離婚届不受理申出は,夫婦の一方が知らない間に協議離婚届を提出されることを予防する制度である。署名済みの離婚届を相手方に預けた後で離婚意思を撤回した場合や,自分の署名を偽造した届書を提出される具体的な危険がある場合には,離婚届が提出される前に申出をする必要がある。
もっとも,この申出は,離婚に関するあらゆる手続を止めるものではなく,既に受理された離婚届を遡って無効にするものでもない。本記事では,令和8年8月20日現在の法令に基づき,申出の方法,効力の範囲及び間に合わなかった場合の手続を説明する。
第1 離婚届不受理申出の意味
1 制度の法的根拠
戸籍法27条の2第3項は,婚姻,離婚等の届出によって効力を生ずべき行為について,本人が窓口に出頭して届け出たことを確認できない限り届出を受理しないよう,あらかじめ申し出ることを認めている。離婚については,夫又は妻の一方が,自分を届出事件の本人とする協議離婚届を対象として申出をする。
申出後に協議離婚届が提出されても,申出人本人が窓口に出頭して届け出たことを本人確認によって確認できないときは,市町村長は届出を受理することができない。これは市町村の任意の配慮ではなく,同条4項が定める法的効果である。
2 申出で止められる届出
不受理申出の対象は,届出によって初めて離婚の効力が生ずる協議離婚届である。これに対し,調停成立,審判確定又は離婚判決確定によって既に離婚が成立した後の届出は,戸籍へ結果を報告する届出であるため,不受理申出の対象ではない。
外国法上の方式で既に成立した離婚を日本の戸籍へ報告する届出も,同じ理由から不受理申出だけでは止められない。外国離婚の成立又は日本での承認を争う場合には,準拠法,国際裁判管轄及び外国裁判の承認を含む別の検討が必要になる。
第2 申出の方法
1 申出人と申出先
夫又は妻は,相手方の同意を得ることなく,一人で申出をすることができる。離婚届へ既に署名していること,離婚協議又は離婚調停が始まっていることも申出の要件ではない。
法律上の申出先は申出人の本籍地の市町村長である。所在地の市区町村でも申出を受け付けて本籍地へ送付する実務があるが,離婚届の提出が迫っている場合には,本籍地の戸籍窓口へ受付方法と時間を直ちに確認し,本籍地へ直接提出する方が送付時間を避けられる。
2 申出書,本人確認書類及び費用
申出書には,対象とする届出,申出年月日,申出人の氏名,生年月日,住所,本籍及び戸籍の筆頭者等を記載する。令和3年9月1日以降は押印が必須ではないが,様式と提出方法は申出先の案内で確認すべきである。
原則として申出人本人が窓口へ出頭し,マイナンバーカード,運転免許証又は旅券等の本人確認書類を提示する。申出自体の手数料はかからないが,公証人の認証,証明書の取得又は郵送を要する場合には別途費用が生ずる。
3 本人が出頭できない場合
戸籍法施行規則53条の4は,疾病その他やむを得ない事由により本人が出頭できない場合の例外を定めている。この場合には,本籍地の市町村へ書面を送付し,公正証書又は公証人の認証を受けた私署証書等により,代理人の依頼によらず本人が申出をしたことを確認できる方法を採る。
単に窓口が遠い,又は仕事が忙しいという事情だけで代理申出が当然に認められるわけではない。出頭できない事情がある場合には,書類を作成する前に,本籍地の戸籍窓口と公証役場へ個別に確認する必要がある。
4 有効期間と取下げ
現在の不受理申出には,一律の有効期限はない。かつての通達による取扱いには6か月以内という期間があったが,平成20年5月1日に施行された改正戸籍法によって法制化された現行制度では,申出人による取下げ等まで期間を限定せず効力が続く。
申出人はいつでも取下げをすることができ,取下げにも本人出頭と本人確認に関する規定が準用される。他方,申出人本人が窓口へ出頭し,本人確認を受けて協議離婚届を提出する場合には,その届出は不受理申出によって妨げられないため,常に取下げを先行させなければならないわけではない。
第3 申出後の効果と限界
1 同じ日に離婚届が提出された場合
不受理申出と協議離婚届が同じ日に提出された場合には,日付が同じかどうかではなく,どちらが先に受付けられたかが問題となる。適法な協議離婚届が先に受理されれば,後からされた不受理申出に遡及効はない。
反対に,不受理申出が先に受付けられれば,申出人本人の出頭と本人確認を欠く協議離婚届は受理できない。緊急時には,受付日時分が分かる控えを確保し,夜間又は休日の受付可否と本人確認の方法を提出予定の市区町村へ確認することが実務上重要である。
2 通知の範囲
不受理申出をしたことは,申出時に相手方へ通知されない。申出後に対象の離婚届が提出され,不受理申出を理由として受理できなかったときは,戸籍法27条の2第5項により,市町村長が遅滞なく申出人へ通知する。
したがって,通知が届いていないことだけから,離婚届を提出しようとする動きがないと判断することはできない。提出の危険が具体化している場合には,申出が登録されたことを窓口で確認し,現在の戸籍も必要に応じて取得する方が確実である。
3 離婚条件及び裁判上の離婚との関係
不受理申出は,財産分与,養育費,親子交流,慰謝料又は年金分割について合意がないことを理由に,離婚条件が整うまで法的に離婚を凍結する制度ではない。これらの条件が整ったからといって,申出の効力が自動的に消えるものでもない。
また,相手方が離婚調停を申し立て,調停が不成立になった後に離婚訴訟を提起することは妨げられない。不受理申出は,民法上の裁判離婚原因の有無や,裁判による離婚の可否を左右しない。
第4 署名済み離婚届と離婚意思の撤回
1 離婚意思が必要な時点
民法763条及び764条による協議離婚は,当事者の合意だけでは成立せず,届出によって成立する要式行為である。判例上,離婚届へ署名した時だけでなく,届出時にも双方に法律上の婚姻関係を解消する意思が存在しなければならない。
このため,署名済みの離婚届を相手方へ預けた後でも,提出前に離婚意思を撤回することができる。ただし,市区町村が届書の記載から実体的な意思の撤回を常に判別できるわけではないため,撤回の意思を戸籍窓口で明確にする手段が不受理申出である。
2 最高裁昭和34年8月7日判決
最高裁昭和34年8月7日第二小法廷判決(昭和32年(オ)第508号,民集13巻10号1251頁)は,協議離婚届を作成して相手方へ交付した後,一方が届出前に離婚意思を翻した事案について,届出時にその者の離婚意思がない以上,協議離婚は無効であるとした。
同判決は,相手方が意思の撤回を知っていたか,届出の委託を相手方に対して有効に解除したかを,離婚の無効を左右する要件とはしていない。もっとも,後の紛争では,いつ,どのような内容で意思を撤回したかが事実認定の対象となるため,不受理申出の控え,メッセージ,録音及び調停記録等を保存する必要がある。
第5 離婚届が既に受理された場合
1 最初に確認する資料
後からされた不受理申出には遡及効がないため,既に離婚届が受理された疑いがあるときは,まず現在の戸籍全部事項証明書を取得する。その上で,離婚届の受理又は不受理に関する証明,届書等情報内容証明書,不受理申出書及び取下書,受付日時分が分かる記録等の取得可否を市区町村へ確認する。
戸籍法48条は届出人による受理又は不受理の証明等を定めているが,利害関係人による届書の閲覧又は証明には特別の事由が必要である。誰がどの資料を請求できるかは立場と目的によって異なるため,必要書類と疎明資料を提出先へ事前に照会すべきである。
2 職権訂正と無効確認手続の区別
不受理申出が先に存在したのに行政処理上の看過によって離婚届が受理されたことが明白な場合には,戸籍法24条2項に基づき,管轄法務局長等の許可を得た市町村長の職権訂正が問題となる。しかし,離婚意思の有無又は届書の真正について当事者間に争いがある場合に,市町村長が実体判断をして戸籍だけを戻すことが原則ではない。
協議離婚の無効を争う場合には,原則として家庭裁判所へ協議離婚無効確認調停を申し立てる。当事者双方が無効原因を争わず,申立てどおりの審判を受けることに合意し,家庭裁判所が必要な事実を調査した場合には合意に相当する審判がされ得るが,争いが残れば協議離婚無効確認訴訟によって判断される。
3 戸籍訂正の申請期限
無効確認判決が確定したときは,戸籍法116条により,原告が確定日から1か月以内に判決謄本と確定証明書を添えて戸籍訂正を申請する。戸籍法114条は協議離婚の届出を明文で除外しているため,離婚そのものの無効を同条の簡易な戸籍訂正許可審判だけで処理することはできない。
離婚意思の欠缺又は署名の偽造を理由とする無効確認と,詐欺又は強迫を理由とする取消しは別の制度である。後者には,民法764条が準用する同法747条により,詐欺を発見し,又は強迫を免れた後3か月が経過したとき,若しくは追認したときに取消権が消滅するという期間制限がある。
4 無効な離婚の追認
離婚意思を欠く協議離婚であっても,後にその無効な届出の存在を知った者が,過去の離婚を有効なものとして明確に是認したと評価されれば,追認が問題となる。最高裁昭和42年12月8日第二小法廷判決(昭和42年(オ)第802号,家月20巻3号55頁)は,無効な離婚を前提とする慰謝料支払の合意をした家事調停等の事情から追認を認めた。
単に現在は離婚してもよいと考えることと,過去の無効な届出を有効なものとして扱うことは同じではない。ただし,離婚後の合意,調停での発言,戸籍上の離婚を前提とした手続等がどのように評価されるかは個別事案によるため,無効を争う場合には,その後の行動を決める前に法的な検討が必要である。
第6 子がいる場合の令和8年改正との関係
1 親権者欄が変わったこと
令和8年4月1日に令和6年法律第33号が施行され,協議離婚時には父母双方又は一方を親権者と定めることができるようになった。また,親権者の協議が調わない場合でも,親権者指定を求める家事審判又は家事調停の申立てがされている旨を離婚届へ記載する方法が,民法765条及び戸籍法76条に設けられている。
この改正は,夫婦双方の離婚意思を欠く協議離婚届を有効にするものではない。親権者欄又は申立ての有無を無断で記載した離婚届を提出される危険がある場合にも,不受理申出によって本人の出頭と本人確認を求める意義は残る。
2 不受理申出が解決しない事項
不受理申出をしても,親権,監護,養育費又は親子交流の内容は決まらない。離婚条件全体を検討する場合には,離婚事件に関するメモ書き,法定養育費と養育費債権の先取特権(AI作成)及び離婚時の財産分与と税金(AIリライト)も参照されたい。
第7 DV事案及び国際離婚での注意点
1 住所情報と身体安全は別に保護すること
DV事案で無断提出の危険がある場合,不受理申出は予防策になり得るが,この申出自体に住所を秘匿し,又は身体の安全を確保する効果はない。住民基本台帳事務における支援措置,保護命令,裁判書類の非開示希望又は秘匿措置等を別に検討する必要がある。
窓口へ行くこと自体に危険がある場合には,安全を確保した場所から戸籍窓口と支援機関へ連絡し,本人が出頭できない場合の例外を利用できるかを事前に調整すべきである。緊急の相談先は,内閣府のDV相談ナビに掲載されている。
2 外国人配偶者及び国外在住者
日本人を相手方とする離婚届については,外国人配偶者も不受理申出をすることができ,日本人配偶者の本籍地の市町村が申出先となる。他方,外国人同士の届出は日本の戸籍法上の不受理申出の対象ではない。
国外在住の日本人は在外公館を通じて申出をできるが,外国人配偶者については在外公館で申出を受け付けないとする公館案内がある。国籍,常居所,離婚の方式及び提出経路によって結論が変わるため,在外公館と日本の市町村の双方へ事前に確認する必要がある。
第8 制度の沿革と統計
1 6か月の有効期間がなくなった経緯
不受理申出は,昭和51年1月23日付け法務省民事局長通達等により統一的な取扱いが始まり,当時は6か月以内の期間を定める方式であった。その後,平成19年法律第35号による戸籍法改正で本人確認制度とともに法制化され,平成20年5月1日の施行後は一律の有効期限がなくなった。
したがって,現在の申出について「6か月ごとの更新が必要である」とする説明は現行法と一致しない。ただし,既にした申出が取下げ,適法な届出の受理その他の失効事由によって効力を失っていないかは,個別に確認する必要がある。
2 令和6年度の戸籍統計
e-Statの令和6年度戸籍統計では,「離婚届等不受理申出(申出)」の「届出_計」は2万6514件である。同じ行の「総数」3万6048件には,他市区町村から送付された9534件が含まれるため,全国で新たに提出された申出の件数を見るときは「届出_計」を用いる。
もっとも,この統計項目は,離婚届だけでなく,認知,養子縁組,養子離縁及び婚姻の不受理申出も合わせた件数である。「令和6年度の離婚届不受理申出が2万6514件であった」と読み替えることはできない。
第9 出典・参考資料
1 法令
①e-Gov法令検索「民法」739条,747条,763条~765条及び819条
②e-Gov法令検索「戸籍法」24条,27条の2,48条,76条,114条,116条及び122条
③e-Gov法令検索「戸籍法施行規則」53条の3~53条の5
④e-Gov法令検索「人事訴訟法」2条
⑤e-Gov法令検索「家事事件手続法」244条,257条及び277条
⑥e-Gov法令検索「法の適用に関する通則法」25条及び27条
2 裁判例
①最高裁昭和34年8月7日第二小法廷判決・昭和32年(オ)第508号・民集13巻10号1251頁(裁判所HP未掲載。弁護士ドットコムLIBRARYで有斐閣判例集紙面及び判決本文を確認)
②最高裁昭和42年12月8日第二小法廷判決・昭和42年(オ)第802号・集民89号361頁・家月20巻3号55頁
3 公文書・統計・ウェブ資料
①法務省「戸籍の窓口での『本人確認』が法律上のルールになりました」
②法務省「不受理申出制度ってなに?」
③大阪市「戸籍法に基づく不受理申出に係る事務処理要領」
④京都市「不受理申出について」
⑤中央区「不受理申出について」
⑥裁判所「協議離婚無効確認調停」
⑦法務省「民法等の一部を改正する法律」
⑧裁判所「離婚後の親権者の定めに関する手続等」
⑨e-Stat「戸籍統計・種類別届出事件数」
⑩内閣府「DV相談ナビ」
⑪在ロサンゼルス日本国総領事館「不受理申出制度について」