第1 本記事の対象と結論
1 対象と基準日
2026年9月22日,ニューヨークの国連総会の機会に,米国政府,デンマーク王国政府及びグリーンランド自治政府は,1951年のグリーンランド防衛協定を改正・補足する協定に署名した。
正式名称は,「Agreement between the Government of the United States of America and the Government of the Kingdom of Denmark together with the Government of Greenland to amend and supplement the Agreement of 27 April 1951 pursuant to the North Atlantic Treaty between the Government of the United States of America and the Government of the Kingdom of Denmark on the Defense of Greenland (1951 Defense Agreement), including all relevant subsequent agreements related thereto」(訳:北大西洋条約に基づくグリーンランドの防衛に関する米国政府とデンマーク王国政府との間の1951年4月27日の協定(1951年防衛協定)及びこれに関連する全ての後続協定を改正し補足するための,米国政府とデンマーク王国政府及びグリーンランド政府との間の協定)である。
本記事は,令和8年10月4日を基準日として,ホワイトハウスが公表した協定の英文本文を基に,主な条項,特に外国からの投資を制限するX条の内容と,日本企業にとっての意味を整理する。
各国首脳の発言と協定の発効手続の進み具合は報道によっており,その旨を明記する。
2 結論
米国はグリーンランドを購入しておらず,協定の前文は,デンマーク王国の主権と領土の一体性,及びグリーンランドの人々が国際法上の自決権を持つ人民であることを確認している。
その上で,協定は,米国に,既存のピトゥフィク宇宙基地の近代化・拡張,南部のナルサスアークと東部のメスタースヴィークの防衛区域の設置,グリーンランド全域での航空機の上空通過・着陸及び領海での公船の海中アクセスを認めている。
経済面で重要なのはX条である。
NATO加盟国,NATOのパートナー又はEU加盟国のいずれでもない国とその投資家は,重要インフラや資源の採掘を含む「特に機微な分野又は活動」(Particularly Sensitive Sectors or Activities)で,支配,重大な影響力又は安全保障上の脅威となり得る非公開情報へのアクセスを持つことを認められない。
例外は三者の合意がある場合に限られ,その執行はグリーンランドの投資審査法令による。
協定には期限がなく,改正には三者の合意が必要であり,グリーンランドが独立した場合も,独立国家がNATOに残り協定上の権利義務を引き継ぐことを,デンマークとグリーンランドが確保することとされている。
所有権を移さずに,特定の事項についての拒否権を長期間確保する点で,会社の黄金株と似た構造を持つ(本記事の見方である。)。
日本はNATOの「パートナー」に当たると考えられるが,協定は「NATOのパートナー」を定義していないため,日本企業がグリーンランドの資源・インフラ案件に関与する場合は,X条の適用の有無と今後のグリーンランドの立法を確認する必要がある。
第2 協定の位置付けと発効要件
1 1951年防衛協定の改正・補足
協定は,1951年4月27日に米国とデンマークの間で結ばれたグリーンランド防衛協定と,その後の改正・補足協定(附属書1に列挙された1968年の交換公文,1991年の了解覚書,2004年のイガリク協定等)を合わせた「防衛取決め(Defense Arrangements)」を改正し,補足するものである。
前文は,グリーンランドの独立の手続が2009年6月12日のグリーンランド自治法(Act no. 473)21条に定められていることに触れている。
また,米国による「ゴールデン・ドーム」防衛システムの設置を含め,北大西洋条約地域,グリーンランド及び米州大陸を防衛するために必要な範囲で米国がグリーンランドの領域へ軍事的にアクセスすることについての共通の利益を確認している。
2 発効要件
協定は,デンマーク王国がグリーンランドとともに必要な議会の手続を完了したことを米国に通知する外交上の公文の日に効力を生ずる(XII条)。
署名日に発効したのではない。
基準日の時点で,デンマーク議会とグリーンランド議会の手続が完了したことは確認できていない。
協定は英語,デンマーク語及びグリーンランド語で作成され,各版の間に曖昧さ又は抵触があるときは英語版が優先する。
第3 主な条項
1 防衛区域(IV条)
IV条は,①米国がピトゥフィク宇宙基地での活動を近代化し拡張すること,②三者が相互に合意する方式と技術的詳細に従って,ナルサスアークとメスタースヴィークに防衛区域を設けること,③更に防衛区域を設け,軍事活動又は施設を強化することを認めている。
新たな防衛区域は,いずれの当事者も提案でき,1991年の了解覚書で設けられた常設委員会で協議して合意により実施の詳細を決める。
常設委員会で90日以内に合意できないときは,次官級,閣僚級へと協議を引き上げる。
防衛区域の設置・維持等に関する商業的な契約は,能力と実現可能性を考慮しつつ,可能な限りグリーンランドの事業者に発注することとされている。
2 無人軍事施設(V条)
防衛区域の外に無人の軍事施設を設ける米国の要請については,デンマークとグリーンランドが迅速化された政府の承認手続で審査する。
3 移動,上空通過,着陸及び海中アクセス(VI条)
米国の公船・航空機・軍隊・車両は,防衛区域の間を陸海空で自由に移動できる。
米国の航空機は,三者が別に合意した場合を除き制限なく,領海を含むグリーンランドのあらゆる領域の上空を飛行し,着陸することができ,米国の公船は,領海内で海中アクセスと移動をすることができる。
これらの権利は,狩猟,漁労その他の伝統的・文化的な活動を含むグリーンランドの社会と生活様式を可能な限り尊重する形で行使しなければならない。
4 防衛区域周辺の土地利用と防諜(VII条)
防衛区域の周辺の土地は,防衛区域の安全を脅かす方法で使用してはならない。
米国は,防衛区域の周辺での建物・施設の建設又は用途の変更が防衛区域を脅かす場合に懸念を示す権利を持ち,その通知があれば三者で必要な措置を決める。
三者は,グリーンランドでの諜報活動の防止にも協力する。
日本の重要土地等調査法が重要施設の周辺の土地利用を調査・規制しているのと似た問題意識の条項である。
5 第三国の軍事施設の禁止(IX条)
NATOの加盟国でない国は,三者が別に合意しない限り,グリーンランドに有人・無人の軍事施設を設けることも,軍隊を常駐させることもできない。
第4 投資審査条項(X条)の読み方
1 規制の対象と内容
X条は,敵対者がグリーンランドで影響力と支配を広げようとする動きが国の安全と公の秩序に脅威を与えていることを理由に,NATOの加盟国,NATOのパートナー又はEUの加盟国のいずれでもない国,及びそのような国の投資家は,グリーンランドの領域(領海を含む。)の「特に機微な分野又は活動」において,①支配(control),②重大な影響力(significant influence),又は③国の安全若しくは公の秩序への脅威となり得る非公開情報へのアクセス(access to non-public information)を持つことを認められないと定めている。
「特に機微な分野又は活動」は,「特に機微であると判断された分野又は活動であって,重要インフラ及び資源の採掘を含むが,これらに限られないもの」と定義されている(III条)。
報道では,通信,海底ケーブル,港湾及び重要鉱物が対象の例として挙げられていたが,協定の本文に列挙されているのは「重要インフラ」と「資源の採掘」だけであり,それ以外の分野がどこまで含まれるかは,今後の判断に委ねられている。
2 例外は三者の合意による
規制の例外は,その国又は投資家の活動が国の安全又は公の秩序への脅威とならないことについて三者が合意した場合に限られる。
グリーンランドとデンマークが認めても,米国が合意しなければ例外にならない。
規制を執行するのはグリーンランドであるが,例外を認めるかどうかについては米国も同意権を持つことになる。
3 執行はグリーンランドの投資審査法令による
X条の目的は,グリーンランドが,デンマーク当局と緊密に協力しつつ,現在又は将来の投資審査法令を適用することで確保される。
デンマーク当局は,米国当局その他のパートナーと緊密に協議し,その具体的な方式は関係当局が決める。
デンマークの法律事務所 Gorrissen Federspiel の解説(2026年9月23日)は,グリーンランドには現在,外国直接投資の審査制度がなく,検討されていた法案は2026年春に撤回されたとしている。
これによれば,X条を実際に執行するには,グリーンランドの新たな立法が必要になる。
第5 日本企業への影響
1 日本は「NATOのパートナー」に当たると考えられること
NATOは,個別に協力する「グローバル・パートナー(partners across the globe)」の一つとして日本を挙げている。
このため,日本と日本の投資家は,X条の「NATOのパートナー」に当たり,規制の対象外になると考えられる。
もっとも,協定は「NATOのパートナー」を定義していない。
NATOのグローバル・パートナーには日本,豪州,韓国,ニュージーランドのほか,アフガニスタン,イラク,パキスタン,モンゴル等も挙げられており,範囲は広い。
この語の解釈が争われる可能性や,将来のグリーンランドの法令で範囲が絞られる可能性は残る(本記事の推論である。)。
2 確認すべき事項
日本企業がグリーンランドの鉱山開発,港湾,通信その他のインフラ案件に出資し,又は共同事業者となる場合は,次の点を確認する必要がある。
① 自社と共同出資者の国籍だけでなく,最終的な支配者(実質的支配者)の国籍。共同出資者や資金の出し手にNATO・EU・NATOパートナー以外の国の投資家が含まれると,その者の「重大な影響力」や「非公開情報へのアクセス」が問題になり得る。
② 案件が「重要インフラ」又は「資源の採掘」に当たるか,それ以外でも「特に機微な分野又は活動」と判断され得るか。
③ グリーンランドの投資審査法令の制定状況と,その手続(事前届出の要否,審査期間)。
④ 協定の発効の有無。
日本国内では,外国投資家による一定の対内直接投資等について,外為法27条の事前届出・審査・勧告・命令の仕組みがある。
グリーンランドの協定は,投資受入国が,投資審査の例外について他国(米国)の同意を必要とする点で,日本の外為法とは構造が異なる。
第6 主権・自決権と各政府の説明
協定の前文は,デンマーク王国の主権と領土の一体性を再確認し,グリーンランドの人々が国際法上の自決権を持つ人民であることを認めている。
報道によれば,デンマーク側は,領土の主権は譲れない一線であったとし,フレデリクセン首相は協定を「永遠に続き得る合意」と,グリーンランドのニールセン首相は三者全てにとっての利益と評価した。
一方,トランプ大統領は,署名前にソーシャルメディアで,米国がグリーンランドで必要なことを行う完全な能力を「永久に(FOREVER)」持つことを保証したと投稿したと報じられている。
協定の構造からみると,この二つの説明は必ずしも矛盾しない。
所有権(主権)はデンマーク王国に残る一方,米国は,防衛区域の設置と移動の自由,第三国の軍事施設の排除,機微な分野への投資の例外についての同意権を,期限のない協定によって確保したからである(本記事の見方である。)。
第7 期限のない協定と独立の場合(XI条)
XI条は,協定に期限がなく,1951年防衛協定のXIII条に従った相互の合意によってのみ改正できると定めている。
報道によれば,1951年協定は北大西洋条約の存続期間に結び付けられていたが,新しい協定は期限を設けていない。
グリーンランドが自決権を行使して独立する場合には,デンマーク政府とグリーンランド政府は,独立したグリーンランド国家が,①NATOにとどまることに同意し(必要なら加盟を申請し),②独立の日から,この協定に定めるデンマーク王国の全ての権利義務(実施のための協定・取決めと防衛取決めを含む。)を積極的に引き受けることを,共同で確保するとされている。
将来の独立国家の対外的な選択を,現時点の協定で先取りして拘束しようとする条項であり,独立の際にどこまで法的な効果を持つかは,議論の余地がある(本記事の推論である。)。
第8 似た仕組み―クック諸島とニュージーランドの防衛安全保障宣言
同じように,領土を取得せずに要所についての発言権を確保する取決めとして,2026年4月1日にラロトンガで署名された,クック諸島政府とニュージーランド政府の「防衛及び安全保障に関する宣言」がある。
同宣言の14項は,クック諸島が,海上保安,防衛,警察支援,人道支援・災害救援,国境管理,サイバーセキュリティ,並びに港湾・空港,銀行,エネルギー及び通信(衛星とインターネット接続を含む。)に関する重要インフラについて,防衛・安全保障上の支援を求めるときは,まずニュージーランドに求めると定めている。
15項は,両者が,この宣言の原則と約束を守る能力を損なう第三者との活動,合意又は取決めを結ばないと定めている。
報道によれば,ニュージーランドは,クック諸島の首相が2025年2月に中国を訪問して包括的戦略パートナーシップに署名した際に十分な協議がなかったことを理由に予算支援を停止しており,この宣言の署名を受けて2980万NZドルの支援を再開した。
同じ報道は,宣言は法的拘束力のないものであり,両国の憲法上の関係を変えるものではないとしている。
グリーンランドの協定が投資の例外について米国の同意を必要とするのに対し,クック諸島の宣言は,支援の要請先をニュージーランドに優先させる形をとっている。
いずれも,相手の領土や企業を所有せずに,港湾・通信・資源といった要所に第三国が入ることを抑える仕組みである。
第9 関連記事と今後の検討
1 関連記事
会社法上の黄金株(拒否権付種類株式)の仕組みと,INPEX及びUSスチールの実例は,黄金株(拒否権付種類株式)の仕組みと実例―会社法108条1項8号・323条,INPEXの甲種類株式,USスチールの黄金株及び外為法の投資審査で扱っている。
国際条約の一般的な効力の問題としては,不戦条約の内容,成立経緯及び現在の全締約国も参照されたい。
2 別の機会に掘り下げる点
① デンマーク議会・グリーンランド議会での承認手続の結果と,協定の発効日
② グリーンランドの投資審査法令の立法の動向と,「特に機微な分野又は活動」の具体的な範囲
③ 「NATOのパートナー」の解釈(グローバル・パートナーのほか,平和のためのパートナーシップ等の参加国が含まれるか)
④ XI条の独立時の承継条項の国際法上の効力(条約の国家承継に関するウィーン条約との関係を含む。)
⑤ 防衛区域の周辺の土地利用制限(VII条)と,日本の重要土地等調査法との詳しい比較
⑥ クック諸島の宣言の法的拘束力(報道は拘束力がないとするが,両政府の公式説明は確認していない。)
第10 出典
1 協定・宣言の本文
①The White House「Agreement between the Government of the United States of America and the Government of the Kingdom of Denmark together with the Government of Greenland」(2026年9月22日)
②Government of the Cook Islands and Government of New Zealand「Declaration on Defence and Security」(2026年4月1日)
2 法令
①外国為替及び外国貿易法27条(e-Gov法令検索,令和8年10月4日時点で施行中のもの)
3 NATO・解説
①NATO「Relations with partners across the globe」
②Gorrissen Federspiel「The Greenland Deal – Opportunities in a Changing Landscape」(2026年9月23日)
4 報道
①Al Jazeera「Trump signs ‘tremendous’ Arctic security deal with Denmark, Greenland」(2026年9月22日)
②ABC News「Trump signs security agreement with Greenland and Denmark, but isn’t ‘complete’ change」(2026年9月22日)
③Cook Islands News「Cook Islands and New Zealand sign defence and security pact, $29.8m funding resumes」(2026年4月1日)