本記事は,国際公法のうち外交的保護の国籍継続と国内救済完了を解説する。国際法全体の位置付けは,国際公法とは―国際法・国際私法との違いと基本事項を参照。問題文に沿って検討する場合は,令和8年・国際公法第1問(外交的保護・引渡し・外交官免除)の答案・解説にも進める。過去問を論点から探す場合は,司法試験の国際公法―過去問・答案と論点別ガイドにまとめている。
第1 外交的保護の意味
外交的保護とは,国が,自国民に対する他国の国際違法行為について,自国の権利として責任を追及する制度である。国際法委員会(ILC)の外交的保護条文案1条は,外交的行動その他の平和的解決手段によって他国の責任を援用することと整理している。
個人の被害を出発点とするが,国が国際請求を取り上げた段階では,単なる代理訴訟ではない。答案では,①国際違法行為,②国籍国,③国籍継続,④国内救済完了,⑤例外,⑥国の裁量という順で検討すると整理しやすい。
海外での逮捕,拘禁や事故について,在外公館へ援助を求めることと,国籍国が他国の国家責任を援用する外交的保護は,手続と目的を分けて考える。外務省の海外での事件・事故に関するFAQ・問2は,逮捕された日本人への面会,家族との連絡,弁護士・通訳の情報提供等を説明している。他方,在外公館は釈放や減刑を要求したり,弁護士費用や保釈金を負担・保証したり,裁判や捜査の通訳をしたりすることはできない。
相談時には,所在・連絡先,逮捕又は被害の日時,現地の通知書と担当機関,利用できる現地弁護士・通訳,緊急の期限を整理する。国内救済を尽くすまで在外公館への連絡や領事援助を待つ,という順序にはしない。これは初動の資料整理の提案であり,外交的保護の行使や現地の救済結果を保証するものではない。
領事官への連絡を求める場合は,領事関係に関するウィーン条約36条における本人への権利告知,領事機関への通報,通信の転送及び領事官による訪問・面談・文通を区別する。
本人の要請による通報という一般規律に加え,二国間協定による追加規律を確認する必要がある。
条文の読み方と日中領事協定との関係は,領事関係に関するウィーン条約の領事通報・面会の解説を参照されたい。
日中間の領事通報については,日中領事協定8条が,逮捕等の事実と理由を,本人の要請の有無にかかわらず,遅滞なく,遅くとも当日から4日以内に領事機関へ通報する仕組みを定める。
この4日は領事通報の上限であり,釈放期限や領事官の面会の期限を意味しない。
本人の書面による反対,面会・通信,ウィーン条約との関係は,日中領事協定の解説(AI作成)を参照されたい。
第2 誰の国が保護を行使できるか
条文案3条1項によれば,自然人について外交的保護を行使できるのは,原則としてその者の国籍国である。加害国と被害者の居住地が異なるだけでは足りず,国籍を確認する必要がある。
無国籍者・難民の特則は条文案8条に置かれ,3条2項は同条を参照している。
8条は,被害日と請求の公式な提示日の双方における合法的かつ常居的な居住等を要件とする。
難民については,当該国による国際的に受け入れられた基準に従った難民認定も必要であり,難民の国籍国自身が加えた損害には8条2項の特則は適用されない(同条3項)。
第3 国籍継続の原則
条文案5条は,被害発生時から国際請求の公式な提示時まで,原則として継続して国籍国であった国に外交的保護を認める。これは,請求を有利な国へ移すための国籍変更を抑える機能を持つ。
もっとも,同条2項は,請求の公式な提示時に現在の国籍を有し,被害時にはその国籍を有しなかった者について,一定の例外を認める。
現在の国籍国の前身国の国籍を有していた場合のほか,旧国籍を失い,請求の提起と無関係な理由で,国際法に反しない方法により現在の国籍を取得した場合がこれに当たる。
同条3項による制限も確認する。
旧国籍国の国民であり,現在の国籍国の国民ではなかった時に,旧国籍国から受けた被害については,現在の国籍国は旧国籍国に外交的保護を行使できない。
国籍取得・喪失の日付と原因,両時点での国籍及び加害国との関係を時系列で整理する。
第4 国内救済完了の原則
条文案14条は,国際請求を行う前に,原則として利用可能な国内救済を尽くすことを求める。受入国の裁判所その他の機関に違法を是正する機会を先に与える趣旨である。
ここでいう国内救済は,形式上存在する手続をすべて試すという意味ではない。通常の司法的又は行政的救済のうち,現実に利用でき,救済を与える可能性のあるものが中心となる。
国内救済完了が問題となる請求の範囲も確認する。ILCの外交的保護条文案14条3項は,個人の被害を主として基礎とする国際請求等に国内救済の要件を及ぼしている。国家自身の直接の損害に関する請求と,国民の被害を国が取り上げる請求を同一視せず,誰のどの損害を対象にするかを先に特定する。同条文案16条は他の手続による権利・救済への影響を留保し,17条は特別な国際法規則が適用される範囲を区別する。個別条約の救済手続の入口・期限は,その条約で確認する。これらは条文案の整理であり,条文案全体がそのまま締約国を拘束する条約という意味ではない。
第5 国内救済を尽くさなくてよい場合
条文案15条は,国内救済完了原則の例外を定める。
合理的に利用可能な実効的救済がない場合,又は救済を得る合理的可能性がない場合(a),責任を問われる国に帰責できる救済過程の不当な遅延がある場合(b),被害時に被害者と当該国との間に関連する結び付きがなかった場合(c),被害者が国内救済を追求することを明らかに妨げられている場合(d),又は当該国が国内救済完了の要件を放棄した場合(e)である。
遅延の存在に加え,その不当性と当該国への帰責を確認する。
外国人に手続の利用資格がなく,国内法上そもそも申立てが許されない事例では,存在しない救済を尽くすことはできない。条文案15条(a)の「合理的に利用可能な国内救済がない,又は実効的救済を与える合理的可能性がない」場合として検討するのが中心となる。
政府交替や司法機関の機能停止があった場合は,利用資格だけでなく,救済機関が実際に機能し,侵害を是正できるかを確認する。
国内救済の有効性がないとの主張には,適用法令,裁判所の権限・独立性,利用できる手続及び現地弁護士の見解を整理し,侵害時と請求時の事情を区別して記録する。
国籍国からの国家間の賠償要求が拒否されたことだけを,被害者自身による国内救済の完了と取り違えない。
この確認手順は実務上の資料整理であり,司法機関が一時停止した全ての事件で,その後も例外が無条件に継続するとの意味ではない。
第6 国に行使義務があるわけではない
条文案2条は,国が外交的保護を行使する「権利」を有すると定める。被害者が要件を満たせば,国が必ず請求を取り上げなければならないという一般的な国際法上の義務まで定めたものではない。
条文案19条は適切な考慮などの推奨実行を示すが,2条の権利性とは区別される。答案でも,「行使できる」と「行使しなければならない」を分ける必要がある。
一般的な国際法上の行使義務を定めていないことは,日本の国内法上,国の責任が常に否定されることを意味しない。
外交的保護の行使,在外公館による領事援助,国内法上の個人に対する職務上の法的義務は,それぞれの根拠と対象行為を分けて検討する必要がある。
条文案19条の推奨実行だけから,日本の国家賠償責任が直ちに生じるものでもない。
国家賠償法1条1項の適用が問題となる場合には,具体的な作為・不作為,職務上の法的義務の根拠と保護対象,違法性,故意・過失,損害及び因果関係を個別に検討する。
相談時には,援助の申出・対応・通知の日時,担当機関が把握していた事情,求めた措置,実際の損害とその発生経緯を整理する。
外交政策上の一般的な役割から直ちに個人に対する特定の措置義務を導いたり,外交に関する行為であることだけから一律に責任を否定したりしない。
国内の国家賠償請求の目的と要件については,取消訴訟と国家賠償請求の関係―併合提起・違法性・取消判決の拘束力(AI作成)も参照されたい。
国が外国に対して責任を追及する外交的保護と,被害者が日本の国に損害賠償を求める請求は,当事者・根拠・立証対象が異なる。
第7 ノッテボーム事件を一般化し過ぎない
ICJノッテボーム事件第二段階判決(1955年4月6日)は,リヒテンシュタインへの帰化の経緯や,グアテマラとの長期の生活関係を踏まえ,同国に対する外交的保護の請求を不受理とした。
しかし,同判決から,すべての外交的保護事件で「真正な結合」が国籍に追加される独立の一般要件であると直ちに断定するのは慎重であるべきである。通常の出生国籍又は長期継続する国籍の事例では,ILC条文案3条・5条を軸に検討し,ノッテボーム事件の特殊な帰化事情と区別する。
条文案4条は,出生・血統・帰化等により国内法に従って取得した国籍について,国際法に反しないことを求める。
同条注釈(5)は,国家と本人の真正な結合を外交的保護の追加的な一般要件として採用していない。
国籍付与の国内法上の有効性,国際法との整合性,5条の国籍継続及び重国籍の場合の6・7条を分けて確認し,帰化の時期が近いことや居住地が国外であることだけで,直ちに保護を否定しない。
第8 事例への当てはめ方
例えば,B国民Xの財産をC国が国際法に違反して没収し,C国の救済手続が外国人には利用できない事例では,次の順序で論じる。
- C国の国際違法行為が前提とされていることを確認する。
- Xが被害時から請求提示時までB国籍を継続しているかを確認する。
- C国の国内救済が外国人に閉ざされているなら,国内救済完了原則の例外を検討する。
- 要件を満たせば,B国は外交的保護を行使できるが,一般国際法上当然に行使義務を負うわけではないと結論付ける。
海外財産の収用について政権が交替した場合も,政府の交替と国家の同一性を区別する。
ティノコ事件仲裁判断(1923年)では,事実上の政府と後継政府をめぐり,政府の変更が国家の国際法上の権利義務を当然に失わせるものではないことが示されている。
ただし,このことだけで個々の請求が認められるわけではなく,収用行為の国家への帰属,国際義務違反,損害及び外交的保護の要件を別々に検討する。
政府交替を,新国家成立の場合や,国家機関と同視できない私人の行為と一括して扱わない。
第9 関連記事
平和条約による請求権放棄と外交的保護権の関係は,平和条約の請求権放棄とは何か―三つの説・最高裁判例・政府見解(AIリライト)で整理している。
国籍継続,政府交替及び国内救済の例外を事例に当てはめる例は,令和4年司法試験国際公法第1問の模範解答と評価項目(AI作成)を参照されたい。
第10 出典
① ILC, Draft Articles on Diplomatic Protection with commentaries, 2006(1条~5条,14条,15条,19条)。
② Nottebohm (Liechtenstein v. Guatemala), Second Phase, Judgment of 6 April 1955。
③ ILC, Diplomatic protection―Texts, instruments and final reports。
④ILC外交的保護条文案(2006年)の本文(3・4・8・14・15条)
⑤ティノコ事件仲裁判断(PDF10~11・14頁,収録頁377~378・381頁)
⑥ILC国家責任条文・注釈(2001年)(PDF11・21頁,4条と10条注釈)