第1 この記事の対象と不在者財産管理人の位置付け
1 この記事の対象
本記事は,相続人の一人が行方不明で遺産分割が進まない場合などに家庭裁判所が選任する不在者財産管理人(民法25条1項)について,申立て前の所在調査,選任の申立て,管理人の権限,遺産分割への参加,不動産の売却,供託による管理の終了までの流れを整理するものである。
令和8年9月19日時点の民法,家事事件手続法,裁判所HPの案内(大阪家庭裁判所の令和8年1月5日版の手引き及び令和8年8月3日からの郵便料一覧を含む。),法務省の通達及び裁判例を確認して作成した。
申立ての費用や予納金の額は家庭裁判所ごとに異なり,改定されることもあるため,申立ての前に申立先の裁判所の案内で確認する必要がある。
2 不在者とは
従来の住所又は居所を去った者(不在者)がその財産の管理人を置かなかったときは,家庭裁判所は,利害関係人又は検察官の請求により,その財産の管理について必要な処分を命ずることができる(民法25条1項)。
不在者財産管理人は,この処分として選任される管理人である。
大阪家庭裁判所の手引きは,不在者を,これまで住んでいた場所(住所,居所)からいなくなって,容易に戻ってくる見込みのない者と説明している。
不在者は,必ずしも生死不明であることを要しない。
生死不明の者であっても,死亡が証明されるか失踪宣告が確定するまでは,不在者として扱われる。
他方,親権者等の法定代理人や不在者自身が置いた管理人がいる場合には,この制度は利用できない。
3 似た制度との違い
相続人がいない場合に相続財産全体を清算するのは相続財産清算人であり,相続財産の保存を目的とするのは民法897条の2の相続財産管理人である。
特定の土地又は建物だけを管理・処分すれば足りる場合には,所有者不明土地・建物管理命令(民法264条の2以下)を利用できることもある。
ただし,所有者不明土地・建物管理人は所有者本人の一般的な代理人ではないため,行方不明の相続人に代わって遺産分割協議に参加することはできない。
制度の違いは「相続財産清算人,相続財産管理人及び不在者財産管理人の違いと代位による相続登記」で,相続人がいない場合の手続は「相続人がいない場合の相続財産清算人」で,それぞれ整理している。
不在者の生死が7年間明らかでないときは,家庭裁判所は,利害関係人の請求により失踪の宣告をすることができ,失踪の宣告を受けた者はその期間が満了した時に死亡したものとみなされる(民法30条1項,31条)。
失踪宣告によって相続が開始すれば,不在者の相続人が手続を進めることになるため,不在者財産管理人の選任と失踪宣告のどちらが目的に合うかを最初に検討する必要がある。
第2 申立て前の所在調査
1 連絡が取れないだけでは足りない
大阪家庭裁判所の手引きは,単に最近連絡がない,連絡が取れないというだけでは,直ちに不在者とはいえないとしている。
調査不足のまま管理人が選任され,後に本人が戻ってきた場合には,申立人と不在者との間で大きな紛争になり得るため,申立人は,本当に不在者であるかを調査し,裏付ける資料を提出する必要がある。
2 調査の方法
同手引きは,次の順序で調査するよう案内している。
① 不在者の戸籍謄本と戸籍附票を取得し,最後の住所地を確認する。
② 最後の住所地に書留郵便等を送り,結果を確認する(附票上の住所が職権消除されている場合を除く。)。「あて所に尋ねあたりません」等で返送された郵便物は,不在の事実を証する資料となる。「留置期間経過」で返送された場合は,そこに住んでいる可能性があるため,必ず現地を確認する。
③ 現地では,住所地周辺や表札の写真を撮り,近所の人や管理会社に話を聞いて,調査報告書を作る。
④ 配偶者,子,父母,兄弟姉妹等の近親者に,所在の手掛かりを照会する。
⑤ 不在者が住んでいた住所を管轄する警察署に捜索願を出した場合は,捜索願受理証明書を取得しておく。
これらを尽くしても発見できない場合に,不在者である可能性が高いと考えられる。
手を尽くした調査の記録が,後に所在が判明したときの紛争の予防にもなる。
第3 選任の申立て
1 申立人と申立先
申立てができるのは,利害関係人又は検察官である(民法25条1項)。
利害関係人の例として,不在者の配偶者,推定相続人,共同相続人,債権者等が挙げられ,公共事業のために土地を取得しようとする国・地方公共団体等も含まれると解されている。
申立先は,不在者の従来の住所地又は居所地を管轄する家庭裁判所である(家事事件手続法145条)。
従来の住所地又は居所地が分からないときは,不在者の財産の所在地を管轄する家庭裁判所又は東京家庭裁判所に申し立てることになる(家事事件手続法7条,家事事件手続規則6条)。
2 添付書類
大阪家庭裁判所の手引きによれば,主な添付書類は次のとおりである。
① 不在者の戸籍謄本,戸籍附票又は住民票(申立日から3か月以内のもの)
② 申立人の利害関係を証する資料(遺産分割を目的とする場合は,相続人の範囲が分かる戸籍謄本等一式,相続関係図及び遺産分割協議書(案))
③ 不在の事実を証する資料(返送された郵便物,現地調査の報告書,所在に関する照会の回答書,捜索願受理証明書等)
④ 不在者の債務を含む財産目録とその裏付け資料(遺産分割を目的とする場合は,被相続人の遺産も含む。)
3 費用と予納金
大阪家庭裁判所本庁の手引き(令和8年1月5日版)によれば,申立ての費用は,収入印紙800円と郵送料3800円程度(全て郵便切手で納付する場合は計3400円)である。
これとは別に,管理費用や管理人の報酬の見込額として,予納金50万円程度の納付を求められる(額は選任の直前に事案に応じて決定される。)。
予納金は,不在者の財産の中に管理人の報酬等の原資となる財産が形成された場合(預貯金として管理人が管理することになった場合)には後に返還されるが,形成されない場合は全部又は一部が返還されないことがある。
4 管理人になる者
大阪家庭裁判所本庁では,不在者財産管理人は,原則として申立人の推薦を受けず,事件に利害関係のない大阪弁護士会所属の弁護士が選任されると案内されている。
遺産分割を目的とする申立ての場合,共同相続人が管理人になると遺産分割で利益相反が生じるため,共同相続人を管理人に選任することはできない。
第4 管理人の権限と職務
1 保存行為と権限外行為
管理人は,民法103条に規定する権限(保存行為と,物又は権利の性質を変えない範囲内での利用・改良行為)を超える行為を必要とするときは,家庭裁判所の許可(権限外行為許可)を得て,その行為をすることができる(民法28条)。
許可が必要となる例として,相続放棄,遺産分割協議の成立,財産の売却,訴訟行為,不動産の賃貸借契約等が挙げられている。
許可の申立てには収入印紙800円が必要であり(民事訴訟費用等に関する法律別表第一の15の項),大阪家庭裁判所本庁では,郵便切手110円(令和8年8月3日からの郵便料一覧)を納める。
許可をするかどうかは,その行為によって不在者が不当な不利益を受けないかといった必要性・相当性の観点から判断される。
行為の類型ごとの許可の要否は,相続財産清算人について整理した「相続財産清算人の権限外行為許可」も参考になる(清算人も同じ民法28条・103条の枠組みによる。)。
2 財産目録の作成と報告
管理人は,管理すべき財産の目録を作成しなければならない(民法27条1項)。
家庭裁判所は,管理人に対し,財産の状況の報告と管理の計算を命ずることができ(家事事件手続法146条2項),管理人には委任の規定の一部が準用される(同条6項)。
不在者名義の不動産を把握するため,所有不動産記録証明(不動産登記法119条の2)を利用することも考えられる。
法務省の通達(令和8年2月2日付け法務省民二第81号)は,不在者財産管理人及び相続財産管理人・清算人を,請求人の法定代理人として請求する場合を想定し,その代理権限を証する情報を選任の審判書としている。
第5 遺産分割への参加
1 法定相続分の確保が原則である
大阪家庭裁判所の手引きは,管理人は不在者に不利な内容の遺産分割協議には同意できず,特別受益や寄与分が認められるような例外的な事案を除けば,少なくとも不在者の法定相続分が確保されていなければ,遺産分割協議のための権限外行為許可は出せないとしている。
また,管理人は遺産分割協議の内容が不在者に不利でないかを確認するが,協議に積極的に関与することは通常ないため,申立ての時点で不在者以外の相続人の間で合意ができていることが前提とされている。
合意ができていない段階で申し立てた場合は,管理人を選任する必要性がないと判断されることがある。
遺産分割協議書(案)には,遺産の範囲と評価を記載した遺産目録を付け,不在者だけでなく他の共同相続人の法定相続分と取得額も明示することが求められる。
2 帰来時弁済型の遺産分割
不在者が取得すべき財産を現実に受け取る代わりに,不在者が出現して請求したときに他の相続人が代償金を支払うという内容の遺産分割協議(いわゆる帰来時弁済型)によって,管理を終了させる例もある。
この場合も,管理人として遺産分割協議をするには権限外行為許可が必要である。
代償金を支払う相続人の資力や,不在者が戻る可能性の程度は,許可の判断で問題となり得るため,事前に家庭裁判所と相談しながら条項を検討することになる。
3 相続放棄が問題となる場合
不在者が相続人となっている相続について,管理人が相続放棄をするには権限外行為許可が必要である。
相続財産が債務超過であることが明らかな場合には許可されるが,そうでない場合は,法定相続分に相当する財産上の利益が他に手当てされているなど特段の事情がない限り許可されないと考えられている。
4 不在者が相続した財産を売却する場合の注意
名古屋高裁平成26年9月18日判決(平成26年(ネ)第148号)は,不在者財産管理人が,不在者が相続した財産を家庭裁判所の許可を得て売却した行為は,不在者にとって民法921条1号の単純承認に当たり,その後に不在者が相続の開始を知った時から3か月以内にした相続放棄は無効であるとした。
不在者が相続した財産の処分は,不在者自身の相続の承認・放棄に影響するため,相続財産の調査を先に行い,売却すべきかどうかを慎重に検討する必要がある。
第6 不在者の不動産の売却
不在者の不動産を売却するには,権限外行為許可が必要である(民法28条)。
公共事業の用地取得等のために,国・地方公共団体が利害関係人として管理人の選任を申し立て,管理人から土地を買い受ける例もある。
不在者財産管理の目的は不在者の財産を確実に保存することにあるため,売却の必要性,価格の相当性,不在者が戻る可能性等が検討される。
管理人から不動産を買う側は,契約前に次の点を確認することが考えられる。
① 売買契約の効力が家庭裁判所の許可によって生ずることを契約書に明記し,許可審判書の写しで許可の範囲(相手方,代金,対象物件)を確認する。
② 管理人は物件の来歴を直接知らないことが多いため,現状有姿での引渡しや担保責任を負わない旨の特約が入ることが多い。担保責任を負わない旨の特約があっても,売主が知りながら告げなかった事実については責任を免れない(民法572条)。
③ 代金の一括決済と所有権移転登記を同時に行う形になっているかを確認する。
相続財産清算人が売主となる場合について,競売との比較,手付及び残置物の扱いまで含めて整理した「相続財産清算人による不動産の任意売却」の第5も,売買契約の条項を考える際の参考になる(清算人も同じ民法28条の枠組みで売却する。)。
第7 管理の終わり方
1 選任処分の取消し
家庭裁判所は,不在者が財産を管理することができるようになったとき,管理すべき財産がなくなったとき(管理人が管理すべき財産の全部が供託されたときを含む。)その他財産の管理を継続することが相当でなくなったときは,不在者,管理人若しくは利害関係人の申立てにより又は職権で,管理人の選任その他の処分の取消しの審判をしなければならない(家事事件手続法147条)。
不在者が戻った場合は不在者本人に,不在者の死亡が判明し又は失踪宣告が確定した場合はその相続人に,管理していた財産を引き継ぐことになる。
2 供託と公告
令和5年4月1日からは,管理人は,不在者の財産の管理,処分その他の事由により金銭が生じたときは,不在者のために,その金銭を,管理の処分を命じた家庭裁判所の管轄区域内の供託所に供託することができる(家事事件手続法146条の2第1項)。
供託をした管理人は,その旨等を官報で公告しなければならない(同条2項,非訟事件手続法第九十条第八項及び第九十一条第五項並びに家事事件手続法第百四十六条の二第二項の規定による公告の方法等を定める省令1条)。
公告すべき事項は,不在者の氏名,住所及び出生の年月日,供託所の表示,供託番号,供託した金額並びに選任をした家庭裁判所の名称,件名及び事件番号である(同省令2条3項)。
管理すべき財産の全部を供託すれば,前記1の「管理すべき財産がなくなったとき」に当たり,選任処分の取消しにより管理が終了する。
3 管理人の報酬
家庭裁判所は,管理人と不在者との関係その他の事情により,不在者の財産の中から,相当な報酬を管理人に与えることができる(民法29条2項)。
報酬付与の申立てには収入印紙800円が必要であり,大阪家庭裁判所本庁では郵便切手110円を納める。
管理する財産が僅少な場合に,これを報酬に充てることで管理を終わらせることもある。
報酬と管理費用は不在者の財産から支弁するのが原則であり,予納金はそれができない場合に充てられる。
第8 出典
1 法令
① e-Gov法令検索・民法(25条~32条,103条,264条の2,572条,897条の2,915条,921条)
② e-Gov法令検索・家事事件手続法(7条,145条~147条)
③ e-Gov法令検索・非訟事件手続法第九十条第八項及び第九十一条第五項並びに家事事件手続法第百四十六条の二第二項の規定による公告の方法等を定める省令(1条,2条)
④ e-Gov法令検索・不動産登記法(119条の2)
⑤ e-Gov法令検索・民事訴訟費用等に関する法律(別表第一の15の項)
2 裁判例
① 名古屋高裁平成26年9月18日判決・平成26年(ネ)第148号(裁判所HP掲載)
3 公的資料
① 裁判所HP「不在者財産管理人選任」
② 大阪家庭裁判所「不在者財産管理人選任(一般・遺産分割)申立ての手引き」(令和8年1月5日版)
③ 大阪家庭裁判所「郵便切手及び予納金一覧」(令和8年8月3日~)
④ 沖縄総合事務局ウェブサイト掲載資料「不在者財産管理人制度」
⑤ 法務省民事局長通達「民法等の一部を改正する法律の施行に伴う不動産登記事務の取扱いについて(所有不動産記録証明書の交付等関係)」(令和8年2月2日付け法務省民二第81号)