第1 書記官事務等の査察の目的と位置付け
1 査察の対象
書記官事務等の査察は,書記官事務,速記官事務及び訟廷事務並びにこれらに関連する会計事務が,法令,最高裁判所規則,規程及び通達等に従い,適正かつ能率的に処理されているかを確認する制度である。 その目的は,事務処理の実情を把握し,事務の改善及び統一を図るとともに,適正迅速な事務運用及び過誤の防止に役立てることにある(最高裁判所の「書記官事務等の査察について」1頁)。
裁判所書記官は,裁判所の事件に関する記録その他の書類又は電磁的記録の作成及び保管その他の事務をつかさどり,裁判官の命を受けて法令及び判例の調査等を補助する(裁判所法60条2項及び3項)。 査察は,このような書記官の職務全般について個々の裁判結果を再検討する手続ではなく,事件の受付,記録の作成・管理,送達,保管金,統計,訟廷事務,情報システムその他の事務処理を点検する司法行政上の仕組みである。
2 司法行政監督と裁判権との境界
裁判所法80条は,最高裁判所,高等裁判所,地方裁判所及び家庭裁判所等の司法行政上の監督関係を定めている。 もっとも,同法81条は,その監督権が裁判官の裁判権に影響を及ぼし,又はこれを制限することはないと定めている。
したがって,査察による点検,指導,指示又は注意の対象は事務の取扱いであり,裁判官による法令の解釈,事実認定又は結論の当否を査察によって変更することはできない。 同法82条は,裁判所の事務の取扱方法に対する異議を同法80条の監督権によって処分すると定めているが,この異議も,上訴その他の訴訟法上の不服申立てに代わって裁判内容を争う手段ではない。
3 査閲と査察の違い
「査閲」と「査察」は,いずれも事務処理を点検する場面で用いられるが,根拠と実施構造が異なる。
大法廷首席書記官等に関する規則3条4項ないし6項は,首席書記官が裁判所書記官及び裁判所速記官の一般事務について指導監督を行うことなどを定めている。 同規則の運用通達1頁~2頁は,首席書記官による指導監督の一環として査閲を位置付け,記録の作成・整理・保管,法令・判例調査の補助,帳簿諸票,送達,保管金,収入印紙,録音反訳,情報システム等を点検事項としている。
これに対し,査察は,最高裁判所の通達が査察庁,被査察庁,担当者,査察事項,方法及び結果報告を定め,裁判所相互の組織的な点検として実施される。
| 区分 | 査閲 | 査察 |
|---|---|---|
| 主な根拠 | 首席書記官等に関する規則及びその運用通達 | 昭和61年通達及び平成13年通達 |
| 実施の枠組み | 個別庁内における首席書記官の指導監督 | 査察庁が被査察庁を対象として行う組織的な点検 |
| 主な機能 | 個別庁内における事務処理の確認及び指導 | 実情把握,改善・統一,過誤防止及び結果の活用 |
第2 下級裁判所を対象とする査察
1 査察庁と被査察庁
下級裁判所間の査察は,昭和61年6月30日総三第15号事務総長通達「書記官事務等の査察について」によって定められている。 同通達は令和8年2月27日まで改正され,民事訴訟法等の一部を改正する法律の施行日である令和8年5月21日から現行内容が実施されている(同通達1頁~3頁)。
書記官事務,速記官事務及び訟廷事務についての基本的な組合せは,次のとおりである(同通達4頁)。
| 査察庁 | 被査察庁 |
|---|---|
| 高等裁判所 | 当該高等裁判所の支部,管内の地方裁判所・簡易裁判所及び家庭裁判所 |
| 地方裁判所 | 当該地方裁判所の支部及び管内の簡易裁判所 |
| 家庭裁判所 | 当該家庭裁判所の支部及び出張所 |
高等裁判所を査察庁とする場合,地方裁判所及び家庭裁判所についてはそれぞれ支部を含み,簡易裁判所も対象となる。 なお,関連する会計事務については,地方裁判所と同一所在地にある家庭裁判所の支部・出張所の扱い等が別に定められているため,対象庁を特定する際には同通達4頁の別表第1の2を確認する必要がある。
2 査察事務担当者
書記官事務,速記官事務及び訟廷事務の査察については,高等裁判所,地方裁判所及び家庭裁判所の首席書記官が,企画,実施等を担当する。 関連する会計事務の査察については,高等裁判所では事務局次長が,地方裁判所及び家庭裁判所では事務局長が担当する。 担当者は,相当と認める場合には通達所定の職員を査察実施事務代理者とし,また,適任者に実施事務を補助させることができる(同通達1頁~2頁)。
3 査察事項と実施方法
査察事項は,通達別表第2に掲げる事項のうち,最高裁判所が指定した事項及び査察庁が必要と認める事項である。 令和8年改正後の別表第2は,書記官事務,速記官事務及び訟廷事務について37項目を掲げている(同通達5頁~6頁)。
その内容は,事件の受付・分配,送達・通知,事件記録等の作成・管理・閲覧等,保管金,法令・判例調査の補助,帳簿諸票,記録の保存・廃棄,統計,指導監督,法廷・準備手続室等の管理,過料・収入印紙,令状,国選弁護人,押収物,履行確保,少年事件及び補導委託のほか,事件に関するシステム等の利用・障害対応並びに事務のデジタル化に係る研修・情報通信技術の利用支援に及ぶ。 したがって,現在の査察は紙の事件記録だけを対象とするものではなく,電磁的記録,事件処理システム及びデジタル化への対応も明示的な対象としている。
査察事務担当者等は,被査察庁の全体的な事務処理状況を把握し,是正又は改善を要する事務を発見して原因を究明するとともに,過去の査察で指摘された事項について適正な措置が執られているかを確認する。 また,必要がある場合には,事務の取扱いについて指導,指示又は注意を与えることができる(同通達2頁)。
4 重点事項が指定された過去の例
最高裁判所が別表中の事項を重点化した過去の例として,収入印紙の取扱いがある。 平成4年4月24日の衆議院法務委員会において,最高裁判所事務総局総務局長は,収入印紙の窃取・偽造事件を受け,平成3年度の書記官事務等の査察の重点事項に収入印紙の取扱いを追加し,管理体制等を重点的に査察するよう指導したと説明している(第123回国会衆議院法務委員会第9号・発言71)。 同趣旨の説明は,平成4年5月28日の参議院法務委員会でもされている(第123回国会参議院法務委員会第11号・発言66)。
これは,具体的な事務リスクに応じて重点事項が指定された歴史的な例であり,収入印紙の取扱いが現在も重点事項であることを示すものではない。
5 結果報告,事後措置及び活用
査察事務担当者は,実施事務の終了後,被査察庁ごとの査察結果を所属裁判所に速やかに書面で報告する。 査察庁は,管内の実施事務終了後2箇月以内に,書記官事務等については最高裁判所事務総局総務局長に,会計事務については同経理局長に,結果を取りまとめて所見を付した書面を提出する。 報告書には,全般的な事務処理態勢及び指導監督態勢の問題点と対策,是正又は改善を要する事務の態様・原因・指導等の内容,従前の指摘事項のその後の取扱い等を記載する(同通達2頁~3頁)。
是正又は改善措置が講じられたときは,その内容を総務局長又は経理局長に報告する。 さらに,査察結果は管内の裁判所に周知され,事務取扱いの統一,研修,適正迅速な事務運用及び過誤防止のために活用される。
第3 最高裁判所による高等裁判所の査察
1 担当者と実施方法
高等裁判所を対象とする査察は,平成13年9月4日総一第248号事務総長通達「最高裁判所による書記官事務等の査察について」によって定められている。 この通達も令和8年2月27日に改正され,令和8年5月21日から現行内容が実施されている(同通達1頁~2頁)。
書記官事務,速記官事務及び訟廷事務については,最高裁判所の大法廷首席書記官,小法廷首席書記官及び訟廷首席書記官が査察事務担当者となり,大法廷首席書記官が事務を統括する。 関連する会計事務については,最高裁判所事務総局経理局長が担当する。
査察事項は別紙に掲げる事項のうち担当者が指定したものとされ,担当者は高等裁判所の全体的な事務処理状況,改善を要する事務とその原因及び従前の指摘に対する措置を調査し,必要な指導,指示又は注意を行うことができる。 査察結果は最高裁判所に速やかに報告される。
2 令和8年改正後の対象事項
現行の別紙は,書記官事務,速記官事務及び訟廷事務について30項目を掲げている(同通達2頁~3頁)。 下級裁判所間の査察と同様に,事件記録等の作成・管理,送達,保管金,法令・判例調査の補助,統計,指導監督,法廷事務,収入印紙,令状,押収物等のほか,事件に関するシステム等の利用・障害対応及び事務のデジタル化に係る研修・情報通信技術の利用支援が含まれる。 会計事務については,保管金,過料,押収物,履行確保,国選弁護人報酬及び裁判事務用器具等の管理を含む7項目が掲げられている。
第4 公開済みの査察結果報告書
1 平成28年度大阪高裁管内の報告書
大阪高裁管内については,平成28年度書記官事務等査察の査察結果報告書(PDF実頁1頁~17頁)が公開されている。 同報告書は,庁名,本庁・支部,事件種類,査察事項,指摘事項,原因分析,事務処理上の改善策及び備考を表形式で整理しており,通達が定める「指摘―原因―改善」の流れを具体的に確認できる。
また,平成28年度書記官事務及び訟廷事務に関連する会計事務査察結果報告書(PDF実頁1頁~20頁)には,被査察庁及び査察年月日,実施方法,査察結果等が記載されている。 両報告書を区別することで,事件記録等を中心とする書記官事務等の査察と,保管金・押収物等を扱う関連会計事務の査察との違いが分かりやすくなる。
2 令和元年度東京高裁管内の報告書
東京高裁管内については,令和元年度書記官事務等査察の査察結果報告書(PDF実頁1頁~56頁)が公開されている。 同報告書は,査察事項,指摘事項,査察の実施方法,原因分析,事務処理上の改善策及びフォローアップ等を被査察庁ごとに整理している。 これにより,査察が単なる誤りの列挙ではなく,原因分析,改善策及びその後の確認を含む継続的な事務改善の手続であることを確認できる。
3 報告書を読む際の注意点
これらの報告書は,特定年度・特定管内の査察結果であり,そこに記載された指摘を全国の裁判所又は現在の事務処理に一般化することはできない。 また,いずれも画像を中心とするPDFであり,全文検索や自動抽出では文字を正確に取得できない箇所があるため,具体的な記載を利用する場合にはPDF実頁の画像を確認する必要がある。 他方,通達だけでは分からない被査察庁,査察事項,実施方法,原因分析,改善策及びフォローアップの実例を確認できる点で,制度の運用を理解するための重要な一次資料である。
第5 出典・参考資料
1 法令
① 裁判所法(昭和22年法律第59号)(e-Gov法令検索,令和8年5月21日施行分まで確認)
2 最高裁判所規則・通達
① 大法廷首席書記官等に関する規則(PDF実頁1頁~5頁)
② 大法廷首席書記官等に関する規則の運用について(PDF実頁1頁~7頁)
③ 書記官事務等の査察について(昭和61年6月30日総三第15号事務総長通達,PDF実頁1頁~6頁)
④ 最高裁判所による書記官事務等の査察について(平成13年9月4日総一第248号事務総長通達,PDF実頁1頁~3頁)
3 国会会議録
① 第123回国会衆議院法務委員会第9号・平成4年4月24日・発言71
② 第123回国会参議院法務委員会第11号・平成4年5月28日・発言66
4 開示資料
① 平成28年度書記官事務等査察の査察結果報告書(大阪高裁管内)(PDF実頁1頁~17頁)
② 平成28年度書記官事務及び訟廷事務に関連する会計事務査察結果報告書(大阪高裁管内)(PDF実頁1頁~20頁)
③ 令和元年度書記官事務等査察の査察結果報告書(東京高裁管内)(PDF実頁1頁~56頁)