2号742頁)は,約款上,人身傷害保険金が損害の元本を塡補するものであって遅延損害金を塡補するものではない場合,保険金を支払った保険会社は,損害金元本の支払請求権を代位取得し,遅延損害金の支払請求権は代位取得しないと判断した。
そのため,被害者は,保険金で塡補された元本についても,事故日から保険金の支払日までの遅延損害金を加害者に請求できる。
この点は,元本に充当されるが遅延損害金は免除されない場合(第4の2)と同じ結果になる。
詳細は人身傷害保険金を受け取った後も加害者に遅延損害金を請求できるかと人身傷害保険の補償範囲と請求順序で扱う。
3 無保険車傷害保険金
最高裁判所第二小法廷平成24年4月27日判決(平成21年(受)第1923号,集民240号223頁)は,遅延損害金を支払う旨の定めのない無保険車傷害条項について,保険金の額は,被害者等の被る損害の元本の額から,被害者等に支払われた自賠責保険金等の全額を差し引いて算定すべきであり,自賠責保険金等のうち遅延損害金に充当された額を控除した残額を差し引くのではないと判断した。
同判決は,このことは自賠責保険金等が無保険車傷害保険金の弁済期後に支払われた場合でも異ならないとしている。
加害者に対する請求では自賠責保険金はまず遅延損害金に充当されるが,無保険車傷害保険金の算定では自賠責保険金の全額が損害元本から差し引かれる。
これは,同判決が,約款上,無保険車傷害保険金は損害の元本を塡補するものであり,遅延損害金を塡補するものではないと解したことによる。
同じ自賠責保険金でも,相手方が加害者か自分の保険会社かによって扱いが異なるので注意が必要である。
なお,同判決は,無保険車傷害保険金の支払債務の遅延損害金の利率を商事法定利率年6分としており,この点は遅延損害金の利率は年3%か年5%かで扱う。
第6 計算例
1 前提
次の単純な例で,充当方法による違いを示す。
① 令和2年4月1日以後の交通事故で,加害者に対する損害金の元本は1,000万円とする(過失相殺はないものとする)。
② 遅延損害金の利率は年3%とし,日割りは1年を365日として計算する。
③ 事故日から730日後(2年後)に300万円の支払を受けた。
④ 支払日から更に730日後(事故から4年後)の時点で残額を比べる。
支払日までの遅延損害金は,1,000万円×3%×730日÷365日=60万円である。
2 遅延損害金に先に充当する場合(自賠責保険金)
300万円は,まず遅延損害金60万円に充当され,残り240万円が元本に充当される。
支払後の元本は760万円となり,未払の遅延損害金は残らない。
その後の2年間の遅延損害金は,760万円×3%×730日÷365日=45万6,000円である。
事故から4年後の合計は805万6,000円となる。
3 元本に充当するが遅延損害金は残る場合
300万円は全額元本に充当され,支払後の元本は700万円となる。
事故日から支払日までの遅延損害金60万円は未払のまま残る。
その後の2年間の遅延損害金は,700万円×3%×730日÷365日=42万円である。
事故から4年後の合計は,700万円+60万円+42万円=802万円となる。
未払の遅延損害金60万円は,民法405条によって元本に組み入れられることはないから(不法行為の遅延損害金は元本に組み入れられるか参照),それ自体には遅延損害金が付かない。
4 元本に充当し,その元本に対する遅延損害金を免除する場合
300万円は全額元本に充当され,支払後の元本は700万円となる。
事故日から支払日までの遅延損害金60万円のうち,消滅した元本300万円に対応する18万円(300万円×3%×730日÷365日)は免除され,残り42万円が残る。
その後の2年間の遅延損害金は42万円である。
事故から4年後の合計は,700万円+42万円+42万円=784万円となる。
5 比較
| 項目 | 遅延損害金に先に充当 | 元本充当(免除なし) | 元本充当(免除あり) |
|---|---|---|---|
| 支払日までの遅延損害金 | 60万円 | 60万円 | 60万円 |
| 300万円の充当先 | 遅延損害金60万円・元本240万円 | 元本300万円 | 元本300万円 |
| 支払後の元本 | 760万円 | 700万円 | 700万円 |
| 支払後に残る確定遅延損害金 | 0円 | 60万円 | 42万円 |
| 支払後2年間の遅延損害金 | 45万6,000円 | 42万円 | 42万円 |
| 事故から4年後の合計 | 805万6,000円 | 802万円 | 784万円 |
支払日の時点では,遅延損害金に先に充当する方法(元本760万円)と元本に充当するが免除しない方法(元本700万円と確定遅延損害金60万円)の残額は,いずれも760万円で同じである。
差が生じるのは支払後であり,遅延損害金に先に充当した方が遅延損害金の付く元本が60万円多く残るため,その分の遅延損害金(60万円×3%×730日÷365日=3万6,000円)だけ被害者に有利となる。
免除の合意がある場合は,免除された18万円の分だけ被害者に不利となる。
元本が大きく,支払までの期間や訴訟の期間が長いほど,この差は大きくなる。
請求の趣旨の形も変わる。
遅延損害金に先に充当する場合は,「760万円及びこれに対する支払日の翌日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員」という形になる。
元本に充当するが遅延損害金が残る場合は,残元本700万円と確定遅延損害金60万円を分けて,「760万円及びうち700万円に対する支払日の翌日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員」という形になる。
最高裁平成16年12月20日判決の事案でも,被害者側は,弁護士費用を除く部分について,自賠責保険金の支払日の翌日である平成13年3月1日からの遅延損害金を請求していた(弁護士費用部分は事故日から)。
第7 示談・請求書面での実務上の注意
1 既払金の内訳を確認する
既払金は,支払者ごとに充当の扱いが異なる。
① 自賠責保険金は,遅延損害金に先に充当される。
② 任意保険会社の内払・一括払は,元本充当の合意の有無と,遅延損害金の免除の合意の有無を確認する。
③ 労災保険給付・公的年金給付は,対応する損害費目の元本と調整し,他の費目には充当しない。
④ 人身傷害保険金は,損害金元本に対応し,事故日から支払日までの遅延損害金は被害者に残る。
⑤ 加害者本人の支払は,合意がなければ民法489条1項の順序による。
示談案に「既払金」として一括した金額しか書かれていない場合は,支払者,支払日,金額,名目(治療費の直接払,休業損害の内払,自賠責保険金等)の内訳を求めるべきである。
示談案の既払金欄の見方は,保険会社から届いた交通事故の示談案の見方でも扱っている。
2 人損と物損を分ける
自賠法3条は「他人の生命又は身体を害したとき」の責任を定めており,自賠責保険金は人身損害についての支払である。
二弁フロンティア2022年4月号の東京地裁民事第27部へのインタビューでも,損害額一覧表について「既払金の充当の誤りを防止するためにも、人損と物損で表を分けております。」と説明されている。
人損と物損を合わせて請求する場合でも,それぞれの既払金を充当した後に合計額を計算する必要がある。
3 請求書面での書き方
訴状や請求書では,既払金ごとに,どの充当方法を前提にしたかを明示し,遅延損害金の起算日を元本ごとに書き分ける。
自賠責保険金を遅延損害金に先に充当した場合は,支払日の翌日からの遅延損害金を請求する形になる(第6の5)。
任意保険会社の既払金について元本充当を前提にする場合でも,遅延損害金の免除の合意まであったといえるかは別に検討する。
被害者の過失が大きい事案で自賠責保険と任意保険のどちらから先に回収するかは,被害者の過失が大きい交通事故の請求順序を参照されたい。
第8 関連記事
① 遅延損害金に関するメモ書き
② 不法行為・交通事故の遅延損害金はいつから発生するか―事故日起算,弁護士費用及び損害費目ごとの起算日
③ 遅延損害金の利率は年3%か年5%か―令和2年4月1日の経過措置,商事法定利率の廃止及び3年ごとの見直し
④ 遺族補償年金・遺族厚生年金と遅延損害金―不法行為時に塡補されたとみる最高裁大法廷平成27年3月4日判決
⑤ 自賠責保険の被害者請求と遅延損害金―自賠法16条の9の「必要な期間」,利率及び訴訟提起の実益
⑥ 人身傷害保険金を受け取った後も加害者に遅延損害金を請求できるか―最高裁平成24年2月20日判決と保険代位の範囲
⑦ 不法行為の遅延損害金は元本に組み入れられるか―民法405条の重利を否定した最高裁令和4年1月18日判決
⑧ 保険会社から届いた交通事故の示談案の見方――慰謝料・休業損害・逸失利益・既払金・過失割合・清算条項の確認
⑨ 人身傷害保険の補償範囲と請求順序―人傷先行・賠償先行,保険代位及び自賠責回収
⑩ 損益相殺とは―労災保険給付・年金・保険金の控除と計算順序
⑪ 自賠責保険の支払基準――令和2年4月1日以降の交通事故に適用される告示の全文,別表及び改正経緯
⑫ 任意保険の示談代行とは-利用できない場合,一括払及び直接請求権との関係
⑬ 被害者の過失が大きい交通事故の請求順序-自賠責の重大な過失による減額,被害者請求及び訴訟の比較と計算例
第9 出典・参考資料
1 法令
① 民法(e-Gov法令検索)405条,488条,489条,490条,491条,附則(平成29年法律第44号)25条
② 自動車損害賠償保障法(e-Gov法令検索)3条,16条1項,16条の9第1項
2 裁判例
① 最高裁判所第三小法廷昭和37年9月4日判決(昭和34年(オ)第117号,民集16巻9号1834頁)
② 最高裁判所第二小法廷平成16年12月20日判決(平成16年(受)第525号,集民215号987頁)
③ 最高裁判所第一小法廷平成22年9月13日判決(平成20年(受)第494号・第495号,民集64巻6号1626頁)
④ 最高裁判所第一小法廷平成24年2月20日判決(平成21年(受)第1461号,民集66巻2号742頁)
⑤ 最高裁判所第二小法廷平成24年4月27日判決(平成21年(受)第1923号,集民240号223頁)
⑥ 最高裁判所大法廷平成27年3月4日判決(平成24年(受)第1478号,民集69巻2号178頁)
3 文献
① 二弁フロンティア2022年4月号「【前編】交通事故訴訟の最新の運用と留意点 東京地裁民事第27部(交通部)インタビュー」
② 『実務に役立つ交通事故判例―東京地裁民事第27部裁判例から』327頁(元記事の紹介による。本記事では原典未確認)