目次
1 総論
2 労災保険の遺族補償年金等の場合,不法行為時から当該年金の支給日までの遅延損害金は発生しないこと(遺族厚生年金については(4))
3 自賠責保険の被害者請求と遅延損害金
4 任意保険・人身傷害保険等の保険金と遅延損害金
5 関連記事その他
この記事の論点ごとの詳しい説明は,次の記事にまとめています。
・ 不法行為・交通事故の遅延損害金はいつから発生するか―事故日起算,弁護士費用及び損害費目ごとの起算日
・ 遅延損害金の利率は年3%か年5%か―令和2年4月1日の経過措置,商事法定利率の廃止及び3年ごとの見直し
・ 遺族補償年金・遺族厚生年金と遅延損害金―不法行為時に塡補されたとみる最高裁大法廷平成27年3月4日判決
・ 自賠責保険の被害者請求と遅延損害金―自賠法16条の9の「必要な期間」,利率及び訴訟提起の実益
・ 交通事故の既払金は元本と遅延損害金のどちらに充当されるか―自賠責保険金と任意保険の支払の違い
・ 労災保険給付と自賠責保険の直接請求が競合する場合―最高裁平成30年9月27日判決と国への支払の効力
・ 人身傷害保険金を受け取った後も加害者に遅延損害金を請求できるか―最高裁平成24年2月20日判決と保険代位の範囲
・ 離婚慰謝料の遅延損害金はいつから発生するか―離婚成立時とした最高裁令和4年1月28日判決と請求の趣旨の書き方
・ 不法行為の遅延損害金は元本に組み入れられるか―民法405条の重利を否定した最高裁令和4年1月18日判決
・ 損害賠償金の遅延損害金に税金はかかるか―雑所得となる場合と非課税となる場合
1 総論
(1) 不法行為に基づく損害賠償債務は,損害の発生と同時に,なんらの催告を要することなく,遅滞に陥ります(最高裁平成7年7月14日判決(平成4年(オ)第685号,交通事故民事裁判例集28巻4号963頁。判例秘書に掲載)。なお,先例として,最高裁昭和37年9月4日判決)。
(2) 不法行為と相当因果関係に立つ損害である弁護士費用の賠償債務は,当該不法行為の時に履行遅滞となります(最高裁昭和58年9月6日判決)。
(3) 同一事故により生じた同一の身体傷害を理由とする損害賠償債務は一個と解すべきであって,一体として損害発生の時に遅滞に陥るものであり,個々の損害費目ごとに遅滞の時期が異なるものではありません(最高裁昭和58年9月6日判決参照。同一事故により生じた同一の身体傷害を理由とする財産上の損害と精神上の損害の賠償請求権が一個であることにつき,最高裁昭和48年4月5日判決)から,同一の交通事故によって生じた身体傷害を理由として損害賠償を請求する事件において,個々の遅延損害金の起算日の特定を問題にする余地はありません(最高裁平成7年7月14日判決(平成4年(オ)第685号,交通事故民事裁判例集28巻4号963頁。判例秘書に掲載))。
起算日の考え方と類型別の一覧は,不法行為・交通事故の遅延損害金はいつから発生するかを参照してください。
2 労災保険の遺族補償年金等の場合,不法行為時から当該年金の支給日までの遅延損害金は発生しないこと(遺族厚生年金については(4))
(1) 被害者が不法行為によって死亡した場合において,その損害賠償請求権を取得した相続人が遺族補償年金の支給を受け,又は支給を受けることが確定したときは,制度の予定するところと異なってその支給が著しく遅滞するなどの特段の事情のない限り,その塡補の対象となる損害は不法行為の時に塡補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整が行われます(最高裁大法廷平成27年3月4日判決。なお,先例として,最高裁平成22年9月13日判決等参照)。
(2) 最高裁大法廷平成27年3月4日判決の事案では,事実審の口頭弁論終結時までに支給され,又は支給を受けることが確定した遺族補償年金が損益相殺的な調整の対象となりました(なお,上告人の一人には労災保険法に基づく葬祭料も支給されていましたが,同判決が判断の対象としたのは遺族補償年金です。)。
(3) 遺族補償年金が支払時における損害金の元本及び遅延損害金の全部を消滅させるに足りないときは,遅延損害金の支払債務にまず充当されるべきものであることは明らかである(民法491条1項参照)と判示した最高裁平成16年12月20日判決は,最高裁大法廷平成27年3月4日判決によって,これと抵触する限度で変更されました(民法491条1項は改正前の条番号で,現行民法の489条1項に当たります。)。
(4) 最高裁平成16年12月20日判決は,死亡事案において,厚生年金保険法に基づく遺族厚生年金が損害賠償債務の元本及び遅延損害金の全部を消滅させるに足りないときは,事故の日から上記年金の支払日までの間に発生した遅延損害金の支払債務にまず充当されるべきものであることは明らかであると判示しているものの,最高裁大法廷平成27年3月4日判決の判断内容からすれば,遺族厚生年金についても,不法行為時から当該年金の支給日までの遅延損害金は発生しないことになると思います。
各判決の関係と計算例は,遺族補償年金・遺族厚生年金と遅延損害金を参照してください。
3 自賠責保険の被害者請求と遅延損害金
(1)ア 自賠法16条1項に基づく被害者の自賠責保険会社に対する直接請求権は,被害者が保険会社に対して有する損害賠償請求権であって,保有者の保険金請求権の変形ないしそれに準ずる権利ではありませんから,自賠責保険会社の被害者に対する損害賠償債務は商法514条所定の「商行為によって生じた債務」には当たりません。
そのため,自賠責保険会社の遅延損害金の利率は,民法419条1項本文により,自賠責保険会社が遅滞の責任を負った最初の時点における法定利率によって定まります。遅滞の責任を負ったのが令和2年3月31日以前であれば,改正前の民法419条1項本文・404条に基づき,年5%となります(民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)附則17条3項,最高裁昭和57年1月19日判決参照)。
イ 遅滞の責任を負ったのが令和2年4月1日以降であれば,遅延損害金の利率は年3%となります。後記(2)アのとおり,自賠責保険会社は,被害者請求の後,確認に必要な期間が経過するまでは遅滞の責任を負いませんから,令和2年3月31日以前に発生した交通事故であっても,確認に必要な期間の経過が同年4月1日以後になる場合には,年3%となることがあります。
(2)ア 自賠責保険会社は,自賠法16条1項に基づく損害賠償額の支払の請求があった後,当該請求に係る自動車の運行による事故及び当該損害賠償額の確認をするために必要な期間が経過するまでは,遅滞の責任を負いません(自賠法16条の9第1項)。
そのため,その限度で,最高裁昭和61年10月9日判決の判断内容は修正されています。
イ 自賠法16条の9第1項にいう「当該請求に係る自動車の運行による事故及び当該損害賠償額の確認をするために必要な期間」とは,保険会社において,被害者の損害賠償額の支払請求に係る事故及び当該損害賠償額の確認に要する調査をするために必要とされる合理的な期間をいい,その期間については,事故又は損害賠償額に関して保険会社が取得した資料の内容及びその取得時期,損害賠償額についての争いの有無及びその内容,被害者と保険会社との間の交渉経過等の個々の事案における具体的事情を考慮して判断されます(最高裁平成30年9月27日判決)。
遅滞の時期,利率及び訴訟提起の実益は,自賠責保険の被害者請求と遅延損害金を参照してください。
(3) 実務上,自賠責保険会社に対して遅延損害金を請求する場合,訴訟提起する必要がありますものの,逸失利益が小さくなる65歳以上の年金受給者の場合を除き,遅延損害金を付けなくても,「支払基準」で計算される損害額が保険金額を超えることが多いですから,訴訟提起する実益がありません。
また,自賠責保険会社に対して訴訟提起した場合,「支払基準」に基づく過失相殺ではなく,実際の過失割合通りに過失相殺されます(最高裁平成18年3月30日判決。被保険者が自賠法15条に基づいて保険金を請求する訴訟について同旨の最高裁平成24年10月11日判決)から,被害者の過失が大きい場合,訴訟提起する実益がありません。
計算例と請求の順序は,被害者の過失が大きい交通事故の請求順序を参照してください。
(4) 自賠責保険金が支払時における交通事故の損害金の元本及び遅延損害金の全部を消滅させるに足りないときは,遅延損害金の支払債務にまず充当されます(最高裁平成16年12月20日判決)。
計算例と任意保険の支払との違いは,交通事故の既払金は元本と遅延損害金のどちらに充当されるかを参照してください。
(5) 被害者の自賠責保険会社に対する直接請求権と,労災保険給付をした国が代位取得した直接請求権が競合し,その合計額が自賠責保険の保険金額を超える場合でも,被害者は国に優先して支払を受けられます(最高裁平成30年9月27日判決)。
もっとも,これは被害者と国との間の相対的な優先劣後関係にとどまり,自賠責保険会社が国の直接請求を受けて保険金額の限度でした支払は,国が被害者に対して不当利得返還義務を負うかどうかは別として,有効な弁済に当たります(最高裁令和4年7月14日判決)。労災保険給付を受ける事案では,被害者請求を早めに行う必要があります。
もっとも,同判決の事案では,被害者の請求が国の請求より6日早かったにもかかわらず,国への支払が有効な弁済とされていますから,請求の先後だけで結論が決まるわけではありません。詳しくは,労災保険給付と自賠責保険の直接請求が競合する場合を参照してください。
4 任意保険・人身傷害保険等の保険金と遅延損害金
(1) 無保険車傷害保険金の支払債務は保険契約に基づく商行為によって生じた債務であるとして,その遅延損害金の利率を商事法定利率年6分とした最高裁平成24年4月27日判決があります。
もっとも,商法514条(商事法定利率)は,民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成29年法律第45号)3条により削除されました。同法4条3項後段は,令和2年4月1日より前に債務者が遅滞の責任を負った場合の遅延損害金の法定利率は従前の例によると定めていますから,同日以降に遅滞に陥った保険金債務の遅延損害金は,民法の法定利率(年3%)によることになります。
(2) 人身傷害保険金を支払った保険会社は,約款上その保険金が損害の元本を塡補するものであって遅延損害金を塡補するものではない場合,損害金元本の支払請求権を代位取得するだけで,遅延損害金の支払請求権は代位取得しません(最高裁平成24年2月20日判決)。
そのため,被害者は,加害者に対し,事故日から人身傷害保険金の支払日までの損害金元本に対する遅延損害金を請求することができます。
計算例は,人身傷害保険金を受け取った後も加害者に遅延損害金を請求できるかを参照してください。
(3) 法定利率は3年ごとに見直される変動制ですが,令和8年4月1日から令和11年3月31日までの期間も年3%です(法務省「令和8年4月1日以降の法定利率について」)。
利率の決まり方と経過措置は,遅延損害金の利率は年3%か年5%かを参照してください。
5 関連記事その他
(1)ア 離婚に伴う慰謝料として夫婦の一方が負担すべき損害賠償債務は,離婚の成立時に遅滞に陥ります(最高裁令和4年1月28日判決)。
イ 令和2年4月1日以降の民法404条(法定利率)2項は「法定利率は、年三パーセントとする。」と定めていますし,「離婚に伴う慰謝料として夫婦の一方が負担すべき損害賠償債務は,離婚の成立時に遅滞に陥る。」と判示した最高裁令和4年1月28日判決の主文1項には「上告人は,被上告人に対し,20万円に対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。」と書いてあります。
そのため,請求の趣旨に記載する遅延損害金については%表示でいいと思います。
起算日と請求の趣旨の書き方は,離婚慰謝料の遅延損害金はいつから発生するかを参照してください。
(2)ア 「実務に役立つ交通事故判例-東京地裁民事第27部裁判例から」327頁には,東京地裁交通部の取扱いとして,「自賠責保険の損害賠償額については遅延損害金から充当され,対人賠償責任保険からの支払いは,損害費目との結び付きが明確であれば元本に充当する黙示の合意を認めている。」と書いてあります。
イ 二弁フロンティア2022年4月号の「【前編】交通事故訴訟の最新の運用と留意点~東京地裁民事第27部(交通部)インタビュー~」には「民事交通訴訟では、共同不法行為者間の求償債務が問題となることもありますが、この求償債務については、期限の定めのない債務とみて、遅延損害金の起算日を求償金支払催告日の翌日とした判例(最高裁平成10年9月10日第一小法廷判決・民集52巻6号1494頁)がありますので、催告日の翌日の法定利率によって遅延損害金を算定することとなります。」と書いてあります。
なお,同判決自体は,遅延損害金の起算点について,求償金の支払催告の日の翌日からとした原審の判断を是認したものです。
(3) 不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金は,民法405条の適用又は類推適用により元本に組み入れることはできません(最高裁令和4年1月18日判決)。
詳しくは,不法行為の遅延損害金は元本に組み入れられるかを参照してください。
(4) 賃金格差による損害賠償の事案では,賃金相当額等に係る遅延損害金を雑所得とする一方,弁護士費用賠償金とその遅延損害金については,業務に関しない弁護士費用という財産的損害を補てんするものとして,非課税所得とした裁決があります(国税不服審判所平成22年4月22日裁決)。
この裁決は,損害賠償金に係る遅延損害金がすべて雑所得になるとしたものではありません。元本の性質,支払の原因及び必要経費を補てんする部分の有無を確認する必要があります。交通事故の損害賠償金の課税関係は,交通事故の慰謝料に税金はかかるか|確定申告・医療費控除・死亡時の取扱い(AI作成)も参照してください。
遅延損害金の課税関係は,損害賠償金の遅延損害金に税金はかかるかを参照してください。
(5) 以下の記事も参照してください。
・ 共同不法行為に関するメモ書き
・ 自賠責保険の支払基準(令和2年4月1日以降の交通事故に適用されるもの)
・ 人身傷害保険の補償範囲と請求順序
・ 損益相殺とは―労災保険給付・年金・保険金の控除と計算順序
・ 保険会社から届いた交通事故の示談案の見方