目次第1 本記事の対象と結論の見取図1 対象とする場面2 結論の見取図第2 学費が特別受益になるかを考える枠組み1 「生計の資本としての贈与」と扶養義務の関係2 学説の二つの見解3 家庭裁判所の実務書の説明4 大学進学の現状5 裁判例が示す基準第3 きょうだいの一人だけが大学へ進学した場合1 特別受益とされなかった例2 特別受益に当たることを前提に算定を求めた例3 二つの事案の違い第4 医学部・歯学部など学費が特に多額の場合1 歯学部の学費を特別受益とした例2 医学部・歯学部の学費を特別受益としなかった例3 高卒のきょうだいがいる場合への当てはめ4 学費以外の費用と,誰が負担したか第5 特別受益に当たり得ても持戻しが免除されることがある第6 孫の学費を祖父母が負担した場合第7 金額の算定,期限と確認する資料1 特別受益とされた場合の金額2 期限3 確認する資料第8 出典・参考資料1 法令2 裁判例3 文献4 統計
第1 本記事の対象と結論の見取図
1 対象とする場面
本記事は,3人の子のうち2人は高校を卒業して就職し,1人だけが親に大学の学費を出してもらったという場合に,その学費が民法903条1項の特別受益として遺産分割で考慮されるかを,令和8年9月11日時点の法令と裁判例に基づいて整理するものである。
遺留分の計算でも,相続人に対する生計の資本としての贈与は基礎となる財産に算入されるため(民法1044条1項・3項),同じ問題が生じる。
子の人数が3人であること自体は結論に関係せず,判断を分けるのは,学費の額,親の資産や社会的地位,学費が支出された当時の事情,他の子との比較である。
2 結論の見取図
裁判例と実務書を踏まえると,結論は次のように整理できる。
①大学の学費は,親の資産や社会的地位からみてその程度の教育を受けさせるのが普通といえる範囲では親の扶養義務の履行とされ,本記事で確認した裁判例でも特別受益を否定したものが多い。
②きょうだいのうち一人だけが大学へ進学したという事実だけで,直ちに特別受益とされるわけではない。
③私立大学の医学部や歯学部のように学費が特に多額の場合には,特別受益とされた裁判例がある一方,家業の承継や他のきょうだいの学歴を理由に否定した裁判例もある。
④特別受益に当たり得る場合でも,親が持戻しを免除する意思を有していたと認められることがある。
第2 学費が特別受益になるかを考える枠組み
1 「生計の資本としての贈与」と扶養義務の関係
民法903条1項は,共同相続人のうち,被相続人から遺贈を受け,又は「婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者」があるときは,その贈与の価額を相続財産に加えて相続分を計算すると定めている。
他方で,直系血族は互いに扶養をする義務を負う(民法877条1項)。
大学の学費は,卒業後の生活の基礎となる点で「生計の資本」に当たり得るが,親が子に教育を受けさせる費用は扶養の一内容でもあるため,どこまでが扶養でどこからが遺産の前渡しかが問題となる。
親が離婚した場合に子の大学の学費を養育費に加算できるかという別の問題は,私立学校・大学・留学の学費は養育費に加算できるか―標準教育費と超過分の計算で扱っている。
2 学説の二つの見解
松川正毅・窪田充見編『新基本法コンメンタール 相続』(日本評論社,2016年)の民法903条の解説(木村敦子執筆)は,教育費用として特別受益性が特に問題となるのは大学以上の高等教育であるとした上で,二つの見解を紹介している(同書71頁)。
一つは,高等教育の費用は生活費の源泉及び生活能力の取得のためのものであるから,常に生計の資本としての贈与に当たるとする見解である。
もう一つは,被相続人の資力や社会的地位,他の兄弟との比較から,具体的に被相続人の扶養義務に含まれるかどうかを判断した上で,通常の学資と考えられるものは特別受益に該当しないとする見解であり,同書はこちらが有力に主張されているとしている。
3 家庭裁判所の実務書の説明
片岡武・管野眞一編著『第4版 家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務』(日本加除出版,2021年。以下「片岡・管野編著」という。)は,高等教育を受けるための学資とは基本的には入学金や授業料等をいい,その間の生活費や下宿代,留学時の渡航費用などを必ずしも含むものではないとしている(同書243頁~244頁)。
同書は,高校卒業後の専門学校,大学,留学等の学資は,私立の医科・薬科等の大学の入学金・授業料のように特別に多額なものでない限り,子の資質・能力等に応じた親の子に対する扶養義務の履行に基づく支出とみることができるとしている(同書244頁)。
また,扶養の範囲内とはいえないものの,相続人全員が大学教育を受け,ほぼ同額の受益を受けている場合には,「特別受益として考慮しない」とするのが相当であるとしている(同書244頁)。
田村洋三・小圷眞史編著『第3版 実務相続関係訴訟』(日本加除出版,2020年。以下「田村・小圷編著」という。)は,高等学校や大学の学費については,高学歴化の時代で多くの者が進学することから,扶養義務の履行にすぎないとして特別受益と見ない考え方が強くなっているようであるが,医学部など高額な費用を要する場合は特別受益と考える扱いが多いようであると説明している(同書27頁)。
4 大学進学の現状
文部科学省が令和7年12月26日に公表した学校基本統計(学校基本調査の結果)の確定値によれば,令和7年度の大学(学部)進学率(過年度卒を含む)は58.6%,大学・短期大学のほか高等専門学校4年次や専門学校を含む高等教育機関への進学率は85.4%である。
ここでいう大学(学部)進学率は,大学(学部)の入学者を3年前の中学校等の卒業者の数で割ったものである。
(続きを読む...)大学の学費は特別受益になるか―きょうだいの一人だけが大学へ進学した場合と医学部・歯学部の裁判例(AI作成)