第1 この記事が扱う未支給年金
1 結論と対象
通常の国民年金及び厚生年金保険について,受給権者が死亡した時点で未払となっている死亡月分までの年金は,遺産分割の対象となる相続財産ではない。国民年金法19条及び厚生年金保険法37条が,死亡時に受給権者と生計を同じくしていた一定範囲の遺族に,自己の名で請求する固有の権利を与えているためである。
したがって,法定相続人であることだけでは請求できず,反対に,相続人でなくても法定の親族範囲,生計同一及び順位を満たせば請求できることがある。遺産分割協議によって,日本年金機構に対する受給順位を入れ替えたり,生計同一でなかった相続人を請求者にしたりすることはできない。
本記事は,令和8年8月9日現在の国民年金及び厚生年金保険を中心に扱う。
請求手続,受取時期及び税務の補足については,令和8年10月7日に日本年金機構及び国税庁の公開資料を確認した。
旧共済年金,企業年金,確定拠出年金及び個人年金保険は制度ごとに結論が異なるため,第8で別に説明する。
本記事は一般的な法制度及び手続の情報を提供するものであり,個別案件についての法律相談又は税務相談ではない。具体的な事情に即した相談は,「遺言・相続のお問い合わせ」から可能である。
2 未支給年金と遺族年金の違い
未支給年金は,死亡した受給権者に死亡月分まで支給されるべきであった年金について,支払時期又は手続の関係で未払となっている部分である。これに対し,遺族基礎年金及び遺族厚生年金は,被保険者等の死亡を支給事由として遺族に発生する別の給付であり,受給者の範囲,年齢要件,生計維持要件及び失権事由も異なる。
特に,未支給年金で必要なのは原則として「生計同一」であり,遺族年金で問題となる「生計維持」と同じではない。生計維持に関する年収850万円未満等の収入要件を,未支給年金の生計同一要件へそのまま当てはめることはできない。遺族厚生年金の生計維持要件そのもの(収入要件のライン,別居,内縁・重婚的内縁関係及びDVによる別居等の限界事例)については,「遺族厚生年金の生計維持要件——収入,別居,内縁及びDV別居の限界事例」で扱っている。
第2 未支給年金が遺産分割の対象にならない理由
1 相続ではなく法定遺族の固有の権利であること
民法896条は,被相続人の一身に専属するものを除き,相続人が被相続人の権利義務を承継すると定める。しかし,国民年金法19条及び厚生年金保険法37条は,この相続の一般原則とは別に,法定の遺族が自己の名で未支給年金を請求する仕組みを設けている。
この違いは,誰が受け取るかを決定する基準に表れる。遺産であれば相続人,遺言,法定相続分及び遺産分割が問題となるのに対し,未支給年金では親族範囲,死亡時の生計同一及び政令上の順位が問題となる。
2 最高裁平成7年11月7日判決
最高裁平成7年11月7日第三小法廷判決(平成3年(行ツ)第212号,民集49巻9号1829頁)は,昭和60年改正前の国民年金法19条1項が一定の遺族に未支給年金の支給を請求する固有の権利を与えたものであり,死亡した受給権者の未支給年金請求権が相続の対象になるものではないと判示した。本判決は,未支給年金を遺産分割から外す現在の実務の出発点である。
また,本判決は,法定遺族が行政庁への請求及び支給決定を経て具体的な支給を受ける仕組みを重視し,死亡した受給権者本人が提起していた年金支給請求訴訟を遺族が当然に承継することも否定した。受給権者に未払分があったという事実だけから,相続人が当然に金銭債権を承継するわけではない。
3 遺産分割協議書での扱い
遺産分割協議書では,通常の未支給年金を遺産目録に計上し,特定の相続人が相続するという書き方を避けるのが法的構造に合う。記載が必要であれば,「未支給年金は法令上の受給権者が別途請求する」旨を確認事項として置き,遺産そのものの分配条項と区別する方法が考えられる。
もっとも,受領者が家族関係への配慮から他の親族へ金銭を渡すことや,遺産全体の合意解決の中で別の財産配分を調整することまで禁止されるわけではない。ただし,それは未支給年金の受給権を遺産分割した結果ではなく,別個の合意又は金銭移転であるため,合意内容及び税務上の扱いを分けて検討する必要がある。
第3 誰が未支給年金を請求できるか
1 親族の範囲と順位
平成26年4月1日以後に受給権者が死亡した場合,請求できるのは,死亡時に受給権者と生計を同じくしていた①配偶者,②子,③父母,④孫,⑤祖父母,⑥兄弟姉妹,⑦これら以外の三親等内の親族である。
順位もこの順であり,死亡時の生計同一要件を満たす先順位者がいるときは,後順位者に請求権は生じない。
配偶者又は子が存在するというだけで判断せず,その者が生計同一要件を満たしていたかを確認する必要がある。
その他の三親等内の親族には,甥・姪,伯叔父母,曾孫等のほか,三親等内の姻族も含まれる。
具体的な続柄は,日本年金機構の請求書4頁の親族範囲図で確認できるが,図に含まれることだけで受給できるわけではなく,生計同一及び順位の要件も必要である。
平成26年3月31日以前の死亡では,その他の三親等内の親族への拡張前の規定が適用される。古い判例又は実務書に「兄弟姉妹まで」と記載されていても,現在の死亡事案へそのまま用いることはできない。平成26年4月に実施されたその他の年金・雇用保険・精神保健福祉法の改正と,施行日前の事案への適用関係は,平成26年4月の厚生労働省制度変更で整理している。
配偶者には,法律上の婚姻届がある者だけでなく,社会通念上夫婦としての共同生活が認められる事実婚の配偶者が含まれ得る。ただし,法律婚配偶者と事実婚の配偶者が競合する場合は,法律婚の実体,経済的援助,接触状況及び共同生活の実態を具体的に確認する必要がある。
2 同順位者が複数いる場合
同順位者が2人以上いる場合,その1人による請求は全員のために全額についてしたものとみなされ,その1人への支給は全員に対してしたものとみなされる。日本年金機構への請求及び支払は代表者1人にまとめられるが,早く請求した者が全額を終局的に取得するという意味ではない。
法令は,同順位者間の最終的な内部取得割合を明記していない。堀勝洋『年金保険法〔第5版〕』355頁~356頁は頭数による均等を説くが,この点を直接判断した公開裁判例は確認できないため,代表受領者は他の同順位者を確認し,分配方法を記録しておくことが安全である。
3 法定の遺族がいない場合
親族範囲,生計同一及び順位を満たす者がいない通常の国民年金・厚生年金では,未支給年金が相続人一般へ回る仕組みはない。相続人が存在しても,法定の未支給年金受給者に該当しなければ,その相続人は請求できない。
この結論は,旧共済年金の一部又は確定拠出年金の死亡後5年経過時の扱いとは異なる。年金証書,年金コード及び支給元を確認し,単に「年金」という名称だけで判断しないことが重要である。
第4 生計同一をどのように判断するか
1 同居だけで決まる要件ではないこと
厚生労働省の現行認定基準は,配偶者又は子について,①住民票上同一世帯,②住民票上は別世帯だが住所が同一,③住所は異なるが現に起居を共にし,消費生活上の家計を一つにしている場合を基本類型とする。住民票が同じであれば常に認められるという絶対的な規則ではなく,形式的な適用が生活実態と著しく離れ,社会通念上妥当性を欠く場合には個別判断の余地がある。
単身赴任,就学又は病気療養等のやむを得ない事情で住所が異なる場合は,生活費・療養費等の経済的援助,定期的な音信・訪問及び事情解消後に共同生活を再開する意思が判断材料となる。父母,孫,祖父母,兄弟姉妹その他の三親等内親族については,別住所であっても,経済的援助が死亡した受給権者の生活の基盤となっていたかが重視される。
2 立証に用いる資料
同住所の場合は,死亡後に交付された住民票の除票及び請求者の世帯全員の住民票の写しが基本資料となる。別住所の場合は,これらに加えて生計同一関係に関する申立書を提出し,送金記録,生活費・療養費の負担資料,入院・施設入所の資料,訪問記録,通信履歴及び第三者の証明等によって生活実態を示す。
主張を「別居していたが家族であった」という評価だけで終わらせず,いつ,誰が,何の費用を,いくら負担したかを時系列にする必要がある。通帳,振込明細,領収書及びメッセージ履歴は散逸しやすいため,死亡直後から保全することが望ましい。
親が介護施設に入所していた場合も,別住所であったことだけで未支給年金の請求が否定されるわけではない。
死亡時の生計同一について,入所の事情,施設費・療養費等の負担,送金及び訪問・連絡の実態を説明する。
子が請求する場合の生計同一関係に関する申立書は様式3であり,申立書を出せば当然に支給されるのではなく,事実確認書類又は第三者の証明により要件を裏付ける必要がある。
3 裁判例が示す判断の分かれ目
(1) 別居していても生計同一が認められた例
東京高裁平成22年8月25日判決(平成21年(行コ)第327号)は,普通失踪宣告の事案で,生計同一は必ずしも同居を要せず,家計消費生活上の経済的一体性がある状態をいうとした。民法上死亡したものとみなされる時点を基準とし,婚姻費用の支払等を踏まえて不支給処分を取り消している。
(2) 長期別居で生計同一が否定された例
大阪地裁平成30年6月21日判決(平成28年(行ウ)第145号)及びその控訴審である大阪高裁平成30年12月13日判決(平成30年(行コ)第86号)は,長期間別居し,約6年間にわたり送金や連絡がなかった配偶者について,死亡時の生計同一を否定した。別居の理由だけでなく,死亡時に現実の経済的一体性が存在したかが問われることを示す。
大阪地裁令和2年1月16日判決(平成30年(行ウ)第135号)も,約16年間の別居中にあった死亡前の訪問及び散発的な金銭交付だけでは,家計消費生活上の経済的一体性を認めなかった。形式的な親族関係又はわずかな交流だけでは足りず,継続的な家計の結び付きが重要である。
(3) 法律婚と事実婚が競合した例
大阪地裁平成27年10月2日判決(平成25年(行ウ)第256号)は,法律婚が実体を失い,長期間の安定した事実婚及び生計同一があるとして,不支給処分を取り消した。これに対し,大阪地裁令和元年7月18日判決(平成30年(行ウ)第53号)は,長期の事実婚があっても,死亡した者が法律婚配偶者への相当な生活援助及び接触を続けていたことから,事実婚配偶者の請求を退けている。
これらの裁判例は,婚姻期間の長短又は同居の有無だけで結論を出していない。法律婚が事実上の離婚状態にあったか,どちらの関係に共同生活及び経済的一体性の実体があったかを,送金,訪問,連絡及び生活状況から判断している。
第5 死亡前入金,死亡後入金及び過払の区別
1 死亡月分までの未払額
国民年金及び厚生年金保険の年金は,受給権者が死亡した月分まで支給される。死亡時点でまだ受け取っていない死亡月分までの年金や,死亡後に受給権者名義の口座へ振り込まれた死亡月分までの年金は,未支給年金の手続対象となる。
これに対し,死亡月の翌月分以後の支給は未支給年金ではなく,過払給付の返還又は調整の問題となる。死亡届又は未支給年金請求が遅れると過払が生じることがあるため,口座を動かす前に日本年金機構及び金融機関へ連絡する必要がある。
2 口座への入金時点で結論が変わること
| 状況 | 民事上・年金実務上の基本整理 |
|---|---|
| 死亡月分までの年金が死亡時に未払である | 法定遺族の未支給年金請求の対象であり,遺産分割の対象外である。 |
| 年金が死亡前に適法に口座へ入金され,死亡時に残っている | 年金債権ではなく預金債権として相続財産に含まれる。 |
| 死亡後に死亡月分までの年金が受給権者名義口座へ入金された | 入金だけで基礎となる未支給年金の法的性質が相続財産へ変わるわけではない。日本年金機構及び金融機関と処理を確認する。 |
| 死亡月の翌月分以後が入金された | 過払給付であり,返還又は他の給付との調整を確認する。 |
死亡後の入金を見て,直ちに「口座名義人の遺産である」と処理するのは危険である。支払対象月,入金日,死亡日及び未支給年金請求の有無を照合し,預金債権と未支給年金請求権を区別しなければならない。
3 支払対象月と受取額の具体例
公的年金の定期支払は,原則として偶数月の15日であり,前月までの2か月分が支払われる。
15日が土日又は祝日の場合は,直前の平日が支払日となる。
未支給年金の額は,死亡月分までの支給対象額のうち,死亡前に適法に受け取った分を除いて確認する。
次の4例は,8月15日及び10月15日が実際の定期支払日となる年を想定し,6月までの定期支払を通常どおり受け取り,ほかに未払,支給停止又は過払の調整がない場合である。
8月20日,9月5日及び9月20日の例では,8月15日に6月・7月分を生前に受け取ったものとする。
| 死亡日 | 未支給となる月分 | 月数・金額例 |
|---|---|---|
| ①8月5日 偶数月・定期支払前 | 6月・7月・8月分 6月・7月分は8月15日の支払前であり,死亡月の8月分も加わる。 | 3か月分 月額10万円なら30万円 |
| ②8月20日 偶数月・定期支払後 | 8月分 6月・7月分は8月15日に受領済みのため,死亡月の8月分だけが残る。 | 1か月分 月額10万円なら10万円 |
| ③9月5日 奇数月・前半 | 8月・9月分 10月15日に支払われる予定であった8月・9月分が対象となる。 | 2か月分 月額10万円なら20万円 |
| ④9月20日 奇数月・後半 | 8月・9月分 9月5日の例と同じく,死亡月の9月分までの2か月分が対象となる。 | 2か月分 月額10万円なら20万円 |
このように,偶数月では定期支払の前に死亡したか,生前にその支払を受け取った後に死亡したかによって対象月数が変わる。
奇数月の9月は,前半の5日でも後半の20日でも,前提となる受領状況が同じであれば8月・9月分の2か月分となる。
同じ考え方で,10月の定期支払前に死亡した場合は8月~10月分の3か月分,その定期支払を生前に受け取った後に死亡した場合は10月分の1か月分となる。
偶数月の「前半・後半」だけで機械的に月数を決めず,実際の支払日,死亡前の受領状況及び支払対象月を照合することが重要である。
死亡後に本人名義口座へ入金された死亡月分までの年金も,未支給年金の手続対象として確認する。
第6 相続放棄及び請求者死亡
1 通常の未支給年金と相続放棄
通常の国民年金・厚生年金の未支給年金は,相続人として承継する財産ではない。そのため,相続放棄をした者でも,法定の親族範囲,死亡時の生計同一及び順位を満たせば請求でき,未支給年金の請求自体も民法921条1号の相続財産の処分には当たらないと解される。
もっとも,この結論を相続放棄後の通常の未支給年金について直接判示した公開裁判例は確認できない。最高裁平成7年11月7日判決が示した固有権構造から導かれる法的結論であり,旧共済年金等で相続人資格が要件となる例外には当てはまらない。
未支給年金以外の給付についても,その名称だけで相続放棄後の受領の可否が決まるわけではない。
死亡保険金,死亡退職金,遺族年金等との比較や相続税の取扱いは,相続放棄をしても受け取れる権利で整理している。
2 先順位者が請求前に死亡した場合
厚生労働省の現行「ハンドブック|死亡を原因とした給付」68頁は,受給権者Aと生計を同じくしていた子Bが未支給年金を請求しないまま死亡し,Bの子CがBを相続した例を扱う。この場合,CはBの相続人であるという理由だけでは請求できず,C自身がAの死亡時にAと生計を同じくし,法律上の次順位者としての要件を満たすときに限り,自己の固有の権利として請求できる。
したがって,未支給年金の請求権は,先順位者の死亡によってその相続人へ当然に移るものではない。請求後,支給前に請求者が死亡した場合の全ての処理を明記した現行の公開事務要領は確認できないため,具体的事案では年金事務所へ処理を確認する必要がある。
第7 請求手続,時効及び税務
1 請求書及び基本資料
未支給年金を受け取るには,「年金受給権者死亡届(報告書)兼未支給年金・未支払給付金請求書」を提出する。
日本年金機構の現行案内では,年金証書,請求者のマイナンバーにかかる確認書類,続柄を確認する戸籍謄抄本又は法定相続情報一覧図の写し,住民票関係資料及び請求者名義の振込口座資料等が基本となる。
戸籍謄本・住民票は死亡日より後に交付されたものを用意し,公金受取口座を利用する場合等の添付省略は,請求書の注意事項を確認する。
別住所であった場合は,生計同一関係に関する申立書及び生活実態を裏付ける資料が必要となる。事実婚配偶者が請求する場合は,通常の親族とは異なる様式及び事実婚関係を証明する資料が求められ,婚姻意思について原則として第三者の証明も必要である。
日本年金機構の提出案内によれば,年金事務所への郵送のほか,予約のうえ年金事務所又は街角の年金相談センター(オフィス)で対面相談を行う方法,所定の電子申請がある。
市区町村への死亡届の提出又は年金受給権者死亡届の省略だけで,未支給年金が自動的に支払われるわけではなく,未支給年金の請求は別に必要である。
地方公務員共済組合員期間のみの老齢基礎年金等について,地方公務員共済組合から代行払いを受けていた場合は,加入していた共済組合が提出先となる。
支給元が複数ある場合は,請求書3頁~4頁の案内に従い,一か所への提出で足りる場合と,それぞれの請求先へ提出する場合を確認する。
企業年金・国民年金基金等の私的年金は,加入していた基金その他の支給元へ別に問い合わせる。
2 本人が生前に年金請求をしていなかった場合
受給権者本人が生前に年金の裁定請求をしていなくても,法定の未支給年金受給者は自己の名で裁定請求をすることができる。ただし,加入記録,受給要件及び各支払期の消滅時効を別に確認する必要があり,死亡月前の全期間が当然に支給されるわけではない。
年金記録の訂正又は年金時効特例法が関係する場合は,通常の未支給年金だけの事案より複雑になる。年金証書が見当たらない場合でも,基礎年金番号,過去の年金振込通知書及び通帳記録から制度と支給履歴を特定することが出発点となる。
3 消滅時効
国民年金法102条及び厚生年金保険法92条は,年金給付を受ける権利について原則5年の消滅時効を定めており,各支払期月の年金を受ける支分権は原則として各支払期月の翌月初日から時効が進行する。単に制度を知らなかったという事情だけで,時効の進行又は援用が当然に排除されるわけではない。
東京地裁平成22年11月12日判決(平成21年(行ウ)第150号)及び東京高裁平成23年4月20日判決(平成22年(行コ)第400号)は,各支分権の時効進行を認め,行政庁の一般的な請求勧奨義務を否定した。これに対し,名古屋高裁平成29年11月30日判決(平成28年(行コ)第46号)は,行政窓口が受給権者本人へ請求できない旨を具体的に誤って説明し,本人がこれを信頼したという事情の下で,国の時効援用を信義則違反とした。
したがって,誤案内が問題となるときは,相談日時,窓口,担当者,説明内容及びその説明を信頼して請求しなかった経過を資料化する必要がある。例外判決を一般化せず,まず支払期ごとの時効完成を確認することが重要である。
4 相続税と所得税
国税庁は,通常の国民年金の未支給年金について,受給した遺族の固有の権利であり,相続税の課税対象となる相続財産にも,相続税法3条1項6号のみなし相続財産にも該当しないとする。厚生年金保険の未支給分も同じ固有権構造であり,通常の公的年金については相続税申告の遺産額へ加算しない。
他方,受給した遺族には所得税上の一時所得が生じる。
一時所得の金額は,総収入金額からその収入を得るために直接支出した金額及び最高50万円の特別控除額を差し引いて計算し,その2分の1が総所得金額へ算入される。
50万円の特別控除は未支給年金だけに別枠で与えられるものではなく,その年の他の一時所得と合わせて適用する。
例えば,他の一時所得及び直接の支出がなく,未支給年金を80万円受け取った場合,一時所得の金額は30万円,総所得金額へ算入する額は15万円である。
受取額が50万円を超えたことだけで,所得税の確定申告が必ず必要になるわけではない。
一定の給与所得者についての申告不要の取扱い等もあるため,ほかの所得及び本人の申告要件を確認する。
日本年金機構の案内は,未支給年金を受け取る年分の一時所得として扱っている。
死亡した年又は本来の年金の支払対象年へ一律にさかのぼるのではなく,受取年と受取額を記録し,受給した遺族自身の申告要否を判断する。
5 請求から受取までの目安
日本年金機構の現行請求書4頁は,請求書の提出から受取までの目安をおおむね3か月としている。
これは個別案件の振込日を保証するものではなく,追加資料の提出等で処理期間が変わり得る。
生活費や支払予定に関わる場合は,提出日,受付状況,追加書類の有無及び支給決定通知の内容を確認し,年金事務所へ振込予定を問い合わせる。
第8 制度名によって結論が変わる例外
1 旧共済年金の一部
日本年金機構の現行案内は,JR,JT,NTT及び農林共済が支給する共済年金について,一定の場合に法定相続人が請求できるとする。現行請求書の注意事項では,相続放棄をした者を相続人請求から除外しており,通常の国民年金・厚生年金とは相続放棄の影響が異なる。
同じ人の受給歴に,国民年金,厚生年金及び旧共済年金が混在することもある。支給元ごとに請求者及び必要書類を確認し,一枚の遺産分割協議書で一括処理できると考えない方がよい。
2 企業年金,確定拠出年金及び個人年金保険
確定給付企業年金は,規約に死亡一時金の支給及び遺族の範囲・順位を定める仕組みであるため,勤務先,企業年金基金又は企業年金連合会で規約を確認しなければ受取人及び相続財産性を確定できない。個人年金保険も,保険契約の受取人指定及び約款によって結論が変わる。
確定拠出年金の死亡一時金は,指定受取人又は法定順位の遺族が受け取る仕組みであり,死亡後5年間請求がないときは個人別管理資産が相続財産となるとの明文がある。詳しくは,「iDeCo死亡一時金の民法上・税法上の取扱い(AI作成)」で説明している。
日本弁護士国民年金基金の未支給年金及び遺族一時金の受給者,必要書類,電子申請及び5年時効については,「弁護士国民年金基金の給付請求」で説明している。
このように,「未支給年金」という同じ呼び方でも,公的年金,旧共済,確定給付企業年金,確定拠出年金及び保険会社の個人年金では根拠規定が異なる。最初に制度名と支給元を特定することが,遺産分割の要否を判断する前提となる。
第9 実務上の確認順序
① 年金証書,年金振込通知書,源泉徴収票及び通帳から,制度名,年金コード,支給元,支払対象月及び死亡後入金の有無を特定する。死亡日と最終入金日だけでなく,その入金が何月分かまで確認する。
② 死亡日が平成26年4月1日以後かを確認し,法定の親族範囲及び順位を並べる。
死亡時の生計同一要件を満たす先順位者が存在する場合は,後順位者の手続を先に進めない。
③ 各先順位者について,死亡時の生計同一を確認する。同居又は別居の形式だけでなく,住民票,送金,生活費・療養費の負担,訪問,連絡,別居理由及び共同生活再開の意思を時系列にする。
④ 同順位者が複数いる場合は,代表請求者を決め,他の同順位者の存在及び内部分配の扱いを書面化する。遺産分割協議書による相続取得と,法定代表請求を混同しない。
⑤ 受給権者本人が生前に裁定請求をしていなかった期間又は長期の未払期間がある場合は,加入記録,受給要件,支払期ごとの時効及び行政窓口での案内履歴を確認する。誤案内を主張する可能性があるときは,日時及び説明内容を早期に固定する。
⑥ 相続放棄を検討中又は申述済みの場合は,通常の国民年金・厚生年金か,相続人資格が問題となる旧共済等かを区別する。未支給年金以外の預金を払い戻したり処分したりすることとは別問題である。
⑦ 通常の未支給年金は遺産目録及び相続税申告から外し,受給者本人の一時所得を検討する。家族間で再分配する場合は,その移転の法的原因及び贈与税等の可能性を別に確認する。
⑧ 日本年金機構の様式及び添付書類は改訂されるため,提出直前に最新版を確認する。別住所,事実婚,請求者死亡又は複数制度の併存がある場合は,年金事務所へ予約相談を行い,回答内容を記録する。
第10 出典・参考資料
1 法令
①国民年金法(昭和34年法律第141号)18条,19条,24条及び102条(e-Gov法令検索)
②国民年金法施行令(昭和34年政令第184号)4条の3の2(e-Gov法令検索)
③厚生年金保険法(昭和29年法律第115号)36条,37条,41条及び92条(e-Gov法令検索)
④厚生年金保険法施行令(昭和29年政令第110号)3条の2(e-Gov法令検索)
⑤民法(明治29年法律第89号)896条,900条,903条,904条の2及び921条(e-Gov法令検索)
⑥所得税法(昭和40年法律第33号)34条(e-Gov法令検索)
⑦確定給付企業年金法(平成13年法律第50号)47条及び48条(e-Gov法令検索)
⑧確定拠出年金法(平成13年法律第88号)40条,41条及び73条(e-Gov法令検索)
2 裁判例
①最高裁平成7年11月7日第三小法廷判決(平成3年(行ツ)第212号,民集49巻9号1829頁,裁判所ウェブサイト)
②札幌地裁平成元年5月31日判決(昭和58年(ワ)第98号,裁判所ウェブサイト)
③東京高裁平成22年8月25日判決(平成21年(行コ)第327号,裁判所ウェブサイト)
④名古屋地裁平成18年11月16日判決(平成17年(行ウ)第22号,裁判所ウェブサイト)
⑤仙台地裁平成21年2月9日判決(平成19年(行ウ)第11号,裁判所ウェブサイト)
⑥大阪地裁平成27年10月2日判決(平成25年(行ウ)第256号,裁判所ウェブサイト)
⑦大阪地裁平成30年6月21日判決(平成28年(行ウ)第145号,裁判所ウェブサイト)
⑧大阪高裁平成30年12月13日判決(平成30年(行コ)第86号,裁判所ウェブサイト)
⑨大阪地裁令和元年7月18日判決(平成30年(行ウ)第53号,裁判所ウェブサイト)
⑩大阪地裁令和2年1月16日判決(平成30年(行ウ)第135号,裁判所ウェブサイト)
⑪東京地裁平成22年11月12日判決(平成21年(行ウ)第150号,裁判所ウェブサイト)
⑫東京高裁平成23年4月20日判決(平成22年(行コ)第400号,裁判所ウェブサイト)
⑬名古屋高裁平成29年11月30日判決(平成28年(行コ)第46号,裁判所ウェブサイト)
⑭東京地裁平成25年9月24日判決(平成24年(行ウ)第678号,裁判所ウェブサイト)
⑮東京地裁平成26年3月20日判決(平成25年(行ウ)第92号,裁判所ウェブサイト)
3 行政資料
①日本年金機構「年金を受けている方が亡くなったとき」(令和8年4月1日更新)
②日本年金機構「亡くなった方の未支給年金を受け取れるとき」(令和8年5月20日更新)
③日本年金機構「生計同一関係・事実婚関係に関する申立をするとき」
④厚生労働省「生計維持・生計同一関係等に係る認定基準及びその取扱いについて」(平成23年3月23日年発0323第1号,令和6年11月27日年発1127第2号による改正後)
⑤厚生労働省「ハンドブック|死亡を原因とした給付」67頁~68頁
⑥国税庁「未支給の国民年金に係る相続税の課税関係」(令和7年8月1日現在)
⑧所得税基本通達34-2(国税庁)
⑩日本年金機構「未支給年金(未支払給付金)の請求について」(現行請求書4頁)
⑪国税庁タックスアンサーNo.1903「給与所得者に生命保険の満期返戻金などの一時所得があった場合」
4 文献及び参考記事
①堀勝洋『年金保険法〔第5版〕―基礎理論と解釈・判例』(法律文化社,2022年)354頁~356頁・362頁
②石渡登志喜『改訂版 遺族年金相談実務ハンドブック』(日本法令,2021年)432頁~434頁・437頁
③伊藤崇・渡邊竜行編著『相談対応相続Q&A―法律・税金・保険・ライフプランニング―』(新日本法規,2019年)96頁~97頁
④菊池馨実・常森裕介編『判例から考える社会保障法』(日本評論社,2025年)80頁~81頁
⑤岡野相続税理士法人「【未支給年金とは】請求方法や期限、よくある質問を詳しく解説」(参考記事。手続・税務の記載は上記の日本年金機構及び国税庁資料で確認)