第1 結論と記事の対象
1 結論
令和8年の成年後見制度改正は,弁護士が一つの選任事件から長期間得る継続収益を低下させる方向に働く可能性が高いと考えられる。
もっとも,弁護士が実際に行った事務の時間当たり採算や,法律事務所全体の成年後見関連利益まで低下する可能性が高いとは,令和8年8月27日現在の資料からはいえない。
この違いは,改正後の補助が必要な範囲と期間に対応する制度となる一方,専門性の高い事務は報酬評価が改善する余地があり,新規相談や単発の法的事務が増える可能性も残るために生じる。
したがって,改正の影響は「後見業務の採算性」という一つの数字ではなく,選任期間,報酬額,投入時間,未回収額及び新規業務量に分けて検討する必要がある。
2 この記事が扱う範囲
本記事は,民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)のうち,弁護士の成年後見関連業務の収益構造に直接関係する部分を対象とする。
制度全体の変更点は,令和8年法律第45号による成年後見制度の改正で整理している。
同法は令和8年6月17日に成立し,同月24日に公布されたが,成年後見制度に関する主要部分の施行日は,公布日から2年6月以内に政令で定められる。
令和8年8月27日現在,その施行日は確定していないため,本記事の将来評価には,政令,最高裁判所の報酬算定運用及び施行後統計により修正を要する部分がある。
第2 1件当たりの継続収益を低下させる改正
1 必要な権限がなければ補助を開始しない仕組み
改正民法7条3項は,補助開始の審判を,同意を要する特定の行為,特定補助又は代理権付与のいずれかの審判と同時にしなければならないと定める。
包括的な権限を前提とした現行の成年後見及び保佐は廃止され,新たに開始する法定後見は,必要な権限に対応した補助へ一本化される。
改正民法12条は,必要がなくなった権限の全部又は一部を取り消すことができ,全ての保護措置を取り消す場合には補助開始の審判も取り消さなければならないと定める。
任務の終了だけで補助が当然に終わるわけではないが,相続処理や不動産売却等の特定の課題が解決した後も包括的な選任が続くという収益構造は縮小しやすい。
2 毎年の必要性確認と補助人の交代
改正民法876条の21は,補助人に毎年1回の報告を義務付け,家庭裁判所がその報告を受けて,保護措置の取消しを職権で行うことができるとする。
同法876条の5第3号は,本人の利益のため特に必要があるときも補助人を解任できると定めるため,専門職から親族,市民後見人その他の担い手への交代が制度上行いやすくなる。
この仕組みは,必要性がなくなった事件や専門職でなくても担える事件の継続期間を短くする方向に働く。
他方で,必要性を確認するための面談,支援者との連携,報告及び取消しの申立てに要する時間が報酬へ十分反映されなければ,終了までの時間当たり採算も悪化し得る。
3 任意後見監督人を選任しない場合
改正任意後見契約法7条5項は,任意後見監督人による監督の必要がないことが明らかな場合,家庭裁判所が任意後見監督人を選任しないことができると定める。
この場合は家庭裁判所が任意後見人を直接監督するため,監督人業務の件数には下押し要因となる。
もっとも,条文上の要件は「明らかに」監督の必要がない場合であり,どの程度利用されるかは運用開始前には分からない。
監督人の選任基準と報酬の現状は,成年後見監督人・保佐監督人・補助監督人・任意後見監督人で整理している。
第3 報酬算定は令和8年改正だけでは説明できない
1 改正民法876条の19
現行民法862条は,家庭裁判所が「後見人及び被後見人の資力その他の事情」によって相当な報酬を与えることができると定める。
改正民法876条の19は,考慮要素として「補助の事務の内容,補助人及び本人の資力その他の事情」を明記する。
もっとも,衆議院法務委員会における法務省の説明では,現行実務でも補助人が行った事務の内容は考慮されていたとされる。
条文に事務内容が加わったことだけから,施行日に報酬が一斉に増減すると読むことはできない。
2 令和7年4月に始まった報告書式の変更
全国の家庭裁判所では,令和7年4月1日から共通の後見等事務報告書式の運用が始まった。
報酬算定で考慮を求める事情がある場合は,事務の内容ごとに「報酬付与申立事情説明書別紙」を提出する方式となっている。
この変更は令和8年法律第45号の成立前に始まっている。
今後の報酬額に変化が生じても,令和7年からの事務内容重視の運用と,令和8年改正による選任範囲・期間の変更とを分けなければ,改正法の影響を過大又は過小に評価することになる。
現在の裁判所別の報酬目安と全国集計の読み方は,成年後見人等の報酬額のめやすで整理している。
3 報酬は二方向へ動き得る
厚生労働省の専門家会議における最高裁判所の説明は,報酬の全体又は一部を一律に上げ下げするのではなく,事務の内容と負担に応じて,個別事件にふさわしい額を算定する方向を示していた。
高額な資産を管理しているが事務負担の小さい事件では,従前より報酬が下がる可能性がある一方,法律問題の解決等で専門性を発揮した事件では,法テラスの代理援助立替基準等も参照して評価を高める余地があると説明されている。
したがって,報酬制度の変更は,全ての弁護士後見業務を同じ方向へ動かすものではない。
日常的な財産管理による継続報酬は縮小しやすいが,訴訟,遺産分割,債務整理,不動産処分その他の法的事務は,作業量と専門性が適切に記録されれば,時間当たり採算を維持又は改善できる可能性がある。
第4 現在の統計から分かることと分からないこと
1 弁護士の選任件数
最高裁判所の「成年後見関係事件の概況―令和7年1月~12月―」によれば,令和7年に開始した事件等における成年後見人等と本人との関係別件数は4万2732件であり,うち弁護士は8903件であった。
親族以外の成年後見人等は3万5718件で,全体の83.6%を占めた。
この数字は,1件に複数の成年後見人等が選任された場合を含む「関係別件数」であり,弁護士の人数,年末時点の受任事件総数又は売上高ではない。
弁護士の選任件数が多いことは確認できるが,1件当たりの時間,経費,報酬及び未回収額がないため,採算性は算出できない。
同じ資料によれば,令和7年12月末時点の制度利用者は25万9901人であり,成年後見は18万828人,保佐は5万8162人であった。
両者の合計23万8990人は令和7年末の利用者数であり,施行時に存続する事件数とは一致しないが,改正法の経過措置により既存の成年後見及び保佐が原則として従前の例によることと相まって,収益構造が施行日に一斉転換するわけではないことを示す参考になる。
2 令和7年報酬実情調査の限界
最高裁判所の「報酬に関する実情調査の集計結果について―令和7年7月~12月―」は,全国の家庭裁判所で同期間に認容で終局した報酬付与申立事件10万2466件を集計している。
この調査には,報酬付与対象期間が12か月より長い又は短い事件や,後見人等が複数選任された事件も含まれる。
さらに,同調査は「親族以外」に弁護士,司法書士,社会福祉士,市民後見人,法人等をまとめ,報酬の全額を実際に受領できたかは不明であると明記する。
作業時間と経費も収録していないため,この統計から弁護士の平均売上又は利益率を計算することはできない。
3 日弁連アンケートが示す未回収リスク
日弁連高齢者・障害者権利支援センターが令和5年に公表したアンケートでは,後見業務を行う弁護士会員1259人がウェブ回答し,分析対象となった現役後見人1220人のうち201人,16.5%が,令和3年10月から令和4年9月までに少なくとも1件の無報酬案件を経験したと回答した。
複数回答による無報酬理由278件のうち,本人に報酬を支払う資力がないとの回答は239件,86.0%であった。
この調査は,回答率と回答者母集団に占める割合が示されておらず,補助案件を含まない自己申告調査である。
したがって「弁護士全体の16.5%」とはいえないが,低資産事件では,裁判所が報酬を定めても実際には回収できないという採算上の問題が既に存在することは示している。
第5 事務所全体の利益低下を断定できない理由
1 既存事件には経過措置がある
改正法附則2条及び3条は,施行日前に開始した成年後見及び保佐について,特別の定めがある場合を除き,なお従前の例によるとする。
本人等の請求により旧後見・旧保佐を取り消し,新しい補助へ移ることはできるが,既存事件が施行日に自動終了するわけではない。
そのため,既存受任事件が多い事務所ほど,短期的な売上減少は緩やかになりやすい。
反対に,新規選任への依存度が高い事務所では,必要な範囲と期間に限定された補助の影響が早く現れやすい。
2 新規利用件数と単発業務は予測できない
政府は衆議院法務委員会で,改正後の制度利用者の増加数を具体的に予測することは困難であると答弁した。
終了しやすさや権限の限定によって利用をためらっていた人の申立てが増えれば,1件当たり期間の短縮を新規件数が一部補う可能性がある。
また,補助人としての継続選任が不要になっても,相続,訴訟,不動産処分,契約取消し等について弁護士へ依頼する需要がなくなるとは限らない。
もっとも,これらの単発業務がどの程度発生し,誰が費用を負担するかを示す統計は現時点でない。
3 福祉的支援との分業
社会福祉法等の一部を改正する法律(令和8年法律第51号)は,日常生活上の支援,入院等の手続支援及び死後事務に関する新たな事業を整備する。
福祉職や地域機関が日常的な支援を担えば,弁護士が行ってきた定型業務の一部が減る可能性がある一方,法的問題を識別して弁護士へつなぐ経路が増える可能性もある。
どちらの効果が大きいかは,地域の中核機関,市町村の報酬助成,担い手の供給及び紹介実務によって異なる。
全国一律に弁護士業務が代替されるとの結論は,現在の資料からは導けない。
第6 採算への影響を業務別にみる
1 影響の方向
弁護士の後見関連業務に生じ得る影響は,次のように整理できる。
| 評価対象 | 現時点の方向 | 主な根拠 | 結論を左右する未確認事項 |
|---|---|---|---|
| 1件当たりの選任期間と継続収益 | 低下方向が強い | 必要な権限と期間への限定,毎年の必要性確認,交代・終了の仕組み | 取消し・交代の実施頻度 |
| 通常の財産管理だけを続ける事件の報酬 | 低下し得る | 事務内容・負担重視,高資産でも低負担なら減額の可能性 | 施行後の報酬算定基準と分布 |
| 高度な法的事務の時間当たり採算 | 維持又は改善の余地 | 専門性,難易度及び実施事務の個別評価 | 報酬額,投入時間,回収率 |
| 事務所全体の成年後見関連利益 | 判断不能 | 新規利用,単発業務,経過措置及び地域連携が反対方向に作用 | 新規件数,業務構成,紹介数,未回収額 |
2 低下方向が強い業務
影響を受けやすいのは,①新規選任に依存し,②専門的な法律問題が少なく,③定型的な財産管理の継続報酬を主な収益源とし,④本人の資産が少なく報酬助成も不十分な事件である。
選任期間が短くなる一方,初回調査,支援者会議,年次報告,取消し又は交代の手続に一定時間を要すれば,固定的な立上げ費用を回収しにくくなる。
任意後見監督人業務も,監督人を置かない運用が広がれば件数が減る。
ただし,監督不要の例外がどの程度認められるかは未確定であり,現時点で減少率を置くことはできない。
3 採算を維持し得る業務
複雑な訴訟,遺産分割,財産回復,債務整理,不動産処分,虐待対応又は多数の関係者調整を伴う事件は,弁護士の専門性を事務内容として示しやすい。
報酬申立てでは,結果だけでなく,実施した行為,難易度,所要時間,回避した不利益及び他の支援者では代替しにくい理由を記録しておくことが重要になる。
もっとも,報酬付与額が高くても,長時間の移動,反復的な連絡,無償対応及び回収不能があれば利益は残らない。
採算管理では,審判額ではなく,実受領額から直接経費と投入時間の機会費用を控除する必要がある。
4 施行後に記録すべき指標
法律事務所が改正の影響を把握するには,少なくとも①選任から終了までの月数,②初回・定期・終了事務の各投入時間,③基本報酬と個別事務の評価額,④審判額と実受領額の差,⑤外注費・交通費その他の直接経費,⑥親族等への交代件数,⑦単発受任と地域機関からの紹介件数を事件ごとに記録する必要がある。
これらを改正前後で同じ定義により比較して初めて,売上の変化,時間当たり採算の変化及び事務所全体の利益の変化を分けて評価できる。
第7 施行までに再確認すべき事項
第一に,施行日を定める政令と,新制度へ移る申立ての具体的な運用を確認する必要がある。
第二に,最高裁判所又は各家庭裁判所が示す新しい報告書式,報酬付与申立書式,算定上の考慮要素及び公表統計を確認する必要がある。
第三に,専門職から親族・市民後見人等への交代,補助終了及び任意後見監督人を置かない事件の実件数を確認する必要がある。
第四に,低所得者向けの成年後見制度利用支援事業が,地域差と未回収リスクをどの程度縮小するかを確認する必要がある。
改正法附則10条は,施行後3年を経過した場合に施行状況を検討し,必要な措置を講ずるものとする。
弁護士の採算性について確度の高い評価が可能になるのは,選任期間,実受領報酬,投入時間及び担い手交代を結び付けた施行後データが蓄積した後である。
第8 出典・参考資料
1 法令
①民法(明治29年法律第89号),862条,令和8年8月27日確認。
②民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号),改正民法7条,12条,876条の5,876条の19,876条の21,改正任意後見契約法7条・11条,附則1条~3条・10条。
③社会福祉法等の一部を改正する法律(令和8年法律第51号),令和8年6月25日公布。
2 国会資料
①第221回国会衆議院法務委員会第11号会議録(令和8年5月20日),制度利用者数の予測,補助人報酬及び必要性確認に関する答弁。
②第221回国会衆議院法務委員会第12号会議録(令和8年5月22日),報酬算定と附帯決議に関する質疑・答弁。
③社会福祉法等の一部を改正する法律案(内閣提出第45号)概要,衆議院調査局。
3 統計・調査資料
①成年後見関係事件の概況―令和7年1月~12月―,最高裁判所事務総局家庭局,資料10-1・冊子10頁(PDF13頁)及び資料11・冊子13頁(PDF16頁)。
②報酬に関する実情調査の集計結果について―令和7年7月~12月―,最高裁判所事務総局家庭局,資料上1頁~2頁(PDF2頁~3頁)。
③成年後見業務に関する報酬実態アンケート調査分析結果,日弁連高齢者・障害者権利支援センター,令和5年4月21日,1頁及び13頁~14頁。
④成年後見制度利用促進専門家会議第3回成年後見制度の運用改善等に関するワーキング・グループ議事録,厚生労働省,令和5年7月27日,13頁~18頁。
4 公的実務資料
①成年後見人・保佐人・補助人の報告書式,裁判所。
②令和7年4月1日から報告書式等が変わります,横浜家庭裁判所後見係,1頁。
③報酬の付与(成年後見制度,未成年後見制度),裁判所。