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15の転換点から見る外科手術の歴史(AIリライト)

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※以下はAIが生成した要約です。内容の正確性は保証されません。本文をあわせてご確認ください。

本記事は、AIが作成した外科手術の歴史に関する解説であり、現代の外科医療を支える15の重要な柱を、歴史的背景・現代における意義・他項目との関連という三つの視点から順に論じたものである。

第一章では「苦痛」と「感染」という二大障壁を取り上げ、1804年に華岡青洲が全身麻酔下での乳がん摘出手術に成功したこと、1846年にモートンがエーテル麻酔の公開実験に成功したこと、1867年にリスターが石炭酸を用いた消毒法を確立したこと、1928年にフレミングがペニシリンを発見したことを順に解説する。これら三つの革新が組み合わさることで、長時間にわたる安全な手術が初めて可能になったと論じる。

第二章以降では、ABO式血液型の発見(1900年)による輸血医療の確立、ICUやERASプロトコルを含む周術期管理の発展、X線・CT・MRI・内視鏡による診断技術の革新、電気メスや手術支援ロボット「ダヴィンチ」を含む手術器具の深化、腹腔鏡手術に代表される低侵襲化の普及、EBMによる治療の標準化、インフォームド・コンセントと倫理的転換、チーム医療の確立が論じられる。さらに、手術・化学療法・放射線療法を組み合わせる集学的がん治療の発展、ゲノム医療による個別化治療、iPS細胞を含む再生医療・移植医療の進歩も扱う。

最終章では、1999年のIOM報告書『人は誰でも間違える』を機に確立したシステムアプローチに基づく医療安全管理を第15の柱として位置づけ、手術部位マーキング・タイムアウト・クリニカルパスなどの具体的取り組みが全体を根底で支えると結論づける。各章末には前章の要素との相互連関が明示されており、記事全体として15の柱が有機的に結びついた体系として外科医療史を俯瞰する構成になっている。

第1 外科手術史の見取り図

外科的な処置は古代から行われてきたが,身体の内部へ計画的に介入し,術後の生存まで見通す近代外科が成立するには,解剖学だけでなく,麻酔,感染制御,止血・輸血及び全身管理がそろう必要があった。

19世紀後半に麻酔と消毒法が普及し,20世紀に輸血,抗菌薬,集中治療,画像診断及び精密な器具が加わったことで,手術は切断や体表処置を中心とする医療から,胸部,腹部,脳,心臓及び移植臓器まで扱う医療へ変化した。

もっとも,外科史における「最初」は,最初の着想,患者への最初の使用,最初の成功,最初の公表,公開実演及び広範な普及のいずれを指すかによって異なる。

本記事では,人物の英雄物語ではなく,外科手術を実際に変えた15の転換点を,発見,臨床化,普及及び現在の限界に分けて整理する。

1 15の転換点の主要年表

転換点主な時期外科手術に与えた変化
①麻酔1804年,1842年,1846年苦痛の軽減と術野の不動化により,計画的で長時間の手術への道を開いた。
②消毒・無菌法1847年,1867年,1880年代以降術後感染を減らし,消毒法から滅菌・無菌操作へ発展した。
③抗菌薬1928年,1940年代細菌感染の治療と周術期予防を可能にした一方,薬剤耐性を生んだ。
④輸血1900年~1901年,1914年~1915年,1937年血液型適合,保存及び病院血液銀行によって出血への対応力を高めた。
⑤周術期管理1952年~1953年,1968年,1990年代後半以降集中治療,栄養管理及びERASにより,手術前後を一体で管理するようになった。
⑥画像診断1895年,1971年以降病変の位置と広がりを手術前に把握し,術式選択を変えた。
⑦手術器具・ロボット1920年代以降,2000年代以降止血,切離,縫合及び精密操作を機械的に補助する範囲を広げた。
⑧低侵襲手術1980年,1985年,1987年以降腹腔鏡手術の臨床化と普及により,大きく開く手術を再検討させた。
⑨EBM1990年~1992年以降経験だけでなく,研究結果,臨床技能及び患者の価値観を統合する枠組みを与えた。
⑩インフォームド・コンセント1950年代~1970年代以降手術を医師の一方的判断から,説明と患者の意思決定を伴う過程へ変えた。
⑪チーム医療20世紀後半,2008年以降多職種の協働と手術安全チェックリストを標準化した。
⑫がん集学的治療20世紀後半以降手術,放射線及び薬物療法を病期・がん種別に組み合わせるようになった。
⑬がんゲノム医療1990年代以降,日本では2019年以降分子異常に基づく治療選択を進めたが,適応と到達可能性には限界が残る。
⑭移植・再生医療1954年,1997年,2006年~2007年,2014年以降臓器置換と細胞による機能回復を臨床課題にした。
⑮医療安全・質保証20世紀初頭,1999年,2002年以降個人の注意だけに頼らず,組織とシステムで事故を減らす考え方を定着させた。

第2 痛みと感染を制御した三つの転換

1 麻酔―一人の「発明」ではなく臨床化の連鎖

華岡青洲は1804年10月13日,通仙散を用いた全身麻酔下で乳がん手術を行い,日本麻酔科学史の重要な起点を作った。

米国ではクロフォード・ロングが1842年にエーテルを手術へ使用し,ホーレス・ウェルズが1844年に亜酸化窒素を試み,ウィリアム・モートンが1846年10月16日にエーテル麻酔の公開実演を成功させた。

したがって,「世界初の全身麻酔」を単独の人物に帰するより,薬剤,手術の種類,記録,公表及び普及の基準を明示する方が正確である。

麻酔が外科へ与えた変化は鎮痛だけではなく,意識,呼吸,循環及び筋緊張を管理しながら安定した術野を確保できるようにした点にある。

もっとも,長時間手術を安全にしたのは麻酔薬だけではなく,気道確保,人工呼吸,循環監視,薬理学及び専門的な麻酔管理の積み重ねである。

2 消毒法から無菌法へ―感染を減らす方法の分化

イグナーツ・ゼンメルワイスは1847年,産褥熱を減らすために塩素化石灰による手洗いを導入したが,病原体そのものを発見したわけではない。

ルイ・パスツールらの微生物学を背景として,ジョゼフ・リスターは1867年,石炭酸を用いる消毒法の成果を公表した。

リスターの方法は,既に付着した微生物を減らす「消毒法」であり,その後,器具の蒸気滅菌,手袋,ガウン,覆布及び清浄な術野によって微生物の侵入を防ぐ「無菌法」が発展した。

この区別は現在も重要であり,手指衛生,消毒,滅菌及び標準予防策は目的と対象を異にする。

感染減少の功績をゼンメルワイス又はリスター一人に集約すると,細菌学,器械滅菌,手術室設計及び無菌操作の共同的な発展を見落とす。

3 抗菌薬―発見,臨床化及び大量生産

アレクサンダー・フレミングは1928年にペニシリンの抗菌作用を観察したが,この発見が直ちに治療薬になったわけではない。

1940年前後にハワード・フローリー,エルンスト・チェイン,ノーマン・ヒートリーらが精製,動物実験及び臨床使用を進め,第二次世界大戦期に政府,大学及び製薬企業の協力で大量生産が実現した。

外科では,感染症の治療だけでなく,適切な時期に行う予防的抗菌薬投与が手術部位感染を減らした。

ただし,抗菌薬は無菌操作,感染源の除去又は適切な手術手技を代替しない。

抗菌薬の使用は耐性菌を選択するため,現在は抗菌薬適正使用と感染対策を一体で考える必要がある。

第3 出血と手術侵襲を支えた二つの転換

1 輸血―適合,保存及び供給体制

カール・ラントシュタイナーによる1900年から1901年のABO式血液型の研究は,輸血反応を科学的に理解する基礎になり,AB型は1902年に報告された。

1914年から1915年にかけて複数の研究者がクエン酸による抗凝固と保存を進め,第一次世界大戦中の1917年にはオズワルド・ロバートソンが保存血を集中的に用いる血液デポを運用した。

もっとも,戦時の血液デポと,バーナード・ファンタスが1937年にシカゴで設けた病院血液銀行は区別すべきである。

Rh血液型は1939年から1940年にかけて解明が進み,その後も感染症検査,成分輸血,白血球除去及び照射等によって安全性が改善した。

現代の輸血医療は,必要な血液を確保するだけでなく,出血を減らし,患者自身の造血と凝固を整え,不要な輸血を避ける患者血液管理を重視する。

2 周術期管理―ICU,栄養及びERAS

集中治療の制度的起点は1960年代ではなく,1952年のコペンハーゲンにおけるポリオ流行時の人工呼吸管理と,1953年の集中治療部門の設置に求められる。

1968年には長期完全静脈栄養の臨床的な実証が報告され,経口・経腸摂取が困難な患者を栄養面から支える選択肢が広がった。

1990年代後半にヘンリク・ケレットらがfast-track surgeryを発展させ,2001年にERAS Study Group,2005年に最初のコンセンサス指針,2010年にERAS Societyが成立した。

ERASは単一の術後プログラムではなく,術前評価,麻酔,疼痛管理,輸液,栄養,早期離床及び退院支援を多職種で組み合わせる周術期管理である。

低侵襲手術とERASは回復促進という目標を共有するが,両者は同じ概念ではなく,患者の状態と術式に応じた実施が必要である。

第4 「見る」「切る」「小さく入る」技術の転換

1 画像診断―探索手術から術前計画へ

ヴィルヘルム・レントゲンが1895年にX線を発見したことで,生体内部を切開せずに観察する時代が始まった。

CTの最初の臨床患者検査は1971年10月1日に行われ,ゴッドフリー・ハウンズフィールドの装置開発とアラン・コーマックの数理的研究は1979年のノーベル生理学・医学賞につながった。

その後,超音波,MRI,血管造影,PET及び内視鏡が,病変の位置,病期,切除可能性及び周囲臓器との関係を手術前に評価する手段となった。

画像診断は探索的な開腹の必要性を大きく減らしたが,微小病変,炎症性変化及び組織学的診断には限界があり,術中所見や病理診断を不要にしたわけではない。

現在は三次元再構成,術中画像,ナビゲーション及び蛍光画像が手術計画と術中判断を補助している。

2 手術器具とロボット―外科医の手の拡張

1920年代にウィリアム・ボビーとハーヴェイ・クッシングが電気外科装置を臨床へ導入し,切開と止血を同時に行う技術を発展させた。

自動縫合器は20世紀初頭の原型から,ソビエト連邦及び米国で改良され,吻合や閉鎖を再現性のある機械操作へ近づけた。

その後,超音波凝固切開装置,血管シーリング,顕微鏡,ナビゲーション及び手術支援ロボットが,狭い術野での視認性と操作性を補った。

ロボット支援手術は三次元視野,手ぶれ補正及び多関節器具等の利点を持つが,自律して手術する機械ではなく,外科医が操作するシステムである。

比較研究では,手術時間,合併症,在院日数及び費用の差が術式ごとに異なるため,ロボットであることだけから患者転帰の優越を一般化できない。

3 低侵襲手術―発明者と普及者を分ける

クルト・ゼムは1980年に腹腔鏡下虫垂切除術を行い,エーリッヒ・ミューエは1985年に腹腔鏡下胆嚢摘出術を実施した。

フィリップ・ムレが1987年に行った腹腔鏡下胆嚢摘出術は,フランス内外での普及を促す重要な契機となった。

したがって,ミューエを最初の実施者,ムレを普及の起点の一人として区別する必要がある。

低侵襲手術は創を小さくし,疼痛,呼吸機能への影響及び回復期間を減らし得るが,気腹の生理的負担,触覚の制限,特有の合併症及び学習曲線がある。

開腹手術,腹腔鏡手術及びロボット支援手術の選択は,病変,緊急性,患者の全身状態,術者・施設の経験及び費用を含めて判断される。

第5 科学,患者の意思及びチームによる転換

1 EBM―経験を排除するのではなく統合する

「evidence-based medicine」という用語はゴードン・ガイアットらによって1990年から1991年頃に用いられ,1992年の論文を通じて教育運動として広く知られるようになった。

デイヴィッド・サケットらが示したEBMは,研究上の最良の根拠だけでなく,臨床家の技能と患者の価値観を統合する考え方である。

したがって,EBMを「経験と勘を捨て,論文どおりに手術すること」と説明するのは誤りである。

外科のランダム化比較試験には,術者差,学習曲線,盲検化の困難,技術の急速な変化及び患者選択という問題がある。

外科では,試験の質を吟味し,登録研究,監査,合併症データ及び患者報告アウトカムも組み合わせて適応と術式を判断する必要がある。

2 インフォームド・コンセント―同意書ではなく意思決定の過程

ニュルンベルク綱領やヘルシンキ宣言は研究参加者保護の重要な歴史を持つが,通常診療における説明義務と患者の自己決定の系譜をそのまま同一視できない。

米国では1957年のSalgo事件で「informed consent」という語が用いられ,1972年のCanterbury事件等を通じて開示すべき情報の考え方が発展した。

日本でも,手術等の侵襲的医療において,病状,提案する医療行為,主な危険,代替手段及び何もしない場合の見通しを説明し,患者が意思決定する過程が重視されてきた。

同意書は説明が行われたことを示す資料の一つにすぎず,形式的な署名が実質的な情報提供又は対話を代替するものではない。

緊急時,意思決定能力が問題となる場合及び患者が情報を受けたくない場合等には,通常の場合と異なる検討が必要である。

3 チーム医療―専門分化を安全につなぐ

手術が複雑になるにつれて,外科医,麻酔科医,看護師,臨床工学技士,薬剤師,栄養職,リハビリテーション職及び病理・画像診断部門の協働が不可欠になった。

WHOは2008年,麻酔導入前のsign in,皮膚切開前のtime out及び患者が手術室を退出する前のsign outから成る手術安全チェックリストを公表した。

チェックリストは患者,部位,術式,アレルギー,出血リスク,抗菌薬及び器械等をチームで確認する共通言語を与えた。

もっとも,形式的に読み上げるだけでは効果が限られ,発言しやすい文化,役割の明確化,実施率の監査及び現場に合った運用が必要である。

チーム医療は個々の専門職の責任を消す制度ではなく,専門能力を相互確認と情報共有によって結び付ける仕組みである。

第6 がん治療を変えた二つの転換

1 集学的治療―「大きく切る」から病期別の組合せへ

20世紀前半のがん外科では,乳がんに対するハルステッドの術式に象徴される広範な切除が根治性を高めると考えられた。

その後,がんの生物学的理解,放射線治療,抗がん薬及び比較試験が進み,乳房温存療法等,より小さな手術でも適切な補助療法と組み合わせれば成績を保てる場面が示された。

集学的治療は一人の医師又は一つの年に始まったものではなく,がん種,病期及び分子特性に応じて,手術,放射線,薬物療法及び支持療法を組み合わせる発展である。

手術前の薬物療法によって腫瘍を縮小して切除可能性や機能温存を高める場合もあれば,手術後に再発リスクを下げる治療を加える場合もある。

どの治療を先に行うかはがん種ごとに異なるため,特定のがんで得られた結論を他の臓器へ一般化できない。

2 がんゲノム医療―分子標的治療の連続的な発展

がんを遺伝子異常の病気として考える歴史は,テオドール・ボヴェリが染色体異常と発がんの関係を論じた1914年まで遡る。

分子標的治療もヒトゲノム計画の完了後に突然始まったのではなく,トラスツズマブが1998年,イマチニブが2001年に承認されるなど,基礎研究,診断及び薬剤開発が並行して進んだ。

免疫チェックポイント阻害薬は,CTLA-4及びPD-1を介する免疫抑制の研究を臨床へつなげ,外科を含む治療計画を変えた。

日本では2019年にがん遺伝子パネル検査が保険収載されたが,保険診療の対象,検体の条件,治療候補が見付かる割合及び実際に治療へ到達できる割合には限界がある。

令和8年7月時点で,標準治療終了前のがんゲノムプロファイリング検査は先進医療Aとして有効性と安全性のデータが収集されており,通常の保険診療になったと表現してはならない。

第7 臓器を置き換え,組織を再生する転換

1 臓器移植―手技,免疫及び法制度

1954年,ジョセフ・マレーらは一卵性双生児間の腎移植を成功させ,免疫学的に近い組合せで臓器移植が長期生着し得ることを示した。

クリスチャン・バーナードは1967年にヒトからヒトへの心臓移植を実施したが,初期の心移植では拒絶反応と感染のため長期成績が限られた。

シクロスポリンは1970年代初頭に発見され,免疫抑制作用の確認,臨床試験及び1970年代後半以降の移植への導入を経て成績を改善した。

日本では,平成9年6月17日に臓器移植法が成立し,同年10月16日に施行され,平成11年2月に同法に基づく最初の脳死下臓器提供が行われた。

したがって,世界の手術成功年,免疫抑制薬の導入及び日本法上の脳死下臓器提供を同じ出来事として扱うべきではない。

2 再生医療―基礎研究,臨床研究及び承認の区別

山中伸弥らは2006年にマウスiPS細胞,2007年にヒトiPS細胞の作製を報告した。

平成26年9月12日には,自家iPS細胞由来網膜色素上皮シートを用いる世界初の臨床研究上の移植が行われたが,これは安全性等を評価する研究であり,直ちに標準治療が完成したことを意味しない。

再生医療には,腫瘍形成,遺伝的不安定性,未分化細胞の残存,免疫反応及び製造品質等の課題がある。

令和8年3月6日には,iPS細胞由来製品であるリハート及びアムシェプリが条件及び期限付き製造販売承認を取得した。

条件及び期限付き承認は有望な臨床応用の段階である一方,長期的な有効性・安全性の確定又はあらゆる患者への一般的な治療化と同義ではない。

第8 医療安全と質保証―15の転換を支える基盤

1 IOM報告以前から続く質評価

アーネスト・コッドマンは20世紀初頭,患者の最終結果を追跡し,治療の成否から病院と医師が学ぶEnd Results Ideaを提唱した。

米国外科学会は1917年に病院のMinimum Hospital Standardを採択し,診療記録,職員資格及び症例検討等を病院評価へ組み込んだ。

したがって,外科の質保証が1999年のIOM報告書『To Err Is Human』から突然始まったという説明は正確でない。

同報告書は,人は誤るという前提で,個人の不注意だけを責めるのではなく,誤りが患者被害へつながりにくいシステムを設計する必要を社会的に広めた。

システム思考は個人の技能,判断又は説明責任を不要にするものではなく,個人と組織の双方を改善対象にする考え方である。

2 日本の医療安全制度の発展

日本では1999年の患者取違え手術等を契機に医療安全への関心が高まり,平成14年には病院及び有床診療所に安全管理指針,委員会,職員研修及び事故報告等の体制整備が求められた。

平成27年10月1日には医療事故調査制度が施行され,医療機関の院内調査と第三者機関による情報収集・分析を通じて再発防止を図る仕組みが設けられた。

令和8年4月1日からは,病院,有床診療所及び入所施設を有する助産所について,医療安全管理者の配置等を求める改正が施行された。

一方,一定の手術又は分娩を行う施設の管理者等に対する医療事故対応研修に関する規定の施行は令和11年4月1日であり,令和8年施行部分と混同してはならない。

外科の安全は,正しい患者・部位・術式の確認,感染予防,器械・検体管理,出血対応,術後観察及び合併症からの救命を連続した過程として設計することにある。

なお,医療事故発生後の法的な調査・立証は,医療過誤事件の調査・立証・判例・消滅時効で別に扱っている。

第9 出典・参考資料

1 書籍

①田邉稔監修,池田徳彦・大木隆生・猪股雅史・篠原尚編集『標準外科学 第17版』(医学書院,2025年)2頁~10頁,61頁~62頁,94頁~98頁,171頁~172頁,202頁~203頁,215頁及び253頁。

②錫谷達夫・松本哲哉編集『標準微生物学 第15版』(医学書院,2024年)8頁及び113頁。

③米村滋人『医事法講義[第2版]』(日本評論社,2023年)6頁,138頁~139頁,199頁~200頁及び277頁~279頁。

④池田典昭・木下博之編集『標準法医学 第8版』(医学書院,2022年)254頁。

2 公的機関・学会等

日本外科学会「日本外科学会の足跡」及び「沿革」

日本麻酔科学会「10月13日は麻酔の日」

WHO「New checklist to help make surgery safer」

④厚生労働省平成14年医療安全対策資料医療事故調査制度及び令和8年3月31日医政発0331第70号

⑤厚生労働省がんゲノム医療中核拠点病院等令和8年7月7日厚生労働大臣会見及び先進医療の各技術の概要

日本臓器移植ネットワーク『20周年記念誌』

京都大学iPS細胞研究所「What are iPS cells?」理化学研究所「世界初のiPS細胞を用いた臨床研究を実施」及びAMED「iPS細胞を用いた再生医療等製品の条件及び期限付き承認」

e-Gov法令検索「医療法」

3 外国医学文献

①“Gastroenterological surgery in Japan: The past, the present and the future.” Annals of Gastroenterological Surgery 1(2017)5頁~10頁,PMC5881296

②“Louis Pasteur, Ignaz Semmelweis, Joseph Lister and the Link Between Their Works Toward the Development of Antisepsis.” Cureus 16(2024)e62543,PMC11254094

③“Penicillin’s Discovery and Antibiotic Resistance: Lessons for the Future?” Yale Journal of Biology and Medicine 90(2017)135頁~145頁,PMC5369031

④“Blood at 70: its roots in the history of hematology and its birth.” Blood 126(2015)2548頁~2560頁,PMC4671105

⑤“Intensive care medicine is 60 years old: the history and future of the intensive care unit.” Clinical Medicine 14(2014)376頁~379頁,PMC4952830

⑥“Enhanced Recovery after Surgery: History, Key Advancements and Developments in Transplant Surgery.” Journal of Clinical Medicine 10(2021)1634,PMC8069722

⑦“Medical Imaging: From Roentgen to the Digital Revolution, and Beyond.” Rambam Maimonides Medical Journal 9(2018),PMC6186003

⑧“Past, Present, and Future of Minimally Invasive Abdominal Surgery.” JSLS 19(2015)e2015.00052,PMC4589904

⑨“Comparison of da Vinci Robotic Cholecystectomy and Laparoscopic Cholecystectomy.” Cureus 16(2024)e73767,PMC11650005

⑩“History of evidence-based medicine.” Indian Journal of Urology 27(2011)487頁~489頁,PMC3263217

⑪“Randomised trials in surgery: problems and possible solutions.” BMJ 324(2002)1448頁~1451頁,PMC1123389

⑫“Informed Consent in the Genomics Era.” Cold Spring Harbor Perspectives in Medicine 10(2020)a036582,PMC7397836

⑬“Ten years of the Surgical Safety Checklist.” British Journal of Surgery 105(2018)927頁~929頁,PMC6032919

⑭“History and Role of Quality Accreditation.” Clinics in Colon and Rectal Surgery 36(2023)279頁~284頁,PMC10202542

⑮“Treatment Changes in Breast Cancer Management and De-Escalation of Breast Surgery.” European Journal of Breast Health 19(2023)186頁~190頁,PMC10320639

⑯“Molecular targeted therapy for anticancer treatment.” Experimental & Molecular Medicine 54(2022)1670頁~1694頁,PMC9636149

⑰“Immune checkpoint inhibitors.” Journal of Experimental Medicine 218(2021)e20201979,PMC7888351

⑱“Historical overview of transplantation.” Cold Spring Harbor Perspectives in Medicine 3(2013)a014977,PMC3684003

⑲“Human induced pluripotent stem cells from basic research to potential clinical applications in cancer.” BioMed Research International(2013)430290,PMC3830845

⑳“iPS-Cell Technology and the Problem of Genetic Instability—Can It Ever Be Safe for Clinical Use?” Journal of Clinical Medicine 8(2019)288,PMC6462964

㉑“Role of pharmacists in providing parenteral nutrition support: current insights and future directions.” Integrated Pharmacy Research and Practice 7(2018)125頁~140頁,PMC6173269

㉒“John Marshall’s first description of surgical electrocautery.” Journal of the Royal Society of Medicine 104(2011)355頁~360頁,PMC3164256

㉓“Patient Blood Management: a revolutionary approach to transfusion medicine.” Blood Transfusion 17(2019)191頁~195頁,PMC6596379