平成30年度の最高裁民事破棄判決等を読む意義は、個々の結論を覚えることではなく、原判決のどの段階に誤りが入り、最高裁がどの範囲を是正し、何を事実審へ差し戻したかを確認することにある。本記事は、松田敦子・中島崇「最高裁民事破棄判決等の実情―平成30年度―」を年度全体の索引として用い、裁判所ウェブサイトで全文を確認できた代表5判決を一次資料として照合した実務整理である。
第1 資料の性質と確認範囲
1 年次解説は有力な索引であるが判決原文ではない
年次解説は、平成30年中に最高裁判所で言い渡された民事(行政事件、労働事件を含む。)の破棄判決を、最高裁判所調査官が破棄事由ごとに分類して紹介したものである(判例時報2420号5頁以下)。
民集又は集民に登載された判決は判示事項と判決要旨を紹介した上で説明し、登載されていないものは本文の関係部分を摘示して紹介するという方式がとられている。
もっとも、年次解説の要約や摘記は判決原本そのものではない。個別事件へ引用するときは、事件番号・裁判年月日を手掛かりに、裁判所公式全文、判例集又は認証された判例データベースの本文へ戻る必要がある。
本記事で裁判所ウェブサイトの全文と書誌を確認したのは、第4で紹介する5判決である。残る判決は年次解説の記述によるものであり、個別の本文は未照合である。判例秘書による照合は行っていない。これは「掲載なし」を意味しない。
2 24判決・破棄決定0件という数字の読み方
年次解説によれば、平成30年の新受件数は、上告事件2116件、上告受理申立て事件2562件の合計4678件であり、並行申立てを1件と換算すると2844件である。既済件数は、上告事件2112件、上告受理申立て事件2528件の合計4640件であり、換算後は2812件である。許可抗告事件は新受15件、既済11件であった。
破棄判決は24件(判決書単位)であり、換算後の既済件数2812件を分母とした割合は0・9%である。年次解説は、過去5年間の推移を、平成26年42件(1・1%)、平成27年32件(0・9%)、平成28年39件(1・1%)、平成29年22件(0・7%)、平成30年24件(0・9%)と示している。
破棄判決24件の内訳は、差戻し(一部差戻しを含む。)が10件、自判(一部自判を含む。)が15件であり、そのうち1件は一部差戻しと一部自判の双方を含む。論旨に基づく破棄が23件、職権による破棄が1件である。民集に登載されたものが10件、集民に登載されたものが9件、いずれにも登載されなかったものが5件である。
平成30年には、民事の破棄決定は特別抗告事件・許可抗告事件のいずれも0件であった。年次解説が示す許可抗告事件の破棄決定は、平成26年4件、平成27年7件、平成28年2件、平成29年7件であり、過去4年はいずれも1件以上あった。
これらは特定年度の判決書単位の歴史的統計である。現在の上告・上告受理申立ての「成功率」として用いてはならない。
第2 24判決の一覧
年次解説の破棄事件判決一覧表に基づき、言渡期日順に整理すると次のとおりである(判決日はいずれも平成30年)。内容欄は一覧表の「主な問題点」欄を要約したものであり、結果欄も一覧表による。
| 判決日・法廷 | 事件番号 | 内容 | 結果 |
|---|---|---|---|
| 1月19日・二小 | 平成29年(行ヒ)第46号 | 内閣官房報償費の支出に関する行政文書の情報と情報公開法5条3号・6号の不開示情報 | 一部自判 |
| 1月19日・二小 | 平成28年(行ヒ)第218号 | 同上(別件) | 一部自判 |
| 1月19日・二小 | 平成28年(行ヒ)第228号 | 同上(別件) | 一部自判 |
| 2月15日・一小 | 平成28年(受)第2076号 | 親会社が子会社従業員による相談の申出の際に求められた対応をしなかったことと信義則上の義務違反 | 自判 |
| 3月15日・一小 | 平成29年(受)第2015号 | 国境を越えて日本へ連れ去られた子の人身保護請求と、意思能力のある子に対する監護の「拘束」該当性等 | 差戻し |
| 3月30日・二小 | 平成30年(オ)第93号 | 法律に従って判決裁判所を構成しなかったこと(職権破棄) | 差戻し |
| 4月26日・一小 | 平成29年(行ヒ)第216号 | 県議会議長の議員に対する発言取消命令の適否は司法審査の対象となるか | 自判 |
| 6月1日・二小 | 平成28年(受)第2099号・第2100号 | 有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件の相違と労働契約法20条 | 一部差戻し |
| 6月1日・二小 | 平成29年(受)第442号 | 同上(別件) | 一部自判・一部差戻し |
| 7月17日・三小 | 平成29年(受)第1738号 | 民法248条による償金請求権等に基づいて支払うべき利益の現存額 | 自判 |
| 7月17日・三小 | 平成28年(行ヒ)第406号 | 接する街路が建築基準法42条1項3号の道路に当たることを前提とする固定資産の価格決定 | 差戻し |
| 7月19日・一小 | 平成28年(受)第563号 | 国歌斉唱時の起立斉唱の職務命令違反を理由に再任用等の選考で不合格としたことの適法性 | 自判 |
| 7月19日・一小 | 平成29年(受)第842号 | 業務手当が割増賃金に当たるか | 差戻し |
| 9月27日・一小 | 平成29年(受)第659号・第660号 | 交通事故の被害者の自賠法16条1項の直接請求権と国が代位取得した直接請求権との優先関係等 | 一部差戻し |
| 9月28日・二小 | 平成28年(受)第1978号 | 無権代理人が民法117条1項に基づく債務の履行を拒むことの可否 | 自判 |
| 10月19日・二小 | 平成29年(受)第1735号 | 共同相続人間の無償による相続分の譲渡と民法903条1項の「贈与」 | 差戻し |
| 10月23日・三小 | 平成29年(行ヒ)第185号 | 住民訴訟の係属中にされた市の請求権を放棄する市議会の議決の適法性 | 自判 |
| 10月25日・一小 | 平成29年(受)第990号 | 保護室に収容中の未決拘禁者との面会を、申出を本人に告げずに許さなかった刑事施設の長の措置の違法性 | 差戻し |
| 11月6日・三小 | 平成29年(行ヒ)第320号 | 勤務時間中のわいせつ行為等を理由とする停職6月の懲戒処分の適法性 | 自判 |
| 11月6日・三小 | 平成29年(行ヒ)第226号 | 財産の譲渡の議案を可決する議決と地方自治法237条2項の議会の議決 | 自判 |
| 11月16日・二小 | 平成29年(行ヒ)第404号 | 政務活動費等の収支報告書上の支出の一部が架空でも不当利得返還義務を負わない場合 | 自判 |
| 12月17日・一小 | 平成30年(受)第16号・第17号 | 依頼を受けて自動車の名義上の所有者兼使用者となった者と自賠法3条の運行供用者 | 差戻し |
| 12月18日・三小 | 平成29年(行ヒ)第292号 | 不正受給者に対する生活保護法(改正前)78条の費用徴収額と基礎控除相当額 | 自判 |
| 12月21日・二小 | 平成29年(受)第1793号 | 弁護士会照会をした弁護士会が相手方の報告義務の確認を求める利益 | 自判 |
第3 24判決から見える五つの監査領域
1 訴えの入口と手続の土台
平成30年度唯一の職権破棄は、法律に従って判決裁判所を構成しなかったという絶対的上告理由に当たる事件である(3月30日第二小法廷判決)。判決裁判所の構成のような手続の土台に関する誤りが、職権で取り上げられた例である。
県議会議長の議員に対する発言取消命令の適否が司法審査の対象となるか(4月26日第一小法廷判決)、弁護士会照会をした弁護士会が相手方の報告義務の確認を求める利益があるか(12月21日第二小法廷判決、第4の3)は、いずれも本案に入る前の入口の問題である。
受任時には、裁判所が判断できる紛争か、確認の利益など訴えの利益があるか、判決裁判所の構成に問題がないかを、請求の内容とは別に点検しておくとよい。
2 相続と財産
共同相続人間の無償による相続分の譲渡が民法903条1項の「贈与」に当たるか(10月19日第二小法廷判決、第4の2)は、遺留分の算定に直結する判断である。
また、無権代理人が民法117条1項に基づく債務の履行を拒むことの可否(9月28日第二小法廷判決)や、民法248条による償金請求権等に基づいて支払うべき利益の現存額(7月17日第三小法廷判決)も、財産関係の基本的な規律が問題となった事件である。
3 労働条件と企業の責任
平成30年度は、労働分野の判断が多い。有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件の相違と労働契約法20条(6月1日第二小法廷判決2件、第4の5)、業務手当が割増賃金に当たるか(7月19日第一小法廷判決、第4の4)、親会社が子会社従業員による相談の申出の際に求められた対応をしなかったことと信義則上の義務違反(2月15日第一小法廷判決、第4の1)である。
いずれも、契約書や規程の文言だけでなく、手当の趣旨、運用の実態、相談窓口の仕組みの具体的内容等の事実関係によって結論が左右されている。
4 交通事故・人身保護・刑事施設
自賠法の分野では、被害者の直接請求権と国が代位取得した直接請求権との優先関係等(9月27日第一小法廷判決)と、依頼を受けて自動車の名義上の所有者兼使用者となった者が運行供用者に当たるか(12月17日第一小法廷判決)が破棄されている。
国境を越えて日本へ連れ去られた子の人身保護請求(3月15日第一小法廷判決)、保護室に収容中の未決拘禁者との面会の申出を本人に告げずに許さなかった刑事施設の長の措置(10月25日第一小法廷判決)は、いずれも差戻しとされている。
5 行政・公金・公務員
情報公開(内閣官房報償費に関する3件、1月19日第二小法廷判決)、生活保護費の費用徴収(12月18日第三小法廷判決)、公務員の懲戒・選考(7月19日第一小法廷判決、11月6日第三小法廷判決)、住民訴訟と議会の議決(10月23日第三小法廷判決、11月6日第三小法廷判決)、政務活動費(11月16日第二小法廷判決)、固定資産の価格決定(7月17日第三小法廷判決)等、行政・公金の分野でも多くの原判決が破棄された。
これらのうち差戻しは固定資産の価格決定の1件だけであり、その余はいずれも自判(一部自判を含む。)とされている。
第4 裁判所ウェブサイトで全文を確認した代表5判決
1 グループ会社の相談窓口―求められた対応をしなかったことだけで義務違反とはいえない
最高裁平成30年2月15日第一小法廷判決(平成28年(受)第2076号、集民258号43頁)は、親会社が、法令等の遵守に関する社員行動基準を定め、グループ会社の事業場内で就労する者からの相談窓口を設けて現に相談への対応を行っていた場合において、子会社の従業員から、退職した元契約社員のために事実確認等の対応をしてほしいとの相談の申出があった事案である。
判決は、体制の仕組みの具体的内容が、相談の申出をした者の求める対応をすべきとするものであったとはうかがわれないこと、相談の内容が退職後に事業場外で行われた行為に関するものであったこと、申出の当時、被害を訴える者は既に加害者とされた者と同じ職場で就労しておらず、その行為から8か月以上経過していたことなどの事情の下では、親会社が求められた事実確認等の対応をしなかったことをもって、信義則上の義務違反があったとはいえないとした。原判決中親会社敗訴部分を破棄し、控訴を棄却した。
相談窓口を設けたことから、直ちに相談者の求めるとおりの対応をする義務が生じるわけではない。詳しくは、グループ企業のコンプライアンス相談窓口と親会社の責任を参照されたい。
2 無償の相続分譲渡―原則として民法903条1項の「贈与」に当たる
最高裁平成30年10月19日第二小法廷判決(平成29年(受)第1735号、民集72巻5号900頁)は、共同相続人間においてされた無償による相続分の譲渡は、譲渡に係る相続分に含まれる積極財産及び消極財産の価額等を考慮して算定した当該相続分に財産的価値があるとはいえない場合を除き、譲渡をした者の相続において、民法903条1項に規定する「贈与」に当たるとして、原判決を破棄し、東京高裁に差し戻した。
父の遺産分割の過程で母が自己の相続分を子の一人に無償で譲渡していた場合、母の相続における遺留分の算定でその譲渡を考慮するかが問題となる。詳しくは、共同相続人間の無償の相続分譲渡と特別受益を参照されたい。
3 弁護士会照会―報告義務の確認を求める訴えは確認の利益を欠く
最高裁平成30年12月21日第二小法廷判決(平成29年(受)第1793号、民集72巻6号1368頁)は、弁護士法23条の2第2項に基づく照会をした弁護士会が、その相手方に対し、照会に対する報告をする義務があることの確認を求める訴えは、確認の利益を欠くものとして不適法であるとした。報告義務の確認請求の一部を認容した原判決を破棄し、その訴えを却下した。
弁護士会照会に回答が得られない場合に、弁護士会が報告義務の確認を求める訴えによることはできない。照会と並行して、調査嘱託や文書送付嘱託など他の証拠収集手段を検討しておく必要がある。関連して、民事訴訟で相手方・第三者の資料を集める方法も参照されたい。
4 業務手当と割増賃金―労働者が直ちに請求できる仕組みがないことだけで否定しない
最高裁平成30年7月19日第一小法廷判決(平成29年(受)第842号、集民259号77頁)は、薬剤師として勤務していた労働者に支払われていた定額の業務手当について、雇用契約において時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていたにもかかわらず、手当を上回る割増賃金請求権が発生した事実を労働者が認識して直ちに支払を請求することができる仕組みが備わっていないなどとして、割増賃金が支払われたとはいえないとした原審の判断には、割増賃金に関する法令の解釈適用を誤った違法があるとして、原判決中使用者敗訴部分を破棄し、東京高裁に差し戻した。
判決は、ある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは、契約書等の記載内容のほか、使用者の労働者に対する手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきであるとしている。詳しくは、固定残業代が有効になる要件―判別可能性・対価性と最高裁7判決を参照されたい。
5 有期契約労働者の手当―労働契約法20条違反でも無期契約と同一の労働条件にはならない
最高裁平成30年6月1日第二小法廷判決(平成28年(受)第2099号・第2100号、民集72巻2号88頁)は、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が労働契約法20条に違反する場合であっても、同条の効力により有期契約労働者の労働条件が無期契約労働者の労働条件と同一のものとなるものではないとした。
その上で、同条にいう「期間の定めがあることにより」とは、労働条件の相違が期間の定めの有無に関連して生じたものであることをいい、「不合理と認められるもの」とは、相違が不合理であると評価することができるものであることをいうとした。皆勤手当の相違については不合理と認められるものに当たるとして、原判決中の皆勤手当に係る損害賠償請求に関する部分を破棄し、大阪高裁に差し戻した。
手当ごとに、その趣旨と職務の内容等を対応させて判断する手法が示されている。同日の別件(平成29年(受)第442号)も、年次解説によれば一部自判・一部差戻しとされている。労働契約法20条を前提とする判断であるから、現在の事件では、現行の条文と後続判例を確認する必要がある。
第5 破棄差戻し後まで見据える
結果欄で数えると、24判決中10件が差戻し(一部差戻しを含む。)である。相続分譲渡の事件でも、最高裁は「贈与」に当たり得ることを示した上で、更に審理を尽くさせるために差し戻している。
破棄差戻しは上告人の最終勝訴を意味しない。上告段階から、最高裁に求める法的判断と、差戻し後に追加で主張立証すべき事実を分けて準備しておくべきである。差戻審の初動については、民事の破棄差戻審―拘束力,残存争点及び主張立証も参照されたい。
第6 旧法判例を現在の事件へ使う手順
平成30年度の判決には、労働契約法20条、改正前の生活保護法78条、改正前の民法(遺留分減殺請求等)を前提とするものが含まれている。
古い判決を現在の事件で用いるときは、①判決が示した一般的な法理を特定し、②その前提となった判決当時の条文、③現行の条文、④施行日・経過措置、⑤後続判例を順に確認する。判旨が現在も参考になることと、当時の条文がそのまま現在の事件を規律することとは別である。
第7 受任後に作る四つの実務台帳
① 入口台帳:司法審査の対象となるか、確認の利益など訴えの利益、判決裁判所の構成等、本案に入る前の問題を記載する。
② 相続・財産台帳:相続分の譲渡、生前贈与、相続債務等を時系列で記載し、遺留分・特別受益の算定への影響を整理する。
③ 労働条件台帳:手当ごとに、規程の文言、支給の趣旨、職務の内容、運用の実態及び労働時間の記録を記載する。
④ 差戻審台帳:最高裁が確定した法的判断、拘束される事項、残された争点、追加証拠及び想定される主文を記載する。
汎用的な点検項目は、最高裁民事破棄判決から作る原判決監査チェックリストも参照されたい。前後の年度については、平成29年度最高裁民事破棄判決等の実情及び令和元年度最高裁民事破棄判決等の実情がある。
第8 出典及び確認状態
① 松田敦子・中島崇「最高裁民事破棄判決等の実情―平成30年度―」判例時報2420号5頁以下(年度集計・事件索引として利用した二次資料。全頁を確認した)
② 最高裁平成30年2月15日第一小法廷判決(平成28年(受)第2076号。裁判所公式全文)
③ 最高裁平成30年10月19日第二小法廷判決(平成29年(受)第1735号。裁判所公式全文)
④ 最高裁平成30年12月21日第二小法廷判決(平成29年(受)第1793号。裁判所公式全文)
⑤ 最高裁平成30年7月19日第一小法廷判決(平成29年(受)第842号。裁判所公式全文)
⑥ 最高裁平成30年6月1日第二小法廷判決(平成28年(受)第2099号・第2100号。裁判所公式全文)
⑦ 上記以外の19判決:年次解説を確認したが、個別の本文は未照合である。
個別事件でこれらの判決を用いるときは、原判決、訴訟記録、現行法令、後続判例及び利用可能な認証データベースの本文を改めて確認する必要がある。