第1 結論-税金は受託者への名義変更だけで決まらない
民事信託(家族信託)の税務では,受託者名義に変えたかどうかだけでなく,誰が信託の経済的利益を受ける地位を取得し,その地位がいつ移ったかを見る必要がある。
委託者が自ら受益者となる自益信託では,設定時に受益権の経済的な移転がないため,相続税法9条の2第1項による贈与税又は相続税は通常生じないが,これを「家族信託は非課税である」と言い換えることはできない。
課税又は手続が問題となる主な時点は,①他人を受益者とする信託の設定時,②信託財産から所得が生じた時,③受益者又は受益権割合が変わった時,④先順位の受益者が死亡した時,⑤信託終了後に残余財産を取得した時,⑥不動産の登記又は紙の契約書を作成した時である。
贈与税,相続税及び所得税のほか,消費税,登録免許税,不動産取得税,固定資産税,印紙税並びに受託者の法定調書を別々に確認しなければならない。
本記事は,令和8年9月6日現在の法令及び国税庁等の公開資料に基づき,個人を委託者,受託者及び受益者とする一般的な受益者等課税信託を時系列で整理するものである。
法人課税信託,集団投資信託,退職年金等信託,受益者等が存しない信託,国外財産を含む信託及び個別の税額計算は対象外であり,具体的な申告では最新の法令と事実関係を税理士等に確認する必要がある。
第2 課税関係の全体像
1 受益者等課税信託の基本
所得税法13条は,受益者等課税信託について,信託財産に属する資産及び負債を受益者が有し,信託財産に帰せられる収益及び費用を受益者の収益及び費用とみなして所得税法を適用するものとしている。
消費税法14条も,原則として,信託財産に属する資産を受益者が有するものとみなし,信託財産に係る取引を受益者の取引として扱う。
したがって,受託者が家賃を受け取り,費用を支払っていても,所得税及び消費税の課税主体は受託者であるとは限らない。
受益者等課税信託では,受益者が信託財産を直接保有して取引したものに近い形で課税関係を確認することになるが,受託者には後述する法定調書の提出義務が別に生じ得る。
2 時系列表
①設定時は,自益信託か他益信託か,不動産を信託するか,紙の信託契約書を作成するかを確認する。
②運用中は,賃料,配当,譲渡益その他の所得を誰に帰属させるか,消費税の課税事業者か,不動産所得の損失制限があるかを確認する。
③受益者変更時は,新たな受益者が対価を負担したか,変更が前の受益者の死亡に基因するか,受益権割合が動いたかを確認する。
④相続時は,次順位の受益者へのみなし遺贈,受益者連続型信託の評価,相続税額の加算,債務控除及び小規模宅地等の特例を確認する。
⑤終了時は,残余財産を取得する者の従前の受益権,取得原因,不動産の登記,取得費の引継ぎ及び空き家特例を確認する。
第3 設定時の税金
1 委託者と受益者が同じ自益信託
相続税法9条の2第1項は,信託の効力が生じた場合に,適正な対価を負担せずに受益者等となる者があるときは,その者が委託者から信託に関する権利を贈与により取得したものとみなし,委託者の死亡に基因する場合は遺贈により取得したものとみなしている。
委託者と受益者が同一であり,受益権が他人へ移らない通常の自益信託では,この規定による贈与税又は相続税は設定時には通常生じない。
もっとも,自益信託であることは,設定から終了まで全ての税がかからないことを意味しない。
不動産の信託登記,紙の信託契約書,運用益,受益者の変更及び終了時の残余財産取得については,それぞれ別の課税関係がある。
2 委託者と受益者が異なる他益信託
委託者以外の者が適正な対価を負担せずに受益者となる他益信託では,信託の効力が生じた時に,受益者が信託に関する権利を委託者から贈与により取得したものとみなされる。
委託者の死亡により信託の効力が生じるときは,贈与ではなく遺贈による取得とみなされる。
課税時期は,受託者が信託財産を換価し,又は受益者へ金銭を交付した時に限られない。
信託の効力発生により経済的利益を受ける受益者等となった時点で課税関係を検討する必要がある。
3 不動産を信託する場合の流通税
登録免許税法7条1項により,委託者から受託者への信託のための財産権移転の登記は登録免許税を課されないが,信託の登記そのものは別に課税される。
財務省の令和8年の案内によれば,土地の所有権の信託登記は,令和11年3月31日まで税率が1000分の3に軽減されているが,建物その他の登記は別に確認する必要がある。
地方税法73条の7第3号は,委託者から受託者に信託財産を移す場合の不動産取得について,所定の例外を除き不動産取得税を課さないとしている。
したがって,不動産取得税が課されないことと,信託登記の登録免許税が生じることとは両立する。
4 紙の信託契約書の印紙税
国税庁の印紙税額一覧表では,信託行為に関する契約書は第12号文書とされ,1通につき200円である。
文書の名称ではなく内容及び作成形態によって課税文書への該当性が決まるため,電子契約や関連契約書を含め,実際に作成する文書ごとに確認する必要がある。
第4 運用中の税金及び受託者の手続
1 所得税は受益者に帰属する
受益者等課税信託では,賃料,配当,利子,譲渡益その他の収益及び対応する費用は,原則として受益者に帰属する。
受託者の口座に入金されたままで受益者へ現金が交付されていなくても,そのことだけで受益者への所得課税を免れるものではない。
受益者が確定申告を要するか,所得区分,必要経費及び源泉徴収をどう扱うかは,信託財産と取引の内容によって異なる。
信託を設定したこと自体が,受益者の一般的な所得税の申告期限又は計算方法を別制度に置き換えるものではない。
2 消費税及び固定資産税
消費税法14条により,受益者等課税信託の信託財産に係る取引は原則として受益者の取引と扱われるため,賃貸その他の取引の課税・非課税,受益者の課税事業者該当性及びインボイス対応を受益者側で確認する必要がある。
信託を利用したことだけで,課税売上げが非課税になるものではない。
固定資産税は,地方税法343条により,原則として登記簿等に所有者として登記されている者に課される。
信託不動産では受託者名義で登記されるため,通常は受託者が納税通知を受けるが,信託財産から支出するか,受益者への収支報告でどう扱うかを信託事務として整理する必要がある。
3 信託不動産の損失制限
租税特別措置法41条の4の2は,個人の受益者等に帰属する信託から生ずる不動産所得の損失について,一定の金額を所得税法上生じなかったものとみなす。
国税庁は,この損失について,他の不動産所得の黒字から差し引くことも,他の所得と損益通算することもできないと説明している。
「生じなかったものとみなす」ため,通常の繰越控除によって後年へ送ることもできない。
賃貸不動産を信託財産に入れる前には,減価償却,修繕及び借入利息を含む収支見込みを基に,信託しない場合との差を確認する必要がある。
4 信託の計算書
所得税法227条により,信託会社以外の一般の受託者は,原則として,前年分の「信託の計算書」を翌年1月31日までに所轄税務署長へ提出する。
所得税法施行規則96条は,各人別の信託財産に帰せられる収益の合計額が3万円以下であり,計算の基礎となった期間が1年未満の場合は1万5000円以下であるときは,原則として提出を要しないとしているが,特定の収益を含む場合等には例外がある。
この計算書は受託者の法定調書であり,受益者本人の所得税確定申告書とは別の書類である。
国税庁は令和8年8月に書面様式を変更しているため,書面提出では最新様式を使用する必要がある。
第5 受益者又は受益権割合が変わった時
1 新たな受益者が生じた場合
相続税法9条の2第2項は,受益者等が存する信託について新たに受益者等となる者があるとき,適正な対価を負担していない新受益者が,原則として前の受益者から信託に関する権利を贈与により取得したものとみなす。
前の受益者の死亡に基因して新受益者となる場合は,遺贈により取得したものとみなされ,相続税の対象となり得る。
受益者の交代だけでなく,一部の受益権の放棄又は消滅により他の受益者の利益が増える場合も課税関係を確認する必要がある。
相続税基本通達9の2-3及び9の2-4は,受益者等の有する信託に関する権利の割合が増加する場合や,権利の一部放棄等によって他の者の利益が増える場合を挙げている。
2 受益者別調書及び贈与税申告
相続税法59条3項により,受託者は,信託の効力発生,受益者等の変更,信託終了又は信託に関する権利内容の変更があったとき,原則として,その事由が生じた月の翌月末日までに「信託に関する受益者別(委託者別)調書」を提出する。
もっとも,相続税法施行規則30条7項には,信託財産の評価額が受益者別に50万円以下である場合,自益信託の効力発生時,終了直前の受益者等が従前の権利に相当する残余財産を取得する場合,残余財産がない場合その他の免除事由が定められている。
「受益者が変われば常に提出」とも,「家族内の変更だから提出不要」とも決めつけず,変更の種類と免除要件を確認する必要がある。
課税対象となる生前の無償変更であれば,受益者別調書とは別に,新たな受益者が贈与税の申告要否を判断する。
贈与税の申告及び納税は,原則として財産を取得した年の翌年2月1日から3月15日までである。
第6 先順位の受益者が死亡した時
1 次順位の受益者へのみなし遺贈
受益者の死亡により次順位の受益者が信託に関する権利を無償で取得する場合,次順位の受益者は,前の受益者から遺贈により権利を取得したものとみなされる。
相続税の申告が必要な場合の期限は,原則として,相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内である。
相続税法9条の2第6項により,みなし取得者は,原則として信託財産に属する資産及び負債を取得又は承継したものとして相続税法の適用を受ける。
信託財産に属する債務がある場合でも,相続時に確実と認められる債務か,誰が負担するか,受益権割合との対応があるかを確認しなければならない。
2 受益者連続型信託の評価
相続税法9条の3は,受益者連続型信託に関する権利の価額を計算する際,利益を受ける期間の制限その他の価値に作用する制約を,原則として付されていないものとみなす。
「一代限りの受益者だから低い価額になる」とは限らず,次順位の受益者への交代ごとに贈与税又は相続税が問題となり得る。
相続税法18条の相続税額の加算も別に検討する必要がある。
次順位の受益者が,前の受益者との関係で配偶者又は一親等の血族等に当たらない場合には,みなし遺贈に係る相続税額の2割加算が問題となるため,委託者との続柄だけで判断しないことが重要である。
3 小規模宅地等の特例
国税庁の租税特別措置法関係通達69の4-1の2は,一定の信託に関する権利について,信託財産に属する宅地等も小規模宅地等の特例の対象になり得ることを示している。
したがって,民事信託を利用したことだけを理由に同特例が一律に排除されるものではない。
もっとも,取得者,居住又は事業の状況,保有継続その他の法定要件が不要になるわけではない。
信託財産に自宅又は事業用宅地を入れる場合には,誰がどの権利を取得するかと,同特例の要件とを相続発生前から対応させて確認する必要がある。
第7 信託が終了した時
1 残余財産の取得と贈与税又は相続税
相続税法9条の2第4項は,信託が終了した場合に,適正な対価を負担せずに残余財産受益者等となる者があるとき,その者が残余財産を従前の受益者等から贈与により取得したものとみなす。
終了が従前の受益者等の死亡に基因するときは,遺贈により取得したものとみなされる。
ただし,終了時の受益者等が,自己が有していた信託に関する権利に相当する残余財産を取得する部分は,このみなし贈与又はみなし遺贈から除かれる。
そのため,終了したという事実だけで直ちに贈与税又は相続税が発生するのではなく,残余財産を取得した者が終了直前にどの受益権を有していたかを照合する必要がある。
2 不動産取得税及び登録免許税
受託者から残余財産の取得者へ不動産を移す場面では,設定時とは別に,不動産取得税及び登録免許税を確認する。
地方税法73条の7第4号及び登録免許税法7条は,元の委託者,元本受益者,相続人その他の関係と,受益者であった期間等について要件を設けているため,親族が受け取るというだけで非課税又は相続登記の税率になるものではない。
東京国税局平成29年6月22日文書回答は,受託者から受益者へ不動産を移す三つの照会事例について,信託の効力発生時から委託者のみが元本受益者であることなどを検討し,所定の事実関係の下で登録免許税法7条2項の適用を認めている。
ただし,同回答は事実関係が異なれば課税関係も異なり,照会者の申告内容等を拘束しないと明記しているため,一般的な安全基準として扱うことはできない。
3 取得費及び所有期間の引継ぎ
国税庁の質疑応答事例は,委託者兼受益者の死亡によって受益者等課税信託が終了し,その子が帰属権利者として土地を取得した事例について,取得時には所得税を課さず,将来の譲渡時の取得費及び取得時期は被相続人から引き継ぐとしている。
これは所得税法60条の趣旨に基づく回答であるが,令和7年8月1日現在の法令等と特定の事実関係を前提とする質疑応答事例であるため,生前終了,他の受益者構成又は法人が関係する場合まで一般化できない。
4 空き家の3000万円特別控除
東京国税局令和4年12月20日文書回答は,委託者兼受益者の死亡により信託が終了し,帰属権利者が残余財産として土地等を取得した照会事例について,その取得は法律上の相続又は遺贈に当たらないとして,被相続人の居住用財産に係る譲渡所得の3000万円特別控除を適用できないとした。
相続税法上のみなし遺贈であることと,租税特別措置法35条3項の「相続又は遺贈による取得」であることは同じではない,という整理である。
もっとも,これは東京国税局の個別照会に対する見解であり,申告内容等を拘束しないことが明記されている。
家族信託一般について一律に空き家特例を利用できないと断定せず,終了事由,残余財産の取得原因及び譲渡時の要件を個別に確認する必要がある。
5 終了時の受益者別調書
信託終了は受益者別調書の提出事由の一つであり,原則として終了した月の翌月末日が期限となる。
ただし,終了直前の受益者等が従前の権利に相当する残余財産を取得する場合,残余財産がない場合その他の省令上の免除事由があるため,終了案件ごとに提出要否を判定する必要がある。
第8 設計及び運用時の確認順序
民事信託の税務では,少なくとも次の順序で確認することが考えられる。
①信託が受益者等課税信託に該当するか,法人課税信託又は受益者等が存しない信託に該当しないかを確認する。
②設定時,運用中,受益者変更時,死亡時及び終了時の各時点について,委託者,受託者,現在の受益者,次順位の受益者及び残余財産受益者等を一覧化する。
③各時点で受益権の経済的利益が誰から誰へ移るか,対価の負担があるか,死亡に基因するかを確認する。
④信託財産ごとに,所得税,消費税,登録免許税,不動産取得税,固定資産税及び印紙税を確認する。
⑤相続税又は贈与税の申告期限とは別に,受益者別調書の翌月末日及び信託の計算書の翌年1月31日を管理し,省令上の免除要件を確認する。
⑥小規模宅地等の特例,空き家の特別控除,取得費の引継ぎその他の特例は,信託一般ではなく,取得原因及び個別要件ごとに確認する。
課税関係は,契約書の「委託者」「受益者」「帰属権利者」という名称だけでなく,権利内容,受益権割合,債務負担及び実際の利益の帰属によって変わり得る。
契約締結前に税務の時系列表を作成し,契約締結後も受益者変更,死亡及び終了の都度更新することが,課税時期と手続期限の見落としを減らすために重要である。
民事信託の設計・税務・実務上の難しさ全体については,家族信託(民事信託)が難しい4つの理由も参照されたい。
出典
1 法令
①相続税法9条の2,9条の3,18条及び59条3項。
②所得税法13条,60条及び227条。
③所得税法施行規則96条。
④消費税法14条。
⑤租税特別措置法35条3項,41条の4の2,69条の4及び72条。
⑥地方税法73条の7第3号・第4号及び343条。
⑦登録免許税法7条。
⑧相続税法施行規則30条7項。
2 法令解釈通達及び改正説明
①国税庁「相続税基本通達・第9条の2関係」。
②国税庁「措置法第69条の4関係・信託に関する権利」。
③国税庁「第9条の2(贈与又は遺贈により取得したものとみなす信託に関する権利)関係」及び「第9条の3(受益者連続型信託の特例)関係」(平成19年度税制改正時の説明)。
3 国税庁の手続案内及びタックスアンサー
①国税庁「No.1391 不動産所得が赤字のときの他の所得との通算」。
②国税庁「F1-33 信託の計算書(同合計表)」及び「F2-5 信託に関する受益者別(委託者別)調書(同合計表)」。
③国税庁「No.4429 贈与税の申告と納税」及び「No.4205 相続税の申告と納税」。
④国税庁「No.7141 印紙税額の一覧表」。
4 国税庁の質疑応答事例
国税庁「信託が終了し帰属権利者が残余財産を相続又は遺贈により取得したものとみなされた場合の取得費」(令和7年8月1日現在の法令等)。
5 東京国税局の文書回答事例
①東京国税局「信託契約の終了に伴い受益者が受ける所有権の移転登記に係る登録免許税法第7条第2項の適用関係について」(平成29年6月22日回答)。
②東京国税局「信託契約における残余財産の帰属権利者として取得した土地等の譲渡に係る被相続人の居住用財産に係る譲渡所得の特別控除の特例の適用可否について」(令和4年12月20日回答)。
6 財務省の税制資料
財務省「登録免許税に関する資料」(令和8年9月6日確認)。