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公正証書遺言の「口授」とは―要件・判例・無効訴訟の実務(AIリライト)

公正証書遺言の「口授」とは,遺言者が遺言の趣旨を公証人に口頭で伝えることです。本記事は,令和7年10月1日施行後の作成手続を前提に,口授の要件,有効・無効を分ける裁判例を整理します。旧法下の判例・文献を引用する箇所では,現行手続との違いを区別して説明します。

第1 公正証書遺言の作成手順の骨子

1 令和7年10月1日施行の改正後,民法969条1項が公正証書遺言に固有の方式として定めているのは,①証人2人以上の立会いがあること,及び②遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授することです。同条2項により,その後の公正証書の作成手続は公証人法の定めるところによります。現在は,原則として電磁的記録により原本を作成し,公証人がこれを遺言者及び証人に読み聞かせ,又は閲覧させて,記録の正確なことの承認を得た上,遺言者及び証人が電子サインをし,公証人が電子サイン及び電子署名をします。電磁的記録で作成することが困難な事情がある場合には,書面で作成します(民法969条1項及び2項公証人法36条及び40条)。
2 口授(くじゅ)とは,「口頭で伝える」という意味です。

第2 法務省民事局編纂の書籍及び日本公証人連合会HPにおける「口授」の説明

1 法務省民事局編纂の書籍における「口授」の説明
・ 法務省民事局が編纂した公証人法関係解説・先例集(昭和61年6月10日発行)88頁には「遺言者が遺言の趣旨を口授すること。」に関して以下の記載があります。
     この要件を必要とした理由は、遺言者をして他人から何らの制肘を受けることなく、全くの自由意思に基いて遺言の趣旨を発表するのに最適の方法と認めたからに外ならない。したがつて、若し遺言者の意思発表方法に口授に準ずる自由な方法があれば、これによつても差つかえない。例えば、遺言者が疾病その他の事由によつて発声が困難である場合に、予め遺言の趣旨を私署証書としてしたため、これを公証人の面前に提出して遺言の趣旨は提出の書面記載の通りであると陳述した場合の如きがこれである。
2 日本公証人連合会HPにおける「口授」の説明
・ 日本公証人連合会HPの「Q4.公正証書遺言は、どのような手順で作成するのですか。」は,遺言当日の手続について,遺言者本人が,証人2名の前で,遺言の内容を改めて公証人に口頭で告げ,公証人が,それが判断能力を有する遺言者の真意であることを確認すると説明しています。その上で,公証人は,あらかじめ準備した遺言公正証書の原本を遺言者及び証人に読み聞かせ,又は閲覧させ,内容の正確なことの承認を得ます。現在は,遺言者及び証人が電磁的記録である原本に電子サインをし,公証人が電子サイン及び電子署名をすることによって完成します。また,遺言者が自らの真意を任意に述べられるように,利害関係人には席を外してもらう運用が行われています。
・ 日本公証人連合会が編纂した「新訂 公証人法」につき,公正証書遺言の口授については以下の記載しかありません(同書92頁及び93頁)。
(1) 代理人による嘱託手続
 公正証書の作成の嘱託は代理人によってもすることができる(法31条、32条)。ただし、遺言公正証書の作成については代理嘱託が許されない。公証人は民法969条、同条の2所定の方式に従い遺言者本人の口授等を直接受けて作成しなければならないからである。

第3 公正証書遺言の「口授」につき,有効とされた限界事例及び無効とされた事例

1 有効とされた限界事例
① 最高裁昭和54年7月5日判決の裁判要旨
  「公証人が右筆記を項目ごとに区切つて読み聞かせたのに対し、そのとおりである旨述べ、時にうなずくたけで声に出さない場合にはその都度公証人に注意されて声に出して前記のように応答したのであつて、その間公証人といろいろ問答し、金員を遺贈する者の名を挙げ『◯◯◯(山中注:当事者の名前)を頼むよ』と述べ、数字の部分については公証人に促がされて声に出して述べる等し、最後に公証人が前記筆記を通読したのに対し大きくうなずいて承認の上、疲労のため自署はできなかつたが、公証人に助けられて自ら前記筆記に捺印し、公証人は右筆記を原本として本件公正証書を作成した」事案(原審判決理由からの抜粋です。)につき,公正証書による遺言が口授の要件を欠くとはいえない。
② 東京高裁平成15年12月17日判決(判例秘書に掲載)の裁判要旨
  公証人が,遺言者から公正証書の作成の嘱託を受け,あらかじめ弁護士が遺言者から聴取した遺言内容に従って準備した遺言書文案を遺言者に交付し,これを各項目ごとに読み聞かせ,その内容が遺言者の意思に合致することの確認を得ることにより,遺言者から公正証書遺言の趣旨の口授を受け,遺言者がその遺言内容の正確なことを承認したうえ,署名捺印した場合,公正証書による遺言の方式に違反しない。
→ ②の判決に関する最高裁平成16年6月8日決定(判例秘書に掲載)は,上告棄却・上告不受理として東京高裁平成15年12月17日判決を維持しました。
③ 東京地裁平成17年11月28日判決(担当裁判官は35期の安浪亮介
。判例秘書に掲載)の裁判要旨
  公証人が,公正証書遺言の案に基づき,各条項を逐一読み上げ,その都度,亡Aから確認の返答を得るとともに,あらためて筆記内容を読み聞かせてその署名捺印を得た後,証人の各署名押印を得て,本件公正証書遺言を作成した場合,「口授」及び「筆記」の点に欠けるところがあるとはいえない。
→ ③の判決の事案では,平成14年11月18日に胃癌の手術を受け,胃の全摘のほか,膵臓,肝臓,小腸等を切除し,いったん退院した後,平成15年3月24日に再入院したが,同年5月初旬当時,鎮静のために塩酸モルヒネの投与等を受け続け,傾眠傾向が強く,体力低下のためにトイレへの歩行等も困難であった亡Aは,同月12日午後6時頃に病室に赴いた公証人に対し,ベッドの上で仰向きに寝ている状態で口授し,同月13日午後0時38分に死亡しました。
→ 35期の安浪亮介裁判官は,令和3年7月16日に最高裁判事に就任しました。
2 無効とされた事例
①  最高裁昭和51年1月16日判決の判例要旨
  遺言者が、公正証書によつて遺言をするにあたり、公証人の質問に対し言語をもつて陳述することなく単に肯定又は否定の挙動を示したにすぎないときには、民法969条2号にいう口授があつたものとはいえず、このことは遺言事項が子の認知に関するものであつても異ならない。
→ ①の判決の原審である仙台高裁昭和50年6月11日判決(判例秘書に掲載)には,(a)事案の説明として「甲は、公証人が病室にきた頃、前記認定のように、切迫昏睡の状態にあって判断力はひどく低下しており、その応答-言葉による場合でも、うなずくという動作による場合でも-は信用をおけない状態であった。したがって、公証人の質問に対し、甲はうなずくという肯定の趣旨の反応を示したけれども、質問の趣旨を理解した上でうなずいたのかどうか甚だ疑わしいといわなければならない。もっとも、仮に質問の趣旨を理解した上でうなずいたとしても、うなずいただけで一言もいわなかったのであるから、遺言者の口述がないことに変わりはない。」と書いてありますし,(b)同判決の事案においては,遺言者である甲は署名できず,昭和46年6月15日午後8時半頃に病室で公正証書遺言をし,その翌日の午後3時頃に死亡しました。
② 大阪高裁平成26年11月28日判決(判例秘書に掲載)の判例要旨
  遺言公正証書につき、(a)公証人が、事前には、遺言者の長男から示された遺言の案が遺言者の意思に合致しているのかを直接確認したことはないこと、(b)遺言当日も、公証人が、あらかじめ作成していた遺言公正証書の案を、病室で横になっていた遺言者の顔前にかざすようにして見せながら、項目ごとにその要旨を説明し、それでよいかどうかの確認を求めたのに対し、遺言者は、うなずいたり、「はい」と返事をしたのみで、遺言の内容に関することは一言も発していないこと、(c)遺言の内容が、評価額合計が数億円にも及ぶ多額かつ多数、多様な保有資産を推定相続人全員に分けて相続させることを主な内容とするものであること、(d)これを遺言者の意図どおりに実現するためには、自らの保有資産の種類や数、評価額の概略や相続人らが受けた生前贈与などの遺留分に関わる事情をも把握する必要があること、(e)遺言当時、遺言者は、多発性脳梗塞等の既往症があり、認知症と診断されたこともあり、記憶力や特に計算能力の低下が目立ち始めていたことなどといった事実関係の下では、「口授」があったということはできない。
③ 東京高裁平成27年8月27日判決(判例秘書に掲載)の判例要旨

  民法969条2号所定の「遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること」とは,遺言者自らが、自分の言葉で,公証人に対し,遺言者の財産を誰に対してどのように処分するのかを語ることを意味するのであり,用語,言葉遣いは別として,遺言者が上記の点に関し自ら発した言葉自体により,これを聞いた公証人のみならず,立ち会っている証人もが,いずれもその言葉で遺言者の遺言の趣旨を理解することができるものであることを要するのであって,遺言者が公証人に自分の言葉で遺言者の財産を誰に対してどのように処分するのかを語らずに,公証人の質問に対する肯定的な言辞,挙動をしても,これをもって,遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授したということはできない。
→ ③の判決は,「亡花子は、平成二一年一二月二四日、世田谷公証役場において本件公証人に対し、「春子に全部。」と述べ、冬子から「五人いるのよ、それでいいの?」と尋ねられると、「梅夫にも。」と述べたが、それ以上は遺言内容について何も語らず、平成二二年一月七日、世田谷公証役場において、本件公証人から「これでいいですか。」と尋ねられて、頷いたが、遺言内容について何ら具体的に発言することはなく、亡花子が本件公正証書に記載されている遺言の内容を本件公証人及び証人に語ることはなかった」という事案に関するものです。

3 肯定・否定事例を区別する実務上の視点
(1) 「はい」,「そのとおりです」といった応答があったかどうかだけで,口授の有無が決まるわけではありません。発語を伴わない身振りだけであった事案では口授が否定されています(最高裁昭和51年1月16日判決・裁判集民事117号1頁)。他方,公証人から注意を受けて声に出して応答し,公証人との問答の中で受遺者名や金額を自ら述べた事案では,原審の口授肯定判断が維持されています(最高裁昭和54年7月5日判決・裁判集民事127号161頁)。
(2) したがって,裁判では,①質問が答えを含む誘導質問であったか,②遺言者が受遺者,相続させる財産又は割合を自分の言葉で述べたか,③発言が一語にとどまらず,遺言内容を理解したことを示す具体性を備えていたか,④証人2名がその発言を実際に聞いたか,⑤案文作成者,受益者その他の利害関係人が回答に介入しなかったか,⑥読み聞かせ又は閲覧から承認,電子サインまでの経過が連続しているか,を時系列に沿って主張立証する必要があります。
(3) 作成実務では,「この案でよいですか」とだけ尋ねるのではなく,「誰に,どの財産を,どのような割合で取得させたいですか」,「そのように決めた理由は何ですか」などの開かれた質問をし,質問と回答,出席者及び中断の有無を記録しておくことが,後日の反論に備える上で有用です。

第4 公正証書遺言の「口授」に関する大審院判例

1 遺贈物件の表示も,遺言の趣旨の一部として口授する必要があります。もっとも,遺言者が遺言の趣旨を口授し,対象物件を特定できる程度に明らかにした場合には,物件の所在,地番その他の細目について覚書の朗読を省略し,その覚書を公証人に交付して詳細な記載を委嘱しても,口授を欠くことにはなりません(大審院大正8年7月8日判決・民録25輯1287頁)。したがって,覚書を提出するだけで口授の全部を省略できるという判決ではありません。
2 「口授」の筆記として,公証人が筆生(文字を書き写すことを役目とする人)に機械的に執筆させることは差し支えありません(大審院大正11年7月14日判決(判例秘書に掲載))。
3(1) 大審院昭和6年11月27日判決(判例秘書に掲載)は,公証人が他人から遺言の趣旨を聴取してまず書面を作り,ついで遺言の口授を受け,その趣旨が筆記と同一である場合において,口授があったと認めました。
(2) 大審院昭和9年7月10日判決(判例秘書に掲載)は,公証人があらかじめ遺言書の内容を記した書面の交付を受けて,その書面に基づいて公正証書作成の準備としてその筆記を作成しておき,ついで遺言者に面接し、同人から遺言の趣旨はさきに交付しておいた書面のとおりとの陳述を受けた場合について,口授があったと認めました。
(3) 最高裁昭和51年1月16日判決に関する金融法務事情781号28頁では,大審院昭和6年11月27日判決については遺言の内容が明確であり,口授もあるから,学説も賛成しているのに対し,大審院昭和9年7月10日判決については,多くの学説が反対していると書いてあるものの,最高裁昭和43年12月20日判決は,両方の大審院判例を先例として引用しています。

第5 公正証書遺言の「口授」の内容に関する裁判例の傾向

1(1) 「遺言無効確認請求事件の研究(上)」(筆者は56期の石田明彦裁判官他9名)には,民法969条2号の「口授」に関して以下の記載があります(判例タイムズ1194号(2006年1月15日号)53頁(①の記載),54頁(②の記載)及び55頁(③の記載))。
① 2号は,遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授することを要件としている。この口授の不存在が無効原因として主張された8件の裁判例は,いずれも遺言無能力とともに主張されている。これは,無効を主張する側の相続人は公正証書遺言の作成にはかかわっておらず,作成時の状況が不明であること,遺言能力がない遺言者には口授は困難と考えられることが原因と考えられる。一方,遺言無能力のみが主張され,口授の不存在が主張されなかった裁判例も5件あった。
 8件中7件で口授の存否について判断されているが,口授の不存在は認定されていない。なお,裁判例8については遺言能力を欠くと認められ,口授の存否については判断されなかった。
② 裁判例では,遺言者の意思を確認するために口授を要求した同条2号の趣旨にかんがみて,遺言者の真意が当該遺言に反映されていると認められることを前提に,口授該当性を必ずしも形式のみにとらわれず,比較的緩やかに判断しているように思われる。
③ 公正証書遺言の方式違背について主張された裁判例は少なくないが,方式違背を理由に遺言無効が認められた裁判例は,立会証人が証人適格を欠いていたとする裁判例38のみであった。公正証書遺言が,証書作成を職務として行い,職務上の義務に違反した場合には懲戒に付され(公証人法79条),当事者と利害関係を有しない(同法22条1号)公証人によって作成されることが,この結果につながっているものと考えられる。もっとも,遺言能力を欠くと判断された裁判例(裁判例8,33)においては,口授に該当しないとの趣旨の事実認定がされている。

(2) 「遺言無効確認請求事件の研究(上)」は,平成7年以降大阪地裁民事部が受理した63件の遺言無効確認請求事件(うち1件は遺言有効確認請求事件)を検索し,判決に至った合計40件の裁判例を検討したものであります(判例タイムズ1194号(2006年1月15日号)44頁)ところ,当該論文で検討対象となった裁判例は平成17年までと思います。
2 柳川俊一・昭43最判解説(民)972頁[106]」には「遺言者の口授が要求される理由は遺言者の真意を確保する適切な手段であるという点にあるから,遺言の際の前後の状況や遺言の場所などを考慮に入れた上で遺言者の口述から遺言の骨子を捕捉できれば,その口述をもって口授があったとみてよいと解される。」と書いてあります(「遺言無効確認請求事件を巡る諸問題」(筆者は36期の畠山稔裁判官他6名)判例タイムズ1380号(2012年12月1日号)19頁でも引用されています。)。
3 最高裁昭和54年7月5日判決を原審判決理由と一緒に掲載している判例タイムズ399号140頁には,判例における「口授」の要件の判断傾向として以下の記載があります。
 おおまかな傾向としては、遺言の全趣旨を一言一句ごとに口頭で述べる必要はなく、遺言者みずから若しくは第三者作成の原稿に基づいてある程度概括的な陳述をした場合でも有効であるが、ただ、遺言者が言語をもつて答述することなく単に挙動をもつて肯首したにすぎない場合には、「口授」の要件を欠き無効である、としているといつてよいかと思われる。
4 大阪高裁平成26年11月28日判決の判例評釈である判例タイムズ1411号(2015年6月号)93頁には以下の記載があります。
 これらの裁判例からは,おおむね,①遺言者が筆記書面作成過程に関与していることが証拠上明らかになっていること,②遺言者の判断能力が遺言時に著しく低下していないこと(遺言の内容が,遺言時の遺言者にとって当否の判断が困難なほど複雑なものとなっていないかが検討される。),③遺言者が公証人に対して単に筆記書面の記載内容を肯定する旨を述べるのではなく,自分なりの表現でその骨子を述べたり,筆記書面を修正・補充する具体的指示をしていること,といった事柄が,口授があったとする上で重要な要素であることがうかがわれる。

第6 公正証書遺言の「口授」と「口述の筆記」の前後は問わないこと

1 公証人が,あらかじめ他人から聴取した遺言の内容を筆記し,公正証書用紙に清書したうえ,その内容を遺言者に読み聞かせたところ,遺言者が右遺言の内容と同趣旨を口授し,これを承認して右書面にみずから署名押印したときは,公正証書による遺言の方式に違反しません(最高裁昭和43年12月20日判決・民集22巻13号3017頁。なお,先例として,大審院昭和6年11月27日判決及び大審院昭和9年7月10日判決参照)。この判決は,口授と,公証人による筆記及び読み聞かせの順序が前後したにすぎず,遺言者の真意と筆記の正確性が確保された事案について,判決当時の民法969条に違反しないとしたものです。
2 最高裁昭和43年12月20日判決の原審である東京高裁昭和42年12月19日判決によれば,当該判決の事案は,
 公証人が妾から聴取した遺言の内容を筆記し,遺言者宅へ赴き,遺言者及び立会証人両名の面前で遺言の内容を読み聞かせたところ,遺言者は「この土地と家は皆の者に分けてやりたかった」という趣旨を述べ,その書面に自ら署名,押印し,「これでよかったね」と述べた,というものでした。

第7 危急時遺言(民法976条)の「口授」との関係

1  いわゆる危急時遺言に当たり,立ち会った証人の一人があらかじめ作成された草案を一項目ずつ読み上げ,遺言者が,その都度うなずきながら「はい」などと返答し,最後に右証人から念を押され了承する旨を述べたなどといった事実関係の下においては,民法976条1項にいう遺言の趣旨の口授があったものということができます(最高裁平成11年9月14日判決)。
2 いわゆる危急時遺言において,筆記者である証人が筆記内容を清書した書面に遺言者の現在しない場所で署名捺印をし,他の証人二名の署名を得たうえ,全証人の立会いのもとに遺言者に読み聞かせ,その後,遺言者の現在しない,遺言執行者に指定された者の法律事務所で右証人二名が捺印をし,もって全証人の署名捺印が完成した場合であっても,その署名捺印が,筆記内容に改変を加えた疑いを挾む余地のない事情のもとに遺言書作成の一連の過程に従って遅滞なくなされたものであるときは,その署名捺印は民法976条の方式に則ったものとして,遺言の効力が認められます(最高裁昭和47年3月17日判決)。
3(1) 家庭裁判所による危急時遺言の確認(民法976条5項)はその遺言の有効性を確定するものではありません(大審院昭和4年6月4日判決(判例秘書に掲載))。
(2) 家庭裁判所が危急時遺言の確認をするに当たっては,当該遺言が遺言者の真意に出たものであるとの心証を得る必要があるところ(民法976条5項),この確認には既判力がなく,他方でこの確認を得なければ当該遺言は効力を生じないことに確定してしまうことからすると,遺言者の真意につき家庭裁判所が得るべき心証の程度については,確信の程度にまで及ぶ必要はなく,当該遺言が一応遺言者の真意に適うと判断される程度のもので足りると解されています(東京高裁令和2年6月26日決定(判例秘書に掲載))。
4 東京高裁令和6年8月29日判決(判例タイムズ2025年4月号)は,いわゆる危急時遺言について,民法976条1項所定の口授,筆記,読み聞かせ等の事実が認められないとして,遺言の無効を確認した事例です。

第8 公証人の法的義務に関する最高裁判例

・ 最高裁平成9年9月4日判決は以下の判示をしています(改行及びナンバリングを追加しています。)。
① 公証人法(以下「法」という。)は、公証人は法令に違反した事項、無効の法律行為及び無能力により取り消すことのできる法律行為について公正証書を作成することはできない(二六条)としており、公証人が公正証書の作成の嘱託を受けた場合における審査の対象は、嘱託手続の適法性にとどまるものではなく、公正証書に記載されるべき法律行為等の内容の適法性についても及ぶものと解せられる。
 しかし、他方、法は、公証人は正当な理由がなければ嘱託を拒むことができない(同法三条)とする反面、公証人に事実調査のための権能を付与する規定も、関係人に公証人の事実調査に協力すべきことを義務付ける規定も置くことなく、公証人法施行規則(昭和二四年法務府令第九号)において、公証人は、法律行為につき証書を作成し、又は認証を与える場合に、その法律行為が有効であるかどうか、当事者が相当の考慮をしたかどうか又はその法律行為をする能力があるかどうかについて疑いがあるときは、関係人に注意をし、かつ、その者に必要な説明をさせなければならない(一三条一項)と規定するにとどめており、このような法の構造にかんがみると、法は、原則的には、公証人に対し、嘱託された法律行為の適法性などを積極的に調査することを要請するものではなく、その職務執行に当たり、具体的疑いが生じた場合にのみ調査義務を課しているものと解するのが相当である。
② したがって、公証人は、公正証書を作成するに当たり、聴取した陳述(書面による陳述の場合はその書面の記載)によって知り得た事実など自ら実際に経験した事実及び当該嘱託と関連する過去の職務執行の過程において実際に経験した事実を資料として審査をすれば足り、その結果、法律行為の法令違反、無効及び無能力による取消し等の事由が存在することについて具体的な疑いが生じた場合に限って嘱託人などの関係人に対して必要な説明を促すなどの調査をすべきものであって、そのような具体的な疑いがない場合についてまで関係人に説明を求めるなどの積極的な調査をすべき義務を負うものではないと解するのが相当である。
・ 判決引用中の公証人法施行規則13条1項は判決当時の条番号です。同じ趣旨の規定は,現在,公証人法施行規則21条1項に置かれています。判決文の引用自体は改変せず,現在の公証実務を説明する場合には現行21条を参照する必要があります。

第9 弁論の更新等の方法

1 民事事件の場合

(1) 転勤等により裁判官が交代した場合,当事者は,従前の口頭弁論の結果を陳述しなければならない(民事訴訟法249条2項)ところ,実務上は「従前の口頭弁論のとおり陳述します。」などと述べる程度です(新民事訴訟法における書記官事務の研究(1)138頁)。
(2) 控訴審の場合,当事者は,第一審における口頭弁論の結果を陳述しなければならない(民事訴訟法296条2項)ところ,実務上は「原判決記載のとおり口頭弁論の結果を陳述します。」などと述べる程度です。
2 刑事事件の場合
(1) 検察官又は弁護人が証拠書類の取調べを請求する場合,刑事訴訟法305条1項本文からすれば,これを朗読する必要があるものの,実務上は刑事訴訟規則203条の2に基づき要旨の告知をするだけですし,要旨の告知として立証趣旨を告げるだけであることも珍しくありません。
(2) 転勤等により裁判官が交代した場合,公判手続の更新をしなければならない(刑事訴訟法315条の2)ところ,その中身としては,①検察官による起訴状の要旨の陳述,②被告人及び弁護人の罪状認否,③証拠書類又は証拠物の取調べ,並びに④取り調べた証拠についての訴訟関係人の意見及び弁解の聴取となっています(刑事訴訟規則213条の2)。
 ただし,実務上はかなり簡略化されています(刑事弁護専門サイトの「公判手続の更新」参照)。

第10 関連記事その他

本記事から分割した関連論点は,以下の各記事で詳しく説明しています。

1 公正証書遺言の効力が争われる代表的な理由は,①遺言能力を欠くこと及び②口授を欠くことですが,これらに限られません。証人の欠格又は必要な立会いの欠如,読み聞かせ又は閲覧及び承認の欠如,遺言者本人の電子サインその他の方式上必要な措置の欠如なども問題となり得ます。公正証書であることは,方式不備や遺言能力をめぐる紛争の危険を大きく低減しますが,有効性を絶対に保証するものではありません。
また,案文を読み上げた上で遺言者が「そのとおりです」と答えたことは,それだけで常に口授となるものではありません。第3の3記載のとおり,質問の誘導性,本人固有の発語,証人が確認した範囲及び手続全体を検討する必要があります。
2 公証人が保証意思宣明公正証書を作成する場合,保証人になろうとする者は,公証人に対し,主たる債務の内容など法定された事項を述べる(口授する)ことによって,保証意思を宣明する必要があります(民法465条の6第2項1号)。
3 法務局又は地方法務局の長は,少なくとも毎年1回,所属する公証人が保存する情報又は書類の検閲及び執務状況の調査を行い,又は法務事務官に行わせ,その結果を法務大臣に報告しなければなりません(公証人法77条及び公証人法施行規則82条)。これは,裁判所における書記官事務等の査察に対応するものと思います。
4(1) 日本公証人連合会HPの「公証人倫理について」「公証人倫理要綱」(平成19年5月12日定時総会決議)が載っています。
(2) 東弁リブラ2023年1・2月合併号「死後事務委任の基本と実務-増加する需要に応えるために-」が載っています。
5  弁護士法25条1号に違背する行為に基いて作成された公正証書は無効です(最高裁昭和32年12月24日判決)。
6(1) 現在,公正証書又はその附属書類の閲覧は公証人法42条1項により,公正証書の謄本に相当する書面又は電磁的記録の交付又は提供は同法43条1項により,それぞれ嘱託人,その承継人又は利害関係を有する第三者が請求できます。利害関係を有する第三者に該当するかどうかは,個別的に判断されます。なお,「公証人法第44条第1項及び同法第61条第1項に関する疑義について」(昭和36年5月8日付の法務省民事局長の回答)は,令和7年9月30日までの旧公証人法の条番号を前提とするものです(公証人法関係 解説・先例集(三訂版)先例編(平成18年3月の法務省民事局の文書)809頁及び810頁参照)。
(2) 利害関係人は,公証人の事務取扱いに対し,法務局又は地方法務局の長に異議申立てができますし(公証人法78条1項),法務大臣に更に異議申立てができます(公証人法78条2項)。
7(1) 以下の資料を掲載しています。
・ 公証人法関係 解説・先例集(改訂版)法令解説編(昭和60年11月の法務省民事局の文書)
・ 公証人法関係 解説・先例集(三訂版)先例編(平成18年3月の法務省民事局の文書)・圧縮板
→ 圧縮していないものとして,1/32/33/3も掲載しています。
・ 相続による納税義務の承継マニュアル(令和3年7月の大阪国税局徴収部徴収課の文書)
(2) 以下の記事も参照してください。
・ 平成18年度以降の,公証人の任命状況
・ 公証人の任命状況(2019年5月1日以降)
→ 公証人への任命直前の,元裁判官,元検事等の経歴を記載したものです。
・ 家事事件に関する審判書
 50歳以上の裁判官の依願退官の情報
 法務・検察幹部名簿(平成24年4月以降)
 法務省作成の検事期別名簿