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自賠責保険の被害者請求と遅延損害金―自賠法16条の9の「必要な期間」,利率及び訴訟提起の実益(AI作成)

第1 本記事の対象と結論

1 対象とする場面

本記事は,交通事故の被害者が,加害車両の自賠責保険会社に対し,自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)16条1項に基づいて損害賠償額の支払を直接請求する場合(被害者請求)に,保険会社がいつから遅延損害金を負担するか,その利率は何%か,及び遅延損害金との関係で訴訟を提起する実益があるかを扱う。
調査基準日は令和8年9月19日である。
条文はe-Gov法令検索の現行条文,裁判例は裁判所HPの裁判例検索で確認したものに限っている。

加害者本人に対する不法行為に基づく損害賠償請求の遅延損害金(事故日から発生する。)は,不法行為・交通事故の遅延損害金はいつから発生するかで扱う。
遅延損害金に関する論点の全体像は,遅延損害金に関するメモ書きにまとめている。

2 結論

結論は次のとおりである。

① 被害者請求による保険会社の支払債務は,被害者が保険会社に対して有する固有の損害賠償請求権に対応するものであり,保有者の保険金請求権の変形ではなく,商行為によって生じた債務にも当たらない(最高裁昭和57年1月19日判決)。
② 保険会社は,請求を受けた後,事故及び損害賠償額の確認をするために「必要な期間」が経過するまでは遅滞の責任を負わない(自賠法16条の9第1項)。
③ この規定は,保険法の施行に伴う関係法律の整備に関する法律(平成20年法律第57号)によって新設され,平成22年4月1日に施行された。
それより前は,請求を受けた時に遅滞に陥るとされていた(最高裁昭和61年10月9日判決)。
④ 「必要な期間」は,保険会社が事故及び損害賠償額の確認に要する調査をするために必要とされる合理的な期間であり,取得資料の内容・取得時期,争いの有無・内容,交渉経過等の事情を考慮して個別に判断され,訴訟で請求した場合も同じである(最高裁平成30年9月27日判決)。
法令にも判例にも一律の日数の定めはない。
⑤ 利率は,必要な期間が経過して遅滞に陥った時点の法定利率である。
その時点が令和2年4月1日以後であれば,事故が令和2年3月以前であっても年3%となり得る。
⑥ 訴訟外の被害者請求は支払基準に従った支払であり,遅延損害金を加算する定めは支払基準に置かれていない。
訴訟では,支払基準によらずに損害賠償額が算定され(最高裁平成18年3月30日判決),遅延損害金も請求の対象になる。
もっとも,過失相殺が支払基準より厳しく働くことがあるなど,訴訟が常に有利とは限らない。

第2 被害者請求による支払債務の性質

1 自賠法16条1項の被害者請求

(1) 条文

自賠法16条1項は,「第三条の規定による保有者の損害賠償の責任が発生したときは、被害者は、政令で定めるところにより、保険会社に対し、保険金額の限度において、損害賠償額の支払をなすべきことを請求することができる。」と定める。
これが被害者請求である。
加害者(被保険者)が被害者に賠償金を支払った後に,その支払の限度で保険会社に保険金を請求する被保険者請求(自賠法15条)とは,請求の主体と根拠条文が異なる。

責任共済(JA共済等)についても,自賠法23条の3第1項により,12条から23条の2までの規定が準用される。
したがって,本記事で述べる16条1項及び16条の9の扱いは,責任共済にもそのまま当てはまる。

(2) 支払基準との関係

自賠法16条の3第1項は,保険会社は,保険金等を支払うときは,死亡,後遺障害及び傷害の別に国土交通大臣及び内閣総理大臣が定める支払基準に従って支払わなければならないと定める。
この規定は,自動車損害賠償保障法及び自動車損害賠償責任再保険特別会計法の一部を改正する法律(平成13年法律第83号)によって新設された(衆議院ウェブサイトの制定法律の本文で確認)。
支払基準の内容は,自賠責保険の支払基準――令和2年4月1日以降の交通事故に適用される告示の全文,別表及び改正経緯で扱っている。

2 保有者の保険金請求権の変形ではない

(1) 最高裁昭和57年1月19日判決

最高裁判所第三小法廷昭和57年1月19日判決(昭和54年(オ)第34号,民集36巻1号1頁)は,自賠法16条1項に基づく被害者の保険会社に対する直接請求権は,被害者が保険会社に対して有する損害賠償請求権であって,「保有者の保険金請求権の変形ないしはそれに準ずる権利ではない」と判示した。
その上で,保険会社の被害者に対する損害賠償債務は,当時の商法514条にいう商行為によって生じた債務に当たらないとし,商事法定利率である年6分の遅延損害金を付した原審の判断を違法として,弁護士費用を除く損害賠償額について年5分を超える遅延損害金を認容した部分を破棄した。

(2) 弁護士費用も損害になり得る

同判決は,不法行為の被害者が訴訟追行を弁護士に委任した場合の弁護士費用が相当因果関係のある損害になるという理は,被害者が自賠法16条1項に基づいて保険会社に直接請求する場合にも異ならないとした。
自賠責保険会社を被告とする訴訟でも,相当と認められる範囲の弁護士費用が損害賠償額に含まれ得るということである。

第3 保険会社が遅滞に陥る時期

1 最高裁昭和61年10月9日判決(請求時に遅滞)

(1) 判示

最高裁判所第一小法廷昭和61年10月9日判決(昭和59年(オ)第696号,集民149号21頁)は,自賠法16条1項に基づく保険会社の損害賠償額支払債務は,期限の定めのない債務として発生し,民法412条3項により保険会社が被害者から履行の請求を受けた時に初めて遅滞に陥ると判示した。
加害者本人の不法行為に基づく損害賠償債務が,催告を要せず不法行為の時から遅滞に陥る(最高裁昭和37年9月4日判決)のとは異なる扱いである。

(2) 最高裁昭和39年5月12日判決との関係

昭和61年判決は,最高裁判所第三小法廷昭和39年5月12日判決(昭和36年(オ)第1206号,民集18巻4号583頁)を「参照」として引用している。
もっとも,昭和39年判決が判断したのは,保有者に対する損害賠償請求権と自賠法16条1項の請求権との関係であり,遅滞の時期そのものではない。
遅滞時期の先例として挙げるべきなのは,昭和61年判決である。

2 自賠法16条の9の新設

(1) 条文

現行の自賠法16条の9は,次のとおり定める。
1項は,「保険会社は、第十六条第一項の規定による損害賠償額の支払の請求があつた後、当該請求に係る自動車の運行による事故及び当該損害賠償額の確認をするために必要な期間が経過するまでは、遅滞の責任を負わない。」と定める。
2項は,「保険会社が前項に規定する確認をするために必要な調査を行うに当たり、被害者が正当な理由なく当該調査を妨げ、又はこれに応じなかつた場合には、保険会社は、これにより損害賠償額の支払を遅延した期間について、遅滞の責任を負わない。」と定める。

(2) 新設の時期

16条の9は,平成13年法律第83号による改正で新設されたものではない。
同法は16条の2の次に16条の3から16条の8までの6か条(支払基準,書面の交付,国土交通大臣への届出・申出・指示等)を加えたにとどまる。
16条の9は,保険法の施行に伴う関係法律の整備に関する法律(平成20年法律第57号)15条が「第十六条の八の次に次の一条を加える。」として新設したものである(衆議院ウェブサイトの制定法律の本文で確認)。
同法の附則は「この法律は、保険法の施行の日から施行する。」と定め,保険法は平成22年4月1日に施行された(法務省「保険法の概要について」)。
同じ改正で,政府保障事業による損害の塡補についても,同じ趣旨の73条の2が新設されている。

(3) 経過措置

平成20年法律第57号16条1項は,自動車の運行による事故が施行日前に発生した場合における自賠法16条1項の規定による損害賠償額の支払等については,「なお従前の例による。」と定める。
したがって,16条の9が適用されるのは,平成22年4月1日以後に発生した事故である。
それより前の事故には,昭和61年判決のとおり,請求時に遅滞に陥るという扱いが及ぶことになる。

(4) 遅滞時期の整理

遅滞時期を事故日で整理すると,次のとおりである。

事故日保険会社が遅滞に陥る時期根拠
平成22年3月31日以前被害者から請求を受けた時最高裁昭和61年10月9日判決,平成20年法律第57号16条1項
平成22年4月1日以後請求後,事故及び損害賠償額の確認に必要な期間が経過した時自賠法16条の9第1項,最高裁平成30年9月27日判決

3 「必要な期間」の意義

(1) 最高裁平成30年9月27日判決の事案

最高裁判所第一小法廷平成30年9月27日判決(平成29年(受)第659号,民集72巻4号432頁)の事案では,被害者が自賠責保険会社に対し,自賠法16条1項に基づき,保険金額の限度における損害賠償額と,訴状送達の日の翌日から支払済みまでの遅延損害金を請求した。
原審は,被害者が訴訟で請求した場合は,裁判所が支払基準によらずに損害賠償額を算定するから,保険会社は判決が確定するまで損害賠償額を確認できないとして,保険会社が訴訟を遅滞させるなどの特段の事情がない限り,原判決の確定時まで遅滞に陥らないと判断し,原判決確定の日からの遅延損害金だけを認容した。

(2) 判示

最高裁は,16条の9第1項について,保険会社は所要の調査をしなければ支払をすることができないことに鑑み,民法412条3項の特則として,調査に必要な期間が経過するまでは遅滞に陥らないものとし,他方で,確認すべき対象を最小限にとどめて迅速な支払の要請にも配慮したものであると述べた。
その上で,「必要な期間」とは,「保険会社において,被害者の損害賠償額の支払請求に係る事故及び当該損害賠償額の確認に要する調査をするために必要とされる合理的な期間をいうと解すべきであり,その期間については,事故又は損害賠償額に関して保険会社が取得した資料の内容及びその取得時期,損害賠償額についての争いの有無及びその内容,被害者と保険会社との間の交渉経過等の個々の事案における具体的事情を考慮して判断するのが相当である。」と判示した。
さらに,「このことは,被害者が直接請求権を訴訟上行使した場合であっても異なるものではない。」とした。

(3) 判決確定時まで遅滞しないという考え方の否定

最高裁は,保険会社が訴訟を遅滞させるなどの特段の事情がないからといって,直ちに判決確定時まで遅滞に陥らないとすることはできないとして,原判決のうち,訴状送達の日の翌日(平成27年2月20日)から本判決確定の日の前日までの遅延損害金の請求を棄却した部分を破棄し,遅滞に陥る時期について更に審理させるため,東京高等裁判所へ差し戻した。
最高裁自身は,この事案で何日目に遅滞に陥ったかを判断していない。
同判決が示したのは,判断の枠組みと考慮要素である。

(4) 同じ判決のもう一つの判示

同判決は,被害者の直接請求権と,労災保険給付により国に移転した直接請求権との合計額が保険金額を超える場合でも,被害者は国に優先して保険金額の限度で支払を受けられるとも判示している。
この点と,その後の最高裁令和4年7月14日判決との関係は,労災保険給付と自賠責保険の直接請求が競合する場合で扱う。

4 「必要な期間」の目安

(1) 一律の日数の定めはない

自賠法16条の9も平成30年判決も,「必要な期間」を何日とは定めていない。
請求から何日経過すれば遅滞に陥るかは,個々の事案の事情で判断される。

(2) 損害保険料率算出機構の統計

被害者請求を受けた保険会社は,損害保険料率算出機構の自賠責損害調査事務所に損害調査を依頼するのが通常である。
同機構の「2025年度(2024年度統計)自動車保険の概況」37頁によれば,2024年度に自賠責損害調査事務所で受付から30日以内に調査が完了した事案の割合は,死亡で85.8%,後遺障害で71.2%,傷害で98.8%,全体で96.3%である。
ただし,この所要日数は自賠責損害調査事務所での日数であり,本部・地区本部で審査中の日数及び事前認定事案は除かれている(同頁の注記)。
保険会社が請求を受け付けてから調査を依頼するまでの日数や,調査結果を受けて支払うまでの日数も含まれていない。

(3) 自賠責保険普通保険約款の定め

国土交通省のウェブサイトに掲載されている自動車損害賠償責任保険普通保険約款は,15条で,被保険者が請求手続を完了した日からその日を含めて30日以内に必要な事項の確認を終えて保険金を支払うとし,警察等の公の機関への照会が不可欠な場合は180日,医療機関等への照会は90日,後遺障害の審査等の照会は120日などと,特別な照会・調査の場合の日数を定めている。
もっとも,これは被保険者の保険金請求(約款14条・15条)についての定めである。
被害者の損害賠償額の請求を定める約款16条には,支払時期についての同様の日数の定めは置かれていない。
したがって,被害者請求の「必要な期間」を直接定めるものではなく,事案ごとの判断の際に比較の材料になり得るにとどまる。

(4) 被害者側で押さえておく事情

平成30年判決が挙げた考慮要素からすると,被害者側としては,①被害者請求をした日,②提出した資料とその提出日,③保険会社又は損害保険料率算出機構から追加資料を求められた日と応じた日,④損害額や因果関係についての争いの有無と内容,⑤保険会社との交渉経過を,日付とともに記録しておくことが,遅滞の時期を主張する前提になると考えられる。
訴訟で遅延損害金の起算日を争う場面では,これらの事情が判断資料になる。

5 被害者が調査に応じない場合

自賠法16条の9第2項により,被害者が正当な理由なく調査を妨げ,又はこれに応じなかった場合には,保険会社は,これにより支払を遅延した期間について遅滞の責任を負わない。
追加資料の提出依頼や調査への協力依頼に理由なく応じないと,その期間は遅延損害金の対象から外れることになる。

第4 遅延損害金の利率

1 年5%か年3%か

(1) 遅滞に陥った時点の法定利率

金銭債務の遅延損害金の額は,「債務者が遅滞の責任を負った最初の時点における法定利率」によって定まる(民法419条1項)。
民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)附則17条3項は,「施行日前に債務者が遅滞の責任を負った場合における遅延損害金を生ずべき債権に係る法定利率については、新法第四百十九条第一項の規定にかかわらず、なお従前の例による。」と定める。
施行日は令和2年4月1日であり,法定利率は,令和2年3月31日までは年5%,同年4月1日以後は年3%である(令和8年4月1日から令和11年3月31日までの期も年3%のまま据え置かれた。法務省「令和8年4月1日以降の法定利率について」)。

(2) 基準時は事故日ではない

被害者請求の場合,保険会社が遅滞の責任を負うのは,事故日ではなく,請求後に必要な期間が経過した時点である。
そのため,事故が令和2年3月31日以前であっても,被害者請求をして必要な期間が経過したのが令和2年4月1日以後であれば,自賠責保険会社に対する遅延損害金の利率は年3%になる。
これに対し,同じ事故で加害者本人に請求する不法行為に基づく損害賠償債務は,事故日に遅滞に陥るので,事故が令和2年3月31日以前なら年5%である。
同じ事故でも,加害者に対する請求と自賠責保険会社に対する請求とで利率が異なることがある。
利率の経過措置の詳細は,遅延損害金の利率は年3%か年5%かで扱う。

(3) 計算例

損害賠償額が300万円で,令和7年1月1日に遅滞に陥った場合,利率は年3%であるから,遅延損害金は1年で9万円(300万円×3%)となる。
日割り計算は365日で割るので,1日当たり約246.58円(9万円÷365日)である。
仮に遅滞に陥ったのが令和2年3月31日以前であれば年5%となり,1年で15万円となる。

2 商事法定利率は適用されない

昭和57年判決により,被害者請求に対する保険会社の債務は商行為によって生じた債務に当たらず,当時の商事法定利率年6分ではなく,民事法定利率年5分が適用された。
商法514条は,民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成29年法律第45号)3条により削除されている。
令和2年4月1日以後に遅滞に陥った債務については,民事と商事の区別で利率が変わる場面自体がなくなった。
昭和57年判決の結論が実際に意味を持つのは,令和2年3月31日以前に遅滞に陥った債務に限られる。

第5 訴訟提起の実益

1 遅延損害金は訴訟でなければ得にくい

(1) 訴訟外の被害者請求

訴訟外の被害者請求では,保険会社は支払基準に従って支払わなければならない(自賠法16条の3第1項)。
国土交通省のウェブサイトに掲載されている支払基準(平成13年金融庁・国土交通省告示第1号)を確認した範囲では,支払額に遅延損害金を加算する旨の定めは置かれていない。
そのため,実務上,訴訟外の被害者請求で遅延損害金の支払を受けることは想定しにくく,遅延損害金を現実に回収するには訴訟によるのが通常と考えられる。

(2) 訴訟での請求の形

訴訟では,損害賠償額に加え,遅延損害金の支払を請求の趣旨に含めることができる。
平成30年判決の事案では,被害者は訴状送達の日の翌日からの遅延損害金を請求していた。
もっとも,同判決の考え方によれば,訴状送達の日の翌日から当然に遅滞に陥るわけではなく,それより前の被害者請求の時期や資料提出の経過によっては,それより早い時期から遅滞を主張できる場合も,遅い時期しか認められない場合もあり得る。
起算日をいつとして請求するかは,第3の4で挙げた「被害者側で押さえておく事情」を踏まえて検討することになる。

2 支払基準によらない算定

(1) 被害者請求の訴訟(最高裁平成18年3月30日判決)

最高裁判所第一小法廷平成18年3月30日判決(平成17年(受)第1628号,民集60巻3号1242頁)は,支払基準は保険会社が訴訟外で保険金等を支払う場合に従うべき基準にすぎないとし,「法16条1項に基づいて被害者が保険会社に対して損害賠償額の支払を請求する訴訟において,裁判所は,法16条の3第1項が規定する支払基準によることなく損害賠償額を算定して支払を命じることができるというべきである。」と判示した。
訴訟では,当事者の主張立証に基づく個別的な事案ごとの結果の妥当性が尊重されるべきであるというのがその理由である。
被害者請求の訴訟で支払基準に縛られないことの直接の先例は,この平成18年判決である。

(2) 被保険者請求の訴訟(最高裁平成24年10月11日判決)

最高裁判所第一小法廷平成24年10月11日判決(平成23年(受)第289号,集民241号75頁)は,自賠法15条の被保険者請求(保険金の支払請求)の訴訟についても,平成18年判決を引用して同じ理が当てはまるとし,裁判所は,支払基準によることなく,「自ら相当と認定判断した損害額及び過失割合に従って保険金の額を算定して支払を命じなければならない」と判示した。
同判決は被保険者請求の事案であり,被害者請求の事案ではない。

3 過失相殺の扱い

支払基準では,被害者に重大な過失がある場合に限り,過失の割合に応じた減額が行われる(重大な過失による減額)。
これに対し,訴訟では,裁判所が認定した過失割合どおりに過失相殺される。
平成24年判決の事案では,原審が,被害者の過失割合を8割と認定しながら,支払基準による3割の減額を前提に差額600万円の支払を命じたのに対し,最高裁は,損害額7500万円から8割の過失相殺をした後の1500万円は既に支払済みであるとして,原判決を破棄した。
被害者の過失が大きい事故では,訴訟を提起すると,支払基準による場合よりも受け取れる額が少なくなることがある。
計算例と請求の順序は,被害者の過失が大きい交通事故の請求順序で扱っている。

4 保険金額の上限と遅延損害金

自賠法16条1項は,被害者が「保険金額の限度において」損害賠償額の支払を請求できると定める。
遅延損害金がこの保険金額の枠内に含まれるのか,枠外で別に請求できるのかについて,本記事の調査の範囲では,最高裁が正面から判断した裁判例を確認できなかった。
平成30年判決の事案では,原審が保険金額の合計である344万円とこれに対する遅延損害金の支払を命じ,最高裁は,その遅延損害金の起算日について審理を尽くさせるため差し戻しているから,保険金額全額に加えて遅延損害金を請求することを前提とした審理が行われている。
もっとも,同判決はこの点を争点として判断したものではないから,同判決を遅延損害金が保険金額の枠外であることの先例として扱うことはできない。

5 訴訟を選ぶ前に確認すること

訴訟を提起すると,判決まで支払を受けられないのが通常である。
治療中の被害者請求や仮渡金(自賠法17条)で早期に一定額を受け取る方法は,交通事故の慰謝料はいつもらえるか及び交通事故の仮払い仮処分で扱っている。
加害者側の任意保険会社が自賠責保険分を含めて支払う一括払との関係は,任意保険の示談代行とはで扱っている。

被害者請求の請求権は,被害者又はその法定代理人が損害及び保有者を知った時から3年で時効によって消滅する(自賠法19条。平成22年3月31日以前の事故は2年)。
遅延損害金を得るために訴訟を検討する場合でも,この期間の管理が先に必要である。

自賠責保険金が支払われた場合に,加害者に対する損害賠償債務の元本と遅延損害金のどちらに充当されるかは,交通事故の既払金は元本と遅延損害金のどちらに充当されるかで扱う。
最高裁平成16年12月20日判決は,自賠責保険金が元本及び遅延損害金の全部を消滅させるに足りないときは遅延損害金にまず充当されるとしており,加害者に対する請求の計算にも影響する。

第6 関連記事

遅延損害金に関するメモ書き
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第7 出典・参考資料

1 法令

① 自動車損害賠償保障法(昭和30年法律第97号)1条,3条,13条,15条,16条,16条の3,16条の9,17条,19条,23条の3,72条,73条の2(e-Gov法令検索,令和8年9月19日確認)
② 民法(明治29年法律第89号)404条,412条,419条(e-Gov法令検索,令和8年9月19日確認)
③ 民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)附則17条3項
④ 民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成29年法律第45号)3条(商法514条の削除)
⑤ 自動車損害賠償保障法及び自動車損害賠償責任再保険特別会計法の一部を改正する法律(平成13年法律第83号)(衆議院ウェブサイト 制定法律
⑥ 保険法の施行に伴う関係法律の整備に関する法律(平成20年法律第57号)15条,16条,附則(衆議院ウェブサイト 制定法律

2 裁判例

① 最高裁判所第三小法廷昭和37年9月4日判決(昭和34年(オ)第117号,民集16巻9号1834頁)
② 最高裁判所第三小法廷昭和39年5月12日判決(昭和36年(オ)第1206号,民集18巻4号583頁)
③ 最高裁判所第三小法廷昭和57年1月19日判決(昭和54年(オ)第34号,民集36巻1号1頁)(裁判所HP
④ 最高裁判所第一小法廷昭和61年10月9日判決(昭和59年(オ)第696号,集民149号21頁)(裁判所HP
⑤ 最高裁判所第二小法廷平成16年12月20日判決(平成16年(受)第525号,集民215号987頁)(裁判所HP
⑥ 最高裁判所第一小法廷平成18年3月30日判決(平成17年(受)第1628号,民集60巻3号1242頁)(裁判所HP
⑦ 最高裁判所第一小法廷平成24年10月11日判決(平成23年(受)第289号,集民241号75頁)(裁判所HP
⑧ 最高裁判所第一小法廷平成30年9月27日判決(平成29年(受)第659号,民集72巻4号432頁)(裁判所HP
⑨ 最高裁判所第一小法廷令和4年7月14日判決(令和3年(受)第1473号,民集76巻5号1205頁)(裁判所HP

3 公的資料

法務省「保険法の概要について」
法務省「令和8年4月1日以降の法定利率について」
国土交通省「自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準」(平成13年金融庁・国土交通省告示第1号)
国土交通省「自動車損害賠償責任保険普通保険約款」
損害保険料率算出機構「2025年度(2024年度統計)自動車保険の概況」37頁