第1 結論
1 判断の骨格
パブリシティ権とは,氏名,肖像等が商品の販売等を促進する顧客吸引力を有する場合に,その顧客吸引力を排他的に利用する権利であり,人格権に由来する権利の一内容を構成する。
最高裁平成24年2月2日判決は,無断利用が不法行為となる典型例として,①肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用する場合,②商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付す場合,③肖像等を商品等の広告として使用する場合を挙げ,専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合にパブリシティ権を侵害するとした。
したがって,実務上は,①利用された氏名,肖像等から本人を識別できるか,②その本人の肖像等が問題となる需要者層に対して顧客吸引力を有するか,③利用態様が最高裁の三類型又はこれらと同程度に顧客吸引力へ依存するものか,④記事,作品又は批評部分に肖像等とは独立した意味があるか,⑤承諾又は利用許諾の範囲内かを順に確認することになる。
2 本記事の対象
本記事は,令和8年9月6日現在の日本法を対象として,パブリシティ権の成立要件,下級審における具体的な認定,肖像等をみだりに利用されない人格的利益との違い及び主な救済を整理するものである。
故人の権利,声の模倣,生成AIの学習段階,不正競争防止法,商標権及び著作権の詳細は対象外とし,生成AIによる声・肖像の利用については,AIによる声・肖像の無断模倣を参照されたい。
第2 パブリシティ権の法的性質と三類型
1 人格権に由来する経済的利益
最高裁平成24年2月2日判決(平成21年(受)第2056号・民集66巻2号89頁)は,肖像等が商品の販売等を促進する顧客吸引力を有する場合があり,この顧客吸引力を排他的に利用する権利がパブリシティ権であるとした。
同判決は,パブリシティ権を人格権に由来する権利の一内容と位置付ける一方,保護対象を肖像等それ自体の商業的価値に着目した利用に限定した。
このため,著名人の氏名又は肖像が無断で使われたという事実だけでは足りず,利用された媒体全体の目的,肖像等の大きさ,配置,回数,説明文との関係及び取引上の役割を検討する必要がある。
2 三類型は典型例であること
最高裁判決が挙げた三類型のうち,第1類型はブロマイド又は写真集のように肖像等自体を鑑賞対象として販売する場合,第2類型は肖像等を商品又はサービスの標識として用いて競合品との差別化を図る場合,第3類型は肖像等を広告に用いる場合を想定しやすい。
もっとも,三類型は閉じた限定列挙ではない。
同判決の補足意見は,三類型がおおむね侵害となり得る場合を包含すると説明した上で,これらに形式的に該当しない利用も,顧客吸引力の利用の程度が三類型と同程度であれば侵害となり得ることを示している。
第3 顧客吸引力の認定
1 全国一般の知名度は独立の要件ではないこと
大阪高裁平成29年11月16日判決(平成29年(ネ)第1147号)は,Ritmixのマスタートレーナーについて,日本のRitmix愛好家という商品の需要者層を基準として顧客吸引力を認定した。
判決が重視したのは,日本のインストラクターの認知,イベントでの集客,関連商品の購入状況,通信販売の広告及び利用許諾交渉等の具体的事情であり,全国一般に知られていることを独立の要件とはしていないと理解できる。
したがって,顧客吸引力の有無は,単なる知名度調査ではなく,問題となる商品又はサービスの需要者層,その層における認知及び購買行動への影響を結び付けて判断する必要がある。
2 顧客吸引力を裏付ける資料
東京地裁令和5年11月30日判決(令和5年(ワ)第70056号)は,書籍出版,テレビ出演,SNSのフォロワー数及び商品の販売実績等を踏まえ,原告の氏名及び肖像に顧客吸引力を認めた。
同判決は,原告の氏名又は肖像を営業表示,標章,ウェブサイト及びドメイン名等に使用した行為を,サービスの差別化を図る第2類型の利用と評価した。
知財高裁令和7年6月30日判決(令和6年(ネ)第10004号)は,請求の減縮に応じて主文を変更した部分を除き,この判断を維持した。
これらの裁判例からは,出版・出演実績,フォロワー数,イベントの集客,商品販売,業界内の認知,ライセンス交渉及び利用者側自身の広告表現が,顧客吸引力を立証する資料になり得ると考えられる。
ただし,フォロワー数等の単一指標だけで結論を出すのではなく,対象商品との関連性及び利用時点における証拠を確認する必要がある。
3 特定分野で知られているだけでは足りない場合
東京地裁令和5年1月26日判決(令和3年(ワ)第11118号)は,ゲームのファンの間で人物が知られていたとしても,そのことから直ちに商品販売を促進する顧客吸引力を有するとはいえず,これを認める具体的証拠もないとした。
また,問題となった粗雑な似顔絵風のマスクは,同人誌即売会で当該人物をやゆする文脈で用いられたものであり,独立した鑑賞商品,商品等の差別化又は広告には当たらず,専ら顧客吸引力を利用する目的も否定された。
Ritmix事件との違いは,限定された需要者層であること自体ではなく,その需要者層に対する販売促進力を示す具体的資料があったかという点にある。
第4 「専ら」要件の意味
1 他の目的が少しでもあれば侵害が否定されるわけではないこと
最高裁判決の補足意見は,「専ら」を形式的又は数量的に解するのではなく,肖像等の利用目的,方法及び態様を全体的かつ客観的に考察して判断する趣旨を示している。
具体的には,肖像等の大きさ,配置及び扱われ方と,肖像等を除いた記事又は作品部分がどの程度独立した意味を有するかを比較することになる。
したがって,短い解説文を付けたことだけで「記事目的がある」として侵害を回避できるわけではない。
反対に,著名人の写真が使われていても,独立した報道,論評又は創作の内容を補足するにとどまる場合は,顧客吸引力の利用が「専ら」の目的とはいえないことがある。
2 記事又は著作物を補足する利用
(1) ピンク・レディー事件
最高裁平成24年2月2日判決が扱った週刊誌記事は,振付けを利用したダイエット法を解説し,タレントの思い出等を紹介する内容であり,写真は約200頁の雑誌中の3頁に掲載された比較的小さな白黒写真であった。
最高裁は,写真が記事内容を補足する目的で使用されたと評価し,専ら肖像の顧客吸引力の利用を目的とするものではないとして,パブリシティ権侵害を否定した。
(2) 中田英寿事件
東京地裁平成12年2月29日判決(平成10年(ワ)第5887号)は,サッカー選手の生い立ちからワールドカップまでを記述した約200頁の書籍について,本文が中心で写真は原則として補足的なものと評価し,書籍全体としてパブリシティ権侵害を否定した。
表紙及びグラビアの写真にはそれ自体の顧客吸引力を利用した面があるとしつつも,書籍全体の一部にとどまることが考慮された。
3 写真又は標識が中心となる利用
(1) ENJOY MAX事件
東京地裁平成25年4月26日判決(平成22年(ワ)第46450号)は,写真の横に短いコメントが付されていても,写真とは独立した記事として鑑賞の対象となるものではなく,写真自体を鑑賞させる構成であるとして,複数の掲載行為についてパブリシティ権侵害を認めた。
これは,文章が存在するかという形式ではなく,文章部分に独立した情報価値があるかを確認する必要があることを示す裁判例である。
(2) Ritmix事件及びエンリケ事件
Ritmix事件では,フィットネスウェアを着用したマスタートレーナーの画像が,フィットネスウェアの販売を促進するために用いられ,第3類型の広告利用として侵害が認められた。
エンリケ事件では,氏名及び肖像が営業表示,標章,ウェブサイト等に組み込まれ,サービスを他と差別化するために用いられたことから,第2類型の利用として侵害が認められた。
第5 肖像権及びプライバシーとの違い
1 保護する利益と成立要件が異なること
最高裁平成17年11月10日判決(平成15年(受)第281号・民集59巻9号2428頁)は,人は,その承諾なしに,みだりにその容貌,姿態を撮影されず,また,撮影された写真をみだりに公表されない人格的利益を有するとした。
公表の違法性は,被撮影者の社会的地位,活動内容,撮影場所,撮影目的,撮影態様,撮影の必要性等を総合考慮し,被撮影者の人格的利益の侵害が社会生活上受忍すべき限度を超えるかによって判断される。
一般に肖像権として論じられるこの人格的利益は,肖像等の商業的価値ではなく,本人の人格的利益を保護するものであり,著名人に限られない。
これに対し,パブリシティ権は,肖像等に顧客吸引力があることと,専らその力を利用する目的があることを必要とする。
2 パブリシティ権侵害がなくても別の侵害が成立し得ること
艦これ事件では,顧客吸引力及び「専ら」の要件が否定されてパブリシティ権侵害は成立しなかったが,人物をやゆする目的で写真を掲載した行為について,肖像等をみだりに利用されない人格的利益の侵害が認められた。
中田英寿事件でも,書籍全体についてパブリシティ権侵害は否定された一方,公表を欲しない私生活上の事実,少年時代の写真等についてはプライバシー侵害が認められた。
したがって,パブリシティ権侵害が否定されたことは,肖像権,プライバシー又は名誉に関する検討が不要であることを意味しない。
これらの人格的利益の関係については,名誉毀損又はプライバシー侵害が違法となる場合も参照されたい。
第6 主要裁判例の比較
| 裁判例 | 問題となった利用 | 顧客吸引力・「専ら」の判断 | 結論と実務上の意味 |
|---|---|---|---|
| 最高裁平成24年2月2日判決(ピンク・レディー事件) | ダイエット記事中の小さな白黒写真 | 顧客吸引力は認めたが,写真は独立した記事を補足するもの | 侵害を否定し,三類型と「専ら」の基準を示した |
| 東京地裁平成12年2月29日判決(中田英寿事件) | 約200頁の伝記的書籍と写真 | 本文が中心で,写真は原則として補足的 | パブリシティ権侵害は否定したが,一部にプライバシー侵害を認めた |
| 東京地裁平成25年4月26日判決(ENJOY MAX事件) | 写真を中心とする雑誌掲載 | 短いコメントに写真と独立した意味がなく,写真自体を鑑賞させる構成 | 複数の掲載行為について侵害を認めた |
| 大阪高裁平成29年11月16日判決(Ritmix事件) | フィットネスウェア販売サイト上の画像 | 日本のRitmix愛好家への顧客吸引力と広告利用を認定 | 限定された需要者層の立証と独占的利用許諾先の固有損害が問題となった |
| 東京地裁令和5年1月26日判決(艦これ事件) | 同人誌即売会における似顔絵風マスク等 | ファン間の認知だけでは顧客吸引力を認めず,やゆの文脈から「専ら」も否定 | パブリシティ権侵害は否定したが,別個の人格的利益侵害を認めた |
| 東京地裁令和5年11月30日判決・知財高裁令和7年6月30日判決(エンリケ事件) | 氏名・肖像を営業表示,標章,ウェブサイト等に使用 | 出版・出演・SNS等から顧客吸引力を認め,サービスの差別化と評価 | 第2類型の侵害を認め,控訴審も主要な判断を維持した |
第7 救済と権利主体
1 損害賠償,差止め及び廃棄
パブリシティ権侵害による損害賠償は,民法709条に基づく不法行為責任として請求される。
ENJOY MAX事件は,パブリシティ価値の毀損及び許諾料相当額を検討した一方,雑誌の販売継続,在庫及び将来の販売計画が認められないとして差止め及び廃棄を認めなかった。
これに対し,エンリケ事件では,将来の侵害のおそれを踏まえ,氏名等の使用差止め等が認められた。
不法行為による損害賠償請求権は,民法724条により,被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないとき,又は不法行為の時から20年間行使しないときに時効によって消滅する。
継続的なウェブ掲載では,掲載開始時期,削除時期,警告時期及び個々の利用行為を証拠化しておく必要がある。
2 独占的利用許諾先の損害
Ritmix事件は,パブリシティ権が一身に専属し,譲渡又は相続の対象とならないとした一方,パブリシティ権の利用許諾契約は有効であるとした。
そして,独占的利用許諾を受けた者が現実に市場を独占し,第三者が警告後も無断利用を続けた場合には,利用許諾先に対する不法行為が成立し得るとして,固有損害を認めた。
もっとも,同判決から,独占的利用許諾先にパブリシティ権そのものが移転すること,利用許諾先が固有の差止請求権を取得すること,又は債権者代位による差止めが当然に認められることまで導くことはできない。
第8 実務上の確認順序
1 利用前に確認する資料
氏名又は肖像の利用を検討するときは,次の資料を利用開始前の時点で保存しておくことが望ましい。
①掲載予定の画像,文章,動画及び音声の完成版
②表示位置,大きさ,回数,リンク先及び前後の文脈が分かる画面
③対象商品又はサービスと本人との関連性を示す資料
④対象となる需要者層における認知,販売,集客及び契約実績
⑤本人又は権利管理者の承諾,利用許諾の主体,媒体,地域,期間及び目的
⑥利用終了,削除,販売停止及び在庫処分を確認できる記録
2 紛争時の検討順序
紛争時には,最初から「有名人の写真だから侵害である」又は「記事だから侵害ではない」と決めるべきではない。
本人識別可能性,顧客吸引力,三類型,「専ら」の程度,承諾の範囲,別個の肖像権・プライバシー侵害,継続する侵害のおそれ及び損害の順に分けて検討する必要がある。
第9 出典
1 法令
①e-Gov法令検索・民法(709条及び724条,令和8年9月6日確認)
2 裁判例
①最高裁第一小法廷平成24年2月2日判決(平成21年(受)第2056号・民集66巻2号89頁) PDF3頁~6頁
②東京地裁平成12年2月29日判決(平成10年(ワ)第5887号) PDF6頁~11頁
③最高裁第一小法廷平成17年11月10日判決(平成15年(受)第281号・民集59巻9号2428頁) PDF5頁~6頁
④東京地裁平成25年4月26日判決(平成22年(ワ)第46450号) PDF54頁~55頁,79頁~87頁及び145頁~147頁
⑤大阪高裁平成29年11月16日判決(平成29年(ネ)第1147号) PDF6頁~12頁
⑥東京地裁令和5年1月26日判決(令和3年(ワ)第11118号) PDF18頁~20頁及び23頁~26頁
⑦東京地裁令和5年11月30日判決(令和5年(ワ)第70056号) PDF10頁~13頁
⑧知財高裁令和7年6月30日判決(令和6年(ネ)第10004号) PDF16頁~20頁