公正証書遺言の口授


目次
第1 公正証書遺言の作成手順の骨子
第2 法務省民事局編纂の書籍及び日本公証人連合会HPにおける「口授」の説明

1 法務省民事局編纂の書籍における「口授」の説明
2 日本公証人連合会HPにおける「口授」の説明
第3 公正証書遺言の「口授」につき,有効とされた限界事例及び無効とされた事例
1 有効とされた限界事例
2 無効とされた事例
第4 公正証書遺言の「口授」に関する大審院判例
第5 公正証書遺言の「口授」の内容に関する裁判例の傾向
第6 公正証書遺言の「口授」と「口述の筆記」の前後は問わないこと
第7 公正証書遺言の証人
1 総論
2 証人の欠格事由
3 証人の欠格事由者が立ち会った場合の取扱い
第8 公正証書遺言の「口授」への立会
第9 公正証書遺言の方式が民法で定められている理由
第10 病床にある高齢者が公正証書遺言をする場合の典型例
第10の2 公証人が独自に医師の意見書を取得する場合があること等

第11 公証人の証言
1 公証人の証言の信用性
2 公証人の証言拒絶権
3 問題なく作成された公正証書遺言の作成状況を公証人が覚えていないことは特に問題とならないこと
第12 遺言無効確認請求訴訟における公証人の補助参加
第13 危急時遺言(民法976条)の「口授」との関係
第14 遺言書の付言事項の意味と目的
第15 予備的遺言

第16 公正証書遺言の通数
第17 公正証書遺言の作成手数料
第18 公正証書遺言の原本の保存期間及び検索可能性
1 公正証書遺言の保存期間
2 公正証書遺言の検索可能性
第19 公証人の法的義務に関する最高裁判例
第20 遺言無効確認請求訴訟に関するメモ書き
1 公正証書遺言が有効であるという抗弁の記載例
2 必要的共同訴訟かどうか
3 遺言執行者の当事者適格
4 確認の利益
5 遺言無効確認請求事件の平均審理期間と併合事件
第21 公正証書遺言に関して裁判官が作成した判例タイムズ掲載の論文等
第22 形式不備を理由とする遺言無効と死因贈与
1 死因贈与が成立する場合
2 反訴請求の趣旨の記載例
3 死因贈与の執行者の選任
4 死因贈与と税金
5 金融機関に対し,死因贈与契約に基づく預貯金債権の取得は主張できないこと
第23 弁論の更新等の方法
1 民事事件の場合
2 刑事事件の場合
第24 遺言能力に関するメモ書き
第25 関連記事その他

第1 公正証書遺言の作成手順の骨子
1 公正証書遺言を作成する場合,①証人2人以上の立会があり,②遺言者が遺言の趣旨を口授し,③公証人が遺言者の口述を筆記し,これを遺言者及び証人に読み聞かせ,又は閲覧させ,④遺言者及び証人が署名押印をする必要があります(民法969条)。
2 口授(くじゅ)とは,「口頭で伝える」という意味です。

第2 法務省民事局編纂の書籍及び日本公証人連合会HPにおける「口授」の説明
1 法務省民事局編纂の書籍における「口授」の説明
・ 法務省民事局が編纂した公証人法関係解説・先例集(昭和61年6月10日発行)88頁には「遺言者が遺言の趣旨を口授すること。」に関して以下の記載があります。
     この要件を必要とした理由は、遺言者をして他人から何らの制肘を受けることなく、全くの自由意思に基いて遺言の趣旨を発表するのに最適の方法と認めたからに外ならない。したがつて、若し遺言者の意思発表方法に口授に準ずる自由な方法があれば、これによつても差つかえない。例えば、遺言者が疾病その他の事由によつて発声が困難である場合に、予め遺言の趣旨を私署証書としてしたため、これを公証人の面前に提出して遺言の趣旨は提出の書面記載の通りであると陳述した場合の如きがこれである。
2 日本公証人連合会HPにおける「口授」の説明
・ 日本公証人連合会HP「Q4.公正証書遺言は、どのような手順で作成するのですか。」には「5 遺言公正証書の作成当日」に関して以下の記載がありますところ,これによれば,「遺言者本人から、公証人と証人2名の前で、遺言の内容を改めて口頭で告げていただき、公証人は、それが判断能力を有する遺言者の真意であることを確認」することが「口授」ということになります。
     作成当日には、遺言者本人から、公証人と証人2名の前で、遺言の内容を改めて口頭で告げていただき、公証人は、それが判断能力を有する遺言者の真意であることを確認した上、前記4の確定した遺言公正証書の案に基づきあらかじめ準備した遺言公正証書の原本を、遺言者及び証人2名に読み聞かせ、又は閲覧させて、内容に間違いがないことを確認してもらいます(内容に誤りがあれば、その場で修正することもあります。)。
    内容に間違いがない場合には、遺言者及び証人2名が、遺言公正証書の原本に署名し、押印をすることになります(遺言者が署名することができない場合については、Q2の2参照)。
    そして、公証人も、遺言公正証書の原本に署名し、職印を押捺することによって、遺言公正証書は、完成します。
・ 日本公証人連合会が編纂した「新訂 公証人法」につき,公正証書遺言の口授については以下の記載しかありません(同書92頁及び93頁)。
(1) 代理人による嘱託手続
 公正証書の作成の嘱託は代理人によってもすることができる(法31条、32条)。ただし、遺言公正証書の作成については代理嘱託が許されない。公証人は民法969条、同条の2所定の方式に従い遺言者本人の口授等を直接受けて作成しなければならないからである。

第3 公正証書遺言の「口授」につき,有効とされた限界事例及び無効とされた事例
1 有効とされた限界事例
① 最高裁昭和54年7月5日判決の裁判要旨
  「公証人が右筆記を項目ごとに区切つて読み聞かせたのに対し、そのとおりである旨述べ、時にうなずくたけで声に出さない場合にはその都度公証人に注意されて声に出して前記のように応答したのであつて、その間公証人といろいろ問答し、金員を遺贈する者の名を挙げ『◯◯◯(山中注:当事者の名前)を頼むよ』と述べ、数字の部分については公証人に促がされて声に出して述べる等し、最後に公証人が前記筆記を通読したのに対し大きくうなずいて承認の上、疲労のため自署はできなかつたが、公証人に助けられて自ら前記筆記に捺印し、公証人は右筆記を原本として本件公正証書を作成した」事案(原審判決理由からの抜粋です。)につき,公正証書による遺言が口授の要件を欠くとはいえない。
② 東京高裁平成15年12月17日判決(判例秘書に掲載)の裁判要旨
  公証人が,遺言者から公正証書の作成の嘱託を受け,あらかじめ弁護士が遺言者から聴取した遺言内容に従って準備した遺言書文案を遺言者に交付し,これを各項目ごとに読み聞かせ,その内容が遺言者の意思に合致することの確認を得ることにより,遺言者から公正証書遺言の趣旨の口授を受け,遺言者がその遺言内容の正確なことを承認したうえ,署名捺印した場合,公正証書による遺言の方式に違反しない。
→ ②の判決に関する最高裁平成16年6月8日決定(判例秘書に掲載)は,上告棄却・上告不受理として東京高裁平成15年12月17日判決を維持しました。
③ 東京地裁平成17年11月28日判決(担当裁判官は35期の安浪亮介
。判例秘書に掲載)の裁判要旨
  公証人が,公正証書遺言の案に基づき,各条項を逐一読み上げ,その都度,亡Aから確認の返答を得るとともに,あらためて筆記内容を読み聞かせてその署名捺印を得た後,証人の各署名押印を得て,本件公正証書遺言を作成した場合,「口授」及び「筆記」の点に欠けるところがあるとはいえない。
→ ③の判決の事案では,平成14年11月18日に胃癌の手術を受け,胃の全摘のほか,膵臓,肝臓,小腸等を切除し,いったん退院した後,平成15年3月24日に再入院したが,同年5月初旬当時,鎮静のために塩酸モルヒネの投与等を受け続け,傾眠傾向が強く,体力低下のためにトイレへの歩行等も困難であった亡Aは,同月12日午後6時頃に病室に赴いた公証人に対し,ベッドの上で仰向きに寝ている状態で口授し,同月13日午後0時38分に死亡しました。
→ 35期の安浪亮介裁判官は,令和3年7月16日に最高裁判事に就任しました。
2 無効とされた事例
①  最高裁昭和51年1月16日判決の判例要旨
  遺言者が、公正証書によつて遺言をするにあたり、公証人の質問に対し言語をもつて陳述することなく単に肯定又は否定の挙動を示したにすぎないときには、民法969条2号にいう口授があつたものとはいえず、このことは遺言事項が子の認知に関するものであつても異ならない。
→ ①の判決の原審である仙台高裁昭和50年6月11日判決(判例秘書に掲載)には,(a)事案の説明として「甲は、公証人が病室にきた頃、前記認定のように、切迫昏睡の状態にあって判断力はひどく低下しており、その応答-言葉による場合でも、うなずくという動作による場合でも-は信用をおけない状態であった。したがって、公証人の質問に対し、甲はうなずくという肯定の趣旨の反応を示したけれども、質問の趣旨を理解した上でうなずいたのかどうか甚だ疑わしいといわなければならない。もっとも、仮に質問の趣旨を理解した上でうなずいたとしても、うなずいただけで一言もいわなかったのであるから、遺言者の口述がないことに変わりはない。」と書いてありますし,(b)同判決の事案においては,遺言者である甲は署名できず,昭和46年6月15日午後8時半頃に病室で公正証書遺言をし,その翌日の午後3時頃に死亡しました。
② 大阪高裁平成26年11月28日判決(判例秘書に掲載)の判例要旨
  遺言公正証書につき、(a)公証人が、事前には、遺言者の長男から示された遺言の案が遺言者の意思に合致しているのかを直接確認したことはないこと、(b)遺言当日も、公証人が、あらかじめ作成していた遺言公正証書の案を、病室で横になっていた遺言者の顔前にかざすようにして見せながら、項目ごとにその要旨を説明し、それでよいかどうかの確認を求めたのに対し、遺言者は、うなずいたり、「はい」と返事をしたのみで、遺言の内容に関することは一言も発していないこと、(c)遺言の内容が、評価額合計が数億円にも及ぶ多額かつ多数、多様な保有資産を推定相続人全員に分けて相続させることを主な内容とするものであること、(d)これを遺言者の意図どおりに実現するためには、自らの保有資産の種類や数、評価額の概略や相続人らが受けた生前贈与などの遺留分に関わる事情をも把握する必要があること、(e)遺言当時、遺言者は、多発性脳梗塞等の既往症があり、認知症と診断されたこともあり、記憶力や特に計算能力の低下が目立ち始めていたことなどといった事実関係の下では、「口授」があったということはできない。
③ 東京高裁平成27年8月27日判決(判例秘書に掲載)の判例要旨

  民法969条2号所定の「遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること」とは,遺言者自らが、自分の言葉で,公証人に対し,遺言者の財産を誰に対してどのように処分するのかを語ることを意味するのであり,用語,言葉遣いは別として,遺言者が上記の点に関し自ら発した言葉自体により,これを聞いた公証人のみならず,立ち会っている証人もが,いずれもその言葉で遺言者の遺言の趣旨を理解することができるものであることを要するのであって,遺言者が公証人に自分の言葉で遺言者の財産を誰に対してどのように処分するのかを語らずに,公証人の質問に対する肯定的な言辞,挙動をしても,これをもって,遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授したということはできない。
→ ③の判決は,「亡花子は、平成二一年一二月二四日、世田谷公証役場において本件公証人に対し、「春子に全部。」と述べ、冬子から「五人いるのよ、それでいいの?」と尋ねられると、「梅夫にも。」と述べたが、それ以上は遺言内容について何も語らず、平成二二年一月七日、世田谷公証役場において、本件公証人から「これでいいですか。」と尋ねられて、頷いたが、遺言内容について何ら具体的に発言することはなく、亡花子が本件公正証書に記載されている遺言の内容を本件公証人及び証人に語ることはなかった」という事案に関するものです。

第4 公正証書遺言の「口授」に関する大審院判例
1 民法は口授の限度に関して何ら規定していませんから,遺贈物件の細かい詳細につき,全部覚書を出すことによって口授を省略できます(大審院大正8年7月8日判決(判例秘書に掲載))。
2 「口授」の筆記として,公証人が筆生(文字を書き写すことを役目とする人)に機械的に執筆させることは差し支えありません(大審院大正11年7月14日判決(判例秘書に掲載))。
3(1) 大審院昭和6年11月27日判決(判例秘書に掲載)は,公証人が他人から遺言の趣旨を聴取してまず書面を作り,ついで遺言の口授を受け,その趣旨が筆記と同一である場合において,口授があったと認めました。
(2) 大審院昭和9年7月10日判決(判例秘書に掲載)は,公証人があらかじめ遺言書の内容を記した書面の交付を受けて,その書面に基づいて公正証書作成の準備としてその筆記を作成しておき,ついで遺言者に面接し、同人から遺言の趣旨はさきに交付しておいた書面のとおりとの陳述を受けた場合について,口授があったと認めました。
(3) 最高裁昭和51年1月16日判決に関する金融法務事情781号28頁では,大審院昭和6年11月27日判決については遺言の内容が明確であり,口授もあるから,学説も賛成しているのに対し,大審院昭和9年7月10日判決については,多くの学説が反対していると書いてあるものの,最高裁昭和43年12月20日判決は,両方の大審院判例を先例として引用しています。

第5 公正証書遺言の「口授」の内容に関する裁判例の傾向
1(1) 「遺言無効確認請求事件の研究(上)」(筆者は56期の石田明彦裁判官他9名)には,民法969条2号の「口授」に関して以下の記載があります(判例タイムズ1194号(2006年1月15日号)53頁(①の記載),54頁(②の記載)及び55頁(③の記載))。
① 2号は,遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授することを要件としている。この口授の不存在が無効原因として主張された8件の裁判例は,いずれも遺言無能力とともに主張されている。これは,無効を主張する側の相続人は公正証書遺言の作成にはかかわっておらず,作成時の状況が不明であること,遺言能力がない遺言者には口授は困難と考えられることが原因と考えられる。一方,遺言無能力のみが主張され,口授の不存在が主張されなかった裁判例も5件あった。
 8件中7件で口授の存否について判断されているが,口授の不存在は認定されていない。なお,裁判例8については遺言能力を欠くと認められ,口授の存否については判断されなかった。
② 裁判例では,遺言者の意思を確認するために口授を要求した同条2号の趣旨にかんがみて,遺言者の真意が当該遺言に反映されていると認められることを前提に,口授該当性を必ずしも形式のみにとらわれず,比較的緩やかに判断しているように思われる。
③ 公正証書遺言の方式違背について主張された裁判例は少なくないが,方式違背を理由に遺言無効が認められた裁判例は,立会証人が証人適格を欠いていたとする裁判例38のみであった。公正証書遺言が,証書作成を職務として行い,職務上の義務に違反した場合には懲戒に付され(公証人法79条),当事者と利害関係を有しない(同法22条1号)公証人によって作成されることが,この結果につながっているものと考えられる。もっとも,遺言能力を欠くと判断された裁判例(裁判例8,33)においては,口授に該当しないとの趣旨の事実認定がされている。

(2) 「遺言無効確認請求事件の研究(上)」は,平成7年以降大阪地裁民事部が受理した63件の遺言無効確認請求事件(うち1件は遺言有効確認請求事件)を検索し,判決に至った合計40件の裁判例を検討したものであります(判例タイムズ1194号(2006年1月15日号)44頁)ところ,当該論文で検討対象となった裁判例は平成17年までと思います。
2 柳川俊一・昭43最判解説(民)972頁[106]」には「遺言者の口授が要求される理由は遺言者の真意を確保する適切な手段であるという点にあるから,遺言の際の前後の状況や遺言の場所などを考慮に入れた上で遺言者の口述から遺言の骨子を捕捉できれば,その口述をもって口授があったとみてよいと解される。」と書いてあります(「遺言無効確認請求事件を巡る諸問題」(筆者は36期の畠山稔裁判官他6名)判例タイムズ1380号(2012年12月1日号)19頁でも引用されています。)。
3 最高裁昭和54年7月5日判決を原審判決理由と一緒に掲載している判例タイムズ399号140頁には,判例における「口授」の要件の判断傾向として以下の記載があります。
 おおまかな傾向としては、遺言の全趣旨を一言一句ごとに口頭で述べる必要はなく、遺言者みずから若しくは第三者作成の原稿に基づいてある程度概括的な陳述をした場合でも有効であるが、ただ、遺言者が言語をもつて答述することなく単に挙動をもつて肯首したにすぎない場合には、「口授」の要件を欠き無効である、としているといつてよいかと思われる。
4 大阪高裁平成26年11月28日判決の判例評釈である判例タイムズ1411号(2015年6月号)93頁には以下の記載があります。
 これらの裁判例からは,おおむね,①遺言者が筆記書面作成過程に関与していることが証拠上明らかになっていること,②遺言者の判断能力が遺言時に著しく低下していないこと(遺言の内容が,遺言時の遺言者にとって当否の判断が困難なほど複雑なものとなっていないかが検討される。),③遺言者が公証人に対して単に筆記書面の記載内容を肯定する旨を述べるのではなく,自分なりの表現でその骨子を述べたり,筆記書面を修正・補充する具体的指示をしていること,といった事柄が,口授があったとする上で重要な要素であることがうかがわれる。

第6 公正証書遺言の「口授」と「口述の筆記」の前後は問わないこと

1 公証人が,あらかじめ他人から聴取した遺言の内容を筆記し,公正証書用紙に清書したうえ,その内容を遺言者に読み聞かせたところ,遺言者が右遺言の内容と同趣旨を口授し,これを承認して右書面にみずから署名押印したときは,公正証書による遺言の方式に違反しません(最高裁昭和43年12月20日判決。なお,先例として,大審院昭和6年11月27日判決及び大審院昭和9年7月10日判決参照)。
2 最高裁昭和43年12月20日判決の原審である東京高裁昭和42年12月19日判決によれば,当該判決の事案は,
 公証人が妾から聴取した遺言の内容を筆記し,遺言者宅へ赴き,遺言者及び立会証人両名の面前で遺言の内容を読み聞かせたところ,遺言者は「この土地と家は皆の者に分けてやりたかった」という趣旨を述べ,その書面に自ら署名,押印し,「これでよかったね」と述べた,というものでした。

第7 公正証書遺言の証人

1 総論
・ 証人は,遺言者に人違いのないこと,遺言者が正常な精神状態のもとで自己の意思に基づいて遺言の趣旨を口授等すること,公証人による筆記が正確であることを確認する職責があるとともに,他面,その立会により公証人の職権濫用を防止する目的があるといわれています(新版 証書の作成と文例【遺言編】[三訂版]15頁)。
 証人の欠格事由
(1) 以下の人は公正証書遺言の証人になることはできません(民法974条)。
① 未成年者
② 推定相続人及び受遺者並びにこれらの配偶者及び直系血族
・ 秘密証書遺言であっても受遺者は証人になることはできません(大審院昭和6年6月10日判決(判例秘書に掲載))。
・ 推定相続人の配偶者も証人になることはできません(最高裁昭和47年5月25日判決)。
③ 公証人の配偶者,四親等内の親族,書紀及び使用人
(2) 視覚障害者は,公正証書遺言に立ち会う証人としての適格を有します(最高裁昭和55年12月4日判決)。
3 証人の欠格事由者が立ち会った場合の取扱い
・ 公正証書遺言の作成に当たり,民法所定の証人が立ち会っている以上,たまたま当該遺言の証人となることができない者が同席していたとしても,この者によって遺言の内容が左右されたり,遺言者が自己の真意に基づいて遺言をすることを妨げられたりするなど特段の事情のない限り,当該公正証書遺言の作成手続を違法と言うことはできず,同遺言が無効となるものではありません(最高裁平成13年3月27日判決)。

第8 公正証書遺言の「口授」への立会

1 遺言者が公正証書遺言をするについて,立会証人の一人は,すでに遺言内容の筆記が終った段階から立ち会ったものであり,その後公証人が右筆記内容を読み聞かせたのに対し,右遺言者はただうなづくのみであった場合,口授への立会があったとはいえません(最高裁昭和52年6月14日判決)。
2 民法969条に従い公正証書による遺言がされる場合において,証人は,遺言者が同条4号所定の署名及び押印をするに際してもこれに立ち会うことを要します(最高裁平成10年3月13日判決)。

第9 公正証書遺言の方式が民法で定められている理由
・ 「遺言能力(遺言能力の理論的検討及びその判断・審理方法)」(筆者は50期の土井文美裁判官)には,注95として以下の記載があります(判例タイムズ1423号(2016年6月号)37頁)。
  上記のような公正証書の方式についての細かな規定が,公証人法ではなく民法969条として民法の中にあえておかれている理由は,立法担当者(梅謙次郎)の説明によると「公証人に故意や過失があった場合に他の者(遺言者や証人など)が規定を知っていれば正すことができる,遺言のような行為は非常に大事な行為なのでそれくらいの注意をしておいたほうがよい」という趣旨であったという。

第10 病床にある高齢者が公正証書遺言をする場合の典型例等

1 「遺言能力(遺言能力の理論的検討及びその判断・審理方法)」(筆者は50期の土井文美裁判官)には以下の記載があります(判例タイムズ1423号(2016年6月号)37頁)。
  病床にある高齢者が遺言する場合の一種の典型例としては,公証人が依頼に来た関係者(遺言者若しくはその近親者等から依頼を受けた弁護士や司法書士であることもある。)から作成したい遺言の内容を聴取し,打合せに従ってあらかじめ案文を作成し,上記依頼に来た関係者を通じ,本人にこれを確認したとの連絡を受けてから,約束した公正証書作成日時に遺言者の来訪を受け,あるいは遺言者の下に赴いて遺言者に対面し(このときが初対面のことも多い。),遺言者に対しあらかじめ作成した証書を見せて内容を説明し,それに基づいて,遺言者から口授を受ける(実際には,遺言者が公証人に「それでいいです」などと言うことですまされることもあるようである。)というのが実情である。
  遺言者の能力に問題がなければ,上記の手順であっても意思確認としての実質的効果に特に違いがあるとはいえないが,遺言能力に疑義がある場合には,口授の順序によって確認の程度にも違いが生じないかという疑問がないわけではない。
2 遺言者が,遺言当時胃癌のため入院中で手術に堪えられないほどに病勢が進んでおり,公証人に対する本件遺言口述のため約15分間も病床に半身を起していた後でもあったから,公証人が遺言者の疲労や病勢の悪化を考慮してその自署を押し止めたため,公証人の言に反対してまで自署することを期待することができなかったような事情があるときは、民法969条4号ただし書にいう「遺言者が署名することができない場合」に当たる(最高裁昭和37年6月8日判決)ところ,このような身体状態でも遺言者には遺言能力があることとなります。
3 大阪高裁平成26年11月28日判決の判例評釈である判例タイムズ1411号(2015年6月号)92頁には以下の記載があります。
  実務上は,公証人が予め筆記書面を作成し,遺言者の口述を聴いた上で筆記書面を読み聞かせ,署名押印を得てそのまま遺言公正証書原本とする例が多く,判例もこれを持って口授があったものとしている(大審院昭和6年11月27日第二民事部判決・民集10巻1125頁,大審院昭和9年7月10日第二民事部判決・民集13巻1341頁,最高裁昭和43年12月20日第二小法廷判決・民集22巻13号3017頁,判タ230号165頁,最高裁昭和54年7月5日第一小法廷判決・判タ399号140頁。その他,危急時遺言[976条]に係る口授についてであるが,最高裁平成11年9月14日第三小法廷判決・判タ1017号111頁,判時1693号68頁)。

第10の2 公証人が独自に医師の意見書を取得する場合があること等
1 判例分析 遺言の有効・無効の判断48頁には以下の記載があります。
  公証人は、成年被後見人の遺言でなくとも、公証人法施行規則13条1項(「公証人は〔中略〕その法律行為をする能力があるかどうかについて疑があるときは、関係人に注意をし、且つ、その者に必要な説明をさせなければならない」)や通達(「本人の事理を弁識する能力に疑義があるときは、遺言の有効性が訴訟や遺産分割審判で争われた場合の証拠の保全のために、診断書等の提出を求めて証書の原本とともに保存し、又は本人の状況等の要領を録取した書面を証書の原本とともに保存するものとする。」(平成12年3月13日法務省民一第634号民事局長通達第1・2(1)))に基づき、精神能力に疑いがある場合には、事前に独自に医師の意見を聞いたり、公正証書作成時に医師に意見害を作成してもらったり、 自ら本人の状況等を録取した書面を作成するなどして遺言書原本と一緒に保管している場合がある。このような診断書は、公証人が、通達に基づき、 まさに遺言能力に関する証拠の保全のために入手したものであるから、その信頼性は高いとされている。
2 日本公証人連合会HPの「Q2.公正証書遺言には、どのようなメリットがありますか。」には,「安全確実な遺言方法」として以下の記載があります。
  公証人は、多年、裁判官、検察官又は弁護士の経験を有する法曹資格者や、多年、法律事務に携わり、法曹資格者に準ずる学識経験を有する者であって、いずれも正確な法律知識と豊富な実務経験を有しています。したがって、複雑な内容であっても、法律的に見てきちんと整理した内容の遺言書を作成しますし、もとより、方式の不備で遺言が無効になるおそれもありません。公正証書遺言は、自筆証書遺言と比べて、安全確実な遺言方法であるといえます。

第11 公証人の証言1 公証人の証言の信用性

(1) 「遺言無効確認請求事件の研究(上)」(筆者は56期の石田明彦裁判官他9名)には記載があります(判例タイムズ1194号(2006年1月15日号)55頁)。
オ 公正証書の作成状況を認定するに当たっての証拠方法
  収集した裁判例においては,口授等の作成状況を認定するに当たり,いずれも作成に立ち会った者の証言が用いられている。
  裁判例のうち5件(裁判例4,5,30,33,37)は,公証人を証人として採用し,その証言に基づいて作成状況を認定している。
  公証人の証言の信用性について特段の検討をせずに事実を認定している裁判例がほとんどであったが,裁判例37は,遺言書作成時に遺言者が公証人に対して言葉を発することはなかったとの立会証人の証言と比較し,公証人は職務遂行上遺言の方式や遺言能力に留意し,遺言能力を確認するためにも遺言内容を遺言者が自ら話すよう手続を進めたことが認められ,その証言は非常に信用性が高いのに対し,立会証人は法律に対する専門的知識を有しているのではなく,遺言作成の手順については特段の留意を払っていなかったものであり,立会証人の証言は公証人の証言よりも信用性は低いと判断している。
  裁判例のうち3件(裁判例8,15,29)では,公証人を証人として採用しておらず,立会証人の証言により事実を認定している。
  裁判例29は,遺言能力の判断において,立会証人は社団法人家庭問題情報センターに所属する元家庭裁判所調査官であり,公証人から派遣要請を受けた同センターから派遣された者であって,当事者と何らの利害関係も持たないことを指摘し,同立会証人の証言を遺言作成時の事実認定の際の証拠として摘示している。
(2) 「遺言無効確認請求事件の研究(上)」は,平成7年以降大阪地裁民事部が受理した63件の遺言無効確認請求事件(うち1件は遺言有効確認請求事件)を検索し,判決に至った合計40件の裁判例を検討したものであります(判例タイムズ1194号(2006年1月15日号)44頁)ところ,当該論文で検討対象となった裁判例は平成17年までと思います。
2 公証人の証言拒絶権
(1) 公証人又は公証人の職にあった者は,職務上知り得た事実で黙秘すべきものについて尋問を受ける場合,証言を拒むことができます(民事訴訟法197条1項2号)ところ,民訴法197条1項2号所定の「黙秘すべきもの」とは,一般に知られていない事実のうち,弁護士等に事務を行うこと等を依頼した本人が,これを秘匿することについて,単に主観的利益だけではなく,客観的にみて保護に値するような利益を有するものをいいます(最高裁平成16年11月26日決定)。
(2) 東京高裁平成4年6月19日決定(判例秘書に掲載)は以下の判示をしています。
  遺言者が死亡した後に、公正証書遺言によってされた財産の帰属に関する遺言者の意思表示の効力を巡って紛争が生じ、この点に関する事情について、当該公正証書を作成した公証人の証言を得るほかこれに代替し得る適切な証拠方法がない場合、右紛争について実体に即した公正な裁判を実現するために、右紛争の争点に対する判断に必要な限度で遺言者の秘密に属する事実が開示されることになっても止むを得ない。
(3) 公証人法4条は「公証人ハ法律ニ別段ノ定アル場合ヲ除クノ外其ノ取扱ヒタル事件ヲ漏泄スルコトヲ得ス但シ嘱託人ノ同意ヲ得タルトキハ此ノ限ニ在ラス」と定めています。
3 問題なく作成された公正証書遺言の作成状況を公証人が覚えていないことは特に問題とならないこと
(1) 東京高裁平成29年6月26日判決(判例秘書に掲載。裁判長は35期の安浪亮介)は,13期の山本和敏公証人が入院中の88歳の女性の依頼に基づいて作成した遺言公正証書(以下の文中の「第2遺言」のことです。)について,以下の判示をしています(改行を追加しています。)。
① 第2遺言作成に当たった山本公証人は,Eの親族の遺言公正証書を作成した記憶はあるものの,Aのことを記憶していないとしている(乙12)が,仮に,Aが山本公証人とのやりとりにおいて,不穏な言動をしたり,ちぐはぐな対応をしたりするなどした場合には,公証人として,遺言公正証書の作成を進めるべきか中断すべきか検討することになるであろうし,そうであれば,かえって記憶に残ると考えられるのであり,山本公証人の記憶に残っていないということは,むしろ第2遺言作成が問題なく行われたことに整合するものと考えられる。
② 被控訴人は,Aが遺言の趣旨を公証人に口授したものとはいえず,第2遺言には民法969条2号の方式違背があることは明らかであると主張する。
 しかし,平成13年12月28日頃の看護経過記録(甲4)からうかがわれるAの言動からすれば,Aは,入院中,他者と不自由なく会話をすることができており,第2遺言作成時においても,言葉を交わすことにより,山本公証人からの遺言書の案についての問い掛けに応対できたものと認められる上,証拠(乙12)及び弁論の全趣旨によれば,第2遺言は,山本公証人が遺言公正証書を作成する際の通常の手順と方法により作成されたものと認められるから,Aにおいて山本公証人とのやりとりを通じて第2遺言の内容を了承する旨述べたことを容易に推認することができる。
 したがって,第2遺言は,Aの口授によるものということができ,被控訴人主張の方式違背があるとはいえない。
(2) なかた法律事務所HP「公正証書遺言の無効[相続問題]」には以下の記載があるものの,公証人が無理に具体的な遺言作成の状況を説明する必要はないと思います。
公正証書遺言といえば、公証人が証人として出てくることが多々あります。
公証人が具体的な遺言作成の状況は覚えていないと証言することが多いのではないでしょうか。
多ければ年間何百件も作成しますからね。
しかし、私の担当した訴訟でも公証人が出てきましたが、十数年前の遺言の具体的な状況を覚えていると証言をしました。
しかし、俄かに信じることができませんよね。証言の信用性をかなり争いました。

第12 遺言無効確認請求訴訟における公証人の補助参加

1 訴訟の結果について利害関係を有する第三者は,当事者の一方を補助するため,その訴訟に参加することができます(民事訴訟法42条)。
 そして,当該訴訟の判決が参加人の私法上又は公法上の法的地位又は法的利益に影響を及ぼすおそれがある場合,法律上の利害関係を有するといえますから,第三者が補助参加できます(最高裁平成13年1月30日決定)。
2(1) 公証人は国家賠償法上の「公務員」に該当します(法務省HPの「公証制度について」参照)から,「口授」の欠缺を理由とする遺言無効確認請求訴訟において請求認容判決が出た場合,公正証書遺言が無効とされて損害を受けた嘱託人及びその相続人としては,公証人の職務義務違反を理由として国家賠償請求訴訟を提起できますところ,仮に当該訴訟において国が敗訴し,かつ,職務義務違反について公証人に故意又は重過失があると判断された場合,公証人は国から求償権を行使されます(国家賠償法1条2項)。
  そのため,遺言無効確認請求訴訟の判決は,公正証書遺言を作成した公証人の私法上の法的地位又は法的利益に影響を及ぼすといえますから,公証人としては,公正証書遺言の関係者を補助するため,遺言無効確認請求訴訟に補助参加できると思います。
(2) 横浜ロード法律事務所HP「補助参加」には「民事訴訟法において、補助参加の申出があった場合、当事者の異議がない限り、裁判所は補助参加を許すか否かの判断をすることがないため(44条1項)、(山中注:補助参加の要件は)実務的にはあまり問題になりません。」と書いてあります。
3(1) 身元保証金は,公証人が将来負担することのあるべき一定の債務を担保するために国に納付する金銭又は国債証券であります(公証人法19条,公証人身元保証金令2条)ところ,新訂 公証人法43頁には「公証人の故意過失によって嘱託人等の関係人に損害を与えた場合には、国がその賠償の責に任じ、公証人に故意又は重過失がある場合には、上記賠償額につき国は公証人に対して求償権を取得するから(国家賠償法1条2項)、国は身元保証金からこの求償権の弁済を受け得るものと解される。」と書いてあります。
(2) 東京23区又は大阪市に公証役場を設ける場合の身元保証金は3万円です(公証人身元保証金令1条)。
4 福岡高裁平成30年3月19日判決は,「明文の規定もない以上,控訴審における独立当事者参加に被参加人の同意を要すると解することはできず,これも採用することはできない。」と判示しています(リンク先のPDF18頁)。

第13 危急時遺言(民法976条)の「口授」との関係
1  いわゆる危急時遺言に当たり,立ち会った証人の一人があらかじめ作成された草案を一項目ずつ読み上げ,遺言者が,その都度うなずきながら「はい」などと返答し,最後に右証人から念を押され了承する旨を述べたなどといった事実関係の下においては,民法976条1項にいう遺言の趣旨の口授があったものということができます(最高裁平成11年9月14日判決)。
2 いわゆる危急時遺言において,筆記者である証人が筆記内容を清書した書面に遺言者の現在しない場所で署名捺印をし,他の証人二名の署名を得たうえ,全証人の立会いのもとに遺言者に読み聞かせ,その後,遺言者の現在しない,遺言執行者に指定された者の法律事務所で右証人二名が捺印をし,もって全証人の署名捺印が完成した場合であっても,その署名捺印が,筆記内容に改変を加えた疑いを挾む余地のない事情のもとに遺言書作成の一連の過程に従って遅滞なくなされたものであるときは,その署名捺印は民法976条の方式に則ったものとして,遺言の効力が認められます(最高裁昭和47年3月17日判決)。
3(1) 家庭裁判所による危急時遺言の確認(民法976条5項)はその遺言の有効性を確定するものではありません(大審院昭和4年6月4日判決(判例秘書に掲載))。
(2) 家庭裁判所が危急時遺言の確認をするに当たっては,当該遺言が遺言者の真意に出たものであるとの心証を得る必要があるところ(民法976条5項),この確認には既判力がなく,他方でこの確認を得なければ当該遺言は効力を生じないことに確定してしまうことからすると,遺言者の真意につき家庭裁判所が得るべき心証の程度については,確信の程度にまで及ぶ必要はなく,当該遺言が一応遺言者の真意に適うと判断される程度のもので足りると解されています(東京高裁令和2年6月26日決定(判例秘書に掲載))。

第14 遺言書の付言事項の意味と目的
1 新版 証書の作成と文例【遺言編】[三訂版]12頁には,付言に関して以下の記載があります。
  法定遺言事項以外にも、遺言者が、遺言の動機、心情、配分を定めた理由、相続人らに対する希望などを遺言書に記載するよう求めることがある。[付言]はその例を示したものである。付言は、本文末尾に記載するのが通常であるが、時に、本文の前書きとして記載することもある。表題は、「付言」のほか、「付言事項」、「付記事項」など多様である。法律上の効果を伴わないものであるが、相続人らに遺言の趣旨を理解してもらい、遺言内容の円滑な実現を図る上で有益なことがある。逆に、本文の内容と抵触したり、その解釈を混乱させるおそれがある記述は避けなければならない。また、生前贈与等について客観的な事実に反する記載をしたり、一部の相続人等に対するいたずらな非難、悪口を記載すると、紛争を誘発、助長させるおそれがあるといわれる。その意味で、付言を記載するか否か、どのような内容を記載するかについても、慎重な配慮が要請される。なお、本文の各条項に織り込んで記載することも当該条項の趣旨を明らかにする点で有用なことがあり得るが、記載の方法が不適当であると、かえって条項の趣旨を不明確にする危険もある。
2 ケース別 特殊な遺言条項 作成と手続のポイント-補充事項・付言事項,祭祀承継等102頁には,「(1) 付言事項の意味と目的」として以下の記載があります。
  遺言事項ではないことを遺言書に書いても、法的効力(強制力)がないだけで、それを書いてはいけないというものではありません。このように法的効力のない記載は「付言事項」と呼ばれています。付言事項は、遺言としての法的効力はありませんが、手紙(メッセージ)としての意味はあり、その記載内容が相続人等に伝わり、それが相続人等の行動に影響を及ぼせば、事実上の効果をもたらすことになります。
  遺言書は、相続紛争の予防を目的に作るものですから、法的効力を期待するのが本来ですが、法的効力のない付言事項が相続人等に一定の効果を及ぼして事実として紛争の予防ができるなら、遺言書に付言事項を書くことは意味があります。
3 改訂 遺言条項例300&ケース別文例集80頁には,「遺言者自身が,遺言書に特別受益の内容や価額を後日判断するための手がかりとなる事実を具体的に記載している場合は,利害関係人間の紛争を事前に予防する事実上の効果を有するから,このような事実があれば,遺言書に具体的に記載しておくとよい」と書いてあり,その条項例として以下の記載があります(同書267頁)。
  遺言者は,長女Aに対し以下のとおり生前に贈与した。遺言者が本遺言において長女Aに遺産を相続させなかったのは,以下のとおり.既に相当額の生前贈与をしたからであり、遺言者は.以上の理由により,長女Aが他の相続人に対し,遺留分減殺請求権を行使しないよう希望する。
① 平成○○年○○月○○日下記記載の土地及び建物(記載略)
② 平成××年××月××日金1000万円
③ (省略)

第15 予備的遺言
1 遺言において,①「遺言者は,その有する△△の財産を,長男に相続させる」という条項(主位的な遺言)とともに,②「遺言者は,長男が遺言者に先立って,又は遺言者と同時に死亡したときは,長男に相続させるとした財産を、長男の子供に相続させる」という条項(予備的な遺言)を記載しておけば,長男が遺言者よりも先に死亡したときに,長男に相続させようとした財産は,長男の子供に相続させることができることになります((日本公証人連合会HP「Q2.予備的な遺言について、説明してください。」参照))。
2 最高裁平成23年2月22日判決は,相続させる遺言に関して以下のとおり判示しましたから,予備的遺言をしておいた方がいいです。
  遺産を特定の推定相続人に単独で相続させる旨の遺産分割の方法を指定する「相続させる」旨の遺言は,当該遺言により遺産を相続させるものとされた推定相続人が遺言者の死亡以前に死亡した場合には,当該「相続させる」旨の遺言に係る条項と遺言書の他の記載との関係,遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などから,遺言者が,上記の場合には,当該推定相続人の代襲者その他の者に遺産を相続させる旨の意思を有していたとみるべき特段の事情のない限り,その効力を生ずることはない。

第16 公正証書遺言の通数

1(1) 公正証書遺言には原本,正本及び謄本の3通があり,遺言者,証人及び公証人が署名押印をしている原本は公証役場で保管されるのであって,遺言者に対しては,原本の写しである正本及び謄本が公証役場から交付されます。
(2) 公正証書遺言の正本については遺言執行者に指定された人が保管し,公正証書遺言の謄本については遺言者本人が保管していることが多いみたいです(相続と登記手続の相談室HP「公正証書遺言による相続登記(正本・謄本)」参照)。
2(1) 公正証書遺言の正本及び謄本の場合,署名押印部分については「氏名 ㊞」と印字されているだけですが,正本又は謄本のどちらかがあれば,相続登記をすることができますといわれています。
(2) 金融機関において被相続人の預貯金の解約手続をする場合,公正証書遺言の正本を持参した方が無難です。
3 公正証書遺言で相続登記をする場合,家庭裁判所での検認を経る必要はありません(民法1004条2項)。

第17 公正証書遺言の作成手数料

1 公証人手数料令(平成5年6月25日政令第224号)によれば,主な項目の手数料は以下のとおりです。
① 相続させる遺言及び遺贈
・ 給付に係る法律行為の目的の価額(不動産の場合,固定資産税評価額)に応じて,相続人及び受遺者ごとに発生するものです。
・ 例えば,①200万円を超えて500万円以下の場合は1万1000円であり,②500万円を超えて1000万円以下の場合は1万7000円であり,③1000万円を超えて3000万円以下の場合は2万3000円であり,④3000万円を超えて5000万円以下の場合は2万9000円です(公証人手数料令9条及び別表)。
② 認知(民法781条2項),未成年後見人の指定(民法839条1項),祭祀承継者の指定(民法897条1項ただし書)等
・ 算定不能の場合の法律行為となりますから,目的の価額は500万円とみなされる結果(公証人手数料令16条本文),1万1000円です。
③ 超過枚数加算
・ 公正証書遺言が3枚を超えた場合(4枚以上となった)場合,1枚当たり250円が加算されます(公証人手数料令25条・公証人手数料令第二十五条の横書の証書の様式及び証書の枚数の計算方法を定める省令2項1号)。
④ 正本作成費用
・ 1枚当たり250円かかります(公証人手数料令40条)。
⑤ 謄本作成費用
・ 1枚当たり250円かかります(公証人手数料令40条)。
⑥ 遺言加算
・ 遺言の目的の価額が1億円以下の場合,1万1000円が加算されます。
2(1) 公証人に支払う手数料は非課税取引です(消費税法6条1項・別表第一5項ハ)から,消費税を支払う必要はありません。
(2) 公正証書遺言において,主位的な遺言と予備的な遺言を1通の遺言公正証書に併せて記載する場合,主位的な遺言により手数料を算定し,予備的な遺言については手数料の算定をしないので,予備的な遺言を記載したとしても,公証人に支払う手数料は増えません(日本公証人連合会HP「Q2.予備的な遺言について、説明してください。」参照)。
(3) 公正証書遺言において,遺言執行者を指定したり,付言事項を付けたりしても公証人に支払う手数料は増えません。
(4) 神田公証役場HP「公証人手数料 (手数料はすべて非課税です)」が参考になります。
3 例えば,「遺言者が,①甲に3500万円の不動産を,乙に300万円の不動産を相続させ,②甲を祭祀承継者に指定し,③遺言の枚数が7枚であり,④遺言作成後に公正証書遺言の正本及び謄本を交付してもらった」という事案の場合,①の手数料は2万9000円+1万1000円=4万円であり,②の手数料は1万1000円であり,③の加算手数料が250円✕(7枚ー3枚)=1000円であり,④の手数料は250円✕7枚(正本)=1750円であり,⑤の手数料は250円✕7枚(謄本)=1750円であり,⑥遺言加算が1万1000円ですから,合計で6万6500円となります。

第18 公正証書遺言の原本の保存期間及び検索可能性1 公正証書遺言の原本の保存期間

(1) 公正証書の原本の保存期間は20年です(公証人法施行規則27条1項1号)。
(2) 公正証書遺言の場合,公証人法施行規則27条3項の「特別の事由」があるということで,いわば半永久的に保存している公証役場もあります(日本公証人連合会HP「Q10.公正証書遺言は、どのくらいの期間、保管されるのですか。」参照)。
2 公正証書遺言の検索可能性
(1) 平成元年以降に作成された公正証書遺言であれば,全国どこの公証役場でも検索できるものの,遺言者の生存中は遺言者本人しか検索できませんし,遺言者の死亡後でも相続人その他の利害関係人しか検索できません(昭和通り公証役場HP「遺言検索」参照)。
(2) 司法書士佐藤藤人事務所HP「公正証書遺言の検索における回答書見本 全国どこの公証役場でも検索可能ですし、費用も一切かかりません。」に,①回答書見本(該当ありの場合),②回答書見本(該当なしの場合)及び③公正証書遺言謄本交付願が載っています。

第19 公証人の法的義務に関する最高裁判例
・ 最高裁平成9年9月4日判決は以下の判示をしています(改行及びナンバリングを追加しています。)。
① 公証人法(以下「法」という。)は、公証人は法令に違反した事項、無効の法律行為及び無能力により取り消すことのできる法律行為について公正証書を作成することはできない(二六条)としており、公証人が公正証書の作成の嘱託を受けた場合における審査の対象は、嘱託手続の適法性にとどまるものではなく、公正証書に記載されるべき法律行為等の内容の適法性についても及ぶものと解せられる。
 しかし、他方、法は、公証人は正当な理由がなければ嘱託を拒むことができない(同法三条)とする反面、公証人に事実調査のための権能を付与する規定も、関係人に公証人の事実調査に協力すべきことを義務付ける規定も置くことなく、公証人法施行規則(昭和二四年法務府令第九号)において、公証人は、法律行為につき証書を作成し、又は認証を与える場合に、その法律行為が有効であるかどうか、当事者が相当の考慮をしたかどうか又はその法律行為をする能力があるかどうかについて疑いがあるときは、関係人に注意をし、かつ、その者に必要な説明をさせなければならない(一三条一項)と規定するにとどめており、このような法の構造にかんがみると、法は、原則的には、公証人に対し、嘱託された法律行為の適法性などを積極的に調査することを要請するものではなく、その職務執行に当たり、具体的疑いが生じた場合にのみ調査義務を課しているものと解するのが相当である。
② したがって、公証人は、公正証書を作成するに当たり、聴取した陳述(書面による陳述の場合はその書面の記載)によって知り得た事実など自ら実際に経験した事実及び当該嘱託と関連する過去の職務執行の過程において実際に経験した事実を資料として審査をすれば足り、その結果、法律行為の法令違反、無効及び無能力による取消し等の事由が存在することについて具体的な疑いが生じた場合に限って嘱託人などの関係人に対して必要な説明を促すなどの調査をすべきものであって、そのような具体的な疑いがない場合についてまで関係人に説明を求めるなどの積極的な調査をすべき義務を負うものではないと解するのが相当である。

第20 遺言無効確認請求訴訟に関するメモ書き
1 公正証書遺言が有効であるという抗弁の記載例

・ 第3版 実務相続関係訴訟 遺産分割の前提問題等に係る民事訴訟実務マニュアル264頁及び265頁の記載例は以下のとおりです。
① 亡Bは,公証人Aに対し,平成○年○月○日,別紙遺言内容のとおり,遺言の趣旨を口頭で伝えた。
② ①の遺言作成に際し,証人としてC及びDが終始立ち会った。
③ 公証人Aは, あらかじめ伝えられていた亡Bの遺言の趣旨を公正証書案としたものと遺言者の述べた遺言内容が同じであることを確認し,公正証書案を亡B,C及びDに読み聞かせた(若しくは閲覧させた,又は,読み聞かせかつ閲覧させた)。
④ 亡B, C及びDは,筆記の正確なことを承認し,各自公正証書案に署名押印した。
⑤ 公証人Aは,民法969条の方式に従ったことを付記して,公正証書案に署名押印した。
2 必要的共同訴訟かどうか
(1) 単に相続分及び遺産分割の方法を指定したにすぎない遺言の無効確認を求める訴は,固有必要的共同訴訟に当たりません(最高裁昭和56年9月11日判決)。
(2) 相続人又は受遣者を被告とする遺言無効確認請求訴訟との関係においては,同遺言の遺言執行者を当事者とする同請求訴訟は,類似必要的共同訴訟であると解されています(第3版 実務相続関係訴訟 遺産分割の前提問題等に係る民事訴訟実務マニュアル284頁)。
3 遺言執行者の当事者適格
(1) 当事者適格の肯定事例
ア 遺言執行者は,遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有します(民法1012条1項)。
イ 遺言執行者は,遺言が無効であると考えた場合,遺言無効確認の訴えを提起できます(大審院昭和2年9月17日決定(判例秘書に掲載))。
ウ 相続人は,被相続人の遺言執行者を被告となし,遺言の無効を主張して,相続財産につき持分を有することの確認を求めることができます(最高裁昭和31年9月18日判決)。
エ 特定の不動産を特定の相続人甲に相続させる趣旨の遺言がされた場合において、他の相続人が相続開始後に当該不動産につき被相続人から自己への所有権移転登記を経由しているときは、遺言執行者は、右所有権移転登記の抹消登記手続のほか、甲への真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求めることができます(最高裁平成11年12月16日判決)。
(2) 当事者適格の否定事例
ア  相続人が遺言の執行としてされた遺贈による所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴については,遺言執行者がある場合でも,受遺者を被告とすべきです(最高裁昭和51年7月19日判決)。
イ  遺言によって特定の相続人に相続させるものとされた特定の不動産についての賃借権確認請求訴訟の被告適格を有する者は,遺言執行者があるときであっても,遺言書に当該不動産の管理及び相続人への引渡しを遺言執行者の職務とする旨の記載があるなどの特段の事情のない限り,遺言執行者ではなく,右の相続人です(最高裁平成10年2月27日判決)。
(3) 遺言執行者の権利義務を定めた民法1012条は,施行日前に開始した相続に関して施行日後に遺言執行者となる場合にも適用されます。
4 確認の利益
(1) 遺言無効確認の訴は,その遺言が有効であるとすればそれから生ずべき現在の特定の法律関係が存在しないことの確認を求めるものと解される場合で,原告がかかる確認を求める法律上の利益を有するときは,適法です(最高裁昭和47年2月15日判決)。
(2) 遺言無効確認訴訟における確認の利益の存否を判断するにあたっては,原則として,原告の相続分が被相続人から受けた生前贈与等によりなくなるか否かを考慮すべきものではありません(最高裁昭和56年9月11日判決)。
(3)  遺言者の生存中に推定相続人が提起した遺贈を内容とする遺言の無効確認の訴えは,遺言者が心神喪失の常況にあって,遺言者による当該遺言の取消し又は変更の可能性が事実上ないとしても,不適法です(最高裁平成11年6月11日判決)。
(4)  民法958条の3第1項の規定による相続財産の分与の審判前に特別縁故者に当たると主張する者が提起した遺言無効確認の訴えは,訴えの利益を欠きます(最高裁平成6年10月13日判決)。
(5) 前の遺言が後の遺言と抵触するときは,その抵触する部分については,後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなされます(民法1023条1項)から,前の遺言について遺言無効確認請求訴訟を提起していた場合,確認の利益がないということで訴えの却下判決となります(東京地裁令和元年11月18日判決(判例秘書に掲載)参照)。
(6)  共同相続人間における遺産確認の訴えは,固有必要的共同訴訟です(最高裁平成元年3月28日判決)。
5 遺言無効確認請求事件の平均審理期間と併合事件
・ 遺言無効確認請求事件の研究(下)(筆者は56期の石田明彦裁判官他9名)には,「イ 平均審理期間と併合事件」として以下の記載があります(判例タイムズ1195号(2006年2月1日号)86頁)。
 遺言無効確認請求事件の審理期間については,個々の事案によってばらつきがあるものの,1年以上2年未満の期間を要した事件が最も多く,次いで6ヶ月以上1年未満の期間を要した事件が多い。よって,比較的短期間で審理を終えることのできる事件であると考えられる。
 もっとも,遺言無効確認請求事件は,それ自体が単独で審理される場合だけでなく,他の関連する事件と併合審理されることも多いところ,併合審理された事件の中には,事案が複雑化し,審理期間が長期間に及んだ例も見られた。遺言無効確認請求事件と併合審理される事件の具体例としては,遺言が無効であることを前提とする当該遺言の目的である財産についての登記請求事件,不当利得返還請求事件,及び仮に遺言が有効であるとした場合の遺留分減殺請求事件等があった。

第21 公正証書遺言に関して裁判官が作成した判例タイムズ掲載の論文等

1 公正証書遺言に関して裁判官が作成した判例タイムズ掲載の論文としては以下のものがあります。
① 「遺言無効確認請求事件の研究(上)」(筆者は56期の石田明彦裁判官他9名)
→ 判例タイムズ1194号(2006年1月15日号)に載っています。
② 「遺言無効確認請求事件の研究(下)」(筆者は56期の石田明彦裁判官他9名)
→ 判例タイムズ1195号(2006年2月 1日号)に載っています。
③ 「遺言無効確認請求事件を巡る諸問題」(筆者は36期の畠山稔裁判官他6名)
→ 判例タイムズ1380号(2012年12月1日号)に載っています。
④ 「遺言能力(遺言能力の理論的検討及びその判断・審理方法)」(筆者は50期の土井文美裁判官)
→ 判例タイムズ1423号(2016年6月号)に載っています。
2 意思能力に関する論文として以下のものがあります。
① 高齢者を当事者とする訴訟委任、調停委任の取扱い
→ 判例タイムズ931号(1997年4月15日号)に載っています。
② 意思能力の欠缺をめぐる裁判例と問題点
→ 判例タイムズ1146号(2004年6月1日号)に載っています。

第22 形式不備を理由とする遺言無効と死因贈与
1 死因贈与が成立する場合

(1) 死因贈与の方式については遺贈に関する規定の準用はない(最高裁昭和32年5月21日判決)ことから,遺言が形式不備を理由として無効であったとしても,遺言作成過程において遺言者が受遺者と相談して遺言を作成したとか,作成した遺言内容を伝えて受遺者に遺言を預けていたといった事情がある場合,死因贈与が成立する可能性があります(自筆証書遺言に関する東京地裁昭和56年8月3日判決(判例秘書に掲載),及び秘密証書遺言に関する東京地裁平成16年9月28日判決(判例秘書に掲載)参照)。
 そのため,遺言無効確認請求訴訟が提起された場合において,遺言者の意思能力に問題はないが口授がないという理由で公正証書遺言が無効になる可能性があるときは,不動産については,公正証書遺言と同一内容の死因贈与契約が存在することを理由として所有権移転登記請求を予備的に反訴しておいた方がいいと思います(東京地裁令和元年11月18日判決(判例秘書に掲載)参照)し,遺言無効確認請求訴訟が認容された後に別訴を提起できると思います(東京地裁平成16年9月28日判決(判例秘書に掲載)参照)。
(2) 控訴審で反訴提起する場合,被控訴人の同意が必要となります(民事訴訟法300条1項)。
2 反訴請求の趣旨の記載例
・ 反訴請求の趣旨を記載する際の参考例として以下のものがあります。
① 東京地裁平成16年9月28日判決(判例秘書に掲載)の主文1項
・ 「被告らは,原告に対し,原告がAと平成10年11月20日に合意した死因贈与契約が有効であり,同契約に基づき原告が別紙財産目録1及び2記載の各建物の所有権,同目録3記載の土地持分権,同目録4記載の各預金債権を取得したことを確認する。」というものでした(Aは平成11年5月7日に死亡しました。)。
② 東京地裁令和3年8月24日判決(判例秘書に掲載)の主文1項
・ 「被告らは,原告らに対し,別紙物件目録記載1から10までの各不動産につき,令和2年5月13日贈与を原因として,原告らの持分を各3分の1とする所有権移転登記手続をせよ。」というものでした(令和2年5月13日というのは贈与者の死亡日です。)。
3 死因贈与の執行者の選任
(1) 広島家裁昭和62年3月28日審判(判例秘書に掲載)は,自筆証書遺言としては無効な遺言書を死因贈与契約を証する書面と認め,死因贈与の執行者を選任しました。
(2) 新版 遺言執行の法律と実務133頁には以下の記載があります。
 死因贈与は、贈与者の死亡を条件(期限) として贈与する契約であるが、死亡により効力を生ずる死後行為の性質から遺贈の規定が準用され(民554)、この規定から死因贈与契約の履行のため遺言執行者選任の申立てができると解釈されています(昭和37年7月3日最高家二第119号最高裁家庭局長回答・家月14・ 8.229、水戸家審昭和53年12月22日家月31.9・50も同旨)
4 死因贈与と税金
(1) 相続税

・ 個人が死因贈与により財産を取得した場合,相続により財産を取得したものとして相続税の課税対象となります(相続税法1条の3)。
(2) 登録免許税
ア 死因贈与により不動産を取得した場合の登録免許税は固定資産評価額の2%です。
イ 相続又は遺贈により不動産を取得した場合の登録免許税は固定資産評価額の0.4%です。
(3) 不動産取得税
ア 死因贈与により不動産を取得した場合,不動産取得税がかかります(仙台高裁平成2年12月25日判決(判例秘書に掲載))。
 なお,不動産取得税は原則として固定資産評価額の4%であるものの,宅地の課税標準は1/2となる特例等があります(三井のリハウスHPの「不動産取得税」参照)。
イ 相続又は遺贈により不動産を取得した場合,不動産取得税はかかりません(地方税法73条の7第1号)。
5 金融機関に対し,死因贈与契約に基づく預貯金債権の取得は主張できないこと

(1) 預貯金債権については譲渡禁止特約があるため,金融機関に対し,死因贈与契約に基づく預貯金債権の取得を主張することはできないと解されています(最高裁昭和48年7月19日判決のほか,東京地裁令和3年8月17日判決(判例秘書に掲載)参照)。
(2) 債務者である金融機関が預貯金債権の遺贈について譲渡禁止特約による無効を主張することができないのは,遺贈が,遺言者の遺言という単独行為によってされる権利の処分であって,契約による債権の移転をもたらすものではないことに由来するものであると解されています(東京地裁令和3年8月17日判決(判例秘書に掲載))。
6 その他
(1) 死因贈与の仮登記については, 「死因贈与契約の受贈者は契約によって一定の不確定期限付の権利を取得するので、贈与者が同意すれば発効後の権利保全のため可能である。」とする考え方が実務において認められています(家事事件の実務と登記・税金373頁)。
(2) 税理士が教える相続税の知識HP「【遺言による贈与(遺贈)と死因贈与はどう違う?メリット・デメリットも解説】」が載っています。

第23 弁論の更新等の方法
1 民事事件の場合

(1) 転勤等により裁判官が交代した場合,当事者は,従前の口頭弁論の結果を陳述しなければならない(民事訴訟法249条2項)ところ,実務上は「従前の口頭弁論のとおり陳述します。」などと述べる程度です(新民事訴訟法における書記官事務の研究(1)138頁)。
(2) 控訴審の場合,当事者は,第一審における口頭弁論の結果を陳述しなければならない(民事訴訟法296条2項)ところ,実務上は「原判決記載のとおり口頭弁論の結果を陳述します。」などと述べる程度です。
2 刑事事件の場合
(1) 検察官又は弁護人が証拠書類の取調べを請求する場合,刑事訴訟法305条1項本文からすれば,これを朗読する必要があるものの,実務上は刑事訴訟規則203条の2に基づき要旨の告知をするだけですし,要旨の告知として立証趣旨を告げるだけであることも珍しくありません。
(2) 転勤等により裁判官が交代した場合,公判手続の更新をしなければならない(刑事訴訟法315条の2)ところ,その中身としては,①検察官による起訴状の要旨の陳述,②被告人及び弁護人の罪状認否,③証拠書類又は証拠物の取調べ,並びに④取り調べた証拠についての訴訟関係人の意見及び弁解の聴取となっています(刑事訴訟規則213条の2)。
 ただし,実務上はかなり簡略化されています(刑事弁護専門サイトの「公判手続の更新」参照)。

第24 遺言能力に関するメモ書き

1(1) 判例分析 遺言の有効・無効の判断48頁及び49頁には以下の記載があります。
要介護認定などの目的のための主治医の意見害や施設入所のための診断書等は、遺言者の遺言能力を推認するために有用であるが、作成目的に合致するように記載される傾向があるため、その信用性については慎重な吟味が必要である。また、要介護認定自体は、精神障害の程度ではなく、介護に必要な「時間」の目安からされるものであるから、そのための診断書も、遺言者の意思能力ではなく、 日常生活動作に関わる部分を中心に診断されたものであることにも注意すべきである。
(2) メディカルリサーチHPに載ってあるMR会報誌6号(2021年4月号)の「これからの意思能力鑑定」につき,遺言能力を肯定する主張をするときの参考になります。
2 「遺言能力鑑定と筆跡鑑定」では,以下の三つの遺言能力鑑定の業者が紹介されています(税経通信2022年6月号103頁)。
① 法務メディカルセンター(東京都中央区日本橋)
② メディカルリサーチ株式会社(東京都千代田区鍛治町)
③ エムアイ・コミュニケーションズ株式会社(大阪市中央区北浜)

第25 関連記事その他
1 公正証書遺言が無効になる主なパターンは,①遺言能力がないこと及び②口授がないことの二つです(弁護士法人ACLOGOS「【相続】公正証書遺言が無効になる2つのパターン」参照)。
 ただし,公正証書遺言の案文を公証人が読み上げ,遺言者が『そのとおりで合っています』と答えるのが実務的な方法であるともいわれています(みずほ中央法律事務所HPの「【公正証書遺言の『口授』該当性の判断の目安と裁判例】」参照)。
2 公証人が保証意思宣明公正証書を作成する場合,保証人になろうとする者は,公証人に対し,主たる債務の内容など法定された事項を述べる(口授する)ことによって,保証意思を宣明する必要があります(民法465条の6第2項1号)。
3 公証役場に対しては,少なくとも毎年1回,公証事務検閲が実施されています(公証人法77条及び公証人法施行規則39条)ところ,裁判所における書記官事務等の査察に対応するものと思います。
4(1) 日本公証人連合会HPの「公証人倫理について」「公証人倫理要綱」(平成19年5月12日定時総会決議)が載っています。
(2) 東弁リブラ2023年1・2月合併号「死後事務委任の基本と実務-増加する需要に応えるために-」が載っています。
5  弁護士法25条1号に違背する行為に基いて作成された公正証書は無効です(最高裁昭和32年12月24日判決)。
6(1) 民事執行手続、倒産手続、家事事件手続等の民事関係手続のデジタル化を図るための規定の整備等を行う改正法(民事関係手続等における情報通信技術の活用等の推進を図るための関係法律の整備に関する法律(令和5年6月14日法律第53号))に基づき,令和7年12月までに公正証書遺言がデジタル化される結果,以下の取扱いが実施されるようになります(法務省HPの「民事関係手続等における情報通信技術の活用等の推進を図るための関係法律の整備に関する法律について」参照)。
◯ 公正証書の作成の嘱託(申請)につき、インターネットを利用して、電子署名を付して行うことが可能になります。
◯ 公証人の面前での手続につき、嘱託人が希望し、かつ、公証人が相当と認めるときは、ウェブ会議を利用して行うことが選択できるようになります。
◯ 公正証書の原本は、原則として、電子データで作成・保存されることとなります。
◯ 公正証書に関する証明書(正本・謄抄本)を電子データで作成・提供することを嘱託人が選択できるようになります。
(2) 令和6年4月10日,デジタル技術を活用した遺言制度の在り方に関する研究会報告書が公表されました(日本司法書士会連合会HPの「デジタル技術を活用した遺言制度の在り方に関する研究会報告書について(会長談話)」参照)。
7(1) ①公証人法44条1項に基づき公正証書原本の閲覧を請求できる利害関係人,及び②公証人法51条1項に基づき公正証書謄本の交付を請求できる利害関係人に該当するかどうかは個別的に判断すべきものです(公証人法第44条第1項及び同法第61条第1項に関する疑義について(昭和36年5月8日付の法務省民事局長の回答)(公証人法関係 解説・先例集(三訂版)先例編(平成18年3月の法務省民事局の文書)809頁及び810頁)参照)。
(2) 利害関係人は,公証人の事務取扱いに対し,法務局又は地方法務局の長に異議申立てができますし(公証人法78条1項),法務大臣に更に異議申立てができます(公証人法78条2項)。
8(1) 以下の資料を掲載しています。
・ 公証人法関係 解説・先例集(改訂版)法令解説編(昭和60年11月の法務省民事局の文書)
・ 公証人法関係 解説・先例集(三訂版)先例編(平成18年3月の法務省民事局の文書)・圧縮板
→ 圧縮していないものとして,1/32/33/3も掲載しています。
・ 相続による納税義務の承継マニュアル(令和3年7月の大阪国税局徴収部徴収課の文書)
(2) 以下の記事も参照してください。
・ 平成18年度以降の,公証人の任命状況
・ 公証人の任命状況(2019年5月1日以降)
→ 公証人への任命直前の,元裁判官,元検事等の経歴を記載したものです。
・ 家事事件に関する審判書
 50歳以上の裁判官の依願退官の情報
 法務・検察幹部名簿(平成24年4月以降)
 法務省作成の検事期別名簿



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