第1 最初に請求者,対象データ及び請求先を特定する
1 記事の作者と個人データの本人は異なる
生成AIの学習に使われたくないという希望だけで,個人情報保護法に基づく消去請求が常に認められるわけではない。
同法35条の請求では,請求者が対象データによって識別される本人であること,請求先の保有個人データであること及び条文所定の理由を確認する必要がある。
記事の著作権者,投稿アカウントの利用者及び記事に書かれた本人は,一致するとは限らない。
例えば,事務所が依頼者の事情を記事に載せた場合,事務所による契約上の提供停止の要求と,依頼者本人による個人情報保護法上の請求を分ける。
代理人として請求する場合は,事業者の受付方法と代理権の確認方法も確認する。
法人に関する情報だけの場合は,同法の本人による請求と,契約・営業秘密等による保護を混同しない。
2 公開情報でも個人情報でなくなるとは限らない
公開済みの氏名や経歴でも,生存する個人を識別できれば個人情報に当たり得る。
ただし,個人情報,個人情報データベース等を構成する個人データ及び保有個人データは,法2条・16条により区別される。
利用停止・消去の請求では,事業者が開示・訂正・利用停止等を行う権限を有する保有個人データに該当するかを確認する。仮名加工情報など特則のある情報は別に検討する。
請求先は,投稿先プラットフォーム,学習データの提供者,モデル開発者,検索・回答サービス及び再委託先のうち,誰がどのデータを扱い,どの処理を決められるかで特定する。
「提供先へ問い合わせてほしい」という回答だけで,提供元自身の法定義務がなくなるとは限らない。
第2 法35条の請求理由を具体的な事実に結び付ける
1 違法な取扱い又は取得を理由とする利用停止・消去
法35条1項は,法18条・19条に違反する取扱い又は法20条に違反する取得を理由とする利用停止・消去を定める。
例えば,説明された利用目的,取得時の表示,同意の範囲及び実際の学習・提供を対照し,どの違反を問題にするのかを示す。
事業者は理由があると判明した場合,違反を是正するために必要な限度で,遅滞なく対応する義務を負う(35条2項)。
2 違法な第三者提供を理由とする提供停止
法35条3項は,法27条1項又は28条に違反する第三者提供の停止を請求する根拠となる。
理由があると判明した場合には,遅滞なく提供を停止する義務がある(35条4項)。
この提供停止だけで,過去に提供された複製物の回収や学習済みモデルの改変まで当然に完了するわけではない。必要に応じて,利用停止・消去の根拠及び契約上の削除条項も検討する。
3 利用の必要がなくなった場合や権利利益侵害のおそれ
法35条5項は,利用する必要がなくなった場合,法26条1項本文の報告対象となる漏えい等が生じた場合,又は本人の権利若しくは正当な利益が害されるおそれがある場合の利用停止・消去又は第三者提供停止を定める。
法35条6項による対応の範囲は,権利利益の侵害を防止するために必要な限度である。
単に不安だと述べるだけでなく,不要となった目的,発生した事態又は予想される不利益と対象データとの関係を示すことが実務上有用である。
法35条2項・4項・6項の例外は,多額の費用などによる対応の困難に加え,本人の権利利益を保護する代替措置を講じることを条件とする。
技術的に難しいという説明だけで足りると扱わず,困難の内容,残るデータ,制限できる利用及び代替措置を分けて回答を求める。
データの内容が事実でない場合の訂正・追加・削除は,法34条の問題としても検討する。
第3 削除の対象を四つに分ける
次の表は請求・契約交渉の整理方法である。すべての対象について法35条による消去義務が直ちに成立するという意味ではない。
| 対象 | 確認・要求する処理 | 確認すべき限界 |
|---|---|---|
| 原データ・複製物 | 対象記事,入力,ファイル及び提供用データセットの利用停止・消去 | 投稿の削除だけで提供済みの複製物まで消えるとは限らない。処理主体と保管先を確認する。 |
| 加工物・検索用データ | 抽出文,分類結果,埋込みベクトル及び検索索引の取扱い | 「派生データ」という名称だけで適用を決めない。本人との結び付き,識別可能性及び管理権限を確認する。 |
| バックアップ・例外保持 | 保持理由,利用制限,消去時期及び復元後の再削除 | バックアップがあることだけで無期限保持を許容しない。法令上の保持義務等と運用上の都合を分ける。 |
| 学習済みモデル | 対象モデル,継続利用,出力制限,再学習又はアンラーニングの検討 | 原データの削除はモデルへの影響の除去を証明しない。モデルが保有個人データに当たるか,処理が必要・可能かは個別に検討する。 |
削除証明を求める場合には,対象,実施者,実施日,削除できなかった範囲,保持理由,期限及び再委託先への通知・処理確認を記載してもらうことが考えられる。
これらは実務上の確認事項であり,法がすべての場合に特定様式の削除証明書を交付するよう定めているわけではない。
第4 第三者提供記録の開示と海外提供の情報提供を使い分ける
1 法33条5項は保存されている第三者提供記録を対象とする
本人は,法33条5項により,法29条1項又は30条3項の記録のうち,当該本人が識別される個人データに係る記録の開示を請求できる。
記録の作成義務の対象,保存期間,請求先が実際に保存する記録及び法定の除外・不開示事由を確認する。
すべての委託や移転に同じ記録義務があるわけではなく,全学習ログの新規作成,モデルへの寄与率の計算又は他人の記録の一括開示を求める権利ではない。
回答がない場合も,「記録を保存していない」「対象を特定できない」「不開示事由がある」を区別する。
法33条による開示の手数料は法38条の範囲で合理的な実費を考慮して定められるが,この規定を法35条の請求すべてにそのまま当てはめない。
2 法28条3項の情報提供は別の制度である
提供先の基準適合体制を根拠とする海外提供では,法28条3項及び施行規則18条3項に基づく情報提供を本人が求めることができる。
対象は,①体制の整備方法,②相当措置の概要,③確認の頻度・方法,④外国の名称,⑤影響を及ぼす外国制度,⑥実施上の支障及び⑦支障に対する措置の各情報である。
提供先の法人名や契約全文,モデルの内部情報すべてが,この制度だけで当然に開示されるわけではない。
一般向けFAQで提供先を公表していないことと,本人による法定請求への対応は区別する。
秘密保持契約を理由に全面拒否できると先に決めることも,秘密保持契約があるだけで法定の不開示事由が一切認められないと決めることも適切ではない。請求の制度と個別の不開示事由を照合する。
第5 海外提供は法的根拠と継続処理を確認する
1 本人同意,同等国及び基準適合体制を区別する
法28条1項では,法27条1項各号の例外を除き,外国にある第三者への提供について,原則として外国への提供を認める本人同意が必要となる。
その同意を得る際には,法28条2項及び施行規則17条に従い,外国の制度や提供先の保護措置等の情報を提供する。
委員会規則で指定される同等の保護制度を有する外国,又は基準適合体制を整備する提供先は,法28条1項の特別の本人同意の対象から除かれる。
ただし,これだけで法27条の検討も不要になるわけではない。第三者提供か,委託・共同利用等の要件を満たすかを別に確認する。
契約に「委託」と書かれていても,提供先が独自の学習・製品開発目的で使える場合は,その実際の目的と役割を確認する必要がある。
2 基準適合体制による提供では提供後の確認が残る
個人情報保護委員会の外国にある第三者への提供編6・6-1は,基準適合体制を根拠に提供した場合,提供先がその個人データを扱い続ける限り,法28条3項の措置等が必要であると説明する。
相当措置と影響を及ぼす外国制度を定期的に確認し,支障があれば是正措置を講じ,継続確保が困難になれば提供を停止する。
本人同意を根拠とする提供など,異なる経路にこの義務を一律に当てはめない。
将来の送信を止めた後も,既に提供したデータの保持・利用,削除請求への対応及び再提供の状況を確認する必要が残り得る。
提供元への国内法上の請求と,海外提供先への直接請求は別に検討する。外国法上の消去権や裁判管轄は,国・地域,事業者及び処理の実態を特定してから判断する。
第6 請求書には対象,根拠及び求める処理を分けて書く
1 受付手続と本人確認を先に確認する
法37条に基づく事業者の受付方法を確認し,必要な範囲で本人又は代理人であることを示す。
事業者にも,対象の特定に資する情報を提供するなどの便宜を図り,本人に過重な負担を課さないよう配慮することが求められる。
本人確認のために,事件記録や本人確認書類を必要以上に送り込まない。安全な提出先と必要な項目を確認する。
2 請求書の記載例
次の項目を,具体的な事情に合わせて記載することが考えられる。
①請求者の立場,対象本人及び代理権。
②記事URL,アカウント,投稿・入力・提供の時期,対象の氏名・記載箇所その他特定に必要な情報。
③法35条のどの請求理由に該当するかと,その裏付けとなる表示・設定・回答・被害等。
④利用停止,消去,第三者提供停止のどれを求めるかと,原データ・加工物・バックアップ等の対象範囲。
⑤別途開示を求める第三者提供記録と,法28条3項に基づき求める海外提供の情報。
⑥対応困難又は不対応の場合に求める説明,代替措置及び残存データの取扱い。
⑦回答先,希望する回答時期,受付日・処理日及び実施範囲の確認方法。
希望する回答時期は,法律上の一律の日数期限と区別する。
法35条7項による実施・不実施の通知は遅滞なく行う義務であり,法36条は不対応等の理由を説明するよう努める義務を定めている。
受付番号,送信原本,添付した資料,到達を示す記録及び回答原本を保存する。
第7 不対応の理由を確認し,紛争手続につなげる
請求を拒まれた場合は,本人・対象の特定,保有個人データへの該当性,法35条の理由,法定例外,技術的困難及び代替措置のどこが争われているかを整理する。
契約上の提供停止,著作権,プライバシー・人格権等による請求も,それぞれの根拠・要件に応じて検討する。
法39条は,同条が対象とする開示・訂正・利用停止等の訴えについて,まず被告となる者に請求し,到達から2週間を経過した後に提起するという手続を定める。請求を拒む旨の通知があった場合は,その経過を待つ必要がない。
対象となる請求の仮処分にも同条が準用される。
この2週間を事業者の一律の回答期限と説明したり,個人情報に関するすべての訴訟・仮処分に当てはめたりしない。
削除前の証拠を確保する場合には,請求のために必要な表示・設定・回答等を必要最小限で保存し,保管先と閲覧権限を管理する。
争いの対象となる事実を固定することと,秘密情報・個人情報を広く再拡散することは分ける。
第8 noteのFAQと規約から分かる範囲
AI学習対価還元プログラムのFAQは,不参加の場合に学習データとして提供しない旨を説明する。
一方,クリエイター規約6条10項は,提供の許諾を無償・有償の双方で定め,設定による停止を有償提供の文言で定めている。
適用規約の版,FAQの表示時期,規約への組込み及び実際の提供経路を照合する必要がある。文言差だけで,実際の無償提供又は違法性を認定することはできない。
不参加の設定が将来の提供を制御することと,過去提供分の削除,海外提供先での処理及びモデルへの影響除去は,別の確認事項である。
本記事は,個別アカウントの提供履歴,海外提供先との契約,削除の実施記録又はモデルの処理結果を確認したものではない。
発信前の確認事項は,法律事務所がnoteで発信する前の確認事項を参照されたい。
第9 一次資料と判例の確認範囲
法定請求の要件・手続は,令和8年10月3日に確認した現行法と個人情報保護委員会のガイドラインによる。
請求書の構成,削除対象の分解,台帳及び削除証明の確認事項は,これらを踏まえた実務上の提案である。
noteの仕様に関する記載は事業者の公式説明であり,個別処理の実施又は適法性を独立に認定するものではない。
同日の関連調査では,判例秘書で「note AND 学習」「AI学習対価還元」「生成AI AND 削除」「学習データ AND 利用停止」を検索した。
前者の一覧全件の判決本文を読んだわけではなく,検索結果の一部には別分野の事件も含まれた。生成AIに言及する記事の削除に関する判決本文を確認したが,noteの提供停止,学習済みモデルの消去又は海外提供先の処理を直接判断したものではない。
本記事の各請求が具体的事案で認容されることを,直接の裁判例によって確認できたとは述べない。検索語ごとの結果数や直接判例の未確認は,裁判例が存在しないことを意味しない。
第10 出典及び関連記事
1 一次資料
①個人情報の保護に関する法律2条,16条,18条~20条,26条~30条,33条~39条及び41条(令和8年10月1日現在施行の本文)。
②個人情報保護委員会・ガイドライン(通則編)3-8(保有個人データに関する事項)。
③個人情報保護委員会・ガイドライン(外国にある第三者への提供編)2,4,5及び6(施行規則17条・18条を含む)。
④note・AI学習対価還元プログラムに関するFAQ。
⑤noteご利用規約のクリエイター規約6条10項。
いずれも令和8年10月3日確認。
2 関連記事
①生成AIの学習データ契約とクリエイターへの対価還元。
②法律事務所が生成AIのDPAを確認するときのチェックリスト。
③AIサービス規約の派生データ条項の読み方と弁護士の守秘義務。
④生成AIの学習データを開示要求する方法。