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生成AIの学習データ契約とクリエイターへの対価還元――著作権法30条の4との関係(AI作成)

第1 著作権法30条の4と有償契約は両立すること

1 30条の4は「許諾が必要か」を定める規定であること

著作権法30条の4は,著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し,又は他人に享受させることを目的としない場合に,必要と認められる限度で,方法を問わず著作物を利用できると定めている。
情報解析は同条2号に例示されているが,同条ただし書は,著作物の種類及び用途並びに利用態様に照らして著作権者の利益を不当に害する場合を除外している。

したがって,「生成AIの学習である」という名称だけで適法性は決まらない。
事前学習,追加学習,RAG用データベースの構築,回答における著作物の表示及び生成物の提供を分け,各行為の目的と態様を確認する必要がある。

2 有償契約は「何を取引するか」を定めること

30条の4が適用され,著作権者の許諾を得なくても複製等ができる場面でも,当事者が有償のデータ提供契約を結ぶことはできる。
民法521条2項は,法令の制限内で契約内容を自由に決定できると定めており,内閣府の「AI時代の知的財産権検討会 中間とりまとめ」も,良質なデータを利用するための対価還元契約は30条の4の適用可能性を排除せず,通常は契約の効力を妨げられないと整理している。

これは,契約対価が著作権許諾の対価だけではないからである。
正規の高品質データ,ノイズを除去したファイル,正確なメタデータ,権利情報,継続更新,安全なAPI,技術支援及び責任分担にも独立した取引価値がある。

もっとも,契約に違反したことと,著作権を侵害したことは同じではない。
契約上の利用制限に違反すれば債務不履行責任が問題となり得る一方,その利用が著作権侵害になるかは,支分権,権利制限規定及び契約によって許諾された範囲を別に検討する必要がある。

3 データ提供者への支払とクリエイターへの分配は別であること

AI事業者が出版社,プラットフォーム又は権利者団体へ料金を支払っても,その金員が個々のクリエイターへ届くとは限らない。
対価還元を実現するには,AI事業者とデータ提供者との契約だけでなく,データ提供者と著作者,実演家,寄稿者その他の権利者との契約及び分配規程まで確認する必要がある。

このため,本記事では「学習データ契約」を,①データへのアクセス及び利用条件を定める取引と,②受領した対価をクリエイターへ分配する仕組みの二層に分けて考える。

第2 事前学習,追加学習及びRAGで30条の4の判断が異なること

1 事前学習でもただし書の検討が残ること

大量のデータから傾向又は相関関係を抽出するだけで,学習対象著作物の表現を出力させる目的がない事前学習は,30条の4の非享受目的利用に当たり得る。
しかし,同条本文の「必要と認められる限度」とただし書は残るため,取得経路,データの種類,利用規模,技術的措置及び既存又は将来の市場との衝突を無視することはできない。

文化庁の「AIと著作権に関する考え方について」は,大量の情報を情報解析に活用できる形で整理したデータベースが販売されている場合に,これを無断で情報解析目的に複製する行為がただし書に該当し得るとする。
ウェブサイト上のデータを収集する場合も,現在又は将来の学習用データセット市場,アクセス制御及びライセンス実績が判断材料になり得るが,将来市場の捉え方には異なる意見が併記されている。

2 追加学習は出力目的を確認すること

特定用途の性能を高める追加学習であっても,学習対象著作物の表現を享受する目的がなければ,30条の4が適用される余地がある。
他方,少量の作品を用い,その創作的表現の影響を強く受けた生成物を出力させる目的があると評価される場合は,享受目的が併存し,同条が適用されない場合があると文化庁は整理している。

この区別は,契約上も重要である。
「追加学習に利用できる」とだけ定めるのではなく,対象モデル,目的,許される出力,禁止する再現,評価方法及び第三者への提供範囲を明示しなければ,許諾対象と非享受目的利用の関係が不明確になる。

3 RAGはデータベース構築と回答表示を分けること

RAG用データベースの構築が,著作物の表現を出力する目的を持たず,検索又は解析の準備にとどまる場合は,30条の4が適用される余地がある。
他方,回答に原文の創作的表現を表示することを目的としてデータベースを作る場合は,非享受目的利用とはいえない可能性があり,回答時の利用について著作権法47条の5が適用されるとしても,認められるのは軽微な利用に限られる。

したがって,RAG契約では,インデックス作成,原文保存,検索,回答への引用,回答後の表示及びログ保存を一つの「学習」として処理してはならない。

4 裁判例は目的を利用実態から判断していること

東京地方裁判所令和4年5月27日判決(令和元年(ワ)第26366号)は,住宅地図を複写してポスティング用地図を作成した事案で,建物の位置及び道路等の情報を利用する目的があるとして,30条の4を適用しなかった。
生成AIの事件ではなく,同条ただし書を判断した判決でもないが,利用者が「鑑賞目的ではない」と説明するだけでは足りず,実際に何を利用する行為なのかが問題となることを示す。

令和8年8月27日までに確認した裁判所ウェブサイト等の公開検索範囲では,生成AIの学習データ契約と30条の4の関係を直接判断した国内裁判例は確認できなかった。
このため,現段階では条文,文化庁の整理及び個別契約の事実関係を基礎に判断する必要がある。

第3 学習データ契約に独立した価値がある理由

1 権利処理済みデータと利用可能なデータは同じではないこと

データを保有している者が著作権者であるとは限らず,「データを渡せること」と「著作権を許諾できること」も同じではない。
著作権法61条は著作権の譲渡を,同法63条は利用許諾を定めているため,契約では作品ごとに権利者,譲渡又は許諾の範囲,再許諾権及び既存の利用制限を確認する必要がある。

もっとも,権利の全てを保有していないデータ提供者でも,保有する原データの納品,メタデータの整備,重複除去,品質検査及び権利者との連絡業務を提供できる。
契約対価の内訳を「著作権許諾」「データ納品」「整備作業」「更新・保守」に分ければ,権利範囲と役務範囲を混同しにくい。

2 データの量より品質が価値になる場面があること

公正取引委員会の「生成AIを巡る競争についてVer.2.0」は,事前学習には大量のデータが必要となる一方,追加学習,RLHF及びRAGでは,目的に応じた高品質又は専門的なデータが重要になると整理している。
同報告書は,権利処理の確認負担を避けるため合成データを使い,必要に応じて外部データを購入するとのヒアリング結果も紹介している。

したがって,契約の価格を単純なファイル数だけで決めると,専門性,正確性,重複率,メタデータ,更新頻度及び検証コストを反映できない。

3 学習以外の利用を束ねないこと

出版社とAI事業者の提携には,過去記事によるモデル学習,現在の記事の検索・要約,回答中の表示,出典表示,リンク送客及びAIツールの提供が一つの契約に含まれる例がある。
OpenAIとAxel Springerの公表資料も,モデル学習に加え,記事の要約,帰属表示及び原記事へのリンクを提携内容として挙げている。

公表された総額だけでは,学習データの対価,回答表示の対価及び送客価値を分離できない。
契約では,利用行為ごとの対価又は算定要素を分け,どの収入がクリエイター分配の原資になるかを定める必要がある。

第4 クリエイターへの対価還元を契約で設計する方法

1 対価モデルには異なる長所と限界があること

対価モデル主な長所主な限界適する場面
固定一時金算定と支払が容易であるモデルの成功又は長期利用を反映しにくい小規模データセット,試験利用
作品数・収録量比例収録記録から算定しやすい作品の質,寄与度及び重複を反映しにくい大量の定型コンテンツ
売上又は契約額の一定割合事業成果と分配原資を連動できる売上の定義,控除及び関連会社取引が争点になるデータライセンス事業
利用回数・検索回数比例実際の利用を反映しやすい学習済みモデルへの寄与を測定しにくく,追跡費用が高いRAG,検索・表示サービス
最低保証+変動額クリエイターの予見可能性と成功時の上振れを両立できる契約及び報告が複雑になる長期・独占的な提携

学習済みモデルでは,一つの作品が特定の出力又は売上にどれだけ寄与したかを測定することが難しい。
その場合は,測定不能な「寄与度」を装うより,収録量,品質区分,既存市場での利用実績又はデータ契約額など,監査可能な代理指標を選び,その限界を明示する方がよい。

2 分配条項は支払条項から独立させること

クリエイター還元を契約目的とするなら,少なくとも次の事項を明記する必要がある。
①分配対象となるクリエイター及び作品,②分配原資となる収入,③税金,返金,販売手数料及び管理費等の控除項目,④固定額又は割合の算定式,⑤支払時期及び最低支払額,⑥利用明細及び分配明細,⑦異議申立て,⑧監査権,⑨連絡不能者又は権利者不明作品に係る留保金,⑩契約終了後の残額処理である。

データ提供契約に「クリエイターへ適切に還元する」とだけ記載しても,分配額を計算できず,履行を検証できない。
AI事業者側も,提供者から分配規程,報告書及び監査結果を受領する条項を設けなければ,対価還元を公表する根拠が弱くなる。

3 企業公表例は分配方法の違いを示すこと

Shutterstockは,データライセンス契約額全体の一部を,購入データセットに含まれた各寄稿者のコンテンツ及びメタデータの量に比例して分配し,データライセンス収入に対する平均20%の企業ロイヤリティ率を用いると公表している。
同社は収録資産を内部データベースで記録し,基金に蓄積した収益を定期的に分配すると説明するが,個別データセットの収録は通常のダウンロード履歴に表示されないとしている。

Adobeは,Fireflyの学習対象として考慮された適格資産と,同じ12か月間にその資産が得たライセンス数を要素とする寄稿者ボーナスを公表している。
一方,金額はAdobeの裁量であり,将来のボーナスの詳細は公表できないとしているため,固定された継続的ロイヤリティ制度とは区別する必要がある。

これらは企業自身の説明であり,個別支払額の十分性又は監査可能性を独立に証明する資料ではない。
ただし,収録量比例,既存ライセンス実績との組合せ及び裁量的ボーナスという異なる設計が実際に採用されていることは確認できる。

第5 契約書で分けて定めるべき事項

1 対象データ及び権利の範囲

契約の別紙には,作品又はデータセットの識別子,版,ファイル形式,メタデータ,納品方法,除外作品及び更新方法を記載する必要がある。
著作権については,権利者,譲渡・許諾の根拠,再許諾の可否,地域,期間及び著作権法27条・28条の権利を含むかを確認し,データ提供権限と著作権許諾権限を分けて表示することが望ましい。

2 利用目的及びモデルの範囲

利用目的は,①事前学習,②追加学習,③評価・検証,④RAG,⑤合成データ作成,⑥生成物の提供,⑦研究成果の公表に分けるべきである。
対象モデル,モデル系列,後継版,関連会社,委託先,クラウド事業者,再許諾先及び国外移転も特定する必要がある。

「AI開発のため」とだけ定めると,基盤モデルへの恒久的な取込み,顧客別ファインチューニング,検索回答への原文表示及び第三者へのモデル提供まで含むかが不明確になる。

3 対価,分配,報告及び監査

契約額だけでなく,計算期間,売上の定義,控除,為替,関連会社取引,最低保証,支払期限及び遅延時の処理を定める必要がある。
クリエイター分配を伴う場合は,前記の分配式に加え,AI事業者から提供者へ渡す利用情報と,提供者から各クリエイターへ渡す明細を対応させるべきである。

他人の著作権を管理委託契約に基づき業として管理する仕組みを設ける場合は,著作権等管理事業法2条及び3条の適用を確認する必要がある。
同法11条は管理委託契約約款に契約期間,分配方法及び管理手数料等を定めることを予定しており,分配業務を始めてから法的構成を整えるのでは遅い。

4 契約終了後のモデル及び派生物

契約終了時に原データを削除しても,学習済みモデル,チェックポイント,埋込みベクトル,評価データ,バックアップ又は派生データが残ることがある。
契約では,①新規学習の停止,②原データ及び複製物の削除,③学習済みモデルの継続利用,④既存顧客への提供,⑤再学習又はアンラーニングの要否,⑥削除証明,⑦終了後も存続する対価及び監査を分けて定める必要がある。

技術的に完全な除去が困難な場合は,実行不能な削除保証を置くのではなく,影響を受けるモデル,代替措置,移行期間及び新規提供の停止条件を契約締結前に合意すべきである。

5 保証及び責任分担

データ提供者の保証は,作品の権利帰属,第三者素材,契約上の利用制限,海賊版混入防止及び正確なメタデータに分ける必要がある。
AI事業者の義務は,許容目的外の利用禁止,安全管理,委託先管理,侵害が疑われる出力への対応,ログ保存及び権利者窓口に分けることが考えられる。

無制限の保証又は損害賠償を一方だけに負わせると,交渉力の弱いクリエイター又は小規模提供者が参加できなくなる。
責任上限,故意・重過失,第三者請求の防御,通知及び是正機会を含め,実際に管理できるリスクへ責任を対応させる必要がある。

第6 政府の対価還元策は実証段階であること

1 知的財産推進計画2026の位置付け

知的財産推進計画2026は,AI政策の中でコンテンツホルダーへの対価還元等を推進し,著作物等データの流通環境を構築する方針を示している。
文化庁の事業は,権利者又は民間団体による有償データセットの方針策定,データセット作成,提供契約及びクリエイターへの対価配分方法を複数分野で実証し,モデル事例を作るものである。

この政策は,30条の4を廃止し,又は生成AI学習一般について法定対価請求権を創設したものではない。
文化庁の会議でも,許諾が必要な場合と権利制限が適用される場合を含む多様な利用を念頭に,契約による対価還元を進めると説明されている。

2 一律の法定対価制度には理論上及び実務上の難点があること

内閣府の中間とりまとめは,著作権者の利益を通常害さない行為として設計された権利制限の対象に,一律の対価還元制度を設けることは理論的説明が困難であり,大量データについて権利者を特定して公平に分配することにも実務上の限界があると指摘する。
このため,現行政策は,直ちに補償金制度を設けるより,任意契約,技術,来歴情報及び実証事業を組み合わせる方向にある。

もっとも,任意契約だけでは,交渉力の弱い個人,公開ウェブ上の作品,権利者不明作品及び契約に参加しないAI事業者を十分に包摂できない。
今後は,①実証事業で作られる標準契約及び分配基準,②管理団体の登録・監督,③学習データ及びライセンス状況の透明性,④技術的な利用意思表示,⑤30条の4ただし書に関する裁判例又は追加指針を継続して確認する必要がある。

第7 契約交渉で先に確認する順序

1 権利者又はデータ提供者側

最初に確認すべきなのは,①提供できるデータの一覧,②各作品の権利連鎖,③データ品質及びメタデータ,④許容する学習・出力,⑤希望する対価モデル,⑥クリエイター分配規程,⑦報告・監査に必要な情報である。
この情報が揃わない段階で総額だけを交渉すると,契約成立後に許諾範囲又は分配可能性が崩れるおそれがある。

2 AI事業者側

AI事業者は,①取得データを使う工程,②対象モデル及び後継モデル,③委託先・関連会社,④原データ及び派生物の保存,⑤出力制御,⑥契約終了時の処理,⑦提供できる利用明細を先に固定すべきである。
必要な利用情報を計測できない設計のまま,作品別又は利用回数別の分配を約束してはならない。

契約の目的が「法的リスクをゼロにすること」だけであれば,30条の4の適用,権利連鎖及び出力段階の侵害可能性が残るため,その目的は達成できない。
契約によって確実に設計できるのは,正規データへのアクセス,利用条件,対価,情報提供,責任分担及び終了時処理であり,その各項目を検証可能な条項にすることが実務上の中心となる。

第8 出典

1 法令

著作権法30条の4,61条及び63条
民法90条,91条,521条及び522条
著作権等管理事業法2条,3条及び11条~17条

2 裁判例

東京地方裁判所令和4年5月27日判決(令和元年(ワ)第26366号・著作権侵害差止等請求事件)判決書49頁~50頁

3 公的資料

①文化審議会著作権分科会法制度小委員会「AIと著作権に関する考え方について」(令和6年3月15日)22頁~28頁
②AI時代の知的財産権検討会「AI時代の知的財産権検討会 中間とりまとめ」(令和6年5月)44頁~50頁
③知的財産戦略本部「知的財産推進計画2026」(令和8年6月12日)
④文化庁「クリエイターへの対価還元に向けた著作物等データセットの流通促進に係る環境構築事業」資料上62頁(PDF66頁)
⑤文化庁「第25期文化審議会著作権分科会政策小委員会法制度に関するワーキングチーム(第1回)」議事録
⑥公正取引委員会「生成AIを巡る競争についてVer.2.0」(令和8年4月16日)9頁~11頁

4 企業の公表資料

①Shutterstock「Shutterstock Data Licensing and the Contributor Fund」(令和6年10月24日更新)
②Adobe「Adobe Firefly for Contributors FAQ」(令和8年6月11日更新)
③OpenAI「OpenAI and journalism」及び「Partnership with Axel Springer to deepen beneficial use of AI in journalism

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