第1 この記事が扱う対象
本記事は,公開されている法令,厚生労働省の通達及び裁判所ウェブサイト・厚生労働省ウェブサイトで確認できる裁判例・社会保険審査会裁決を人工知能(AI)が調査・整理して作成したものである。
対象とするのは,厚生年金保険法59条が定める遺族厚生年金の「生計維持」要件のうち,日本年金機構の定型的な説明だけでは自分の場合に当てはまるかどうか判断しにくい場面,すなわち収入が基準額付近にある場合,同居していない場合,内縁関係が絡む場合及びDVを理由に別居している場合である。
遺族基礎年金における子の要件,加給年金額,振替加算その他の周辺制度は,生計維持要件の基本構造を説明する限度でのみ触れ,独立の論点としては扱わない。
対象時点は,令和6年11月27日付けで改正された現行の認定基準による。
第2 生計維持要件の基本構造
1 根拠条文
遺族厚生年金を受けることができる遺族は,被保険者又は被保険者であった者の配偶者,子,父母,孫又は祖父母であって,死亡の当時その者によって生計を維持したものである(厚生年金保険法59条1項)。
生計を維持していたことの認定に関し必要な事項は,政令に委任されている(同条4項)。
これを受けた厚生年金保険法施行令3条の10は,生計維持者を,死亡の当時その者と生計を同じくしていた者であって,厚生労働大臣の定める金額以上の収入を将来にわたって有すると認められる者以外のものと定義する。
条文の文言はこれだけであり,具体的な認定手順は法律にも政令にも書かれていない。
2 生計同一要件と収入要件への分解
厚生労働大臣が定める具体的な認定基準は,厚生労働省年金局長通知「生計維持関係等の認定基準及び認定の取扱いについて」(平成23年3月23日年発0323第1号)に置かれている(以下「認定基準通知」という。)。
認定基準通知は平成23年の制定後,令和元年,令和3年及び令和6年11月27日まで改正が重ねられており,本記事はこの令和6年11月27日改正後の内容による。
認定基準通知は,条文が一体として定めている生計維持要件を,生計同一要件(死亡当時,死亡した者と生計を同じくしていたこと)と収入要件(将来にわたって基準額以上の収入を得ないと認められること)の2つに分けて認定手順を定める。
生計同一要件は,住民票上同一世帯であるとき,住民票上世帯を異にするが住所が同一であるとき,又は住所は異なるが現に起居を共にし消費生活上の家計を一つにしていると認められるときに満たされる。
収入要件は,前年若しくは前々年の収入が年額850万円未満であること,又は同期間の所得が年額655.5万円未満であることを基本とする。
3 形式的な基準を修正する例外条項
認定基準通知には,生計同一要件・収入要件のいずれについても,「これにより生計維持関係の認定を行うことが実態と著しく懸け離れたものとなり,かつ,社会通念上妥当性を欠くこととなる場合には,この限りでない」という留保が付されている。
以下で取り上げる限界事例の多くは,この留保を根拠に,社会保険審査会又は裁判所が定型的な基準を個別の事実関係に応じて修正した結果であり,例外的な救済が机上の規定にとどまらず実際に機能していることを示している。
第3 収入が基準額を超えている場合の限界事例
1 収入要件の4類型
収入要件は,次のいずれかに該当する場合に満たされる(認定基準通知4(1)①)。
①前年(前年が確定しない場合は前々年)の収入が年額850万円未満であること
②同期間の所得が年額655.5万円未満であること
③一時的な所得を除けば①又は②に該当すること
④これらに該当しなくても,定年退職等の事情により近い将来(おおむね5年以内)に収入が年額850万円未満又は所得が年額655.5万円未満となると認められること
このうち④は,死亡した年の前年の収入額そのものではなく,死亡当時までに生じた収入構造の変化を評価の対象とする点で,形式的な収入証明書の数字だけでは判断できない類型である。
2 死亡当時までの収入変動が考慮された事例
社会保険審査会は,前年の給与収入・総所得金額がいずれも基準額を上回っていた請求人について,死亡した年までの間に管理監督者の職位を退いたことに伴う手当の喪失があったことを認め,休職による一時的な減額分を除いて算定し直した「修正年間給与支給額」が基準額を大きく下回るとして,収入要件④に該当すると判断した(社会保険審査会令和2年10月30日裁決・令和元年(厚)第1069号)。
同裁決は,収入要件の判定基準時があくまで死亡当時であることを前提に,前年の課税証明書の数字を機械的に当てはめるのではなく,昇給・降格・退職・休職等の個別事情を踏まえて将来の収入見込みを再評価すべきことを示している。
したがって,死亡した年の前年の収入だけを見て請求を断念する前に,死亡までの間に生じた雇用条件の変化,具体的には昇進・降格・異動に伴う手当の増減,休職,役員報酬の改定又は退職の有無を確認しておくことが考えられる。
これらを裏付ける給与規程,辞令,休職関係書類及び源泉徴収票等は,収入要件④の主張立証に用いることができる資料である。
第4 同居していない場合の限界事例
1 同居していなくても生計同一と認められる場合
住民票上の住所が異なる場合であっても,単身赴任,就学又は病気療養等のやむを得ない事情によるものであり,かつ,生活費・療養費等の経済的な援助又は定期的な音信・訪問のいずれかが認められるときは,生計同一関係が認められる(認定基準通知3(1)①ウ(イ))。
2 高齢の夫婦が別々の施設に入所した事例
社会保険審査会は,夫の単身赴任による長年の別居の後,夫婦がそれぞれ要介護状態となって別々の介護施設等に入所し,各自の年金収入で生活費を賄っていた事案について,この生活形態が夫婦それぞれの介護の必要性という外在的な事情によるものであって夫婦関係が破綻したわけではないこと,退職金の交付・定期的な送金及び親族を介した音信・訪問が続いていたことを認定し,「なお従前の共同生活の延長にある」ものとして生計維持関係を認めた(社会保険審査会令和4年10月31日裁決・令和3年(厚)第516号)。
高齢化に伴う施設入所による別居は,住民票上の住所が異なり双方に独立した年金収入がある点で形式的には生計同一要件を満たさないように見えるが,同裁決は,別居に至った経緯の非任意性と別居後も維持された経済的・人的つながりを実質的に評価する姿勢を示している。
3 複数の扶養者がいる場合
死亡した子と同居し生活費の援助を受けていた母について,母が存命の父の健康保険の被扶養者であり父の所得も高額であることを理由に不支給とされた事案がある。
社会保険審査会は,法令上生計維持関係を一人に限る旨の定めはないから,父による扶養の存在は,死亡した子との間で法令の定める生計維持関係認定要件(住所の同一性及び基準額以下の収入)を満たしている以上,これを否定する理由にならないと判断した(社会保険審査会令和3年3月31日裁決・令和元年(厚)第2201号)。
複数の家族構成員から重複的に扶養を受けていた者が死亡した場合,他に扶養者がいることだけを理由とする不支給決定には,この裁決を踏まえて争う余地がある。
第5 DVを理由に別居している場合の限界事例
1 判断枠組みの見直し
配偶者からの暴力(DV)による別居は,単身赴任等と異なり,被害者側が加害者との経済的つながりや音信を維持していないことが多いため,従来の生計同一要件の枠組みでは救済されにくいという問題があった。
厚生労働省は,保護命令,一時保護,母子生活支援施設への入所又は基礎年金番号の変更等,DV被害を示す事情がある場合には,別居時点という一時点の事情のみならず,別居期間の長短,別居の原因及びその解消可能性,経済的援助や音信の有無を総合的に考慮すべきものとする通達を発した(厚生労働省年金局事業管理課長令和3年9月1日付け通知・年管管発0901第1号)。
もっとも同通知は,経済的援助も音信もない状態がおおむね5年を超えて固定化している場合には,原則として生計同一関係を否定するという限界線も同時に示している。
2 別居から約13年後に死亡した事案
東京地方裁判所令和元年12月19日判決(平成30年(行ウ)第322号)は,約33年間同居した夫婦が,夫からの激しい暴力を機に別居を開始し,夫が暴行罪により服役して出所した直後に死亡するまで約13年間別居が続き,その間双方から離婚に向けた行動が取られなかった事案について,妻が厚生年金保険法59条1項にいう「その者によつて生計を維持したもの」に該当するとして,不支給処分を取り消した。
同判決は,前記の令和3年通知が定める「おおむね5年」という目安を超える別居期間であっても,個別の事情次第で生計維持関係が認められ得ることを示す裁判例である。
第6 内縁関係が絡む場合の限界事例
1 重婚的内縁関係の判断枠組み
厚生年金保険法及び国民年金法にいう「配偶者」には,婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む(厚生年金保険法3条2項)。
戸籍上の配偶者が別に存在する場合(重婚的内縁関係),届出による婚姻関係を優先するのが原則であり,内縁配偶者が優先されるのは,戸籍上の婚姻関係がその実体を全く失ったものとなっているときに限られる。
最高裁判所第一小法廷昭和58年4月14日判決(昭和54年(行ツ)第109号,民集37巻3号270頁)は,農林漁業団体職員共済組合法上の配偶者該当性が争われた事件において,戸籍上の妻が夫と離婚を前提とする経済的給付を受けるなどして婚姻関係が既に形骸化・固定化しており,夫が生前別の女性と事実上の夫婦関係にあったなどの事情から,戸籍上の妻は「配偶者」に当たらないと判断した。
この判決は厚生年金保険法そのものの事件ではないが,厚生労働省の認定基準通知はこの法理をそのまま援用しており,戸籍上の婚姻関係の実体喪失が認められる場合の考慮要素として,当事者が離婚の合意に基づいて共同生活を廃止しているが届出をしていないとき,又は一方の悪意の遺棄による別居状態がおおむね10年程度以上継続し固定化しているときを挙げる(認定基準通知6(1))。
2 戸籍上の婚姻関係の実体が失われていないとされた事例
社会保険審査会は,内縁の妻を称する請求人からの再審査請求について,戸籍上の妻との離婚訴訟が第一審から上告審まで請求棄却(婚姻継続)で確定していたこと,その後も生活費の交付や見舞い等の交流が続いていたことから,「婚姻関係がその実体を失って形骸化し,かつ,その状態が固定化して近い将来解消される見込みがないとまで断ずるのは困難である」として,戸籍上の妻を優先し,内縁の妻からの請求を棄却した(社会保険審査会令和4年6月30日裁決・令和3年(厚)第520号)。
離婚訴訟で婚姻継続の判断が確定している事実は,重婚的内縁関係の認定において重い消極的事情として扱われることがうかがえる。
3 近親婚に当たる内縁関係が認められた事例
民法は,直系血族又は三親等内の傍系血族の間,直系姻族の間及び養親子等の間の婚姻を禁止しており(民法734条から736条まで),これに違反する内縁関係は原則として事実婚関係と認定されない。
もっとも,最高裁判所第一小法廷平成19年3月8日判決(平成17年(行ヒ)第354号,民集61巻2号518頁)は,叔父と姪という三親等の傍系血族間の内縁関係について,叔父と先妻の子の養育を主たる動機として形成され当初から反倫理的・反社会的な側面を有していたとはいい難いこと,親戚間で抵抗感なく承認され地域社会等でも公然と受け容れられていたこと,及び叔父の死亡まで約42年間円満かつ安定的に継続したことから,近親婚を禁止すべき公益的要請よりも遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与するという厚生年金保険法の目的を優先させるべき特段の事情があるとして,姪を同法上の配偶者に当たると判断した(裁判官横尾和子の反対意見が付されている)。
この事件は,第一審の東京地方裁判所平成16年6月22日判決(平成14年(行ウ)第346号)が請求を認容し,控訴審の東京高等裁判所平成17年5月31日判決(平成16年(行コ)第241号)がこれを逆転して棄却した後,上告審である最高裁判所が更に結論を覆したという審級の経過をたどっている。
認定基準通知は,この判例を踏まえ,三親等の傍系血族間の内縁であること,形成の経緯が当時の社会的・時代的背景に照らして不当でないこと,地域社会等で抵抗感なく受け入れられてきたこと及びおおむね40年程度以上安定的に継続してきたことの全てを満たす場合には,日本年金機構本部及び厚生労働省年金局と個別に協議する取扱いとしている(認定基準通知5(2)ただし書)。
第7 不支給決定を受けた場合に確認すべき期間制限
1 審査請求及び再審査請求の期間
厚生労働大臣による保険給付に関する処分に不服がある者は,社会保険審査官に対して審査請求をし,その決定に不服がある者は,社会保険審査会に対して再審査請求をすることができる(厚生年金保険法90条1項)。
審査請求は,処分があったことを知った日の翌日から起算して3か月を経過したときはすることができず(社会保険審査官及び社会保険審査会法4条1項),再審査請求は,審査官の決定書の謄本が送付された日の翌日から起算して2か月を経過したときはすることができない(同法32条1項)。
審査請求をした日から2か月以内に決定がないときは,審査請求人はこれを棄却されたものとみなして次の手続に進むことができる(厚生年金保険法90条3項)。
処分の取消しの訴えは,審査請求に対する社会保険審査官の決定を経た後でなければ提起することができないが(同法91条の3),再審査請求まで経ることは訴訟提起の条件とされていない。
2 遺族厚生年金を受ける権利の消滅時効
保険給付を受ける権利は,その支給すべき事由が生じた日,すなわち死亡日から5年を経過したときは,時効によって消滅する(厚生年金保険法92条1項)。
審査請求及び再審査請求は,時効の完成猶予及び更新に関しては裁判上の請求とみなされるため(同法90条4項),不服申立てをすること自体が時効の進行を止める効果を持つ。
3 未支給年金との違い
本記事で扱った収入要件は,遺族厚生年金の生計維持要件に固有のものであり,年金受給権者が死亡した際に未払分の年金を請求する未支給年金の生計同一要件には,そのまま当てはめることができない。
未支給年金における請求権者の範囲,受給順位及び生計同一要件の具体的な内容は,「遺産分割と未支給年金――相続財産性、受給順位及び手続」で扱っているので,そちらも参照されたい。
第8 出典
1 法令
厚生年金保険法3条2項,59条,90条,91条の3,92条
厚生年金保険法施行令3条の10
民法734条から736条まで
社会保険審査官及び社会保険審査会法4条,32条
2 裁判例・裁決
最高裁判所第一小法廷昭和58年4月14日判決(昭和54年(行ツ)第109号「遺族年金却下取消」,民集37巻3号270頁)
最高裁判所第一小法廷平成19年3月8日判決(平成17年(行ヒ)第354号「遺族厚生年金不支給処分取消請求事件」,民集61巻2号518頁)
東京地方裁判所平成16年6月22日判決(平成14年(行ウ)第346号「遺族厚生年金不支給処分取消請求事件」,上記最高裁判決の第一審)
東京地方裁判所令和元年12月19日判決(平成30年(行ウ)第322号「遺族厚生年金不支給処分取消等請求事件」)
社会保険審査会令和2年10月30日裁決(令和元年(厚)第1069号,収入要件)
社会保険審査会令和3年3月31日裁決(令和元年(厚)第2201号,生計維持要件)
社会保険審査会令和4年6月30日裁決(令和3年(厚)第520号,重婚的内縁関係)
社会保険審査会令和4年10月31日裁決(令和3年(厚)第516号,生計維持関係)
3 行政資料
厚生労働省年金局長通知「生計維持関係等の認定基準及び認定の取扱いについて」(平成23年3月23日年発0323第1号,令和6年11月27日改正時点)
厚生労働省年金局事業管理課長通知「DV被害者に係る遺族年金等の生計同一認定要件の判断について」(令和3年9月1日年管管発0901第1号)